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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 「非核三原則」に関する佐藤首相の国会答弁

[場所] 東京
[年月日] 1968年1月30日
[出典] 日米関係資料集 1945−97,757−762頁.官報(号外),1968年1月30日.同第3号,1968年,11−12頁.
[備考] 
[全文]

第58通常国会における大平議員の質疑と佐藤首相の答弁

○議長(石井光次郎君) 大平正芳君。

  [大平正芳君登壇]

○大平正芳君 私は,自由民主党を代表いたしまして,わが国が当面せる若干の重要問題につきまして,政府の所信をただしたいと思います。

 まず,核政策についてお尋ねいたします。

 私は,核エネルギーの利用とその制御の問題が,好むと好まざるにかかわらず,これからの政治が取り組まねばならない最大の課題になるであろうと考えます。現実の政治が直接間接すでに核の影響下にあります。総理も,「今日の核時代をいかに生くべきかということがすべての国に共通した課題である」と言われております。そこで,まず,この問題との取り組み方を中心に政府の考えを伺いたいと思います。

 現にわが国は,与野党の一致した支持を得て,核エネルギーの平和利用を進め,原子力発電はすでに実用化の域に達しております。原子力商船の建造もいよいよ着工の段階に立ち至りました。放射線の利用も,医学,農業,工業その他広範な分野にわたって着々成果をおさめつつあります。原子炉の基数は世界第六位に位し,原子力関係の技術者の数は実に一万人に達しております。かくて,核エネルギーの平和利用の推進が,わが国の科学技術水準の向上,産業構造の高度化,国民福祉の増進に大きく貢献することが期待されております。

 一方,わが国は,核エネルギーの軍事利用,さらには核兵器の軍拡競争という愚かなゲームに参加することなく,核兵器の製造,運搬のみならず,その持ち込みをさえ認めないというきびしい政策を,これまた与野党の一致した支持を得て堅持してまいりました。一方,部分的核爆発禁止条約には,共産党を除く各党の同調を得て参加いたしております。近く成案が期待されておりまする核拡散防止条約の早期締結につきましても,各党の間に大きい見解の相違は見られないようであります。世上,日本の与党と野党が,特に外交と防衛の問題で常に相交わることのない平行線をたどっておるとして,これを憂うる向きがあります。しかし,現代の最も大きい問題である核政策について,ほとんど完全に近い一致を見るに至っておりますることは注目に値することであります。(拍手)

 ところが,核政策の堅持とその運用に,はたして各党一致の確信と積極性があるかと申しますと,直ちにそのようには受け取れない節があります。政府は,しばしば,核兵器の持ち込みを認めないという方針を明らかにしております。それを支持し,激励することこそが,みずからの信奉する核政策に沿った当然の態度であると思いますが,(拍手)それとは逆に,政府はひそかにその持ち込みを黙認しようとしておるかのように宣伝し,国民の不安をいわれなくかき立てておる動きが見られますることは,日本にとってまことに不幸なことであります。(拍手)与野党の間の論戦も,その底におきまして,そのような最も基本的なことに信頼を欠くようでは,いつまでもあげ足とりに終始し,ついに不毛に終わることを私はおそれるものであります。(拍手)また,核に関する知識の摂取に対して,核兵器反対に向けられると同様の関心と情熱が示されておるようには思われないことも,日本の核政策の前進にとりまして残念に思われてなりません。(拍手)

 核エネルギーにはそれ自体の論理があります。その利用には無限の原野が残されております。核兵器の体系も日進月歩であります。このことに無関心であってはならないと思います。また,われわれはいま,核時代の入り口に入ったばかりであります。今日までの乏しい知識と経験で,核政策全般についての抜き差しならない速成の結論を急ぐことを十分戒めてかかる謙虚さが必要であると思います。(拍手)われわれは,核の研究,開発にはどん欲でなければなりません。そうしなければ,核エネルギーを有効にコントロールできるはずはないからであります。(拍手)同時に,核兵器の取り扱いにはあくまでも慎重でなければなりません。いな,その廃棄を目ざして,核軍縮その他の国際的な協調に積極的に参加してまいらなければなりません。そのためにも,わが国の核に関する知識は,高い水準のものでなければならないと信ずるものであります。(拍手)

 もとより,日本は史上唯一の被爆国であり,核の攻撃に対しきわめてもろい地政学的立場にあります。核に対する憎悪と恐怖,すなわち,いわゆる核アレルギーの感情が,他国に比し格段に強いものであることは理解することができます。しかし,それだからといって,核に対する知識の摂取に,日本がアレルギー的であってよい道理はないと思います。

