[文書名] 経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する基本的な方針(基本方針)
はじめに
政府は、令和2年4月、経済安全保障上の課題について、俯瞰的・戦略的な政策の企画立案・総合調整を迅速かつ適切に行い、必要な取組を推進するため、内閣官房国家安全保障局に経済班を設置した。その後、令和3年11月、政府は、経済安全保障推進会議において、多岐にわたる経済安全保障上の主要課題のうち、法制上の手当てを講ずることによりまず取り組むべき分野として、①重要物資や原材料のサプライチェーンの強靱化、②基幹インフラ機能の安全性・信頼性の確保、③官民が連携して重要技術を育成・支援する枠組み、④特許非公開化による機微な発明の流出防止の4分野を提示し、それらについて専門家による検討を行うために「経済安全保障法制に関する有識者会議」を設置した。令和4年2月にこの有識者会議によって取りまとめられた提言に基づく法律案が国会に提出され、国会における審議を経て、同年5月11日に「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律」(令和4年法律第43号。以下「法」又は「本法」という。)が成立した。
本法第2条第1項は、政府が、経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する基本的な方針(以下「本基本方針」という。)を定めることとしている。
これは、安全保障を確保するための経済施策は多岐にわたるものである中、本法で創設された4つの施策を始めとする種々の施策について、これを全体として適切に機能させるため、これらの施策に通ずる基本的な事項をあらかじめ明示することとし、もって、上記4つの施策ごとの基本指針を定める前提とするとともに、経済活動を行っている事業者等を始め国民全体の理解と協力にも資することとするものである。
すなわち、本基本方針は、本法で創設された4つの施策を含む安全保障の確保に関する経済施策を、本法に基づき総合的かつ効果的に推進するために、これを定めるものである。
第1章 経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する基本的な事項
第1節 基本的な考え方
国境を越えた経済活動の活発化によって世界経済が成長する中、これまで我が国は、自由で開かれた経済を原則として、民間活力による経済発展を続け、国民の暮らしを豊かなものとしてきた。
しかしながら、近年、厳しい安全保障環境や地政学的な緊張の高まりといった国際情勢の複雑化に加え、グローバリゼーションの進展やテクノロジーの発展、産業基盤のデジタル化・高度化といった社会経済構造の変化等に伴い、サプライチェーン上の脆弱性の顕在化、基幹インフラ事業に対するサイバー攻撃等の脅威の増大、先端技術を巡る覇権争いの激化といった課題が顕在化している。
こうした状況を放置すれば、その態様及び程度によっては、国としての基本的な秩序の平穏を害する事態、とりわけ我が国の独立と平和、国民の生命等が害される事態にまで発展しかねないことから、経済活動に関して行われる国家及び国民の安全を害する行為を未然に防止する重要性が増大している。
このように、安全保障上の観点から国家として守るべき対象が経済分野にまで広く及ぶようになり、また、安全保障を確保するための手段についても、従来の外交・防衛といった手段はもとより、経済上の措置を用いて対処することの必要性が増している。現に諸外国でも、産業基盤強化の支援、先端的な重要技術の研究開発、機微技術の流出防止や輸出管理強化等の施策の推進・強化が進められている。
すなわち、安全保障の裾野が経済分野へ急速に拡大する中で、国家及び国民の安全を経済面から確保することが喫緊の課題となっている。
そこで、これまでのように自由で開かれた経済を原則とし、民間活力による経済発展を引き続き指向しつつも、国際情勢の複雑化、社会経済構造の変化等に照らして想定される様々なリスクを踏まえ、経済面における安全保障上の一定の課題については、官民の関係の在り方として、市場や競争に過度に委ねず、政府が支援と規制の両面で一層の関与を行っていくことが必要である。 *1* *2*
その上で、今後の施策の推進に当たっては、①国民生活及び経済活動の基盤を強靱化することなどにより、他国・地域に過度に依存しない、我が国の経済構造の自律性を確保すること(自律性の確保)、②先端的な重要技術の研究開発の促進とその成果の活用を図ることなどで、他国・地域に対する優位性、ひいては国際社会にとっての不可欠性を獲得・維持・強化すること(優位性ひいては不可欠性の獲得・維持・強化)、③国際秩序やルール形成に主体的に参画し、普遍的価値やルールに基づく国際秩序を維持・強化すること(国際秩序の維持・強化)に向けた取組が必要であり、それらの実現に向けて安全保障の確保に関する経済施策を総合的かつ効果的に推進していく必要がある。
