[文書名] ASEAN拡大外相会議における倉成外務大臣演説「平和と発展への協調−地球的視野のパートナーシップに向けて」
アブ・ハッサン外務大臣閣下、
ASEAN各国の同僚の皆様、
ただ今、アブ・ハッサン外務大臣閣下から暖かい歓迎のお言葉をいただき、心から感謝申し上げます。今回は、私にとって初めてのASEAN拡大外相会議への出席でありますが、昨日、今日とこの会議に出席したしましても、肩の張るような感じは全くいたしません。これは、単に私達が同じアジアに生きアジアの心を共有しているからばかりでなく、双方の御関係の方々のこれまでの営々たる御努力により、多くの分野で日本・ASEAN間の友好協力関係が築き上げられてきたからだと思います。
(ASEANの発展と日本・ASEAN関係)
御列席の皆様、
私はまず、ASEANが益々充実しつつある域内協力の実績を携えて、本年その創設20周年を迎えられることを、心からお祝いいたします。
ASEAN諸国は、歴史、文化、経済等の面での多様性にも拘らず、創設以来一貫して域内協力推進への政治的意志を堅持し、今日の強固な連帯を確立してきました。このことが、各国の目覚ましい発展を促進し、それが更に、アジアのみならず世界の平和と繁栄に大きく寄与したことは疑いありません。こうしてASEANは、近接しているが故に紛争を抱える国々が少なくない今日の国際社会にとって、近隣国間の協調の良き模範となっているのであります。
かかる実績を踏まえ、今日、ASEAN諸国は、21世紀に向けて、力強くその歩を進めようとしております。本年末に予定されている第3回ASEAN首脳会議は、そのための重要な跳躍台となるものであり、我が国としてもその成果に大きく期待しております。
御列席の皆様、
6月15日のリー・クアン・ユー首相閣下の開会演説及び6月16日に発表されたASEAN外相会議の共同声明を、私はイランからシンガポールに向かう機中で読みました。私はこの演説及び共同声明の中にASEAN諸国が日本に寄せる期待の大きさを改めて感ずるとともに、日本政府としてはこの期待に正面から真剣に応える決意であることを先ず申し述べたいと思います。
日本・ASEAN関係の発展は目覚ましいものがあります。すなわち、過去20年の間に人の交流は24倍、貿易額は15倍、投資残高は実に84倍、そして、経済協力額も13倍となりました。これは、ASEANとの間の緊密な協力関係を外交の基本方針の一つとする我が国にとって、誠に喜ばしい限りであります。
私が外務大臣に就任致しましたのは、前回の拡大外相会議直後の昨年の7月でありますが、私としても日本・ASEAN関係強化という基本方針に則り、過去1年間、各種施策の実施に力を傾けてまいりました。
経済協力の面では、ASEAN諸国の直面する財政・国際収支上の問題への対処に協力するため、債務負担の軽減と賃金利用の弾力化、ソフト化をはかる一連の措置を取ってきました。即ち、本年初めよりの円借款金利の引き下げ、また昨年来の円借款の内貨融資の弾力化、次いで本年に入り行われた日本輸出入銀行による積極的なアンタイド・ローンの供与等がその具体例であります。
今般、内需の拡大、対外不均衡の是正、調和ある対外経済関係の形成等を目指して、政府が決定した「緊急経済対策」においては、国際社会への貢献を強化する見地から、現行のODA7年間倍増目標の2年前倒し達成を実施するとともに、今後3年間に新たに200億ドル以上の官民資金をアンタイドで開発途上国、とりわけ債務国に還流させてゆくことを決定いたしました。このような協力を実施する上において、我が国経済協力の最も重要なパートナーたるASEAN諸国のニーズにも十分配慮してゆく考えであることは申すまでもありません。
我が国は、ASEANの経済構造高度化のため、各国が地域協力を含め各種の自助努力を進めておられることを高く評価し、我が国として今後とも可能な限りの協力を行ってゆく所存であります。経済構造高度化の上で特に民間投資が果たす役割は極めて大きなものがあり、我が国政府としては、日本企業によるASEANを始めとする開発途上地域への投資のための環境整備に努め、国際的な水平分業の促進を図る考えであります。かかる見地から。我が国は、最近投資保険制度を改善し、製造業投資等に係る信用危険をも保険の対象とすることを決定いたしました。
