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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 「安全保障と防衛力に関する懇談会」報告書‐未来への安全保障・防衛力ビジョン‐

[場所] 
[年月日] 2004年10月
[出典] 首相官邸
[備考] 安全保障と防衛力に関する懇談会
[全文]

目次


「はじめに」・・・1


第1部 新たな日本の安全保障戦略

1 21世紀の安全保障環境・・・3

2 統合的安全保障戦略・・・5

(1)日本防衛・・・6

(2)国際的安全保障環境の改善による脅威の予防・・・8

(3)安全保障戦略における統合性の確保・・・11

3 新たな安全保障戦略を支える防衛力〜多機能弾力的防衛力〜・・・11


第2部 新たな安全保障戦略を実現するための政策課題

1 統合的安全保障戦略の実現に向けた体制整備・・・14

(1)緊急事態対処・・・14

(2)情報能力の強化・・・15

(3)安全保障会議の機能の抜本的強化・・・16

(4)安全保障政策の基盤の整備・・・17

2 日米同盟のあり方・・・18

(1)日米同盟、日米安保体制の意義・・・18

(2)日米同盟の維持・強化・・・18

3 国際平和協力の推進・・・19

(1)国際平和協力に対する日本の取組・・・19

(2)国際平和協力の実施体制・・・19

4 装備・技術基盤の改革・・・21

(1)生産・技術基盤の維持と防衛産業の合理化・・・21

(2)武器輸出三原則・・・21

(3)調達及び研究開発の効率化・・・22


第3部 防衛力のあり方

1 防衛力が果たすべき役割と保有すべき機能・・・23

(1)日本防衛のための役割・機能・・・23

(2)国際的な脅威の予防のための役割・機能・・・25

2 新たな防衛力の体制・・・26

(1)考慮要素・・・26

(2)防衛力の具体的な構成・・・27


第4部 新たな「防衛計画の大綱」に関する提言

1 「防衛計画の大綱」に定めるべきもの・・・29

2 防衛力整備目標の示し方・・・29


付言 更に検討を進めるべき課題――憲法問題


「おわりに」・・・32

安全保障と防衛力に関する懇談会のメンバー・・・34

安全保障と防衛力に関する懇談会の経過・・・35

要約・・・37



「はじめに」

 私たちは急激な変化の時代に生きています。世界が東西両陣営の衝突におびえた冷戦の時代は終わり、超大国による日本侵攻という想定は遠のきました。しかし冷戦終結は世界の平和と安定を約束するものではありませんでした。冷戦後、世界各地で民族・宗教紛争などさまざまな対立が噴出し、大規模なテロが続いています。グローバル化の進展により、脅威もまた国境と地域をとび越えて、思わぬかたちでやって来る時代となりました。冷戦後の世界から見ると、冷戦期にはむしろ堅固な秩序があったようにすら感じられます。

 本懇談会では、安全保障をめぐる国際環境はどう変わったのか、新たな環境の下で日本はどのような脅威にさらされているのか、国と国民を守るためにどのような安全保障政策、防衛力が必要なのかを検討してまいりました。国際テロをはじめとする新たな脅威の高まり、軍事技術の飛躍的革新、安全保障・防衛に対する国民的関心の高まりの中で開かれた今回の懇談会における意見の大勢は、次の2点であったように思います。

 一つ目は、今日の安全保障環境の下では、さまざまな脅威への水際での対処に加え、できるだけ早期に、外側で脅威の予防、火消しに努めることが重要だということであります。その意味で、迂遠なように見える国際平和協力が、重要な自衛の手段たり得るということでありました。

 二つ目の論点は、縦割り組織の弊害が見られがちな中で、省庁をまたぐ統合的な意思決定・連携や国家緊急事態における待ったなしの意思決定を現実にどううまく機能させるかということであったと思います。この点については、情報機能の充実と安全保障会議の積極的な活用が重要だということでありました。

 話は変わりますが、阿川弘之氏によれば、最後の海軍大将として知られる井上成美は、太平洋戦争開戦の年に大艦巨砲の建造を求める軍令部の膨大な予算要求に対し、「明治の頭を以て昭和の軍備を行わんとするもの」と断じ、これから必要なのは「海軍の空軍化だ」と述べたそうです。今回の懇談会の議論を進めるにあたり、常にそのことが念頭にありました。井上成美が今日の世界をみて何と言うかわかりませんが、私は21世紀の安全保障と防衛においては、「ソフト」の重要性がますます高まっていくのではないかと思います。しかるべき「ハード」はもちろん必要ですが、組織・装備の十全な機能発揮を支えるのは情報やシステムの力であります。また広く外交、文化交流や経済協力も脅威の発生を防ぐ一翼を担っているように思います。その意味で、防衛・治安組織、さらには政府全体としての総力発揮に加え、国民全体が国を思い、平和と安全を守るため、わが国のハード、ソフト両面のパワーを結集することが大切ではないでしょうか。

 今回、時間的制約から検討を詰め切れない点もありましたが、委員の皆さんの積極的なご意見、ご協力および事務局として懇談会を支えてくれた内閣官房の皆さんのご努力により、この報告書をまとめることができました。ご尽力いただいた皆さんに心から感謝申し上げるとともに、本報告書がわが国および国民の安全保障に資することを切に願っております。

安全保障と防衛力に関する懇談会

座長 荒木浩



第1部 新たな日本の安全保障戦略

1 21世紀の安全保障環境

 2001年9月11日、安全保障に関する21世紀が始まった。超大国米国の中枢部が、国家ならぬテロリストによって攻撃にさらされ、戦争にも匹敵する大被害を被った。国家からの脅威のみを安全保障の主要な課題と考えていればよい時代は、過去のものとなった。もはやテロリストや国際犯罪集団などの非国家主体からの脅威を正面から考慮しない安全保障政策は成り立たない。

 しかしながら、国家間の安全保障問題が消滅したわけではない。冷戦の終結により、超大国同士の核戦争という最悪の事態の可能性はほぼ消滅したが、核兵器は依然として存在し、拡散を続けている。イラクのサダム・フセイン政権は打倒されたが、他国を侵略しようとする国家がなくなったとは言い切れない。さまざまな国家間紛争が武力行使につながる可能性は依然として否定できない。世界各地における内戦や民族対立、政権不安定などの状況は、冷戦終結後の主要な軍事紛争の根源となっており、常に国際的な軍事対立につながる可能性を秘めている。

 いいかえれば、現在、世界の安全保障環境は、これまでと比較にならないほど複雑になっている。一方の極に非国家主体が引き起こしかねない、想像を絶するテロリスト攻撃があり、他方の極にきわめて古典的な戦争の可能性がある。その中間にあらゆる組み合わせによる危険が存在している。内戦に苦しむ国家、国内治安を自ら守れない国家は、テロリストが潜む格好の根拠地となりうる。現状変革をねらう国家のなかには、テロリストや国際犯罪組織とのネットワークを形成するものもあるかもしれない。海上交通路における海賊の被害には、すでに無視しえないものがあるが、重要な海峡が地域紛争や大規模テロによって閉鎖されたり、港湾施設が破壊される可能性もある。あるいは、インターネット上の愉快犯とテロリストや特殊な政権が結びつくことによって、予想もできないサイバー攻撃が発生するかもしれない。大量破壊兵器を含む武器は、公然・非公然の武器マーケットを通じて拡散し、武力紛争やテロ攻撃の可能性を増大させている。これらの脅威を生み出し、増幅する社会的・心理的背景としての原理主義、排外主義、極端なナショナリズムも世界各地に存在している。しかも、それらの脅威が、技術進歩の下に進むグローバル化によって、短時間で地球上のいたるところに移動・拡散する危険がある。

 地球大で進むこのような安全保障環境の激変に加え、東アジアに位置する日本は、地域に特徴的な安全保障問題にも直面している。確かに、冷戦の終結によって、日本に対する本格的な武力侵攻が行われる可能性は大幅に低下した。しかし、この地域には、二つの核兵器国(ロシア、中国)及び核兵器開発を断念していない国(北朝鮮)が存在している。北朝鮮の核兵器を含む大量破壊兵器開発や弾道ミサイルの開発・配備は、日本にとって直接の脅威となりうるものであり、朝鮮半島の不安定化は、東アジア国際関係の不安定化につながる。また、台湾海峡両岸の間で軍事衝突がおこる可能性も否定できない。もし東アジアにおいて大規模な軍事紛争が発生すれば、それは地域と世界の安全にとっての脅威にとどまらず、世界経済の安定にすら影響を及ぼしかねない事態となろう。日本周辺における資源開発やその他の問題をめぐっても、平和的な解決ができないということになると、日本の安全保障に対する影響は無視しえないものとなる。

 日本の安全保障を考えるにあたっては、世界の中での日本の役割や地政学的条件を考慮しておくことも重要である。日本は、資源やエネルギーの大半を海外に依存し、グローバルな通商活動により繁栄を維持している世界第二位の経済大国である。毎年1,000万人を超える日本人が海外を訪れ、約100万人の日本人が海外で生活している。このように、日本は世界的な相互依存の上に今日の繁栄を築いているが、そのことは逆に世界各地の混乱から日本が影響を受けざるを得ないことを意味する。冒頭で述べた地球大で進む安全保障環境の変化は、このような世界的に行われる日本と日本人の活動に大きな影響を与えている。日本の近くでの脅威に加え、遠方での脅威についても考慮しなければならない所以である。国際安全保障は、かつてなく地域的限定をこえて一体化する傾向を示している。

 複雑化が進む世界の安全保障環境において、日本への脅威は、外部から来るとは限らない。オウム真理教の化学兵器によるテロを想起するだけで、内発的なテロ勢力や犯罪集団による脅威は明白である。それらが外部の脅威とネットワーク化する危険も十分ありうると考えなければならない。特に、わが国は狭隘な国土に多数の人口を抱え、経済社会を支える重要施設が都市部、沿岸部に集中するなど、テロ等に対して脆弱性を有している点に留意する必要がある。

 安全保障とは、国民が大事だと思う価値がさまざまな脅威から守られることである。このうち最も根源的な価値は、国民の生命・財産であり、国家の領土である。しかし、守るべき価値はこれらにとどまらない。民主主義国における安全保障は、自由で民主主義的な制度を含め、国民が大切にしている社会生活や文化的価値を守るというところまで広がらなければ、十分に確保されたことにはならない。仮に犠牲者は出なくとも、領域内に武装工作船が侵入し、これに対処できないということになれば、やはり日本の安全保障は脅かされているのである。わが国での破壊活動を目的とする国際テロリストや他国の工作員が潜入することを許すのが大きな危険であることは言うまでもない。また、大規模災害によって国民の生命・財産が脅かされたり、海外の騒乱によって在外邦人の安全が脅かされたりするならば、これを守ることも安全保障と考えなければならない。重要な資源・エネルギーや食料の供給途絶も国民生活を脅かす安全保障問題である。これら国民に脅威を与える事態が相互に関連しあう可能性も否定できない。武装工作船にしても大規模災害にしても、他の安全保障上の脅威と結びついて被害が拡大することを阻止する必要は常に存在するのである。


2 統合的安全保障戦略

 このように複雑な21世紀の安全保障環境の下で、日本はいかなる安全保障戦略をとるべきであろうか。いうまでもなく、戦略とは推進すべき目標に対して適切なアプローチを組み合わせて、その実現をはかる統合的な方策である。したがって、新しい安全保障環境の下で新しい戦略を考えるということは、目標として何を設定し、その実現のためにいかなるアプローチをとり、それらのアプローチを統合的に実行するためにどのような仕組みを考えるかということになる。

 統合的安全保障戦略における大きな目標は二つある。第一は、日本に直接脅威が及ぶことを防ぎ、脅威が及んだ場合にその被害を最小化することである。第二の目標は、世界のさまざまな地域において脅威の発生確率を低下させ、在外邦人・企業を含め、日本に脅威が及ばないようにすることである。端的に言えば、第一は日本防衛という目標であり、第二は国際的安全保障環境の改善という目標になる。

 これらの目標を達成するために、どのようなアプローチがあるだろうか。まず考えられるアプローチは、日本自身が行う活動である。ただし、安全保障に関してすべてを独力で行うというアプローチは、もはや適切ではない。かつて「国防を全うするに足る兵力」を求められた時代もあったが、第二次世界大戦後の世界においては多くの国々にとってそれは不可能に近い。また、それをあえてすることは、安全保障のジレンマ*1*を生み出しやすいという欠陥もある。したがって、他国との協力というアプローチを組み合わせることが必要となる。これは次の二通りに分けて考えるのが適切であろう。すなわち一つ目は、利益や価値観を共有する同盟国との協力というアプローチ、二つ目は、国際社会全体との協力というアプローチである。

 以上から、今後目指すべき日本の安全保障戦略は、[1]日本自身の努力、[2]同盟国との協力、[3]国際社会との協力という三つのアプローチを適切に組み合わせることによって、自国防衛に備えるとともに、国際的安全保障環境の改善を図る、そのための統合的な方策ということになる。

