データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 「安全保障と防衛力に関する懇談会」報告書 The Council on Security and Defense Capabilities Report

[場所] 
[年月日] 2009年8月
[出典] 首相官邸
[備考] 安全保障と防衛力に関する懇談会 The Council on Security and Defense Capabilities
[全文]

目次


はじめに・・・1

序章・・・3


第一章 新しい日本の安全保障戦略

第1節 安全保障戦略の理念と目標―日本がめざす世界・・・5

(1)日本の安全と繁栄の維持・・・5

(2)地域と世界の安定と繁栄の維持・・・5

(3)自由で開かれた国際システムの維持・・・6

第2節 日本をとりまく安全保障環境・・・7

(1)基本趨勢・・・7

(2)グローバルな課題・・・8

 [1]破綻国家・国際テロ・国際犯罪・・・8

 [2]大量破壊兵器・弾道ミサイル拡散の脅威・・・9

 [3]米国の影響力の変化と国際公共財の不足・・・10

(3)日本周辺の安全保障環境・・・11

 [1]北朝鮮・・・11

 [2]中国・・・12

 [3]ロシア・・・13

 [4]アジア太平洋地域・・・14

第3節 多層協力的安全保障戦略・・・15

(1)日本の安全―日本に対する直接的な脅威・問題への対応・・・17

(2)脅威の発現の防止・・・21

(3)国際システムの維持・構築・・・25


第二章 日本の防衛力のあり方

第1節 防衛力の役割・・・29

(1)防衛力が担うべき役割に関する基本的考え方・・・29

(2)防衛力が担う役割・・・30

 [1]日本及び日本周辺における事態の抑止・実効的対処・・・30

  ア 弾道ミサイルへの対応・・・30

  イ 特殊部隊、テロ等への対処・・・31

  ウ 周辺海・空域及び離島・島嶼の安全確保・・・31

  エ 大規模災害への対処等を通じた国民の安全・安心の基盤の保持・・・32

  オ 本格的武力攻撃への備え・・・32

 [2]地域的な環境・秩序のいっそうの安定化・・・32

  ア 平素からの情報優越の確立・・・32

  イ 地域における防衛交流・協力の充実・・・33

  ウ 地域安全保障枠組・・・33

 [3]グローバルな安全保障環境の改善・・・34

  ア テロに対する取り組み・・・34

  イ 破綻国家への支援・国連平和維持活動への参加等・・・34

  ウ 大量破壊兵器の拡散問題への対応・・・34

  エ グローバルな防衛交流・協力の拡大・・・35

第2節 新たな防衛力の機能と体制・・・35

(1)防衛体制構築の指針・・・35

(2)防衛力の機能発揮のための共通の要請・・・36

(3)統合運用の強化とさらなる統合の拡大・・・37

(4)日米同盟の強化に資する防衛力整備・・・37

(5)国際平和協力活動の強化のための体制整備・・・38

第3節 防衛力を支える基盤・・・38

(1)人的基盤(少子化への対応等)・・・39

(2)物的基盤(防衛生産・技術基盤)・・・40

(3)社会的基盤(国民の支持と地域との協力)・・・41


第三章 安全保障に関する基本方針の見直し

第1節 安全保障政策に関する指針について・・・43

第2節 国際平和協力活動に関する方針・制度について・・・45

(1)国連PKO参加の現状・・・45

(2)参加基準の見直し・・・45

(3)国際平和協力に関する恒久法の制定・・・47

(4)国際平和協力に関する法的基盤の確立・・・47

第3節 弾道ミサイル攻撃への対応に関する方針について・・・48

(1)日米協力の重要性・・・48

(2)法的基盤の確立・・・48

 [1]米国に向かうミサイルの迎撃・・・48

 [2]米艦船の防護・・・49

第4節 武器輸出三原則等について・・・49

(1)武器輸出に関する今日の課題・・・49

(2)武器輸出三原則等の修正・・・50

(3)武器輸出三原則等の例外化の範囲・・・50

第5節 新たな安全保障戦略の基盤について・・・51

(1)官邸機能の強化・・・51

(2)情報機能と情報保全体制の強化・・・52

(3)国会による文民統制の強化・・・52


略語表・・・55

安全保障と防衛力に関する懇談会の開催について・・・56

安全保障と防衛力に関する懇談会の開催状況・・・58


要約・・・60



「はじめに」


 冷戦が終結してはや20年、2極構造は終焉を迎えましたが、その後も民族紛争は絶えず、国際テロリストの活動の活発化、破綻国家の存在や海賊行為の頻発など、世界は未だ平和と安定を迎えていません。また、わが国の周辺地域に目を向けても、弾道ミサイル発射や核実験を再開した北朝鮮、経済力を背景に軍事力の増強を続ける中国など、安全保障上の課題は複雑化しています。さらに、圧倒的な軍事力を背景として、ときに単独主義的な行動をとってきた米国が、オバマ政権の誕生により国際協調を重視することで、安全保障をめぐる世界の潮流が変化するとの指摘もあります。


 こうした時代背景の中、紛争後の復旧・復興や大規模災害時の救援などの国際平和協力活動に、わが国自衛隊の活躍が求められる場面は増大しています。このことは、自由で民主的な国際システムの維持・構築のために、あるいは憲法前文において、「国際社会において、名誉ある地位を占めたい」とするわが国が、自ら果たすべき役割を自問自答する機会でもあります。

 加えて、国土が狭く、四方を海に囲まれたうえ、エネルギー・食料などの自給率が低いわが国にとって、海上輸送路の安全確保はとりもなおさず日本国民の安全・安心を守ることになります。このように、安全保障や自衛隊の活動は、かつてのように国土防衛だけでなく、さまざまな側面から語られるようになってきました。


 安全保障環境の大きな変化を踏まえつつ、懇談会において多角的な議論を進めて参りましたが、その中で出た意見の大勢は次の三点だと思います。

 一点目は、安全保障環境の変化を受け、日米同盟を深化させつつ、日本自身の役割を明確にしていく必要があること。

 二点目は、国際テロ、破綻国家など、グローバル化した新たな課題に立ち向かうためにはわが国の国際協力の質と量を充実させていく必要があること。

 三点目は、少子高齢化や経済の低成長といった社会の成熟化や厳しい財政事情の中にあっても、わが国の防衛を支える人や産業・技術、地域社会などの基盤の維持が重要であること。


 今回、当懇談会に座長として参加させていただくという機会に恵まれましたが、懇談会での議論を通じ、私自身が感じたことが二つあります。

 一つ目は、安全保障の問題やあるべき姿について、国民的議論をせずとも平和を享受できていたわが国では、世界の安全保障を脅かす事案や国際社会からの要請に遭遇しながらも、国民全体として必ずしも切迫感を持つことができてこなかったのではないかということです。しかしながら、安全保障環境が変革期を迎えた今、わが国のこういった姿勢は、もはや国際社会から許されるものではなく、平和国家たる日本が果たすべき役割や課題について、国民に分かりやすい形で提示し、国民的関心を喚起するとともに、必要な法整備などの議論も含めてしっかりと考えていく必要があるということです。

 二つ目は、今後ますます多様化し、重要性が増す自衛隊の活動については、国民からの十分な理解や支持が不可欠ですが、そのためには防衛省のみならず政府全体での努力が必要であるということです。災害救援や海外派遣、またミサイル防衛など、自衛隊の活動が国民の眼に触れる機会が増えてきている今日こそ、日本や世界の平和と安全のために必要な人的・物的コスト、あるいは自衛隊活動を支える地域社会との共生について、国民レベルで正面から見つめ直すべきと思います。


 今回、豊富な知識と経験を持つ委員の皆さんの献身的なご協力を得て、本報告書を作り上げることができました。具体的な内容は本章に譲りますが、本報告書が、次期防衛大綱策定の資となることはもとより、国民的関心を引き起こす一つの契機となれば幸いです。

 最後に、議論を盛り立てていただいた委員や有識者の皆さん、そして事務局として懇談会を支えてくれた内閣官房に心より御礼申し上げます。

安全保障と防衛力に関する懇談会

座長 勝俣恒久



序章



 2001年9月11日からすでに7年が過ぎ、冷戦終結から20年が過ぎた。さらに先の大戦からは65年が過ぎようとしている。この間、世界は多くの戦争、貧困、混乱に見舞われたが、日本は戦火を交えることもなく、国民は基本的に安心で豊かな生活を送っている。民主主義は定着し、言論の自由が保障される中、学び、批判する自由がある。世界有数の経済大国になり、国際社会の重要な構成員である。日本は現在の自由で開かれた国際社会の恩恵を最も享受している国の1つといえよう。

 これまで、日本は国際安全保障にも、日本の防衛にも抑制的に関わることを選択してきた。しかし、今日、世界には大きな変化が訪れている。消極的に行動していても日本の安全が保障されるという時代は終わりつつある。日本が国際安全保障における自国の役割についてより真剣に考え、より積極的に行動する時期にきている、と本懇談会は考える。軍事力を実際に用いることなく、平和が維持されることが安全保障にとって望ましいのは当然である。私たちは、軍事力の使用が最後の手段であるという原則を決して放棄すべきではない。しかし、平和は非軍事と同義ではない。日本の防衛のためにも、国際社会の安全のためにも、平和を守るためには軍事力を用いなければならない場合もある。重要なのは、例え犠牲を強いてでも守るべき安全保障上の目標について国民の間で十分な議論と了解があること、そして、その目標達成のために軍事力が適切に使われる仕組みを平素から築いていくことである。これからも日本人が大切だと思う世界が維持されるためには、いまいちど、日本がめざす世界を明らかにし、その理想の実現に向けて能動的に努力していかなくてはならない。

 この報告書では、安全保障戦略を描くことを目標とした。日本には、明文化された国家安全保障戦略は存在しない。このため、政府の各施策の整合性が十分にとれず、効果的な対外政策、安全保障政策を進めることができないことがしばしばあった。日本がめざす安全保障目標をどうやって実現していけばよいかを示すのがこの報告書の目的である。冷戦時代と比べて、現在の安全保障環境の特徴は、平時と有事の白黒がつきにくく、脅威の存在も特定しにくいことである。そのため、安全を守るためには、防衛力だけでなく、外交力、経済力、文化交流などさまざまな方法で安全を確保していくことが必要となっている。したがって、本報告書でも、防衛力のあり方を中心に据えながらも、他の施策のあり方についても提言している。

 防衛計画の大綱については、本懇談会は、2004年に制定された現行の大綱(16大綱)を見直すべきだと提言している。16大綱が想定していた安全保障環境と現在を比較すると、いくつかの変化があり、それらに対応するために、私たちは防衛力の見直しが必要だと考える。具体的には、後に詳述するように、圧倒的な力の優位をもって国際システムを牽引してきた米国の力に変化がみられる一方で、1国だけでは解決し得ず国際協力を必要とする多岐にわたる問題が増えているという状況がある。日本周辺に目を転じると、北朝鮮の核兵器・ミサイル能力は向上し、現実的な脅威となっている。また、中国の軍事力増強が地域の不安定要因となり得るなど、地域の安全保障環境にも変化がみられる。これらグローバル及び地域的な変化に的確に応えるための見直しが必要である。なお、9.11以降の国際テロなど新たな脅威への認識や北朝鮮の核・ミサイル開発など日本周辺の不安定要因を踏まえて、16大綱が打ち出した多機能弾力的防衛力については、その実効性をいっそう上げるための提言を行っている。

 今回の報告書で、私たちは、安全保障上の脅威や懸念についても明記することにした。問題を直視し、それを伝えることによって透明性を高め、国民とともに考えることが重要だと考えたからである。これは、私たちの日本の民主主義に対する信頼感と自信にも基づいている。適切に防衛力が使われることを担保するのは、究極的には民主主義である。民主主義国家においては、軍事力行使をも含む安全保障の判断は、国民一人ひとりに責任がある。海外に向けては、日本がめざす方向を示し、正直に懸念を表明することによって、日本の意図や行動に対する誤認が生じることを避けようとする狙いがある。懸念を表明した場合でも、それは敵対的な態度の表れではなく、安定的な関係を構築したいという意図があるからである。

 これまでの防衛政策から一歩踏み出す一方で、そのことが日本の安全にマイナスの影響を及ぼさないような施策を講じることも同時に提言している。それは、周辺諸国との協力関係推進や、文民統制(シビリアン・コントロール)をより実効的にするための見直しなどである。防衛力を保有し、使用するにあたって、私たち日本人が正しい判断を下し、実行できる制度と環境を整備していくことが重要である。この報告書を基に国民的な議論が深まり、適切で実効性の高い安全保障政策が実現されることを期待する。

 本報告書では、第一章で新しい日本の安全保障戦略を提示する。まず、安全保障戦略の理念と目標を示した上で、日本をとりまく安全保障環境を俯瞰し、目標達成の妨げになる脅威や取り組まなくてはならない問題を特定する。その上で、どのようにそれらを解決していくかの手立てを示す。第二章では、とくに防衛力に焦点を絞って、そのあり方、使い方についての提言を示す。第三章は、懇談会が提案する安全保障戦略を実現するために検討すべき制度や政策上の課題について述べる。



第一章 新しい日本の安全保障戦略



第1節 安全保障戦略の理念と目標―日本がめざす世界

(1)日本の安全と繁栄の維持

○日本の安全

 日本がめざす世界においては、まず、日本の安全が確保されなくてはならない。日本人が求める安全のレベルは非常に高く、人々は毎日の暮らしのなかで安全保障を意識しないですむ状態が維持されることを当然としている。しかし、ひとたび安全が脅かされれば、日常生活に優先してその回復に努めなければならない。そのような状況に陥らないように未然に脅威や問題を取り除くことが必要である。そのためには、日本に対する武力による侵害・威嚇を防ぎ、また被害を最小化するための備えが求められる。


○海外で活動する日本人の安全

 日本人の活動は日本国内に限定されないので、世界各地で活動する日本人の安全がグローバルに守られなくてはならない。日本人が自由に世界各地を行き来できるよう、交通の安全も守られなくてはならない。


○自由で豊かな生活

 多くの日本人が現在の社会や日常生活が維持されることを望んでいるであろう。自由で豊かな国民生活を維持するためには、開かれた国際システムの下、経済活動や移動の自由が保障される必要がある。日本の経済基盤を維持し、科学技術力、産業競争力を強化することが望まれる。



(2)地域と世界の安定と繁栄の維持

○地域と世界の安定

 日本の安全のためには、日本の周辺における安定が確保されなければならない。とくに、隣接する地域における安定は重要である。また、日本人の生活の基盤を守るためにも、地域の安定、世界の安定が必要である。


○市場と市場へのアクセスの安定

 経済的な繁栄を維持するためには、資源や食料の供給が維持され、市場へのアクセスが確保されると同時に、海上輸送路(シーレーン)の安全が維持されなければならない。海外の市場も安定している必要があり、日本にとって重要な貿易相手国・地域の安定も不可欠である。



(3)自由で開かれた国際システムの維持

○個人の自由と尊厳が守られる世界の実現

 豊かな生活は物質的な豊かさにとどまらない。日本国内と世界各国において自由で民主的な価値を増進させることが求められる。世界中で、基本的人権が守られるようになることも大きな目標である。世界の多くの地域では、未だに平和や安全を欠き、餓えと恐怖に怯える人々も少なくない。統治能力を欠く、破綻した国家・社会の中にあっては将来に希望を抱いて生きることも困難である。政府が迫害など恐怖の源泉であることもある。個人がこの世界に生まれて、その能力を最大限に発揮できるような機会を得ることが個人の幸せと世界の豊かさにつながる。そして、世界の人々の暮らしが向上し、社会が安定することが、個人の自由や民主主義を尊重する社会を築くことにもつながる。


○国際的なルール・取り決めが遵守される世界の維持

 国際社会においては、国内とは異なり中央政府が存在せず、各国の国益が対立する場面も少なくない。利害の調整が武力によって行われることもあるが、今日の世界は不完全ながらも、国際条約や国際連合及びその専門機関などによって国際的なルールが整備されている。これらの国際的なルールや取り決めが遵守されなくてはならない。違反行為に対しては厳しく罰していく制度・能力の強化も必要であろう。そのためには、国際機関がさらに整備され、規範意識が醸成される必要がある。日本としても、国際機関の強化や国際的な規範作りに、積極的な役割を果たしていく必要がある。


○武力による現状変革が指向されない世界の維持

 日本は、侵略戦争を否定し、武力による紛争解決を否定している。国際安全保障にこれまでよりも積極的に関与することになってもこの原則が変わることはない。国際紛争を武力によって解決しないという了解が世界に広まることが、日本人のめざす世界であろう。


 日々、緊密になる世界にあって、これらの目標を実現することが、日本が希求する世界の実現につながる。人と人との間に壁を立てることができない以上、1国の安全のためには世界全体が平和になることが必要である。

 若者がそれぞれの夢の実現のために留学し、海外から日本に来て学ぶ。家族が海外旅行に出かけて無事に帰って来る。企業が海外の企業と取引を行い、共同で新しい製品を開発する。意見の違いがあれば、実力によるのではなく、話し合いや裁判によって解決を図る。これら当たり前のように見えることが、これからも当たり前である世界が続くことが大事だ。



第2節 日本をとりまく安全保障環境

 日本がめざす世界の実現には、まず現在の国際環境を分析し、目標の達成を妨げる課題を特定しなければならない。その上で、持てる手段をどのように使って、それらの課題を解決していくかを考える必要がある。


(1)基本趨勢

○グローバル化の進展

 世界の経済、社会のグローバル化は進展している。経済を中心に相互依存は深化し、1国の営みを1国だけで担おうとしても、もはやそれは不可能に近い。どこか1国だけが得をしたり損をしたりという状況は少なくなり、利益も被害も共有することが多い。グローバル化進展の好ましい結果として、主要国間の安定がもたらされ、大国間の大規模戦争の蓋然性が低くなった。その一方で、グローバル化の進展は、脅威の拡散の原因にもなっている。一見、特定の地域に限定されているような問題も、その影響は全世界に広まっている。例えば、ソマリアのように日本から遠く離れた国家の国内情勢が日本及び国際的な安全に影響を与えている。ある国の統治能力の低下が国内治安の悪化を招き、国際テロや国際犯罪の温床になりかねない。以前は人道的な見地から捉えられがちだった国際協力は、よりいっそう安全保障の文脈で考えられるべき状況になっている。


○トランスナショナルな問題の増加

 グローバル化と同時に国境をまたぐ(トランスナショナルな)問題も増えている。地球規模の気候変動、環境問題、感染症など、国家間で協力しないと解決できない問題が増えており、深刻化している。安全保障上の脅威も国際テロ、大量破壊兵器の拡散、海賊問題と、いずれも国境を超えた問題である。国境を超えた問題の増加は、国境を固めて鎖国状態の中で平和を維持しようと思っても不可能に等しい状況を生んでいる。この結果、今までとは質の異なる新しい問題を解決するために、国際的な協力と健全に機能する国際システムの存在がこれまで以上に求められる。


○国際システムの変動

 ところが、その国際システムそのものに変化の予兆がみられる。戦後65年間、国際システムを先頭に立って主導してきたのは米国で、現在もその点には変わりはない。米国は、政治、経済、社会、文化とさまざまな面で多くの国に支持されている。日本にとっても米国は密接で重要な国であり続け、日米同盟は安全保障上の利益を守るための便宜的な関係をはるかに超えた強い絆を提供している。しかし、米国の絶対的な力の優位に変わりはないものの、中国、インドといった新興国の台頭などによって、パワーバランスには変化が生じている。さらに、1国では解決できない問題が増加しているため、米国が単独で問題解決することができる範囲は以前に比べて小さくなっている。東アジアに限ってみると、中国は経済発展によってその軍事力も増強している。中国のパワーの増大が地域の安定を乱すのではなく、資するようにしていくことは、日本にとっても地域にとっても重要である。



(2)グローバルな課題

[1]破綻国家・国際テロ・国際犯罪

○破綻国家と人間の安全保障*1*

 冷戦後の安全保障環境の特徴の1つに、内戦型の紛争の増加があげられる。冷戦構造の下では顕在化しなかった民族や宗教などの対立に起因する紛争が増加し、90年代前半から旧ユーゴスラビア、ソマリア、ルワンダなどで市民を巻き込んだ紛争が頻発した。このような紛争は2000年以降も世界各地で生起している。内戦型の紛争では、当該国の統治機構が破壊され、いわゆる破綻国家となる。この場合、停戦後も統治能力の回復には時間がかかり、生存に必要な安全や食料などが提供されないような、いわゆる「人間の安全保障」が侵されることがある。*2*


○国際テロ

 一方で、9.11テロ以降、破綻国家は新たな側面から国際安全保障にとって深刻な問題であると認識されるようになった。脆弱な統治が国際テロ組織に「聖域」を与え、治安の悪化が政府の正統性と統治能力の回復を妨げるという問題である。グローバルなテロとの闘いにおいて、米国をはじめとする国際社会は、国際テロ組織アルカイダなどによる脅威の除去のための取り組みを進め、その結果、公然とテロリストを匿う政体や国際テロ組織の拠点は駆逐され、幾つかのテロ攻撃を未然に防ぐことに成功した。しかし、アフガニスタンの治安状態は未だ安定しておらず、また、アフガニスタン・パキスタン国境地域は国際的なテロの温床とされており、今後、長い取り組みが必要と考えられている。自爆テロやIED(簡易爆弾)攻撃など非正規戦を主たる抵抗手段とするテロ組織に対抗するには、軍事作戦だけではなく、警察による法執行や行政による民生の安定など統合的な取り組みが重要であるとの認識が強まっている。


○国際犯罪・海賊

 国際犯罪組織や海賊は、国際テロ組織と同じく統治の脆弱な地域や空間を「聖域」にしていることから、その不法な活動が国際テロ組織のトランスナショナルな活動や後方支援を容易にするおそれがある。このため密入国や薬物、大量破壊兵器関連物資の取締り、資金洗浄の監視など国際犯罪に対する法執行について、テロ対策の文脈からも国際的な取り組みの強化が求められるようになっている。

 社会経済のグローバル化の進展は、脅威の影響が全世界に及ぶという点で新たな課題といえる。例えば、世界各地に広がるアルカイダ・ネットワークや、ソマリア沖の海賊のように、遠く離れた国、地域の情勢が日本を含む全世界の安全保障に影響する。

