[文書名] プレマダーサ大統領ご夫妻主催晩餐会における海部内閣総理大臣の挨拶
プレマダーサ大統領、令夫人、並びにご列席の皆さま
本夕は、私ども一行のため、このように盛大な晩餐会を催していただき、また只今は、大統領から丁重なお言葉を賜わりました。一同を代表して心からお礼申し上げます。
大統領
我が国からはじめて総理大臣が貴国を訪問したのは、一九五七年岸信介氏でありました。この時、岸総理と貴国のバンダラナイケ首相は、両国が「共通の仏教文化の紐帯と伝統により結びつけられている」ことに基づき、平和と人類の福祉のために特別の寄与を行うことができる、と述べました。
このたび日本の総理として二度目の貴国訪問を行うことになりました。この間に経過した歳月は三十三年、両国にとってこの期間はいささか長かったように感じられます。
しかし、これは決して両国関係の停滞を意味するわけではありません。我が国からは、一九八一年に、当時皇太子であられた今上天皇が貴国を訪問され、貴国からは、ジャヤワルダナ前大統領が一九七九年に来日されました。本夕もご出席の同大統領は、一九五一年のサンフランシスコ講和会議において、「憎しみは憎しみをもって止まず、愛をもってのみ止む」という有名な仏陀の言葉を引用して対日賠償請求権を放棄され、戦争の荒廃で沈みきっていたわが国民の心に大きな感銘と勇気を与えてくれた言わば我が国の恩人とも言うべき人です。また、プレマダーサ大統領も首相時代に我が国の科学万博の政府賓客としてお見えになり、その後、数度にわたって、我が国官民との親交を深められました。
このような交流を背景に、近年両国は、経済関係でも大きな前進を見せています。一九七九年には、両国の民間経済人で構成される日本・スリ・ランカ経済合同委員会が発足するほか、各種の取り決め、条約が結ばれており、スリ・ランカは我が国が投資保護協定を結んでいる数多くない国の一つとなっています。また両国間の政策面での対話の強化を通じ、近年益々経済・技術協力関係が充実してきております。
大統領
私は、今日午後空港に近づいたとき、機上から大地を眺めて、その緑の美しさに目を見張りました。いみじくもスリ・ランカ−光輝く島と名付けられ、あるいはインド洋の真珠とも呼ばれている貴国が豊かで心安らかな土地であることは、貴国民のみならず、アジア、そして世界の人々の強く望むところでありましょう。
私は、大統領がスリ・ランカの平和と安定のため、骨身を惜しまぬ努力をしておられることを承知しており、大統領が、ご就任早々に、貧困撲滅対策に乗り出され、経済的に恵まれない人々への配慮を示しながら、国民の自助努力によって着実に問題解決を図るよう努力をされていることに深く敬意を表します。
詩人として、また小説家として知られる大統領は、この思いを作品の上に表現されました。
「人民に悩みあらば
己の力にて解くべし。
さもなくば、何をか言わん、
悩み深まり、ただ呻吟するのみ。」
これは、大統領の詩の一節であります。また、大統領の「象物語」という子供向けの作品は、プラタープという子象が、群れからはぐれて、水のないジャングルでさまよいながらも、明るい希望を捨てず、自ら水を掘り当てるというストーリーであると聞いています。
スリ・ランカのすぐれた教育制度と高い識字率を考えるとき、このような大統領の著作活動は、大統領の政治活動と並んで、国民の前進に大きな力を持つものと信じます。
私は、このような大統領のご指導の下、貴国が真の平和と安定を達成し、貴国民の福祉と繁栄を確保されますよう念じてやみません。我が国は、同じアジアの一国として、貴国の努力にできる限りの協力を行ってまいる決意であります。そして、このような両国関係をさらに発展させ、SAARCのみならず、アジアと世界のために貢献することこそ、三十三年前、両国首脳が「両国の共通の文化伝統によって世界に貢献する」と述べた誓いを実現する道ではないでしょうか。
かかる認識に立って、我が国は、このたび、貴国のキャンディ遺跡の中の仏教建築群の修復に対して、ユネスコ文化遺産保存日本信託基金から約二十三万ドルの協力を行うこととしました。
大統領、令夫人、ご列席の皆さま
私は、明日朝、この地を発たなければなりません。十五年前、お国のガール・スカウトの代表が当時文部大臣だった私を訪ね、素晴しい紅茶を沢山頂きました。以来、紅茶が大好きで毎日欠かさず楽しんでいます。その紅茶のふるさとに訪れ、美しい茶畑を見ることもできず、古都キャンディーに足を運ぶこともできないのは残念であります。そういう私に、せめて少しはスリ・ランカを味あわせてやろうというご配慮からでありましょう、私は先ほど当地の伝統舞踊を見せて頂きましたが、その熱気、その技量に陶酔する思いでありました。ご出演の方々に私どもの感謝の意をお伝えください。
それでは、プレマダーサ大統領ご夫妻のますますのご健康、貴国の繁栄、そして、日本・スリ・ランカ両国の友好関係の一層の発展を祈念して、ここに杯を上げたいと思います。
(注1)「マナメー」のあら筋
奥深い森を旅する夫婦を山賊が襲うが、夫と山賊と争っているうちに妻は山賊に心を奪われる。妻は山賊に手を貸し夫は殺されてしますが{前3文字ママ}、夫を見捨てた女の心に恐れを抱いた山賊は、女を置いて逃げ去ってしまう。
(注2)「象物語」のあら筋
群れからはぐれた子象プラタープが、水もないジャングルの中で、希望を失った動物たちには疎外されながらも、明るい希望を持ち続け、自ら水を掘り当てることによって皆の信頼と希望を回復し、新たな旅に向かう。