 安全保障戦略の目標とアプローチをこのように整理してみると、これまでの日本における考え方は、やや狭い戦略であった。自助努力としての自衛隊の活動に日米同盟を組み合わせて日本防衛に対処することに焦点があてられたのは当然のこととしても、国際的安全保障環境の改善による脅威の予防については、日本の安全保障に直結する任務というよりは、「国際貢献」というやや第三者的ニュアンスの言葉で語られることが多かった。これに対し、今後の日本の安全保障戦略においては、二つの目標がより統合的に追求されなければならない。二つの目標と、それぞれに対する三つのアプローチのすべての側面において、日本の保持する能力を適切かつ統合的に結集する努力が必要となっている。

 そこで、以下に(1)日本防衛、(2)国際的安全保障環境の改善による脅威の予防、という二つの基本目標について、それぞれ三つのアプローチに即して論じていく。


(1)日本防衛

ア 日本自身の努力

 いかなる安全保障政策においても、根幹となるのは自らが行う努力である。このアプローチの目標は、日本に対して脅威が直接及ぶことを防ぎ、もし及んだ場合にもその損害を最小限にくい止めることである。こうした日本自身の安全保障努力は、日本の防衛を効果的に実現するものでなければならず、他国に脅威を与えるようなものであってはならない。また、日本は核兵器を保有すべきではない*2*。

 まず、日本自身の努力において自衛隊をどのように活用するか、という点について考えてみたい。1976年の「防衛計画の大綱」以来、この課題に答えるために提示された概念が「基盤的防衛力」の考え方であった。基盤的防衛力とは、緊張緩和が進む国際環境の中で、自らが力の空白となって侵略を誘発することのないようなレベルの防衛力、別の言い方をすれば、「限定的・小規模」な攻撃に対して容易に既成事実を作らせないような拒否力として機能する防衛力であるとされてきた。また、必要な場合は、脅威に対応できるよう、防衛力を円滑に拡充させられるという意味でも「基盤的」なものであった。

 今日の国際情勢には、国家間関係としてみれば緊張緩和が進んでいるという面で1970年代や1990年代に共通する部分がある。その意味で言えば、自衛隊が保持すべき能力としての「基盤的防衛力」という考え方が有効な面があり、こうした部分は継承していく必要がある。しかし、冷戦終結後十数年を経て、日本に対する本格的な武力侵攻の可能性は大幅に低下している。一方、テロリストなどの非国家主体による攻撃という、従来の国家間の「抑止」という概念ではとらえにくい脅威が深刻な問題となっている。その意味でも国家からの脅威のみを対象にしていた基盤的防衛力の概念は、こうした安全保障環境の変化を踏まえて見直す必要がある。本報告書の提起する概念は「多機能弾力的防衛力」というべきものであるが、その詳細は次節に展開する。

 いうまでもなく、日本への直接的な脅威に対処するための自助努力は、自衛隊のみが行うものではない。日本全体で総力をあげて行う防衛活動である。これまでは第二次世界大戦への反省に基づく日本の平和主義もあり、自国への脅威に対して、国家の総力をあげてこれに取り組むという観点は、忌避されることが多かった。有事法制に言及することすら問題であるという風潮もあった。しかしながら、近年、安全保障に関する国民の理解も進み、有事関連法制も整備されるに至った。引き続き、自衛隊をはじめ、日本全体として安全保障に取り組む体制を早急に整備しなければならない。海上保安庁や警察などと自衛隊との協働は不可欠であり、これら治安担当機関の能力を向上させる必要がある。加えて地方自治体を含む公的組織の協力、さらには民間の協力も必要となる。

 日本国内の総力を結集するためには、情報収集・分析能力の向上をベースにした日本政府の危機管理体制を確立する必要がある。縦割組織の弊害を排除して迅速・的確に危機に対処するため、最新技術を駆使した情報体制を確立し、関係各組織の情報を共有して、政府の意思決定・指揮命令に活かすことのできる態勢を内閣の下に整えるべきである。情報を収集するのみならず、これを的確に分析できる人材の育成も不可欠である。こうした新たな情報体制を基盤としつつ、安全保障会議の機能を強化し、これを平素から有効に活用することにより、真に国家の安全保障政策の中枢となる組織に発展させていく必要がある。

 国としての統合的安全保障戦略を策定するにあたっては、安全保障を達成するための、わが国の各種の基盤についても考察しておく必要がある。防衛力の生産・技術基盤に関する政策についても、軍事技術・装備の革新が進む中で、同盟国や友好国との共同研究や開発が可能となる仕組みがなくてもよいのか、また、関連する法制度についても、より合理的な安全保障政策を実現するとの観点から見直しを行う必要がないのか、さらに議論を深めることが望まれる。

イ 同盟国との協力

 日本防衛のための第二のアプローチは、同盟国との連帯行動である。日米安全保障条約に基づく日米同盟こそ、このための恒常的制度である。日本周辺の国際環境は、すでに述べたとおり、依然として不安定性に満ちており、核兵器などの大量破壊兵器による紛争の可能性も完全には否定できない。弾道ミサイルによる脅威も存在する。その意味で、今後とも日米同盟の信頼性を相互に高めつつ、抑止力の維持を図る必要がある。とりわけ核兵器などの大量破壊兵器による脅威については、引き続き、米国による拡大抑止*3*が必要不可欠である。さらに、大量破壊兵器とその運搬手段としての弾道ミサイルの拡散が深刻な事態をもたらす可能性があるなど、従来の抑止が効きにくい状況があることから、米国の核抑止を補完する必要がある。このため、弾道ミサイルからの脅威については、米国との協力の下に、有効な弾道ミサイル防衛システムを整備していかなければならない。日本周辺地域で発生する日本の平和と安全に重要な影響を与えるような事態(周辺事態)に対しては、日本への脅威の波及を防ぐために日米の協力が不可欠である。こうした事態に備えた協力体制の整備を継続的に進め、現実の運用にあたっても日米協力の信頼性向上に努めていかなければならない。

ウ 国際社会との協力

 日本の防衛において、国際社会との協力は、自助努力や日米同盟ほど大きな位置を占めるものではなかった。しかし、さまざまな領域で行う外交活動や国民レベルでの交流が日本への理解を増進し、いわば間接的に日本の防衛に役立ってきていることは間違いない。さまざまな二国間関係や多国間関係の枠組みを通じて行う外交活動、安全保障対話、軍事交流や警察、海上保安庁その他の行政組織間の交流は、国家間のいたずらな緊張を回避するとともに、日本に対する安全保障上の脅威が発生したときの国際協力態勢の基礎となる。特に、国際テロへの対応については、テロリストの摘発・逮捕や、国際テロ組織に対する資金規制に向けて、情報面などにおける国際的な協力や水際対策を充実・強化していく必要がある。また、海外における日本人や日本企業の安全確保のために、関係諸国と緊密な協力関係を築くとともに、関係機関が連携して、緊急事態における邦人の退避等を円滑に実施しうる態勢を平素から整えておく必要がある。


(2)国際的安全保障環境の改善による脅威の予防

ア 日本自身の努力

 世界各地における脅威の予防に関しては、日本は国際社会や同盟国と連帯して行動することを原則とすべきであろう。日本が自衛権の範囲をこえて単独で世界各地の軍事問題に介入し、武力を行使することは、憲法違反であるのみならず、国際政治的にも望ましくない。したがって、平和維持や平和構築活動、人道支援に対する自衛隊の活動は、原則的には、国連安全保障理事会決議などに基づく国際社会の活動の一部として行うべきである。

 しかし、脅威の予防について、日本が自ら主体的に実施すべきこともある。これまで日本が行ってきた二国間の開発援助は、多くの国々の国づくりに役立ち、経済発展に貢献し、実質的にわが国の安全保障にも寄与してきたと考えられる。こうした援助や外交活動、さらには警察などの協力は、国際社会と連帯して行いうるのみならず、日本独自の活動としても実行すべきであろう。とりわけ核兵器関連技術の拡散については、日本は独自の外交活動として、あるいは多国間の取組の一環として、その防止のためにあらゆる努力を傾注すべきである。大量破壊兵器の処分、地雷除去、小型武器の回収など、人々の安全に直結した分野で国際協力の可能性が拡大している今日、これらの分野でもいっそう積極的な対応が望まれる。また、直接的には安全保障に関連しているように見えない一般的な外交活動や文化交流、さらには民間の行う貿易・投資活動による雇用や技術移転、人材育成なども、実は間接的に安全保障につながる役割を果たしていることを認識すべきである。

 特に、北東アジア地域において軍事紛争が生起すれば、それは日本の安全に直結する。また、日本は資源・エネルギーの大半を海外に依存しているため、中東から南西アジア・東南アジアを経て、北東アジアに至る地域が不安定化したり、そこを通る海上交通路が脅かされたりすれば深刻な影響を被る。わが国は、この地域の不安定化を防ぐため、上に述べたような外交活動、経済活動などを積極的に展開すべきである。また、相互理解のための文化交流や地道な外交活動などを通じて、極端なナショナリズムの台頭を抑えることが、この地域の安定を保つために不可欠であることも忘れてはならない。

イ 同盟国との協力

 わが国が国際的安全保障環境の改善をはかり、脅威の予防を考えるとき、日本が同盟国である米国との協力を行うことは当然である。民主主義、市場経済、法の支配、基本的人権などの共通の価値観を保持する日米両国は、他の同様の価値観を保持する国々とともに、共通の認識を持ち共同行動を起こすことが容易だからである。また、国際的安全保障環境の改善を図ろうとするとき、卓越する国際的活動能力を持つ米国との適切な協力を考えることは、きわめて有効な手段である。日米同盟を地域的、国際的な平和と安定に資するものとなるよう細心の注意をもって運営し、日米間で緊密な協議を行うべきことはいうまでもない。

 軍事面に着目しても、日米同盟関係は直接的な日本防衛に加えて、国際社会における脅威の発生そのものを予防する機能を高めつつある。そもそも、日米同盟による抑止力は、必ずしも特定の国に対する直接的抑止力を意味するわけではない。地域における米国の軍事プレゼンスは、軍事紛争を抑制する効果がある。周辺事態に対処するための日米の協力体制は、周辺事態の発生そのものを予防するという効果もある。そうした意味で、日米同盟には、地域の諸国にとって公共財的な側面があるとみることができるのである。

 東アジアにおける脅威の発生を防ぐ役割に加え、中東から北東アジアにかけての「不安定の弧」の地域における、テロや国際犯罪などさまざまな脅威の発生を防ぐ意味からも、日米の同盟関係を基にした幅広い協力は重要である。米国の世界戦略の変革の中で、積極的に日米の戦略的な対話を深めることによって、両国の役割分担を明確にしつつ、より効果的な日米協力の枠組みを形成すべきである。

 さらにまた、テロ対策特別措置法に基づくインド洋での自衛隊の活動や、イラク特別措置法に基づく日本のイラクにおける活動のように、国連安保理決議などに基づく国際社会としての行動を効果的にするためにも、米国を中心とする諸国との緊密な協力が必要である。これらの活動がさらに有効に機能するよう、日米間の戦略的な対話において検討を深めるべきである。

ウ 国際社会との協力

 日本の安全保障戦略にとって、今後ますます重要になるのは、世界各地の脅威削減に向けた国際社会との協力である。その典型的な活動は、内戦や地域紛争状態にある国々で平和を回復し、その平和を維持し、さらには復興から国づくりに至る平和構築を行うことである。その実現には、自衛隊、文民警察、行政官、ODA関連組織、民間企業、NGOなど、さまざまな人材が密接に連携した人的貢献が必要となる。ODAなどの資金協力を活用した、HIV/AIDS などの感染症対策や、教育水準の向上と人材づくり支援、貧困要因の除去の努力、いわゆる「人間の安全保障」*4*を実現する努力などもまた、紛争予防や世界各地の安定につながる大事な活動である。こうした国際社会の総力を結集した活動に参加することで、「破綻国家」を世界からなくしていかなければならない。かつて日本で国際協力といえば、日本の安全保障に直結する切実な活動であるとの認識が不足していたが、今日、世界各地で行われている国際平和構築や「人間の安全保障」実現に向けた活動は、それ自体が日本の安全保障に直結する活動ととらえるべきである。ある国が国際テロ組織の聖域となるような状況を防ぐことは、世界の安定だけでなく、日本の国益に深く結びついているのである。

 核兵器などの大量破壊兵器や、その運搬手段としての弾道ミサイルの拡散を防止することは、日本にとって、安全保障の問題であるとともに、唯一の被爆国としての歴史的使命でもある。大量破壊兵器がテロリストにわたったときの危険を考えると、この問題はいくら重視しても重視しすぎることはない。核兵器不拡散条約(NPT)をはじめとする軍縮・不拡散関連の条約や輸出管理の国際枠組み、拡散に対する安全保障構想(PSI*5*)などを、より一層普遍的な国際的枠組みとし、それらの機能を強化するための努力を行わなければならない。特に、これらの条約や枠組みの実施に困難を覚える途上国に対しては、適切な協力を考える必要がある。

 また、テロの脅威を予防するため、日本の法制度・能力を先進諸国に劣らない水準に高めるとともに、多国間・二国間及び地域フォーラムなどの場を通じた外交努力や、警察及び司法当局間の協力を強化する必要がある。テロリストに安住の地を与えないための国際的なルール作り、テロ対処能力の低い途上国に対する能力向上(キャパシティ・ビルディング)の支援などが重要な課題となる。現在のテロの根本原因に対処するために、イスラム穏健派の国々との関係強化や中東地域での国づくりや社会の安定化に協力することも必要である。