 破綻国家、国際テロ、国際犯罪は互いに関連した問題である。そして国際社会は、各国の協力のもと統治を維持し、問題に取り組む当該政府の能力構築を支援している。その際、民政部門と軍事部門が協働し包括的に取り組む必要があり、これは治安が不安定な地域での文民活動の必要性と同時に、軍が果たす役割が拡大し、軍事作戦以外の能力が多く求められるようになったことを意味する。*3*

 このほか法執行機関が国際協力で果たす役割も拡大している。PKOにおいては警備活動などにあたる文民警察官が多く求められ、治安部門改革(SSR)のうち警察などの再建にも同じく法執行機関当局から指導者を送り出すことが必要である。


[2]大量破壊兵器・弾道ミサイル拡散の脅威

 大量破壊兵器、中でも核兵器の拡散は、国際安全保障を脅かす重大な要素となっている。冷戦終結後、米ロの戦略核戦力は大幅に削減された。現在、START I 後継条約に向けた米ロの協議が進められている。英仏も核軍縮を進めており、中国の戦略核戦力が透明性を欠き、また軍縮もされていないとみられることを除けば、核兵器国の核軍縮は進行しつつある。

 しかし一方では、冷戦終結後、核兵器の保有へと進んだ国のほか、北朝鮮などのように核開発計画が露見した国もある。核兵器の拡散はパワーバランスを変化させ周辺地域の安定を乱すだけでなく、さらなる核兵器保有国を生む核の連鎖を引き起こすおそれがある。とくに、北朝鮮の核兵器保有は、日本の周辺地域を不安定にするとともに、日本に対する直接的な脅威となる。北朝鮮は、冒険的な挑発行為を続けており、国際社会が結束して厳しく対処し、非核化を実現させていくことが急務となっている。また、核兵器が過激なテロ組織に渡ることになれば、世界全体への深刻な脅威となる。そのため、核兵器・核技術を保有している国の核関連施設の安全確保も国際安全保障上の大きな課題となってきている。

 現在の安全保障環境の特徴は、冷戦時代に比べて抑止が効きにくいことで、信頼性の高い抑止を維持するためには、新しい取り組みが必要と考えられる。*4*人道的な見地から、米国など核兵器保有国が実際に核兵器を使う閾値(threshold)は非常に高い。抑止力をより信頼性と有効性が高いものにしていくため、従来の核戦力による報復的抑止に加えて、通常戦力による抑止力と態勢を強化し、重層的な抑止戦略を構築する必要がある。


[3]米国の影響力の変化と国際公共財の不足

 一朝一夕には解決が望めないような複雑な安全保障の問題が山積する状況にあって、「単極の時代」といわれた米国の影響力にも変化がみられる。米国は1990年代から政治、経済、軍事とあらゆる面で圧倒的なパワーを誇ってきた。その米国の絶対的な優位は現在もこれから先も変わらないと考えるが、対テロ活動や、イラクへの武力行使などによって軍事的負担が増大するとともに、一国主義的な行動に対して批判が生まれ、その威信の低下が米国内外で議論されている。経済危機がこれに追い打ちをかけ、米国はこれまでほど国際安全保障に積極的に関与できないのではないかという認識が米国内外に生じている。加えて、中国、インドという新興国の台頭が米国の相対的なパワーを低下させている。

 軍事的には、米国はこれまで「グローバル・コモンズ」と呼ばれる国際公共空間をコントロールしてきた。*5*この能力が、米国に米国以外の紛争に関与することを可能にし、世界のほぼ全域において米国はどの国の挑戦をも許さない圧倒的な力を誇ってきた。他方、米国がグローバル・コモンズをコントロールしていることによって、世界各国に公海の自由航行などが保障され、国際公共財として提供された。現在でも、米国の力の優越性は変わらない。しかし、新興国の力の増大などによって、特定の区域では米国の介入を拒否する動きが生まれつつある。このことが意味することは、米国が「世界の警察官」として行動を続けるにはこれまで以上にコストが伴い、米国は自国の利益に照らして選択的にしか関与しなくなる可能性があるということである。協調的な国際システムの維持のためには、国際公共財として自由航行の確保や国際金融システムの安定、自由貿易体制の維持、経済援助などの提供と、軍事制裁など強制力を伴う措置が必要である。もし、米国の世界に対する関与が減ることになると、世界の安全、地域の安定、そして日本の安全にそれぞれ以下のような大きな影響を与える。

 第1に、世界の安全への影響である。健全に機能する国際システムを維持し、国際協力を確立できるかどうかは、国際社会にとって今後の最大の課題だが、仮に米国の影響力が低下すれば、この難題の解決がさらに難しくなる。国際公共財の不足が進めば、破綻国家や破壊志向的な国家やグループがはびこることにつながり、世界の安全保障のレベルが低下する危険がある。また、国際公共財の供給が減ると、中国、インドなどの新興国が現存の国際システムや先進国が作ったルールに対して不満を抱く可能性もある。新興国がシステムを破壊する側ではなく支える側に回り、責任あるステークホルダーとなるように促すことが重要である。

 第2に、アジア太平洋地域はダイナミックに変化しており、潜在的な不安定要因も存在するが、米国が地域に関与していることによって現状破壊的な行動は抑制されていた。しかし、米国の強いコミットメントの意志に関わらず、それが減少するという認識が広まれば、アジア太平洋地域が不安定になることも考えられる。

 第3に、これらのことは、日本の安全にも影響する。日米同盟は強固で、日本防衛に対する米国のコミットメントに対する信頼は高い。とくに、日本に対する本格的な武力侵攻があった場合に米国が日本を守らないということは考えられない。しかし、中東やアフガニスタン・パキスタンなど、他地域の情勢などによっては、地域に振り向けることのできる軍事資源のレベルが低下することもあり得る。また、先に述べたように、米国の関与が減少するという認識が広まると抑止が低下し、他国が日本に対して侵攻する誘因ともなり得る。

 このような事態を回避するために、米国を補完して、EU諸国や日本など主要国が共同して国際的な問題の解決にあたる必要がある。具体的には、これまで米国が主導的に国際公共財を提供してきた努力に加えて、各国がその提供に共同して参画しなければならない。安全保障の分野では海上交通や宇宙・サイバー空間の安定利用を保障していくことが重要で、国際社会に敵対的な国家やグループが他国の利用を制限できないようにする必要がある。



(3)日本周辺の安全保障環境

[1]北朝鮮

 北朝鮮は、国際社会の非難にも関わらず、核・ミサイル開発を続けており、世界の平和と安定に対する脅威となっている。とくに、軍事力に頼った閉鎖的な政権であるため、諸外国に対する敵対的な警戒心が強いことに加え、外界の意図を正確に把握しているのかどうかが不明であり、北朝鮮が誤った判断をする可能性が懸念される。その結果、北朝鮮に対して抑止が働くかどうかの不安が生じる。このことが12いっそう国際社会の脅威感を強めている。北朝鮮の核開発計画については、6者会合を通じて事態改善の試みがなされたものの、計画を中止させることに成功せず、事態は悪化している。北朝鮮は、本年(2009年)4月に日本上空を飛び越える長射程の弾道ミサイルを発射し、5月には2006年10月以来2回目の地下核実験を行った。核・ミサイルの開発は、交渉材料や外貨獲得のために続けられているとする見方もあるが、これらが北朝鮮国内の混乱、国際社会に対する不信感、誤認などに基づく冒険主義的行動や事故と組み合わせられることにより、北東アジア地域を大きな危険にさらすことになる。

 北朝鮮の核開発と運搬手段(弾道ミサイル)の進展は、日本にとっても直接的な安全保障上の脅威となっている。今後、北朝鮮が核兵器の小型化を進め、核弾頭を搭載した弾道ミサイルを発射する能力を保有することになれば、地域、ことに日本に対する脅威は多大なものになる。

 北朝鮮の問題は、核開発や弾道ミサイルの脅威に限定されない。北朝鮮は、世界で有数の規模の特殊部隊を保有しており、これを用いて日本国内の重要施設に対する破壊工作を行うようなことがあれば、日本にとって大きな脅威となる。また、拉致問題も未解決である。さらに、北朝鮮の体制は先行き不透明であり、権力継承問題のゆくえによっては、指導部内の分裂や体制の崩壊につながる可能性もある。朝鮮半島情勢が不安定化した場合、「周辺事態」をも念頭に置いた対応策をあらかじめ練っておくことが必要である。また、このような場合、北朝鮮に存在する核兵器関連物質の流出や使用を防ぐために、米韓をはじめとする国際社会がそれを取り押さえ、国際機関の管理下に置くことが重要となる。この際に、日本がどのような貢献ができるのかなど、さまざまなケースを想定した準備が必要である。


[2]中国

 中国は、経済、政治、軍事とさまざまな面で急速に変化している。日本にとって好ましい変化も少なくない。この数十年の間に大きく発展し、国際的に開かれ、国内的にも安定し、以前に比べると個人の自由も増した。日中間では、多分野で協力が進んでいる。とくに、経済的には中国は日本にとって最大の貿易相手国であり、さまざまな利益を共有している。この30年間日本は一貫して中国の経済発展と国際化を促し、支援しており、その果実が実っているといえる。中国の経済発展は、世界と日本の経済に貢献し、今後も経済発展が続くことは日本にとっても歓迎すべきことである。安全保障・外交面でも、北朝鮮の核開発問題などで協力し合う重要なパートナーであり、日中戦略対話が定期的に開催されるなど「戦略的互恵関係」を確立する努力が続けられている。事柄によっては競争相手となる場面もみられるが、建設的な競争は、地域と両国の発展に好影響を与えている。

 その一方で、地域と日本にとって懸念される変化もある。中国は経済発展に伴い、その軍事力を急速に増強させている。中国は、1970年代末から軍の近代化を進めており、とくに1990年代以降加速し、航空戦力、海上戦力を強化している。*6*核兵器の運搬手段である弾道ミサイルについても、質・量ともに向上させている。これら新しい軍事力を増強する意図とその規模が不透明であるため、懸念材料となっている。

 また、中国は、これまで自らの軍事力の実態を十分に明らかにしていない。例えば、中国の公表国防予算は、21年連続で二桁の伸びを示しているが、公表されない予算も多いといわれ、実態は不明である。また、多くの国では武器取得の全体計画が明らかにされるが、中国の場合は将来的に戦闘機を何機程度取得するのかなど中長期計画が明らかになっていない。これは、中国の軍事行動についても同様である。中国海空軍は、日本の領海、排他的経済水域や周辺海空域でも活動を活発化させているが、その目的は不明である。安全保障政策の決定過程や党軍関係についても不透明な点が多い。こうした不透明な軍事力増強は、周辺地域の不安定化につながる。

 台湾海峡両岸の関係は、国民党が8年ぶりに台湾の政権に復帰して以来、比較的安定している。このため、一時期の緊張が緩和し、台湾海峡における武力紛争の可能性は低下している。政治的な安定は歓迎されるが、反面、中国は台湾に対する軍事力の使用の可能性を否定しておらず、台湾の対岸に配備する短距離弾道ミサイル(SRBM)の増強等の傾向にも、大きな変化は認められない。

 地域の安定のためには、良好な日中関係が不可欠である。日本と地域、そして世界の安定のためには、中国が責任ある大国となることが、当然、望ましい。日本としては、中国が自らその道を選択することを期待するとともに、そのための環境を整備する必要がある。


[3]ロシア

 ロシアは国際社会において、外交・安全保障面で大きなプレゼンスを示す大国で、アジア太平洋地域の安全保障に影響を与え得るプレーヤーとして、今後の動向が注目される。日本を含む先進諸国とは、必ずしも規範を共有するばかりではないが、冷戦後、民主化を進め、G8 のメンバーでもある。日ロ関係は、資源エネルギー開発などの経済分野において深い関係を築きつつあるが、一方で、未解決の領土問題が存在している。

 軍事力については、極東地域に、依然として核兵器を含む大規模な軍事力を保持している。また、国防費も増加し、核戦力、即応部隊の近代化が継続されている。冷戦時代に比べれば、訓練や演習などの活動水準は大幅に下がっているものの、近年は、訓練活動活発化の傾向もみられる。*7*

 2008年8月に南オセチアをめぐり発生したロシアとグルジアとの紛争では、欧米諸国との関係が一時緊張したが、決定的な対立には至っておらず、また北東アジアにおける安全保障情勢には直接は影響していない。この紛争で、ロシア軍は短期間で大規模な兵力を展開し、機動力、統合運用能力の高さを示した。また、中国の新型装備の多くがロシアから輸入されたものであることからも分かるように、高い装備技術力を持つ。その意味で、ロシアの蓄積された潜在能力は高い。

 ロシアが責任ある大国として行動するように仕向けていくことは、日本周辺の安全保障環境を改善し、国益を増進する上で重要である。とくに、海洋の安全保障などの分野では、協力の拡大を期待できる。現在、捜索救難訓練を含め、日ロ間で実施されている防衛交流を更に拡大し、この地域における2国間の信頼関係を更に充実させるべきである。


[4]アジア太平洋地域

 アジア太平洋地域は、政治、経済、社会ともに急速な変化を遂げている。そのため、協調と対立の要因が併存している。一方では、域内の経済的交流が深化し、東アジアサミットが開かれるなど、地域の結びつきが強まっている。2国間の防衛交流も進んでおり、日本も中国、ロシア、韓国、豪州、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム、カンボジア、東ティモール、インド、ニュージーランドなどと交流を行っている。他方でこの地域には、南シナ海をはじめ、いくつかの領土問題が未解決である。さらに、経済的な発展を背景に、1990年代から域内の多くの国が軍の近代化を進めており、今後の動向に注意が必要である。

 日韓は、文化的にも歴史的にも深い関係にあり、地理的にも近い。両国は、北朝鮮の脅威など安全保障上の問題も多く共有していることから、近年、安全保障上の協力関係を推進しており、本年(2009年)5月には日米韓の防衛相会議がはじめて行われた。今後、さらに協力関係が深化することが期待される。

 アジア太平洋地域において、安全と秩序を担保し、脅威や紛争に対して安全保障上の手段を最も有効に提供できるのは、「ハブ・アンド・スポーク」と称される米国を軸にした2国間同盟の束である。しかし、米国を中心に同盟が形成されていることもあり、地域内の国と国、または多国間の安全保障上の連携は限定的で、地域安全保障の枠組は依然として弱体である。この地域の多国間安全保障の枠組であるASEAN 地域フォーラム(ARF)は、第1段階の信頼醸成措置から第2段階の予防外交へと軸足を移し、安全保障対話の組織として進展しつつあるが、第3段階である紛争処理メカニズムの構築までには至っていない。さまざまな変動が起こっているこの地域における協力枠組の欠如は、地域内の国家間関係を脆弱なものにしている。テロ、感染症、武器・麻薬の密輸などの国際犯罪防止、海上交通の安全確保、気候変動、経済、災害復興支援など多分野における協力を、安全保障面の協力に結びつけていくことが必要である。実効性のある地域安全保障枠組の構築には時間がかかることにも留意すべきである。



第3節 多層協力的安全保障戦略

 このような安全保障環境の下で、日本はどのような安全保障戦略を持つべきであろうか。*8*

 本章第1節に掲げた日本がめざす世界の実現を、新しい安全保障環境に照らして考えたとき、3つの目標の達成が必要となる。1つめは、日本の安全の確保である。日本への直接的な脅威・リスクを排除し、日本に害が及ばないようにすることを目標とする。2つめは、脅威の発現の防止である。国際的な安全保障環境を改善することによって、現時点では直接的な脅威には至っていない問題が、今後、脅威として発現することがないように予防することを目標とする。3つめの目標は、国際システムの維持・構築である。現存の国際システムを維持し、さらに効果的に安全保障協力を実施できるような制度作りをめざす。16大綱に記述された日本の「安全保障の基本方針」は、日本の防衛と国際的安全保障環境の改善という2つの目標を掲げていた。しかし、現在の国際社会が直面する安全保障上の問題には、大量破壊兵器の拡散や国際テロなど、自由で開かれた国際システムを脅かすものが多い。一方、これまで国際システムを支え牽引してきた米国の影響力に変化がみられる現在、日本が健全な国際システムの維持・構築のために努力することは国際社会全体にとっても重要になっている。

 では、これら3つの目標を達成するために、どのようなアプローチをとればよいだろうか。第1に考えられるのは日本自身でとる行動である。しかし、日本が自国だけですべての安全保障上の脅威・問題を解決することは、トランスナショナルな脅威が増えている現状から考えても不可能である。そこで、他国と協力していく必要が生じる。他国との協力は、まず、同盟国との協力が考えられる。これが第2のアプローチである。日米同盟は今後とも日本自身の防衛努力とともに日本の安全保障戦略の中で重要な柱である。第3のアプローチは、地域における協力である。第4のアプローチは、国際社会との協力である。日本をとりまく安全保障環境は、いっそうの国際的な取り組みを要求している。日本はいくつかの国際平和協力活動などに参加してきたが、今後は国際社会との協力によって自国の安全が担保されるとの認識を強くして、より積極的に進める必要がある。

 第3のアプローチである地域における協力については、16大綱の「安全保障の基本方針」の中で明確な位置づけを与えられなかった。しかし、地理的な近接性などから日本は多くの安全保障上の問題を地域と共有しており、また、地域との協力なしには解決が難しい問題は多い。そこで、本懇談会としては、地域における協力を目標達成のためのアプローチの1つとして捉えることとした。他の地域の例では、多国間の安全保障協力の機構は、地域内の協力を促進し、潜在的な対立を抑制する効果があると考えられている。アジア太平洋地域は、世界でも最も急速に発展する変化の大きい地域で、域内の経済活動が活発である一方、ヨーロッパにあるような実効性のある地域安全保障枠組が存在しない。現時点での限界と、将来的な発展の可能性の双方を認識しつつ、地域における協力を進めるための有効な政策を考え出していくことが求められる。

 したがって、新しい安全保障戦略は、[1]日本自身の努力、[2]同盟国との協力、[3]地域における協力、[4]国際社会との協力、という4つのアプローチを組み合わせることによって、日本に対する脅威を取り除くとともに、脅威の発現を防止し、国際システムの維持・構築をめざす方法を示すものになる。本懇談会が提案する、3つの目標と4つのアプローチの概念を整理すると、例えば、次のような表になる。

     日本の安全 脅威の発現の防止 国際システムの維持・構築
日本自身の努力

・多機能弾力的防衛

・統合的アプローチ

・情報機能強化

・在日米軍駐留経費負担

・国際平和協力活動

・「総合安全保障」

・国連改革

・周辺海空域の監視

同盟国との協力

・拡大抑止

・相互運用性

・役割・任務・能力

・共通戦略目標

・米軍再編

・国際公共財の提供

地域における協力

・対話枠組

・地域諸国との協力

・信頼醸成

・地域協力(海賊対策等)

・地域安全保障枠組

・地域災害救援活動

・PSI

国際社会との協力

・国連制裁決議の履行

・軍備管理レジーム

・核軍縮

・国際レジームの強化

・コアグループの形成



 ここで確認しておきたいのは、3つの目標は重複している部分も多く、完全に区分できるものではないという点である。4つのアプローチにしても同様である。現在の安全保障環境の特徴として、地理的な概念が希薄になり特定の地域に限定された脅威は少なくなっており、また、平時と有事の境界が曖昧になると同時に事態進展の速度が非常に速くなっているからである。3つの目標の達成のためには、それぞれのアプローチをシームレスに連携、機能させていくことが重要になる。

 本節では、安全保障上の脅威や問題に対応するための方法(戦略)を示すが、問題それぞれについて、4つのアプローチを連携させ、重層的に解決にあたることが重要なことから、個々の問題について、アプローチ別に提示するのではなく、4つのアプローチを統合して提示する。

 日本の安全保障戦略は、いうまでもなく、他国の安全を脅かすことを目的とするものではない。しかし、地理的な近接性などから、日本をとりまく地域が安全保障のジレンマを起こし易い環境にあるということも現実である。*9*そのことを十分に認識し、安全保障戦略が実行されなくてはならない。また、世界の歴史を振り返るとき、現状維持国の力が低下し新興国が台頭するときには国際社会が不安定になりやすい。現状維持国が新興国に抱く警戒心と焦りが新興国の不満を助長し、関係が悪化する場合が多い。過去の大きな戦争は、大国間のパワーバランスの変化を国際社会がうまく管理できなかった結果という側面がある。次に失敗すれば、この世界の終焉となりかねない。主要国間の協調もみられる今日、協力の芽を育てる仕組みを構築し、対立や危険の「種たね」を取り除くことを目的とした、包括的・重層的で実効性のある戦略、すなわち、多層協力的安全保障戦略が必要である。



(1)日本の安全―日本に対する直接的な脅威・問題への対応日本は、他国を侵略することは決してない。同時に、他国の侵略を許すこともない。日本の安全保障にとって最も重要なことは、外的脅威から日本の安全を確保することである。これは、攻撃を退ける(拒否する)用意と決意があることを示すことなどにより侵略の意図を放棄させ、敵対的な行為を抑止すること、また、抑止が成功せず実際の攻撃に至った場合でも、被害を最小限にとどめ、相手の政治目的の達成を阻止することの2つの手段によって達成される。

 日本をとりまく安全保障環境の中で、北朝鮮による核と弾道ミサイル、そして、特殊部隊を用いた攻撃は、すでに日本への脅威となっている。また、国際テロ組織が日本をターゲットとして攻撃を企図する可能性も否定できない。

 加えて、日本の地理的条件から生ずる安全保障上の問題も存在する。日本の離島・島嶼は、自衛隊、海上保安庁などの基地から離れたところに位置することが多く、その安全を確保する上で、脆弱な環境にあることが多い。また、日本は地震や台風といった自然災害が発生しやすく、大規模自然災害がもたらす被害は国の安全に関わる大きな脅威といえる。

 日本が直面するこれらの安全保障上の脅威・問題は、種類も質もそれぞれ異なり、また、平時か有事かに明確に区分できず、中間的な領域に位置するものも多い。したがって、自衛隊の装備などのハードウェア、日本の国内法制や同盟の枠組などのソフトウェアの両面で、事態にシームレスに対応することに着意する必要がある。以下、これらの脅威・問題に対応する手段を提示する。


