[文書名] ASEAN拡大外相会議における安倍外務大臣のスピーチ
御列席の皆様、
対話国外相として、昨年、一昨年に引き続き本ASEAN拡大外相会議に御招待いただきましたことは、私の光栄と致すところであります。冒頭にあたり、今次会議を主催され、議長の大任を果されるリタウディン外相閣下に対し、私の心からの敬意と支持とを表明致します。私はリタウディン外相閣下の卓越した指導力のもとで、今次ASEAN拡大外相会議が実り多き成果を挙げることを信じて疑いません。
ASEAN拡大外相会議は、アジア・太平洋地域における最も重要な国際会議として定着し、この地域の平和と安定に重要な貢献を果たして参りました。同時に、そのことを通じ、この地域の平和と安定が世界の平和と安定にとって、如何に重要であるかという点につき、国際社会の理解も深まってまいりました。
ASEAN拡大外相会議の歴史は、地域協力機構たるASEANの発展の歴史と深く関わっておりますが、アジア・太平洋地域内の先進工業国として、ASEAN諸国の安定と繁栄のために出来る限りの側面支援の努力を払ってきた我が国を代表する私としては、この会議の隆盛を目のあたりにして、深い感慨を覚える次第であります。
さて、会議の冒頭にあたり、議題であるカンボディア問題、麻薬問題及びボン・サミットの成果につき、私の考えを申し述べます。
1.(カンボジア問題)
まず、カンボディア問題についてであります。
昨年のこの会議において、私は、83年9月のASEANアピールをヴィエトナムとの実りある対話を行うための現実的提案として高く評価し、このアピールの実現に向けて推進力を与えるため、ヴィエトナム軍の段階的撤退に伴って必要となる国際的な平和維持活動に対する資金協力を中心とする「3項目提案」を行いました。以来1年が経過致しましたが、その間カンボディアにおいては、ヴィエトナム軍の例年にない大規模な乾期攻勢にみられる通り、問題の政治解決の機運が益々遠のき、我が国の提案を実施し得る状況にないこと、そして右乾期攻勢に伴って20万人以上のカンボジア人がタイ領への避難を余儀なくされたことは、極めて遺憾であります。
ヴィエトナムは、かかる大規模攻勢をかけた後、具体的提案を含む外交攻勢を展開致しましたが、これらは、全て「ヘンサムリン政権」の存続を前提としてたものであり、カンボディア人の総意による真の民族自決を主張するASEAN側の立場とは依然大きな隔たりがあります。我が国は、事態がこのまま推移することは、東南アジアの平和と安定のために望ましくなく、これを打開するためには、ASEANとヴェトナムとの間で実りある対話が必要であると考えており、そのための共通の基盤を探るため私は昨年10月タック外相とも会談した訳でありますが、先週外務省アジア局長をヴィエトナムに派遣しました。同局長の報告によれば、ヴィエトナムは双方に受諾可能な政治解決が望ましいとしながらも、情勢はヴィエトナム側に有利に展開しているとの見解を有しており、遺憾ながら政治解決、特に民族自決の態様、手順には彼我の間に依然基本的な立場の相違があります。このような膠着状態の下で、もし、我々が事態を静観するとの受身の立場をとるならば、それは、既成事実の一層の定着化を容認することにもなります。この時期においてこそ我々は、中長期的なカンボディアの将来の姿を念頭に置きつつ、守るべき原則を明確に掲げ、粘り強く問題解決に向けての努力を続けるべきであると考えます。このような観点から、今後の対応を考えるに当たっては、以下の4つの原則を踏まえる必要があると考えます。
まず第1に、即時全面撤退が困難であれば、段階的プロセスによるヴィエトナム軍の全面撤退の実現及びカンボディアの将来をカンボディア人の自由な総意に委ねるとの観点からの民族自決の尊重の2点がカンボディア問題の政治解決の柱であり、この目的についてはいささかの妥協もあり得ないとの基本的立場を維持する。
第2に、政治解決の実現に必要な第一歩として、まず、ヴィエトナムを含む関係国間の対話を促進することによって当事者間の信頼醸成を図り、もって政治解決に向けての幾つかの障害についての歩み寄りの余地を探る。かかる観点より、我が方はASEAN側の間接対話提案については紛争当事者間の対話実現に向けてのASEAN側の真摯な努力の表われとして評価しており、かかる対話が実現し、関係当事者間の信頼醸成が促進されることを希望するものであります。
第3に、カンボディア問題の規制事実化を容認せず、民主カンボジア連合政府に対し国連等の場で引き続き支援を行う。
第4に、将来、カンボディアにおいて国民和解が成立し、カンボディアの再建を進める際には、カンボディア人の果たすべき役割が極めて重要なことに鑑み、現在タイ領内に避難している民主カンボディアの人々に対する教育・職業訓練を行い、カンボディア人の人造りを進めていく。
なお、最後の点に関し、我が国としては、関係者の協力によりこのための適切な計画が早急に策定されることを希望するものであり、このような計画が策定される場合には、その実施につき、できる限りの協力を行なう用意があります。
次に、1975年以来10年の長きにわたり、大きな人道問題となっているインドシナ難民問題については、我が国としては、これがアジアにおいて発生していることもあり、世界各地に対する人道援助のうち、最重点を置き、対応してきておりますが、次に述べる通り、本年もかかる努力を前向きに行っていく考えであります。