第2節 安全保障の確保に関する経済施策の実施に当たって配慮すべき事項
(1) 自由かつ公正な経済活動との両立
我が国は、自由で開かれた経済を原則として、事業者等の各主体による自由かつ公正な経済活動により、経済発展を続けてきている。この経済発展は、倫理観と責任感を伴うこれら事業者等が、自らの判断に基づき事業活動等を行ってきた結果である。もとより経済発展は、安全保障の確保にとっても重要な要素である。そのため、安全保障の確保に関する経済施策の実施に当たっては、このような自由かつ公正な経済活動を前提に、各主体の事業活動等を過度に制約せず、かつ、健全な競争環境や経済的合理性に基づくイノベーションや効率性を毀損しないよう配慮する必要がある。
特に、政府の関与が規制という形をとる場合は、本来自由な経済活動に対する政府による関与は安全保障を確保するため合理的に必要と認められる限度で実施するとともに、このような規制対象となる主体が、規制による想定外の不利益が及ぼされる可能性に委縮し、本来予定していた経済活動を過度にためらうことのないよう、規制の対象範囲や考え方をあらかじめできる限り明確にすることなどによって、このような政府の関与について各主体が十分に予見できるようにする必要がある。また、我が国の事業者等が過度の規制により国際競争上不利な環境に置かれることのないよう配慮する必要がある。
このようにして、安全保障の確保と自由かつ公正な経済活動との両立が十分に図られるようにする必要がある。
(2) 国際協調主義
自由、民主主義、人権、法の支配といった普遍的価値や原則を重視する我が国としては、安全保障の確保に関する経済施策を実施するに当たっても、内外無差別の原則等との整合性を含め、WTO協定等の我が国が締結した条約その他の国際約束の誠実な履行を妨げることがないよう留意することは当然である。
また、こうした基本的価値やルールに基づく国際秩序の下で、同盟国・同志国との協力の拡大・深化を図ることも重要である。
(3) 事業者等との連携
安全保障の確保に関する経済施策を総合的かつ効果的に推進していくためには、政府がその役割を果たすことはもとより、実際に経済活動を行っている事業者等を含む国民全体の理解と協力が不可欠である。すなわち、経済活動における様々な場面において、技術力の維持・向上及び技術流出の防止を始め、安全保障上の視点も踏まえた自発的な行動に努める事業者等が増えていくことによって、政府の措置と合わせて、経済面から国家及び国民の安全が確保されることが重要である。また、地方公共団体は、住民の生活及び経済活動の基盤である水道、鉄道等の役務を提供していることに鑑みると、地方公共団体からの理解と協力も同時に必要となる。
そのため、政府は、自由かつ公正な経済活動との両立の観点も踏まえながら、他方で、これらの事業者等による自発的な行動を促進するため、第4章でも触れるように、本法や本基本方針等の趣旨や政策内容等について周知・広報及び情報共有を行うこと等に努める。こうした取組と併せ、施策の立案・実施の過程においては、平時から現場の最新の情報を収集・分析しておくことが重要であり、そうした観点からも、政府は、これらの事業者等との間で必要なコミュニケーション・連携を図っていく必要がある。
第2章 4施策の一体的な実施に関する基本的な事項
第1節 4施策の一体的な実施に当たっての留意事項
経済活動に関して行われる国家及び国民の安全を害する行為が複合的に生じ得る中、その行為の対象となる経済活動が多岐にわたり、その経済活動に関する制度を所管する行政機関が異なることから、このような脅威に有効に対応するためには、それぞれの経済施策を一体的に講ずることが必要である。
そのため、政府が本法において創設された4つの制度(特定重要物資の安定的な供給の確保、特定社会基盤役務の安定的な提供の確保、特定重要技術の開発支援、特許出願の非公開)に関する経済施策(以下「4施策」という。)を講ずるに当たっては、我が国の安全保障に関する外交政策、防衛政策及び経済政策の重要事項等を担う国家安全保障局並びに本法の実施等を担う内閣府の経済安全保障推進部局が平素から情報を共有して密接に協力し、政府全体の見地からの連携を図る観点から、4施策が過不足なく講じられるとともに、各施策の方向性を違えることで関係する事業者等に混乱を生ずることがないように留意するなどして、施策間の一体性・整合性を確保する。
第2節 規制措置の実施に当たっての留意事項