我が国は、ASEANにおける合弁事業を含む民間産業部門の成長が、今後のASEAN経済の発展のカギとなっていること、またそのための資金、技術面にわたる協力が必要とされていることを強く認識しており、特に資金面での協力、例えば各国の国内開発金融機関等を通じる協力を進めてゆくことにつき具体的に検討して行く所存であります。
輸入拡大の面では、我が国は、アクション・プログラムの一環として、本年4月よりGSPの改善を行うなど、市場開放努力を続けておりますが、本年初めの4カ月間に、ASEANから我が国への製品輸入が、前年同期比で27パーセント増加したことは、それらの努力の成果の一つのあらわれでありましょう。また、先の「緊急経済対策」では、6兆円を上回る財政措置を伴う大規模な内需拡大策を実施するとともに、より積極的な輸入拡大策を講じることを決定いたしました。私は、こうした措置により、一層ASEANからの輸入、特に製品輸入が拡大されるこを期待しております。
なお、今般、ASEAN貿易投資観光促進センターの設立協定が5年間延長されました。これに伴い、我が国は1987年度に同センターへの拠出金を38パーセント増額するなど、支援を大幅に強化しておりますが、私は、これらがASEANからの輸出と、我が国からの投資の拡大に資することを強く期待してやみません。
私達の協力関係を一層実り豊かなものにするためには、私達自身がお互いの歴史と文化に対する尊敬の念に基づいた相互理解と相互信頼を深めて行かなければなりません。このためには、文化・研究・教育等、心の面の交流を、経済面の交流に劣らず強めてゆくことが必要であります。私は、本年中に我が国から文化ミッションをASEANに派遣し、双方の間の文化面での交流促進の方途についてASEAN各国の方々と率直な意志疎通をはかりたいと存じます。私は、また、中曽根総理が提唱した「21世紀のための友情計画」が成功裡に実施され、本年までに3千名以上のASEAN青年が訪日されることを喜ぶものであります。さらに、我が国政府としては、ASEANから研修、勉学等のため来日する青年が我が国で心おきなく学びまた交流の実を上げることができるよう、一層の環境整備に努める所存であります。他方私は、今日、ASEAN地域への関心を深めつつある多くの日本の若者のASEAN訪問を勧奨したいと思います。
(地球的視野のパートナーシップ)
御列席の皆様、
21世紀を前にした今日、世界は、政治的にも経済的にも、あるいはまた社会・文化的も、かつてなく大きな転換点に差しかかっており、世界の諸国は、それぞれの立場で、時代が課する困難に直面しております。しかも、各国は互いに深い相互依存の関係にあって、いずれの国も一国だけで問題を処理することが困難となっています。
かかる中にあって、私は、我が国が、今後ASEANの実情とニーズに効果的に対応すべくその協力を一層強化・拡充してゆく必要を感じております。同時に私は、これからの日本・ASEAN間の協力関係は、グローバルな情勢を的確にとらえうる視野を備えたものであるべきだと考えます。このような関係を、私は“地球的視野のパートナーシップ”(Partnership with a Global Perspective)と呼びたいと思います。すなわち、それは、日本とASEANの問題に加え、広く国際社会の問題を解決することに役立ち、日本とASEANの利益だけではなく世界の平和と繁栄に貢献すべきものであります。それこそが現在の転換期に、私達に求められているパートナーシップなのではないでしょうか。
以下に私は、このような観点から、日本・ASEANの協力関係の今後のあるべき姿について考えてみたいと存じます。
(平和推進のための協調)
まず、政治面の協力について申し上げます。
ASEANは、「多様性の中の統一」に向けての連帯により、アジア・太平洋地域の安定と発展に不可欠の存在となり、かくして国際社会において、平和・安定勢力としての地位を確立してきました。また我が国は、平和国家として、歴史の教訓に学び、決して軍事大国とならないとの方針を堅持してきており、かかる日本の立場については、国際社会の理解も著しく深まっております。私は、こうした日本とASEANが緊密な意志疎通をはかりながら国際政治の一層の安定を目指した政策協調を進めることは、世界の平和にとって大きな意義を持つと信じます。
