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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 森総理大臣のインド商工会議所連盟における演説「21世紀における日印グローバル・パートナーシップの構築」

[場所] ニューデリー(インド)
[年月日] 2000年8月24日
[出典] 外交青書44号,339−342頁.
[備考] 
[全文]

ゴエンカ・インド商工会議所連盟会長、ムタイア・インド商工会議所連盟上級副会長、シン駐日大使、ミトラ同会議所事務局長、同会議所連盟の皆様、並びにご列席の皆様、

(冒頭挨拶)

 本日、伝統あるインド商工会議所連盟のお招きによりまして、皆様方並びに皆様方を通じて貴国民の皆様に、私の所信を表明する機会を与えていただきましたことを光栄に存じます。また、私は、貴国訪問をバンガロールから開始しましたが、到着時から今日まで、様々な機会に頂いた皆様の温かい歓迎そしてご厚意に対しまして、心から感謝申し上げる次第です。

 今日、朝早くホテルで新聞を全部読ませていただきましたら、こんな新聞が入っておりました。商工会議所連盟の皆様がわざわざこうして特別の新聞をお作りくださって配布してくださったわけであります。また、別の新聞を開きましたら、先日訪問致しましたカルナタカ州知事から私に対する感謝の広告を載せた新聞がもうこうして今日デリーで発行してくださっています。こんなきめ細やかな歓迎をしていただき、本当に私にとってこんな感激はございませんでした。21日、貴国に初めて足をおろしました。そして、バンガロールの街に入りました。もう夜遅い時間でございましたけれども、空港からホテルに入りますまでの道路、沿道の両側に多くの市民の皆様が立ってお待ちくださって、また、子供たちも両国の国旗を掲げて皆さんが手を振って私を歓迎してくれました。思いがけない、夜のそんな到着に対しましても、子供たちまで含めて歓迎をしてくださる、本当に何とも言えない感動を覚えました。翌日、ハイテクタウンの方にも参りましたけれども、バンガロール市内の道路の両側に大勢の市民が立ってくださって、セキュリティーの関係で、本当はもう少しゆっくり走ってほしかったのですが、スピードを上げて走ります車に対して、手を振って皆さんが本当に私に対して心から歓迎の意を表してくれました。私たちが選挙をやる時もこんなにみんなが立ってくれたことはないのに、もしこんなことであったら当選まちがいなしだとついつい思った次第であります。インフォシスの会社に参りましたら、会社の前の広場のところに2千名近い社員の皆さんが待って大歓迎を受けまして、私は、ついジョークで「今日はクリケットの試合があるのですか?」と申し上げるほど大勢の皆さんが立って私を迎えてくださったわけです。本当に心細やかなそうした歓迎をしてくださるこのインド国民のお気持ちと、我々、また同じ共通の文化や歴史や伝統を持つ日本人の心と本当に相通じているものがあるのだな、ということを改めてこの国に参りまして実感として感じた次第であり、この会場をお借りして国民の皆様に御礼を申し上げたいと思う次第であります。

(訪印の目的)

 この度私は、日本の総理として、10年ぶりに貴国を訪問いたしました。日印両国関係は、冷戦の終結、経済のグローバル化といった、新たな国際情勢の中で益々重要になってきております。私が、6月下旬に総選挙を終え、最初の外国訪問先をこの南西アジアに決めましたのも、貴国との間で、幅広い、厚みのある、未来志向の両国関係を築き、地球規模の平和と安定の担い手として人類社会に貢献していくために、「21世紀における日印グローバル・パートナーシップ」を構築したい、との思いからであります。まさに、昨日のヴァジパイ首相との会談においてこのような日印グローバル・パートナーシップの推進に合意を致しまして、今日この会場からスタートさせることになるわけであります。

(日印関係の重要性)

皆様、

 日印両国国民は、古来お互いに尊敬の念をもって相手を見てまいりました。わが国国民は、インダス文明以来のインドの悠久の歴史、文化、宗教を学び、日印交流の歴史を形成してきたインド各界の指導者、なかでもインド独立の父マハトマ・ガンディー翁、非同盟諸国の雄であったネルー首相、ネタジ・スバーシュ・チャンドラボースやパル判事、そしてまた芸術家では詩聖タゴール、シタールの音楽家ラヴィシャンカルの名に接してきました。最近では、昭和天皇崩御の際、貴国政府が3日間の服喪を発表されたことを、深い感謝の念をもって想起する次第です。

