[文書名] 宇宙安全保障構想
目次
策定の趣旨・・・2
1.宇宙をめぐる安全保障環境の現状と課題・・・2
(1)宇宙空間をめぐる競争・・・2
(2)宇宙空間における脅威とリスクの拡大・・・2
(3)民間イノベーションの進展・・・3
2.宇宙安全保障上の目標及びアプローチ・・・4
(1)宇宙安全保障上の目標・・・4
(2)目標を達成するためのアプローチ・・・4
① 第1のアプローチ:安全保障のための宇宙システム利用の抜本的拡大・・・4
② 第2のアプローチ:宇宙空間の安全かつ安定的な利用の確保・・・5
③ 第3のアプローチ:安全保障と宇宙産業の発展の好循環の実現・・・5
3.安全保障のための宇宙アーキテクチャの構築・・・5
(1)安全保障のための宇宙アーキテクチャ・・・5
(2)安全保障のための宇宙アーキテクチャが備えるべき要件・・・6
4.第1のアプローチ:安全保障のための宇宙システム利用の抜本的拡大・・・7
(1)宇宙からの広域・・・高頻度・・・高精度な情報収集態勢の確立(情報収集)・・・7
(2)宇宙システムによるミサイル脅威への対応(ミサイル防衛)・・・8
(3)重層的かつ耐傍受性・・・耐妨害性の高い衛星情報通信態勢の確立(情報通信)・・・8
(4)衛星測位機能の強化(衛星測位)・・・8
(5)大規模かつ柔軟な宇宙輸送態勢の確立(宇宙輸送)・・・9
5.第2のアプローチ:宇宙空間の安全かつ安定的な利用の確保・・・9
(1)宇宙領域把握等の充実・・・強化(宇宙領域把握等)・・・9
(2)軌道上サービスを活用した衛星のライフサイクル管理・・・9
(3)不測の事態における政府の意思決定・・・対応・・・10
(4)宇宙空間における国際的な規範・・・ルール作りへの主体的な貢献・・・10
6.第3のアプローチ:安全保障と宇宙産業の発展の好循環の実現・・・10
(1)官民一体となった先端・・・基盤技術開発力の強化・・・10
(2)重要技術の自律性の確保・・・11
(3)官民の総合力による実装能力の向上・・・11
(4)宇宙開発の中核機関としての JAXA の役割の強化 11
(5)民間主導による開発の促進と政府による支援の拡大・・・12
(6)競争力のある企業に対する選択的・・・総合的支援・・・12
(7)技術成熟レベルに応じた官民の投資・・・契約スキームの多様化・・・12
おわりに・・・12
策定の趣旨
「国家安全保障戦略」に基づき、宇宙安全保障の分野の課題と政策を具体化し、宇宙安全保障に必要なおおむね 10 年の期間を念頭に置いた取組を明らかにするとともに、府省横断的な取組である宇宙基本計画に反映させるため、宇宙安全保障構想を策定する。
本構想は、まず、宇宙をめぐる安全保障環境の現状と課題を明らかにする。次に、宇宙安全保障上の課題に戦略的に対処するための宇宙安全保障上の目標及びアプローチを示す。そして、我が国の宇宙利用の将来的な姿として安全保障のための宇宙アーキテクチャと、それを実現するために取り組むべき事項を示す。
1.宇宙をめぐる安全保障環境の現状と課題
(1)宇宙空間をめぐる競争
今日、宇宙空間は、外交・防衛・経済・情報、そしてそれらを支える科学技術・イノベーション力といった国力をめぐる地政学的競争の主要な舞台となっている。また、将来的に宇宙をめぐる安全保障の対象は、資源探査を含めた月の経済的な意義の高まりなどに呼応して、地球周回軌道を越えて、地球から月までの間の領域(シスルナ領域)にまで拡大していく可能性が高い。
21世紀において生起した多くの紛争は、宇宙空間の利用が地球上における軍事的優位性に直結することを示した。2022年2月に発生したロシアによるウクライナ侵略では、欧米の民間衛星のデータが軍事作戦に直接利用されるだけでなく、人工知能を始めとした先端技術によって衛星画像の分析が大幅に自律化したとされている。また、クラウドベースのデータ管理とデータ・ソリューション技術との融合によって、前線の部隊が衛星データを即時利用できるようになった。そして、我が国の周辺国は、我が国の上空を通過し、光学・合成開口レーダ(SAR: Synthetic Aperture Radar)・電波等により情報収集を行う衛星の数を、過去数年間で大幅に増加させている。