 資源・エネルギーの大半を海外に依存する日本にとって、海上交通路の安全確保はとりわけ重要な課題である。近年頻発する海賊や国際犯罪組織の不法行動、さらには沿岸国における紛争などは海上交通路の安全に重大な影響を及ぼすものであり、これらに対処するため、関係各国との協力体制や国際社会の枠組みづくりが求められている。

 世界からの脅威の発生を削減する努力のもう一つの柱は、多国間の信頼醸成・予防外交・紛争処理メカニズム構築など、国際的な制度化の努力である。最も包括的なレベルでは、国連安保理の機能を強化することであり、より地域に密着した形態としては、たとえばASEAN 地域フォーラムの活動強化などがある。各国の軍隊との間の安全保障対話や交流も同様に重要な柱である。

 日本が国連安保理の常任理事国となることは、国際社会と連帯した日本の努力を効果的にする点で重要である。日本が常任理事国として活躍することによって、より一層多国間協調が進展し、各地における平和構築の効果があがることになれば、まさにそれが日本の国益であり、国連システムを改善することにもつながる。

(3)安全保障戦略における統合性の確保

 以上のとおり、日本防衛と国際的安全保障環境の改善という二つの大きな目標の達成には、それぞれ三つのアプローチを適切に組み合わせる必要があり、日本の安全保障戦略には六つの構成要素ともいうべき活動領域が生じる。これは、あくまでも戦略概念としての整理であり、その実践にあたっては、あらゆる面で統合性を確保することが必要となる。各構成要素が特定の組織に対応するわけでなく、それぞれの構成要素において、関係省庁の力を結集することが必要であり、地方自治体や国民の協力も求めなければならない。

 また、この六つの構成要素は、それぞれ独立に存在するものではない。日本防衛のための自助努力と国際的安全保障環境の改善のための国際社会との協力は、密接に関連している。自助努力が適切にできる能力をもっているからこそ、国際社会との協力ができるのであり、国際社会との協力実績の積み重ねが、日本への脅威の減少につながるのである。

 統合的な戦略を効果的に実施するためには、統合的な意思決定の仕組みが必要である。内閣総理大臣のリーダーシップの下、日本の安全保障に必要な六つの活動領域すべてについて日常的に留意・観察し、適切な政策方針を策定する意思決定の中枢的機能が存在しなければならない。この点については、安全保障会議をしかるべく活用し、中長期的な安全保障の戦略中枢として、六つの構成要素をどう関連させ、どの組織にいかなる役割を課すかを決定すべきである。以上のような多面的な統合が実現して、はじめて新しい安全保障戦略が十全に機能することになるのである。

3 新たな安全保障戦略を支える防衛力 〜多機能弾力的防衛力〜

 新しい統合的安全保障戦略の下で、自衛隊はいかなる能力を保持すべきであろうか。まず、これまでの防衛力の位置付けとの比較から、その内容を考えてみたい。現行自衛隊法は、「自衛隊は、わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対しわが国を防衛することを主たる任務」としており、同法が主任務として具体的に規定している行動は、日本に対する脅威への対処となっている。安全保障の二つの目標のうち、第一の日本防衛を中心にその任務が規定されてきたわけである。これまでの基盤的防衛力の概念の下で、脅威をもたらす存在として国家が想定されてきたことも明白である。つまり自衛隊は、他国からの脅威に対して主として国内で日本を守る存在であった。しかも、そうした観点で整備されてきた自衛隊の能力をその目標のために使用する必要は幸運にも発生しなかった。第二次世界大戦後、日本に対する侵略が一度も生起しなかった背景には、そのように整備してきた自衛隊の「拒否力」ないし「基盤的防衛力」があったとみられる。まさに自衛隊は「存在」することによって、その目的を達成してきたといえるだろう。

 しかしながら、1990年代以降の現実は、このようなあり方に対して、いくつかの修正を迫ってきた。湾岸戦争直後には、機雷除去のために掃海艇がペルシア湾に派遣され、1992年にはPKO協力法の下でカンボジアに国連平和維持活動のための部隊が派遣された。また、テロ対策特措法やイラク特措法の下、自衛隊がインド洋やイラクでの活動をすることになった。今や、自衛隊は、主として国際的な場において、さまざまな活動を展開するようになってきた。

 1990年代に行うようになったこれらの国際平和協力活動は、法的には当初想定された自衛隊の本来任務とは異なるものであった。しかしながら現在の安全保障環境とこれに対する日本の戦略という観点からすれば、これらの活動は、まさに「国際的安全保障環境の改善による脅威の予防」という目標のために行われてきたのだと見ることができる。このような変化は、公式の戦略や政策に反映されなければならない。

 他方、わが国の防衛という観点からみても、自衛隊の装備に見直しの必要が生じている。たしかに日本周辺において、国家間紛争に起因する脅威が消滅したわけではない。しかし、冷戦時代の潜在的脅威に対応した編成・装備・配置が、現在存在している新たな脅威に真の意味で対応しているかどうかは再検討の余地がある。さらに1990年代以降発生した弾道ミサイルの脅威や武装工作船対応の問題などからみても、これまでのあり方には見直しが迫られている。とりわけ、非国家主体の引き起こすテロについて、これまでの基盤的防衛力の考え方のみで対応できないことは明らかである。いうまでもなく、基盤的防衛力の考えを見直すということは、それ以前の脅威対抗型の所要防衛力の考え方に戻るということではない。軍事的脅威に直接対抗するのではなく、自らが力の空白となって周辺地域の不安定要因とならないよう一定規模の防衛力を保有するという基盤的防衛力構想の有効な部分は継承しつつ、さまざまな脅威に現実に対処しうる実効的な防衛力構想が求められているのである。

 それでは、現在の安全保障環境の下、自衛隊はいかなる能力を保持することが求められているのか。具体的な内容は各論にゆずるが、一般的にいえば、自衛隊の保持すべき能力とは、統合的安全保障戦略で検討したさまざまなアプローチに貢献する能力だということになる。日本防衛という観点からいえば、弾道ミサイルをはじめ、国家間紛争に起因するさまざまな脅威への即応対処能力や情報収集・分析能力、さらには伝統的脅威の復活の可能性にも備えた一定程度の「基盤的」能力を持たなければならず、非国家主体からのテロなどへの対応能力も持たなければならない。大規模災害への対処能力は継続して維持強化しなければならない。また日米同盟関係を有効に機能させるための適切な役割分担を行うことも必要である。加えて、周辺国との信頼醸成に努め、可能な地域的協力を進める必要がある。さらに、国際的安全保障環境の改善という観点からいえば、有効な国際平和協力活動を行う能力が必要である。そのための日米協力や諸外国との安全保障対話などへの参画も必要とされる。今後の防衛力はこのように多くの機能を果たしうるものでなければならないのである。

 しかしながら、防衛力整備を取り巻く日本国内の環境には制約要因も大きい。第一は、少子化という人口学的制約であり、第二は、厳しい政府財政という制約である。このような制約も考慮するとき、今後の防衛力整備の鍵は、統合的安全保障戦略の考え方に基づき、いかにして現存する組織の運用の仕方、組み合わせの仕方、スクラップ・アンド・ビルド、さらには同盟国である米国との役割分担などを通して、さまざまな機能を有効に果たす体制が作れるかということになる。

 それは、これまでの自衛隊の実績から考えて不可能なことではない。これまでも基盤的防衛力として整備されてきた自衛隊が、災害救助や平和維持活動に立派に従事してきているからである。このような実績を踏まえ、さまざまな組織単位をさらに弾力的に運用することによって、多機能な能力を発揮できるようにすることが必要である。民間企業のノウハウも参考にしつつ、最新の情報技術を活用し、指揮命令系統の柔軟な見直しを行い、適切な教育・訓練・整備計画を実施していけば、規模を拡大することなく、数多くの機能を果たすことは可能である。政府においても、2003年12月の弾道ミサイル防衛システムの整備に係る閣議決定において、「同事業の実施にあたっては、自衛隊の既存の組織・装備等の抜本的見直し、効率化を図るとともに、防衛関係費を抑制していく」旨を決定している。

 多機能弾力的防衛力の要は、情報収集・分析力である。テロなど新たな脅威への対応には、国の情報能力のレベルが決定的な意味を持つ。自衛隊の能力をどこでどのように使えば最大の効果があるかを判定する基礎も、情報の力である。情報収集・分析力こそ、ハードとしての防衛力の効果を何倍にもする乗数(マルチプライヤー)であり、既存の組織・装備等の抜本的な見直し、効率化を図りつつも、複雑・多様な脅威に対処しうる機能を維持する「多機能弾力的防衛力」の基礎である。

 新しい安全保障環境の下、自衛隊の保持すべき能力をここで述べた多機能弾力的防衛力という考え方に基づき整理し直し、その整備計画を再検討しなければならない。今ほど自衛隊のしなやかな組織的対応努力に国民の安全がかかっていることはかつてなかったといえよう。



第2部 新たな安全保障戦略を実現するための政策課題

 第1部で述べたとおり、新たな安全保障環境の下で、わが国は、予測困難な多様な脅威の予防に努めつつ、それが顕在化した場合には迅速・的確に対処しうる体制を構築しなければならない。また、グローバル化がさらに進展する中で、同盟国をはじめ世界各国との協力なしには新たな脅威に対処することは不可能な状況にある。第2部では、このような安全保障環境の下、新たな安全保障戦略を実現する上で不可欠な、政府全体として取り組むべき政策課題について述べることとする。


1 統合的安全保障戦略の実現に向けた体制整備

 総論で述べたように、安全保障を実現するための体制は、統合性が確保されたものでなければならない。縦割組織の弊を排し、迅速かつ有効な政策決定のできる仕組みを整備する必要がある。以下では、第一に緊急事態対処の体制整備、第二に情報能力の強化、第三に安全保障会議の機能の抜本的強化、第四に国としての政策決定基盤について提言する。


(1)緊急事態対処

 安全保障政策に関する政府としての意思決定や、緊急事態に際しての意思決定は、国全体としての基本的な方針を示すものであり、内閣総理大臣のリーダーシップの下で適切に行われなければならない。そのためには、内閣総理大臣を支える内閣官房が十分な企画立案機能や危機対処機能を有する必要がある。

 内閣総理大臣は、閣議決定した方針に基づいて行政各部を指揮監督することとなっているが、国家の緊急事態において、迅速・的確な意思決定を行う観点からは、格別な工夫が必要である。特に、弾道ミサイルへの対応について、発射から着弾までの10分程度の間に閣議を開いて対処方針を決めるのは、きわめて難しい。そのような中で迅速かつ的確に国としての意思を決定するための仕組みについて、現場において適切な対応ができるよう、権限の分配のあり方等を含めて早急に検討し、結論を出さなければならない。この問題も含め安全保障会議の機動的運用、平素からのさまざまなケーススタディの実施、さらに政府全体としての情報通信インフラの整備などにより、迅速・的確な意思決定に遺漏なきを期す必要がある。

 複雑・多様な国家の緊急事態に際しては、政府が一体となって統合的に対応し、関係機関の間で適切な役割分担を行う必要がある。一般的に言えば、治安の維持や災害救援などの分野については、警察、消防、海上保安庁など治安や防災を担当する機関が中心となって対応し、自衛隊はこれらの機関の補完的役割を果たすのが原則である。ただし、化学剤や細菌を使用したテロ、放射線による汚染などを含む特殊災害、重武装の外国集団の侵入事案などであって治安担当機関等だけでは対処できないものについては、自衛隊が関係機関と連携して対処することが求められる。このように考えると、自衛隊と治安担当機関等の間では、セクショナリズムに陥ることなく、明確な役割分担と切れ目のない協働の仕組みを設けておく必要がある。また、こうした協力関係を実効的なものとするため、平素から共同訓練や人事交流を活発に行い、中央から現場に至るまで各レベルで緊密な関係を形成することが求められる。

 国の意思決定メカニズムの問題は、わが国のみの問題ではない。武力攻撃事態における日米共同対処を円滑かつ適切なものとするため、両国間で常に緊密な連絡を保つとともに、双方の意思決定の流れを検証し、対処マニュアルを用意しておく必要がある。

 緊急事態対処に関する国の意思決定のうちでも防衛力の運用については、その重大性にかんがみ、国会や内閣総理大臣などによる重層的なシビリアンコントロールの仕組みが設けられている。政治による軍事の統制という民主国家の原則はきわめて重要である。政府としても、関係する政策部局の十分な補佐を確保するなどにより、政治レベルの意思決定を適切に行いうる体制を確立することが何よりも必要である。


(2)情報能力の強化

 安全保障及び緊急事態に際しての意思決定が、内閣総理大臣のリーダーシップの下で適切に行われるためには、必要な情報が情報関係者と政策決定者の間で迅速に共有されることが不可欠である。

 冷戦期には、比較的明確な軍事的脅威が存在していたのに対し、冷戦後、特に9.11 テロ以降の新たな脅威は、主体、態様ともに多様かつ不明確なものとなった。こうした脅威に的確に対応するためには、何よりも脅威の動向を早期に探知し、その顕在化の防止に努めなければならない。このため、専門的で精度の高い情報収集・分析を適時的確に行いうる能力の一層の強化が喫緊の課題である。

