[文書名] 国家防衛戦略について
国家防衛戦略について別紙のとおり定める。
本決定は、「平成31年度以降に係る防衛計画の大綱について」(平成30年12月18日国家安全保障会議決定及び閣議決定)に代わるものとする。
(別紙)
国家防衛戦略
令和4年12月
目次
I 策定の趣旨
II 戦略環境の変化と防衛上の課題
1 戦略環境の変化
2 我が国周辺国等の軍事動向
3 防衛上の課題
III 我が国の防衛の基本方針
1 我が国自身の防衛体制の強化
(1) 我が国の防衛力の抜本的強化
(2) 国全体の防衛体制の強化
2 日米同盟による共同抑止・対処
(1) 日米共同の抑止力・対処力の強化
(2) 同盟調整機能の強化
(3) 共同対処基盤の強化
(4) 在日米軍の駐留を支えるための取組
3 同志国等との連携
IV 防衛力の抜本的強化に当たって重視する能力
1 スタンド・オフ防衛能力
2 統合防空ミサイル防衛能力
3 無人アセット防衛能力
4 領域横断作戦能力
5 指揮統制・情報関連機能
6 機動展開能力・国民保護
7 持続性・強靱性
V 将来の自衛隊の在り方
1 7つの重視分野における自衛隊の役割
2 自衛隊の体制整備の考え方
3 政策立案機能の強化
VI 国民の生命・身体・財産の保護・国際的な安全保障協力への取組
1 国民の生命・身体・財産の保護に向けた取組
2 国際的な安全保障協力への取組
VII いわば防衛力そのものとしての防衛生産・技術基盤
1 防衛生産基盤の強化
2 防衛技術基盤の強化
3 防衛装備移転の推進
VIII 防衛力の中核である自衛隊員の能力を発揮するための基盤の強化
1 人的基盤の強化
2 衛生機能の変革
IX 留意事項
I 策定の趣旨
国民の命と平和な暮らし、そして、我が国の領土・領海・領空を断固として守り抜く。
これは我が国政府の最も重大な責務であり、安全保障の根幹である。戦後、我が国は、東西冷戦とその終結後の安全保障環境の大きな変化の中にあっても、我が国自身の外交力、防衛力等を強化し、日米同盟を基軸として、各国との協力を拡大・深化させ、77年もの間、我が国の平和と安全を守ってきた。また、その際、日本国憲法の下、専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国にならないとの基本方針に従い、文民統制を確保し、非核三原則を堅持してきた。今後とも、我が国は、こうした基本方針の下で、平和国家としての歩みを決して変えることはない。
我が国を含む国際社会は、今、ロシアによるウクライナ侵略が示すように、深刻な挑戦を受け、新たな危機に突入している。中国は東シナ海、南シナ海において、力による一方的な現状変更やその試みを推し進め、北朝鮮はかつてない高い頻度で弾道ミサイルを発射し、核の更なる小型化を追求するなど行動をエスカレートさせ、ロシアもウクライナ侵略を行うとともに、極東地域での軍事活動を活発化させている。今後、インド太平洋地域、とりわけ東アジアにおいて、戦後の安定した国際秩序の根幹を揺るがしかねない深刻な事態が発生する可能性が排除されない。我が国は、こうした動きの最前線に位置しており、我が国の今後の安全保障・防衛政策の在り方が地域と国際社会の平和と安定に直結すると言っても過言ではない。
国際連合安全保障理事会(以下「国連安保理」という。)常任理事国であるロシアがウクライナへの侵略を行った事実は、自らの主権と独立の維持は我が国自身の主体的、自主的な努力があって初めて実現するものであり、他国の侵略を招かないためには自らが果たし得る役割の拡大が重要であることを教えている。また、今や、どの国も一国では自国の安全を守ることはできない。戦後の国際秩序への挑戦が続く中、我が国は普遍的価値と戦略的利益等を共有する同盟国・同志国等と協力・連携を深めていくことが不可欠である。この協力・連携が大きな成果を収めるためには、我が国自身の努力を従来にも増して強化することが必要であり、同盟国・同志国等も我が国が国力にふさわしい役割を果たすことを期待している。我が国と、同盟国・同志国等が共通の努力を行い、更なる相乗効果を発揮することで、力による一方的な現状変更やその試みを許さないことが求められている。
戦後、最も厳しく複雑な安全保障環境の中で、国民の命と平和な暮らしを守り抜くためには、その厳しい現実に正面から向き合って、相手の能力と新しい戦い方に着目した防衛力の抜本的強化を行う必要がある。こうした防衛力の抜本的強化とともに国力を総合した国全体の防衛体制の強化を、戦略的発想を持って一体として実施することこそが、我が国の抑止力を高め、日米同盟をより一層強化していく道であり、また、同志国等との安全保障協力の礎となるものである。
特に、本年、米国は、新たな国家防衛戦略を策定したところであり、地域の平和と安定に大きな責任を有する日米両国がそれぞれの戦略を擦り合わせ、防衛協力を統合的に進めていくことは時宜にかなう。
こうした認識の下、政府は、1976年以降6回策定してきた自衛隊を中核とした防衛力の整備、維持及び運用の基本的指針である防衛計画の大綱に代わって、我が国の防衛目標、防衛目標を達成するためのアプローチ及びその手段を包括的に示すため、「国家防衛戦略」を策定する。
今般、本戦略及び「防衛力整備計画」(令和4年12月16日国家安全保障会議決定及び閣議決定)において、政府が決定した防衛力の抜本的強化とそれを裏付ける防衛力整備の水準についての方針は、戦後の防衛政策の大きな転換点となるものである。中長期的な防衛力強化の方向性と内容を示す本戦略の策定により、こうした大きな転換点の意義について、国民の理解が深まるよう政府として努力していく。
II 戦略環境の変化と防衛上の課題
1 戦略環境の変化
情報化社会の進展や国際貿易の拡大等に伴い、国家間の経済や文化を巡る関係が一層拡大・深化する一方、普遍的価値やそれに基づく政治・経済体制を共有しない国家が勢力を拡大している。また、力による一方的な現状変更やその試みは、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序に対する深刻な挑戦であり、ロシアによるウクライナ侵略は、最も苛烈な形でこれを顕在化させている。国際社会は戦後最大の試練の時を迎え、新たな危機の時代に突入しつつある。
また、グローバルなパワーバランスが大きく変化し、政治・経済・軍事等にわたる国家間の競争が顕在化している。特に、インド太平洋地域においては、こうした傾向が顕著であり、その中で中国が力による一方的な現状変更やその試みを継続・強化している。また、中国のみならず、北朝鮮やロシアが、これまで以上に行動を活発化させている。
特に、中国と米国の国家間競争は、様々な分野で今後も激しさを増していくと思われるが、そのような中、米国は、中国との競争において今後の10年が決定的なものになるとの認識を示している。
さらに、科学技術の急速な進展が安全保障の在り方を根本的に変化させ、各国は将来の戦闘様相を一変させる、いわゆるゲーム・チェンジャーとなり得る先端技術の開発を行っている。その中でも中国は「軍民融合発展戦略」の名の下に、技術のイノベーションの活発化と軍事への応用を急速に推進しており、特に人工知能(AI)を活用した無人アセット等を前提とした軍事力の強化を加速させている。こうした動向によって従来の軍隊の構造や戦い方に根本的な変化が生じている。
加えて、サイバー領域等におけるリスクの深刻化、偽情報の拡散を含む情報戦の展開、気候変動等のグローバルな安全保障上の課題も存在する。
2 我が国周辺国等の軍事動向
中国は、2017年の中国共産党全国代表大会(以下「党大会」という。)での報告において、2035年までに「国防と軍隊の現代化を基本的に実現」した上で、今世紀半ばに「世界一流の軍隊」を築き上げることを目標に掲げ、2020年の第19期中央委員会第5回全体会議(5中全会)では、2027年には「建軍100年の奮闘目標」を達成することを目標に加えた。2022年の党大会における報告においては、「世界一流の軍隊」を早期に構築することが「社会主義現代化国家」の全面的建設の戦略的要請であることが新たに明記され、そうした目標の下、「新型挙国体制」を掲げ、「機械化・情報化・智能化」の融合発展を推進し、軍事力の質・量を広範かつ急速に強化している。その上で、中国は、今後5年が自らの目指す「社会主義現代化国家」の全面的建設をスタートさせる肝心な時期と位置付けている。
中国の公表国防費は、1998年度に我が国の防衛関係費を上回って以降、急速なペースで増加しており、2022年度には我が国の防衛関係費の約4.8倍に達している。また、中国の公表国防費は、実際に軍事目的に支出している額の一部に過ぎないとみられ、国防費の急速な増加を背景に、中国は、我が国を上回る数の近代的な海上・航空アセットを保持するに至っており、さらに、宇宙・サイバー等の新たな領域における能力も強化している。核戦力については、2020年代末までに少なくとも1,000発の運搬可能な核弾頭の保有を企図している可能性が高いとみられる。ミサイル戦力については、中距離核戦力(INF)全廃条約の枠組みの外にあった中国は、周辺地域への他国の軍事力の接近・展開を阻止し、当該地域での軍事活動を阻害する軍事能力(いわゆる「接近阻止/領域拒否」(「A2/AD」)能力)の強化等の観点から、同条約が規制していた地上発射型中距離ミサイルを多数配備しつつ、対艦弾道ミサイルや長射程対地巡航ミサイルの戦力化及び極超音速滑空兵器(HGV)の開発・配備等を進めている。また、無人アセットの開発・配備を進めているとみられ、無人アセットの我が国周辺における活動の活発化も確認されている。
このような軍事力を背景として、中国は、尖閣諸島周辺を始めとする東シナ海、日本海、さらには伊豆・小笠原諸島周辺を含む西太平洋等、いわゆる第一列島線を越え、第二列島線に及ぶ我が国周辺全体での活動を活発化させるとともに、台湾に対する軍事的圧力を高め、さらに、南シナ海での軍事拠点化等を推し進めている。