 最近,米国の空母エンタープライズが佐世保に寄港いたしました。この寄港をめぐって展開された反対運動は,今後とも周到な診断と解明を要する運動でありました。ただ,かかる運動をささえた要因の一つに,この寄港が,米国による日本の核基地化に通ずるものではないかという素朴な不安と,核に対する潜在的な恐怖があったように思います。もし,そうだとすれば,このことは,相互信頼に根ざした日米関係の実体に対する理解と,政府が堅持し,野党も支持する日本の核政策が,いまなお国民の間に定着するに至っていないことを示すものであると思います。

 私は,この際,政府に対し,不退転の決意をもって,日米関係と日本の核政策に対する国民の理解を深められるよう,いま一段の努力を要請するものであります。(拍手)また,総理も言われますように,核時代におけるわが国の威信を高め,平和への発言権を確保し,国際社会に建設的な提言を行なうために,核に対する知識の摂取とその水準の向上をはかるため,一そう積極的に施策せられるよう政府に要求するものであります。総理の御決意のほどを承りたいと思います。(拍手)

………

  [内閣総理大臣佐藤栄作君登壇]

○内閣総理大臣(佐藤栄作君) お答えいたします。

 核時代にいかに生くべきかということにつきまして,大平君の御指摘になりました点は,まことに当を得たものだと,かように考えております。大平君は,核政策の確立ということについてたいへん強調されました。私は,確かにこういう時代,核というものについて正しい知識を持つこと,これが最も国民に要望されることだと思います。したがいまして,ただいまるるお話がございましたが,あるいは重複するかもわかりませんが,この機会に国民に納得がいくように,私はさらに説明を加えてみたいと思います。

 御承知のように,わが国の核政策につきましては,大体四本の柱,かように申してもいいかと思います。

 第一は,核兵器の開発,これは行なわない。また核兵器の持ち込み,これも許さない。また,これを保持しない。いわゆる非核三原則でございます。(「うそをつくな」と呼ぶ者あり)うそを言うなというやじが飛んでおりますが,さようなことはございません。この点ははっきりしております。

 第二は,核兵器による悲惨な体験を持つ日本国民は,核兵器の廃棄,絶滅を念願しております。しかし,現実問題としてはそれがすぐ実現できないために,当面は実行可能なところから,核軍縮の点にわれわれは力を注ぐつもりでございます。したがいまして,国際的な規制あるいは管理などについていろいろ意見を述べておる次第でございます。このこともなかなか容易なことではありませんから,粘り強く取り組んでいかねばならないのであります。

 第三に,平和憲法のたてまえもありますが,私どもは,通常兵器による侵略に対しては自主防衛の力を堅持する。国際的な核の脅威に対しましては,わが国の安全保障については,引き続いて日米安全保障条約に基づくアメリカの核抑止力に依存する。これが第三の決定であります。

 第四に,核エネルギーの平和利用は,最重点国策として全力をあげてこれに取り組む,そして世界の科学技術の進歩に寄与し,みずからその実益を享受しつつ,国民の自信と国の威信を高め,平和への発言権を強める,以上の四つを私は核政策の基本にしておるのであります。

 大平君が強調しているように,われわれは,核エネルギーの平和利用についてはどん欲に立ち向かわなければなりません。原子力基本法は,「原子力の研究,開発及び利用を推進することによって,将来におけるエネルギー資源を確保し,学術の進歩と産業の振興とを図り,もって人類社会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与することを目的とする。」とうたっております。十年前ようやく研究,開発に着手したわが国も,すでに世界第六位の原子炉基数を持つようになりました。また,近く原子力商船の建造に着手するところまで来ております。しかしながら,核エネルギーの利用分野を考えてみますると,まだまだ日本の場合はほんとうにその初歩の域を出ていないというのが実情であります。動力として,熱源として,核エネルギーが石油,石炭にかわるという,そういう時代もそう遠い将来ではございません。核エネルギーは,このほかあらゆる面において,医療,農耕,建設,運輸等々におきましてこれが利用されております。核エネルギー開発の進歩に伴う恩恵を享受するのはわれわれの当然の権利でもありますが,そのためには,国民の核エネルギーに対する基本的な認識を深めていかなければなりません。

 そこで,一番大切なことは何かと申しますと,先ほども声を大にして申しましたが,核兵器と核エネルギーの平和利用について,せつ然とこれを区別することであります。考えをはっきり分けて,そしてこれの取り扱いにはっきりした態度をすることであります。しかし,ややもするとそれが混同されがちなのが,わが国の現状であります。世界の大勢が核エネルギーの平和利用についてどんどん進んでいる中で,これまでわが国は,ともすればこれを一部科学者の問題として扱い,国民的命題として取り上げてこなかったところに,無用の混乱を招いた原因があるのではないかと思います。これはもちろん,政治家の責任でもあることを率直に反省しなければなりません。私は,今後勇気をもって,核エネルギーの平和利用について具体的に国民諸君の理解を得たいと思います。