ア 情報収集手段の多様化・強化

 衛星等の技術的手段により入手した画像情報、電波情報などは、周辺諸国の軍事動向を把握するために有用であるとともに、国際テロなどの新たな脅威に対処するためにもきわめて有効である。それゆえ、宇宙の開発及び利用に関する国会決議との関係を整理しつつ、情報収集衛星のさらなる能力向上を図るとともに、これら技術的に収集された情報について広く安全保障・危機管理に係る情報収集手段として、秘密保全に留意しつつ、政府の意思決定に、より適切に活用するべきである。

 さらに、非国家主体などの、外部からの認知が困難な新しい脅威に対しては、人的情報手段による細やかな対応の重要性が高まる。このため、地域専門家等や海外の情報専門家との協力など、人的情報手段の有効活用を早急に進めるべきである。

イ 情報集約・共有・分析機能の強化

 内閣の情報能力を強化するため、安全保障・危機管理に必要な情報が迅速・的確に内閣に集約され、国全体の政策決定に資する体制を構築することが重要である。このため、平素から内閣情報会議、合同情報会議等の活用により、政府の基本方針・重点項目に沿った各省庁の情報収集・分析、その成果の検証・評価及び情報共有を推進する必要がある。その日常的努力こそが緊急時において内閣が機動的かつ精度の高い情報収集・分析を行うための基礎となる。

 特に、明確な役割分担の下で各省庁が収集した情報を的確に活用することが重要であり、内閣情報会議を主宰する官房長官の指名に従って、高度の知見を有し全ての情報に接することが可能な各省庁のスタッフを内閣情報官の下に集めることなどにより、内閣として情報の集約・共有を強化すべきである。

 また、冷戦後、安全保障上の懸念事項が複雑・多様化し、国際的にも広がりを見せる中にあって、安全保障の観点から分析を要する対象も拡大している。このため、情報分析能力を向上させるとともに、政府部内で人材の確保、養成に努め、官学の交流や政府とNGO の協力等を通じて、国全体として専門的な知見を蓄積・総合化し、効果的に活用するよう努めるべきである。

ウ 情報の保全体制の確立

 共有した情報が外部に漏洩するようなことがあれば、情報の共有は困難となり、機微にふれる国際情報の持続的取得も妨げられるであろう。国を挙げて情報の集約・分析・活用を進めるには、情報の厳格な保全体制の確立が不可欠の前提となる。このため、安全保障・危機管理情報を扱う関係者に共通の厳格かつ明確な情報保全ルールを作り、実施することが不可欠である。その際、機密情報漏洩に関する罰則の強化も検討すべきである。

エ 情報についての国際協力のあり方

 国際的なネットワークを有する新たな脅威に効果的に対処するには、情報面でも国際協力を強化する必要がある。その際、諸外国から価値のある情報を得るためには、日本が自身の情報収集・分析能力を高め、ギブ・アンド・テイクの関係を築くことが必要となる。国際協力を効果的に進めるためにも、日本として独自に保有すべき情報能力と他国に依存しても良いものを区別するなどして、有効かつ効率的な情報体制を構築すべきである。


(3)安全保障会議の機能の抜本的強化

 以上述べた緊急事態への対応にせよ、情報能力の強化にせよ、統合的安全保障戦略としてこれらを一貫した形で実現させるためには、内閣としての頭脳に当たる仕組みを整備しなければならない。本報告書では、そのために現在の安全保障会議の機能を抜本的に強化することを提案する。

 安全保障会議は、国防に関する重要事項及び重大緊急事態への対処に関する重要事項を審議する機関として内閣に置かれている。このほど有事関連法制整備の一環として、緊急事態における政府の意思決定手続き強化を目的とする法改正がなされた。それにより安全保障会議は、「防衛計画の大綱」等の策定と、武力攻撃事態等の緊急事態への現実の対処の両面にわたり、政府の意思決定における中心的な役割を果たすこととなった。今後は、統合的安全保障戦略実施の中核組織として、安全保障会議の機能を抜本的に強化しなければならない。

 特に、平素から会議のコアメンバーの閣僚による情報伝達のための訓練や分析のための会合の頻繁な開催に努め、いざというときに安全保障会議を機動的に運用し、迅速・的確に意思決定を行いうるようにすることが重要である。加えて、安全保障会議の下に設けられた事態対処専門委員会で、各種の緊急事態への対応策を常日頃から検討する体制を充実すべきである。

 安全保障会議の機能として、国家の安全保障政策全体を常にモニターし、その整合を図る役割も加える必要がある。このため統合安全保障のための年次指針、年次報告書を作成すべきである。また、例えば米国のNSC*6*などを参考としながら、国家の安全保障戦略を閣僚間で密度高く議論する場として活用すべきである。こうした目的のため、内閣官房のスタッフの強化を図るとともに、部内外の専門家による政策研究の場を設けるべきである。

 なお、現在、国防の機能は国務大臣たる防衛庁長官の下で内閣府の外局である防衛庁が担当しているが、国防組織のあり方については、国家の存立に係わる国防機能の重要性にかんがみ、自衛隊の最高指揮官たる内閣総理大臣に対する補佐体制の充実等の観点を踏まえつつ、諸外国の例なども参考としながら議論していくべきである。


(4)安全保障政策の基盤の整備

 政策決定の仕組みを実質的に機能させるためには、その運営に当る人材の育成が重要であり、政府全体として安全保障・危機管理に従事する中核要員を育成する必要がある。関係機関で質の高い人材の確保に努めるのはもとより、採用後は、実務経験に過度に依存した従来の養成システムを見直し、高度の専門知識を獲得させるために国内外への留学の機会を増やすとともに、内閣官房を中心とする関係省庁間の人事交流や官民・官学の人的交流を活発化して、出身省庁にとらわれず政府全体としての視野を有する人材を育成すべきである。また、安全保障問題、あるいは安全保障政策を専門的に考究する「知の中心」として、政府・非政府の安全保障シンクタンクを育成・強化すべきである。

 なお、安全保障政策の基盤の一部をなす法制度に関連し、特にテロの未然防止に必要な法制度の整備が急務となっている。諸外国における法制度やその運用状況を参考としながら、国民の理解が得られる形で早急に法制の整備を図るべきである。



2 日米同盟のあり方


(1)日米同盟、日米安保体制の意義

 グローバルな安全保障環境は大きく変化しているものの、日本周辺地域には依然として伝統的な不安定要因が存在している。日米安保体制とそれに基づく米軍のプレゼンスは、今後ともわが国防衛の大きな柱であるとともに、この地域にとって不可欠の安定化要因であり続けている。

 9.11テロ事件以降、米国は、特定国の軍事的脅威を対象とする従来の安全保障戦略を転換し、テロリストやならず者国家といった非対称的脅威への対処に全力を傾けるとともに、テロリストなどによる大量破壊兵器の入手を防ぐことを戦略目標としている。このため、米国は伝統的な抑止戦略を転換し、予測困難な新たな脅威に柔軟に対処するための情報能力や機動展開能力などの充実を図るとともに、グローバルな規模で米軍の変革を進め、同盟国、友好国との更なる関係強化を図っている。

 テロリストや大量破壊兵器、ミサイルなどの拡散は、日本の安全保障にとっても大きな脅威である。これらへの対応は到底一国のみでなしうるものではなく、国際社会と協力しながら取り組んでいかねばならない。こうした国際的取組の中心となっているのは同盟国たる米国であり、国際社会との連携の下で行われる日米協力の機会が今後ますます増大していくであろうことに留意しなければならない。


(2)日米同盟の維持・強化

 日米同盟関係を維持・強化していく努力は、不断に続けられなければならない。わが国防衛の見地からは、1997年に策定された、現行の「日米防衛協力のための指針」にしたがって、わが国有事及び周辺事態における日米協力のあり方を具体化していくことが重要である。

 このため、同「指針」に基づいて設けられている「包括的なメカニズム」を活性化して率直な意見交換を行うとともに、日本有事や周辺事態における日米協力のあり方について、引き続き緊密に協議していくべきである。その際、このメカニズムをより効果的に運用するため、防衛庁、外務省だけでなく、必要に応じて内閣官房をはじめ、警察、消防、海上保安庁などの関係機関を含め、日本政府全体として米国と協議を行う必要がある。

 さらに、日米間の戦略的な対話を通じて新たな安全保障環境とその下における戦略目標に関する日米の認識の共通性を高める必要がある。現在推進されているグローバルな米軍の変革については、日米間の安全保障関係全般に関する幅広い包括的な戦略対話の重要な契機と捉え、抑止力としての米軍の機能をも踏まえつつ、積極的に協議を進めるべきである。

 その際、わが国は、米国との間で日本の防衛や周辺地域の安定のみならず、国際社会全体の着実な安定化により、わが国に対する脅威の発生を予防するとの目的に資するような協力関係の構築を目指す必要がある。例えば、日米間でより質の高い情報協力を実現することができれば、対話の実を上げ、より有効な同盟関係を構築することが可能となる。わが国としては冷静かつ客観的な分析成果を独自の視点から提供しうるよう情報収集・分析能力をさらに向上させていくべきである。政府は、このような努力を払うとともに、日本の独自性をも踏まえつつ、日米間の役割分担などを含め主体的に米国との戦略協議を実施すべきである。さらに、こうした協議の成果を反映する形で、時代に適合した新たな「日米安保共同宣言」や新たな「日米防衛協力のための指針」を策定すべきである。

 また、安定的な同盟関係を長期的に維持するため、政府は、政治の強力なリーダーシップの下、在日米軍基地に関する日本の立場・考え方について米国との間で相互理解を深めるとともに、日米両国が協力して地域社会の負担軽減等に取り組んでいく必要がある。



3 国際平和協力の推進


(1)国際平和協力に対する日本の取組

 わが国は、自らの安全を一層確かなものとするためにも、世界各地、とりわけさまざまな形でわが国とのつながりが深い地域の安定化のために、わが国の優れた技術力や行政能力などを生かしつつ国際社会の取組に積極的に参加すべきである。このため、以下に述べるような体制の整備を図るとともに、平和構築に向けて国際社会がさらに協調を深められるよう、安保理改革など国連の制度自体を改善するために努力することも必要である。


(2)国際平和協力の実施体制

 近年、国際社会は、平和維持にとどまらず、紛争の予防から紛争後の国家再建に至る一連の活動を発展させてきている。これを踏まえ、自衛隊のみならず、政府全体として統合的に国際平和協力に取り組むべきであり、具体的には次のような努力が必要になる。

ア 各機関の連携強化による国際平和協力の効果的実施 現在、国際平和協力のための要員派遣などの業務は、内閣府、防衛庁、外務省など複数の機関が担当している。これら各機関が相互に緊密に連携し、個々のケースに応じて安全保障上の要請を満たしうるよう各種手段を適切に組み合わせて政府全体として効果的な協力を実現しうるような仕組みを整備することが必要である。さらに、政府職員に限らずNGO 要員も含めて、国際平和協力活動に参加する者の士気高揚のため、その名誉や処遇に配慮することも必要である。

イ 実施主体間の役割分担の明確化

 わが国として持てる手段を有効に組み合わせて活用していく上で、自衛隊には何を期待し、文民には何を期待するかという点について明確な指針が必要である。自衛隊はこれまで人道復興支援と後方支援に従事してきたが、これらの活動が成果を上げるためには、現地の治安状況の改善が不可欠である。今後は、これまで同様、経験と実績のある人道復興支援と後方支援を中心とする活動を展開していくのか、それとも自衛隊の能力に着目して、いわゆる治安維持のための警察的活動の実施をも視野に入れるのか、政府において十分検討すべきである。また、その際には、任務遂行に必要な武器使用の権限を自衛隊に付与することも併せて検討する必要がある。

ウ 自衛隊の本来任務としての国際平和協力

 これまで述べたように、国際社会において平和協力活動が一層拡充しつつある上、国際社会が行うそうした活動への参加が日本の安全保障にとってますます重要になっている。従来、国際平和協力活動は自衛隊の付随的任務として位置付けられてきたが、そうした活動の重要性の増大にかんがみれば、自衛隊の本来任務として位置付けるべきである。

エ 警察による協力体制の充実

 最近の国際平和協力活動においては、現地の治安を改善するため現地警察を育成することが大きな課題となってきている。日本の警察制度や警察官の実務能力が国際的に高い評価を得ていることも踏まえ、日本としても、現地警察の育成のために必要な教育訓練などができるよう協力体制を可能な限り充実させるべきである。

オ 要員の安全確保

 安全の確保は、国際平和協力に携わる全ての人に共通の課題である。この問題は、武器使用権限の拡大と密接に関係するが、単に武器使用権限を拡大するだけでは解決しない。武器使用権限の検討も重要であるが、それだけでなく、政府は要員の安全確保を目的とする情報収集・共有のための体制づくりや、安全管理のための計画づくり、ODAとの効果的な連携などをさらに充実させるべきである。

カ 国際平和協力のための一般法の整備

 これまでは、新たな事態が生起して平和協力活動の必要が生じるごとに特別措置法を作って対応してきた。今後とも、武力を行使することなく、国際社会の責任ある一員として平和で安定した国際環境の構築に参加するなど、日本の国際平和協力の理念を内外に示すとともに、日本としてこれに一貫して、かつ迅速に取り組んでいくことができるよう、一般法の整備を検討すべきである。その際、日本に相応しい協力とは何かを十分に検討の上、国民的合意を得つつ、任務及び任務遂行に必要な権限を明確にするべきである。