特に、我が国周辺においては、中国海軍艦艇が、尖閣諸島周辺海域での活動を活発化させており、そうした状況の下、中国海警局に所属する船舶が尖閣諸島周辺の我が国領海への侵入を繰り返している。また、中国海軍艦艇が南西諸島周辺の我が国領海や接続水域を航行する例がみられている。
中国は、台湾に関して、2022年の党大会における報告で「最大の誠意と努力を尽くして平和的統一の実現を目指すが、決して武力行使の放棄を約束しない」と改めて表明した。同時に、「両岸関係の主導権と主動権をしっかり握った」「祖国の完全統一は必ず実現しなければならず、必ず実現できる」とも表明した。近年、中台の軍事バランスは全体として中国側に有利な方向に急速に傾斜する形で変化しているが、そうした中、中国は、台湾周辺での軍事活動を活発化させてきている。中国は、台湾周辺での一連の活動を通じ、中国軍が常態的に活動している状況の既成事実化を図るとともに、実戦能力の向上を企図しているとみられる。さらに、中国は、2022年8月4日に我が国の排他的経済水域(EEZ)内への5発の着弾を含む計9発の弾道ミサイルの発射を行った。このことは、地域住民に脅威と受け止められた。このように、台湾周辺における威圧的な軍事活動を活発化させており、台湾海峡の平和と安定については、我が国を含むインド太平洋地域のみならず、国際社会全体において急速に懸念が高まっている。
このような中国の対外的な姿勢や軍事動向等は、我が国と国際社会の深刻な懸念事項であり、我が国の平和と安全及び国際社会の平和と安定を確保し、法の支配に基づく国際秩序を強化する上で、これまでにない最大の戦略的な挑戦であり、我が国の防衛力を含む総合的な国力と同盟国・同志国等との協力・連携により対応すべきものである。
北朝鮮は体制を維持するため、大量破壊兵器や弾道ミサイル等の増強に集中的に取り組んでおり、技術的には我が国を射程に収める弾道ミサイルに核兵器を搭載し、我が国を攻撃する能力を既に保有しているものとみられる。大量破壊兵器の運搬手段である弾道ミサイルについては、その発射の態様を多様化させるなどして、関連技術・運用能力を急速に向上させており、特に近年、低空を変則的な軌道で飛翔する弾道ミサイルの実用化を追求し、これらを発射台付き車両(TEL)、潜水艦、鉄道といった様々なプラットフォームから発射することで、発射の兆候把握・探知・迎撃を困難にすることを企図しているとみられる。また、「極超音速滑空飛行弾頭」、米国本土を射程に含む「固体燃料推進式大陸間弾道ミサイル(ICBM)」等の実現を優先課題に掲げて研究開発を進めているとみられ、今後の技術進展が懸念される。このような北朝鮮の核・弾道ミサイル開発等は、累次の国連安保理決議等に違反するものであり、地域と国際社会の平和と安全を著しく損なっている。こうした軍事動向は、我が国の安全保障にとって、従前よりも一層重大かつ差し迫った脅威となっている。
ロシアによるウクライナ侵略は国際秩序の根幹を揺るがすものであり、欧州方面における防衛上の最も重大かつ直接の脅威と受け止められている。また、我が国周辺においても北方領土を含む極東地域において、ロシア軍は新型装備の配備や、大規模な軍事演習の実施等、軍事活動を活発化させている。さらに、近年は中国と共に、艦艇の共同航行や爆撃機の共同飛行を実施するなど、軍事面での連携を強化している。こうしたロシアの軍事動向は、我が国を含むインド太平洋地域において、中国との戦略的な連携と相まって防衛上の強い懸念である。
さらに、今後、インド太平洋地域において、こうした活動が同時に行われる場合には、それが地域にどのような影響を及ぼすかについて注視していく必要がある。
3 防衛上の課題
国際の平和及び安全の維持に関する主要な責任を負う国連安保理常任理事国であり、核兵器国でもあるロシアが、ウクライナを公然と侵略し、核兵器による威嚇ともとれる言動を繰り返す、前代未聞といえる事態が生起している。これは戦後国際社会が築いてきた国際秩序の根幹を揺るがすものであり、こうした欧州で起きている力による一方的な現状変更は、インド太平洋地域でも生起し得る。ロシアがウクライナを侵略するに至った軍事的な背景としては、ウクライナのロシアに対する防衛力が十分ではなく、ロシアによる侵略を思いとどまらせ、抑止できなかった、つまり、十分な能力を保有していなかったことにある。
また、どの国も一国では自国の安全を守ることはできない中、外部からの侵攻を抑止するためには、共同して侵攻に対処する意思と能力を持つ同盟国との協力の重要性が再認識されている。
さらに、高い軍事力を持つ国が、あるとき侵略という意思を持ったことにも注目すべきである。脅威は能力と意思の組み合わせで顕在化するところ、意思を外部から正確に把握することには困難が伴う。国家の意思決定過程が不透明であれば、脅威が顕在化する素地が常に存在する。
このような国から自国を守るためには、力による一方的な現状変更は困難であると認識させる抑止力が必要であり、相手の能力に着目した自らの能力、すなわち防衛力を構築し、相手に侵略する意思を抱かせないようにする必要がある。
戦い方も、従来のそれとは様相が大きく変化してきている。これまでの航空侵攻・海上侵攻・着上陸侵攻といった伝統的なものに加えて、精密打撃能力が向上した弾道・巡航ミサイルによる大規模なミサイル攻撃、偽旗作戦を始めとする情報戦を含むハイブリッド戦の展開、宇宙・サイバー・電磁波の領域や無人アセットを用いた非対称的な攻撃、核保有国が公然と行う核兵器による威嚇ともとれる言動等を組み合わせた新しい戦い方が顕在化している。こうした新しい戦い方に対応できるかどうかが、今後の防衛力を構築する上で大きな課題となっている。海に囲まれ長大な海岸線を持つ我が国は、本土から離れた多くの島嶼及び広大なEEZ・大陸棚を有しており、そこに広く存在する国民の生命・身体・財産、領土・領海・領空及び各種資源を守り抜くことが課題である。また、海洋国家であり、資源や食料の多くを海外との貿易に依存する我が国にとって、自由で開かれた海洋秩序を強化し、航行・飛行の自由や安全を確保することは必要不可欠である。
一方、我が国は、大きな被害を伴う自然災害が多発することに加え、都市部に産業・人口・情報基盤が集中するとともに、沿岸部に原子力発電所等の重要施設が多数存在しており、様々な脅威から、国民と重要施設を防護することも課題となっている。
これらに加えて、我が国においては、人口減少と少子高齢化が急速に進展しているとともに、厳しい財政状況が続いていることを踏まえれば、予算・人員をこれまで以上に効率的に活用することが必要不可欠である。
III 我が国の防衛の基本方針
我が国の防衛の根幹である防衛力は、我が国の安全保障を確保するための最終的な担保であり、我が国に脅威が及ぶことを抑止するとともに、脅威が及ぶ場合には、これを阻止・排除し、我が国を守り抜くという意思と能力を表すものである。
この防衛力については、我が国は戦後一貫して節度ある効率的な整備を行うものとしてきた。特に、1976年の「防衛計画の大綱について」(昭和51年10月29日国防会議決定及び閣議決定)策定以来、我が国が防衛力を保持する意義は、特定の脅威に対抗するというよりも、我が国自らが力の空白となって我が国周辺地域における不安定要因とならないことにあるとされてきた。
冷戦終結後、自衛隊の役割と任務は、国内外での大規模災害等への対応や国際平和協力活動等に拡大され、様々な事態に対応するものとされた。また、2010年の「平成23年度以降に係る防衛計画の大綱について」(平成22年12月17日安全保障会議決定及び閣議決定)では防衛力の存在自体による抑止効果を重視した「基盤的防衛力構想」によらないこととされ、さらに、2013年の「平成26年度以降に係る防衛計画の大綱について」(平成25年12月17日国家安全保障会議決定及び閣議決定)では、厳しさを増す安全保障環境を現実のものとして見据え、真に実効的な防衛力を構築することとし、防衛力を強化してきた。しかしながら、我が国周辺国等は、その後も、軍事的な能力の大幅な強化に加え、ミサイル発射や軍事的示威活動を急速に拡大・活発化させており、我が国と地域の安全保障を脅かしている。
今後、こうした活動のエスカレーションに伴って、いついかなる形で意思が変わり、力による一方的な現状変更が起こるのか予測が極めて困難な状況にある。一旦、力による一方的な現状変更が起こると、極めて甚大な人的・物的被害が発生するとともに、地域のみならず世界の経済・金融・エネルギー・海上交通・航空交通等が混乱し、人々の日常生活に大きな影響を与えることは、ロシアによるウクライナ侵略から明らかである。
このようなことから、今後の防衛力については、相手の能力と戦い方に着目して、我が国を防衛する能力をこれまで以上に抜本的に強化するとともに、新たな戦い方への対応を推進し、いついかなるときも力による一方的な現状変更やその試みは決して許さないとの意思を明確にしていく必要がある。こうした努力は、我が国一国でなし得るものではなく、同盟国・同志国等と緊密に協力・連携して実施していく必要がある。このため、本戦略において、我が国の防衛目標を明確にした上で、防衛目標を達成するためのアプローチと具体的な手段を示し、あらゆる努力を統合して実施していく必要がある。
○ 我が国の防衛目標は以下のとおり。
第一の目標は、力による一方的な現状変更を許容しない安全保障環境を創出することである。
第二の目標は、我が国の平和と安全に関わる力による一方的な現状変更やその試みについて、我が国として、同盟国・同志国等と協力・連携して抑止することである。また、これが生起した場合でも、我が国への侵攻につながらないように、あらゆる方法により、これに即応して行動し、早期に事態を収拾することである。