このような、安全保障における宇宙システムの重要性の高まりを受け、民生用や商用の衛星が安全保障目的でも使用されるという、宇宙システムのデュアルユース性もあいまって、民生・商用・安全保障分野の分野横断的・総合的な宇宙開発利用の競争が加速している。また、地政学的競争の激化に伴って、価値観を共有する国々の間での宇宙協力がより深化しつつあり、我が国の安全保障を確保する上でも同盟国・同志国との協力が不可欠となっている。
(2)宇宙空間における脅威とリスクの拡大
宇宙空間における脅威は急速に拡大している。一部の国々は、地上配備型及び宇宙配備型の多様な衛星攻撃能力の開発・配備を進め、キネティックに低軌道の衛星を破壊する直接上昇型衛星攻撃(DA-ASAT: Direct-Ascent Anti-Satellite)のみならず、サイバー攻撃・電子攻撃といった、ノンキネティックな手段によって衛星機能を無力化する能力も開発・配備していると見られている。将来的には、静止軌道上の衛星に対する直接上昇型攻撃能力の開発や、2020年代後半までには、高出力指向性エネルギーを用いた能力の導入などの脅威も想定される。
これらの衛星攻撃能力のうち、被害が一時的あるいは復旧可能なものにとどまる衛星攻撃能力については、平素から軍事的なプレゼンスの誇示等の手段として使用される可能性が懸念されている。特に、サイバー攻撃や電子攻撃を始めとしたノンキネティックな能力の使用は、攻撃の主体や手段の特定が困難となっている。このように、宇宙空間では平時と有事の境が曖昧なグレーゾーンの環境が常態となっている。また、本格的な紛争においては、直接上昇型衛星攻撃を始めとした、復旧不可能な被害をもたらす能力が使用されることも否定できず、これが使用された場合は、長期間にわたって宇宙空間の安全かつ安定的な利用に深刻な影響をもたらすことが懸念されている。
宇宙空間においては、各種のリスクも拡大している。特にスペースデブリ及び衛星を含めた宇宙物体数の急増によって、宇宙空間の混雑化が急速に進んでいる。例えば、中国が2007年に行った衛星破壊実験では、追跡可能なものだけで3,000個以上のスペースデブリが発生し、そのほとんどが今後数十年にわたって地球を周回し続ける。また、ロシアも2021年11月に衛星破壊実験を行い、その結果、大量に発生したスペースデブリが、国際宇宙ステーションを含めた国際的な宇宙資産を危険に晒している。さらに、大規模な衛星コンステレーションの実現に伴い、衛星を含めた宇宙物体そのものの急増が、軌道上を更に混雑させ、それに伴って衝突リスクを増加させている。
(3)民間イノベーションの進展
今日、民間部門における宇宙技術の革新が急速に進んでいる。再使用型ロケットや小型ロケットの開発による低コスト・高頻度の打上げ、小型衛星を活用した大規模な衛星コンステレーションの構築、人工知能などの先端技術の宇宙システムへの応用による高度な衛星データ分析といった、新たな宇宙ビジネスへの参入が加速しており、民間部門が技術革新をけん引している。これらの、民間部門が創出する新たな技術を安全保障分野に迅速に取り込むことで、研究開発から実証・製造・運用に至るプロセスの速度を向上させるとともに、宇宙システムの先進性の確保により能力を向上させ、また、民間宇宙サービスの利用を拡大することで、限られた財政の中で必要な機能を確保することが可能となっている。