 貴国は、文明、国土、人口、経済力、国際舞台での発言力そして人類社会に対する歴史的貢献といった種々の観点から紛れもなく世界の大国であります。また、貴国は、民族、言語、その他の多様性を、対立の要素としてではなく、調和と進歩の要素として昇華してきました。他方、わが国は、伝統そして文化との調和を図りながら経済・社会発展、教育の振興に努め、今日の経済、技術水準を達成いたしました。

 両国とも、自他共に認める民主主義大国であり、平和を愛好し、優秀な人的資源を擁し、文化と歴史を誇りとしております。経済的には、両国とも国際的な重みを益々増しつつあります。両国はそれぞれが有する特質を発展させつつ、また、相互に補完しつつ、日印両国及び世界の利益のために貢献していかねばなりません。

 また、今日、日印関係は、地図をみれば一目瞭然、戦略的にも重要な関係であり、国際的な政治・安全保障の問題についても緊密に協力していかなければならないと思います。

(政治関係の強化)

 冒頭申し上げたとおり、昨日、私は、ヴァジパイ首相と日印グローバル・パートナーシップの推進に合意しました。私達は、政治対話を更に強化することの重要性を認識し、首脳及び外相を含むハイレベルの会談を定期的に実施することと致しました。また、私からヴァジパイ首相に対し訪日を招待申し上げ、ヴァジパイ首相はこれを快諾されました。我々は、議員交流の活性化についても意見の一致をみました。

 私達は、近々、「日印21世紀賢人委員会」を発足させます。その目的は、永年の友好の歴史を踏まえて、「幅」と「厚み」のある21世紀の日印関係を構築していくために、日印各界の諸賢人に処方箋を書いていただくことにあります。また、2002年には日印両国が外交関係を樹立して以来50周年を迎えますが、私達は、両国の国民レベルの交流を一層促進していくため、双方が協力しつつ、両国において大型の記念行事を実施することに合意しました。そして、これを機会に、知日家でありますナラヤナン大統領の訪日も招請を致しました。

(経済関係の強化)

皆様、

 21世紀のグローバル経済は、インド抜きには語れません。この中で日印両国間の経済関係の強化の重要性も、言をまちません。これに関連して、インド商工会議所連盟には、日印経済合同委員会のインド側パートナーとして、長年の間、多大な貢献をいただいてきたことに改めて敬意を表したいと思います。91年以降、貴国は一貫して経済自由化政策をとられ、アジアの金融経済危機もはね返しました。現政権は「第二世代の経済改革」に取り組んでおられますが、私は、貴国政府の経済改革への強い決意と、ITの顕著な発展に象徴される経済実績を高く評価しております。

 この間、日印経済関係も順調に拡大してきており、わが国から貴国に対する1991年以降の投資額は、実行額で第3位を占めており、約200社にのぼるわが国関連企業がインドに拠点を有していることに言及したいと思います。また、わが国は、1958年に最初の円借款を供与して以来、貴国に対する経済協力を実施し、貴国の経済・社会開発に少なからぬ貢献を行ってきたと考えております。

 日印両国の持つ潜在的可能性に比し、貿易及び投資関係はまだ十分とは言えませんが、貴国の経済改革とわが国の経済回復が相俟って、これからの日印経済関係に大きな期待がかけられております。

 私は、このような日印経済関係に更に刺激を与えるために、10月末に、経団連会長及び日印経済委員会会長等が率いる経済使節団を貴国に派遣することと致しました。伝統的な貿易・投資に関する問題のみならず、ITを含む新たな分野における協力についても、大きな成果が得られることを確信しております。

(日印IT協力構想)

 さて、私の内閣では、重点政策の一つとして「IT革命の推進」を掲げ、私自身がリーダーシップをとっております。先月の九州・沖縄サミットにおいても、私は、議長として、ITを21世紀の繁栄のカギと位置づけ、世界の全ての人々がITの提供する機会を活かせるように、「沖縄憲章」を発表致しました。また、わが国は、デジタル・ディバイドの解消などのために、今後5年間で約150億ドルの包括的協力策を用意し、アジアを重視しつつ、途上国におけるIT発展にリーダーシップを発揮することを表明致しました。