4 装備・技術基盤の改革


(1)生産・技術基盤の維持と防衛産業の合理化

 わが国が高度の防衛生産・技術基盤を維持する必要については、日本としての安全保障政策の独自性の維持、海外からの装備調達に当っての交渉力の確保、緊急時の武器急速取得等の観点から、従来より配慮されてきた。

 近年、先進主要国の防衛産業は、技術進歩の高速化や新装備の高価格化などを受けて、国際的な連携と分業体制を構築することによって効率性を高め、競争力を維持しようとしている。一方、日本は、国際共同開発等を通じた先進諸国の技術進歩から取り残されることが懸念される状況にある。

 今日、冷戦期とは異なり、大規模な軍事行動によって海外から日本に向けた物資の輸送が途絶する可能性は低下している。さらに、防衛関係費の今後の動向などを考えれば、生産基盤を総花的に維持することは困難となっている。こうした状況を踏まえ、原則国産化を追求してきた方針を見直すべきである。独自に保有すべき能力と他国に依存しても良いものを明確に区別し、「中核技術」について最高水準を維持していくことにより、真に効率的で競争力のある防衛生産・技術基盤を構築する必要がある。


(2)武器輸出三原則

 わが国の武器輸出三原則は、国際紛争等の助長を回避するという基本理念の下、1967 年に採用された。1970 年代にいったん禁輸対象地域などが拡大された後、1983年には同盟国たる米国への武器技術供与のみが一定の条件の下で認められるに至った。このような政策の基本理念は、国際社会の平和と安定を確保するという今日の安全保障上の要請に応えるものであり、重要な意義を有している。また、これらに加えて、わが国は、従来より核兵器不拡散条約(NPT)、ミサイル技術管理レジーム(MTCR)等の枠組みへの参加や小型武器問題への積極的な取組を通じて軍縮・不拡散を進めることにより、国際紛争の助長回避に努めてきたところである。

 以上を踏まえつつも、70 年代半ばよりとられてきた武器禁輸については、再検討されねばならない。まず、国際共同開発、分担生産が国際的に主流になりつつある現在、日本の安全保障上不可欠な「中核技術」を維持するためには、これに参加することのできる方策を検討すべきである。さらに、現在の弾道ミサイル防衛に関する日米共同技術研究が共同開発・生産に進む場合には、武器輸出三原則等を見直す必要が生じる。これらの事情を考慮すれば、少なくとも同盟国たる米国との間で、武器禁輸を緩和するべきである。

 その際、相手方や対象となる武器・技術の範囲などの武器輸出管理のあり方については、政府において、上述の基本理念を引き続き尊重しつつ、本件の取扱いに関するこれまでの経緯や各界の意見を踏まえながら検討すべきである。


(3)調達及び研究開発の効率化

 近年の技術進歩に伴う装備品の高度化とともに、装備品の調達コストは高騰する一方であり、装備品の調達に関するコスト低減に向けて引き続き官民が一体となって取り組むことが必要である。特に、装備品のファミリー化、汎用品の活用による調達ソースの多様化、企業間競争の促進などにより、調達コストの低減に努めるべきである。

 また、技術進歩が著しいにもかかわらず、少数の装備品を長時間かけて調達する場合には、結果的にコスト高を招くとともに、導入が終了する頃には陳腐化しているという恐れも出てくる。今後は、科学技術の進展のスピードに的確に対応するとともに、調達・維持コストの低減を図るために、例えばC4ISR*7*等の大規模なシステム構築が必要な装備品などについては、短期集中取得を行うなどの工夫が必要である。

 さらに、装備品の研究開発については、産学官の連携の強化、重点分野の見直しによる「選択と集中」の徹底、研究開発プロジェクトの不断の見直し等により、効率化を徹底する必要がある。



第3部 防衛力のあり方

 第1部においては、複雑化し多様化する脅威に対処するため、従来の防衛力の姿を抜本的に見直し、今後は民間企業のノウハウも生かしつつ、情報機能やネットワーク化された装備システムなどに支えられた多機能で弾力的な防衛力を保有すべきである旨を述べた。このような変革を行っていくに当たっては、民間における血のにじむような努力の例を引くまでもなく、厳しい優先度の判断と徹底した効率化が必要であり、真に国民の理解が得られるよう政治のリーダーシップの下、積極的に取り組んでいくことが重要である。以下には、この「多機能弾力的防衛力」の内容について、具体的に述べることとする。


1 防衛力が果たすべき役割と保有すべき機能


(1)日本防衛のための役割・機能

 前述のとおり、日本周辺地域においては依然として国家間紛争に起因する伝統的な脅威は消滅していない。このような脅威に備えることは、独立国家の防衛力が担うべき中核的役割である。同時に、新たに生じた非国家主体による日本及び日本人への攻撃、国際平和協力活動や大規模災害などに効果的に対応することも期待されている。これらの多様な要請に応えて日本の安全を確保するため、防衛力は、以下のような機能を保有する必要がある。

ア 国家間紛争に起因する脅威への対処

 新たな防衛力のあり方を考える際には、従来とは脅威の態様が変化しつつあることに留意する必要がある。すなわち、第一に、冷戦時代に防衛力の対象としていたような本格的な武力侵攻を行いうる脅威は当分の間存在しないと思われる。第二に、核兵器やその運搬手段としての弾道ミサイルの脅威に対する米軍の抑止力は依然として有効だが、ミサイル防衛システムによりこれを補完しうると考えられる。第三に、むしろゲリラや特殊部隊による重要施設等への攻撃や国内のかく乱、島嶼部への侵略、周辺海空域における軍事的な不法行為など烈度の低い軍事力行使に対して即応しうる必要がある。

 このような脅威認識に基づけば、新たな防衛力については、次のような分野において必要な機能を備え、即応性を一層高めた体制を構築しなければならない。

[1] 島嶼防衛や周辺海空域における軍事力による侵害の排除

[2] ゲリラや特殊部隊からの重要施設防護等及び事態の拡大防止

[3] 周辺海域における武装工作船等の警戒監視・対処

[4] 周辺空域の警戒監視、領空侵犯対処

[5] 弾道ミサイルへの有効な対処

[6] 周辺諸国の軍事動向に関する戦略情報の収集・分析

 他方、本格的侵攻に備えた中核的な戦闘力については、不確定な将来への備えとして、適切な規模の「基盤」は維持しつつ、思い切った縮減を図る必要がある。

 なお、上に述べたような対処機能のうち、武装工作員対処であれば警察と、武装工作船対処であれば海上保安庁と、それぞれ適切に協働しなければならない。特に、海上自衛隊と海上保安庁など自衛隊と治安担当機関との関係については、機能・装備品の重複や過不足を検証し、効率的な役割分担を進めていくべきである。

イ 非国家主体に起因する脅威への対処

 国際テロ組織による日本及び日本人へのテロに対しては、警察などの治安担当機関が第一義的に対応する。他方、重武装した要員による軍事的行為や、生物・化学兵器等を使用したテロなど大規模あるいは特殊なもので治安担当機関だけでは対処できないものに対しては、自衛隊と治安担当機関が共同して対処することになる。このため、生物・化学兵器を含むテロにも対処できる機能などを具備し、それらについて高い即応性を維持する必要がある。

ウ 大規模災害などへの対処

 災害に対しては、地方自治体・消防・警察が主として対応するのが本来の姿だが、大地震などの大規模災害や、化学物質や放射性物質による汚染などを含む特殊災害に対しては、自衛隊のマンパワーや専門能力などの活用が期待されている。その際、自衛隊として国民のニーズに迅速に対応しうる態勢を保持するとともに、さまざまな事態への対応要領について国民の理解と協力が得られるよう、訓練などを通じて周知を図っておく必要がある。

エ 米国との協力

 米国の抑止力の存在は、日本と周辺諸国との良好な関係を支える基盤になっている。日本の安全を確保するためには、わが国自身の防衛努力とともに、日米安保条約に基づく米国との同盟関係の維持・強化が不可欠である。このため、「日米防衛協力のための指針」に基づき、有事において適切に役割を分担しうるよう、平素から両国間における共同作戦計画、相互協力計画についての検討などの共同作業や共同訓練などを行っておく必要がある。また、日米間における装備・技術面での交流を積極的に進め、インターオペラビリティーの向上を図る必要がある。

オ 国際社会との協力

 冷戦終結後、国際社会においては、自国の軍事力や国防政策の透明性を高めるとともに、各国の安全保障政策担当者の対話・交流などを通じて、各国間の相互理解と信頼関係の構築を促進することにより、安定した安全保障環境を作り出そうという試みが広がった。最近では周辺地域においてもこうした動きが定着しており、わが国としてもその努力を怠ってはならない。このため、諸外国との安全保障対話、艦艇・航空機の相互訪問、共同訓練、留学生や研究者の交換・交流などを積極的に推進する必要がある。


(2)国際的な脅威の予防のための役割・機能

 自衛隊は、1992年のカンボジアPKOへの参加以来、今日に至るまで、各種のPKOや人道的な国際救援活動を実施してきた。治安やインフラが必ずしも十分でない地域において、自衛隊が組織力や自己完結性を生かして行ってきたこれらの活動については、国際的にも高い評価を得ている。近年、国際社会の取組は、紛争終了後の平和維持活動から紛争後の国家再建活動へと発展してきている。こうした活動は、新たな脅威の発生を予防しわが国を含む国際社会を安定化させる上で効果的であり、自衛隊は今後とも国際平和協力に積極的に取り組むべきである。

ア 国際平和協力

 PKO活動に関しては、従来、自衛隊は施設、輸送などの後方支援業務を中心に実施してきたが、今後は先般凍結が解除された停戦監視や武器の管理などいわゆる「本体業務」を実施する機会も出てくるものと思われる。紛争終了後の国家再建については、本格的な人道復興支援は文民や民間企業が担当し、自衛隊は応急復旧的な支援業務を行うという役割分担が通常想定される。しかし、治安に問題があって文民による復興支援が進まないような場合には、自己防護能力を有する自衛隊が主体となって活動する必要が生じる。特に、復興の主体が多国籍軍であるような場合に、当該多国籍軍への後方支援については、自衛隊が主体にならざるを得ない。

 以上から、国際社会の要請に迅速に応えて平和協力活動に参加しうるよう、平素から教育訓練体制を整備し、必要な訓練を実施しておくとともに、救援物資輸送や人員・装備の速やかな展開を実施しうるよう新たに部隊の待機態勢をとることや長距離・大量の輸送機能を充実する必要がある。

 また、いわゆる信頼醸成のため、諸外国との安全保障対話を推進するとともに、海賊対策をはじめとする海洋の秩序維持や大量破壊兵器の拡散防止に向けた国際協力(PSI)などにも積極的に協力する必要がある。これらの分野においては、外交活動や海上保安庁の活動のみならず、自衛隊の能力をも活用して、各国との協力を拡大していくことが重要である。

イ 国際社会との連携の下で行われる日米協力

 今後、国際平和協力の場面においても、日米協力の機会が増加していくことが予想される。このため、平素から日米間の情報分野での協力拡大や外交・防衛当局者間の対話の活発化を図っておく必要がある。


2 新たな防衛力の体制

(1)考慮要素

 上に述べたような機能を有する防衛力を構築していく際には、以下の各点に留意する必要がある。

ア 防衛力整備に関する社会的要請(制約要因)

 今後日本においては少子高齢化が進行していくが、これにより防衛分野では若年者層の減少による自衛官募集の困難化を招くほか、消費・生産人口の減少に伴う経済の低成長化、それに伴う国民の限られた負担力、高齢化に伴う社会保障費の増加による防衛関係費など他の政府支出への圧迫といった影響がもたらされると考えられる。このような長期的な傾向の下で、防衛も要員・装備・運用にわたる効率化・合理化を図り、より少ない資源でより多くの成果を達成することが求められる。

イ 重点的な資源配分

 投入しうる資源に制約がある中で効果的に防衛力を構築していくためには、それぞれの機能のバランスを半ば固定化して考えるのではなく、必要な機能には重点的に資源配分を行い、緊急性に乏しいものについては思い切った削減を行うことが必要である。

ウ 防衛力の質的水準の維持

 近年、軍事科学技術は飛躍的に向上しており、「軍事における革命」(RMA*8*)に象徴されるように、技術の格差が戦闘力の格差に直結する傾向が加速している。特に、情報通信技術(IT)の優劣は、防衛力の発揮に決定的な影響を与える。このため、新たな防衛力の構築にあたっては、サイバー攻撃に対処しうる情報セキュリティの確保にも配慮しつつ、情報通信ネットワークシステムの整備・充実に努めていく必要がある。また、諸外国の軍事技術水準の動向を踏まえ、装備品の陳腐化を招かないよう適切な更新・近代化に努め、質的水準を適切に維持していく必要がある。