第三の目標は、万が一、抑止が破れ、我が国への侵攻が生起した場合には、その態様に応じてシームレスに即応し、我が国が主たる責任をもって対処し、同盟国等の支援を受けつつ、これを阻止・排除することである。
また、核兵器の脅威に対しては、核抑止力を中心とする米国の拡大抑止が不可欠であり、第一から第三までの防衛目標を達成するための我が国自身の努力と、米国の拡大抑止等が相まって、あらゆる事態から我が国を守り抜く。
○ 防衛目標を実現するためのアプローチは以下のとおりであり、それぞれのアプローチの中で具体的な手段を示すものとする。
第一のアプローチは、我が国自身の防衛体制の強化として、我が国の防衛の中核となる防衛力を抜本的に強化するとともに、国全体の防衛体制を強化することである。
第二のアプローチは、同盟国である米国との協力を一層強化することにより、日米同盟の抑止力と対処力を更に強化することである。
第三のアプローチは、自由で開かれた国際秩序の維持・強化のために協力する同志国等との連携を強化することである。
1 我が国自身の防衛体制の強化
我が国を守り抜くのは我が国自身の努力にかかっていることは言うまでもない。自らの国は自らが守るという強い意思と努力があって初めて、いざというときに同盟国等と共に守り合い、助け合うことができる。このため、第一のアプローチとして、防衛力の抜本的強化を中核として、国力を統合した我が国自身の防衛体制を今まで以上に強化していく。
(1) 我が国の防衛力の抜本的強化
我が国の安全保障を最終的に担保する防衛力については、これまで、想定される各種事態に真に実効的に対処し、抑止できるものを目指してきた。具体的には、2018年の「平成31年度以降に係る防衛計画の大綱について」(平成30年12月18日国家安全保障会議決定及び閣議決定)において、平時から有事までのあらゆる段階における活動をシームレスに実施できるよう、宇宙・サイバー・電磁波の領域と陸・海・空の領域を有機的に融合させつつ、統合運用により機動的・持続的な活動を行い得る多次元統合防衛力を構築してきた。
国際社会が戦後最大の試練の時を迎える中で、相手の能力と新しい戦い方を踏まえ、想定される各種事態への対応について、能力評価等を通じた分析により将来の防衛力の在り方を検討してきた。こうしたことも踏まえつつ、力による一方的な現状変更やその試みから、今後も国民の命と平和な暮らしを守っていくため、これまでの多次元統合防衛力を抜本的に強化し、その努力を更に加速して進めていく。
防衛力の抜本的強化の基本的考え方は以下のとおりである。
ア まず、抜本的に強化された防衛力は、防衛目標である我が国自体への侵攻を我が国が主たる責任をもって阻止・排除し得る能力でなくてはならない。これは相手にとって軍事的手段では我が国侵攻の目標を達成できず、生じる損害というコストに見合わないと認識させ得るだけの能力を我が国が持つことを意味する。さらに、我が国に対する侵攻を阻止・排除できる防衛力を我が国が保有できれば、同盟国たる米国の能力と相まって、我が国への侵攻のみならず、インド太平洋地域における力による一方的な現状変更やその試みを抑止でき、ひいてはそれを許容しない安全保障環境を創出することにつながる。
イ さらに、抜本的に強化された防衛力は、我が国への侵攻を抑止できるよう、常続的な情報収集・警戒監視・偵察(ISR)や事態に応じて柔軟に選択される抑止措置(FDO)としての訓練・演習等に加え、対領空侵犯措置等を行い、かつ事態にシームレスに即応・対処できる能力でなければならない。
これを実現するためには、部隊の活動量が増える中であっても、自衛隊員の能力や部隊の練度向上に必要な訓練・演習等を十分に実施できるよう、内外に訓練基盤を確保し、柔軟な勤務態勢を構築すること等により、高い即応性・対処力を保持した防衛力を構築する必要がある。
ウ 次に、抜本的に強化された防衛力は新しい戦い方に対応できるものでなくてはならない。領域横断作戦、情報戦を含むハイブリッド戦、ミサイルに対する迎撃と反撃といった多様な任務を統合し、米国と共同して実施していく必要がある。このため、国家安全保障戦略、本戦略及び防衛力整備計画に示された方針、さらにこれらと整合された統合的な運用構想により、我が国の防衛上必要な機能・能力を導き、その能力を陸上自衛隊・海上自衛隊・航空自衛隊のいずれが保有すべきかを決めていく。
エ 上記ウの我が国の防衛上必要な機能・能力として、まず、我が国への侵攻そのものを抑止するために、遠距離から侵攻戦力を阻止・排除できるようにする必要がある。このため、「スタンド・オフ防衛能力」と「統合防空ミサイル防衛能力」を強化する。
また、万が一、抑止が破れ、我が国への侵攻が生起した場合には、これらの能力に加え、有人アセット、さらに無人アセットを駆使するとともに、水中・海上・空中といった領域を横断して優越を獲得し、非対称的な優勢を確保できるようにする必要がある。このため、「無人アセット防衛能力」、「領域横断作戦能力」、「指揮統制・情報関連機能」を強化する。
さらに、迅速かつ粘り強く活動し続けて、相手方の侵攻意図を断念させられるようにする必要がある。このため、「機動展開能力・国民保護」、「持続性・強靱性」を強化する。
オ このような防衛力の抜本的強化は、いついかなる形で力による一方的な現状変更が生起するか予測困難であることから、速やかに実現していく必要がある。
具体的には、5年後の2027年度までに、我が国への侵攻が生起する場合には、我が国が主たる責任をもって対処し、同盟国等の支援を受けつつ、これを阻止・排除できるように防衛力を強化する。さらに、おおむね10年後までに、この防衛目標をより確実にするため更なる努力を行い、より早期かつ遠方で侵攻を阻止・排除できるように防衛力を強化する。
今後5年間の最優先課題は、現有装備品を最大限有効に活用するため、可動率向上や弾薬・燃料の確保、主要な防衛施設の強靱化への投資を加速するとともに、将来の中核となる能力を強化することである。
この防衛力の構築は、刻々と変化する我が国を取り巻く安全保障環境を踏まえ、不断に見直し、その変化に適応していくものとする。
カ この防衛力の抜本的強化には大幅な経費と相応の人員の増加が必要となるが、防衛力の抜本的強化の実現に資する形で、スクラップ・アンド・ビルドを徹底して、自衛隊の組織定員と装備の最適化を実施するとともに、効率的な調達等を進めて大幅なコスト縮減を実現してきたこれまでの努力を、防衛生産基盤に配意しつつ、更に継続・強化していく。あわせて、人口減少と少子高齢化を踏まえ、無人化・省人化・最適化を徹底していく。
キ 以上の防衛力の抜本的強化の目的は、あくまで力による一方的な現状変更やその試みを許さず、我が国への侵攻を抑止することにある。
我が国が自らの防衛力を抜本的に強化することによって、日米同盟の抑止力・対処力が更に強化され、同志国等との連携が強化される。そのことにより、我が国の意思と能力を相手にしっかりと認識させ、我が国を過小評価させず、相手方にその能力を過大評価させないことにより我が国への侵攻を抑止する。それが我が国の防衛力の抜本的強化の目的である。
ク 我が国への侵攻を抑止する上で鍵となるのは、スタンド・オフ防衛能力等を活用した反撃能力である。
近年、我が国周辺では、極超音速兵器等のミサイル関連技術と飽和攻撃など実戦的なミサイル運用能力が飛躍的に向上し、質・量ともにミサイル戦力が著しく増強される中、ミサイルの発射も繰り返されており、我が国へのミサイル攻撃が現実の脅威となっている。
こうした中、今後も、変則的な軌道で飛翔するミサイル等に対応し得る技術開発を行うなど、ミサイル防衛能力を質・量ともに不断に強化していく。しかしながら、弾道ミサイル防衛という手段だけに依拠し続けた場合、今後、この脅威に対し、既存のミサイル防衛網だけで完全に対応することは難しくなりつつある。
このため、相手からミサイルによる攻撃がなされた場合、ミサイル防衛網により、飛来するミサイルを防ぎつつ、相手からの更なる武力攻撃を防ぐために、我が国から有効な反撃を相手に加える能力、すなわち反撃能力を保有する必要がある。
この反撃能力とは、我が国に対する武力攻撃が発生し、その手段として弾道ミサイル等による攻撃が行われた場合、武力の行使の三要件に基づき、そのような攻撃を防ぐのにやむを得ない必要最小限度の自衛の措置として、相手の領域において、我が国が有効な反撃を加えることを可能とする、スタンド・オフ防衛能力等を活用した自衛隊の能力をいう。
こうした有効な反撃を加える能力を持つことにより、武力攻撃そのものを抑止する。その上で、万一、相手からミサイルが発射される際にも、ミサイル防衛網により、飛来するミサイルを防ぎつつ、反撃能力により相手からの更なる武力攻撃を防ぎ、国民の命と平和な暮らしを守っていく。
この反撃能力については、1956年2月29日に政府見解として、憲法上、「誘導弾等による攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能である」としたものの、これまで政策判断として保有することとしてこなかった能力に当たるものである。
この政府見解は、2015年の平和安全法制に際して示された武力の行使の三要件の下で行われる自衛の措置にもそのまま当てはまるものであり、今般保有することとする能力は、この考え方の下で上記三要件を満たす場合に行使し得るものである。
この反撃能力は、憲法及び国際法の範囲内で、専守防衛の考え方を変更するものではなく、武力の行使の三要件を満たして初めて行使され、武力攻撃が発生していない段階で自ら先に攻撃する先制攻撃は許されないことはいうまでもない。
また、日米の基本的な役割分担は今後も変更はないが、我が国が反撃能力を保有することに伴い、弾道ミサイル等の対処と同様に、日米が協力して対処していくこととする。