こうした中、政府の宇宙安全保障上のニーズを民間部門に明確に示すことにより、民間投資が促進され、開発ペースの迅速化や製造コストの低廉化などを通じ、産業基盤・産業競争力が強化され、それが宇宙安全保障の一層の強化の実現に資することが期待される。宇宙安全保障政策には、こうした安全保障のための取組の強化と産業基盤・産業競争力の強化の好循環が生み出されるエコシステムを創出することが求められている。
2.宇宙安全保障上の目標及びアプローチ
(1)宇宙安全保障上の目標
宇宙安全保障に求められることは、宇宙空間を通じた国家安全保障上の目標への貢献であり、宇宙安全保障の目標は「我が国が、宇宙空間を通じて国の平和と繁栄、国民の安全と安心を増進しつつ、同盟国・同志国等とともに、宇宙空間の安定的利用と宇宙空間への自由なアクセスを維持すること」である。
これを達成するためには、衛星が提供するサービスを利用して安全保障上の課題に対し、我が国の経済社会のみならず、安全保障にとって不可欠な宇宙システムを守る「宇宙からの安全保障」と、拡大する宇宙空間における脅威・リスクに対し、我が国の経済社会にとって不可欠な宇宙システムを守る「宇宙における安全保障」という2つの考え方が基本となる。
また、2つの宇宙安全保障を確保する上では、宇宙空間が外交・防衛・経済・情報、そしてそれらを支える科学技術・イノベーション力といった国力をめぐる地政学的競争の舞台となっており、また、その競争が激化していることを踏まえ、関係府省庁が一体となった取組を進めていく。加えて、同盟国・同志国等との協力を強化していく。さらに、宇宙分野における民間の技術革新の進展成果を迅速に取り込むため、国内外の官民連携を強化していく。
(2)目標を達成するためのアプローチ
宇宙安全保障上の目標については、次の3つのアプローチによって、その達成を図る。
① 第1のアプローチ:安全保障のための宇宙システム利用の抜本的拡大(宇宙からの安全保障)
宇宙システムから得られる情報を各種の安全保障上の課題への対応に活用して、外交力・防衛力・経済力・技術力・情報力を含む総合的な国力を強化していく。特に、戦後、最も厳しく複雑な安全保障環境の中、隙のない対応を図るため、衛星コンステレーションや情報収集衛星等による情報収集、安全保障用通信衛星の多様化、衛星測位機能の強化などにより宇宙システムから得られる広域、高精度の情報を高頻度、高速で有機的かつ効率的に活用する。
② 第2のアプローチ:宇宙空間の安全かつ安定的な利用の確保(宇宙における安全保障)
安全保障・経済・社会活動における宇宙システムの重要性がより一層高まる一方で、宇宙空間における衛星破壊能力やスペースデブリなどの脅威・リスクの拡大に対応する必要がある。このため、宇宙領域把握(SDA: Space Domain Awareness)、軌道上サービスを活用した衛星のライフサイクル管理、不測の事態における政府の意思決定・対応、国際的な規範・ルール作りへの主体的な貢献など、宇宙システムの安全かつ安定的な利用を確保していく。
③ 第3のアプローチ:安全保障と宇宙産業の発展の好循環の実現
宇宙に係る力強い防衛力は力強い国内宇宙産業と活力あるイノベーション基盤によって支えられる。宇宙産業基盤の強化は技術的・商業的イノベーションへと還元され、安全保障のみならず、経済的な側面においても我が国の国益へと還元される。民間の宇宙技術の安全保障分野への活用が国内宇宙産業の発展を促し、それが我が国の防衛力の強化にもつながる好循環を実現していく。
3.安全保障のための宇宙アーキテクチャの構築
(1)安全保障のための宇宙アーキテクチャ
安全保障のための宇宙システム利用の抜本的拡大(第1のアプローチ)及び宇宙空間の安全かつ安定的な利用の確保(第2のアプローチ)の将来的な姿として「安全保障のための宇宙アーキテクチャ」を構築し、これを早期に実装するため、安全保障と宇宙産業の発展の好循環を実現する(第3のアプローチ)。また、宇宙をめぐる安全保障環境と課題を踏まえ、安全保障のための宇宙アーキテクチャが備えるべき要件を示す。
