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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] マラヤ大学名誉法学博士号授与式における鈴木内閣総理大臣の演説

[場所] クアラルンプール
[年月日] 1981年1月16日
[出典] 鈴木演説集,86−89頁.
[備考] 
[全文]

 マラヤ大学トアンク ハジャ・バヒヤ学長閣下、ウンク・アジズ副学長、尊敬するマラヤ大学教授並びに御列席の各位

 ただ今は暖かい歓迎のお言葉と御親切な紹介を戴き、心からお礼申し上げます。

 本日は、マレイシアにおける最高学府として、また、名実ともに貴国の教育界の最高峰として、輝かしい業績を誇り、多数の有為なる青年を国造りの最前線に送り出しているマラヤ大学を訪問する機会を得ましたことは、私と妻にとり、非常な喜びであります。

 そしてこの著名なる大学より名誉法学博士号を授与されましたことは、無上の光栄であります。こうして世界の高名な政治家、学者とその栄誉を分つ資格を与えて戴いたことは大いなる喜びでありますが、私にとりましては何と申しましても、御列席の皆様方の一員に叙せられ、「UMマン」{UMにユーエムとルビ}のお仲間に加えて戴いたことにしく喜びはありません。ここに皆様の寛大な御配慮に厚く御礼申し上げたいと思います。

 御列席の各位

 進歩と発展は人類に共通した基本的な願望であります。そして進歩と発展を可能とするには知識が必要でありますが、知識の修得とその基礎となる真理を探究する場が大学に他なりません。言い換えるならば、大学は社会と国家、ひいては人類に進歩と発展をもたらすことに本来的存在意義が認められる訳であります。従って、大学の真の価値は、時計台や荘厳な建物によって決まるのではなく、そこに集う人間が、個々の利益を超越した目的、即ち真理を探究し、社会の前進、人類社会発展のための貢献をめざしてひたすらに努力すること故に決まるのだと私は信じております。大学がこのような本来の姿を保っている時には、大学はそれをとりまく社会全体とゆるぎなく結びつき、キャンパスには創造のエネルギーが満ちあふれ、社会には限りない前進と発展が約束されるのであります。

 マラヤ大学のシールに掲げられたイルム・プンチャ・クマジュアン(Ilmu Punca Kemajuan 知識は発展の源泉という意味)という建学の精神程、大学の目指すべき姿を端的に表現した言葉を私は知りません。何故なら大学に集う者が、学問を通じて得られる知識を、大学の置かれた社会との関連において認識することによって、この知識には初めて生命が吹き込まれ、そのような知識は、個々の人間に成長をもたらすばかりでなく、社会を、ひいては国家を、そして究極的には人類社会全体を発展させる創造的かつ建設的な力となるからであります。私はこの言葉に、マレイシア国民が、マラヤ大学にかける期待と希望の大きさを見ると同時に、マラヤ大学の皆様の社会発展に対する意気込みの並々ならぬものがあることの一端を伺い知る思いが致します。

 御列席の各位

 御存知の通り、日本とマレイシア両国の間には、政治・経済を中心とした極めて良好にして活発な友好・協力関係が確立されております。先人の多大な努力がもたらしたこの良好な政治・経済的関係を、歴史の風雪に耐えて、永遠に持続する友情へと発展させるために何をなすべきか、また、いかなる努力を払うべきか、私は常々考えてまいりました。

 私は、かねてよりギリシャの哲人が言ったとされる「平等は友情を生み出す」と言う言葉を座右の銘の一つに数えておりますが、この言葉を国家関係の次元で私なりに解釈すれば、真の友情は、完全に平等な者同士の間にはじめて生まれ、育てることが可能であるという真理を語っているのだと思われます。それでは友情を生み出すための平等は如何にして達成することが出来るのでしょうか。

 私は、人間関係においてと同様、国家関係においても、価値の基準を量的な面にのみ置く限り、真に平等な場を見出すことはきわめて困難であると思います。個々人の持つ条件が一人として均一であることがないのと同様に、国家関係においても、ある国のGNPは他の国のそれの何倍にも相当する規模であるかも知れませんし、一方には天然資源に恵まれた国もあれば、また一方には生活必需品でさえその大半を輸入に依存せざるを得ない恵まれない国もあるなど均一ではありません。今日の世界は、このように量的に著しい不平等を背負った百五十余の国々がひしめき合いながら、唯ひとつの地球を共有し、生存しているのが実態であります。

 私どもはともするとこのような見方に陥って、日本とマレイシア両国関係についても余りに量的な指標に頼ってとらえてはこなかったでしょうか。日本とマレイシア間の関係を更に一段階発展させ、一層ゆるぎない友情関係にまで高めるには何をなすべきか、真剣に考える時が来ていると思います。私は、そのための第一歩は、双方がよって立つ平等の場を確認することから始まると信じます。そして、このためには、我々の価値判断の基準を、「量」から「質」へと、根底的に転換をはかる必要があるのだと思います。それは個人と個人の場合、お互いのありのままの人格、価値観を受け入れ、尊重し合うことであります。

 では、この発想の転換を国と国の関係において如何に達成すべきかについて考えてみましょう。私はここで、すべての文化は、それぞれ固有の価値を有すると言う、人類学の教えの意味をもう一度かみしめてみたいと思います。すべての文化に固有の価値を認め合うという立場は、「質」に着目した立場であり、この立場を認め合った瞬間に、量的比較から不可避的に生じる格差は消滅するのであります。そしてその時に至り、初めて国と国との間に真の友情が芽生える共通の土壌が確立されるのであります。

 御列席の各位

 私はこの緊急になすべき作業において、大学の果たす重要な役割に思いを致します。

 知識と真理は普遍的であり、この探求に当たっては何人も平等であります。とすれば知識と真理探探求の場である大学こそ、私は、友情を生み出すための平等を実現するに最もふさわしい場であると思うのであります。私は日本とマレイシアの大学が、その恵まれた環境を利用し、共に協力して、両国の歴史と文化の持つ固有の価値の偉大さを探求し、これを相互に交流させるのみならず、それぞれの社会にも還元することを期待します。このような立場が大学に生まれ、次第に社会に普及して行けば、やがては両国民の発想の転換も可能となるのではないでしょうか。そしてこの崇高なる行為こそ、国際化時代の国家関係における大学に集う者の負うべき、使命ではないでしょうか。

 勿論このような作業は一朝にしてなるものではありません。一年、十年否それ以上の期間にわたる地道な辛抱強い努力を要する営みであります。しかしながら長大なまわり道のようにみえるかも知れませんが、かかる努力こそ最も必要なことなのであります。

 御列席の各位

 私は、本日このキャンパスを訪れ、大学のすみずみに、そしてここに集う教授の方々、学生一人一人から若々しいエネルギー、あふれる使命感、発展へのゆるぎないコミットメントをひしひしと感じております。それ故にこそ、私はこの長い忍耐を要する作業の担い手として、皆様に期待するものであります。マラヤ大学は、今日のマレイシアを明日につなぐ橋でありますが、私は本大学が、日本とマレイシアをつなぐ橋にもなってほしいと切望するのであります。そのために私としても、総理大臣として、また皆様の同僚として、最大限の努力を払い、御協力申し上げる決意を新たにしているところであります。