[文書名] スハルト大統領夫妻主催晩餐会における鈴木内閣総理大臣の挨拶
スハルト大統領閣下及び令夫人、アダム・マリク副大統領閣下及び令夫人並びに御列席の皆様
この度、スハルト大統領閣下の御招待を受け、念願のインドネシアを訪問することができましたことは、私の深く喜びとするところであります。本日は、ここにかくも盛大、かつ真心のこもった晩散会を催して戴き、また、ただいまは、大統領閣下より暖かな御言葉を戴き、感謝に耐えません。
大統領閣下
私は、政界に入って既に三十有余年になります。その間偶々貴国との関係に直接携わる機会にこそ恵まれませんでしたが、私は政治家として、わが国にとって最も重要な友邦の一つである貴国との関係の推移に、常に注目してまいりました。何故かと申せば、日・「イ」関係の増進は、近年益々相互依存関係を深化させて来ている両国それぞれの利益に合致するにととまらず、アジアの安定と繁栄を確保する上で、不可欠の要素となっているからであります。
幸いにして、スハルト大統領閣下をはじめとする貴国の朝野の人々の御理解と御尽力とによって、日・「イ」関係が着実に発展し、今日両国の協力関係は政治経済面での協力のみならず、文化及びその他の面をも含む、広範かつ緊密なものとなっておりますことは喜びに耐えません。
しかしながら、私は現状を以て足れりとは考えておりません。相互補完性に富む日・「イ」関係は相互信頼を基礎として、われわれのなお一層の努力により、一段と次元の高い新たな協力関係の構築に向かって前進すべきであると考えます。この新たな協力関係は、人と人との心の通いあった相互信頼を基礎としてはじめて永続し得るものであり、そのためには、地道ではありますが、文化面での協力及び人物交流を通ずる相互理解の促進が不可欠であります。
先月、日本においてインドネシア政府の御好意の下に開催されたボロブドール展を拝見致しましたが、優れた文化というものは、時代を超え国境を越えて、人の心を強く打つものであるとの感を強くした次第であります。私が、相互理解増進に果たす文化交流の役割の重要性を認識し、文化及び学術面での協力を今までより以上に強力に推進するとの見地から、この度アセアン地域研究振興計画を発足せしめることとしたのも、そのためであります。
大統領閣下
私はかねてより、広大な海域にまたがる数多くの島々に多くの種族、文化、生活様式を抱え一体となって国造りに邁進されている貴国の姿に深い敬意を抱いてまいりました。私は、貴国のかかる躍動性に富む多様性の中の統一が、「ビネカ・トゥンガル・イカ」と呼ばれ、また、それを支えているものが、国政の場から末端の村落に至るまで、インドネシア民族の伝統的な社会意思決定様式として定着している「ムシャワラ」であると承知しております。私がこの言葉をよく憶えておりますのは、「和の精神」をもって政治信条とする一人の政治家として、貴国の優れた伝統である「ムシャワラ」の精神に強い共感を覚えたからに他なりません。「和の精神」とは、安易な妥協を排しつつも相互の立場の違いを尊重し、建設的に調和させながら前進を図ろうとするものであり、「ムシャワラ」の精神と相通ずるものがあると考えております。
大統領閣下
私は、閣下の英邁なる御指導の下に、貴国が推進されて来ている国家の強靭性強化の努力が、見事に結実しつつあることを高く評価致しますと共に、我が国がかかる崇高な努力に協力できることを喜びとするものであります。
近年貴国はかかる強靭性の強化を踏まえASEANの有力な一員として、この多様性に富んだ地域の連帯と発展のために、積極的な役割を果たされています。ASEANが着実な発展を遂げてきていることは、貴国がその多様性を尊重しつつ、一体性を高めて行く試みに輝かしい成果を収めていることと無関係ではありません。
私は、今回の旅行を通じ、ASEANの前途は極めて有望であるとの確信を深めている次第であります。東南アジアのある地域においては、いまだに不幸な戦いが続いておりますが、願わくば東南アジアのすべての諸国が、真に平和と繁栄を分かち合う良き隣人として協力しあえる時が一日も早く到来するよう希望してやみません。また、この希望を実現すべく、今こそ、日・「イ」両国がお互いに手を携えて、アジアの国々に、そして世界に対し、「ムシャワラ」と「和の精神」をもって強く訴えて行くべきであると考えます。
この御挨拶を終えるに当たり、私は御列席の皆様とともに杯を挙げて、スハルト大統領閣下ご夫妻の御健康、インドネシア共和国の繁栄、日・「イ」両国の友好と協力、そしてアジアと世界の平和のために乾杯致したいと思います。
乾杯!
スラマット・ミヌム!