{図は省略}
(2)安全保障のための宇宙アーキテクチャが備えるべき要件
① 衛星データの互換性・相互運用性とサイバーセキュリティ・情報保全
国内における政策・情報・運用部門が適時に、また、同盟国・同志国とも連携して衛星データを活用するためには、各種衛星データの互換性を確保する必要がある。また、同盟国・同志国との宇宙協力を強化するため、特に多国間協力が前提となるSDAを始めとする分野では、同盟国・同志国との相互運用性を確保する必要がある。
このためには、宇宙システム全体におけるあらゆる面でのセキュリティ対策を適時、整備・更新するといった強化されたサイバーセキュリティ態勢やセキュリティ・クリアランスを含む情報保全体制が必要である。また、これを政府の宇宙システムの基準・調達枠組みや、民間と協調するための枠組みに活用することも重要である。
② 宇宙空間における脅威・リスクに対応し得る抗たん性
宇宙空間における脅威・リスクに対応するため、宇宙システム全体の抗たん性を強化することが必要である。このため、宇宙システムの同一機能を有する衛星を多数保持するとともに、同一機能を多様な形態で保持すべきである。また、地上局の防護、サイバーレジリエンスの確保等、物理的及び非物理的な側面から、総合的に宇宙システムの抗たん性が確保されたものでなければならない。
③ 民間サービスを活用した経済性
革新的な技術を迅速に取り込み、また、必要な機能を確保するため、民間サービスを活用して経済性を高めることが必要である。特に、民間でのイノベーションが加速している情報通信、地球観測、データ・ソリューション分野においては民間サービスの活用を推進すべきである。この際、民間サービスの安全性・安定性を確保するため、各事業者のサイバーセキュリティ水準、情報保全体制、サプライチェーン及び投資の健全性が確保されたものでなければならない。
4.第1のアプローチ:安全保障のための宇宙システム利用の抜本的拡大
(宇宙からの安全保障)
(1)宇宙からの広域・高頻度・高精度な情報収集態勢の確立(情報収集)
官民の衛星の利用、同盟国・同志国との連携の強化といった様々な手段を組み合わせ、広域において隙のない情報収集を行う。
情報収集コンステレーション、政府による民間サービスの調達の拡大及び静止光学衛星の活用により、同盟国との連携強化等の各種取組によって補完しつつ、高頻度な情報収集態勢等を確立し、スタンド・オフ防衛能力の実効性の確保や海洋状況把握などに必要な目標の探知・追尾能力を獲得する。この際、光通信衛星コンステレーションによって情報伝達速度を向上するとともに、AIの活用により、画像分析能力を向上する。
また、政府が保有する情報収集衛星については、機数増の着実な実施、高精度・高画質な画像情報の収集、データ中継衛星の運用等を通じた情報伝達速度の向上など情報収集能力を強化し、安全保障環境をめぐる諸情勢が急速に変化する中でも我が国の政策を決定するために必要な情報を収集する。この際、内閣衛星情報センターと防衛省・自衛隊を始めとする関係省庁との協力・連携を強化するなどして、収集した情報の更なる効果的な活用を図る。
(2)宇宙システムによるミサイル脅威への対応(ミサイル防衛)
同盟国との連携により早期警戒衛星情報を活用する。また、我が国の周辺国等による弾道ミサイルや極超音速滑空兵器(HGV: Hypersonic Glide Vehicle)等の開発・装備化に対応するため、ミサイル防衛用宇宙システム(広域かつ継続的な脅威の探知・追尾、各種装備品の間の迅速な情報伝達、衛星で捉えた情報の迎撃アセットへの伝達)について、米国との連携可能性を踏まえつつ、技術実証を行い、必要な能力の獲得について検討する。
(3)重層的かつ耐傍受性・耐妨害性の高い衛星情報通信態勢の確立(情報通信)