(1)我が国は、インドシナ難民問題の解決策が当面定住の促進にあると認識しており、この認識に基づき、同難民の我が国への定住動向を考慮しつつ、これまで3度にわたり、定住枠の拡大を行ってきましたが、難民定住引受けにつき一層前向きに取り組むとの見地より、今般、現行 5、000人の難民定住受入れ枠を拡大し、10、000人に倍増するよう決定しました。
(2)また、我が国は、近年UNHCRのインドシナ難民救済一般計画に対し、その全体予算の約半分を拠出してきていますが、本年においてもこれを続ける考えであります。
(3)更に、タイ・カンボディア国境地帯のカンボジア避難民等に対しては、WFPを通じ、昨年度 (23億円) 並みのタイ米供与のための所要の手続きを進める予定のほか、約 270ドル(6.5億円) 相当の魚かん詰めの供与を決定しています。また、UNBROの行っているカンボディア人道援助計画に対しては、本年は暦年ベースで昨年拠出額の倍増となるよう、本年初めの約150万ドルに加え、更に、約200万ドル(4.8億円) の拠出を行なう考えであります。更に、赤十字国際委員会の人道的活動に対しても約150万ドル(3.6億円) の拠出を予定しています。
私は、ASEAN諸国とインドシナ諸国との間に、共存共栄関係が確立され、東南アジアに平和と安定がもたらされるためには、カンボディア問題の一日も早い解決が必要であるとの確信の下に、昨年「3項目提案」を行い、このたびは今後カンボディア問題についての対応ぶりを示す「4原則」を述べましたが、今後とも可能な限りの貢献を行っていく所存であることをここに表明いたします。
2.(薬物問題)
次に麻薬等薬物問題に関し、一言申し述べます。
薬物乱用による弊害は、単に乱用者自身の健康上の問題にとどまらず、各種犯罪の誘因となるなど、社会的にも経済的にも大きな危害をもたらします。また、我が国では覚せい剤の乱用が特に問題となっており、その取締りに努力を払っているところであります。
薬物問題は、今や世界的なひろがりを見せ、その対策には麻薬等の生産国における統制、密輸防止、消費国における統制等につき国際的な協力が不可欠となっております。先のボン・サミットにおいても、本件が取り上げられ、来年の東京サミットにむけて、サミット参加国間において、国際協力のあり方につき、検討が進められていくこととなりました他、今秋の国連総会においても、本件につき真剣な討議が行われることが見込まれる折から今次拡大外相会議において本件がとりあげられることは、誠に時宜にかなったものと考えます。我が国は薬物問題解決のために、国内的には強力な取締体制をとる一方、国連薬物乱用統制基金への拠出、JICAを通ずる麻薬犯罪取締セミナーの開催等の国際協力を行ってまいりましたが、今後とも薬物問題解決のための国際的協力を一層強化してまいる所存であります。
3.(国際経済情勢、ボン・サミット)
最後に、第3の議題たるボン・サミットにつき一言申し上げます。
先進諸国における財政赤字、高金利・ドル高、高水準の失業とその背後にある構造調整の遅れ及び経常収支の世界的不均衡等の諸問題並びに開発途上諸国における成長率の地域別跛行性、一次産品価格の低迷、根本的な解決に至らぬ累積債務問題等の諸困難を抱える世界経済の安定的発展を図っていくためには、各国の協調的努力が不可欠であります。これは、ボン・サミット参加首脳の共通の認識でありました。
ボン・サミットでは、参加各国は、節度ある財政金融政策の堅持、市場機能の活性化等共通の原則を基礎としつつ、各国がはらうべき政策努力を明示すると同時に、開放された多角的貿易体制強化のため新ラウンドを早期に開始すべきであることにつき意見が一致いたしました。更に、真のパートナーシップに基づき、開発途上国との協力を継続していくことの重要性が確認され、具体的方途として、世界貿易の持続的成長、金利低下及び開放的市場、ODAをはじめとする資金フローの拡充等に努力することが合意された次第であります。
我が国としては、ボン・サミットの結果を踏まえ、我が国に課せられた国際的責任を着実に果たすとともに、ASEAN諸国をはじめとする開発途上国の健全な経済発展のために、引き続き側面的支援のための努力を払ってまいる所存であります。
さて、我が国は、保護主義の台頭が強く懸念される情況下にあって、新ラウンドの早期開始の必要性を繰り返し強調してまいりました。
我が国は、新ラウンド推進にはずみをつけるための自らの決意の表明として、現在、市場アクセス改善のためのアクション・プログラムの策定に取り組んでおり、このうち関税に関しては、先月末約 1、850品目の関税の撤廃引き下げその他の措置を決定致しました。
右決定にあたり、我が国が関係国の要望に最大限の配慮を払ったことは、御承知の通りであります。基準認証、政府調達等他の分野についても、7月中を目途にアクション・プログラムの骨格を策定する方向であり、目下鋭意検討中であります。
私としては、広範な参加国を得て、出来る限り早期に新ラウンドが開始されるよう、御列席の閣僚の皆様の御協力を得つつ今後とも鋭意努力を払って参る所存であります。
御列席の皆様、
以上、本日の全体会議の議題に即しつつ、私の所見を申し述べましたが、本件会議において、我々の共通の関心事項につき、率直かつ有意義な意見交換が行われることを希望して、私の発言と致します。