○多機能弾力的防衛力

 16大綱は、基盤的防衛力構想*10*の有効な部分を継承しつつ*11*、冷戦後の新しい脅威に対処するために「多機能で弾力的な実効性のある防衛力」を保有するという考えを示した。これは、防衛力を新たな脅威や多様な事態に実効的に対応し得るものにするため、即応性、機動性、柔軟性及び多目的性を備え、高度な技術力と情報能力に支えられたものにするとともに、部隊や装備に多様な機能を持たせて、弾力的な運用を行うという考え方であった。日本が置かれた、少子化や経済の低成長など国内の要因からも、規模の拡大に頼らない弾力的な運用が必要と考えられた。

 16大綱が想定していた安全保障環境と現在のそれを比較すると、既に見たようないくつかの変化が生じている。日本は、自ら主体的に自国を守れる防衛力を保有するとともに、国際社会の安全のために海外においても効果的に活動できる態勢を築くことが必要である。また、日本国内の状況については、2004年時点と比べ少子化や経済・財政状況の悪化がいっそう進行しており、社会保障費の増加などの財政的な状況は中長期的に続くとみられる。そこで、新しい安全保障戦略の下、引き続き防衛力を多機能弾力的なものにするとの方向性を維持しつつ、日本の安全に対する脅威や問題について優先順位を明確にし、効率的・効果的に防衛力を整備していくことが必要である。


○北朝鮮の核・弾道ミサイル等に対する抑止力の維持*12*

 抑止の目的は、相手の意志を挫くことにある。北朝鮮から日本に向けられる核・弾道ミサイルの脅威に対しては、それが現実に使われることのないよう、北朝鮮の意志を挫かなければならない。そのため、まず第1に、ミサイル防衛能力の信頼性を向上させることによって、拒否的抑止力を高める必要がある。例えミサイルを撃っても、迎撃され、結局自らの目標は達成できないという状況を作ることによって、攻撃を断念させるのである。これは同時に、実際に攻撃された場合の最大の防衛手段となる。第2に、被害の局限や国民の冷静な対応・行動を促すため、情報提供システムの整備もいっそう進める必要がある。第3に、報復的抑止力を高める必要がある。米国の拡大抑止、いわゆる「核の傘」を軸としつつ、その他の打撃力による抑止についても日米間の役割について綿密に協議し、役割分担を確認し、信頼性を向上することが重要である。

 北朝鮮による核・ミサイルの使用を確実に抑止するためには、抑止の網を幾重にもかける必要があり、日本自身の努力と同盟国との協力の効果的な組み合わせが極めて重要である。

 日本が、独自の防衛力を用いて抑止・対処しなければならない事態の例として、特殊部隊による攻撃が考えられる。朝鮮半島における緊張が高まったときは、攻撃から日本国内重要施設などを防護するとともに、侵入した特殊部隊を捕捉し、撃破できるような態勢を整備しなければならない。


○米国との安全保障・防衛協力

 日本の安全保障にとって米国との同盟関係は、日本自身の努力と並ぶ重要な柱である。これは、米国の影響力に変化が見える現在も変わることはない。

 現行の日米安全保障条約は、2010年に締結50周年を迎える。かつて戦火を交えた日本と米国は、その過去を乗り越えて、世界でも有数の強固な信頼関係を築くことに成功した。今や両国は、政治的・経済的な利益のみならず、文化、倫理観など、さまざまな価値観を共有している。同盟の次の半世紀に向けて、日本は米国と協力して、日米を含む世界全体の安全を確保するために行動していかなくてはならない。これまでは、日米同盟の中で日本は米国にリードされていれば事無きを得る面もあったが、今後は、日本自身が主体的に日本と世界の安全のために取り組み、米国と協力して行動することが必要とされている。日本の安全確保においても、日本は自力での防衛をめざしつつ、日本単独では解決・対処できない問題について米国と協力することが重要である。

 日米は、戦略、戦術の両面で意思確認を怠らずに共通の目標に向かって行動し、能力を維持することが重要である。日米間では、インターオペラビリティ(相互運用性)を上げるための戦術、装備面での努力がなされてきた。また、戦略面でも日米安全保障協議委員会(「2+2」)で共通戦略目標が設定された。今後とも、共通戦略目標を両国で設定し、それを達成するための役割・任務・能力を着実に実現していくことが重要である。とくに、日米で所要兵力や運用などについて、綿密な協議を重ね、即応性の高い防衛態勢を維持することが重要である。また、このような日米同盟を通じた日本の安全保障の確保にとって、安定的な在日米軍の駐留は不可欠であり、日本の在日米軍駐留経費の適切な負担はこれを支援する役割を果たすものである。


○北朝鮮への働きかけ

 北朝鮮の核・ミサイルの放棄を外交的に達成するためには、国際社会が共同して行動することが不可欠であり、日本はそのための重層的な働きかけを行わなければならない。国連制裁決議を確実に実行するとともに、関係国への外交努力を積極的に行う必要がある。

 これまで6者会合の場において、日本は、米中韓ロと協同で解決策を模索してきた。6者会合の開催の有無に関わらず、今後も5者の連携は続けるべきであり、とくに日米韓は北朝鮮の核兵器・弾道ミサイルの脅威の解決のため連携を強化しなくてはならない。同時に、日中韓の連携も強化していく必要がある。3カ国の関係は、2008年に福岡で開かれた首脳会議や、ASEAN+3(ASEAN 10カ国と日中韓3カ国)などを通じて深化しており、今後、北朝鮮の問題の解決に向けても連携が必要である。北朝鮮との関係が深い両国との情報面の協力も重要である。また、日米、日韓、日豪という形で米国及びその同盟国とのネットワークを北朝鮮問題の解決のためにも活用していく必要がある。米国が主導する大量破壊兵器拡散防止の取り組みの1つである「拡散に対する安全保障構想(PSI)」には、豪州をはじめ韓国も全面参加を表明しており、この面での連携の強化も重要である。


○国際犯罪・国際テロの取締り

 麻薬取引や資金洗浄などの国際犯罪はテロリストの資金源となっていることも多い。日本国内でかかる犯罪の取締り、不正な資金の流れの遮断、不法入国の阻止など地道な活動を長期的に続けることが、国際テロ活動を制することにもつながる。

 国際テロは、現在の安定した国際システムや秩序を破壊することを目的としており、日本もその標的になり得る。鎖は弱いところから壊れるといわれるように、攻撃しやすいところが標的になる確率が高い。法執行機関(警察、入国管理、税関)を中心に日常的に警戒を続けることが重要である。また、アルカイダ系のテロ組織の根絶、活動の無力化のための国際的な協力にも積極的に参画しなければならない。


○統合的なアプローチ

 日本に対する脅威に対応する上で最も重要なことは、国内各機関の連携である。政府は、領海侵入、大規模災害、重大事故等の緊急事態における危機管理機能を強化するための態勢整備を図ってきた。このような取り組みは、課題に対し、ややもすると組織ごとに縦割りで対応しがちである日本の政府機関が連携を強化する上で有効であったが、今後は、危機管理という観点からだけでなく、安全保障全般にわたり、防衛力、外交力、警察力、経済施策などを機能的に組み合わせた統合的なアプローチが必要である。とくに、平時と有事の間のグレーな状況にどのように対処していくかが大きなテーマとなる。

 離島・島嶼の問題については、その帰属をめぐる意見の対立が軍事的な紛争にエスカレートすることがないように、まずは外交力を発揮し、自衛隊や海上保安庁による警戒・監視活動を日常的に実施し、また、離島・島嶼への展開能力の向上、部隊配置等を通じて、対応能力を向上させる必要がある。

 大規模震災に対しては、政府のみならず国全体でその被害の局限に努める必要がある。とくに、首都直下型の地震では被害は甚大で、内閣府の被害想定では、約85万棟の建物が全壊し、1万人を超える死者が予想されている。自衛隊による災害派遣活動は、都道府県知事等の要請に基づいて行うこととされており、政府と都道府県とが、情報連絡体制の充実、共同防災訓練の実施を通じて、平常時から連携体制の強化を図ることが重要である。


○情報機能の強化

 米国や国際社会と協力し、相互に補完して安全保障にあたるためには、日本が独自に情報収集し、分析し、政策を決定する能力が必要である。

 情報収集分析能力の向上のためには、まず、適切な「問い」を政策決定サイドが情報サイドに投げかけ、その答えを一元的に集約して、政策決定に活かす必要がある。日本の安全保障に関する情報収集は、内閣情報調査室、警察庁、公安調査庁、外務省、防衛省、金融庁、財務省、経済産業省、海上保安庁などが行っているが、これらの情報収集能力を高めるとともに、収集された情報が迅速・的確に官邸に一元化して集められる体制を拡充していく必要がある。具体的な情報収集能力の向上の方策については、情報保全の強化とともに、第三章第5節で詳述する。


○文民統制の強化

 防衛力の有効性を計る指標は、防衛力を使って政治的な目標をどれだけ実現できるかという点に集約される。そして、自衛隊をもってこれを達成するためには、健全に機能する文民統制が不可欠である。現在進められている防衛省改革などを通じて、文民統制が機能する制度を拡充することが重要である。文民統制には、2つの目的がある。1つは「国民の安全と世界の平和のために軍を使うこと」、もう1つは「軍が独走しないようにすること」である。日本においては、軍が独走することを防止するという側面が強調される傾向があるが、文民統制には、政治目標の実現を確実に担保するという、もう1つの重要な側面がある。自衛隊の国内外における任務が増える中、健全な政軍関係は、今後いっそう重要となってくる。その際、文民である政治の側も安全保障問題に対する関心、知識の向上に努め、文民統制の実効性を高めていくことが適切である。



(2)脅威の発現の防止

 2つめの目標である「脅威の発現の防止」は、脅威が形を成すよりも前の段階から、脅威の「種」に働きかけることにより、現実の脅威になるのを防ぐことを目的とする。したがって、「脅威の発現の防止」という目標を達成するためには、直接的な働きかけだけではなく、影響力や相互理解など間接的な効果を期待する手法も用22いなければならない。

 脅威の発現を未然に防止するには、安定的な国際関係を構築する必要がある。アジア太平洋地域における地域秩序の維持については、米国のプレゼンスが極めて重要である。米国のコミットメントが低下するという認識が広まった場合、冒険主義的な行動が生起することも考えられる。アジア太平洋地域はダイナミックな変化を続ける地域である一方、潜在的な不安定要因も存在することから、米国のプレゼンスとコミットメントが維持されるよう、同盟関係における役割を分担するなど日本自身の努力が必要である。同時に、災害復興支援活動などを通じて、地域の国々との協力関係を深め、アジア太平洋地域の安全保障環境を改善する努力も必要である。

 また、天然資源や食料供給の多くを海外に依存している日本にとって、海洋の安全は死活的な利益である。海賊などから船舶を守り、シーレーンの安全を確保するために、関係国との協力をより主体的に進めていく必要がある。一方、現在の国際社会には、国際テロや大量破壊兵器等の拡散のように、国境を越える脅威・リスクが存在する。これらの脅威・リスクが、日本に及ばないようにするための協力も必要である。

 これらの課題に対応する手段として、以下が考えられる。


○アジア太平洋地域における米軍再編

 米軍が取り組んでいるトランスフォーメーションと世界的な配置の見直し(GPR)は、冷戦後に登場した新しい脅威に対応するものである。西太平洋における米軍の再配置は、在韓米陸軍の縮小、在日米海兵隊のグアム移転、及びグアムの海空軍力強化を主眼としている。とくにグアムは、米軍の恒久的なインフラストラクチャーが希薄だった東南アジアから中東に至る地理空間への「東の玄関口」として、米軍の機動的な展開を支える一大拠点と位置づけられることとなった。

 米軍の再配置に合わせて、日米同盟の変革(トランスフォーメーション)もめざされた。2005年10月の「2+2」共同文書の中では、国際的な安全保障環境を改善する上での日米協力の重要性や、国際的な活動に寄与するために他国との協力を強化することなどが謳われており、今後とも国際平和協力活動や多国間演習の開催などを通じて、日米両国が協力して地域の安全保障環境をより安定的なものにしていく必要がある。

 在日米軍の再編計画には、在沖縄米海兵隊の司令部機能のグアム移転を含んでおり、同計画を進めることは、米軍基地を抱える自治体の負担を軽減するばかりでなく、米軍の地域におけるプレゼンスの維持にもつながるため、その実現は日本の安全保障上大きなメリットがある。日本政府は米軍再編計画の実施を着実に進めるため、引き続き努力すべきである。


○地域における協調・協力

 地域の安全保障に関わる諸問題が不安定要因とならないように、各国が協調して行動する必要がある。そのためには、まず、信頼関係を深める必要がある。各国が政策の透明性を高め、互いの意図を明確にすることによって不信感が軽減される。こうした信頼関係をさらに深めるには、行動規範を作るなど、制度化への努力が有益である。

 こうした努力は現在、海洋の安全保障の分野で進展してきている。ASEAN諸国と中国との間には、南シナ海における問題を解決する際の原則を明記した「行動宣言」についての合意がある。東シナ海など他の海域においても行動規範などを設け、偶発的な事故を防止し、事故が危機に拡大しないような制度が必要である。

 マラッカ海峡の海賊問題に対する、アジア海賊対策地域協力協定(ReCAAP)に基づく日本主導の取り組みは、2003年から5年連続で被害発生件数が減少するなどの効果を着実にあげている。このような貢献を今後もより推進していく必要がある。

 日本は、地域の安全保障に関し、米国の同盟国である韓国や豪州と問題意識を多く共有している。韓国とは国際平和協力業務、国際緊急援助活動などで、豪州とは海上・航空の安全確保などで、協力を図っていくことで合意している。今後とも、日韓、日豪の2国間協力の強化、米国をハブとした協力の追求などにより安全保障上の関係を強化し、災害救援などの個別の取り組みについて連携することにより、地域の安定に貢献していくべきである。


○国際平和協力活動への積極的参加

 破綻国家は国際テロ組織に「聖域」を提供し得るため、脅威の「種」に働きかけるという観点から、統治の脆弱な国家を支援することはますます重要となる。いったん破綻国家となった国に対しては、和平交渉、平和定着、国家再建までの包括的な支援の取り組みを国際社会が一致して行うことが必要である。紛争後の社会の安定に、経済援助や教育支援が果たす役割は大きく、日本はこれまで、このような分野でさまざまな貢献を果たしてきた。一方、アフガニスタンでは武装解除・動員解除・社会復帰(DDR)に携わるなど、紛争終結直後の段階から平和構築に貢献してきた。このような活動に今後もより積極的に取り組むことが必要である。

 日本が、国連PKOにこれまでよりも積極的に参加していく必要があることは論をまたない。しかし、国内外の情勢やPKOミッションが変容してきているなどさまざまな要因から、現在、日本は十分な貢献ができていない状況にある。この問題についての考え方は第三章第2節で改めて述べることとするが、世界の平和と安全を考えるときに、日本がどのように行動することが適切なのか、国民的コンセンサスを得るための議論が必要である。


○軍備管理、不拡散

 大量破壊兵器の拡散を防止するためには、核兵器を含む武器管理レジームを推進し、強化していくことが重要である。しかし、冷戦後、いくつかの国が核開発計画を進めたこともあり、現在、核不拡散体制(NPT 体制)は動揺している。このため、管理体制の包括的な強化が求められている。国際原子力機関(IAEA)は、保障措置協定・同追加議定書ならびに国連の決議等を受けて、核査察を行っているが、その強制力には限りがある。軍備管理レジームをより実効的なものにするための関係国・関連機関の連携に、日本は積極的に貢献する必要がある。

 戦後、日本は一貫して核兵器の廃絶を訴えてきたが、オバマ米大統領の核廃絶演説を受けて、核軍縮の機運が盛り上がっていることは歓迎すべきだと言える。核軍縮を進めていく上で、米ロの協調は重要であるが、中国及びその他の核保有国による核軍縮にもつなげていく必要がある。しかし、核兵器を究極的に廃絶するまでの過程においては、通常兵器を含む米国の拡大抑止の信頼性が低下することがないように留意することも必要である。

 核軍縮に向けた取り組みにおいて、日本は傍観者とならず、積極的に関与し、さまざまな課題を提起する必要がある。


○周辺諸国との信頼醸成

 中国は、軍事力の増強を続け、近隣諸国の安全に影響を及ぼすことができる能力を備えつつある。日本にとって中国の経済成長の維持は重要な利益だが、同時に、中国は経済成長とともに今後も軍事力増強を続けることが予想される。日本は、紛争を予防するために、自国とその周辺をカバーする防衛能力の保持に努める必要がある。日本が整備する防衛能力については、防衛交流などを通じて、その意図を明確にすることが重要である。同時に、相手国にも同様の対応を求めるべきである。周辺諸国との信頼醸成に努めることが、結果的に日本の安全保障のレベルを上げることになる。防衛交流を、単なる人的な交流や互いの情報を入手する手段とは考えずに、軍事力による抑止と両輪の関係にある重要な安全保障の施策ととらえ、積極的に推進することが必要である。


○新しい「総合安全保障」

 9.11 テロ以降、世界は、安全保障に軍事力は不可欠であるが、軍事力だけでは安全は確保できないということを改めて認識した。米国はその反省に立ち、硬軟織り交ぜたさまざまなパワーを賢明に行使して(スマートパワー)安全を保障しようとしている。日本は、1970 年代末、「総合安全保障」を議論したことがあった。*13*今後とも、防衛力の実効性を高めつつ、外交力、経済力、文化の魅力など、日本のさまざまなパワーを総合的・有機的に組み合わせて安全保障目標の実現をめざすべきである。戦後の荒廃から経済発展を成し遂げた経験、自由・民主主義などの普遍的価値、優れた科学技術、国連への貢献、平和志向の安全保障政策などは日本の優れた無形の資産である。これらの価値が世界に認識されることによって、日本の安全がいっそう高まる。



(3)国際システムの維持・構築

 3つめの目標は「国際システムの維持・構築」である。日本がめざす1つめの世界像は、国家間の紛争が平和的に解決される世界である。2つめは、日本人を含む人々の移動の自由が確保され、自由な経済活動が保障される世界である。そして3つめは、地球上のどこであっても個人の自由と尊厳が守られ、人間の安全保障に目が向けられるような世界である。

 このような世界像を実現するためには、現行の自由で開かれた国際システムを維持することが好ましい。現在の世界の経済発展は、自由貿易体制の存在抜きには語り得ないものであるし、貧困や感染症の蔓延といった人間の安全保障を脅かす課題に応ずるためには、現在の国連機関の効率性を高めつつ、それを中心に各国が協力していくことが最も有効であると考えられるからである。

 他方、現代の課題がトランスナショナルな性格を強めていく中で、これまでの国際システムでは十分対応できない場合にそれを補完するためのシステムを構築することも重要である。例えば、PSIは、新たな国際規範作りをめざすのではなく、大量破壊兵器の拡散防止の意志を共有する国家が集まり、協力する取り組みである。日本にとって好ましい世界の実現に資する補完的システムを産み出すことも、日本にとっての課題である。

 日本が国際システムの維持・構築に積極的に関わっていこうとするときに留意しておかなければならないのは、いわゆる歴史認識の問題が、ときに日本の対外政策の遂行にとって制約要因になっているという事実である。この問題が、引き続き日本の取り組みを妨げることがないように努め、共同歴史研究などを通じ日本と関係国の相互の共通理解を深めていく必要がある。


○国際システム維持の方法

 現行の国際システムを維持するための最良の方法は、現状に不満を持つ国やグループを少なくすることである。国際システムに対して破壊的な行為に走るのではなく、支える側に回る国が多ければ多いほど国際社会は安定する。それには、2通りの方法が考えられる。1つは、破壊的な行動をとることが割に合わない状況をつくることである。具体的には違反行為を罰する体制を確立し、軍事力を含めた強制力をもって抑止し、国際システムへの挑戦を諦めさせる方法である。2つめの方法は、潜在的な破壊者が国際システムから恩恵を受けられると認識できる状況を作ることによって、国際的なルールを自発的に守るようにさせることである。伝統的に国際公共財と考えられてきた自由な貿易・通貨システム、海洋の自由などに加えて、経済援助、教育支援、貧困の減少などさまざまな公共財が提供されることが必要である。これまで主に米国によって提供されてきた国際公共財を、日本をはじめとする他の主要国が米国と協同して提供していくことが重要になる。新興国は、国内にさまざまな問題を抱え、当分の間、国際公共財を提供する側には回りそうにない。米国とともに日本をはじめとする先進主要国が国際システムを支えつつ、新興国が国26際社会を支える側に回るように促す必要がある。


○重層的なアプローチの重要性

 「国際システムの維持・構築」は、本報告書が新たに掲げた目標であるが、これを達成するための手段をひと揃え新たに用意する必要はない。例えば、日本の行う国際平和協力活動については、脅威の発現の防止の観点から既に取り上げているが、日本がこのような活動を実施することは、個人の自由と権利が侵されないような国際システムの維持にもつながる。また、同じく脅威の発現の防止の文脈で紹介したアジア太平洋地域における米軍再編と米国のプレゼンス維持は、この地域において紛争を平和的に解決するルール作りを行う上でも重要で、この地域に日本にとって望ましい国際システムを維持することにもつながる。

 重要なのは、安全保障上の取り組みが日本にとって好ましい国際システムの維持・構築につながっているかどうかに留意しながら、さまざまな取り組みを重層的に進めていくことである。


○国連機構改革

 日本は、国連安保理の改革を含む国連機構改革の実現に積極的に取り組む必要がある。国連は、国際的な規範に基づいて国際システムを管理・運営するための機関であり、不備も多いが、普遍的で正統性が高い。国連が健全に機能していくことは、国際システムの維持のためにも、日本の安全のためにも重要である。

 日本が、国際システムの維持・構築に能動的に取り組むにあたって、国連の意思決定にも深く関わっていくことが、日本が望ましいと思う世界の実現にとって重要である。そのためにも、日本が国連安保理の常任理事国になることを含む国連改革のために引き続き努力することが必要である。

 日本人の国際機関への積極的な参画も望まれる。日本は、他国に比べて国際機関への参画が少ない。例えば、国連事務局に勤務する職員数は、国連が示している望ましい日本人職員数の下限の2分の1にも満たない。また、国際機関の長を務める日本人も多くない。国際機関での勤務の機会を得やすくするように政府としても必要な施策を講じる必要がある。