(2) 国全体の防衛体制の強化
我が国を守るためには自衛隊が強くなければならないが、我が国全体で連携しなければ、我が国を守ることはできないことも自明である。このため、防衛力を抜本的に強化することに加えて、我が国が持てる力、すなわち、外交力、情報力、経済力、技術力を含めた国力を統合して、あらゆる政策手段を体系的に組み合わせて国全体の防衛体制を構築していく。その際、政府一体となった取組を強化していくため、政府内の縦割りを打破していくことが不可欠である。こうした観点から、防衛力の抜本的強化を補完する不可分一体の取組として、我が国の国力を結集した総合的な防衛体制を強化する。また、政府と地方公共団体、民間団体等との協力を推進する。
ア 力による一方的な現状変更を許さない取組において重要なのは、我が国自身の防衛体制の強化に裏付けられた外交努力である。我が国として、自由で開かれたインド太平洋(FOIP)というビジョンの推進等を通じて力強い外交を推進することにより、平和で安定し予見可能性が高い国際環境を能動的に創出し、力による一方的な現状変更を未然に防ぐとともに、我が国の平和と安全、地域と国際社会の平和と安定及び繁栄を確保していく。
このような外交努力と相まって、防衛省・自衛隊においては、同盟国との協力及び同志国等との多層的な連携を推進し、望ましい安全保障環境の創出に取り組んでいくこととする。また、力による一方的な現状変更やその試みを抑止するとの意思と能力を示し続け、相手の行動に影響を与えるために、FDOとしての訓練・演習等や、戦略的コミュニケーション(SC)を、政府一体となって、また同盟国・同志国等と共に充実・強化していく必要がある。
イ 平素からの常続的なISR及び分析を関係省庁が連携して実施することにより、事態の兆候を早期に把握するとともに、事態に応じて政府全体で迅速な意思決定を行い、関係機関が連携していくことが重要である。その際、認知領域を含む情報戦について、偽情報の流布等に対応したファクト・チェック機能やカウンター発信機能等を強化し、有事はもとより、平素から、政府全体での対応を強化していく。
ウ 政府全体の意思決定に基づき、関係機関が連携して行動することにより、力による一方的な現状変更を許さないことが重要である。このため、平素から政府全体として、連携要領を確立しつつ、シミュレーションや統合的な訓練・演習を行い、対処の実効性を向上させる。特に、原子力発電所等の重要施設の防護、離島の周辺地域等における外部からの武力攻撃に至らない侵害や武力攻撃事態への対応については、有事を念頭に平素から警察や海上保安庁と自衛隊との間で訓練や演習を実施し、特に武力攻撃事態における防衛大臣による海上保安庁の統制要領を含め、必要な連携要領を確立する。
エ 宇宙・サイバー・電磁波の領域は、国民生活にとっての基幹インフラであるとともに、我が国の防衛にとっても領域横断作戦を遂行する上で死活的に重要であることから、政府全体でその能力を強化していく。
宇宙空間については、情報収集、通信、測位等の目的での安定的な利用を確保することは国民生活と防衛の双方にとって死活的に重要であり、防衛省・自衛隊においては、宇宙航空研究開発機構(JAXA)を含めた関係機関や民間事業者との間で、研究開発を含めた協力・連携を強化することとする。その際、民生技術の防衛分野への一層の活用を図ることで、民間における技術開発への投資を促進し、我が国全体としての宇宙空間における能力の向上につなげる。
サイバー領域においては、諸外国や関係省庁及び民間事業者との連携により、平素から有事までのあらゆる段階において、情報収集及び共有を図るとともに、我が国全体としてのサイバー安全保障分野での対応能力の強化を図ることが重要である。政府全体において、サイバー安全保障分野の政策が一元的に総合調整されていくことを踏まえ、防衛省・自衛隊においては、自らのサイバーセキュリティのレベルを高めつつ、関係省庁、重要インフラ事業者及び防衛産業との連携強化に資する取組を推進することとする。
電磁波領域については、陸・海・空、宇宙、サイバー領域に至るまで、活用範囲や用途が拡大し、現在の戦闘様相における攻防の最前線となっている。このため、電磁波領域における優勢を確保することが抑止力の強化や領域横断作戦の実現のために極めて重要である。民生用の周波数利用と自衛隊の指揮統制や情報収集活動等のための周波数利用を両立させ、自衛隊が安定的かつ柔軟な電波利用を確保できるよう、関係省庁と緊密に連携する。
オ 先進的な技術に裏付けられた新しい戦い方が勝敗を決する時代において、先端技術を防衛目的で活用することが死活的に重要となっている。
この際、総合的な防衛体制の強化のための府省横断的な仕組みの下、防衛省・自衛隊のニーズを踏まえ、政府関係機関が行っている先端技術の研究開発を防衛目的に活用していく。また、防衛産業を活用しつつ、スタートアップ等各種企業、各種研究機関の研究開発の成果を早期の実装化につなげていく取組を実施することとする。
カ 国民の命を守りながら我が国への侵攻に対処し、また、大規模災害を含む各種事態に対処するに当たっては、国の行政機関、地方公共団体、公共機関、民間事業者が協力・連携して統合的に取り組む必要がある。
まず、防衛上のニーズを踏まえ、総合的な防衛体制の強化のための府省横断的な仕組みの下、特に南西地域における空港・港湾等を整備・強化するとともに、既存の空港・港湾等を運用基盤として、平素からの訓練を含めて使用するために、関係省庁間で調整する枠組みの構築等、必要な措置を講ずる。
また、自衛隊の機動展開のための民間船舶・民間航空機の利用拡大について関係機関等との連携を深めるとともに、当該船舶・航空機を利用した国民保護措置を計画的に行えるよう調整・協力する。加えて、防衛省・自衛隊においては、政府全体で実施する武力攻撃事態等を念頭に置いた国民保護訓練の強化、弾道ミサイル等による攻撃を受ける事態に備えた全国瞬時警報システム(J-ALERT)の情報伝達機能の強化等に協力していくこととする。
さらに、海空域や電波を円滑に利用し、防衛関連施設の機能を十全に発揮できるよう、風力発電施設の設置等の社会経済活動との調和を図る効果的な仕組みを確立する。
あわせて、自衛隊の弾薬・燃料等の輸送・保管について、関係省庁との連携を強化し、更なる円滑化のための措置を講ずる。
各種事態において日米共同対処を円滑に実施するため、これらと同様の取組を推進する。
キ 海洋国家である我が国にとって、海洋の秩序を強化し、航行・飛行の自由や安全を確保することは、我が国の平和と安全にとって極めて重要である。このため、我が国の領海等における国益や我が国の重要なシーレーンの安定的利用の確保等に取り組んでいく。
まず、防衛省・自衛隊においては、我が国における海洋の安全保障の担い手である海上保安庁と緊密に協力・連携しつつ、同盟国・同志国、さらにインド太平洋地域の沿岸国と共に、FOIPというビジョンの下、海洋安全保障に関する協力を推進していくこととする。
また、シーレーンの安定的利用を確保するために、関係機関との協力・連携の下、海賊対処や日本関係船舶の安全確保に必要な取組を実施していく。この際、ジブチにおける拠点を長期的・安定的に活用する。
ク 自衛隊及び在日米軍が、平素からシームレスかつ効果的に活動できるよう、自衛隊施設及び米軍施設周辺の地方公共団体や地元住民の理解及び協力をこれまで以上に獲得していく。日頃から防衛省・自衛隊の政策や活動、さらには、在日米軍の役割に関する積極的な広報を行い、地元に対する説明責任を果たしながら、地元の要望や情勢に応じた調整を実施する。同時に、騒音等への対策を含む防衛施設周辺対策事業についても、我が国の防衛への協力促進という観点も踏まえ、引き続き推進する。
また、地方によっては、自衛隊の部隊による急患輸送や存在そのものが地域コミュニティーの維持・活性化に大きく貢献していることを踏まえ、部隊の改編や駐屯地・基地等の配備・運営に当たっては、地方公共団体や地元住民の理解を得られるよう、地域の特性や地元経済への寄与に配慮する。
2 日米同盟による共同抑止・対処
第二のアプローチは、日米同盟の更なる強化である。米国との同盟関係は、我が国の安全保障政策の基軸であり、我が国の防衛力の抜本的強化は、米国の能力のより効果的な発揮にも繋がり、日米同盟の抑止力・対処力を一層強化するものとなる。日米は、こうした共同の意思と能力を顕示することにより、グレーゾーンから通常戦力による侵攻、さらに核兵器の使用に至るまでの事態の深刻化を防ぎ、力による一方的な現状変更やその試みを抑止する。その上で、我が国への侵攻が生起した場合には、日米共同対処によりこれを阻止する。このため、日米両国は、その戦略を整合させ、共に目標を優先付けることにより、同盟を絶えず現代化し、共同の能力を強化する。その際、我が国は、我が国自身の防衛力の抜本的強化を踏まえて、日米同盟の下で、我が国の防衛と地域の平和及び安定のため、より大きな役割を果たしていく。具体的には、以下の施策に取り組んでいく。
(1) 日米共同の抑止力・対処力の強化
我が国の防衛戦略と米国の国防戦略は、あらゆるアプローチと手段を統合させて、力による一方的な現状変更を起こさせないことを最優先とする点で軌を一にしている。これを踏まえ、即応性・抗たん性を強化し、相手にコストを強要し、我が国への侵攻を抑止する観点から、それぞれの役割・任務・能力に関する議論をより深化させ、日米共同の統合的な抑止力をより一層強化していく。
