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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 日比賠償協定(日本国とフィリピン共和国との間の賠償協定)

[場所] マニラ
[年月日] 1956年5月9日
[出典] 日本外交主要文書・年表(1),741−746頁.
[備考] 
[全文]

 日本国及びフィリピン共和国は、

 千九百五十一年九月八日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約の規定の趣旨に従つて行動することを希望して、

 この賠償協定を締結することに決定し、よつて、次のとおりそれぞれの全権委員を任命した。

 日本国

   国務大臣    高碕達之助

   内閣官房副長官 松本滝蔵

   衆議院議員   水田三喜男

           藤山愛一郎

           永野護

 フィリピン共和国

   大使      フェリノ・ネリ

   上院議員    ホセ・P・ラウレル

   上院議員    フランシスコ・デルガド

   上院議員    ロレンソ・M・タニアダ

   上院議員 国家経済審議会会長代理 ヒル・J・プヤット

   下院議員    アルトゥロ・M・トレンチノ

   下院議員    ミゲル・クェンコ

   下院議員    コルネリオ・T・ヴィラレアル

   フィリピン中央銀行総裁 ミゲル・クァデルノ・シニア

   国家計画局長  セサール・Z・ラヌーサ

   公使参事官   エドゥアルド・キンテロ

           アルフォンソ・カララン

           フランシスコ・オルティガス・ジュニア

           ヴィセンテ・ファベラ

 これらの全権委員は、互に全権委任状を示してそれが良好妥当であると認められた後、次の諸条を協定した。

第一条

 日本国は、現在において千九百八十億円(一九八、○○○、○○○、○○○円)に換算される五億五千万合衆国ドル(五五○、○○○、○○○ドル)に等しい円の価値を有する日本人の役務及び資本財たる日本国の生産物を、以下に定める期間内に、及び以下に定める方法により、賠償としてフィリピン共和国に供与するものとする。

第二条

 前条に定める役務及び生産物の供与は、この協定の効力発生の日から十年の期間においては、現在において九十億円(九、○○○、○○○、○○○円)に換算される二千五百万合衆国ドル(二五、○○○、○○○ドル)に等しい円の年平均額により、次の十年の期間においては、現在において百八億円(一○、八○○、○○○、○○○円)に換算される三千万合衆国ドル(三○、○○○、○○○ドル)に等しい円の年平均額により行うものとする。だだし、この後の期間は、両政府間の合意により十年より短い期間に短縮することができるが、未供与分は、その短縮された期間が満了するまでに完全に供与されなければならない。

第三条

1 賠償として供与される役務および生産物は、フィリピン共和国政府が要請し、かつ、両政府が合意するものでなければならない。これらの役務および生産物は、この協定の附属書に掲げる計画の中から選択される計画に必要とされる項目からなるものとする。だだし、フィリピン共和国政府が附属書に掲げる計画以外の計画に充てるため要請する項目は、両政府間の合意により、賠償として供与される役務及び生産物に含めることができる。

2 賠償として供与される生産物は、資本財とする。ただし、フィリピン共和国政府の要請があつたときは、両政府間の合意により、資本財以外の生産物を日本国から供与することができる。

第四条

1 両政府は、各年度に日本国が供与する役務及び生産物を定める年度実施計画(以下「実施計画」という。)を協議により決定するものとする。

2 第一年度の実施計画は、この協定の効力発生の日から六十日以内に決定するものとする。その後の各年度の実施計画は、第一条に定める賠償義務が履行されるまでは、当該年度が始まる前に決定するものとする。

第五条

1 日本国は、第七条1の使節団が、各年度の実施計画に従つて役務及び生産物の供与が行われるため、フィリピン共和国政府に代つて、日本国民又はその支配する日本国の法人と直接に契約を締結する権限を有することに同意する。

2 すべてのそのような契約(その変更を含む。)は、(a)この協定の規定、(b)両政府がこの協定の実施のため行う取極の規定及び(c)当該時に適用される実施計画に合致するものでなければならない。すべての契約案は、その契約の締結前に、これらの基準に合致するものであることを日本国政府により認証されなければならない。日本国政府は、各契約書の写しを、その契約が締結された日の翌日に使節団から受領するものとする。契約案に認証が得られなかつたためその契約を締結することができなかつたときは、その契約案は、第十条の合同委員会に付託され、合同委員会の勧告に従つて処理されるものとする。その勧告は、合同委員会がその契約案を受領した後三十日以内に行われるものとする。前項及びこの項に定めるところに従つて締結された契約は、以下「賠償契約」という。

3 すべての賠償契約は、その契約から又はこれに関連して生ずる紛争が、一方の契約当事者の要請により、両政府間で行われることがある取極に従つて商事仲裁委員会に解決のため付託される旨の規定を含まなければならない。

4 1の規定にかかわらず、賠償としての役務及び生産物の供与は、賠償契約なしで行うことができる。ただし、各場合について両政府間の合意によらなければならない。

第六条

1 日本国政府は、第一条の規定に基く賠償義務の履行のため、賠償契約により使節団が負う債務並びに前条4の規定による役務及び生産物の供与の費用に充てるための支払を、第十一条の規定に基いて定められる手続によって、行うものとする。その支払は、日本円で行うものとする。