○アジア太平洋地域における地域安全保障枠組

 アジア太平洋地域に包括的な地域安全保障枠組を作るのは容易ではなく、また時間もかかることから、いくつかのレベルに分け、実行可能な分野から協力を進めることが現実的であろう。重層的に協力関係を構築し、将来的にはこれらを有機的に連携させることが望ましい。日本はこれまで、地域の安全保障について、抑制的な行動をとる傾向がみられた。しかし今後は、より安定的な地域関係の構築に向けて、安全保障面でも貢献していく責任がある。

 地域の安定にとって、中国を建設的なメンバーとして国際システムや地域的な枠組に統合することは重要な課題である。そのためには、中国が他国と協調して地域の安定に貢献するメカニズムを構築し、同時に、地域の規範や枠組を通じて、非協調的な行動をとるコストを中国に理解させることが重要である。

 地域安全保障枠組を構築する方法としては、第1に、現在ある米国の同盟国・友好国である日本、韓国、豪州、フィリピンなどとの「ネットワーク化」を進めることが重要である。それによって、米国のコミットメントを引き続き確保し、同盟国間の安全保障協力を促進することができる。これらの国が連携を深め、地域の安定に向けた戦略目標を共有することが重要である。とくに、北東アジアには、日米、米韓という2つの同盟があり、日米韓の3カ国協力体制の強化を通じて、日韓関係の協力強化を図ることが必要である。日米韓防衛実務者協議の閣僚級への格上げなどにより、この地域の安全に対する懸念や課題について協力して対応する態勢を作っていくことが必要である。

 第2に、これと並行して地域に多国間の安全保障協力のための枠組を構築する努力も必要である。既存の多国間の枠組であるARF と他の枠組を重層的に連携させていかなければならない。米国との同盟の実効性を前提としつつ、地域の安定を重層的に担保していくために、長期的には包括的な多国間地域安全保障枠組の構築が不可欠である。包括的な枠組をつくることによって、米国の同盟に属さない国々との信頼醸成に寄与し、安全保障のジレンマの緩和につながることが期待される。多くの国が参加しやすい排他的でない組織にする一方で、紛争処理能力を有する強固な組織にし、「攻撃が割に合わないアジア」をつくる必要がある。

 具体的には、ARFが、単なる協議の枠を超えて、紛争処理メカニズムの構築に取り組む必要がある。これに加えて、ASEAN+3や、日印戦略的グローバル・パートナーシップを土台としたインドとの協力、G20のメンバー国である日本、韓国、中国、豪州、インド、インドネシアの連携など、それぞれの協力関係を基に、多層な地域枠組を形成していく必要がある。

 さらに、地域協力の枠組を機能的に構築するため、災害救援の分野での協力体制の組織化を進める必要がある。日本は、災害救援の専門能力が高く、この分野で地域をリードしていくことが期待されている。現在、国連人道問題調整事務所(OCHA)が、紛争・災害の際の人道支援の調整などを行っているが、地域の災害救援に速やかに対応するためには、地域的な組織作りも必要である。災害の際に拠出可能な機材、人員などを予め登録し、指定しておくことによって迅速な対応が可能になる。また、こうした調整機能を持つ多国間組織によって、特定の国家間に存在する個別の政治問題などに影響されることなく救援活動を実施できる。自然災害は、価値観や政治的立場の違いに左右されない問題であり、協同して活動することが比較的容易である。災害救援活動を通して地域の軍事・救援組織の連携・協力が生まれ、地域安全保障枠組の土台が強化されることが期待される。


○米国及びコアグループとの協力

 米国は、グローバル・コモンズへのアクセスをどこの国にも保障するなどの形で国際公共財を提供することで、今日の国際システムを支えてきた。しかし、将来的には米国単独では従来と同じレベルで国際公共財を提供できない可能性もある。

 日本はこれまでも、米国と協力し、経済、金融面などから国際システムを支えてきた。しかし、開かれた海洋国家である日本は、海上・航空輸送路の安全によって極めて大きな利益を受け取ってきたのであり、輸送路の安全を脅かされることは日本の経済的利益を著しく害する。したがって、今後は、他の国とも協力し、グローバル・コモンズの安全について米国が担ってきた役割を補完する必要がある。この点、日本は長年にわたって周辺海・空域の常続的監視を行ってきており、グローバルな安全を確保する上でより積極的な役割を担うことができる。さらに、情報革命の進展によって、社会・経済など市民生活の多くがインターネットに依存するようになっており、サイバー空間の安全も国際公共財として捉える必要も出てきている。このような方面での日本の果たすべき役割も、今後の課題となるであろう。

 また、国際システムの維持・構築には、核となる数カ国がコアグループとして連携を強める必要がある。現在、そのような枠組は確立していないが、日米をはじめとする数カ国が迅速に意思決定し行動できる組織体を形成していくことが必要である。このコアグループが、G8 をはじめ、インド、中国、ブラジルなどの新興国を含むG20 や国連加盟各国と連携を広めていくことが重要である。



第二章 日本の防衛力のあり方



第1節 防衛力の役割

(1)防衛力が担うべき役割に関する基本的考え方

 第一章では、新たな日本の安全保障戦略として多層協力的安全保障戦略を提示した。この戦略が示す方向に従い、日本は、安全保障政策の一環として防衛力をいっそう機動的、効果的に活用し、日本の安全、脅威の発現の防止、国際システムの維持・構築という3つの目標を達成しなければならない。

 第一章でも述べたように、本報告書が提示する3つの目標と4つのアプローチは、いずれも切れ目なくつながり、互いに連携して機能することが重要である。第二章では、3つの目標を達成する中で、とくに日本の防衛力が果たす役割について詳述する。具体的には、第1のアプローチ「日本自身の努力」のうち防衛力の役割を示すほか、第2、第3、第4のアプローチである同盟国、地域、国際社会との協力においても日本の防衛力が担う役割について述べる。本節では、それを、防衛力が用いられる地理的空間、すなわち、日本の周囲、地域、グローバルという3つの空間に即して提示する。

 第一章の分析に基づいて、安全保障環境を3つの空間に分けて見ると、まず、日本の周囲においては、北朝鮮による核兵器・弾道ミサイルの脅威が増大するとともに朝鮮半島の南北関係や台湾海峡両岸の関係などの問題がある。また、領土をめぐる意見対立が存在し、特殊部隊を含む大規模な軍事力の集中といった状況も継続している。加えて、テロや大規模災害などの事態が生起する可能性も続いている。防衛力は、これらの課題に実効的に対処し得る必要がある。

 次に、アジア太平洋地域は、軍事情勢の不透明性、不確実性が存在し、各国の軍事力近代化による軍拡競争の危険性もはらんでおり、将来、日本に不利益をもたらすような国際環境の変化が生ずる可能性を否定できない。また、同地域にはEUやNATOのような政治・経済面、安全保障面での強力な多国間協力の枠組が現存せず、既存の枠組も対話を中心としたものである。したがって、日本は、同盟国や域内諸国と連携して安全保障枠組の構築、活性化を促進するとともに、これらの国と協力して、防衛力を活用した地域の安定への取り組みに積極的に貢献していく必要がある。

 国際社会が抱える国際テロや破綻国家など、グローバルな安全保障環境における課題は、ソマリア沖の海賊のように、日本の利害に直接の影響を与えるものである。従来、日本は、これらの問題の解決には非軍事面での貢献を中心に対応してきたが、アフガニスタンなどの国際的な取り組みの現場でも明らかとなったように、治安の悪い地域における復興支援や同地域で活動する文民の保護など、軍事力にしかなし得ない種類の活動があることは事実である。日本が国際システムの維持・構築に責30任を持つ上で、国際平和協力の分野で防衛力をより積極的に使用することが必要不可欠である。

 以上を踏まえ、日本の防衛力が担う役割を、[1]日本及び日本周辺における事態の抑止・実効的対処、[2]地域的な環境・秩序のいっそうの安定化、[3]グローバルな安全保障環境の改善という、3つの区分に即して示す。



(2)防衛力が担う役割

[1]日本及び日本周辺における事態の抑止・実効的対処

 今後、多様化・重層化の傾向を強めていく脅威に対して有効な抑止力を構築していくためには、平時と有事の中間にあるグレーな領域における事態が焦点になりつつあること、事前に兆候をつかみにくく事態の生起までの猶予期間が短くなっていること、軍事技術の進歩によって作戦の計画から執行までの周期が著しく短縮されていることを考慮しなければならない。そのため、即応性の低い防衛力では急速に拡大する事態に対応できない可能性が生じており、防衛力の「存在による抑止」(静的抑止)に加えて、平素からの活動を通じた「運用による抑止」(動的抑止)を重視していく必要が高まっている。

 例えば、平素から、情報収集、警戒監視、偵察(ISR)活動や領空侵犯対処を行うとともに、即応性向上のための訓練を実施することにより、安全保障上の問題に対する油断のない姿勢を明示していくことは、武装工作員の侵入や島嶼部等における主権の侵害などを物理的に阻止する能力を日常的に示すこととなり、現在の安全保障環境における実効的な抑止力を構築していく上で極めて重要である。

 平時と有事の間のグレーな状況において、自衛隊の部隊は平素の任務を果たすだけでは不十分であり、事態の進展にシームレスに対応しなければならない。このため、現場部隊が適時適切に動くことができなければ、相手の企図を阻むことができなくなる。現場部隊から政府中央(官邸等)への情報集約、中央における迅速な意思決定と適切な部隊への権限付与、そして、中央から部隊への指揮統制の各段階において、指揮通信(C4)システムなどのハードウェアや法制を含むソフトウェアの更なる充実が必要である。

 また、結果として抑止が破れ、日本の主権が侵害されるような事態が生起した場合には、防衛力によって実効的に対処し、侵害を排除する必要がある。想定し得る事態に実効的に対処可能な防衛力を着実に整備しなければならない。


ア 弾道ミサイルへの対応北朝鮮の弾道ミサイルは、核開発と相まって、日本の平和と安全に対する重大な脅威である。これに対応するため、米国の抑止力を基調としつつ、弾道ミサイル対処能力の向上を進めるとともに、警察、消防を含む自治体と連携して被害局限のための態勢を強化し、ミサイル攻撃に対する防衛体制を構築することが必要である。弾道ミサイルの脅威に対しては、これを攻撃や恫喝の手段として使わせないための抑止が最も重要である。核による報復的抑止については引き続き米国に依存するが、その他の打撃力による抑止については、主として米国に期待しつつ、日本としても、これを効果的にするための作戦上の協働・協力を行う必要がある。現実にミサイルが撃たれた場合のミサイル防衛による対処能力の向上や、国民保護措置による被害局限も、攻撃の効果を阻止する意味で抑止の一環となる。

 このように、弾道ミサイルに対する抑止は、日米共同を前提として重層的に構成されている。抑止が実効的に機能するためには、日米が、絶え間ない協議を通じて脅威認識・評価を共有するとともに、相互の役割分担や作戦手順に関する共通理解に立って、ミサイル防衛による攻撃排除と打撃力による抑止を適切に組み合わせる必要がある。なお、弾道ミサイル以外の手段による侵略や軍事力を用いた不法行為などの事態についても、抑止の信頼性をいっそう高めるため、日本自身の対処能力の向上とともに、日米の運用面・情報面での協力、米軍への支援について内容を具体化していくことが必要である。

 ミサイル防衛システムは、日本のミサイル対処能力の最重要の柱である。現在計画中のイージス艦へのミサイル防衛能力の付与と地対空ミサイル部隊へのPAC-3導入を着実に進めるとともに、新型の海上発射型迎撃ミサイル(SM-3ブロックIIA)の日米共同開発を促進すべきである。

 敵基地攻撃能力など、ミサイル防衛システムを補完し、あるいは打撃力による抑止をさらに向上させるための機能について、本懇談会は、日米共同対処を前提としつつ、米国との間で適切な役割分担を協議・具体化しながら、日本として適切な装備体系、運用方法、費用対効果を検討する必要があると考える。弾道ミサイル対処に必要な情報機能については、米国のシステムと同様のシステムを持つのではなく、相互補完して日米双方にとって情報能力の強化につながるような機能を構築すべきである。


イ 特殊部隊、テロ等への対処

 北朝鮮の特殊部隊や国際テロ組織による日本を標的とする破壊、殺傷等の工作に対しては、その兆候を察知するための情報能力を強化するとともに、現実の攻撃となって現れた場合はすみやかにこれに対処する必要がある。対処の早期段階では、自衛隊は、テロリスト等の動向を把握するための情報収集、侵入を防ぐ警戒監視、水際対策などに関し、法執行機関を支援する役割を担う。テロ行為が切迫しているか、もしくは実行に移された場合は、沿岸部における警戒監視や、日本の重要施設の防護、救援等に機動的にあたることが必要であり、とくに、特殊部隊の制圧や化学・生物・核攻撃への対処については、自衛隊が警戒監視、敵の排除、被害局限などについて中心的役割を担うべきである。


ウ 周辺海・空域及び離島・島嶼の安全確保

 日本は、周辺海域において、領土をめぐる意見対立や、排他的経済水域が未確定といった問題を抱えている。それらの平和的解決及び国際法に基づく海洋の利用秩序の確立を図り、かつ、実力による一方的な現状変更を防止しなければならない。このため、適切な規模の部隊を展開し、常続的な警戒監視活動を行い、警察機関を情報面等で支援するとともに、部隊の警戒監視能力、対空・対水上・対潜能力の向上を図り、質的優位を保つことが必要である。

 また、島嶼部の安全を確保するため、陸・海・空部隊の新たな配置を検討するとともに、緊急展開能力の向上を図るべきである。


エ 大規模災害への対処等を通じた国民の安全・安心の基盤の保持

 自然災害の多い日本の特性を踏まえ、自衛隊は、その配置、組織力、即応能力を活かし、国内の大規模災害に際して、人命救助、救援、医療、関係機関との連絡調整等に重要な役割を担うべきである。

 また、地域の防災能力の低下等の傾向がみられる中において、自衛隊の有する対処能力だけでなく、全国くまなく配置された駐屯地等の存在は、国民の安全・安心の基盤であり、自衛隊は今後とも地域との連携を強化すべきである。


オ 本格的武力攻撃への備え

 現下の国際情勢においては、日本の国家としての存立そのものを脅かすような本格的な武力侵攻が生起する可能性は低い。他方、こうした事態への備えは、独立国として本来保有すべき機能であり、周辺に大規模な軍事力が集中しているといった状況に照らして、日本としては、このような機能の保持に留意する必要がある。将来、このような本格的武力侵攻の可能性が生じ得るような予期しない情勢変化に備えて、これに対処し得る必要最小限の能力を維持すべきである。また、このような能力を保持することは、さまざまな事態に対処するための基盤ともなるものである。


[2]地域的な環境・秩序のいっそうの安定化

ア 平素からの情報優越の確立

 東シナ海や西太平洋を含む日本周辺地域において、中国の海洋活動や、ロシアの警戒飛行の活発化などの事象がみられており、こうした各国の軍事的な活動量の増大が将来日本の安全に影響を及ぼさないよう、また、地域にとっての不安定要因とならないように注視していく必要がある。

 本項[1]にて、平素からの防衛力の常続的な運用が、日本の防衛・安全確保のための抑止力として重要であることを指摘したが、これは地域の安全保障環境・秩序の安定化にとっても重要である。ISR活動により周辺各国の軍事動向を正確に把握し、日本側の情報優越を確立すべきである。また、ISR活動は、日米両国が協力して地域的な安全保障環境・秩序の安定化をめざす上での共通の基盤となる分野であり、自衛隊と米軍の間の連携を強化していくべきである。


イ 地域における防衛交流・協力の充実

 地域の安全保障環境の安定化のための信頼醸成の意義は第一章第3節の中で詳述したとおりである。日本の防衛交流は、中国との艦船の相互訪問の実現など、地域の国々との信頼醸成に成果をあげてきた。また、近年、防衛交流の意義として、信頼醸成に加え、さまざまな課題の解決に向けた他国との協力関係の構築・強化の重要性が認識されてきている。

 アジア太平洋地域においては、海洋の安全保障や、災害救援のような分野における協力が重要となる。このような地域共通の課題への取り組みには、多数の国の参加が必要である一方、政治的立場に左右されないため協力を呼びかけやすい。海洋の安全保障の問題の中でも重要な海賊対処について、例えば、日中両国は、ともにソマリア沖の海賊対処のために艦船を派遣しているが、両国は、インド洋から南シナ海までのシーレーンを共有している。シーレーンの安全のような国際公共財の提供のため両国が協力することは、日中2国間関係にとどまらず、地域全体にとっても好ましい影響を及ぼすものである。

 また、日本と共通する価値観を持つ地域の国々との協力を拡大することも重要である。日・韓・豪が地域のさまざまな課題に率先して取り組み、米国も交えて域内各国との協力を拡大し、地域をリードしていく必要がある。韓国、豪州は、米国の同盟国であり、装備品や運用上のコンセプトについて米国や日本と共通するものも多いため、日本との実務的な協力の素地が備わっている。今後さらに情報分野や調達、補給、輸送、医療等の後方支援分野での協力について具体化を図ることが必要である。また、国際平和協力活動が部隊間協力を拡大・深化する絶好の機会であることは、東ティモールにおける韓国軍との協力、イラクにおける豪軍との協力等によっても明らかになった。これらの国と部隊派遣について協力することが可能な地域については、日本も積極的に部隊を派遣することを検討すべきである。


ウ 地域安全保障枠組防衛省は、ARF参加国との局長級会合である東京ディフェンスフォーラムに加え、昨年からはASEAN各国との次官級会合を主催するなど、防衛当局者間の意見交換を強化してきている。日本は、これらの枠組を積極的にリードし、軍事力の透明化、実力による現状変更の禁止など、合意可能な目標の設定とその達成に向けた努力を促進する形で、地域の安定化に貢献すべきである。

 人道支援、災害救援、テロ対策、海洋管理に関する演習の相互参加・視察や各種の多国間共同訓練は、域内各国間の信頼醸成のための手段として有効であり、将来的な多国間協力枠組の芽とも成り得る。日本は、ASEAN 各国の主体性を重んじつつ、このような訓練等にアイデアを提供するなど、適切な支援を行うべきである。


[3]グローバルな安全保障環境の改善

ア テロに対する取り組み

 アルカイダの掃討を中心とする国際的なテロに対する取り組みは、短期間で終息するとは考え難い。テロに対する取り組みの成否は、中東、南西アジアといった日本にとって重要な地域の安定に影響するものであり、こうした取り組みにおける協力は、国際社会の一致した意思の表明及び日米同盟の信頼性の証としても日本にとって重要な課題である。テロに対する取り組みの一環として、インド洋における海上阻止活動への海上自衛隊による支援を行っているが、この活動に限らず、日本がこのような取り組みを長期にわたって実施することが可能な体制を強化しなければならない。


イ 破綻国家への支援・国連平和維持活動への参加等

 日本は、従来から、国際社会からの要請なども考慮しつつ、カンボジアへの国連PKOやイラク復興支援などに関わってきたが、「平和協力国家」*14*としての日本の国際的指導力を高めるためにも、破綻国家の再建などの活動により積極的に関わっていくべきである。その際、自衛隊は、専門性を活かした人道・復興支援に加え、文民の防護や治安維持機能向上のための支援に重点を置くべきである。また、日本は先般、国連待機制度*15*への登録を行ったが、引き続き、国連PKO局等への要員の派遣を含め、国連平和維持活動により積極的に参加するための条件整備を進める必要がある。

 さらに、気候変動により、海面の上昇のほか、洪水、干ばつ、暴風の発生頻度が増加するといわれており、また新型インフルエンザをはじめとする感染症の爆発的な流行拡大(パンデミック)が懸念される中で、今後、災害救援活動の重要性が高まる可能性がある。国際緊急援助活動は、自衛隊が培ってきた災害対処ノウハウを有効に活用できる活動であることから、積極的に参加していくべきである。


ウ 大量破壊兵器の拡散問題への対応

 大量破壊兵器の拡散の阻止や武器・武器技術の移転管理は国際社会が協力して早期に取り組むべき課題である。PSI など、大量破壊兵器やミサイルの拡散を防ぐための取り組みに自衛隊を積極的に従事させるべきである。また、軍備管理・軍縮の問題を扱う国際機関に軍事専門家として自衛官を派遣することにも、さらに前向きに取り組むべきである。


エ グローバルな防衛交流・協力の拡大

 日本は、地域にとどまらず、NATO や欧州諸国等との安全保障に係る政策対話とともに、グローバルな安全保障課題に関する交流・協力を積極的に進めていくべきである。こうした取り組みは、国際平和協力活動の迅速かつ円滑な実施に資するのみならず、協調的な秩序の構築へとつながることも期待できる。



第2節 新たな防衛力の機能と体制

(1)防衛体制構築の指針

 今日の安全保障環境の下で、防衛力が対処すべき事態は多岐にわたる。テロはいつでも起こり得るものであり、平時と有事の区別を論じることが難しい。また、武力攻撃の態様も、弾道ミサイルや特殊部隊による攻撃など、兆候を察知するのが容易でないものが予想される。このような事態に際しては、事態の悪化を防ぐべく、状況に応じたシームレスな対応をとる必要がある。

 防衛力の役割が国の防衛にとどまらず国民の安全確保のための各種活動に広げられるべきであるという考え方が07大綱以来定着してきたが、国民の安全確保に関する防衛力の役割は、当時から想定されていた災害対処、在外邦人等の輸送などに加え、近年はテロ攻撃に際しての住民の避難措置が付け加わるなど、さらに拡大している。また、本年(2009年)海賊対処法が成立したことにより、自衛隊は海上保安庁との協力の下、本格的に法執行を担うことまで求められるようになった。

 国内のみならず、環境が著しく異なる海外でも活動することが求められている。テロ対処、平和構築、災害救援等の各種の非軍事的活動にも従事する必要があり、さらに、自然条件が厳しい遠隔地への迅速な展開や、長期間に及ぶ活動の継続も要請される。

 このように、今日の防衛力は、多種多様な任務に従事可能な「多機能」性を持ち、突発的な危機にも迅速・的確に対処し得る「柔軟な」運用が可能なものへと発展すべきである。このような視点で現在の自衛隊を見れば、自衛隊の体制は16大綱を受けた変革の途上にあるが、上に述べた防衛力の役割を果たせるよう、いっそうの体制変革が必要である。