具体的には、日米共同による宇宙・サイバー・電磁波を含む領域横断作戦を円滑に実施するための協力及び相互運用性を高めるための取組を一層深化させる。あわせて、我が国の反撃能力については、情報収集を含め、日米共同でその能力をより効果的に発揮する協力態勢を構築する。さらに、今後、防空、対水上戦、対潜水艦戦、機雷戦、水陸両用作戦、空挺作戦、情報収集・警戒監視・偵察・ターゲティング(ISRT)、アセットや施設の防護、後方支援等における連携の強化を図る。また、我が国の防衛力の抜本的強化を踏まえた日米間の役割・任務分担を効果的に実現するため、日米共同計画に係る作業等を通じ、運用面における緊密な連携を確保する。加えて、より高度かつ実践的な演習・訓練を通じて同盟の即応性や相互運用性を始めとする対処力の向上を図っていく。
さらに、核抑止力を中心とした米国の拡大抑止が信頼でき、強靱なものであり続けることを確保するため、日米間の協議を閣僚レベルのものも含めて一層活発化・深化させる。
力による一方的な現状変更やその試み、さらには各種事態の生起を抑止するため、平素からの日米共同による取組として、共同FDOや共同ISR等をさらに拡大・深化させる。その際には、これを効果的に実現するため、同志国等の参画や自衛隊による米軍艦艇・航空機等の防護といった取組を積極的に実施する。
さらに、日米一体となった抑止力・対処力の強化の一環として、日頃から、双方の施設等の共同使用の増加、訓練等を通じた日米の部隊の双方の施設等への展開等を進める。
(2) 同盟調整機能の強化
いついかなる事態が生起したとしても、日米両国による整合的な共同対処を行うため、同盟調整メカニズム(ACM)を中心とする日米間の調整機能をさらに発展させる。
これらに加え、日米同盟を中核とする同志国等との連携を強化するため、ACM等を活用し、運用面におけるより緊密な調整を実現する。
(3) 共同対処基盤の強化
あらゆる段階における日米共同での実効的な対処を支える基盤を強化する。まず、日米がその能力を十分に発揮できるよう、あらゆるレベルにおける情報共有を更に強化するために、情報保全及びサイバーセキュリティに係る取組を抜本的に強化する。また、同盟の技術的優位性、相互運用性、即応性、さらには継戦能力を確保するため、先端技術に関する共同分析や共同研究、装備品の共同開発・生産、相互互換性の向上、各種ネットワークの共有及び強化、米国製装備品の国内における生産・整備能力の拡充、サプライチェーンの強化に係る取組等、装備・技術協力を一層強化する。
(4) 在日米軍の駐留を支えるための取組
厳しい安全保障環境に対応する、日米共同の態勢の最適化を図りつつ、在日米軍再編の着実な進展や在日米軍の即応性・抗たん性強化を支援する取組等、在日米軍の駐留を安定的に支えるための各種施策を推進する。
特に、安全保障上極めて重要な位置にある沖縄においては、一層厳しさを増す安全保障環境に対応しつつ、普天間飛行場の移設を含む在沖縄米軍施設・区域の整理・統合・縮小、部隊や訓練の移転等を着実に実施することにより、負担軽減を図っていく。
以上のような日米共同の取組を円滑かつ効果的に実施するためには、国民の理解が不可欠であり、その意義・必要性を積極的に発信するなどの取組を強化する。
3 同志国等との連携
第三のアプローチは、同志国等との連携の強化である。力による一方的な現状変更やその試みに対抗し、我が国の安全保障を確保するためには、同盟国のみならず、一か国でも多くの国々と連携を強化することが極めて重要である。その観点から、FOIPというビジョンの実現に資する取組を進めていく。
まずは、日米同盟を重要な基軸と位置付けつつ、地域の特性や各国の事情を考慮した上で、多角的・多層的な防衛協力・交流を積極的に推進していく。その際、同志国等との連携強化を効果的に進める観点から、円滑化協定(RAA)、物品役務相互提供協定(ACSA)、防衛装備品・技術移転協定等の制度的枠組みの整備を更に推進する。
オーストラリアとの間では、インド太平洋地域の「特別な戦略的パートナー」として新たな「安全保障協力に関する日豪共同宣言」で方向付けたとおり、日米防衛協力に次ぐ緊密な協力関係を構築し、外務・防衛閣僚級協議(「2+2」)を含む各レベルでの協議、共同訓練、防衛装備・技術協力等を深化させる。また、RAA等の整備を踏まえ、オーストラリアにおける訓練の実施やローテーション展開等を図り、事態生起時には、我が国、米国及びオーストラリアが協力することも念頭に置きながら、相互に協議し、後方支援や情報共有等を中心に連携する。こうした事態への効果的な対応を確保する観点から、平素より運用面の協力の範囲、目的及び形態に関する議論を推進する。
インドとの間では、特別戦略的グローバル・パートナーシップを構築しており、戦略的な連携を強化する観点から、「2+2」等の枠組みも活用しつつ、海洋安全保障やサイバーセキュリティ等を始めとする幅広い分野において、二国間及び多国間の軍種間交流等を更に深化させるとともに、共同訓練、防衛装備・技術協力等を推進する。
英国、フランス、ドイツ、イタリア等との間では、グローバルな安全保障上の課題のみならず、欧州及びインド太平洋地域の課題に相互に関与を強化する。その上で、北大西洋条約機構(NATO)等による米国との同盟関係を基軸として、緊密な協力関係を構築し、「2+2」等の各レベルでの協議、共同訓練、次期戦闘機の共同開発を含む防衛装備・技術協力、艦艇・航空機等の相互派遣等を実施する。その際、共同で実施する北朝鮮に向けた瀬取り監視やソマリア沖・アデン湾における海賊対処を通じて連携を強化する。
NATO及び欧州連合(EU)との間では、これら欧州諸国との二国間関係を基礎として、国際的なルール形成やインド太平洋地域における安全保障への関与に関して連携を強化していく。
韓国との間では、北朝鮮による核・ミサイルの脅威に対し、日米同盟及び米韓同盟の抑止力・対処力の強化の重要性を踏まえ、日米韓三か国による共同訓練を始めとした取組により日米韓の連携を強化する。
カナダ及びニュージーランドとの間では、インド太平洋地域の課題に更に連携して取り組むため、各レベルでの協議、共同訓練・演習、二国間で連携した第三国との協力等を推進する。
ロシアによるウクライナ侵略を含む力による一方的な現状変更やその試みに直面し、情報戦、サイバーセキュリティ、SC、ハイブリッド戦等の先進的な取組を進める北欧・バルト諸国等との連携や、日本との関係強化に関心を示すチェコ・ポーランド等の中東欧諸国との連携を強化していく。
東南アジア諸国との間では、まず東南アジア諸国連合(ASEAN)の中心性・一体性の強化に向けて、東アジア首脳会議、ASEAN地域フォーラム、拡大ASEAN国防相会議、日ASEAN防衛担当大臣会合等を通じ、その動きを支援する。その上で、インド太平洋地域の安全保障を安定化させる観点から、各国の状況に合わせ、「2+2」を含む各レベルでの協議、戦略的寄港・寄航、共同訓練等を実施する。また、地域の安定化を目指し、防衛力強化に資する防衛装備移転、能力構築支援等を実施する。
モンゴルとの間では、中露の間に位置する民主主義国家という戦略的重要性に鑑み、各レベルでの交流、能力構築支援、多国間共同訓練等に加え、政治・安全保障分野での協力を新たな次元に高めるべく、防衛装備・技術協力を推進する。
中央アジア諸国との間では、アジアと欧州の間に位置する地政学的に重要な地域である一方で、防衛交流実績が少なく空白地帯となっていることから、双方が関心のある分野において、能力構築支援を含む防衛交流を積み重ねていく。
太平洋島嶼国との間では、重要なパートナーとして、同盟国・同志国等とも連携して能力構築支援等の協力に取り組んでいく。その際、軍隊以外の組織である沿岸警備隊等を対象とすること等を検討する。
インド洋沿岸国・中東諸国との間では、我が国のシーレーンの安定的利用やエネルギー・経済の観点からの重要性を踏まえ、防衛協力を進めていく。同時に、アフリカ諸国等との間でも、グローバルな課題に対応するという観点から、防衛協力を強化する。特に、海賊対処、在外邦人等の保護・輸送等、この地域における運用基盤の強化等のため、ジブチとの連携を強化し、同国において運営している自衛隊の活動拠点を長期的・安定的に活用する。
同志国等との連携の推進の一方で、中国やロシアとの意思疎通についても留意していく。
中国との間では、「建設的かつ安定的な関係」の構築に向けて、日中安保対話を含む多層的な対話や交流を推進していく。その際、中国がインド太平洋地域の平和と安定のために責任ある建設的な役割を果たし、国際的な行動規範を遵守するとともに、軍事力強化や国防政策に係る透明性を向上するよう引き続き促す一方で、我が国として有する懸念を率直に伝達していく。また、両国間における不測の事態を回避するため、ホットラインを含む「日中防衛当局間の海空連絡メカニズム」を運用していく。
ロシアとの関係については、力による一方的な現状変更は認められないとの考えの下、ウクライナ侵略を最大限非難しつつ、G7を始めとした国際社会と緊密に連携し、適切に対応する。同時に、隣国であるロシアとの間で、不測の事態や不必要な摩擦を招かないために必要な連絡を絶やさないようにする。
IV 防衛力の抜本的強化に当たって重視する能力
本戦略等に示された基本方針及びこれらと整合された統合的な運用構想により導き出された、我が国の防衛上必要な7つの機能・能力の基本的な考え方とその内容は以下のとおり。
1 スタンド・オフ防衛能力
東西南北、それぞれ約3,000キロに及ぶ我が国領域を守り抜くため、島嶼部を含む我が国に侵攻してくる艦艇や上陸部隊等に対して脅威圏の外から対処するスタンド・オフ防衛能力を抜本的に強化する。
まず、我が国への侵攻がどの地域で生起しても、我が国の様々な地点から、重層的にこれらの艦艇や上陸部隊等を阻止・排除できる必要かつ十分な能力を保有する。次に、各種プラットフォームから発射でき、また、高速滑空飛翔や極超音速飛翔といった多様かつ迎撃困難な能力を強化する。
このため、2027年度までに、地上発射型及び艦艇発射型を含めスタンド・オフ・ミサイルの運用可能な能力を強化する。その際、国産スタンド・オフ・ミサイルの増産体制確立前に十分な能力を確保するため、外国製のスタンド・オフ・ミサイルを早期に取得する。