静止軌道の衛星(防衛通信衛星、民間通信衛星、米国が主導する軍事通信衛星の帯域共有の枠組み(PATS: Protected Anti-Jam Tactical SATCOM))、低軌道の衛星(民間通信衛星コンステレーション、光通信衛星コンステレーション)等を活用した重層的で冗長性のある衛星通信網により、衛星と地上局、衛星間及び地上局間をつなぎ、防衛省・自衛隊の任務拡大に伴う需要増や周辺国による妨害能力の向上に対応する。この際、同盟国・同志国との相互運用性を確保しつつ、耐傍受性・耐妨害性のある防衛通信衛星を整備する。また、海上保安庁において、民間の通信衛星コンステレーションなどの利用を促進することにより、情報通信の冗長化・秘匿化を図り、電波妨害等に対応する。さらに、情報通信回線を高速大容量化させる。
(4)衛星測位機能の強化(衛星測位)
準天頂衛星の機能性や信頼性を高めて、衛星測位機能を強化するとともに、GPS衛星の利用を含め、同盟国との協力により高い抗たん性を有する衛星測位機能を担保する。また、防衛省及び海上保安庁においては、準天頂衛星を含む複数の測位信号の受信機の導入を推進する。加えて、防衛省においては、宇宙空間での測位信号の活用の検討を進める。
(5)大規模かつ柔軟な宇宙輸送態勢の確立(宇宙輸送)
多様な宇宙システムを構築し、その機能・能力を維持・向上させるため、他国に依存することなく宇宙へのアクセスを確保するための基幹ロケットの継続的な運用・強化に取り組む中で、基幹ロケットの打上げの高頻度化及びそれに向けた射場に関する検討と取組を進めるとともに、輸送能力の強化や打上げ費用の低減を含めた打上げ能力を強化する。国内で開発が進む民間ロケットについては、その事業化と打上げ能力の強化を支援し、必要に応じて政府が即時に小型衛星を打ち上げる手段として活用できるようにする。さらに、射場の分散化を進め、また、空中発射を含めた多様な打上げサービスに対応し得る射場等の整備について官民で必要な対応を講ずる。
5.第2のアプローチ:宇宙空間の安全かつ安定的な利用の確保
(宇宙における安全保障)
(1)宇宙領域把握等の充実・強化(宇宙領域把握等)
宇宙物体の位置や軌道等の情報を把握する宇宙状況把握(SSA:Space Situational Awareness)に加え、宇宙物体の運用・利用状況及びその意図や能力を把握するSDAの機能を充実・強化する。SDAについては、地上レーダ、光学望遠鏡及び衛星妨害状況把握装置に加え、新たにSDA衛星を保有・運用するとともに、他国の動向等を踏まえつつ、複数機での運用を検討する。また、多国間演習への参加に加えて、米英豪加によって運用される連合宇宙運用センター(CSpOC: Combined Space Operations Center)や米英豪加NZ仏独による連合宇宙作戦イニシアチブ(CSpO: Combined Space Operations Initiative)への参加を目指し、同盟国・同志国とともに我が国及びこれらの国々の官民の衛星を防衛するための取組を強化する。
SSAについては、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と防衛省は同分野に関する協力に引き続き取り組むとともに、防衛省においては、民間企業がSSA衛星を含め地上や宇宙センサを用いて収集した情報の取得を拡大する。また、衛星運用事業者から防衛省のSSAシステムに軌道情報等を提供し得る枠組みを構築し、より精度の高いSSA情報を民間事業者に配布し得る官民の情報のサイクルを確立する。
また、こうした取組と合わせて、防衛省・自衛隊は相手方の指揮統制・情報通信等を妨げる能力を保持する。
なお、情報通信研究機構(NICT)の行っている宇宙天気に関する取組については、防衛省・自衛隊の作戦等に活用する。
(2)軌道上サービスを活用した衛星のライフサイクル管理