 これまでの大綱制定の経緯を見ると、防衛力の質の向上を前提としつつ、07大綱では防衛力の「合理化・効率化・コンパクト化」が、また、16大綱では、本格的な侵略事態への備えとしての装備・人員の縮減が目指され、現在も16大綱が示す体制への移行が続いている。こうした経緯を受けて、今回の大綱見直しにおいては、新たな安全保障環境の下、防衛力の役割が拡大している点や、継続的な活動と、対応の迅速性が重視される点を踏まえ、防衛力の水準を検証し、時代の要請に即した体制を実現する必要がある。

 また、今日、事態生起までの猶予時間が短くなる一方、部隊、隊員に求められる能力が高度化・専門化していることから、事態対処に当たっては、部隊が平素からの編制を維持したまま対処することが前提となる。したがって、平時から部隊の定員に対する充足率を高く保ち、即応性ある防衛力を構築すべきである。部隊の充足率が低いことによって、その実効性にリスクを生じさせることは許されない。

 防衛力を「多機能」で「柔軟」なものに発展させるに際し、装備・編成の優先順位を明確化しつつ、調達改革を進めることにより、効率的な経費使用を行うべきことは当然であるが、かつてのGNP 比のように固定的な水準を前提に防衛予算を定めることはできない。防衛力がその役割を適切に果たすために必要な装備・人員を確保し、それを運用できるよう、政府全体の中で適切に資源を配分していくことが必要である。



(2)防衛力の機能発揮のための共通の要請

 東アジア地域に大規模な軍事力が集中する状況や、日本と比較した周辺国の国力の相対的な動向を踏まえれば、今後日本は、適切な日米間の役割分担の視点も考慮しながら、装備については量よりも質に配意すべきである。同時に、保有する装備の機能を全力発揮させるためのソフトウェアを重視し、より費用対効果の高い防衛力を構築していくべきである。そのための共通の要請として、以下を重視すべきである。

 第1に、相手よりも状況を早く正確に収集・分析・評価すること、すなわち、情報優越を獲得することにより、その防衛力が機能を効果的に発揮できるようにすることである。このため、ISR活動に従事する航空機、艦船等の整備とネットワーク化を進めていく必要がある。この際、宇宙空間も効率的・効果的に利用することが適切である。政府は、安全保障を強化する宇宙開発利用の推進策として、高分解能を有する商業用画像衛星その他先行する民生技術の活用や、防衛利用の観点も踏まえたデュアルユース技術の研究も積極的に進めるべきである。

 第2に、現場と中央を結ぶ指揮通信(C4)機能、また、それと表裏の関係にある情報セキュリティ機能の充実を図ることである。事態の進展にシームレスに対応するため、抗堪性のある大容量通信によって現場と中央を直結することが必要である。また、国際平和協力活動をさらに強化するための基盤として、国外部隊と本国との通信、国外部隊同士の通信の能力向上について重点的に対応すべきである。

 情報ネットワークに対する脅威は、近年ますます増大している。攻撃者がその存在を秘匿したまま容易に攻撃を加えられること、攻撃には大規模システムを必要としないことなどの特性から、防衛力に対する切迫した脅威となっている。情報セキュリティがあらゆる任務遂行の基盤となるとの認識に立ち、攻撃に強いネットワークを形成しつつ、脅威の進化にあわせた改善を図る態勢を持つことが不可欠である。

 第3は、高度な科学技術力の活用である。周辺国の軍事力を念頭に、量のみに着目して日本の安全を確保しようとするのではなく、ステルス化、ネットワーク化、精密誘導化などの世界の軍事技術の趨勢を踏まえ、日本の有する高度な科学技術力の活用により、質を高めていくことが必要である。また、日本の民間企業は省エネルギー・再生可能エネルギーの分野についても高い技術水準を有している。自衛隊の能力を低下させない範囲で、燃料費の軽減や補給の負担軽減といったメリットを追求するため、新しい技術の活用を検討すべきである。

 第4は、日本が3千キロに及ぶ列島線を抱え、多くの島嶼を有するといった日本の地理的条件を踏まえることである。日本本土と離島との距離を克服するためには、部隊を迅速に展開させる機動力の向上が必要である。他方、従来から空自レーダーサイトが離島に配置されているように、日本が離島を領土として保有することはISR活動などにおいて利点でもある。この両面に着意した防衛力整備を進めていくことが重要である。



(3)統合運用の強化と更なる統合の拡大

 弾道ミサイル攻撃のように瞬時に状況が変化する事態には、3自衛隊のアセット(資源)を有機的に連携させることによって的確に対処することが求められる。その場合、統合幕僚監部や陸・海・空自衛隊の統合任務部隊司令部(メジャーコマンド)を中心とした統合運用によって作戦を遂行することが必須の条件である。統合幕僚監部が新設され、運用機能が一元化されて3年が経過するが、これまでに得られた教訓をも踏まえ、統合幕僚監部の機能強化に加え、メジャーコマンドレベルにおいても統合運用能力をいっそう高める必要がある。

 また、防衛力が統合により多機能性を発揮するためには、対処すべき事態ごとの作戦指針を明確化し、教育訓練に取り入れていくと同時に、任務に応じた部隊編成の多様化を図ることが必要となる。その観点から、統合運用の円滑かつ効果的な実施のための教育訓練や部隊編成の手法を確立すべきである。

 さらに、統合運用される自衛隊が効果的にその能力を発揮するためには、運用を担当する統合幕僚監部が作戦面からの優先順位を判断し、防衛力整備について意見具申する権限を持つことが必要である。



(4)日米同盟の強化に資する防衛力整備

 2005年10月の「2+2」共同文書は、日米の共通の戦略目標を達成するための具体的協力内容を定めた文書であり、日米間の計画検討作業に具体性を持たせることに言及している。計画検討作業を通じ、緊急事態における日米の役割と任務の分担が具体化され、日米協力における能力の相互補完を検討する基礎となる。自衛隊と米軍の間の能力補完は、すでに広範な分野で行われている。例えば、米軍の打撃力の中軸をなす空母部隊が日本防衛のために展開する場合、自衛隊は、対潜水艦能力や米軍に不足する機雷掃海能力を提供することができる。また、日米が共同で航空作戦を行うためには双方の航空機の間の相互運用性の存在が前提となるが、自衛隊の持つ広域の警戒管制情報が、このような作戦を支えることとなる。

 したがって、日本の防衛力を構築するに際しては、今後とも、米国との役割・任務の分担や日米間の相互運用性の向上の観点から常に確認していくことが重要である。



(5)国際平和協力活動の強化のための体制整備

 国際平和協力活動は、16大綱の中で防衛力の主要な役割としての位置づけを与えられ、さらに2007年からは自衛隊の本来任務とされた。

 しかしながら、近年の自衛隊の国際平和協力活動への参加実績は、他の主要国の国際派遣の実績と比較して十分な水準とは言えず、日本は、国際システムの維持・構築の役割を担う立場から、より積極的に参画していく必要がある。本懇談会としては、大規模かつ多様化したミッションへ常時複数箇所、自衛隊の部隊を派遣することが可能な態勢を確保すべきであると考えている。

 陸上自衛隊については、海外オペレーションに適した装備品等の整備をはじめ、国際平和協力活動に迅速かつ長期間対応するための能力をいっそう向上させるとともに、一定規模の部隊を常続的に派遣することを可能にする部隊交代の態勢や後方支援態勢等を保持すべきである。海上自衛隊については、インド洋のような遠隔地域において国際平和協力活動を的確に実施するための体制を維持するとともに、洋上を含む現地での後方支援態勢等を確保すべきである。また、航空自衛隊については、中東、アフリカ等の遠隔地域での国際平和協力活動において、陸自部隊等の機動的な展開や救援物資等を迅速に運搬するための効率的な輸送態勢を整備するとともに、派遣部隊の安全を確保するための警戒監視等、活動する手段の多様化を図るべきである。

 このような海外オペレーションを円滑に遂行するため、いっそうの統合運用体制の強化や指揮通信の強化も必要である。また、災害救援や人道復興支援などの現場で対応すべきニーズが多様化・複雑化している現状にあわせ、関係国部隊や国際機関との連絡調整能力の向上、現地の地誌情報の収集や、これらに資する隊員の語学力の向上、さらには、現地の文化や習慣に対する理解の向上を図るべきである。さらに、海外オペレーションの拡大と並行して、任務遂行に当たる隊員のみならず、負傷・帰還した隊員やその家族を支援する体制の整備を行うことが必要である。



第3節 防衛力を支える基盤

 防衛力がその能力を発揮する上で、これを支えるさまざまな基盤が重要な役割を果たす。そこで第3節では防衛力を発揮するために必要な人的、物的、社会的基盤それぞれについてその現状を検証し、今後のあるべき姿を検討する。

 これまで、第1節で示した防衛力の役割を基に、第2節では、今後日本の防衛力に求められる機能と体制を検討してきた。これらの構想を具体化する上で、高い能力を持つ隊員、情報化・ネットワーク化に対応した先進技術を具備する装備品が必要である。しかし、少子化によって優秀な人材の供給は減少し、また、高価格化や国際的な技術の発展に伴い装備品の調達環境も変化している。このため、人的基盤としては少子化への対応等について、そして、物的基盤としては防衛生産・技術基盤について検討する必要がある。

 さらに、部隊が高い練度を維持するためには、部隊が駐留し、訓練する空間を提供し、部隊の活動を支える地域社会の協力が不可欠である。また、海外の過酷な環境下でのオペレーションなど、困難な任務が多くなることも予想され、組織や隊員の士気を維持するには国民の支持や理解も必要であることから、社会的基盤として国民の支持と地域との協力についても検討する。


(1)人的基盤(少子化への対応等)

 自衛隊は、人的基盤に関し2つの喫緊の課題に直面している。

 1つめの課題は、日本国内で急激に進行する少子化である。自衛官の主な募集対象であった18歳から26歳の男性の人口は、07大綱策定時と比べて3割程度減少しており、従来の採用方針では、一定の質的水準を維持しつつ募集定員を充たすことができなくなるおそれがある。

 2つめは、自衛隊の階級・年齢構成がいびつになっている点である。若い隊員が安定的に充足され、任期を経て定期的に除隊していく徴兵制のある国や、志願制ではあるが階級別に滞留制限のある米国・英国とは異なり、日本では自衛官の定年延長、高年齢での部内からの幹部登用などが行われてきた結果、現場指揮官クラスである尉官を含む幹部の平均年齢が他国と比較して高い。これは自衛隊の精強性維持の観点、また、多様化・複雑化する任務への柔軟な対応という観点からも問題となる。

 少子化の中で隊員募集を円滑に行うためには、雇用の安定という若者への訴求力の向上が必要だが、2年1任期の任期制隊員から定年まで自衛隊にとどまることのできる非任期制隊員へと募集をシフトすることは、2つめの課題である平均年齢の高齢化を招く要因となる。したがって、これら2つの課題には総合的に取り組むことが不可欠である。

 少子化への対応として、まず、女性自衛官の積極的な採用・登用を一段と進めることが考えられる。女性の特性や母性保護などを考慮しつつ職域の拡大を図り、女性自衛官の比率を高めていくことが必要である。また、隊員募集時の訴求力向上は避けて通れない問題であり、募集時点から、長期安定的な雇用形態を提示していく必要がある。このため、任期制である一般隊員(2士・1士・士長)から非任期制である曹クラス(3曹から曹長まで)への昇任を考慮しつつ、全体の人事制度についても、非任期自衛官の採用数の増加を前提に設計し直す必要がある。

 2つめの課題である年齢構成の是正のため、曹クラスから幹部への部内登用については、抑制の方向で見直しを行う必要がある。一方、曹クラスと幹部とで別の俸給体系とし、同時に、曹クラスにとって目標となる新たな階級を創設することによって、曹クラスの隊員の動機付けと活性化を図ることが望ましい。さらに、非任期制隊員については、米・英同様に階級別の滞留年限を定めることなどによる、早期退職制度の導入も検討課題である。しかしながら、この制度を機能させるためには、早期退職する自衛官が不安を覚えないよう、社会の側で退職自衛官を受け入れる受け皿作りが必要不可欠である。この際、社会の好意に頼るばかりではなく、自衛官40としての専門的知識・能力・経験等の利点を活用した政府全体による再就職支援が重要である。

 最後に、自衛隊の活動の多様化・複雑化や、国民の自衛隊への期待の高まりに伴い、隊員への教育訓練を通じた人材育成の重要性は今後ますます増大する。厳しい募集環境の中で採用した人材を優秀な隊員に育てられるか否かは、ひとえに自衛隊の教育訓練のシステムの適否にかかっている。効果的な教育訓練の結果、個々の隊員が、防衛省改革会議報告書にいうところのポジティブな「プロフェッショナリズム(職業意識)」を確立することは、自衛隊が高い士気を維持し、強固で健全な組織を作り上げていく上で不可欠な要素である。また、個々の自衛官がプロフェッショナリズムを確立することは、退官後、再就職する際にも社会に還元できる大きな財産となり得る。さらに、これに関連し、自衛隊がプロフェッショナリズムの質を高めるためには、社会との人材交流を目的として自衛官を民間企業等で研修させること、技術専門家の育成のため国内外に留学させることや、反対に専門的な知識経験を有する人材を隊内に受け入れることで組織の活性化を図ることも重要である。このため、一般職における任期付任用職員と同様の短期現役制度などを導入することも検討する必要がある。

 人的基盤について、本懇談会では、問題点の改善に向けた論点を提示した。この問題の安全保障上の重要性に鑑み、今後、政府全体として検討し、施策化に取り組んでいくことを期待する。



(2)物的基盤(防衛生産・技術基盤)

 米軍から貸与・供与された装備で発足した自衛隊は、その後、独自の防衛構想に適合した装備を取得すること、また、補給を海外に依存することで有事の継戦能力が損なわれないようにすることなどを目的として、順次、装備品の国産を進めてきた。こうした国産化の努力は、国内における確実な供給・運用支援基盤を構築し、また、緊急時には自らの防衛力を拡張し得るという意味で、潜在的抑止力を確保する役割を果たしてきた。しかし、今日、高性能化に伴う装備品の高価格化が進む一方、防衛関係費は過去数年間逓減傾向にあるなど、装備品の調達に関わる環境は変化しつつある。装備品の調達の減少により、一部には、技術者や熟練技術者の維持が困難となり防衛生産から撤退した企業もみられる。

 冷戦終結以降、各先進国では、コスト削減を図りつつ先進的技術を追求した装備を導入するため、装備品の取得方法の改善が行われた。その手法として、民生品の活用に加え、国際共同開発への参加が行われてきている。また、防衛産業の統合も進んでいる。先進国であっても、一国ですべての装備に関する生産・技術基盤を維持することは非常に難しくなっているのである。

 翻って日本では、主要な防衛関連企業における防衛需要(防需)依存度が極めて低く、防衛分野の企業統合の動きもさほどみられない。また、防衛省の研究開発投資の水準は先進国と比較して極めて低いため、装備技術に関する研究開発は民間の創意に依存してきた側面がある。これは、デュアルユース技術の防衛装備品への適用に役立った反面、防需の仕事量の変動を企業側の負担で吸収することともなってきた。しかし、このような民依存型の防衛生産・技術基盤が、外部環境の変化に耐えられるかどうか、試練の時期を迎えている。

 今後、自衛隊が先進技術を活かした装備を、コストを抑制しながら取得していくためには、国内外の情勢変化を踏まえた新たな方策を打ち出さなければならない。防衛省改革会議等で示されたIPT(統合プロジェクトチーム)の推進などの整備・調達改革を引き続き着実に実行していくことが重要である。また、防衛装備品は、一般競争入札に馴染まない性格を有しており、この点を踏まえた合理的な調達方式を検討すべきである。

 加えて、日本の防衛のために必要な装備でもその全てについて国内で開発・製造体制を堅持することが不可能であるとすれば、国としての防衛生産・技術基盤に関する基本的な方向性を示すことがよりいっそう必要になってくる。その際、個別戦闘の勝敗を決するような要素、秘匿を要する要素、維持・整備の必要性等から自国に基盤を保持しなければ戦力を発揮し得ない要素に着目して基準を設け、重点的に維持・育成すべき防衛生産・技術基盤を明確化し、これに従って、防衛省の装備品の取得方式(国産、輸入、他国との共同開発等)を決定すべきである。国内に維持すべき種類の防衛生産・技術基盤に留意し、それをどのように維持・発展させるかという包括的な防衛産業政策を政府が明確にすることが必要である。また、政府は、国内の防衛関連企業に対して、長期的な観点で投資、研究開発、人材育成を行うための予見可能性を与えることなどを通じて、最終的にはコストを抑制しつつ優れた装備品を調達し得る防衛生産・技術基盤の実現をめざすべきである。

 世界水準の先進技術に追いつくため、また、独自で開発を行うリスクやコストを低減するため、国際共同開発に積極的に踏み込むことが必要である。これに関連して、武器輸出三原則等のあり方、防衛装備品への先行投資を可能とする契約等のあり方、相互の秘密保護のあり方等について見直しが必要である。武器輸出三原則等の見直しに関しては第三章第4節で詳述する。



(3)社会的基盤(国民の支持と地域との協力)

 有事における日本の防衛に関し自衛隊が果たすべき役割については国民から十分な理解と支持を得られていると思われるが、有事の際には国民の負担や協力が必要な場面が想定されることをよく理解している国民は少ないのではないか。また、イラク復興支援の際の国内の議論で明らかになったように、日本が国際平和の実現のためより積極的に関与していくことについて、国民の間で多様な見解が存在する。これまで日本では、安全保障や防衛に関し、平素からの国民的議論が忌避されてきたため、何か問題が生じた時に冷静な議論が行えない傾向があったが、安全保障環境が大きく変化した今、日本の安全保障政策のさまざまな側面に関して、広く国民の間で議論がなされるべきであり、そのためにも正確な情報、適切な説明を提供していくことが重要である。

 国民への広報については、自衛隊の活動の重要性が国民に分かりやすく伝わるよう、防衛省のみならず政府一体となって努力すべきである。その際に、崇高な任務を負う自衛隊員の士気を高め、自覚を促すような配慮も重要である。自衛隊は絶えず国民からの視線を意識し、ありのままの姿を見せ、国民からの共感を獲得することが重要である。透明性の確保、説明責任の重要性に対する認識を高めるよう、継続的な教育が重要である。

 災害派遣や民生協力は、自衛隊の重要な任務の一つであり、国民や地域住民の期待が高い。また、国際社会に対し、自衛隊の高い能力を示すことにもつながる。訓練や日常の交流を通じて地域と密着した部隊は、現実の災害発生時にも地域の協力を得て、十分にその力を発揮すると考えられる。

 また、別の側面として、自衛隊の存在は基地・駐屯地を受け入れている地域において雇用・経済を支えるものであることや、自衛官やその家族と地域社会の間の親密な関係が部隊の士気にも良い影響を与えることも留意すべきである。

 多様化する任務に自衛隊が迅速・機動的に対処することが求められる今日、展開能力の向上により、平時における部隊配置をより柔軟に考えることが可能になってきている。したがって、自衛隊部隊の配置を決定する場合には、日常の訓練のしやすさや地域社会との連携の強さをも考慮すべきである。

 このように、自衛隊に対する国民の理解や支持、地域住民の協力は、重層的な意義を持つようになっており、今や、防衛力を構成する重要な要素となっていることについて、再認識されるべきである。



第三章 安全保障に関する基本方針の見直し



 第一章では、新しい日本の安全保障戦略として多層協力的安全保障戦略を示した。これは、日本自身の努力、同盟国との協力、地域における協力、国際社会との協力というアプローチを組み合わせて、日本の安全を守り、脅威の発現を防止し、国際システムの維持・構築をめざすものであり、防衛力を含む日本のパワーが平和と安全のためにより積極的に使われることが提案された。これを受けて、第二章では防衛力が果たす役割について検討され、日本の国家意思の作用として、防衛力が効果的に運用され、目標が達成できるよう、適切な機能や体制などの整備が提言された。

 これらの取り組みについては、日本の保持する資源が限られていることから、その優先順位を正しく設定する必要がある。一方、その限られた資源を最大限活用するため、政策や法制度などについて再検討することは重要である。そこで第三章では、とくに国、政府全体の問題として取り組むべき政策上、法制上の課題を整理し、その再構築を提言する。


第1節 安全保障政策に関する指針について

 日本の安全保障政策に関する最も基本的な方針を定めた文書として、1957年に決定された「国防の基本方針」(参考1)がある。同方針は、策定から50年以上の間、一度も修正されることがなかった。

 このことは、同方針の定めた内容が日本の不変の国情に合致していたからともいえるが、同時に安全保障政策の変化と照らし合わせてもなお修正を要しないような一般的な内容しか定められていないことを意味しており、「国防の基本方針」が日本の現実の安全保障政策を決定する上での十分具体的な指針とはなり得ていない、とみることがむしろ適当である。

 また、日本は、防衛費の GNP1%枠を撤廃した翌年の1987年、「今後の防衛力整備について」と題した閣議決定を行い、その中で、(ア)専守防衛、(イ)他国に脅威を与えるような軍事大国にならない、(ウ)文民統制を確保する、(エ)非核三原則といった、それぞれ異なる文脈の下に策定された方針事項を並べるなど、本閣議決定を日本の防衛力整備の新たな歯止めの基準とした。それ以来、これら4つの方針は、防衛白書などで、「国防の基本方針」とともに、「防衛政策の基本」を構成するものと紹介され、また、16大綱に至るまでの政府の主要文書の中で忠実に繰り返されてきた。

 これら4つの方針は、客観的・主体的状況の変化を踏まえて検証する必要があるが、軍事大国とならない、核兵器を持たないという否定の形で、日本の防衛政策に歯止めを掛ける意義を持ってきた。他方、日本が今後、国際的な課題に積極的に取り組んでいく中で、「日本は何をするのか」についての十分な説明を提供するものではない。