今後、おおむね10年後までに、航空機発射型スタンド・オフ・ミサイルを運用可能な能力を強化するとともに、変則的な軌道で飛翔することが可能な高速滑空弾、極超音速誘導弾、その他スタンド・オフ・ミサイルを運用する能力を獲得する。
あわせて、スタンド・オフ防衛能力に不可欠な、艦艇や上陸部隊等に関する精確な目標情報を継続的に収集し、リアルタイムに伝達し得る指揮統制に係る能力を保有する。対処実施後の成果の評価も含む情報分析能力や、情報ネットワークの抗たん性・冗長性も併せて保有する。
2 統合防空ミサイル防衛能力
四面環海の日本は、経空脅威への対応が極めて重要である。近年、弾道ミサイル、巡航ミサイル、航空機等の能力向上に加え、対艦弾道ミサイル、極超音速兵器や無人機等の出現により、この経空脅威は多様化・複雑化・高度化している。このため、探知・追尾能力や迎撃能力を抜本的に強化するとともに、ネットワークを通じて各種センサー・シューターを一元的かつ最適に運用できる体制を確立し、統合防空ミサイル防衛能力を強化する。
相手からの我が国に対するミサイル攻撃については、まず、ミサイル防衛システムを用いて、公海及び我が国の領域の上空で、我が国に向けて飛来するミサイルを迎撃する。その上で、弾道ミサイル等の攻撃を防ぐためにやむを得ない必要最小限度の自衛の措置として、相手の領域において、有効な反撃を加える能力として、スタンド・オフ防衛能力等を活用する。こうした有効な反撃を加える能力を持つことにより、相手のミサイル発射を制約し、ミサイル防衛による迎撃を行い易くすることで、ミサイル防衛と相まってミサイル攻撃そのものを抑止していく。
このため、2027年度までに、警戒管制レーダーや地対空誘導弾の能力を向上させるとともに、イージス・システム搭載艦を整備する。また、指向性エネルギー兵器等により、小型無人機等に対処する能力を強化する。
今後、おおむね10年後までに、滑空段階での極超音速兵器への対処能力の研究や、小型無人機等に対処するための非物理的な手段による迎撃能力を一層導入することにより、統合防空ミサイル防衛能力を強化する。
b>3 無人アセット防衛能力
無人アセットは、有人装備と比べて、比較的安価であることが多く、人的損耗を局限し、長期連続運用ができるといった大きな利点がある。さらに、この無人アセットをAIや有人装備と組み合わせることにより、部隊の構造や戦い方を根本的に一変させるゲーム・チェンジャーとなり得ることから、空中・水上・水中等での非対称的な優勢を獲得することが可能である。このため、こうした無人アセットを情報収集・警戒監視のみならず、戦闘支援等の幅広い任務に効果的に活用する。また、有人機の任務代替を通じた無人化・省人化により、自衛隊の装備体系、組織の最適化の取組を推進する。
このため、2027年度までに、無人アセットを早期装備化やリース等により導入し、幅広い任務での実践的な能力を獲得する。特に、水中優勢を獲得・維持するための無人潜水艇(UUV)の早期装備化を進める。
今後、おおむね10年後までに、無人アセットを用いた戦い方を更に具体化し、我が国の地理的特性等を踏まえた機種の開発・導入を加速し、本格運用を拡大する。さらに、AI等を用いて複数の無人アセットを同時制御する能力等を強化する。
4 領域横断作戦能力
宇宙・サイバー・電磁波の領域及び陸・海・空の領域における能力を有機的に融合し、相乗効果によって全体の能力を増幅させる領域横断作戦により、個別の領域が劣勢である場合にもこれを克服し、我が国の防衛を全うすることがますます重要になっている。
(1) 宇宙領域においては、衛星コンステレーションを含む新たな宇宙利用の形態を積極的に取り入れ、情報収集、通信、測位等の機能を宇宙空間から提供されることにより、陸・海・空の領域における作戦能力を向上させる。同時に、宇宙空間の安定的利用に対する脅威に対応するため、地表及び衛星からの監視能力を整備し、宇宙領域把握(SDA)体制を確立するとともに、様々な状況に対応して任務を継続できるように宇宙アセットの抗たん性強化に取り組む。
このため、2027年度までに、宇宙を利用して部隊行動に必要不可欠な基盤を整備するとともに、SDA能力を強化する。
今後、おおむね10年後までに、宇宙利用の多層化・冗長化や新たな能力の獲得等により、宇宙作戦能力を更に強化する。
(2) サイバー領域では、防衛省・自衛隊において、能動的サイバー防御を含むサイバー安全保障分野における政府全体での取組と連携していくこととする。その際、重要なシステム等を中心に常時継続的にリスク管理を実施する態勢に移行し、これに対応するサイバー要員を大幅増強するとともに、特に高度なスキルを有する外部人材を活用することにより、高度なサイバーセキュリティを実現する。このような高いサイバーセキュリティの能力により、あらゆるサイバー脅威から自ら防護するとともに、その能力を生かして我が国全体のサイバーセキュリティの強化に取り組んでいくこととする。
このため、2027年度までに、サイバー攻撃状況下においても、指揮統制能力及び優先度の高い装備品システムを保全できる態勢を確立し、また防衛産業のサイバー防衛を下支えできる態勢を確立する。
今後、おおむね10年後までに、サイバー攻撃状況下においても、指揮統制能力、戦力発揮能力、作戦基盤を保全し任務が遂行できる態勢を確立しつつ、自衛隊以外へのサイバーセキュリティを支援できる態勢を強化する。
(3) 電磁波領域においては、相手方からの通信妨害等の厳しい電磁波環境の中においても、自衛隊の電子戦及びその支援能力を有効に機能させ、相手によるこれらの作戦遂行能力を低下させる。また、電磁波の管理機能を強化し、自衛隊全体でより効率的に電磁波を活用する。
(4) 宇宙・サイバー・電磁波の領域において、相手方の利用を妨げ、又は無力化するために必要な能力を拡充していく。
(5) 領域横断作戦の基本となる陸上防衛力・海上防衛力・航空防衛力については、海上優勢・航空優勢を維持・強化するための艦艇・戦闘機等の着実な整備や、先進的な技術を積極的に活用し、無人アセットとの連携を念頭に置きつつ、新型護衛艦の導入や次期戦闘機の開発を進めるなど、抜本的に強化していく。
5 指揮統制・情報関連機能
今後、より一層、戦闘様相が迅速化・複雑化していく状況において、戦いを制するためには、各級指揮官の適切な意思決定を相手方よりも迅速かつ的確に行い、意思決定の優越を確保する必要がある。このため、AIの導入等を含め、リアルタイム性・抗たん性・柔軟性のあるネットワークを構築し、迅速・確実なISRTの実現を含む領域横断的な観点から、指揮統制・情報関連機能の強化を図る。
このため、2027年度までに、ハイブリッド戦や認知領域を含む情報戦に対処可能な情報能力を整備する。また、衛星コンステレーション等によるニアリアルタイムの情報収集能力を整備する。
今後、おおむね10年後までに、AIを含む各種手段を最大限に活用し、情報収集・分析等の能力を更に強化する。また、情報収集アセットの更なる強化を通じ、リアルタイムで情報共有可能な体制を確立する。
また、これまで以上に、我が国周辺国等の意思と能力を常時継続的かつ正確に把握する必要がある。このため、動態情報から戦略情報に至るまで、情報の収集・整理・分析・共有・保全を実効的に実施できるよう、情報本部を中心とした電波情報、画像情報、人的情報、公刊情報等の機能別能力を強化するとともに、地理空間情報の活用を含め統合的な分析能力を抜本的に強化していく。あわせて、情報関連の国内関係機関との協力・連携を進めていくとともに、情報収集衛星により収集した情報を自衛隊の活動により効果的に活用するために必要な措置をとる。
これに加え、偽情報の流布を含む情報戦等に有効に対処するため、防衛省・自衛隊における体制・機能を抜本的に強化するとともに、同盟国・同志国等との情報共有や共同訓練等を実施していく。
6 機動展開能力・国民保護
島嶼部を含む我が国への侵攻に対しては、海上優勢・航空優勢を確保し、我が国に侵攻する部隊の接近・上陸を阻止するため、平素配備している部隊が常時活動するとともに、状況に応じて必要な部隊を迅速に機動展開させる必要がある。このため、自衛隊自身の海上輸送力・航空輸送力を強化するとともに、民間資金等活用事業(PFI)等の民間輸送力を最大限活用する。
また、これらによる部隊への輸送・補給等がより円滑かつ効果的に実施できるように、統合による後方補給態勢を強化し、特に島嶼部が集中する南西地域における空港・港湾施設等の利用可能範囲の拡大や補給能力の向上を実施していくとともに、全国に所在する補給拠点の近代化を積極的に推進する。
自衛隊は島嶼部における侵害排除のみならず、強化された機動展開能力を住民避難に活用するなど、国民保護の任務を実施していく。
このため、2027年度までに、PFI船舶の活用の拡大等により、輸送能力を強化することで、南西方面の防衛態勢を迅速に構築可能な能力を獲得し、住民避難の迅速化を図る。
今後、おおむね10年後までに、輸送能力を更に強化しつつ、補給拠点の改善により輸送・補給を一層迅速化する。
7 持続性・強靱性
(1) 将来にわたり我が国を守り抜く上で、弾薬、燃料、装備品の可動数といった現在の自衛隊の継戦能力は、必ずしも十分ではない。こうした現実を直視し、有事において自衛隊が粘り強く活動でき、また、実効的な抑止力となるよう、十分な継戦能力の確保・維持を図る必要がある。このため、弾薬の生産能力の向上及び製造量に見合う火薬庫の確保を進め、必要十分な弾薬を早急に保有するとともに、必要十分な燃料所要量の確保や計画整備等以外の装備品が全て可動する体制を早急に確立する。