宇宙空間が戦闘領域化していく中で、大型の各種静止衛星や高機動の推進技術を必要とするSDA衛星の長期的・経済的な運用に資するため、推薬補給技術などの軌道上サービス技術を早急に確立し、これらの技術を活用して、衛星のライフサイクルを適切に管理していく。
(3)不測の事態における政府の意思決定・対応
関係府省庁と自衛隊、民間事業者が情報を共有する体制、また、内閣官房、内閣府、防衛省・自衛隊などが情報収集・分析・共有する体制、政府としての意思決定を実施するための体制を整理・強化することにより、宇宙に関する不測の事態が生じた場合において、事態を正確に把握・分析し、官民が一体となって適切に対応する。また、宇宙における事態への対応に関する同盟国との連携を強化する。
(4)宇宙空間における国際的な規範・ルール作りへの主体的な貢献
国連等における議論に積極的に貢献し、同盟国・同志国等との協力を通じて宇宙空間における責任ある行動に関する規範形成に主体的な役割を果たし、安全保障の観点も含め宇宙利用に係る国際的な規範・ルール作りを推進する。特に、我が国が2022年9月に決定した「破壊的な直接上昇型ミサイルによる衛星破壊実験の不実施」のコミットメントの他国への拡大や、国連の宇宙空間平和利用委員会(COPUOS: Committee on the Peaceful Uses of Outer Space)で採択された国際ガイドラインを踏まえたスペースデブリの発生抑制と既存のスペースデブリの削減に向けた各国の国内制度の策定支援や技術開発を推進する。
6.第3のアプローチ:安全保障と宇宙産業の発展の好循環の実現
(1)官民一体となった先端・基盤技術開発力の強化
安全保障・民生分野において横断的に、技術・産業・人材基盤の維持・発展に係る課題について検討し、我が国が開発を進めるべき技術を見極め、その開発のタイムラインを示した技術ロードマップを含む宇宙技術戦略を策定する。これにより、国を中心としたミッションに加え、先端・基盤技術の開発と商業化・実用化に向けた技術開発についての道筋を明らかにする。
また、安全保障・研究開発・民生商業利用をそれぞれ担う関係府省庁が中心となり、関係府省庁、JAXA、科学技術振興機構(JST)、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)及びNICTとの連携を強化する。加えて、関係府省庁や関係機関が協力し、最先端技術の活用を検討するため、国内外の研究機関や民間企業等との人材交流や技術協力等を行う。また、各府省庁において、宇宙に関する専門的知見を有した人材の育成・登用や、関係府省庁間でのキャリアパスを含めた情報共有・人事交流の仕組みの構築を検討する。
(2)重要技術の自律性の確保
安全保障に必要な宇宙システムを構成するサプライチェーンの安全性・安定性を確保しつつ、一定の自律性を確保すべき重要要素(クリティカルコンポーネント)を明らかにした上で、宇宙技術戦略の中でこれらの国産化を推進するための方向性を明らかにする。また、国産化を目指す場合には、量産開始以降については民間プロジェクトとして産業側が費用を負担することを前提としつつも、産業側の事業化・収益化を図るため、開発初期における官民の費用負担の在り方を検討する。こうした取組により、重要技術の自律性の維持・確保を図るとともに、生産規模の拡大を通じた製造原価の低減などにより日本企業の国際競争力を向上させる。
(3)官民の総合力による実装能力の向上
技術進歩・イノベーションが急速に進む宇宙分野において、民間及び政府の総合力を活用し、宇宙システムの効果的な研究開発・早期の装備化を行っていく。特に安全保障の中核たる防衛省は、戦略・作戦上のニーズを踏まえた調査研究を集中的に行う。また、積極的に民間からの提案を受けつつ、民間技術を活用することで、早期の装備化に向けた取組を推進する。さらに、防衛省・自衛隊のニーズを踏まえ、政府関係機関が行っている先端技術の研究開発を防衛目的にも活用することで、政府の研究開発を積極的に防衛力の抜本的強化につなげる。