 日本の防衛政策の歯止めについて、本懇談会は、日本国民が自身の民主主義を信頼し、これを機能させることに優る歯止めは存在しないと考える。その意味で、文民統制は、今日でも日本の基本的防衛政策の1つとして重要であり、また、今後ともその価値は変わらないと考える。また、軍事大国にならないとの方針は、日本の平和志向に根ざした国内外へのメッセージとして引き続き重要であり、これを維持することは、日本の防衛力整備の方向性に関する信頼性を高めるという意義がある。

 他方、例えば、「専守防衛」という言葉は、自衛隊の発足直後その合憲性が国会等においてさかんに問われていた状況において、他国を侵略するのではなく専ら日本を守る、そのために必要最小限度の防衛力を整備していくという政府の立場を説明する際にしばしば用いられたものである。この言葉は、佐藤内閣*16*において「わが国の防衛」の「本旨」とされて以降、「憲法の精神にのっとった受動的な防衛戦略の姿勢」という考え方として定着している。しかし、この言葉の持つ語感は、日本の防衛のためにどのような装備体系や部隊運用が必要かを具体的に議論するに当たり、率直かつ自由な思考・発想を止めてしまう要因となっていることに留意しなければならない。私たち日本人が「専守防衛」と唱え続けようとも、世界の安全保障環境はそれと無関係に刻々と変化している。脅威がグローバル化・トランスナショナル化し、弾道ミサイルなどが拡散する世界は、従来、「専守防衛」で想定していたものではない。

 今後、日本が自らの安全保障政策の指針として「専守防衛」を維持するのかについてはさらに議論しなければならないが、少なくとも、「専守防衛」の内容が不必要なまでに広く解釈されることは好ましいことではない。日本は不必要な軍拡競争が生まれないように留意しつつ、有効な防衛力を効率的に整備する、そして、侵略に対しては不退転の決意で防衛に当たる、ただし、憲法が認めていない「先制攻撃」を行うことはない、といった基本的な要素を押さえながら、「専守防衛」の意味を明確化させることが有益と考える。

 「国防の基本方針」策定以降、今日までの間に、日本をとりまく安全保障環境は大きく変化した。同時に、日本の主体的条件も、国際システムの受益者から、これを担っていく関与者へと変わってきた。こうした変化を踏まえ、国民と国際社会に対して説得力と透明性のある安全保障政策の策定が必要不可欠である。本懇談会は、このような認識に立って、日本がめざす「安全保障政策の基本方針」を定め、内外に示すべきであり、その際に、あわせて、専守防衛など、日本の基本姿勢を表す概念についても、今日の視点から検証すべきであると考える。



第2節 国際平和協力活動に関する方針・制度について

(1)国連PKO参加の現状

 破綻の危機に瀕している脆弱国家における平和定着や、破綻してしまった国家に対する復興支援といった国際的な努力に積極的に関わっていくことは、「平和協力国家」をめざす日本にとって当然の責務といえる。

 しかし、2007年に国際平和協力活動が自衛隊の本来任務とされ、また国際活動教育隊や中央即応連隊が新編されるなど自衛隊が国際平和協力活動に主体的・積極的に取り組むための各種体制が整いつつある一方で、国連PKOへの日本の参加は低調である。日本はUNTAC(国連カンボジア暫定統治機構)への参加を皮切りに、国際平和協力法の下、多くの国連PKOに参加し、その業務範囲も拡大してきた。東ティモールにおいては、司令部への要員派遣、文民警察要員による警察コミッショナーへの助言、最大680人からなる施設部隊による後方支援、民生支援などを実施し、経済援助や技術指導などとも連携したこれらの活動は、その派遣先等において高い評価を受けた。これまで、日本は質の高い貢献を行ってきたが、他の先進国と比べると、その規模や業務範囲は限定的である。国際平和協力法(PKO法)は、同法に基づいて派遣される要員の上限を2000人としているのに対し、現在派遣されているのは54名(2009年5月現在)*17*である。日本は他のG8諸国等と並ぶ応分の努力を行う必要がある。*18*

 従来、国連PKOへの日本の要員の派遣は、参加5原則(参考2)に基づき、いわゆる宮沢4原則(参考3)も念頭に置きつつ、その可否を判断してきた。しかし、1990年代以降、国連PKOは、国家間紛争に対応する伝統的なものから、多数の当事者が存在する内戦型の紛争、非国家主体との紛争等に対応した大規模・多機能型のものに変化し、参加5原則に当てはまらないケースが多くみられるようになった。また、活動地域の多くがアフリカ等の遠隔地であり日本の安全や利益に直結するとは感じにくいことから、政策判断としても積極的な派遣がなされなかった側面もある。このため、参加5原則や宮沢4原則など、PKOの派遣を判断する法的・政策的基準について、国際標準にあわせる形で見直す必要がある。



(2)参加基準の見直し

 参加5原則とは、国際平和協力法の法案作成に当たり取りまとめられたものであり、その考え方は同法の規定の中に組み込まれている。参加5原則は同法制定当時(1992年)設置されていた国連PKOミッションの形態を念頭に作られ、5つの原則のうち、停戦合意、受け入れ同意、中立性の3つの原則はいずれも「紛争当事者」との関連で定められている原則だが、当時は、国家間紛争や、統制のとれた少数の主体間での紛争を想定していた。しかし、脆弱国家や破綻国家における紛争の場合には、「紛争当事者」に該当する可能性のある主体が多数存在することが多い。日本の積極的参加を実現するためには、これら3つの原則が満たされているかどうかの要件については、全ての当事者ではなく、国連や地域連合が紛争当事者であると認定した主体について判断する、という考え方に切り替えることが必要となる。

 次に、参加5原則の1つに、「武器の使用は、要員の生命等の防護のために必要な最小限のものに限られる」という項目があるが、破綻国家においては、住民や避難民の防護が必要であり、また、多機能型PKO では文民や民生活動に従事する軍人も多数参加することから、文民等の警護が活動実施の鍵となる。自衛隊による文民や他国の要員の防護を含め、活動に必要な武器使用のあり方についても見直す必要がある。本懇談会は、これらの課題を解決し、日本のPKO 参加拡大を図るため、参加5原則を見直し、これと表裏一体の関係にある現国際平和協力法を改正すべきであると考える。

 次に、宮沢4原則は、PKO への参加の是非を政策的に判断する基準として、国内の支持と国際社会からの評価、要員の安全、及び、日本に相応しい業務を挙げたものである。しかし、日本では、アフリカなど遠隔地への派遣について、国内の支持を得ることが難しい場合が多かったのも事実である。実際、今日の国連PKO の過半数がアフリカにおける活動であるにもかかわらず、日本は、1995 年以降、アフリカへの部隊派遣を行っていない。このため、宮沢4原則についても、次のような考え方を基に、見直しを進める必要があると考える。

 ここで日本のPKO 参加について改めて考えると、参加を判断する政策的基準の1つめは正統性の有無である。日本が参加するPKO ミッションには、国連決議や地域的な合意など国際的な正統性が確保されているべきである。2つめに、PKO 要員等の安全が自衛隊による警護等によって確保されることである。この際、日本の要員以外に、保護を必要とする各国文民等の安全確保も重要である。3つめに、実施すべき業務について、自衛隊の能力を含む日本の指導力、行政能力等が適切に発揮されることである。そして、これら3つの評価を踏まえた上で、当該PKO ミッションへの参加が日本の国益に合致するか否かを判断すべきである。また、本懇談会は、日本がPKO を含む国際平和協力活動に参加することは、日本にも及びうる脅威の発現を未然に防止し、日本もその一部である自由で開かれた国際システムを維持するための手段である、という認識が国民の間に広く受け入れられるよう、さまざまな場での議論がなされるべきであると考える。同時に、日本の参加のあり方として、戦闘行為を含む強制措置を直接の任務とはしないことを明確にすることも、国民の支持を広げる観点から有意義であると考えられる。

 なお、国連が公表した国連PKO に関する文書*19*によれば、PKO 参加部隊の武器使用権限は、ミッション要員の防護を含む自衛のほか、国連安保理決議に基づくマンデートの遂行を妨害する行為を排除するための武器の使用を含むとしており、これが国際平和協力法上認められた武器使用の範囲と異なるという問題が元来存在している。また、紛争解決から国家再建までのシームレスな支援に必要な文民等の警護や住民の防護、治安部門改革といった活動への参加は、現行の国際平和協力法に基づく活動としては難しいが、本懇談会は、これらの活動についても、今後日本が積極的に実施すべきであると考える。このため、国際平和協力法を改正する際には、民軍協力、ODA との連携、外国部隊との協働などを想定して業務の範囲を拡大することや、武器使用の範囲の見直しについても検討すべきものと考える。



(3)国際平和協力に関する恒久法の制定

 国際平和協力活動の形態は、国連PKO だけではなく、安保理決議に基づく多国間の取り組み、相手国の要請等に基づき、地域の安定化を目的として関係諸国が国連の枠外で行う非国連型の取り組みなど多様化してきている。日本は、PKO 以外での自衛隊派遣のうち、安保理決議の要請を踏まえた多国間の取り組みについては、テロ特措法やイラク特措法など、その対象と期限を限った特別措置法によって対応してきた。しかし、その都度法律を作ることは、時間的な損失、政治状況による影響、派遣基準が不明確などの点で問題があり、また特別措置法では情勢変化に伴う修正や期限の延長などが必要な場合、改めて法的手続きが必要となる。

 こうした点を踏まえ、日本が国際平和協力により積極的に取り組むため、自衛隊が参加できる活動の範囲を拡大する観点から、活動を行う国際的枠組、参加する活動の範囲、武器使用基準、国会の関与のあり方などを規定した恒久法の早期制定が必要である。このような恒久法の制定は、国際平和協力に関する日本の基本的方針を内外に示す上でも有意義である。



(4)国際平和協力に関する法的基盤の確立

 「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会(安保法制懇談会)」報告書では、国連の集団的措置の一環である国際平和協力は、日本を当事者とする国際紛争ではなく、したがって、憲法が禁止する「国際紛争の一環としての武力の行使」に当たると理解されるべきではないこと、及び、補給、医療等の後方支援が、「他国の武力行使と一体のものと評価される場合には憲法の禁止する武力の行使となる」という「一体化論」は、国際的な理解や国際協力における実態と乖離していることから是正すべきことを提言した。本懇談会は、この報告書の結論を強く支持し、今後の法制度の中で活かされるよう期待している。



第3節 弾道ミサイル攻撃への対応に関する方針について

(1)日米協力の重要性

 日本に対する弾道ミサイルによる攻撃から自らを防衛するには、外交による働きかけ、報復攻撃能力による抑止、打撃力を用いた敵基地等への攻撃、ミサイルの迎撃による拒否、被害局限という重層的な方策が必要である。このうち、報復的抑止力について日本は米国に依存しているが、その他の方策について日本が果たすべき役割は大きい。外交による働きかけについては、制裁のための国際的な取り組みをより実効性あるものにするため努力すべきである。ミサイル迎撃については、C4ISRの分野で米国から支援を受けつつ、主として日本がその役割を果たすべきであると考えられる。国民保護等による被害局限は、専ら日本の果たすべき役割である。

 敵基地攻撃能力など、ミサイル防衛システムを補完し、あるいは打撃力による抑止をさらに向上させるための機能についての本懇談会の考え方は第二章第一節(2)で述べたとおりであるが、仮に日本が新たな装備体系を導入するとした場合でも、実際の運用にあたっては情報の交換を含め米国との協調が必要であると考えられ、その具体的なあり方については、日米間の役割分担に関する協議を経る必要がある。

 ミサイル発射情報を入手する上では、日本独自のセンサー(イージス艦搭載レーダーや地上配備型のレーダー)によって得られる情報とともに、米国から提供される早期警戒情報を活用することが今後も有効である。本年(2009年)4月の北朝鮮の弾道ミサイル発射の際、早期警戒情報が直ちに米軍から日本に伝達されており、この事実は日米協力の高い信頼性の現われとして積極的に評価されるべきである。今後さらに日米協力を進め、発射情報の探知手段の多様化・向上を図っていくべきである。



(2)法的基盤の確立

 安保法制懇談会では、「米国に向かうミサイルを迎撃すること」、「日米が共同で活動している際に米軍艦船に危険が及んだ場合にこれを防護すること」は、いずれも同盟国として果たすべき日本の任務であり、これらが常に可能となるよう、警察権や武器等防護の論理によらずに、集団的自衛権に関する従来の政府解釈を変更すべきである旨提言された。本懇談会は、この提言を強く支持し、これらの論点について以下のように考える。


[1]米国に向かうミサイルの迎撃北朝鮮の弾道ミサイルの性能が向上することにより、その射程には、日本全土に加え、グアム、ハワイなど米国の一部も含まれ、日米は共通の脅威にさらされることとなる。ミサイル防衛システムは日米の緊密な連携により運用されるものであること、またグアム、ハワイ等は日本が攻撃を受けた際に米軍が来援する拠点であることから、米国に向かうミサイルを迎撃することは、日本の安全のためにも必要であり、可能な手段でこれを迎撃する必要がある。従来の集団的自衛権に関する解釈を見直し、米国に向かうミサイルの迎撃を可能とすべきである。


[2]米艦船の防護

 本年(2009年)4月の北朝鮮によるミサイル発射の際には、自衛隊と米軍の艦船が日本海に展開したが、未だ日本に対する武力攻撃が発生していない状況で公海上の当該米艦船に対する攻撃が行われ、かつ、これが自衛隊艦船に対する攻撃と認めがたいとき、自衛隊の艦船が米軍艦船を防護するための法的根拠は見いだしにくい。

 しかし上述のとおり、弾道ミサイルへの対処は、日米が緊密に連携して行うものであり、ミサイルの警戒にあたる米軍艦船について自衛隊艦船が防護できないとすれば、日米同盟の信頼性の低下を招き、北朝鮮に対する有効な軍事的対処ができなくなり、日本の安全を大きく損なうおそれがある。したがって、このような場合においても自衛隊が米艦船を防護できるよう、集団的自衛権に関する解釈の見直しも含めた適切な法制度の整備が必要である。



第4節 武器輸出三原則等について

(1)武器輸出に関する今日の課題

 日本は、憲法の理念である平和国家としての立場を踏まえ、国際紛争を助長することを回避するため、武器輸出三原則等(参考4)により武器等の輸出について慎重に対処してきた。また、武器技術、投資、建設工事についても武器輸出三原則等に準じて同様に対処することとしてきた。本懇談会は、日本の武器輸出のあり方を律する武器輸出三原則等には十分な意義があったと考える一方で、日本の安全保障上の要請との整合性において、現在いくつかの課題が存在すると考える。

 まず、防衛装備品について世界の趨勢を見た場合、主要国間における紛争の可能性が低下する中、欧米諸国は、高性能化・高価格化する装備品を一国のみで多額の経費とリスクを負担し取得することはもはや現実的ではないとの認識の下、国際的な分業体制を作り出すことを志向している。このような国際的な共同研究開発・生産体制によって生み出される先進的技術や装備品は、プロジェクトに参加した国々の間でのみ共有され、あるいは優先的に供給される可能性が高い。日本がこのような国際共同研究開発・生産の枠組に参加できない場合、国際的な技術の発展から取り残されるリスクが高まっている。

 また、このような国際共同研究開発・生産案件や、既に個別案件毎に認められるとされている日米二国間の共同開発・生産案件に日本が参加する場合、研究開発・生産の成果が相手国から第三国へ移転することを可能としなければ、当該共同事業の発展性を確保することができない。

 さらに、米国からライセンスを受けて国内で生産する装備品等の米国への輸出や、当該装備品等について米国から第三国への移転を可能にすることは、日米協力を深化させることにもつながる。

 政府は、1983年に米国への武器技術供与を決定し、さらに、2004年にはミサイル防衛システム関連の共同開発・生産に係る対米武器等の輸出を可能とすることなどによって、武器輸出三原則等と日本の安全保障上の要請との調和を図ってきた。また、2004年以降、弾道ミサイル防衛以外の米国との共同開発・生産案件、テロ・海賊対策等への支援に資する案件について「今後、国際紛争の助長を回避するという平和国家としての基本理念に照らし、個別の案件ごとに検討の上、結論を得る」とした。しかし、その後の4年間の実績で、テロ、海賊対策に資する輸出案件が1件あったのみである。個別検討の方式は、事実上、入り口段階での超えがたいハードルになっており、テロ対策用の検知・判定機材などの日本の科学技術力を活用した製品のうち「武器」に該当するものについては輸出が行われず、この点でテロ対策のための国際的な取り組みに十分寄与できていないとの指摘もある。



(2)武器輸出三原則等の修正

 本懇談会は、日本があらゆる武器等の輸出をめざすのではなく、引き続き、抑制的な方針を貫くべきであると考える。国際紛争等を助長することを回避するという日本の平和国家としての基本的立場と相容れないからである。

 他方、上記(1)で述べたような課題に対応できなければ、最先端技術へのアクセスが確保できず、また、日米防衛協力の深化への足かせともなり得るなど、日本の防衛力の低下にもつながっていくことが懸念される。また、第二章第3節で述べた、国内防衛産業の健全な維持・発展を日本の安全保障にとっての基盤の1つと位置づける観点からも、武器輸出三原則等による国内防衛産業に対する過度な制約は適切でないと考える。

 現在、日本はワッセナー・アレンジメント(WA)*20*に参加し、通常兵器の輸出管理に関する国際的な申し合わせにのっとった輸出管理を実施している。日本はWAを含む武器輸出等に関する全ての国際レジームへの参加により国際的な責務を十分果たしている。このことを前提に、本懇談会は、武器輸出を律するための新たな政策方針を定めることが適切であると考える。

 新たな政策方針には、(ア)武器輸出に関する国際ルールを厳守すること、(イ)武器輸出に関する抑制的な方針を継承すること、(ウ)日本の安全保障上の要請に適合する、あるいは、世界の平和と安全に寄与する性格の武器輸出は容認すること、といった内容が盛り込まれるべきである。

 なお、それまでの間、現行の武器輸出三原則等に基づく枠組が維持される場合でも、最低限、上記(1)に述べた個別の課題については、従来から行われてきた武器輸出三原則等の一部例外化により、早急に手当てすべきである。



(3)武器輸出三原則等の例外化の範囲

 国際的な共同研究開発・生産への参画については、これが一般に最先端技術へのアクセスの確保等による防衛力の維持・向上に寄与するものであることから、武器輸出三原則等によらないものとすべきである。この場合、日本政府による厳格な管理を行えることを条件にするとともに、共同研究開発・生産の相手国は、自由・民主主義・基本的人権の尊重といった共通の価値観を有する国に限る、などの基準を設け、平和国家としての理念に反することのないように担保する必要がある。

 国家間の国際共同開発に限らず、民間レベルの先行的な共同技術開発や民間企業による他国の装備品開発・生産プログラムへの参画などについても、同様に扱うべきである。

 さらに、他国との共同研究開発・生産の成果の相手国から第三国への移転、米国から受けたライセンス生産装備品等の米国への輸出や、米国から第三国への移転についても、同様に厳格な管理が確保できることを前提に、武器輸出三原則等によらないこととすべきである。

 また、従来個別案件ごとに検討するとされてきた弾道ミサイル防衛以外の米国との2国間共同研究開発・生産、テロ・海賊対策等への支援にかかる案件も、厳格な管理が確保できることを前提に、武器輸出三原則等によらないこととすべきである。



第5節 新たな安全保障戦略の基盤について

(1)官邸機能の強化

 国の安全は、防衛力のみならず、外交、経済、文化といったさまざまなパワーを統合して達成される。また、達成すべき国家目標を明確にし、中・長期戦略を政府部内で共有し、個別課題への対応を通して絶えず戦略を検証するというプロセスが必要となる。したがって、安全保障政策を統合的に実施するためには、日本の持つ総合的な能力や、戦略と政策の相互プロセスをとり仕切る、官邸の司令塔としての機能強化が重要となる。2007年の「国家安全保障に関する官邸機能強化会議」で、また2008年の「防衛省改革会議」においても官邸の安全保障に関する司令塔機能の強化が提言されているが、その施策はまだ十分に実施されていない。

 官邸の司令塔機能の強化は、安全保障問題への総理大臣及び関係閣僚の積極的な関与と、それを支える高度な専門家の組み合わせによって達成される。その観点からは、既存の安全保障会議の活性化・実質化をめざし、閣僚による定期的な協議の場を設けることや、安全保障に関する総理補佐官やアドバイザーを置くことなど、現行制度の範囲で実行可能な施策が存在しており、政府が早期にこれらの取り組みを開始することを期待する。

 また、「国家安全保障に関する官邸機能強化会議」の報告書に含まれている、安全保障に関する閣僚級の会議体を支える恒常的な事務局を創設するとの提言は、安全保障に関する少数精鋭の専門家に明確な権限を与えてその能力を発揮させるという観点から意義のあるものであり、将来的な課題として引き続き検討すべきである。



(2)情報機能と情報保全体制の強化

 第一章第3節で触れたように、安全保障に関わる判断を支える基盤は情報である。近年、情報収集衛星の機能向上、内閣情報分析官の新設や情報コミュニティの拡大など、日本の情報収集・分析体制には一定の進展がみられるが、引き続き、内閣が中心となり、情報機能の計画的な強化を図るべきである。

 とくに、日本の安全保障にとって、不透明な周辺諸国の政治・軍事動向を適時適切に把握することが不可欠であることに加え、近年は、国際テロ、海賊などの新たな脅威や、これまで日本と関わりの少なかった国や地域に根差したリスクなどに対応する必要性が高まるなど、情報収集を必要とする対象は拡がりを増す一方である。こうしたニーズに的確に対応するためには、ヒューミント(対外人的情報収集)の抜本的強化や、機数増を含めた情報収集衛星の機能の更なる拡充強化が急がれる。また、他国の政府・機関との情報交換を通じて得られる情報も価値が高いものであり、外国との情報協力・情報保全の枠組を拡充することも必要である。さらに、幅広い情報収集・分析を可能とするため、オシント(公開情報収集)の強化に向けた基盤整備にも努めるべきである。加えて、情報分析能力の向上のため、国際情勢・安全保障のアナリスト、研究者のさらなる育成も求められる。