エ 政府の責務

 自衛隊が新たな体制に移行しても、平時における災害派遣は十分に実施できなければならない。一方、武力攻撃事態発生時における国民の救援等については、自治体や自主防衛組織にも期待することとなる。国は、武力攻撃事態等における国民の保護・救援に国全体として万全を期すべきであり、その下で自衛隊も適切な役割を担う。その際、国民から全面的な協力を得ることなしに、危機管理は不可能である。日頃から国民の理解を得られるよう努めるとともに、国民の参加を得て訓練しておくことが必要である。

(2)防衛力の具体的な構成

第3部の1に示した考え方に基づき、各自衛隊の編成や装備等の基本的な方向性を示せば以下の通りである。

ア 陸上防衛力

 対機甲戦を中心とする本格的着上陸侵攻対処のための編成・装備・配置を見直し、烈度の低い多様な軍事行動への即応体制の構築に重点を移す。このため、戦車・特科等の重装備部隊を中心に思い切った縮減・効率化を図り、各種事態の初動における即応展開や、重要施設防護などに柔軟な運用が可能な普通科部隊に要員を大胆にシフトする。併せて事態に応じた増援能力、これらを支える機動力、特殊作戦能力、NBC9等防護能力などの向上を図る。さらに、海外任務に常時即応するため高い練度の部隊を保有する。

イ 海上防衛力

 冷戦期のような対潜水艦戦闘を中心とした編成・装備・配置から、島嶼防衛や弾道ミサイルの監視・対処、武装工作船による不法行為対処等に重点を移す。このため、艦艇部隊については、その体制を縮減・効率化しつつ、即応性の向上を図る。その際、護衛艦を活用してミサイル防衛能力を整備する。航空機部隊については、その体制を縮減・効率化しつつ、周辺海域における警戒監視体制を維持する。また、全体として、海外任務遂行能力の向上を図る。

ウ 航空防衛力

 周辺空域の警戒監視を常時継続的に行うとともに、領空侵犯に対処しうる体制を引き続き確保しつつ、本格的な航空侵攻対処の必要性が減じたことから、戦闘機を含む航空機部隊の縮減・効率化を図る。誘導弾部隊については、ミサイル防衛能力を整備する。また、海外任務の増大に対応するため、航空輸送力の充実を図る。

エ 統合の推進

 陸・海・空三自衛隊を一体的に運用し、自衛隊の任務を迅速かつ効果的に遂行するため、統合化された情報通信ネットワークを活用しつつ、統合運用態勢を強化する必要がある。このため、統合運用に必要な中央組織を整備するとともに、教育訓練、情報通信、後方補給などの各分野において統合運用基盤を確立する必要がある。また、装備、部品の共通化や汎用品の活用を推進し、コスト削減に努めなければならない。

オ ミサイル防衛

 今後整備が進められていくミサイル防衛システムは、海自のイージス艦、空自の地対空誘導弾ペトリオット、自動警戒管制組織(バッジシステム)等を活用するものであり、統合的な運用を行う必要がある。その際、同システムを現行の法制度の下で有効に運用しうるか否か早急に検討の上、法改正を含め必要な措置を講ずるべきである。 なお、ミサイル攻撃に対処するため他に手段がなくやむを得ない措置としていわゆる策源地への攻撃能力を持つことが適当か否かについては、米国による抑止力の有効性、ミサイル防衛システムの信頼性等の観点から慎重に検証するとともに、費用対効果や周辺諸国に与える影響等も踏まえ、総合的に判断すべきである。

カ 情報通信機能

 予測困難な新たな脅威に対応して防衛力が柔軟に機能を発揮するためには、情報通信機能の充実が決定的に重要である。自衛隊は、わが国周辺における警戒監視、電波情報の収集整理、衛星画像情報の活用、在外公館における防衛駐在官の活動などを通じて情報を収集している。今後は、これらの情報収集活動をさらに充実強化するだけでなく、要員の育成などにより情報本部における戦略的な情報分析能力をさらに向上させることが必要である。また、収集・分析した情報を所要の部隊等の間で迅速に共有するためには、サイバー攻撃にも対処しうる高度のセキュリティ・システムに守られた大容量・高速・広域の情報通信ネットワークを構築する必要がある。その際、民間との交流や汎用の製品・技術の活用を通じ、絶え間なく進歩する情報通信技術に対応していく必要がある。

キ 人事施策

 自衛隊の人事施策については、部隊の精強性をいかに確保するかが大きな考慮要素となる。特に、新たな状況に対応して多様な任務を遂行していくためには、若手幹部の活用、専門技能に長けた准尉・曹クラスの重用、定員と実員を出来るだけ一致させることによる即応性向上などの施策を講じる必要がある。

 自衛隊の役割が国の安全保障上、より重要な位置を占める今日、国民の強固な信頼を得るためにも、自衛隊員のより厳格な規律の維持が必要である。同時に、危険を顧みず国の防衛の任務に当たる自衛官に対する国としての名誉の賦与についても検討する必要がある。

 また、防衛産業への再就職の現状を見直し、自治体、地域社会、企業の危機管理要員としての採用拡大を図るとともに、業務の部外委託先の要員として活用を図るなど、隊員の能力・経験等をより一層社会に還元する施策を関係省庁の協力を得ながら促進する必要がある。



第4部 新たな「防衛計画の大綱」に関する提言

1 防衛計画の大綱」に定めるべきもの

 「防衛計画の大綱」は、わが国防衛力の整備、維持、運用に関する基本的指針として1976年に策定され、1995 年に見直された。この「大綱」は、デタント期及び冷戦終結後の時期に、防衛力の意義や規模について国民の理解を得ることを念頭に置いて定められたものであり、「大綱」別表に書かれた自衛隊の編成・装備の規模や達成度のみに関心が集まりがちであった。

 本懇談会においては、その後の安全保障環境の変化を踏まえ、新たな「大綱」に盛り込むべき内容について議論を重ねてきた。新「大綱」には、本報告書に示したように、統合的な安全保障戦略を進めるために国全体としてとるべき政策、その中において自衛隊が果たすべき役割、保有すべき機能と体制を盛り込むべきである。

 また、1957年に策定された「国防の基本方針」は、第3項に効率的な防衛力を漸進的に整備すること、第4項に日米安保体制を基調とすることを掲げ、その前提として、第1項に国連の活動への支持と国際協調、世界平和の実現を、第2項に民生の安定と愛国心の高揚による安全保障基盤の確立を述べており、今日もなお妥当する考え方を含んでいる。

 他方、この方針が策定されてから今日までの半世紀近くの間に、日本の経済力や国際的地位の向上、日米安保条約の改定と日米防衛協力の進展、国際社会の相互依存関係の一層の深まり、国連の役割の変化など日本の安全保障を取り巻く状況は大きく変化した。新「大綱」は、こうした変化を踏まえ、「国防の基本方針」の考え方をも包含する新たな安全保障戦略を示すものとして策定されるべきである。

2 防衛力整備目標の示し方

 新たな「大綱」は、日本の安全保障戦略の全体像を示すものであると同時に、防衛力整備の指針を示すものでなければならない。その際、防衛力整備の目標水準の示し方については、次の二点に留意する必要がある。

 第一に、現在政府が行っている防衛力の抜本的見直しの答えとして、防衛力のいかなる機能が量的にどのように変わるのか、その達成時期も含め、国民に明確に示すことが求められていること。

 第二に、防衛力のあり方は、変化し続ける安全保障環境や日進月歩の技術動向などを踏まえ、不断に弾力的に見直されるべきものであること。特に、自衛隊の具体的装備や編成については、統合的な安全保障戦略と防衛力のあり方に関する基本的考え方の範囲内で、常に弾力的に見直してしかるべきである。

 このため、新しい「大綱」には防衛力の定性的な機能を中心に目標を規定するとともに、現在の別表に相当するものについては、防衛力の量的な目標水準の変化と達成時期をわかりやすく明示するとともに、時代の変化に合わせて定期的に見直しができるよう、その規定の内容、方法等を検討すべきである。



付言 更に検討を進めるべき課題‐‐憲法問題

 本懇談会は、新たな安全保障環境下における日本の安全保障と防衛力のあり方を議論することを目的としており、憲法改正について論ずる場ではない。このため、以上までにまとめた各種の提言も、現行憲法の枠内で行っている。一方、これまでの議論を通じ、日本の安全保障をめぐる基本方針については、憲法との関係においても懇談会として実質的なコンセンサスが得られたように思われる。まず、日本が侵略に手を染めるようなことは誰も望んでいないこと。次に、日本は自衛のために必要なあらゆる努力を傾けるべきこと。さらに、日本として国際平和協力への参画を重視すべきこと。すなわち、懇談会は、憲法が規定する平和主義、国際協調主義の下で、国民を守る自衛の努力と国際平和協力の両者を日本の安全保障の基本方針と結論づけたものである。

 戦後わが国の安全保障と防衛力を巡る議論においては、憲法問題の論争が多かった。憲法は国の法秩序の根幹であり、民主国家の行政が、安全保障分野を含めて法律の枠組みの範囲内で行われなければならないことからすれば、憲法論が重要であることは当然である。しかしながら、憲法問題に議論の焦点が当たりすぎ、本来行われるべき政策論があまり発展しないとすれば、わが国の安全保障政策・防衛政策を構築していく上で決して好ましいことではない。今後は、国民のコンセンサスを得ながら、建設的な政策論争が発展していくことが望まれるとともに、幅広い視点から憲法問題について議論されていくことが期待される。

 なお、従来から国会その他の場で活発に議論されてきた集団的自衛権の問題については、懇談会の場においても早急に解決すべきであるなどの意見が出された。また、これに関連して、個別国家の持つ集団的自衛権の問題と国連が行うPKO や集団的措置の問題はそれぞれ別個のものと整理して論ずべきだとの意見もあった。集団的自衛権と言っても、議論される例は武力攻撃発生前に日本防衛の目的で来援した米軍を防護するための武力行使から、同盟国の領土に対する武力攻撃の排除まで幅が広い。後者のような例まで認めよとの意見はないが、それ以外の例に関しては種々の考え方がありうる。政府においては、集団的自衛権の行使に関連して議論されるような活動のうち、わが国としてどのようなものの必要性が高いのか、現行憲法の枠内でそれらがどこまで許容されるのか等を明らかにするよう議論を深め、早期に整理すべきである。



「おわりに」

 冷戦後、世界各地における武力行使やテロ事件がしばしば映像メディアで報じられるようになりました。わが国周辺でも、不審船事案や弾道ミサイル発射などの事態が起きています。従来、ともすれば観念論に陥りがちだったわが国の安全保障と防衛力のあり方について、国民的関心が高まり、現実的かつ機能的なものにしていくべきとの意識が醸成されつつあるように思います。そうした状況を背景に、本懇談会では、今日の時代環境にマッチした安全保障戦略と防衛力のあり方を幅広く検討・整理してまいりました。

 わが国においては、さまざまな歴史的経緯と政治的決定の上に、今日の国民意識、法体系や自衛隊、在日米軍のあり方など、安全保障と防衛力をめぐる現実があります。一方、世界の現実は、我々が現状のまま立ち尽くすことを許すものではありません。今こそ明確な戦略と方向性を持ち、あるべき姿に一歩ずつ近づいていく努力が求められています。そうした共通認識の下で、懇談会の議論は進められました。

 世界中で頻発するテロ、ゲリラとそれに対する各国の対応を見るとき、どんなに優れたハード・パワーにも限界があると感ぜざるを得ません。複雑な民族紛争、宗教対立や格差の問題は、力の対決だけでは真の解決は難しいのではないでしょうか。そうした限界を克服するには、外交や経済協力などによるソフト面の力をも充実させる必要があります。これらハード、ソフト両面の力を統合して発揮させるのは政治の役割です。シビリアンたる政治家が、自らの決断にリスクを負いつつリーダーシップを発揮することこそがシビリアン・コントロールの要諦であり、国と国民の安全を守る命綱であります。

 そうした思いで議論を重ね、練り上げられた本報告書が、新たな防衛計画の大綱の策定に活かされ、日本の安全保障政策がより一層実効性あるものになることを切に願うものであります。

以上



安全保障と防衛力に関する懇談会のメンバー及び安全保障と防衛力に関する懇談会の経過


安全保障と防衛力に関する懇談会のメンバー

座長 荒木浩 東京電力顧問

座長代理 張富士夫 トヨタ自動車株式会社取締役社長

委員 五百旗頭真 神戸大学法学研究科教授

   佐藤謙 (財)世界平和研究所副会長(元防衛事務次官)

   田中明彦 東京大学東洋文化研究所教授

   西元徹也 日本地雷処理を支援する会会長(元防衛庁統合幕僚会議議長)

   樋渡由美 上智大学外国語学部教授

   古川貞二郎 前内閣官房副長官

   柳井俊二 中央大学法学部教授(前駐米大使)

   山崎正和 東亜大学学長


安全保障と防衛力に関する懇談会の経過

○第1回(4月27日)

 小泉総理挨拶

 わが国の安全保障政策の枠組みについて

○第2回(5月18日)

 わが国が取り組むべき安全保障上の課題とわが国に対する脅威

○第3回(6月1日)

 国と国民の安全への脅威及びこれに対する対応について

○第4回(6月15日)

 わが国の国際平和協力と日米安保体制について

○第5回(6月29日)

 アジア太平洋地域の安全保障環境と地域的な安全保障のための取組

○第6回(7月13日)

 自衛隊の現状、課題と今後の方向性

○第7回(7月27日)