こうした取組の実施に際しては、「安全保障のための宇宙アーキテクチャ」を構築する上での共通基盤技術を重視していく。例えば、衛星コンステレーションを積極的に活用し、宇宙利用を拡大していくための技術として、量産を見据えた設計・製造・検証技術の高度化、衛星コンステレーションにおけるネットワーク最適化がある。また、増大する通信所要を確保するための技術として、衛星のフルデジタル化やソフトウェア定義化、EHF帯域の活用がある。さらに、SDAや任務保証等に資する技術として、各種バスやセンサ等の小型・軽量化、衛星運用の自律・地上システムの分散化や宇宙実証・回収機会の確保が挙げられる。
(4)宇宙開発の中核機関としてのJAXAの役割の強化
宇宙開発に革新的な変化をもたらす技術進歩が急速に進展しており、我が国の研究開発レベル・技術力の底上げが急務となっている。こうした中、研究開発の中核機関としてのJAXAの研究開発体制を強化するとともに、その人的資源を拡充・強化した上で、大学や産業界等を交えての総合的な研究開発体制をけん引する組織へと、その役割を強化する。
また、防衛省を始めとした安全保障に係る各種機関との協力関係を強化する。具体的には、JAXAと防衛省の更なる連携強化により宇宙安全保障に係る事業へのJAXAの知見・技術の活用を一層図るとともに、安全保障機関の研究資金を配布する際のJAXAの専門的知見の活用方法について検討する。
(5)民間主導による開発の促進と政府による支援の拡大
これまでのような政府主導による安全保障に係る装備の開発に加え、政府が安全保障上重要な技術開発を行う企業を支援する協力形態を拡大し、民間イノベーションも含めた民間主導の開発を促していく。この際、情報収集衛星を始めとする政府主導のプロジェクトから得られた共通技術や基盤技術の成果を民間にスピン・オフし、また、民間イノベーションを迅速に政府側にスピン・オンすることにより、民間事業者の国際競争力を強化しつつ、政府主導プロジェクトの迅速性の向上やコスト低減を図り、これら2つの開発形態を好循環で作用させる。
(6)競争力のある企業に対する選択的・総合的支援
イノベーションをけん引する産業界の活力を活かすため、安全保障上も重要な技術を開発する異業種やスタートアップ企業に対する支援プログラムを拡大する。特に、軌道上サービス、小型SAR・光学衛星、光通信衛星、小型ロケットを始めとしたデュアルユース性が高く、グローバルなビジネス展開が期待できる分野に対しては、リスクマネー供給から国内の制度設計、国際的な連携までも含めた総合的な支援を拡大する。
(7)技術成熟レベルに応じた官民の投資・契約スキームの多様化
これまで政府が主導する研究開発プログラムの多くは、政府が全て投資する受託型研究開発が中心であったが、今後は、安全保障分野での活用が期待される分野のうち、民間主導で技術成熟度を高めていく事業については、事業者自身の投資を求めつつ、政府等から技術成熟度を高めるために必要な支援を継続的に提供していく。このため、新たな技術開発が事業者によるビジネス拡大のインセンティブにつながるよう政府と産業界の技術開発投資負担や補助の在り方を最適化する。
おわりに
本構想は、宇宙安全保障に必要なおおむね10年の期間を念頭に置いた取組を示すものであるが、宇宙関連技術の急速な進展や、我が国を取り巻く安全保障環境の急激な変化を踏まえ、継続的にその効果を評価・検証し、情勢に重大な変化が見込まれる場合には必要な検討を行い、所要の修正を行う。
宇宙は、安全保障、民生両面で大きな利用の可能性が広がる領域である。我が国は宇宙安全保障を戦略的に推進し、成長の機会をつかみ、我が国の平和と繁栄に確実につなげていく。