2 日本国は、前項の規定に基く円による支払を行うことにより、及びその支払を行つた時に、その支払に係る役務及び生産物をフィリピン共和国に供与したものとみなされ、第一条及び第二条の規定に従い、その円による支払金額に等しい合衆国ドルの額まで賠償義務を履行したものとする。

第七条

1 日本国は、フィリピン共和国政府の使節団(この協定において「使節団」という。)が、この協定の実施(賠償契約の締結及び実施を含む。)を任務とする同政府の唯一かつ専管の機関として日本国内に設置されることに同意する。

2 使節団の任務の効果的な遂行のため必要であり、かつ、もつぱらその目的に使用される使節団の日本国における事務所は、東京及び(又は)両政府間で合意することがある他の場所に設置することができる。

3 使節団の日本国における事務所の構内及び記録は、不可侵とする。使節団は、暗号を使用することができる。使節団に属し、かつ、直接その任務の遂行のため使用される不動産は、不動産取得税及び固定資産税を免除される。使節団の任務の遂行から生ずることがある使節団の所得は、日本国における課税を免除される。使節団が公用のため輸入する財産は、関税その他輸入について又は輸入に関連して課される課徴金を免除される。

4 使節団は、他の外国使節団に通常与えられる行政上の援助で使節団の任務の効果的な遂行のため必要とされるものを日本国政府から与えられるものとする。

5 フィリピン共和国の国民である使節団の長、使節団の上級職員二人及び2の規定に従つて設置される事務所の長は、国際法及び国際慣習に基いて一般的に認められる外交上の特権及び免除を与えられる。使節団の任務の効果的な遂行のため必要があると認められたときは、前記の上級職員の数は、両政府間の合意により増加することができる。

6 フィリピン共和国の国民であり、かつ、通常日本国内に居住していない使節団のその他の職員は、自己の職務の遂行について受ける報酬に対する日本国における課税を免除され、かつ、日本国の法令の定めるところにより、自用の財産に対する関税その他輸入について又は輸入に関連して課される課徴金を免除される。

7 賠償契約から若しくはこれに関連して生ずる紛争が仲裁により解決されなかつたとき、又は当該仲裁判断が履行されなかつたときは、その問題は、最後の解決手段として、日本国の管轄裁判所に提起することができる。この場合において、必要とされる訴訟手続上の目的のためにのみ、使節団の法務部長の職にある者は、訴え、又は訴えられることができるものとし、そのために使節団における自己の事務所において訴状その他の訴訟書類の送達を受けることができるものとする。だだし、訴訟費用の担保を供する義務を免除される。使節団は、3及び5に定めるところにより不可侵及び免除を与えられてはいるが、前記の場合において管轄裁判所が行つた最終の裁判を、使節団を拘束するものとして受諾するものとする。

8 最終の裁判の執行に当り、使節団に属し、かつ、その任務の遂行のため使用される土地及び建物並びにその中にある動産は、いかなる場合にも強制執行を受けることはない。

第八条

1 フィリピン領海における沈没船舶の調査に関して千九百五十三年一月二十四日にマニラで行われた交換公文又は千九百五十三年三月十二日にマニラで署名された日本国とフィリピン共和国との間の沈没船舶引揚に関する中間賠償協定に従つてすでに供与され、又は今後供与される役務は、第一条の規定に基く賠償の一部を構成するものとする。

2 この協定の効力発生の後における前記の役務の供与は、この協定の規定に従うことを条件とする。

第九条

1 両政府は、この協定の円滑なかつ効果的な実施のため必要な措置を執るものとする。

2 第三条にいう計画のため必要であるが、実施計画に含まれていない資材、需品及び設備は、フィリピン共和国政府が提供するものとする。フィリピンにおいて実施される計画においては、日本人の労務は、使用されないものとする。ただし、日本人技術者の役務は、この限りでない。これらの日本人技術者のための現地の通貨による必要経費及び現地の労務のための費用は、フィリピン共和国政府が負担するものとする。

3 この協定に基く役務又は生産物の供与に関連してフィリピンにおいて必要とされる日本国民は、フィリピンにおける所要の滞在期間中、その作業の遂行のため必要な便宜を与えられるものとする。