 今後の取りまとめ方について

○第8回(8月31日)

 今後のわが国の防衛力のあり方について

○第9回(9月6日)

 政府の意思決定と関係機関の連携について

○第10回(9月15日)

 意見のとりまとめに向けての議論

○第11回(9月17日)

 意見のとりまとめに向けての議論

○第12回(9月30日)

 意見のとりまとめに向けての議論

○第13回(10月4日)

 小泉総理に対する提言



「安全保障と防衛力に関する懇談会」報告書‐未来への安全保障・防衛力ビジョン‐

(要約)


第1部 新たな日本の安全保障戦略

1 21世紀の安全保障環境

 2001年9月11日、安全保障に関する21世紀が始まった。国家からの脅威のみを安全保障の主要な課題と考えていればよい時代は、過去のものとなった。もはやテロリストや国際犯罪集団などの非国家主体からの脅威を正面から考慮しない安全保障政策は成り立たない。

 しかしながら、国家間の安全保障問題が消滅したわけではない。また、世界各地における内戦や民族対立、政権不安定などの状況は、冷戦終結後の主要な軍事紛争の根源となっており、常に国際的な軍事対立につながる可能性を秘めている。

 このように現在、世界の安全保障環境は、これまでと比較にならないほど複雑になっている。一方の極に非国家主体が引き起こしかねない、想像を絶するテロリスト攻撃があり、他方の極にきわめて古典的な戦争の可能性がある。その中間にあらゆる組み合わせによる危険が存在している。

 地球大で進むこのような安全保障環境の激変に加え、東アジアに位置する日本は、地域に特徴的な安全保障問題にも直面している。この地域には、二つの核兵器国(ロシア、中国)及び核兵器開発を断念していない国(北朝鮮)が存在している。地球大で進む安全保障環境の変化は、世界的に行われる日本と日本人の活動に大きな影響を与えており、日本の近くでの脅威に加え、遠方での脅威についても考慮しなければならない。

 日本への脅威は、外部から来るとは限らない。内発的なテロ勢力や犯罪集団、さらにそれらが外部の脅威とネットワーク化する危険も十分ありうると考えなければならない。

2 統合的安全保障戦略

 このように複雑な 21 世紀の安全保障環境の下で、日本がとるべき安全保障戦略である統合的安全保障戦略における大きな目標は二つある。第一は、日本に直接脅威が及ぶことを防ぎ、脅威が及んだ場合にその被害を最小化することである。第二の目標は、世界のさまざまな地域において脅威の発生確率を低下させ、在外邦人・企業を含め、日本に脅威が及ばないようにすることである。

 これらの目標を達成するためには、日本自身の努力、同盟国との協力、国際社会との協力という三つのアプローチがあるが、今後目指すべき日本の安全保障戦略は、この三つのアプローチを適切に組み合わせることによって、自国防衛に備えるとともに、国際的安全保障環境の改善を図る、そのための統合的な方策ということになる。

 これまでの日本における考え方は、やや狭い戦略であった。これに対し、今後の日本の安全保障戦略においては、二つの目標がより統合的に追求されなければならない。二つの目標と、それぞれに対する三つのアプローチのすべての側面において、日本の保持する能力を適切かつ統合的に結集する努力が必要となっている。

(1)日本防衛

ア 日本自身の努力

 このアプローチの目標は、日本に対して脅威が直接及ぶことを防ぎ、もし及んだ場合にもその損害を最小限にくい止めることである。

 今日の国際情勢にも、国家間関係としてみれば、1976 年の「防衛計画の大綱」以来の「基盤的防衛力」という考え方が有効な面がある。しかし、冷戦終結後十数年を経て、日本に対する本格的な武力侵攻の可能性は大幅に低下している。一方、テロリストなどの非国家主体による攻撃という、従来の国家間の「抑止」という概念ではとらえにくい脅威が深刻な問題となっている。その意味でも国家からの脅威のみを対象にしていた基盤的防衛力の概念は見直す必要がある。

 日本への直接的な脅威に対処するための自助努力は、日本全体で総力をあげて行う防衛活動である。自衛隊をはじめ、日本全体として安全保障に取り組む体制を早急に整備しなければならない。警察などとの協働、地方公共団体を含む公的組織や民間の協力が必要である。

 日本国内の総力を結集するためには、情報収集・分析能力の向上をベースにした日本政府の危機管理体制を確立する必要がある。

イ 同盟国との協力

 日本防衛のための第二のアプローチは、同盟国との連帯行動である。今後とも日米同盟の信頼性を相互に高めつつ、抑止力の維持を図る必要がある。弾道ミサイルからの脅威や周辺事態に備えた協力体制の整備を継続的に進め、現実の運用にあたっても日米協力の信頼性向上に努めていかなければならない。

ウ 国際社会との協力

 さまざまな領域で行う外交活動や国民レベルでの交流が日本への理解を増進し、いわば間接的に日本の防衛に役立ってきている。特に、国際テロへの対応については、テロリストの摘発・逮捕や、国際テロ組織に対する資金規制に向けて、情報面などにおける国際的な協力や水際対策を充実・強化していく必要がある。

(2)国際的安全保障環境の改善による脅威の予防

ア 日本自身の努力

 世界各地における脅威の予防に関しては、日本は国際社会や同盟国と連帯して行動することを原則とすべきであろう。したがって、平和維持や平和構築活動、人道支援に対する自衛隊の活動は、原則的には、国連安全保障理事会決議などに基づく国際社会の活動の一部として行うべきである。

 しかし、二国間の開発援助や外交活動、さらには警察などの協力は、日本独自の活動としても実行すべきであろう。また、一般的な外交活動や文化交流、さらには民間の行う貿易・投資活動による雇用や技術移転、人材育成なども、間接的に安全保障につながる役割を果たしている。特に、わが国は、中東から北東アジアに至る地域の不安定化を防ぐため、外交活動、経済活動などを積極的に展開すべきである。

イ 同盟国との協力

 わが国が国際的安全保障環境の改善をはかり、脅威の予防を考えるとき、日本が同盟国である米国との協力を行うことは当然である。

 軍事面に着目しても、日米同盟関係は直接的な日本防衛に加えて、国際社会における脅威の発生そのものを予防する機能を高めつつある。

 米国の世界戦略の変革の中で、積極的に日米の戦略的な対話を深めることによって、両国の役割分担を明確にしつつ、より効果的な日米協力の枠組みを形成すべきである。

ウ 国際社会との協力

 日本の安全保障戦略にとって、今後ますます重要になるのは、世界各地の脅威削減に向けた国際社会との協力である。平和構築活動、核兵器などの大量破壊兵器や弾道ミサイルの拡散の防止、テロの予防のための外交努力や警察及び司法当局間の協力強化、海上交通路の安全確保のための関係各国との協力体制や国際社会の枠組みづくり、多国間の信頼醸成・予防外交・紛争処理メカニズム構築など国際的な制度化の努力が求められている。

 日本が国連安保理の常任理事国となることは、国際社会と連帯した日本の努力を効果的にする点で重要である。

(3)安全保障戦略における統合性の確保

 以上のとおり、日本防衛と国際的安全保障環境の改善という二つの大きな目標の達成には、それぞれ三つのアプローチを適切に組み合わせる必要があり、日本の安全保障戦略には六つの構成要素ともいうべき活動領域が生じる。

 この六つの構成要素は、それぞれ独立に存在するものではなく、密接に関連している。

 統合的な戦略を効果的に実施するためには、統合的な意思決定の仕組みが必要である。内閣総理大臣のリーダーシップの下、安全保障会議をしかるべく活用し、六つの構成要素をどう関連させ、どの組織にいかなる役割を課すかを決定すべきである。


3 新たな安全保障戦略を支える防衛力 〜多機能弾力的防衛力〜

 新しい統合的安全保障戦略の下で、自衛隊はいかなる能力を保持すべきであろうか。

 これまでの自衛隊は、他国からの脅威に対して主として国内で日本を守る存在であった。自衛隊は「存在」することによって、その目的を達成してきたといえるだろう。

 しかしながら、1990 年代以降の現実は、このようなあり方に対して、いくつかの修正を迫ってきた。今や、自衛隊は、主として国際的な場において、さまざまな活動を展開するようになってきた。

 他方、わが国の防衛という観点からみても、自衛隊の装備に見直しの必要が生じている。非国家主体の引き起こすテロについて、これまでの基盤的防衛力の考え方のみで対応できないことは明らかである。

 現在の安全保障環境の下、自衛隊の保持すべき能力とは、一般的に言えば、統合的安全保障戦略のさまざまなアプローチに貢献する能力だということになる。今後の防衛力はこのように多くの機能を果たしうるものでなければならないのである。

 しかしながら、防衛力整備を取り巻く日本国内の環境には制約要因も大きい。第一は、少子化という人口学的制約であり、第二は、厳しい政府財政という制約である。このような制約も考慮するとき、今後の防衛力整備の鍵は、いかにして現存する組織の運用の仕方、組み合わせの仕方、スクラップ・アンド・ビルド、さらには同盟国である米国との役割分担などを通じて、さまざまな機能を有効に果たす体制が作れるかということになる。

 さまざまな組織単位をさらに弾力的に運用することによって、多機能な能力を発揮できるようにすることが必要である。

 多機能弾力的防衛力の要は、情報収集・分析力である。テロなど新たな脅威への対応には、国の情報能力のレベルが決定的な意味を持つ。情報収集・分析力こそ、ハードとしての防衛力の効果を何倍にもする乗数(マルチプライヤー)であり、多機能弾力的防衛力の基礎である。

 新しい安全保障環境の下、自衛隊の保持すべき能力をここで述べた多機能弾力的防衛力という考え方に基づき整理し直し、その整備計画を再検討しなければならない。



第2部 新たな安全保障戦略を実現するための政策課題

1 統合的安全保障戦略の実現に向けた体制整備

(1)緊急事態対処

 緊急事態に際しての意思決定は、内閣総理大臣のリーダーシップの下で適切に行われなければならない。そのためには、内閣官房が十分な企画立案機能や危機対処機能を有する必要がある。

 内閣総理大臣は、閣議決定した方針に基づいて行政各部を指揮監督することとなっているが、弾道ミサイルへの対応をはじめ、国家の緊急事態において、迅速・的確な意思決定を行う観点からは、格別な工夫が必要である。

 複雑・多様な国家の緊急事態に際しては、政府が一体となって統合的に対応し、関係機関の間で適切な役割分担を行う必要がある。また、こうした協力関係を実効的なものとするため、平素から共同訓練や人事交流を活発に行い、中央から現場に至るまで各レベルで緊密な関係を形成することが求められる。

(2)情報能力の強化

 多様な脅威の動向を早期に探知し、その顕在化を防止するため、専門的で精度の高い情報収集・分析を適時的確に行いうる能力の一層の強化が喫緊の課題である。

ア 情報収集手段の多様化・強化

 画像情報、電波情報などを、政府の意思決定に、より適切に活用することに加えて、人的情報手段の有効活用を早急に進めるべきである。

イ 情報集約・共有・分析機能の強化

 内閣の情報能力を強化するため、安全保障・危機管理に必要な情報が迅速・的確に内閣に集約され、国全体の政策決定に資する体制を構築することが重要である。

ウ 情報の保全体制の確立

 国を挙げて情報の集約・分析・活用を進めるには、情報を扱う関係者に共通の厳格かつ明確な情報保全ルールを作り、実施することが不可欠である。

エ 情報についての国際協力のあり方

 新たな脅威に効果的に対処するには、情報面でも国際協力を強化する必要がある。国際協力を効果的に進めるためにも、日本として独自に保有すべき情報能力と他国に依存しても良いものを区別するなどして、有効かつ効率的な情報体制を構築すべきである。

(3)安全保障会議の機能の抜本的強化

 内閣としての頭脳に当たる仕組みを整備するため、統合的安全保障戦略実施の中核組織として、安全保障会議の機能を抜本的に強化しなければならない。特に、平素から会議のコアメンバーの閣僚による情報伝達のための訓練や分析のための会合の頻繁な開催に努め、いざというときに安全保障会議を機動的に運用し、迅速・的確に意思決定を行いうるようにするとともに、事態対処専門委員会で、緊急事態への対応策を常日頃から検討する体制を充実すべきである。さらに、安全保障会議は、国家の安全保障政策全体を常にモニターし、その整合を図るとともに、国家の安全保障戦略を閣僚間で密度高く議論する場として活用すべきである。このため、内閣官房のスタッフの強化を図るとともに、部内外の専門家による政策研究の場を設けるべきである。

(4)安全保障政策の基盤の整備

 政策決定の仕組みを実質的に機能させるためには、政府全体として安全保障・危機管理に従事する中核要員を育成する必要がある。


2 日米同盟のあり方

(1)日米同盟、日米安保体制の意義

 日米安保体制とそれに基づく米軍のプレゼンスは、今後とも我が国防衛の大きな柱であるとともに、この地域にとって不可欠の安定化要因であり続けている。

 9.11テロ事件以降、米国は伝統的な抑止戦略を転換し、新たな脅威に柔軟に対処するために態勢の見直しを進めている。

 新たな脅威などに対応するための国際的取組の中心となっているのは同盟国たる米国であり、国際社会との連携の下で行われる日米協力の機会が今後ますます増大していくであろうことに留意しなければならない。