 今回、私がバンガロールを訪問した目的は、貴国のIT産業の実態を自分の目で見ること、同分野における貴国との協力についての力強いメッセージを発信することにあります。バンガロールにおいて表明しましたように、我が国は、貴国のIT技術者との交流促進のために、3年間有効な数次査証を発給する方針であります。また、IT技術者のための日本語や日本の商慣習の研修、日印ITサミットやITシンポジウムの開催等を通じて、民間レベルでの交流を促進していきたいと考えております。

(国連改革における日印協力)

 日印両国は、国連の機能が強化され、平和と安全の維持を含む国際社会の諸問題に十分対応できるように、国連を早期に改革する必要性を強く認めています。21世紀の国際社会において、日印両国は益々重要な役割を果たすことが期待されております。両国は、これまで安全保障理事会を含む国連改革のために協力してきており、その意味で、いわば同じボートに乗り合わせております。改革の早期実現のために、協力しながら、一段と力強くオールを漕いでいきたいと考えます。

(南西アジア地域との交流)

 わが国と貴国を中心とする南西アジア地域との交流の強化について申し上げます。私は、新しい世紀における南西アジア地域との交流と相互理解の促進を特に重視しております。その一環として、南西アジア地域から今後5年間で、高校生を含め5千人の青少年をわが国に招請致します。また、この地域における日本語普及・日本研究の強化、及び、知的交流の進展のための「日本・南西アジア交流プログラム」を打ち上げます。本プログラムの一環として南西アジア諸国の学者・研究者・芸術家をわが国に招聘し、交流を深める「森フェローシップ」を創設致します。

 長い伝統を有する日印の文化交流は、古代インドを源流とする仏教が日本に伝来したように、哲学的、精神的な共通の価値観を育みました。「魂と魂の交流」、「心の奥底の幽玄な触れ合い」、これは経済協力以上に両国の今日と未来にとって重要だと存じます。

(人類社会の平和と繁栄に向けた課題)

皆様、

 日印は、世界の主要国としての責務を有しております。従って、相互の利益の促進のみに満足することなく、人類社会の平和と繁栄のために、国際社会が直面する諸問題に取り組んでいかなければなりません。このため、多くの問題の中から、三つの重要な指摘を行いたいと存じます。

(民主主義と自由の擁護)

 第1に、我々は、日印両国が共有している民主主義と自由の価値を擁護し、更に広めていかなければなりません。マハトマ・ガンディー翁は、「民主主義は必然的に意思と考え方の戦いを意味する。時には、異なる考え方同士の死闘を含むものである」と述べておられ、相手の意思と考えを尊重しつつも、より良きもののために、時には激しい議論を交わすべきことを、我々に教えておられます。

 私は、民主主義及び自由の価値は、他者にとっての安心という価値でもある、と考えております。貴国では、独立以来、政権交代は、中央と地方を問わず、常に選挙を通じて行われてきました。また、他者の自由と考え方を尊重し、報道の自由を大切にしてこられました。これらの事実は、他国にも大きな安心を与えております。私は、日印関係について楽観しておりますが、その理由の一つは、両国間で意見が相違する問題があったとしても、両者は民主主義と自由の基盤の上に立って、率直に話し合う姿勢を有していると固く信じているからであります。

(人間の幸福、生命の尊厳の擁護)

 第2に、我々は戦争の世紀と訣別しなければなりません。人類は、20世紀において2度の世界大戦をはじめ幾多の戦争を戦い、余りにも多くの人命を犠牲にしました。今こそ、我々は人間の幸福および生命の尊厳に最高の価値をおくべき時であります。我々が、大量破壊兵器及びその運搬手段の拡散の防止、小型武器を含めた通常兵器の輸出入規制、テロリズム、麻薬、環境・気候変動問題等に取り組んでいかなければならない所以もここにあります。