4施策に含まれる規制措置は、法第5条に基づき、経済活動に与える影響を考慮し、安全保障を確保するために合理的に必要と認められる限度において行わなければならない。その際、経済成長に及ぼす影響に配慮するとともに、経済主体の経済活動における自主性を尊重し、経済主体間の適正な競争関係を不当に阻害することのないよう、規制措置ができる限り必要最小限度のものとなるよう努めるものとする。
第3節 基本指針及び政省令を定めるに当たっての留意事項
政府は、法第6条第1項、第49条第1項、第60条第1項及び第65条第1項に基づき、それぞれ安定供給確保基本指針、特定社会基盤役務基本指針、特定重要技術研究開発基本指針、特許出願非公開基本指針(以下「基本指針」という。)を定め、又は、支援及び規制の対象等の基本的事項について定める下位法令を制定するに当たっては、以下の事項について留意する。
① パブリック・コメント制度を利用し、広く意見・情報を募集する。これとともに、事業者や経済団体、学識経験者、関係行政機関等、各施策に関し知見を有する者の意見を十分に聴くため、有識者会議*3*を設置し、また、各方面からのヒアリング等も幅広く行いつつ、多様な意見を適切に考慮して施策に活かす。
② 特定社会基盤役務の安定的な提供の確保に関する制度における特定社会基盤事業者の指定基準、特定重要設備、重要維持管理等や特許出願非公開制度における保全審査の対象範囲については、事業者や特許出願人の負担に鑑み、安全保障を確保するために真に必要な範囲に限定するなど、事業者等の経済活動の自由を不当に阻害することのないようにする。
第3章 安全保障の確保に関し、総合的かつ効果的に推進すべきその他の経済施策に関する基本的な事項
第1節 重要な産業が抱える脆弱性・強みについての点検・把握
政府は、国民生活及び経済活動を支える重要な産業が直面するリスクを、安全保障の確保という観点から総点検・評価し、判明した脆弱性の解消に向けた取組を行うとともに、各産業において、我が国としての優位性ひいては不可欠性を獲得・維持・強化するための取組を推進している。現在、経済安全保障推進会議の下に設置された経済安全保障重点課題検討会議において、国際情勢の複雑化、社会経済構造の変化等に応じてリスク分析の対象の拡大や分析の深化を図っているところであり、今後も、重要な産業を所管する関係行政機関の連携を深めるべく、国家安全保障局及び内閣府の経済安全保障推進部局が相互に協力して、情報を集約しつつ、様々なリスクシナリオを想定し、複合事態や分野間の相互依存なども意識しながら検討を行う取組を継続する。
政府は、このような取組を通じて、新たに安全保障の確保に関する経済施策を講ずる必要性が生じた場合には、的確に対応措置を講ずることとする。
第2節 安全保障の確保に関するその他の経済施策の統一的・整合的な実施
政府は、4施策以外の経済施策のうち、安全保障の確保に資するものを実施するに当たっても、本基本方針に即して、自律性の確保*4*、優位性ひいては不可欠性の獲得・維持・強化*5*、及び国際秩序の維持・強化*6*の実現に向け、4施策との連携も考慮しながら、総合的かつ効果的に、必要な取組を推進していくこととする。
その際、国家安全保障局及び内閣府の経済安全保障推進部局は相互に協力して、4施策以外の経済施策に関し、安全保障の確保を推進する観点から、次章(2)で示す所要の調整を必要に応じて行うとともに、政府全体の見地で連携を図る観点から、施策間の一体性・整合性の確保を図る。
第4章 経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関し必要なその他の事項
(1) 取組の評価、制度の見直し
本法に関しては、附則第4条に基づき、政府は、施行後3年を目途として、法の施行の状況について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとしている。
政府は、経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進の重要性に鑑み、国際情勢の複雑化、社会経済構造の変化等を踏まえ、行政の効率性等の観点にも留意しつつ、不断に取組状況の検証・評価を行うこととし、それに伴う制度の見直しを適時に行う。また、本基本方針についても、国際情勢及び社会経済構造の変化等に応じて見直しを行う。
(2) 政府内における情報集約及び総合調整
法第3条第1項は、内閣総理大臣が、安全保障の確保に関する経済施策の総合的かつ効果的な推進のため必要があると認めるときは、関係行政機関の長に対し、情報提供等の必要な協力を求めることができることを規定し、同条第3項は、内閣総理大臣が、安全保障の確保に関する経済施策の総合的かつ効率的な推進のため必要があると認めるときは、関係行政機関の長に対し、安全保障の確保に関する経済施策に資する情報を提供することができることを規定する。