 強固な情報機能は強固な情報保全の枠組によって支えられる。近年、日本の安全保障上の秘密が政府職員から流出する事案が発生し、また、政府機関のみならず、大学や企業に対する他国政府による情報活動によっても、国の安全や利益は脅威にさらされ得る。これに対しては、政府機関の秘密保全を実効あるものとするため、とくに国の重要な秘密については、その漏えい等に対する重い罰則や秘密取扱者にかかる適格性確認制度など秘密の管理について定める統一的な法制を速やかに整備するとともに、政府以外の機関が有する重要な情報に対する保護措置やカウンターインテリジェンス、コンピュータ・ネットワークを介した不法アクセス・情報流出対策を強化する必要がある。



(3)国会による文民統制の強化

 いわゆる「55年体制」といわれた時代には、国会における論戦では、防衛に関する憲法解釈や手続き等を巡っての議論が戦略的な議論に先行し、また、自衛隊の活動をいかに監視・制約するかという消極的な思考が自衛隊の能力を積極的に活用しようという発想を阻んできたといえる。国の安全保障については、手段、優先順位に関する政党間の意見対立はあっても、その目標に関するコンセンサスが必要である。複雑な安全保障環境の下で、国の安全確保に総合的な努力が求められる今日、特定の法案、条約や承認案件にかかる議論にとどまらず、党首討論を含め、国会が、実質的な政策論議を通じて安全保障政策の指針を示すことが重要である。それが、防衛力をいかに制約するかという観点からだけではなく、いかに使うかという視点に立った国会による文民統制の強化につながる。

 国会が安全保障政策に関する実質的関与を深める過程では、機微にわたる情報を基にした議論が必要となることも予想される。こうした状況に備え、国会における秘密会のあり方や秘密保護のルール化についても検討されることが望ましい。




(参考1)

国防の基本方針(1957年(昭和32年)閣議決定)

 国防の目的は、直接及び間接の侵略を未然に防止し、万一侵略が行われるときはこれを排除し、もつて民主主義を基調とするわが国の独立と平和を守ることにある。この目的を達成するための基本方針を次のとおり定める。

一、 国際連合の活動を支持し、国際間の協調をはかり、世界平和の実現を期する。

二、 民生を安定し、愛国心を高揚し、国家の安全を保障するに必要な基盤を確立する。

三、 国力国情に応じ自衛のため必要な限度において、効率的な防衛力を漸進的に整備する。

四、 外部からの侵略に対しては、将来国際連合が有効にこれを阻止する機能を果し得るに至るまでは、米国との安全保障体制を基調としてこれに対処する。




(参考2)

参加5原則

1. 紛争当事者の間で停戦の合意が成立していること。

2. 当該平和維持隊が活動する地域の属する国を含む紛争当事者が当該平和維持隊の活動及び当該平和維持隊への我が国の参加に同意していること。

3. 当該平和維持隊が特定の紛争当事者に偏ることなく、中立的な立場を厳守すること。

4. 上記の基本方針のいずれかが満たされない状況が生じた場合には、我が国から参加した部隊は撤収することができること。

5. 武器の使用は、要員の生命等の防護のために必要な最小限のものに限られること。




(参考3)

宮沢4原則(1993年(平成5年)3月31日の久保田参議院議員(社会)に対する河野官房長官(当時)の答弁等で表明)

1. 憲法、国際平和協力法の枠内で行われるべきこと。

2. 国内の支持を受けるものであり、また国際社会からも評価されるものであること。

3. 現地の事情に合わせて要員の派遣が効果的にかつ安全に行われるために万全の支援体制を整え得ること。

4.我が国が適切に対応することが可能な分野であること。




(参考4)

武器輸出三原則等

 武器輸出三原則とは、武器輸出に関して1967年に表明された、(1)共産圏諸国向け、(2)国連決議により武器等の輸出が禁止されている国向け、(3)国際紛争の当事国又はそのおそれのある国向け、の場合には武器輸出を認めない政府の方針をいう。その後、1976年の「政府統一見解」により、三原則対象地域以外の地域についても、「武器」の輸出は慎むこととされた。

 したがって、現時点においては、三原則対象地域であるか否かにかかわらず、原則として、「武器」の輸出は認められないこととされている。但し、[1]対米武器技術供与取り決めに基づく輸出、[2]ACSA(日米物品役務相互提供協定)及び同改正協定に基づく輸出、[3]人道的な対人地雷除去活動に必要な貨物等の輸出、[4]化学兵器禁止条約に基づく中国国内における遺棄化学兵器の処理事業の実施に伴う武器等の輸出、[5]旧テロ対策特別措置法及びイラク人道復興支援特措法に基づく活動の実施に伴う武器等の輸出、[6]ミサイル防衛システム等一定の場合における輸出、[7]テロ・海賊対策等のためのインドネシアに対する巡視船艇の輸出等については、内閣官房長官談話などにより、例外とされてきている。




略語表



A

ACSA     Acquisition and Cross-Servicing Agreement 日米物品役務相互提供協定

ARF     ASEAN Regional Forum ASEAN 地域フォーラム

ASEAN     Association of Southeast Asian Nations 東南アジア諸国連合


C

C4     Command, Control, Communication, and Computer 指揮、統制、通信、コンピュータ


D

DDR     Disarmament, Demobilization, and Reintegration 武装解除、動員解除及び社会復帰


E

EU     European Union 欧州連合


G

GNP     Gross National Product 国民総生産

GPR     Global Defense Posture Review (米軍の)グローバルな態勢見直し


I

IAEA     International Atomic Energy Agency 国際原子力機関

IED     Improvised Explosive Device 簡易爆弾、即製爆弾

IPT     Integrated Project Team 統合プロジェクトチーム

ISAF     International Security Assistance Force 国際治安支援部隊

ISR     Intelligence, Surveillance and Reconnaissance 情報、監視、偵察


N

NATO     North Atlantic Treaty Organization 北大西洋条約機構

NPT     Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons 核兵器不拡散条約


O

OCHA     United Nations Office for the Coordination of Humanitarian Affairs 国連人道問題調整部

ODA     Official Development Assistance 政府開発援助


P

PAC-3     PATRIOT Advanced Capability-3 地対空ミサイルペトリオット PAC-3

PKO     Peacekeeping Operations 国連平和維持活動

PRT     Provincial Reconstruction Team 地方復興チーム

PSI     Proliferation Security Initiative 拡散に対する安全保障構想


R

ReCAAP     Regional Cooperation Agreement on Combating Piracy and Armed Robbery Against Ships in Asia

アジア海賊対策地域協力協定


S

SM-3     Standard Missile-3 スタンダード・ミサイル3

SRBM     Short-Range Ballistic Missile 短距離弾道ミサイル

SSR     Security Sector Reform 治安部門改革

START I     Strategic Arms Reduction Treaty I 第1 次戦略兵器削減条約


U

UNDOF     United Nations Disengagement Observer Force 国連兵力引き離し監視隊

UNDP     United Nations Development Programme 国連開発計画

UNMIN     United Nations Mission in Nepal 国連ネパール政治ミッション

UNMIS     United Nations Mission in Sudan 国連スーダン・ミッション

UNTAC     United Nations Transitional Authority in Cambodia 国連カンボジア暫定統治機構


W

WA     the Wassenaar Arrangement ワッセナー・アレンジメント




安全保障と防衛力に関する懇談会の開催について

平成21年1月7日

内閣総理大臣決裁

1.設置の趣旨

 我が国の安全保障を巡っては、引き続き、大量破壊兵器等の拡散や国際的テロ等の新たな脅威や多様な事態が課題であることに加え、国際平和協力活動への積極的な取組への期待がさらに高まっている。今後、我が国がこのような安全保障環境により適切に対応していくためには、我が国の安全保障と防衛力の在り方について、幅広い視点から、総合的な検討を行うことが必要である。

 このため、内閣総理大臣が、安全保障と防衛力の在り方に関係する分野等の有識者を委員として、これに加え同分野に関する行政実務上の知験を有する者を専門委員として参集を求め、御意見をいただくことを目的として、「安全保障と防衛力に関する懇談会」(以下、「懇談会」という。)を開催する。


2.構成

(1)懇談会は、別紙に掲げる者により構成し、内閣総理大臣が開催する。

(2)内閣総理大臣は、別紙に掲げる委員の中から、会議の座長を依頼する。

(3)懇談会は、必要に応じ、関係者の出席を求めることができる。


3.その他会議の庶務は、関係府省の協力を得て、内閣官房において処理する。






注)本懇談会と同名の「安全保障と防衛力に関する懇談会」(平成16年4月20日設置)は、「安全保障と防衛力に関する懇談会」報告書〜未来への安全保障・防衛力ビジョン〜(平成16年10月4日)を提出後、廃止されている。






(別紙)

安全保障と防衛力に関する懇談会の構成員

(委員)

 青木節子{あおきせつことルビ}  慶應義塾大学総合政策学部 教授


 植木(川勝)千可子{うえき(かわかつ)ちかことルビ}  早稲田大学大学院アジア太平洋研究科 教授


◎勝俣恒久{かつまたつねひさとルビ}  東京電力株式会社 会長


 北岡伸一{きたおかしんいちとルビ}  東京大学大学院法学政治学研究科 教授


 田中明彦{たなかあきひことルビ}  東京大学大学院情報学環 教授


 中西寛{なかにしひろしとルビ}  京都大学大学院法学研究科 教授



(専門委員)

 加藤良三{かとうりょうぞうとルビ}  日本プロフェッショナル野球組織 コミッショナー(前駐米大使)


 佐藤謙{さとうけんとルビ}  財団法人世界平和研究所 副会長(元防衛事務次官)


 竹河内捷次{たけごうちしょうじとルビ}  株式会社日本航空インターナショナル 非常勤顧問(元防衛庁統合幕僚会議議長)



注)◎は座長

役職については、平成21年8月現在






安全保障と防衛力に関する懇談会の開催実績

第1回懇談会 (平成21 年 1 月 9 日(金))

 議題:これまでの防衛計画の大綱の考え方

第2回懇談会 (平成21 年 1 月26 日(月))

 議題:国際安全保障環境

第3回懇談会 (平成21 年 2 月12 日(木))

 議題:国際社会の課題と対応

第4回懇談会 (平成21 年 2 月24 日(火))

 議題:情報と意思決定

第5回懇談会 (平成21 年 3 月 3 日(火))

 議題:[1]日米同盟に関する諸問題

[2]国際平和協力法(PKO 法)に基づく活動

第6回懇談会 (平成21 年 3 月26 日(木))

 議題:防衛力を支える基盤(1)(防衛産業・技術基盤について)

第7回懇談会 (平成21 年 4 月 9 日(木))

 議題:防衛力を支える基盤(2)(自衛隊の基地等と地方自治体について)

第8回懇談会 (平成21 年 4 月24 日(金))

 議題:「自衛隊の将来体制について(1)」及び「日本の財政と防衛力の整備」

第9回懇談会 (平成21 年 5 月15 日(金))

 議題:自衛隊の将来体制について(2)

第10回懇談会 (平成21 年 5 月29 日(金))

 議題:これまでの議論の論点についての全般的な整理

第11回懇談会 (平成21 年 8 月 4 日(火))

議題:総理への報告書提出




○安全保障と防衛力に関する懇談会勉強会

第1回勉強会 (平成21 年 3 月11 日(水))

第2回勉強会 (平成21 年 5 月 7 日(木))

第3回勉強会 (平成21 年 5 月26 日(火))

第4回勉強会 (平成21 年 6 月11 日(木))

第5回勉強会 (平成21 年 6 月15 日(月))

第6回勉強会 (平成21 年 6 月19 日(金))

第7回勉強会 (平成21 年 6 月26 日(金))

第8回勉強会 (平成21 年 6 月29 日(月))

第9回勉強会 (平成21 年 7 月 3 日(金))

第10回勉強会 (平成21 年 7 月 9 日(木))

第11回勉強会 (平成21 年 7 月16 日(木))

第12回勉強会 (平成21 年 7 月24 日(金))



○部隊視察

第1回視察 (平成21 年 3 月10 日(火))

 訪問先:陸上自衛隊習志野駐屯地

第2回視察 (平成21 年 3 月31 日(火))

 訪問先:海上自衛隊横須賀地区

第3回視察 (平成21 年 6 月 4 日(木))

 訪問先:航空自衛隊百里基地






「安全保障と防衛力に関する懇談会」報告書

(要約)




第一章 新しい日本の安全保障戦略



第1節 安全保障戦略の理念と目標―日本がめざす世界

 日本がめざす世界では、まず、日本の安全確保が必要である。世界で活動する日本人の安全も守られなければならない。また、自由で豊かな国民生活を維持するため、開かれた国際システムの下での経済活動や移動の自由が保障される必要がある。

 日本の安全および生活基盤を守るためにも日本周辺の安全、地域、世界の安定が必要となる。そして繁栄を維持するためには、市場へのアクセスが確保され、かつ、輸送路の安全が維持されなければならない。貿易相手国の安定も不可欠である。

 物質的豊かさにとどまらず、国内外で、自由で民主的な価値が増進され、基本的人権が守られることも重要である。国際社会では、各国の国益が対立する場面も少なくないが、現在は不完全ながらも国際的なルールが整備されている。日本も国際機関の機能強化や規範作りに積極的な役割を果たしていく必要がある。また日本は、武力による紛争解決を否定しており、この了解が世界に広まることをめざすべきである。

 人と人の間に壁を立てることができない以上、1国の安全のためには世界全体が平和になることが必要である。



第2節 日本をとりまく安全保障環境

(1)基本趨勢

経済、社会のグローバル化が進展し、相互依存は深化している。このため主要国間の関係は安定し、大規模戦争の蓋然性は低下した。その一方で、グローバル化は脅威の拡散を容易にし、日本から遠く離れた国の情勢が日本及び国際的な安全に影響を与えるようになった。また、国際テロ、大量破壊兵器の拡散、海賊など安全保障上の脅威を含め、国境をまたぐ(トランスナショナルな)問題が増えている。これら問題を解決するための、国際協力と機能する国際システムの存在がこれまで以上に求められている。しかし、新興国の台頭などによってパワーバランスに変化が生じ、国際システムに変化の予兆が見られる。



(2)グローバルな課題

 冷戦後の安全保障環境においては、内戦型紛争が破綻国家を生み、「人間の安全保障」が侵されるという問題、また、脆弱な統治によって国際テロや国際犯罪などに「聖域」が与えられているという問題が起きている。これらの脅威の影響は全世界に及ぶため、国際社会は、国家の統治能力の構築を支援しているが、その中で軍の果たす役割が増大している。

 大量破壊兵器、中でも核の拡散は、国際安全保障を脅かす重大な要素であり、核兵器の拡散が核の連鎖を引き起こすおそれや、核兵器がテロ組織に渡ることも危惧されている。

 これまで米国は世界で圧倒的なパワーを誇るとともに、「グローバル・コモンズ」と呼ばれる国際公共空間をコントロールし、世界各国に公海の自由航行を保障してきた。米国の絶対的な優位はこれからも変わらないが、一方で、その威信や相対的な影響力が低下するのではとの議論もあり、もし米国のコミットメントが減ることになれば、世界や地域の安全に大きな影響が及ぶ。米国のアジア太平洋地域へのコミットメントの強い意志にかかわらず、それが低下するという認識が広まることによって、地域が不安定になることや日米同盟の抑止が低下することも懸念される。

 今後も協調的な国際システムを維持するためには、新興国がシステムを支える側に回るよう促すことが重要である。また、米国に加えて、EU 諸国や日本など主要国が共同で国際的な問題の解決にあたる必要がある。



(3)日本周辺の安全保障環

 境北朝鮮は核・ミサイル開発を継続しており、世界の平和と安全に対する脅威である。日本にとっては、核・ミサイルに加え、北朝鮮の特殊部隊による破壊工作なども大きな脅威となる。北朝鮮の体制は先行き不透明であり、体制の崩壊の可能性もある。中国はさまざまな面での急速な変化を遂げているが、日本にとって好ましい変化も少なくない。日中間では、経済協力にとどまらず、「戦略的互恵関係」を確立する努力が続けられている。一方、中国の軍事力の急速な増強は、その意図と規模が不透明であるため、地域と日本にとって懸念される変化となっている。日本としては、中国が責任ある大国となる道を自ら選択することを期待するとともに、そのための環境を整備する必要がある。

 ロシアはG8 のメンバーであり、かつアジア太平洋地域の安全保障に影響を与え得るプレーヤーである。その軍事力は、冷戦時代に比べ活動水準は大幅に下がっているが、その潜在能力は高い。日ロ間には領土問題が存在するが、周辺の安全保障環境を改善する上で、地域における日ロの信頼関係を充実させることは重要である。

 アジア太平洋地域では、米国を軸にした2国間同盟の束が域内の安全と秩序を担保してきたが、地域安全保障枠組は依然として弱体である。このため、テロや感染症などの個別課題についての協力を地域的な安全保障面での協力に結びつけていく必要がある。

 歴史的にも地理的にも関係の深い韓国との関係については、近年進展を見せる安全保障上の協力がさらに深化することが期待される。



第3節 多層協力的安全保障戦略

 「多層協力的安全保障戦略」は、日本の安全の確保、脅威の発現の防止、国際システムの維持・構築という3つの目標の実現をめざして、日本自身の努力、同盟国との協力、地域における協力、国際社会との協力という4つのアプローチを組み合わせるものである。

 16大綱時と比較して、自由で開かれた国際システムへの脅威が増加し、これを支えきた米国の影響力に変化が見られる。また日本が多くの安全保障上の問題を地域と共有する一方で、アジア太平洋地域には未だ欧州のような実効性ある地域安全保障枠組が存在しないことから、新たな目標として、国際システムの維持・構築、新たなアプローチとして地域における協力を加えた。この3つの目標は重複している部分も多く、また現在の安全保障環境の特徴として、地理的概念が希薄となり、平時と有事の境界が曖昧になっている。このため4つのアプローチを重層的に、シームレスに連携し機能させていくことが重要になる。


(1)日本の安全―日本に対する直接的な脅威・問題への対応

 種類も質も異なる様々な脅威が、日本に直接及ぶのを防ぐため、ハードウェア、ソフトウェアの両面を用い、事態にシームレスに対応する必要がある。そのための手段として、脅威・リスクの優先順位を明確にし「多機能弾力的防衛力」を整備していくこと、核・弾道ミサイルの脅威に対して、核やその他の打撃力などによる抑止を重層的に組み合わせること、戦略面、戦術面で共通目標を設定しつつ米国との同盟関係を強化することがあげられる。日米関係については、米国にリードされるだけではなく、日本の安全確保を含め、日本自身が主体的に取り組みつつ、日本単独では解決・対処できない問題について米国と協力することが重要である。

 また、北朝鮮の核・ミサイル開発の放棄を外交的に達成するため、国連制裁決議の実行、関係国への外交的働きかけなど重層的に取り組むべきである。国際テロを制するためには法執行機関を中心とした取締り活動の長期的な継続が必要となる。

 離島・島嶼、領海への侵入、大規模災害等の脅威に対応するには、国内各機関が連携した統合的アプローチが重要となる。また、独自に情報収集、分析、政策決定を行うための情報機能や、文民統制を強化し、自衛隊を積極的に活用して政治目標の実現を図ることなども重要となる。



(2)脅威の発現の防止

 「脅威の発現の防止」とは、脅威の「種」に働きかけることにより、現実の脅威になるのを防ぐことを意味する。この目標の達成には、相互理解の増進など間接的な手法も用いなければならない。

 アジア太平洋地域の安定のためには地域における米軍のプレゼンスとコミットメントの維持が重要であり、米軍再編計画の着実な実施、日米同盟の変革を推進するとともに、国際平和協力活動や多国間演習を通じて、日米両国が協力して地域の安全保障環境を安定的なものにする必要がある。

 地域の諸問題が不安定要因にならないよう、各国が相互に信頼関係を深めるべきである。そのためには行動規範を作るなどの制度化が有益であるが、海洋の安全保障の分野では日本も貢献してきており、今後もこれを推進すべきである。地域の安全保障に関して、日本は米国の同盟国である韓国や豪州と多くの問題意識を共有していることから、韓・豪両国との関係を強化、連携して、地域の安定に貢献していくべきである。

 いったん破綻国家となった国に対しては、国家再建に至るまでの包括的な支援が必要である。日本は紛争終結直後の段階から平和構築に関与することが求められている。国連PKO へのより積極的な参加も必要である。また、大量破壊兵器の拡散を防止するための武器管理レジームの強化、核軍縮に向けた取り組みにも、今後、日本は積極的に関与する必要がある。

 周辺諸国との信頼醸成に努めることは、日本の安全保障のレベルを上げることとなる。防衛交流を軍事力による抑止と両輪の関係ととらえ、積極的に推進すべきである。同時に、防衛力の実効性を高めつつ、外交力、経済力、文化の魅力など、日本のさまざまなパワーを組み合わせた新しい「総合安全保障」をめざすべきである。



(3)国際システムの維持・構築

 日本が希求する世界を実現するためには、現在の自由で開かれた国際システムを維持することが好ましい。同時に、これまでの国際システムが十分対応できないトランスナショナルな課題について、補完的なシステムを構築して対応することも日本の課題である。この際、いわゆる歴史認識の問題が日本の対外的な取り組みを妨げることがないよう努める必要がある。

 国際システムの維持・構築との目標を実現させるためには、様々な取り組みを重層的に進めなければならない。日本は、国連機構改革の実現に積極的に取り組む必要がある。また、日本が国連の意思決定に深く関わるためにも、国連安保理常任理事国になる必要がある。日本人の国際機関への積極的な参画も望まれる。

 アジア太平洋地域に包括的な地域安全保障協力枠組を構築することは容易ではないが、実行可能な分野から協力を進める必要がある。地域の安定のため、中国を建設的なメンバーとして地域の枠組に統合することが重要である。枠組づくりに向け、まずは米国の同盟国・友好国のネットワーク化を進めるとともに、日韓の協力を強化すべきである。米国との同盟の実効性の維持を前提としつつ、長期的には紛争解決機能を持つ強固な枠組の構築が必要である。ARF に加え、ASEAN+3、日印協力、G20メンバー国との連携などにより、多層的な地域枠組を形成していく必要がある。また、災害救援の分野での協力体制の組織化も進めるべきである。

 日本は、米国と協力し、経済、金融面などから国際システムを支えてきた。今後はさらに、他の国とも協力し、グローバル・コモンズの安全について米国が担ってきた役割を補完する必要がある。また、日米を始め核(コア)となる数カ国が迅速に意思決定し行動できる組織体(コアグループ)を新たに形成することも必要である。