 国の安全を確保することは、いかなる政府にとっても最重要の責務であります。私は、貴国の置かれた安全保障環境や安全保障に関する懸念については理解致しております。しかしながら、平和国家であり、軍縮を追求してこられた貴国の核実験は、わが国国民にとっては青天の霹靂でありました。これに対し、わが国は貴国に対して一定の経済措置をとらざるを得ませんでした。この措置は「経済制裁」ではありません。このことをご理解いただき、そこに含まれた、世界で唯一の被爆国国民としての日本国民の感情、核不拡散並びに核廃絶に対する強い願望を、皆様にも是非ご理解いただきたいと思います。

 そして、このような経済措置にもかかわらず、民間の経済活動はもとより、貴国に対する技術協力やNGO等を対象とした草の根無償、緊急・人道的性格の援助は従来通り続けられていることも、是非、御承知願いたいと思うものであります。

 55年前の今月、わが国は核兵器の惨劇に直面致しました。二つの原子爆弾投下から5年内に約20万人の市民が、その後も現在に至るまで約13万人の人々が放射能の後遺症に苦しみながら、尊い命を失ってまいりました。わが国は第二次大戦後、戦争及び核兵器の惨劇の経験を踏まえ、平和国家を建設し軍事大国とはならないことを決意し、重要かつ基本的な政策として、核兵器を持たず、作らず、持ち込ませずとの「非核三原則」を定め、今日まで一貫してこれを堅持してきております。わが国は、この基本政策に従い、国際社会が尊重するルールの下、国の安全を確保してきました。わが国は、核兵器国による核軍縮と共に、実効性のある大量破壊兵器の軍備管理、軍縮・不拡散の確保に向けて外交努力を重ねてまいりました。

 日印両国は、核兵器のない世界の実現という目標を共有しております。わが国は、そのためには、現実的かつ具体的な核軍縮措置を一歩一歩積み重ねていくことが重要であるという認識の下、当面の課題である包括的核実験禁止条約の早期発効を特に重視し、外交努力の強化を致しているところです。目標を共有する両国が、共に、核軍縮、核不拡散のイニシアティヴをとっていくためにも、また、良好な日印関係を一層進展させていくためにも、貴国の包括的核実験禁止条約(CTBT)の早期署名を強く期待を致しております。このことによって、貴国が責任ある国家として国際社会の敬意と賞賛を得ることにつながるものと確信致しております。昨日、ヴァジパイ首相及びシン外相から核実験のモラトリアムを続けるとの強いコミットメントを頂いたことを心から評価する次第であります。

 テロ行為は、国際社会全体の敵です。私は、貴国にとって、このようなテロ行為が特に深刻な問題であることを承知しております。私は、貴国が連日のようにカシミール等において直面している非道な虐殺事件に対する、貴国民の憤りと悲しみを共有いたします。私は、今月初めにも、ヴァジパイ首相の指導力により、カシミールにおける暴力を終結させるための前向きな動きが開始された直後に、このような蛮行が行われたことに強く怒りを覚えます。我々は、如何なる理由によっても、テロ行為は正当化されないとの立場を堅持し、あらゆる形態のテロ行為を断固として非難して参ります。

(対話の重要性)

 第3に、我々は、あらゆる問題を対話を通じて解決する努力を放棄してはなりません。対話によってこそ、相手を理解し、対立を克服できます。

 昨年2月、ヴァジパイ首相は歴史的なラホール訪問を実現されました。我が国は、貴国及びパキスタン両国の直接対話は南西アジアの緊張緩和に貢献するものと期待し、これを歓迎しました。しかしながら、その後に発生したカルギルでの戦闘は、ヴァジパイ首相の期待を裏切るものであり、我々もこれを深く遺憾とするところであります。私は、数日前、ムシャラフ行政長官に対し、早期の民政復帰、テロ防止の取り組み、インドとの対話再開を強調してまいりました。

(結語)

皆様、

 今回の私の貴国訪問は、まさに運命的な感じが致します。今回の訪問が21世紀における輝かしい日印関係を築く上で、一つの里程標となることを強く念願しております。日印両国は、相互の善意と敬意、歴史的な絆、共通の価値観という盤石の土台に立脚しております。その上に立って、共に、21世紀の人類社会の平和と繁栄のために貢献していこうではありませんか。

 詩聖タゴールのギーターンジャリの一節を引用し、私の演説の締めくくりとさせていただきます。

 「ここから去るにあたり、私は、別れの言葉をこう言いたい。『私が見たものは、比なくすばらしかった』と。」

 有り難うございました。