私達の協調は、インドシナ半島の紛争、朝鮮半島の緊張等の不安定要因が継続するアジアで、とりわけ重要であります。特にカンボディア問題については、我が国としては、昨日も申し述べましたとおり、ASEANの包括的政治解決に向けての努力を引き続き支持しつつ、東南アジアの平和と安定の回復という共通の課題に向け、和平過程の各側面につき応分の協力を行う所存です。朝鮮半島については、一日も早い南北対話の再開とソウル・オリンピックの成功裡の開催を目指し、このための環境醸成に向けて日本とASEANとの協力が求められていると思います。
さらに、太平洋地域における平和と安定に係る諸問題は、私達の安全に少なからぬ影響を及ぼすようになっておりますが、このような問題も、私達が共に考えてゆくべき課題であります。また、ソ連については、同国が最近、アジア・太平洋地域への関心を高め、また中国との関係を改善しようとする動きが見られます。私達は、ソ連の実際の行動に注目しつつ、世界平和のために如何に行動すべきかにつき意志疎通を深めてゆく必要があると考えます。
なお私は、以上に述べたような見地から、このASEAN拡大外相会議が果たしているグローバルな政策調整の場としての意義を改めて高く評価したいと考えます。
(アジアと世界のための効果的協力の推進)
次に、経済面での協力について申し上げます。
ASEANは、過去20年間の目覚ましい発展によって、すでに国際経済の重要な担い手となっております。このことは、1965年から85年の間に全世界の貿易額が11倍になったにの対し、ASEAN全体の貿易額が15倍に増加していることを見ても明らかであります。他方、近年の先進国における経済の停滞、及び一次産品価格の低下等の結果、ASEAN諸国も少なからぬ経済問題に直面しております。これに対処するには、各国の経済構造を更に高度化するとともに、現在一層悪化の恐れのある国際的経済環境を改善することが不可欠であります。
我が国は、先日の先進国首脳会議においても、ASEAN諸国の要望をも踏まえ保護主義の防圧、自由貿易体制の維持強化のほか、直接投資、一次産品、債務問題等の重要性を訴えましたが、この経緯については、中曽根総理からASEAN各国首脳に親書が発出され、詳しい説明がなされる予定です。国際経済環境改善にとって、我が国とASEAN諸国との“地球的視野のパートナーシップ”に基づく協調は、問題の解決にあたって開発途上国の利益を適切に反映させてゆくことを可能とすること等から、先進諸国間の協力に劣らず効果的であると思うのであります。このことは、ウルグァイ・ラウンド開始に際してすでに実証されたところであります。私は、今後とも日本とASEANは緊密な協調を図りつつ、同ラウンドの推進に力を尽くして行くべきだと考えます。
さらに、私は、我が国とASEANとの間の経済及び経済協力面での緊密な関係が、他の地域における南北協力の模範となることを目指したいと存じます。また、それが、すでに太平洋人造り協力におすい実現したように近隣諸国をも裨益するものとなるよう努力したゆきたいと考えます。
(研究協力の推進)
最後に、研究面での交流について申し上げます。
これ迄に述べました私達の政治・経済面の協調を効果的に進めるためには、双方の間で政府及び民間のレベルの政策面での対話を一層深めてゆく必要があります。そのためにも、日本とASEANの国際問題の研究者の間で、双方がとるべき施策等について、政府の立場から離れた自由な研究・討論を一層進めることが重要であります。かかる見地から、私は、「日本・ASEAN研究協力計画」を提案したいと思います。今般、日本国際問題研究所に日本とASEANをグローバルな視点から研究すること等を目的とした「アジア太平洋研究センター」が設置される運びとなったことは喜びに堪えません。私は、同センターを日本側拠点として、日本・ASEAN双方の研究者間の研究交流及び研究協力の機会の一層の拡充を図って行きたいと考えます。具体的事業としては、同センターにおいて、新たにリサーチ・グラントの供与、日本でのスタディー・ツアー及びセミナーの実施、並びに研究フェローシップの提供等を行う方針であります。こうした国際研究交流の充実により、私達が“地球的視野のパートナーシップ”を実現するための政策的な基盤を一層豊かなものにすることが出来ると信じます。
(結び)
御列席の皆様、
「順境は友を作り、逆境は友を試みる」と言われますが、私達双方が大きな課題を負っている現在、まさに日本・ASEAN20年の関係は、その真価を問われているのであります。そして私は、世界の平和と反映への貢献を目指す“地球的視野のパートナーシップ”の確立に挑戦することこそ、この歴史的な問いかけへの私達の積極的な回答となるものと信じます。
御静聴有難うございました。