第二章 日本の防衛力のあり方



第1節 防衛力の役割

[1]日本及び日本周辺における事態の抑止・実効的対処

 平時と有事の間のグレーな領域における事態が焦点になりつつあること、事態の生起までの猶予時間が短くなっていることなどから、今後は、平素からの活動を通じた「運用による抑止」(動的抑止)を重視する。また、自衛隊の部隊は事態の進展にシームレスに対応せねばならず、そのためのハードウェア、ソフトウェアの更なる充実が必要である。日本に対する侵害が生起した場合には、防衛力によって排除する必要がある。想定し得る事態に実効的に対処可能な防衛力を着実に整備しなければならない。

 北朝鮮の弾道ミサイル脅威に対しては抑止が最も重要であり、核による報復的抑止については米国に依存するが、その他の打撃力による抑止については、主として米国に期待しつつ日本も作戦上の協働・協力を行う必要がある。ミサイル防衛による対処や被害局限も、抑止の一環となる。重層的に構成される抑止を実効的に機能させるためには、日米の連携が重要である。また、ミサイル対処能力として、現在計画中のミサイル防衛システムの整備を着実に進めつつ、新型迎撃ミサイルの日米共同開発を促進すべきである。敵基地攻撃能力などについては、日米共同対処を前提としつつ、日本として適切な装備体系などを検討する必要がある。また、情報収集手段については、日米で相互補完できるような機能を構築すべきである。

 北朝鮮の特殊部隊や国際テロ組織による工作活動については、兆候を察知するとともに、すみやかに対処する必要がある。自衛隊は、法執行機関を支援しつつ、事態が生起した場合は、重要施設の防護などに中心的役割を担うべきである。周辺海域の領土をめぐる意見対立や、排他的経済水域の画定に関する未確定の問題については、常続的警戒監視を行うとともに、作戦能力の質的優位を保つことが必要である。また、島嶼部への部隊の新たな配置を検討するとともに、緊急展開能力の向上を図るべきである。

 自然災害の多い日本の特性を踏まえ、自衛隊は、国内の大規模災害に際して重要な役割を担うべきである。また、地域の防災能力の低下などが見られる中、自衛隊が安心・安全の基盤として、地域との連携を強化すべきである。現下の国際情勢においては本格的な武力侵攻が生起する可能性は低い。他方、こうした事態への備えは、独立国として本来保有すべき機能である。将来の予期しない情勢変化に備えて、必要最小限の能力を維持すべきである。


[2]地域的な環境・秩序のいっそうの安定化

 日本周辺地域における中国、ロシアの活動量の増大に注視していく必要があることから、ISR 活動(情報収集・警戒監視・偵察活動)により周辺各国の軍事動向を正確に把握し、日本側の情報優越を確立するべきである。

 防衛交流に関し、近年、共通課題の解決に向けた国際協力が重要視されている。海洋の安全保障などへの日中両国の協力は、地域全体にとっても好ましい影響を及ぼす。また、韓国、豪州と、地域の様々な課題に率先して取り組む必要があり、情報分野や後方支援分野での両国との協力について具体化を図るほか、国際平和協力活動に関し両国と協力できる地域へは、日本も積極的に部隊を派遣することを検討すべきである。

ASEAN などの地域的安全保障枠組における安定化のための努力に貢献すべきである。とくに、人道支援、災害救援などの多国間共同訓練を適切に支援すべきである。


[3]グローバルな安全保障環境の改善

 国際テロに対する取り組みは日本にとって重要な課題であり、インド洋における海上阻止活動への支援を含め、長期にわたって対応すべきである。

 破綻国家の再建などに関し、自衛隊は、人道・復興支援に加え、文民の防護や治安維持機能向上のための支援に重点を置くべきである。また、PKO への積極参加のための条件整備も進める必要がある。今後災害救援の重要性が高まる可能性があることから、国際緊急援助活動も重要である。

 その他、大量破壊兵器やミサイルの拡散を防ぐためのPSI(拡散に対する安全保障構想)などの取り組みに自衛隊を積極的に従事させるべきであり、また、NATO や欧州諸国などとの交流・協力を積極的に進めていくべきである。



第2節 新たな防衛力の機能と体制

(1)防衛体制構築の指針

 国民の安全確保に関する防衛力の役割は近年さらに拡大し、また、法執行活動に従事することも要請されている。海外においても、非軍事的活動への従事、長期間に及ぶ活動の持続などを求められる。今日の防衛力は、多種多様な任務に従事可能な「多機能」性を持ち、突発的な危機にも迅速・的確に対処し得る「柔軟な」運用が可能なものへと発展するべきであり、自衛隊には更なる体制変革が必要である。

 また、部隊、隊員に求められる能力が高度化・専門化していることなどから、部隊が平素からの編制を維持したまま事態に対処する必要があり、平時から部隊の定員に対する充足率を高く保つべきである。

 体制変革に際しては、優先順位を明確にし、効率的な経費使用を行いつつ、必要な装備・人員を確保し、それを運用し得るよう、政府全体の中で適切に資源配分を行っていくことが必要である。



(2)防衛力の機能発揮のための共通の要請

 量よりも質に配意するとともに、ソフトウェアを重視し、より費用対効果の高い防衛力を構築していくべきである。そのための共通的な要請としては以下のとおりである。

・情報優越の獲得:ISR 活動に従事する航空機、艦艇などの整備とネットワーク化を進める必要がある。宇宙空間も効率的・効果的に利用することが適切である。

・指揮通信(C4)機能と情報セキュリティ機能の充実:事態の進展へのシームレスな対応や、国際平和協力活動の強化のための基盤として整備すべきである。

・高度な科学技術力の活用:量に着目するのではなく、軍事技術の趨勢を踏まえ、防衛力の質を高めることが必要である。

・日本の地理的条件への考慮:機動力を向上しつつ、離島をISR 活動などにおける利点として活用することにも着意すべきである。



(3)統合運用の強化と更なる統合の拡大

 統合幕僚監部への運用機能の一元化による教訓も踏まえ、統合運用能力をいっそう高める必要がある。また、統合運用に資する教育訓練や部隊編成の手法を確立すべきである。さらに、統合幕僚監部が作戦面からの優先順位を判断し、防衛力整備について意見具申する権限を持つことが必要である。



(4)日米同盟の強化に資する防衛力整備

 緊急事態における日米の役割と任務の分担が具体化されることは、日米の能力の相互補完を検討する基礎となる。日本の防衛力を構築するに際しては、米国との役割・任務の分担や日米間の相互運用性の向上の観点が重要である。



(5)国際平和協力活動の強化のための体制整備

 国際平和協力活動が本来任務化されたにもかかわらず、近年の参加実績は十分な水準とは言えず、日本はより積極的に参加していく必要がある。大規模かつ多様化したミッションに常時複数箇所へ部隊を派遣することが可能な態勢を確保すべきである。



第3節 防衛力を支える基盤

(1)人的基盤(少子化への対応など)

 自衛隊は、人的基盤に関し、少子化と階級・年齢構成という2つの問題を抱えている。少子化への対応としては、女性自衛官の積極的な採用・登用、長期安定的な雇用形態への移行が必要である。年齢構成の是正のため、曹クラスから幹部への部内登用について抑制的に見直すとともに、曹クラスの隊員の動機付けと活性化を図ることが望ましい。早期退職制度の導入についても検討すべきであり、それを機能させるための政府全体による再就職支援も重要である。また、プロフェッショナリズムの確立も重要である。



(2)物的基盤(防衛生産・技術基盤)

 今日、装備品の高価格化が進む一方、防衛関係費は過去数年間逓減傾向にある。各先進国では、国際共同開発への参加が進んでいる。日本の防衛生産・技術基盤が、このような外部環境の変化に耐えられるかどうか、試練の時期を迎えている。

 IPT(統合プロジェクトチーム)の推進などの調達改革を引き続き着実に実行していくことに加え、国として重点的に維持・発展させるべき防衛生産・技術基盤についての包括的な防衛産業政策を明確化するなどにより、コストを抑制しつつ優れた装備品を調達し得る防衛生産・技術基盤の実現をめざすべきである。また、国際共同開発に積極的に踏み込むことが必要である。



(3)社会的基盤(国民の支持と地域との協力)

 これまで日本では、安全保障や防衛に関し、平素からの議論が忌避され、問題が生じた時には冷静な議論が行えない傾向があった。日本の安全保障政策の様々な側面に関して、広く議論がなされるべきであり、そのための正確な情報提供も重要である。

 自衛隊による災害派遣や民生協力には国民や地域住民の期待が高い。今日、部隊の展開能力の向上により、平時における部隊配置を柔軟に考えることが可能になってきており、部隊配置の決定に際し、日常の訓練のしやすさや地域社会との連携の強さをも考慮すべきである。

 自衛隊に対する国民の理解や支持、地域住民の協力は、防衛力を構成する重要な要素であると再認識すべきである。



第三章 安全保障に関する基本方針の見直し



第1節 安全保障政策に関する指針について

 「国防の基本方針」は、策定から50年以上の間、修正されることがなく、日本の現実の安全保障政策を決定する上での十分具体的な指針とはなり得ていない。

 また、(ア)専守防衛、(イ)他国に脅威を与えるような軍事大国にならない、(ウ)文民統制を確保する、(エ)非核三原則、の4つの方針が「防衛政策の基本」であるとされてきた。これらには「歯止め」としての意義はあったものの、「日本は何をするのか」についての説明としては不十分である。また、「文民統制」や、「軍事大国にならない」との方針は引き続き重要だが、安全保障環境の変化により、世界の現状は、従来、「専守防衛」で想定していたものではなくなっている。

 安全保障政策の基本方針を定めて内外に示すとともに、専守防衛など、日本の基本姿勢を表す概念についても今日の視点から検証すべきである。



第2節 国際平和協力活動に関する方針・制度について

 近年の国連PKO への日本の参加は低調であり、積極的参加を実現するには、PKOの派遣を判断する法的・政策的基準について見直す必要がある。

 現在の法的基準である参加5原則については、「紛争当事者」の範囲についての考え方や、武器の使用のあり方について見直す必要があり、参加5原則及び表裏一体の関係にある現国際平和協力法を改正すべきである。また、政策的基準としては、正統性、安全確保、日本に相応しい能力発揮について評価し、日本の国益に合致するか否かを判断すべきである。

 また、国際平和協力活動の実施のため個別の特別措置法制定により対応することには問題があり、国際平和協力により積極的に取り組むための恒久法の早期制定が必要である。

 さらに、国際平和協力が「国際紛争の一環としての武力の行使」に当たると理解されるべきではないこと、および、「一体化論」が実態と乖離しており是正すべきことを提言した「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」の報告書の結論が今後の法制度の中で活かされるよう期待する。



第3節 弾道ミサイル攻撃への対応に関する方針について

 弾道ミサイル攻撃からの防衛には、報復的抑止力について米国に依存する一方、ミサイル迎撃や被害局限など、自らの役割を果たすべきである。

 安保法制懇談会では、米国に向かう弾道ミサイルの迎撃や、日米の共同活動時の米軍艦船の防護について提言を出した。本懇談会は、この提言を支持する。

 北朝鮮の弾道ミサイルの性能向上により、日米は共通の脅威にさらされており、米国に向かうミサイルを迎撃することは日本の安全のため必要である。従来の集団的自衛権に関する解釈を見直し、迎撃を可能とすべきである。

 また、ミサイルの警戒にあたる米軍艦船について自衛隊艦船が防護をし得ないとすれば、日米同盟の信頼性の低下を招き、日本の安全を大きく損なうおそれがある。このような場面において自衛隊が防護できるよう、集団的自衛権に関する解釈の見直しも含めた適切な法制度の整備が必要である。



第4節 武器輸出三原則等について

 欧米諸国は、国際的な分業により先進的な技術や装備品を取得しようとしている。武器輸出三原則等の制限によって日本がこのような枠組に参加できない場合、国際的な技術の発展から取り残されるリスクが高まっている。また、米国からライセンスを受けて国内で生産する装備品等の米国への輸出を可能とすることは、日米協力の深化にもつながるものであるが、現状では武器輸出三原則等が足かせとなっている。

 政府は武器輸出三原則等に関し、2004年以降、テロ対策に資する装備など一定の案件について「個別検討の上、結論を得る」としたが、個別検討方式は、事実上、入り口段階でのハードルになっている。

 このような課題に対応できなければ、日本の防衛力の低下が懸念される。本来は新たな政策方針を定めることが適切である。政策方針ができるまでの間、現行の枠組が維持される場合にも、最低限、個別の課題について、厳格な管理が確保できることを前提に、武器輸出三原則等によらないこととすることが適当である。



第5節 新たな安全保障戦略の基盤について

(1)官邸機能の強化

 安全保障政策を統合的に実施するため、官邸の司令塔としての機能強化が重要となる。「国家安全保障に関する官邸機能強化会議」、「防衛省改革会議」において提言された施策はまだ十分に実施されていない。現行制度の範囲で実施可能な施策については早期に実施する必要がある。また、安全保障に関する閣僚級の会議体を支える恒常的な事務局を創設することについても、引き続き検討すべきである。



(2)情報機能と情報保全体制の強化

 近年の情報ニーズの広がりに的確に対応するため、ヒューミント(対外人的情報収集)、情報収集衛星の機能、外国との情報協力・情報保全の枠組、オシント(公開情報収集)の基盤などの強化・充実などに努めるべきである。

 強固な情報機能は強固な情報保全の枠組みによって支えられる。国の重要な秘密の管理について定める統一的な法制を速やかに整備するほか、コンピュータ・ネットワークを介した不法アクセス・情報流出対策などを強化する必要がある。



(3)国会による文民統制の強化

 「55年体制」といわれた時代、国会における論戦には、戦略的な議論や自衛隊の能力を積極的に活用しようという発想が不足していた。国会が、実質的な政策論議を通じて安全保障政策の指針を示すことが重要であり、そのことが国会による文民統制の強化につながる。このため、国会における秘密会のあり方や秘密保護のルール化についても検討されることが望ましい。



{文中の[1]はマル1、[2]はマル2、[3]はマル3、[4]はマル4、[5]はマル5、[6]はマル6、[7]はマル7}



*1* 「人間の安全保障」は、国家安全保障に対比して生まれた概念で、人間一人ひとりの安全を保障することを目的にする。1994年に国連開発計画(UNDP)が初めて提唱した。その背景には、グローバル化の進展や内戦や地域紛争の勃発に伴い、1国家が個人の安全を十分に確保できない状況が生じていることがある。また、国家そのものが個人の安全を侵しているケースもある。人間の安全保障のためには、紛争と開発の両面から生じる人間の安全保障の問題に包括的に取り組むことが必要だとされており、個人の餓えと恐怖からの保護をめざす。日本政府は1998年から、人間の安全保障の重要性を提唱し、取り組んでいる。2003年の「人間の安全保障委員会」報告書(緒方貞子、アマティアス・セン共同議長)は、紛争の危険や武器拡散からの人々の保護、移動する人々の安全保障の推進、最低限の生活水準の保障、基礎保健サービスの完全普及、普遍的な基礎教育の完全実施などを提言している。

*2* 国際社会は人道的な見地から、これら内戦型の紛争解決に取り組んできたが、国益と密接な関係が見出しやすい地域と明確な関連がない地域では支援の程度に差があり、また国際社会による関与から取り残された国や地域では、人権抑圧的な状況が生じている。2005年9月に採択された国連首脳会合成果文書では、各々の国家及び国際社会が、さまざまな手段を通じて、大量殺戮、戦争犯罪、民族浄化及び人道に対する犯罪からその国の人々を保護する責任を負うとのいわゆる「保護する責任(Responsibility to Protect:R2P)」の考え方が確認された。しかし、状況は未だ十分には改善されてはいない。

*3* 例えば、アフガニスタンの地方復興チーム(PRT)において、軍は、アフガニスタン治安当局の活動の支援等を行いつつ、治安の悪い環境のなかで活動する政務部門などの文民を保護している。また民生安定のための即効性のある復興支援事業を行うなど、民生分野での貢献や民軍協力も拡大している。

*4* 冷戦時代、米ソは対立していたが、核軍縮・軍備管理の交渉を通じて、互いの意図がある程度確認できる状態に至った。しかし、冷戦後、核開発を進めた国の多くは、抑止が成立する要件(抑止する側の能力と意図が正しく理解され、状況に関する認識を共有している、という条件)を満たさない国家である。また、テロ組織など領土を持たない非国家主体に核兵器が渡ることになれば、報復する地理的な対象が存在しないため、抑止は非常に困難になる。

*5* 「グローバル・コモンズ」という概念は、世界中の国が行き来するのに用いる国際公共空間のことで、現在では、公海と排他的経済水域とそれらの上空の空域を指す。このコモンズを支配する(「コマンド・オブ・ザ・コモンズ」)とは、どの国にもアクセスは認めるものの、アクセスを拒否する能力も持っていることを意味する。かつての大英帝国が7つの海を支配していたように、現在では米国がコモンズを支配していると同時に、世界中の国に対してその使用を保障していると考えられている。

*6* とくに、F-15など日本の主力戦闘機と同レベルのいわゆる第4世代戦闘機の拡充が著しい。ロシアからSu-27、Su-30戦闘機の導入・ライセンス生産を行っているほか、国産のJ-10戦闘機の配備も進めている。海軍は、静粛性に優れた潜水艦や防空・攻撃能力の高い水上艦艇を取得したほか、空母への関心も明らかにしている。このほか、陸上戦力の機械化、IT化を進め、機動力の向上を図っている。

*7* 日本周辺での活動について、スクランブル発進件数では、他の国に比べて、ロシアの活動は近年多いが、ピーク時に比べると、その水準は低い。ただし、原子力潜水艦によるパトロールや爆撃機、哨戒機による警戒飛行が再開されるなど、その活動には変化の兆候が見られ、領空侵犯事案なども実際に起こっている。

*8* 戦略とは推進すべき目標に対して持てる手段を適切に組み合わせて、その実現を図る総合的な方策を示すものである。目標と手段は鎖のようにつながっている。推進したい目標は多くあっても手段は無限ではないので、目標に優先順位をつけたり、場合によっては一部の目標を修正することも必要となる。つまり、新しい国際環境の下で新しい戦略を考えるということは、安全保障目標を特定し、その実現のためにどのような手段をいかなるアプローチで実施していくかを考えることになる。

*9* 安全保障のジレンマとは、自国の安全を高めるために各国がそれぞれの軍事合理性に基づいて防衛力整備を行うと、これを見た他国がさらにそれに備えて防衛力を整備し、攻撃的な意図の有無にかかわらず、両国にとって安全保障のレベルを下げてしまうジレンマのことをいう。安全保障のジレンマは、兵器の特性から攻撃用か防御用かの見分けがつきにくい場合や、ミサイルなど攻撃側に有利な技術が発達している攻撃優位の時代、過去の経緯などから国家間に不信感が存在する時に激化すると考えられている。

*10* 1976年の防衛計画の大綱(51大綱)が提示した概念。当時米ソ間の緊張緩和が進んだことなどを背景に、特定の脅威を想定せず、独立国として保有すべき必要最小限の防衛力の水準を示した。

*11* 「基盤的防衛力構想」の有効な部分とは、日本の防衛力が、日本に対する軍事的脅威に直接対抗するものではないこと、日本への侵略を未然に防止するため、周辺諸国の軍備の動向など日本が置かれている戦略環境や地理的特性などを踏まえた防衛力を保持するという点だと考えられた。

*12* 抑止の目的は、侵略者の攻撃を拒否すること、あるいは罰する用意があることを示して、攻撃を思いとどまらせるのを目的とする。抑止には、拒否的抑止と報復的抑止がある。「攻撃しても守りが堅いから成功しない」と示すのが拒否的抑止で、「攻撃したら仕返しがある」と脅して思いとどまらせるのが報復的抑止である。攻撃と防御が軍事力の使用を伴うのに対して、抑止は必ずしも軍事力の使用を伴わない。攻撃を止める手段は軍事力の潜在的な行使である。抑止が成立する要件として、[1]挑戦する側が得られると期待する利得よりも大きなコストを強いる能力を抑止側が保有していること、[2]その能力を行使する意図が存在していること、[3]抑止する側の能力と意図が挑戦側に伝達されて正しく理解され、状況に関する認識を共有できること、などが挙げられている。

*13* 1979年、大平総理大臣の委嘱により発足した「総合安全保障研究グループ」は、国際関係、エネルギー・食糧供給、大規模地震対策など多岐にわたる問題について検討し、翌1980年、報告書をまとめた。

*14* 2008年1月、福田総理が国会における施政方針演説の中で、世界の平和と発展に貢献する「平和協力国家」として、国際社会において責任ある役割を果たしていく考えを表明した。

*15* 国連加盟国がPKOに提供可能な要員の種類、規模等を予め通報しておくことにより、国連PKO局から各国への協力打診の迅速化・円滑化を図るために設けられた制度。1994年の制度発足後、現在までに88カ国が登録済みであり、日本は2009年7月に登録。

*16* 佐藤政権下の昭和45年に防衛庁(中曽根長官)が作成した「日本の防衛」で、「わが国の防衛は、専守防衛を本旨とする」と説明された。

*17* UNDOF 司令部要員3名、派遣輸送隊43名、UNMIN 軍事監視要員6名、UNMIS 司令部要員2名。これ以外にも連絡調整要員6名を派遣。

*18* 国連の統計上は、カナダ176人、フランス1,879人、ドイツ282人、イタリア2,690人、日本39人、ロシア328人、英国283人、米国93人。(2009年6月現在) ここには、国連安保理決議に基づくPKOではない国際活動への参加人数は含まれない。参考としてISAF(国際治安支援部隊)への参加人数はカナダ2,830人、フランス2,780人、ドイツ3,380人、イタリア2,350人、英国8,300人、米国28,850人。(2009年6月15日現在)

*19* 2008年3月、PKO の性質や任務についてまとめた「国連PKO:原則と指針」(いわゆるPKO キャップストーン・ドクトリン)と題する文書を公表した。

*20* 通常兵器及び関連汎用品・技術の責任ある輸出管理を実施することにより、地域の安定を損なうおそれのある通常兵器の過度の移転と蓄積を防止することを目的として、1996年7月に成立した新しい国際的申し合わせに基づく国際的輸出管理体制。