このため、2027年度までに、弾薬については、必要数量が不足している状況を解消する。また、優先度の高い弾薬については製造態勢を強化するとともに、火薬庫を増設する。さらに、部品不足を解消して、計画整備等以外の装備品が全て可動する体制を確保する。
今後、おおむね10年後までに、弾薬及び部品の適正な在庫の確保を維持するとともに、火薬庫の増設を完了する。装備品については、新規装備品分も含め、部品の適正な在庫の確保を維持する。
(2) さらに、平素においては自衛隊員の安全を確保し、有事においても容易に作戦能力を喪失しないよう、主要司令部等の地下化や構造強化、施設の離隔距離を確保した再配置、集約化等を実施するとともに、隊舎・宿舎の着実な整備や老朽化対策を行う。さらに、装備品の隠ぺい及び欺まん等を図り、抗たん性を向上させる。
また、気候変動の問題は、将来のエネルギーシフトへの対応を含め、今後、防衛省・自衛隊の運用や各種計画、施設、防衛装備品、さらに我が国を取り巻く安全保障環境により一層の影響をもたらすことは必至であるため、これに伴う各種課題に対応していく。
このため、2027年度までに、司令部の地下化、主要な基地・駐屯地内の再配置・集約化を進め、各施設の強靱化を図る。また、災害の被害想定が甚大かつ運用上重要な基地・駐屯地から津波等の災害に対する施設及びインフラの強靱化を推進する。
今後、おおむね10年後までに、防衛施設の更なる強靱化を図る。
(3) 自衛隊員の生命を救い、身体に対する危険を軽減することによって、自衛隊がより長く、より強靱に我が国への侵攻に対処できるように、隊員の救命率向上のため、応急救護能力を強化するとともに、第一線から最終後送先に至るまでのシームレスな医療・後送体制を構築することによって、衛生機能を変革する。
V 将来の自衛隊の在り方
1 7つの重視分野における自衛隊の役割
防衛力の抜本的強化に当たって重視する能力の7つの分野において、各自衛隊は以下の役割を担う。
スタンド・オフ防衛能力については、侵攻してくる艦艇や上陸部隊に対し、脅威圏外から多様な対処を行い得るよう、各自衛隊は、車両、艦艇、航空機からのスタンド・オフ・ミサイル発射能力を必要十分な数量整備する。
統合防空ミサイル防衛能力については、海上自衛隊の護衛艦が上層、陸上自衛隊及び航空自衛隊の地対空誘導弾が下層における迎撃を担うことを基本として、極超音速兵器等の将来の経空脅威への対応能力を強化する。また、各自衛隊は、スタンド・オフ防衛能力等を反撃能力として活用する。
無人アセット防衛能力については、各自衛隊は、各々の任務分担に従い、既存部隊の見直しを進めつつ、航空・海上・水中・陸上の無人アセット防衛能力を大幅に強化する。
領域横断作戦のうち、宇宙領域では、航空自衛隊においてSDA能力を始めとする各種機能を強化する。サイバー領域では、防衛省・自衛隊として我が国全体のサイバーセキュリティ強化に貢献するため、自衛隊全体で強化を図り、特に、陸上自衛隊が人材育成等の基盤拡充の中核を担っていくこととする。電磁波領域については、各自衛隊において、電子戦装備を取得・増強し、電磁波を活用した欺まん装備の導入等を推進する。また、我が国周辺国等の通常戦力の急速な増強を踏まえ、これらの領域における能力と連携して領域横断作戦を展開する各自衛隊の装備品の質・量の強化も引き続き行う。
指揮統制・情報関連機能については、各自衛隊の情報収集能力の強化、収集した情報に基づく意思決定の迅速化、指揮命令を確実に行い得るネットワークの整備等を行う。また、スタンド・オフ・ミサイルの運用に必要なISRTを含む情報本部の情報機能を抜本的に強化するとともに、指揮統制機能との連携を強化する。
機動展開能力・国民保護については、我が国への侵攻が想定される事態において、島嶼部等への部隊の展開を迅速に行うため、陸上自衛隊は中型・小型船舶等を、海上自衛隊は輸送艦等を、航空自衛隊は輸送機等を確保することにより、機動・展開能力を強化する。陸上自衛隊においては、沖縄における国民保護をも目的として、部隊強化を含む体制強化を図る。
持続性・強靱性については、一連の任務遂行を持続的に行うため、各自衛隊は、平素より弾薬・燃料及び可動装備品を必要数確保するとともに、能力発揮の基盤となる防衛施設の抗たん性を強化させる。
2 自衛隊の体制整備の考え方
以上のような7つの分野における役割を踏まえ、統合運用体制並びに各自衛隊及び情報本部の体制は、次のような基本的考え方により整備を行う。
統合運用の実効性を強化するため、既存組織の見直しにより、陸海空自衛隊の一元的な指揮を行い得る常設の統合司令部を創設する。また、統合運用に資する装備体系の検討を進める。
陸上自衛隊は、領域横断作戦能力の強化及び利点の多い地上発射型スタンド・オフ防衛能力の強化による遠方からの侵攻部隊の阻止、持続性・強靱性の保持、南西地域の島嶼部への迅速かつ分散した機動展開能力の強化、無人アセットの導入、ドローン等への対処を含む統合防空ミサイル防衛能力の向上、分散展開した部隊に必要なシステムを含む指揮統制・情報関連機能を重視した体制を整備する。
海上自衛隊は、近年のミサイルの脅威の高まり等を踏まえ、防空能力の強化及び省人化・無人化の推進、情報戦能力の強化、水中優勢の確保、スタンド・オフ防衛能力の強化、洋上後方支援能力の強化、持続性・強靱性の確保を重視し、高い迅速性と活動量を求められる部隊運用を持続的に遂行可能な体制を整備する。特に、領域横断作戦の中でも重要な水中優勢を獲得・維持し得る体制を整備することとする。
航空自衛隊は、高脅威環境下における強靱かつ柔軟な運用による粘り強い任務遂行のため、航空防衛力の質・量の見直し・強化、効果的なスタンド・オフ防衛能力の保持、実効的なミサイル防空態勢の確保、各種無人アセットの導入に必要な体制を整備する。また、宇宙作戦能力を強化し、宇宙利用の優位性を確保し得る体制を整備することにより、航空自衛隊を航空宇宙自衛隊とする。
情報本部は、電波情報、画像情報、人的情報、公刊情報等の収集・分析に加え、我が国の防衛における情報戦対応の中心的な役割を担うこととし、他国の軍事活動等を常時継続的かつ正確に把握し、分析・発信する能力を抜本的に強化する。さらに、領域横断作戦能力の強化及びスタンド・オフ防衛能力の強化に併せ、既存の体制を強化するとともに、関係する他機関との協力・連携を切れ目なく実施できるように強化する。
防衛省・自衛隊においては、能動的サイバー防御を含むサイバー安全保障分野に係る政府の取組も踏まえつつ、我が国全体のサイバーセキュリティに貢献する体制を抜本的に強化することとする。
3 政策立案機能の強化
自衛隊が能力を十分に発揮し、厳しさ、複雑さ、スピード感を増す戦略環境に対応するためには、宇宙・サイバー・電磁波の領域を含め、戦略的・機動的な防衛政策の企画立案が必要とされており、その機能を抜本的に強化していく。この際、有識者から政策的な助言を得るための会議体を設置する。また、自衛隊の将来の戦い方とそのために必要な先端技術の活用・育成・装備化について、関係省庁や民間の研究機関、防衛産業を中核とした企業との連携を強化しつつ、戦略的な観点から総合的に検討・推進する態勢を強化する。さらに、こうした取組を推進し、政策の企画立案を支援するため、防衛研究所を中心とする防衛省・自衛隊の研究体制を見直し・強化し、知的基盤としての機能を強化する。
VI 国民の生命・身体・財産の保護・国際的な安全保障協力への取組
1 国民の生命・身体・財産の保護に向けた取組
我が国が備えるべき事態は、力による一方的な現状変更やその試み、そして我が国への侵攻のみではない。大規模テロやそれに伴う原子力発電所を始めとした重要インフラに対する攻撃、地震や台風等の大規模災害、新型コロナウイルス感染症といった感染症危機等は、国民の生命・身体・財産に対する深刻な脅威であり、我が国として、国の総力をあげて全力で対応していく必要がある。
それらの対応に当たって、防衛省・自衛隊においては、抜本的に強化された防衛力を活用し、警察、海上保安庁、消防、地方公共団体等の関係機関と緊密に連携して、大規模テロや重要インフラに対する攻撃に際しては実効的な対処を行い、大規模災害等に際しては効果的に人命救助、応急復旧、生活支援等を行うこととする。また、外国での災害・騒乱等が発生した際には、外交当局と緊密に連携して、在外邦人等を迅速かつ的確に保護し、輸送する。
防衛力を活用しつつ、このような対応を円滑に実施するためには、平素から関係機関と連携態勢を構築しておくことが必須である。地方公共団体やインフラ事業者を含む関係機関と共に、各種計画等を踏まえつつ、その実効性を担保するために、総合的な訓練を実施する。また、このような連携態勢を活用し、我が国への侵攻が予測される場合には、住民の避難誘導を含む国民保護のための取組を円滑に実施できるようにする。
2 国際的な安全保障協力への取組
我が国の平和と安全のためには、国際社会の平和と安定及び繁栄が確保されていなければならない。そのため、防衛省・自衛隊としても、抜本的に強化された防衛力を活用しつつ、国際協調を旨とする積極的平和主義の立場から、世界各地における紛争・対立の解決に向けた努力、気候変動等に起因する国際的な大規模災害に際しての人道支援・災害救援、大量破壊兵器の不拡散等の国際的な課題への対応に積極的に取り組んでいく必要がある。
国連平和維持活動(PKO)を始めとする国際平和協力業務、国際緊急援助活動等の国際平和協力活動については、平和安全法制も踏まえ、必要に応じ、遠隔地であっても、情報関連機能を用いて精緻な情報を収集し、機動展開能力により必要な部隊を迅速に移動させ、我が国が得意とする施設、衛生等といった分野を中心として活動を実施していく。また、高い専門性を有する自衛官の特性を生かし、引き続き、現地ミッション司令部要員等を派遣していく。加えて、これまで蓄積した経験を活かし、能力構築支援を実施していく。