(2)日米同盟の維持・強化

 日米同盟関係を維持・強化していく努力は、不断に続けられなければならない。わが国防衛の見地からは、現行の「日米防衛協力のための指針」にしたがって、わが国有事等における日米協力のあり方を具体化していくことが重要である。

 さらに、日米間の戦略的な対話を通じて新たな安全保障環境とその下における戦略目標に関する日米の認識の共通性を高める必要がある。現在推進されているグローバルな米軍の変革については、日米間の安全保障関係全般に関する幅広い包括的な戦略対話の重要な契機と捉え、積極的に協議を進めるべきである。

 その際、わが国は、米国との間で日本の防衛や周辺地域の安定のみならず、国際社会全体の着実な安定化により、わが国に対する脅威の発生を予防するとの目的に資するような協力関係の構築を目指す必要がある。


3 国際平和協力の推進

(1)国際平和協力に対する日本の取組

 わが国は、自らの安全を一層確かなものとするためにも、世界各地、とりわけわが国とのつながりの深い地域の安定化のため、国際社会の取組に積極的に参加すべきである。

(2)国際平和協力の実施体制

 近年、国際社会は、平和維持にとどまらず、紛争の予防から紛争後の国家再建に至る一連の活動を発展させてきている。これを踏まえ、自衛隊のみならず、政府全体として統合的に国際平和協力に取り組むべきである。

 具体的には、各機関(防衛庁、内閣府、外務省等)の連携強化による国際平和協力の効果的実施、自衛隊と文民の役割分担の明確化、自衛隊の国際平和協力業務の本来任務化、警察による協力体制の充実、要員の安全確保、国際平和協力のための一般法の整備の検討などの努力が必要となる。


4 装備・技術基盤の改革

(1)生産・技術基盤の維持と防衛産業の合理化

 近年、先進主要国の防衛産業は、国際的な連携と分業体制を構築することによって効率性を高め、競争力を維持しようとしている。

 今日、生産基盤を総花的に維持することは困難となっている状況などを踏まえ、原則国産化を追求してきた方針を見直すべきである。独自に保有すべき能力と他国に依存しても良いものを明確に区別し、「中核技術」について最高水準を維持していくことにより、真に効率的で競争力のある防衛生産・技術基盤を構築する必要がある。

(2)武器輸出三原則

 弾道ミサイル防衛に関する日米共同技術研究が共同開発・生産に進む場合には、武器輸出三原則等を見直す必要が生じることなどを考慮すれば、少なくとも米国との間で、武器禁輸を緩和すべきである。

 その際、相手方や対象となる武器・技術の範囲などの武器輸出管理のあり方については、政府において、同原則の基本理念を引き続き尊重しつつ、本件の取扱いに関するこれまでの経緯や各界の意見を踏まえながら検討すべきである。

(3)調達及び研究開発の効率化

 装備品のファミリー化、汎用品の活用による調達ソースの多様化などにより、調達コスト低減に向けて引き続き官民が一体となって取り組むことが必要である。

 装備品の研究開発については、重点分野の見直しによる「選択と集中」の徹底、研究開発プロジェクトの不断の見直し等により、効率化を徹底する必要がある。



第3部 防衛力のあり方

1 防衛力が果たすべき役割と保有すべき機能

(1)日本防衛のための役割・機能

ア 国家間紛争に起因する脅威への対処

 新たな防衛力のあり方を考える際には、従来とは脅威の態様が変化しつつあることに留意する必要がある。すなわち、第一に、冷戦時代に防衛力の対象としていたような本格的な武力侵攻を行いうる脅威は当分の間存在しないと思われる。第二に、核兵器や弾道ミサイルの脅威に対する米軍の抑止力は依然として有効だが、ミサイル防衛システムによりこれを補完しうると考えられる。第三に、むしろゲリラや特殊部隊による重要施設等への攻撃や国内のかく乱、島嶼部への侵略、周辺海空域における軍事的な不法行為など烈度の低い軍事力行使に対して即応しうる必要がある。

 このような脅威認識に基づき、必要な機能を備え、即応性を一層高めた体制を構築しなければならない。

 他方、本格的侵攻に備えた中核的な戦闘力については、適切な規模の「基盤」は維持しつつ、思い切った縮減を図る必要がある。

イ 非国家主体に起因する脅威への対処

 生物・化学兵器を含むテロにも対処できる機能などを具備し、それらについて高い即応性を維持する必要がある。

 この他、大規模災害などへの対処、米国との協力、国際社会との協力において適切な役割を果たす必要がある。

(2)国際的な脅威の予防のための役割・機能

ア 国際平和協力

 国際社会の要請に迅速に応えて平和協力活動に参加しうるよう、平素から教育訓練体制を整備し、必要な訓練を実施しておくとともに、速やかな展開を実施しうるよう新たに部隊の待機態勢をとることや長距離・大量の輸送機能を充実する必要がある。

イ 国際社会との連携の下で行われる日米協力

 今後、国際平和協力の場面においても、日米協力の機会が増加していくことが予想されるため、平素から日米間の情報分野での協力拡大や外交・防衛当局者間の対話の活発化を図っておく必要がある。


2 新たな防衛力の体制

(1)考慮要素

 新たな防衛力を構築していく際には、少子高齢化や厳しい政府財政等の制約要因、必要な機能への重点的な資源配分や防衛力の質的水準の維持の必要性などに留意する必要がある。

(2)防衛力の具体的な構成

ア 陸上防衛力

 対機甲戦を中心とする本格的着上陸侵攻対処のための編成・装備・配置を見直し、烈度の低い多様な軍事行動への即応体制の構築に重点を移す。このため、戦車・特科等の重装備部隊を中心に思い切った縮減・効率化を図り、各種事態の初動における即応展開や、柔軟な運用が可能な普通科部隊に要員を大胆にシフトする。併せて事態に応じた増援能力、機動力、特殊作戦能力、NBC 等防護能力などの向上を図る。さらに、海外任務に常時即応するため高い練度の部隊を保有する。

イ 海上防衛力

 対潜水艦戦闘を中心とした編成・装備・配置から、島嶼防衛や弾道ミサイルの監視・対処、武装工作船による不法行為対処等に重点を移す。このため、艦艇部隊については、その体制を縮減・効率化しつつ、即応性の向上を図る。その際、ミサイル防衛能力を整備する。航空機部隊については、その体制を縮減・効率化しつつ、周辺海域における警戒監視体制を維持する。また、海外任務遂行能力の向上を図る。

ウ 航空防衛力

 周辺空域の警戒監視を常時行うとともに、領空侵犯に対処しうる体制を引き続き確保しつつ、戦闘機を含む航空機部隊の縮減・効率化を図る。誘導弾部隊については、ミサイル防衛能力を整備する。また、航空輸送力の充実を図る。

エ 統合の推進

 統合運用態勢を強化するため、統合運用に必要な中央組織を整備するとともに、各分野において統合運用基盤を確立する必要がある。

オ ミサイル防衛

 ミサイル防衛システムは、統合的な運用を行う必要がある。

 なお、策源地への攻撃能力を持つことが適当か否かについては、米国による抑止力の有効性、ミサイル防衛システムの信頼性等の観点から慎重に検証するとともに、費用対効果や周辺諸国に与える影響等も踏まえ、総合的に判断すべきである。

カ 情報通信機能

 情報収集活動を充実強化するだけでなく、要員の育成などにより情報本部における戦略的な情報分析能力をさらに向上させることが必要である。また、収集・分析した情報を所要の部隊等の間で迅速に共有するためには、サイバー攻撃にも対処しうる高度のセキュリティ・システムに守られた大容量・高速・広域の情報通信ネットワークを構築する必要がある。

キ 人事施策

 新たな状況に対応して多様な任務を遂行していくためには、若手幹部の活用、専門技能に長けた准尉・曹クラスの重用などの施策を講じる必要がある。



第4部 新たな「防衛計画の大綱」に関する提言

1 「防衛計画の大綱」に定めるべきもの

 本懇談会においては、安全保障環境の変化を踏まえ、新たな「大綱」に盛り込むべき内容について議論を重ねてきた。新「大綱」には、本報告書に示したように、統合的な安全保障戦略を進めるために国全体としてとるべき政策、その中において自衛隊が果たすべき役割、保有すべき機能と体制を盛り込むべきである。

 1957年に策定された「国防の基本方針」は、今日もなお妥当する考え方を含んでいる。他方、この方針が策定されてから今日までの半世紀近くの間に、日本の安全保障を取り巻く状況は大きく変化した。新「大綱」は、こうした変化を踏まえ、「国防の基本方針」の考え方をも包含する新たな安全保障戦略を示すものとして策定されるべきである。

2 防衛力整備目標の示し方

 新たな「大綱」は、日本の安全保障戦略の全体像を示すものであると同時に、防衛力整備の指針を示すものでなければならない。その際、防衛力整備の目標水準の示し方については、次の二点に留意する必要がある。

 第一に、防衛力のいかなる機能が量的にどのように変わるのか、その達成時期も含め、国民に明確に示すことが求められていること。

 第二に、防衛力のあり方は、不断に弾力的に見直されるべきものであること。このため、新しい「大綱」には防衛力の定性的な機能を中心に目標を規定するとともに、現在の別表に相当するものについては、時代の変化に合わせて定期的に見直しができるよう、その規定の内容、方法等を検討すべきである。



付言 更に検討を進めるべき課題‐‐憲法問題

 懇談会の議論を通じて、懇談会は、憲法が規定する平和主義、国際協調主義の下で、国民を守る自衛の努力と国際平和協力の両者を日本の安全保障の基本方針と結論づけたものである。

 戦後わが国の安全保障と防衛力を巡る議論においては、憲法問題の論争が多かった。今後は、国民のコンセンサスを得ながら、建設的な政策論争が発展していくことが望まれるとともに、幅広い視点から憲法問題について議論されていくことが期待される。

 従来から国会その他の場で活発に議論されてきた集団的自衛権の問題については、懇談会の場においても早急に解決すべきであるなどの意見が出された。また、これに関連して、個別国家の持つ集団的自衛権の問題と国連が行うPKO や集団的措置の問題はそれぞれ別個のものと整理して論ずべきだとの意見もあった。

 政府においては、集団的自衛権の行使に関連して議論されるような活動のうち、わが国としてどのようなものの必要性が高いのか、現行憲法の枠内でそれらがどこまで許容されるのか等を明らかにするよう議論を深め、早期に整理すべきである。



{文中の[1]はマル1、[2]はマル2、[3]はマル3、[4]はマル4、[5]はマル5、[6]はマル6}

*1* 安全保障のジレンマとは、各国がそれぞれの軍事合理性に基づいて、一方的に防衛力整備を行うと、これを見た他国がさらにそれに備えて防衛力を整備し、これに対してさらなる軍事力整備が行われ、それぞれ合理的な行動の結果が軍拡競争ということになって、両国にとって安全保障のレベルを低下させてしまうというジレンマをいう。

*2* 日本政府は、核兵器不拡散条約(NPT)に加盟することにより核兵器を否定してきた。また、非核三原則にあらわされる一貫した立場を日本政府は表明し、その立場は原子力基本法にも貫かれている。そもそも狭い国土に人口と産業が集中した日本には、核に核で対抗するとの考え方はなじまないし、弾道ミサイル防衛システムにより米国の核抑止力を補完することも可能である。さらに、本報告の考える統合的安全保障戦略を前提とすれば、戦略的にも核兵器の保持は必要ないし、保持することはかえって国際環境を悪化させる可能性があるので望ましくない。

*3* 「拡大抑止」とは、自らの領土でない同盟国などについても、これに攻撃があれば、反撃するとのコミットメントを明らかにすることによって、これへの攻撃をおこさせないようにすることである。

*4* グローバル化の下で、紛争、難民問題、感染症、突然の経済危機などの人間の生存、生活、尊厳に対する脅威から各個人を守る取組を強化しようとする考え方である。

*5* Proliferation Security Initiative の略で、国際社会の平和と安定に対する脅威である大量破壊兵器・ミサイル及びそれらの関連物資の拡散を阻止するために、国際法・各国国内法の範囲内で、参加国が共同してとりうる措置を検討しようとの提案である。

*6*1947年の国家安全保障基本法により設立された米国の国家安全保障会議。国家安全保障及び外交政策について大統領を助言し支援すること、並びに政府内の政策調整を行うことを任務とする。公式メンバーは、大統領(議長)、副大統領、国務長官、国防長官の四名。公式アドバイザーは中央情報局(CIA)長官と統合参謀本部(JCS)議長の二名。

*7*指揮(command)、統制(control)、通信(communications)、コンピュータ(computers)、情報(intelligence)、監視(surveillance)、偵察(reconnaissance)の略語である。これらは、敵の動向を正確に把握し、味方を適切に運用するための機能であり、効率・効果的な軍事作戦の遂行に不可欠である。近年では使用装備品の優劣と並んで、軍事作戦の成否に決定的な影響を与えると考えられている。

*8* Revolution in Military Affairs の略で、技術進歩などの変化により、軍事作戦や戦闘様相に生ずる大きな変革を意味する。

*9*核(Nuclear)、生物(Biological)、化学(Chemical)といった、大量破壊兵器に関連する物質の総称を言う。