 御指摘のように,いわゆる核アレルギーといわれる素朴な国民感情が存在しております。原子力空母エンタープライズの寄港にあたって生じました混乱も,それに基因するものであります。しかしながら,核問題に対する基本的政策につきましては,安全保障条約を除くその他の点については,与野党ともほとんど完全に一致していることは大きな意味があると思います。近く国連総会の議題となる核拡散防止条約につきましても,共産党を除く他の政党の賛成を得ていることは,御承知のとおりであります。したがいまして,今後は国民的総意として核エネルギーの平和的利用に向かって民族の英知を結集すべきだ,かように私は考えております。(拍手)

 第二に,沖縄の問題についてのお尋ねでありました。沖縄問題に対する私の態度は,まず祖国に復帰したいという沖縄同胞の念願を実現することにあります。この点については,野党も異論のないところだと思います。しかしながら,具体的に返還を実現する方法については,政府と野党との間にはかなりの違いがございます。申すまでもなく,私は,日米両国の友好親善関係を維持,増進することがわが国の第一の国益だと信じております。したがいまして,沖縄の返還につきましても,米国との友好親善の基礎に立ってこれを解決することが,これを実現するのに最短の道であると確信をしております。

 次に,問題は,沖縄の基地のあり方であります。安保条約を否定する政党もございますから,この点でいろいろ取り扱い方が違うのは当然であります。沖縄の基地が,日本及び極東の安全に重大なる役割りを果たしているという冷厳な事実を見のがすことはできません。この冷厳なる事実を踏まえて,私はこれから米国との間に,核心に入った返還交渉を行なうはずでございますが,率直に申しまして,基地のあり方については,いまのところ私は白紙で臨むといわざるを得ないのであります。御指摘のように,核兵器を含めた近代兵器の進歩の問題,輸送手段の開発,また国際情勢の変化など,いまの時点では予測を許さない要素が存在することを思えば,この交渉が直線的なものであってはならないことが御理解いただけると思います。私はいろいろの観点からこの問題に取り組んでまいりますが,その背景になるものは,国民的合意の達成であるのはもとよりであります。拙速であってはならないという大平君の御注意がございましたが,この事柄は,重大な国家利益の観点から,与野党を問わず,国民全体の御支援と御理解を期待している次第でございます。(拍手)

 第三は,安全保障問題であります。しばしば申し上げているとおり,わが国は,戦後,自由を守り,平和に徹するという国是をもって再スタートいたしました。そして他国の内政には干渉しない,国際紛争の解決は武力によらないという外交の基本方針を持っておるのであります。このようなわが国の態度は世界の大部分の国に理解され,もはやわが国が他国を武力によって侵略するという危惧を持っている国はないものと確信しております。しかし,われわれが他国を侵略したり,他国の内政に干渉しないからといって,よその国がわが国を侵略したり,わが国の内政に干渉してこないという保障はどこにもないのであります。このため,われわれは,通常兵器による武力侵略に対応できる最小限の自衛力を持ち,国際的な核の脅威に対しては,日米安全保障条約をもって,これに対処しているわけであります。われわれは,国民の総意として,この平和国家として発展するという方向を今後も堅持するわけでありますが,経済繁栄の面だけに目を奪われて,国際的現実というものから目をそむけてはならないのは言うまでもありません。現在わが国の社会は,大平君が指摘しているように,政治の信用がきびしく問われ,社会の秩序にも風格のある落ちつきが見られず,国民的エネルギーの展開目標が確立されていないという,これはお説のとおりだと私も思います。このため,私は,施政方針演説で,民族の理想として,国際社会における名誉ある地位を占めることを念願していると申し上げたのであります。これは決して大国主義を鼓吹したものではありません。国際社会におけるわが国の新しい役割りがあるということを申し上げたものであります。この目標を達成するためには,われわれ日本国民が置かれている国際的現実というものを,はっきりと見きわめる必要があります。そこから,われわれの国際的責任も,発展途上国に対する援助の理念もにじみ出てくると思うのであります。また,現実の国際情勢は,単独防衛が不可能だという認識も生まれてくるのでありますが,戦後二十三年の平和と繁栄という事実によりまして,日米安保体制を選択したわれわれの判断が賢明だったことが理解されると思います。(拍手)したがって,私としては,日米安保体制を堅持していくことをこの際はっきり申し上げておきたいのであります。(拍手)しかし,どんなに自衛隊の整備がなされ,どんなにりっぱな国際間の条約を結んでも,国民に自分の国を守り,興隆させていくという独立の気概がなければ何にもならないのであります。国防の基本は人であるという簡明なことばは,まさしく真理だと私は思っております。

 私は,総理大臣として,国の安全を確保するという基本的な課題は責任をもって遂行する決意でありますから,国民各位が日本人としての独立心を持ってもらいたいと念願している次第であります。(拍手)