4 日本国の国民及び法人は、この協定に基く役務又は生産物の供与から生ずる所得に関し、フィリピンにおける課税を免除される。

5 この協定に基いて供与された日本国の生産物は、フィリピン共和国の領域から再輸出してはならない。

第十条

 この協定の実施に関する事項について勧告を行う権限を有する両政府間の協議機関として、両政府の代表者で構成される合同委員会を設置する。

第十一条

 この協定の実施に関する手続その他の細目は、両政府間で協議により合意するものとする。

第十二条

1 両政府は、常に協議することにより、この協定の実施から又はその実施に関連して生ずる紛争のおそれを除くことに努めなければならない。

2 この協定の解釈及び実施に関する両政府間の紛争は、まず、外交上の経路を通じて解決するものとする。両政府がこうして解決することができなかつたときは、その紛争は、各政府が任命する各一人の仲裁委員とこうして選定された二人の仲裁委員の合意により定める第三の仲裁委員との三人の仲裁委員からなる仲裁裁判所に決定のため付託するものとする。ただし、第三の仲裁委員は、いずれか一方の国の国民であつてはならない。各政府は、いずれか一方の政府が他方の政府から紛争の仲裁を要請する公文を受領した日から三十日の期間内に各一人の仲裁委員を任命しなければならない。第三の仲裁委員については、その期間の後の三十日の期間内に合意されなければならない。一方の政府が当該期間内に仲裁委員を任命しなかつたとき、又は第三の仲裁委員について当該期間内に合意されなかつたときは、いずれか一方の政府は、それぞれ当該仲裁委員又は第三の仲裁委員を任命することを国際司法裁判所長に要請することができる。両政府は、この項の規定に基いて与えられた裁定に服することを約束する。

第十三条

 この協定は、批准されなければならない。この協定は、批准書の交換の日又はフィリピン共和国が千九百五十一年九月八日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約の自国の批准書を同条約第二十四条の規定に従つて寄託した日のいずれかおそい日に効力を生ずる。

第十四条

 この協定は、ひとしく正文である日本語及び英語により作成される。

 以上の証拠として、下名の全権委員は、この協定に署名調印した。

 千九百五十六年五月九日(昭和三十一年五月九日及びフィリピン共和国独立第十年五月九日に相当する。)にマニラ市で、本書二通を作成した。

日本国のために

高碕達之助

松本滝蔵

水田三喜男

藤山愛一郎

永野護

フィリピン共和国のために

フェリノ・ネリ

J・P・ラウレル

フランシスコ・A・デルガド

ヒル・J・プヤット

アルトゥロ・M・トレンチノ

ミゲル・クェンコ

C・T・ヴィラレアル

M・クァデルノ

ラヌーサ

A・カララン

フランシスコ・オルティガス・ジュニア

エドゥアルド・キンテロ

ヴィセンテ・ファベラ

附属書

I 農業水産開発諸計画

 1  かんがい用水門及びポンプ設備

 2  農機具

 3  原木伐採設備

 4  製材設備

 5  漁船

 6  かんづめ工船

 7  食糧加工工場

 8  飼料工場

 9  製塩工場

 10 ココナット加工工場

 11 小麦製紛工場

 12 カサバ製紛工場

 13 精米工場

 14 ちよ麻及びアバカはく皮精練工場

 15 たばこ加工工場

 16 ベーキング・パウダー工場

 17 精糖工場

II 電源開発諸計画

 1  水力発電所

 2  汽力発電所

 3  ディーゼル発電所

 4  変電所設備

 5  送配電線

III 鉱産資源開発諸計画

 1  炭鉱設備

 2  鉄、クローム及びマンガン採鉱設備

 3  鉄、クローム及びマンガン選鉱工場

 4  銅採掘選鉱工場

IV 工業開発諸計画

 1  アルコール工場

 2  乾りゆう練炭工場

 3  コークス製造工場

 4  木炭製造工場

 5  銑鋼一貫工場

 6  フェロアロイ工場

 7  硫黄精製工場

 8  鋼製練工場

 9  銅圧延工場

10  ソーダ灰及びか性ソーダ工場

11  板ガラス工場

12  カーバイト工場

13  産業用爆薬工場

14  弾薬工場

15  産業用炭素製品工場

16  セメント工場

17  産業用石灰工場

18  アスファルト工場

19  綿紡織工場

20  レイヨン工場

21  ちよ麻紡織工場

22  紙パルプ工場

23  セルロイド工場

24  脱脂綿工場

25  紙製品工場

26  建築金物工場

27  壁板工場

28  合板及び堅材工場

29  軽化学品工場

30  製薬工場

31  血清工場

32  殺虫剤工場

33  陶磁器工場

34  塗料、顔料及びワニス工場

35  樹脂加工工場

36  写真フィルム工場

37  人造革工場

38  ゴム製品工場

39  再生ゴム工場

40  アンモニア工場

41  各種化学肥料工場

42  肥料混合成粒工場

43  電気機械工場

44  農機具工場

45  自転車工場

46  ミシン工場

47  軸受工場

48  家内工業設備

V 運輸通信開発諸計画

 1  鉄道設備

 2  外航船

 3  内航船

 4  電気通信設備

VI 公共事業諸計画

 1  掘抜井戸用パイプ及び設備

 2  こう水調節水門

 3  水道用フィルター、パイプ及び設備

 4  公共住宅用設備及び資材

 5  倉庫用設備及び資材

 6  飛行場及び空港設備

 7  港湾設備

 8  公共建物建設用設備及び資材

 9  道路及び橋りょう建設用設備及び資材

VII その他の諸計画

 1  教育、衛生及び厚生施設

 2  研究施設及び設備

 3  沈没船舶の調査及び引揚

 4  沿岸及び陸地測量設備

 5  沿岸及び湿地埋立

 5  フィリピン人技術者及び職人の日本国内における訓練

 7  賠償機械設備等の輸送、保険、包装、荷役及び検査