また、法第3条第2項は、内閣総理大臣が、経済活動に関して行われる国家及び国民の安全を害する行為を防止するために実施し得る措置があり、当該措置が速やかに実施されることが必要であるなど、安全保障の確保に関する経済施策の総合的かつ効果的な推進のため特に必要があると認めるときは、当該措置の実施に関する事務を所管する関係行政機関の長に対し、当該措置の速やかな実施を求めるなどの必要な勧告をし、及びその勧告の結果とられた措置について報告を求めることができることを規定する。
政府は、サイバーセキュリティの確保など情報保全の観点に留意しつつ、こうした規定も活用しながら、平時から、国家安全保障局及び内閣府の経済安全保障推進部局に必要な情報が集約される体制及び両部局から関係行政機関の長に対して必要な情報が提供される体制を構築するとともに、両部局が関係行政機関相互の調整を行うことで、施策間の一体性・整合性を確保する。
(3) 本法等に関する国民に対する周知・広報及び情報提供
政府は、本法、本基本方針、基本指針及び下位法令の趣旨や政策内容並びに4施策に係る具体的な手続等について、事業者等を含む国民に対して、十分な周知・広報及び情報提供を行うとともに、施策によっては、その措置の対象者からの相談にきめ細かく対応する相談窓口を設置することや、施策の実施に係るQ&Aを公表すること等を通じて積極的に双方向のコミュニケーションを図る必要がある。また、4施策の施行状況についても、国会を含め、国民に公表し、十分な説明を行う必要がある。こうした取組は、国民の理解と協力の獲得を通じて、法の実効性の確保にも資するものと考えられる。
(4) 推進体制の構築・強化
政府は、国家安全保障局を司令塔とし、関係行政機関を含めて、これらが相互に協力して安全保障の確保に関する経済施策を総合的かつ効果的に推進する体制を構築・強化する。内閣府に本法の実施等を担う組織(経済安全保障推進部局)を設けるとともに、上記施策の推進に際し、我が国の安全保障に関する重要事項については、国家安全保障会議での審議を経るものとする。
また、情勢の変化に柔軟かつ機動的に対応する観点から、関係行政機関の事務の調整を行う枠組みを整備する。
このほか、上記施策の推進に関わる情報の収集・分析・集約・共有等の能力向上に資する体制の強化も進めていく。
{*1* 「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画~人・技術・スタートアップへの投資の実現~」(令和4年6月7日閣議決定)においても、「市場だけでは解決できない、いわゆる外部性の大きい社会的課題について、『市場も国家も』、すなわち新たな官民連携によって、その解決を目指していく」とされている。}
{*2* 状況によっては、政府が主体となって政策課題への対応を直接行う局面も想定される(本法第44条に基づく特別の対策の実施等)。}
{*3* 有識者会議は、安全保障の確保に関する経済施策等に関し知見を有する者で構成され、本法に基づき、基本指針の案を作成するに当たって意見を聴くとともに、法の施行その他必要な事項について意見を聴くために設置する。}
{*4* 自律性の確保のための取組としては、例えば、本章第1節で示したような国民の生活や経済活動を支える重要な産業が直面するリスクを点検・評価し、判明した脆弱性の解消に向けて行う取組や、重要施設周辺及び国境離島等における土地等の利用状況の調査及び利用の規制等に関する法律(令和3年法律第84号)により、政府が、安全保障の観点から重要な土地等の所有・利用の実態を的確に調査し、調査の結果、仮に、土地等の不適切な利用実態が明らかになった場合には、その不適切な利用行為を規制するための取組、及び重要インフラを含めた民間部門のサイバーセキュリティ対策の強化について、サイバーセキュリティ戦略(令和3年9月28日閣議決定)に基づき、関係省庁が連携して官民連携や分析能力の強化に向けて行う取組などが挙げられる。}
{*5* 優位性ひいては不可欠性の獲得・維持・強化のための取組としては、例えば、研究開発を戦略的に推進し、我が国の勝ち筋となる技術を育てるための各種の取組のほか、外国為替及び外国貿易法(昭和24年法律第228号)に基づく輸出管理及び対内直接投資等審査・事後モニタリング、研究インテグリティの強化、留学生等の受入審査等を通じて、機微な技術情報等の流出を防止するための取組などが挙げられる。}
{*6* 国際秩序の維持・強化のための取組としては、例えば、同盟国・同志国との連携強化等を通じ、グローバルなサプライチェーンの脆弱性や国家・地域間の相互依存リスクの顕在化、国家及び国民の主権や利益を害する経済的威圧などの新たな課題に対処すること、邦人職員の増強等を通じ国際機関においてイニシアティブを発揮すること、通商・データ・技術標準等の公正な国際ルールの維持・強化・構築をすることなどが挙げられる。}