我が国を取り巻く安全保障環境を改善する観点からは、核兵器・化学兵器・生物兵器といった大量破壊兵器等の軍備管理・軍縮及び不拡散についても、関係国や国際機関等と協力しつつ、取組を推進していく。その際、防衛省・自衛隊の知見を活かし、国際機関や国際輸出管理レジームの実効性の向上に協力していく。
VII いわば防衛力そのものとしての防衛生産・技術基盤
防衛生産・技術基盤は、自国での装備品の研究開発・生産・調達を安定的に確保し、新しい戦い方に必要な先端技術を防衛装備品に取り込むために不可欠な基盤であることから、いわば防衛力そのものと位置付けられるものであり、その強化は必要不可欠である。そのため、新たな戦い方に必要な力強く持続可能な防衛産業の構築、様々なリスクへの対処、販路の拡大等に取り組んでいく。汎用品のサプライチェーン保護、民生先端技術の機微技術管理・情報保全等の政府全体の取組に関しては、防衛省が防衛目的上必要な措置を実施していくことと併せて、関係省庁間の取組と連携していく。
1 防衛生産基盤の強化
我が国の防衛産業は、自衛隊の任務遂行に当たっての装備品の確保の面から、防衛省・自衛隊と共に国防を担うパートナーというべき重要な存在であり、高度な装備品を生産し、高い可動率を確保できる能力を維持・強化していく必要がある。そのためには、防衛産業において、防衛技術基盤の強化を通じた高度な技術力及び品質管理能力を確保することに加え、装備品の生産・維持・整備、改修・能力向上等を確保していく。
防衛産業が、このような大きな役割を果たすために、サプライチェーン全体を含む基盤強化を図っていく。その際、防衛産業のコスト管理や品質管理に関する取組を適正に評価し、適正な利益を確保するための新たな利益率の算定方式を導入することで、事業の魅力化を図るとともに、既存のサプライチェーンの維持・強化と新規参入促進を推進する。
また、装備品の取得に際して、企業の予見可能性を図りつつ、国内基盤を維持・強化する観点を一層重視し、技術的、質的、時間的な向上を図るとともに、こうした措置を講じてもなお、他に手段がない場合、国自身が製造施設等を保有する形態を検討していく。
さらに、防衛産業のサプライチェーンリスクに対応するとともに、国際水準を踏まえたサイバーセキュリティを含む産業保全を強化し、併せて機微技術管理の強化に取り組む。こうした観点から、同盟国・同志国等の防衛当局と、防衛産業に関するサプライチェーン保護、機微技術管理等を実施していく。
2 防衛技術基盤の強化
新しい戦い方に必要な装備品を取得するためには、我が国が有する技術を如何に活用していくかが極めて重要である。そのために、防衛省・自衛隊においては、防衛関連企業等から提案を受け、新しい戦い方に適用し得るかを踏まえた上で、当該企業が有する装備品特有の技術や社内研究成果、さらには、非防衛産業から取り込んで装備品に活用できる技術を早期装備化に繋げていくための取組を積極的に推進していくこととする。特に、政策的に緊急性・重要性が高い事業の実施に当たっては、研究開発リスクを許容しつつ、想定される成果を考慮した上で、一層早期の研究開発や実装化を実現する。
また、試作品を部隊で運用しながら仕様を改善し、必要な装備品を部隊配備する取組を強化する。
さらに、我が国の防衛に資する装備品を取得する手段として、我が国主導の国際共同開発を推進するなど、同盟国・同志国等との協力・連携を進めていく。
加えて、スタートアップ企業や国内の研究機関・学術界等の民生先端技術を積極活用するための枠組みを構築するほか、総合的な防衛体制強化のための府省横断的な仕組みを活用する。
防衛装備庁の研究開発関連組織のスクラップ・アンド・ビルドにより、装備化に資するマルチユース先端技術を見出し、防衛イノベーションにつながる装備品を生み出すための新たな研究機関を創設するとともに、政策・運用・技術の面から総合的に先端技術の活用を検討・推進する体制を拡充する。こうした体制の下、予見可能性を高める観点から、新しい戦い方を踏まえて、重視する技術分野や研究開発の見通しについて戦略的に発信する。
3 防衛装備移転の推進
防衛装備品の海外への移転は、特にインド太平洋地域における平和と安定のために、力による一方的な現状変更を抑止して、我が国にとって望ましい安全保障環境の創出や、国際法に違反する侵略や武力の行使又は武力による威嚇を受けている国への支援等のための重要な政策的な手段となる。こうした観点から、安全保障上意義が高い防衛装備移転や国際共同開発を幅広い分野で円滑に行うため、防衛装備移転三原則や運用指針を始めとする制度の見直しについて検討する。その際、三つの原則そのものは維持しつつ、防衛装備移転の必要性、要件、関連手続の透明性の確保等について十分に検討する。また、防衛装備移転を円滑に進めるため、基金を創設し、必要に応じた企業支援を行うこと等により、官民一体となって防衛装備移転を進める。
VIII 防衛力の中核である自衛隊員の能力を発揮するための基盤の強化
1 人的基盤の強化
防衛力の中核は自衛隊員である。防衛力の抜本的強化を実現するに当たっては、自衛官の定員は増やさずに必要な人員を確保するとともに、自衛隊員には、これまで以上の知識・技能・経験が求められているほか、偽情報等に惑わされない素養を身に着ける必要が生じていることも踏まえつつ、全ての隊員が高い士気と誇りを持ちながら、個々の能力を発揮できる環境を整備する必要がある。生活・勤務環境の改善、処遇の向上、栄典・礼遇に関する施策の推進、自衛隊員の家族や関係団体等との連携を含めた家族支援の拡充、人事管理の柔軟化等を通じた女性隊員が更に活躍できる環境醸成、ワークライフバランスの推進、若年で退職する自衛官の再就職支援の充実等に引き続き取り組む。特に、高い即応性、長期の任務、社会と隔絶された厳しい環境での勤務を求められる隊員には一定の配慮が必要である。また、ハラスメントは人の組織である自衛隊の根幹を揺るがすものであることを各自衛隊員が改めて認識し、ハラスメントを一切許容しない組織環境を構築する。これらの取組は、中途退職による戦力低下を防止するだけでなく、有為な人材を確保するためにも重要である。
採用については、質の高い人材を必要数確保するため、募集能力の一層の強化を図る。あわせて、精強性の維持に配慮しつつ、定年年齢を更に引き上げるとともに、退職する自衛官の再任用を拡大することにより、熟練した技能の有効活用を図る。さらに、柔軟な人材活用を進め、サイバー領域等の専門的な知識・技能を有する民間人材を含めた幅広い層からの人材確保を推進する。特に、充足率の低い艦艇乗組員や、レーダーサイトの警戒監視要員等の人材確保に資する施策を総合的に講じていく。なお、常備自衛官の補完等に当たる予備自衛官等については、サイバー領域を含め、採用を大幅に増やすべく、その制度の見直しや体制強化に取り組む。また、退職した自衛隊員等との連携を強化する。
採用した人材の育成については、自衛隊員へのリスキリングや防衛大学校、各自衛隊の学校等の教育基盤の強化を図る。この際、サイバー領域等の専門性が高い分野や、統合教育・研究を特に強化するとともに、希少な専門人材を有効に活用するための施策を講じる。また、防衛省における事務官等は、防衛力の一要素として自衛隊の活動を支えるとともに、防衛力の抜本的強化やそれに伴う政策の企画立案、部隊における運用支援等のために重要な役割を果たすものである。そのために必要となる事務官・技官等を確保し、さらに必要な制度の検討を行うなど、人的基盤の強化に取り組む。
このように、自衛隊員が育児、出産、介護といった各種のライフイベントを迎える中にあっても、遺憾なくその能力を発揮できる組織環境づくりにも配慮し、自衛隊員としてのライフサイクル全般に着目した大胆な施策を講じる。
2 衛生機能の変革
自衛隊衛生については、これまで自衛隊員の壮健性の維持を重視してきたが、持続性・強靱性の観点から、有事において危険を顧みずに任務を遂行する隊員の生命・身体を救う組織に変革する。
このため、各種事態への対処や国内外における多様な任務に対応し得るよう、各自衛隊で共通する衛生機能等を一元化して統合的な運用を推進するとともに、防衛医科大学校も含めた自衛隊衛生の総力を結集できる態勢を構築し、戦傷医療能力向上のための抜本的改革を推進する。
この際、南西地域の第一線から本州等の後送先病院までの役割の明確化を図った上で、第一線から後送先病院までのシームレスな医療・後送態勢を確立し、後送に係る衛生資器材の共通化を図るとともに、医療・後送に際して必要となる医療情報を第一線を含む全国の医療拠点・施設で共有するシステムを整備する。また、部隊の救護能力の強化、外傷医療に不可欠な血液・酸素を含む衛生資器材の確保、南西地域の医療拠点の整備も行う。
さらに、防衛医科大学校での戦傷医療についての教育研究の強化を進めるとともに、医官及び看護官の臨床経験をより充実させるために必要な運営改善を進める。また、積極的な部外研修によって医官及び看護官の臨床経験を補完する。その上で、戦傷医療についての統合教育・訓練を通じ各自衛隊共通の知識・技能の向上を図る。
IX 留意事項
1 本戦略は、国家安全保障戦略の下、他の分野の戦略と整合をもって実施される。防衛目標達成のためのアプローチと手段が適切にとられているのか、特に国全体の防衛体制の強化が確実に実施されているのかについて、国家安全保障会議において定期的に体系的な評価を行う。また、安全保障環境の変化、特に相手方の能力に着目し、統合的な運用構想に基づき、実効的に対処できる防衛力を構築していくため、必要な能力に関する評価を常に実施する。
2 本戦略に基づく防衛力の抜本的強化は、将来にわたり、維持・強化していく必要がある。このため、防衛力の抜本的強化の在り方について中長期的な観点から不断に検討を行う。
3 本戦略はおおむね10年間の期間を念頭に置いているが、国際情勢や技術的水準の動向等について重要な変化が見込まれる場合には必要な修正を行う。