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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] フィリピンのマルコス大統領主催の晩餐会における福田内閣総理大臣のスピーチ

[場所] マニラ
[年月日] 1977年8月17日
[出典] 福田内閣総理大臣演説集,123−127頁.
[備考] 
[全文]

 マルコス大統領閣下、令夫人並びにご列席の皆様

 只今、心暖まる歓迎のお言葉を賜わり、有難く御礼申し上げます。

 さる四月閣下が才色兼備の令夫人とともに、国賓としてわが国を訪問された際、私は親しくお目にかかる機会をえて、アジアの優れた指導者である閣下の高い識見と洞察に、深い感銘を受けた次第であります。

 この日・比関係にとって記念すべき閣下の訪日以来、月日を経ずして、この美しい国フィリピンを親しく訪問し、閣下及び令夫人に再びお目にかかれたことは、私と妻の最も欣快とするところであります。

 大統領閣下、私の今回の旅行もお国への訪問をもっていよいよ最後となりました。

 今回の旅行は私ども夫妻にとって実に楽しく愉快なものでありました。旅行中ここに居られるマルコス大統領はじめ私の古くからのアジアの友人方から終始心暖まるおもてなしを受けました。

 今夕このようにマルコス大統領ご夫妻のおもてなしを受けていると今年の四月ご夫妻が東京にみえたときのことを思い出します。晩餐会の折、私どもは令夫人の美しいお声を拝聴することが出来ました。今夕、私どもの方からそのお返しができないのが実に残念です。あの時令夫人は私にこう言われました。「ミスターフクダ、私は夫の選挙キャンペーンの先頭に立ち歌を唱って夫を助けた。もし必要ならば日本の参議院選挙の時には私が日本全国で歌を唱ってあなたを助けてあげてもよい。」先般の参議院選挙は私にとって精一ぱいのたたかいでした。しかし、マルコスさんのお許しを得てこの美しい令夫人をお借りできていたならば、自由民主党も、もっと票をのばしていたかもしれない。こう思うと一寸残念な気がいたします。

 大統領閣下、日・比両国は数世紀前から、お互いに最も近い隣国として、深い関係を保って参りました。

 フィリピンの海岸を洗う黒潮は、北に向かって日本に達しますが、この黒潮にのって、人も、物も、文化も、流れて来たであろうことは、最近の日・比両国の青年の冒険によっても実証されるところであると思います。

 日本の方からは、逆に、勇敢な商人が、太平洋の波を乗り越えて、フィリピンを始めとする諸国と交易し、また多くのキリスト教徒が、自由の天地を求めてマニラに移り住んだことも、記録に残されております。これらの中の一人、高山右近の像が、最近、当マニラ市内に建てられたと聞いております。

 また、アギナルド将軍の率いたフィリピン独立戦争には、わが国からも人員、物資の援助が届けられたとも聞いております。

 このような日・比両国の歴史的な友好関係は、第二次世界大戦という試練を乗り越え、今日、再び往年に勝る協力関係を築くに至っております。

 しかしながら、このような現状でわれわれはわが事終われりと満足してしまってはなりません。今後両国政府及び両国国民の双方において相互に理解を更に深め、交流をさらに拡大してゆく余地はまだまだ残されているものと思います。

 私は、両国国民の真剣な努力の前には、日・比両国の相互理解の一層の増進を妨げる何らの障害もない、と信ずる次第であります。

 大統領閣下、今日世界はあらゆる分野において深刻な変動、変革の時期に逢着しております。そして問題の多くは、それぞれの国が単独で解決しうるものではなく、関係国が問題の所在を相互に理解し合い、その解決に協力することなくしては、解決出来ない性質のものであります。

 この度、ASEAN主脳と膝を交えて懇談する機会をえ、また貴国を訪問いたしましたのも、こういった観点から閣下を始めASEAN指導者と忌憚なく意見を交換し、今日の変動する国際情勢の中にあって、貴国及び他の東南アジア諸国とわが国とが、確固たる友好協力関係を保持して行きたいとの願望によるものに他なりません。

 大統領閣下、貴国民が閣下の卓越したご指導のもとに、新社会建設に邁進され、経済建設、社会、文化その他の分野で顕著な成果をあげておられることに対し、私は満腔の敬意を表するものであります。

 私は、最近貴国において、緑のフィリピンを目指して植樹しようという国民運動が始められたと聞きました。日本においても都市化のすすむにつれて植樹による緑化の必要は年々増加しており、私も閣下のこの運動を双手をあげて支持するものであります。

 私も明日時間をみて大マニラ市の一画にぜひ一本の樹を植えて参りたいと存ずるものであります。

 大統領閣下、すでに申し上げましたとおり、一衣帯水の関係にある日・比両国の関係は、今後益々深まっていくものと思われますが、私が特に強調したいのは、両国間の人と人との心の触れ合いの重要性であります。これこそ、日・比親善関係を磐石なものとする基本であり、そのためには、単に経済関係のみならず、文化協力等の幅広い交流が必要であると信じております。私はこのような考え方に立って、貴国及び他のアジアの国々との親善関係を深めていきたいと念願しております。

 このご挨拶を終えるに当たり、私はご列席の皆様とともに杯をあげて、マルコス大統領閣下ご夫妻のご健康とご幸福を祈念し、フィリピン国民の一層の繁栄と幸福のため乾杯致したいと存じます。

 乾杯! マブハイ!