データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] ASEAN拡大外相会議全体会議(6+7)における柿澤外務政務次官ステートメント

[場所] マニラ
[年月日] 1992年7月24日
[出典] 外務省
[備考] 
[全文]

1.はじめに

マングラプス外務長官閣下

ASEAN各国及び各対話国外相の皆様

御列席の皆様

 まず始めに,日本政府を代表して,主催国フィリピンに対し,ラモス大統領の下での新政権誕生,そして今回早速本会議主催の重責を果たしておられることに対しお慶び申し上げます。1978年にASEANとの間で外相会議が開催されるようになって以来,我が国はこの会議を極めて重視し,毎回,外務大臣が出席して参りましたが,本年はあいにく渡辺副総理兼外務大臣が健康上の理由から欠席せざるを得ませんでした。渡辺副総理が本会議の御成功を祈念し,次の機会に出席者の皆様にお会いすることを楽しみにしていることを皆様にお伝え致します。

2.ASEAN創設25周年

議長及び御列席の皆様

 ASEANは本年で創設25周年を迎えました。日本政府を代表して心よりお祝い申し上げます。ASEANは,四半世紀の間,変化する国際環境に鋭敏かつ現実的に対応しつつ,域内協力を着実に進め,経済面で目覚ましい成果を挙げるとともに,政治的にも友好の絆を強化して来ました。この間ASEAN諸国は,拡大外相会議等の場を通じ,域外国との対話を積み重ね,幅広い協力関係を推進して来ました。我が国は,世界に向かって域内協力の一つのモデルを示したASEAN諸国の強い使命感とたゆまぬ努力に対し,深い敬意を表するものであります。

 創立25周年と時同じくして,ASEANを取り巻く国際環境は大きく変動しております。このような中で,ASEAN各国の首脳は,本年1月シンガポールに集まり,今後ASEANが進むべき道につき真剣な討議を重ねられ,いくつかの分野において明確な方向性を打ち出されました。我が国としては,各首脳のこのような政治的リーダーシップに深い敬意を表するものであり,ASEANが今後更なる発展を遂げることを心から祈念するとともに,そのために引き続き積極的な協力を惜しまない所存であります。

3.インドシナ情勢及びカンボディア和平

議長及び御列席の皆様

 国際情勢が変化する中で,今後のASEANにとり重要なのはインドシナ諸国との関係を強化し,これらの諸国をダイナミックなアジア・太平洋地域の発展へ取り込んでいくことでありましょう。我が国は,従来よりインドシナ諸国との間に相互理解に基づく関係の醸成をはかり,もって東南アジア全域にわたる平和と繁栄の構築に寄与することを我が国の東南アジアに対する政策の一つの重要な要素として参りました。かかる観点から,第4回ASEANサミソトにおいて全ての東南アジア諸国による東南アジア友好協力条約への加入を歓迎する旨合意されたことを受けて,今般,ヴィエトナム及びラオスが同条約に加入されましたことを我が国としても歓迎するものであります。今後,ASEAN諸国とカンボディアを含む全てのインドシナ諸国及びミャンマーとの友好協力関係が強化され,このことが,東南アジア全体の安定と繁栄に寄与することを期待しております。

 インドシナ地域で,もっとも重要な緊急の課題は,カンボディア和平及び復旧・復興に対する取り組みであります。私は先月東京で開催された「カンボディア復興閣僚会議」の議長を務めましたが,同会議では,和平プロセス及び復旧・復興に関する2つの東京宣言が全会一致で採択され,期待を上回る8.8億ドルのプレッジがなされる等,大きな成果を挙げることができました。右を可能にした各国よりの積極的な協力に対し改めて感謝を申しあげます。同閣僚会議においては,「復興なければ和平なし」,「和平なければ復興なし」との認識が参加者に共有されたと考えます。我が国としてはカンボディア各派が東京宣言において表明された永続的な和平の確立に向けての国際社会の総意に応えることを強く期待するものであります。然るに民主カンボディア(DK)が依然フェーズII入りを拒否し,和平プロセスが停滞している現状に対して深い憂慮の念を表明せざるを得ません。民主カンボディアが同派の主張をも考慮して復興会議の際に作成された11項目の提案を真撃に検討し,カンボディアに関するパリ和平協定の迅速かつ完全な実施に向けて国連カンボディア暫定機構(UNTAC)に積極的に協力することが急務となっています。

 UNTACはポスト冷戦期の国連の平和維持能力の試金石となるものであります。UNTACが,難民の帰還・再定住,停戦の監視,武装の解除といった任務を順調に果たし,予定通り自由かつ公正な選挙を実施して,右に基づき樹立される新政府の下でカンボディアが速やかに復興に取りかかれるように,各国ともUNTACに対する支援を一層強化していくことが不可欠であります。我が国としては,今般のASEAN外相会議(AMM)において,有意義な議論が行われたことを評価するとともに,本会議においてカンボディア和平につき同様な議論が行われることを期待しております。また,我が国は今後とも関係諸国とも協議連絡の上,和平プロセス促進及びカンボディア復旧・復興のための積極的努力を行っていく所行です。

 なお,カンボディアの復旧・復興支援にあたっては,我が国として,ASEAN諸国とも十分協調しつつ積極的にこれを行って参りたいと考えております。昨年,当時の海部総理がASEAN諸国を訪問した際に述べたように,今や日本とASEANは相互の関係に留まらず,広くアジア・太平洋地域の平和と繁栄のために共に考え,共に行動する成熟したパートナーの関係にあります。現在,カンボディア復興のために,カンボディアのニーズを十分踏まえた上で,我が国の資金及び技術をASEAN諸国の経験及び知識と組み合わせる形の「三角協力」により,難民定住促進のための共同事業を推進できないか検討を行っているところでありますが,こうした事業が実現の運びとなれば,日本とASEANとの協力形態に新次元を切り開くことになるものと期待しております。

 また,国際平和協力法が成立したことを受けて,国連からの要請を待って行うUNTACへの人的な支援につき具体的に検討して参りたいと考えております。この際に,この法律による我が国の協力は国連の決議や国際機関からの要請に基づき,国連を中心とした国際平和のための努力に協力するものであり,我が国が独自に行うことはあり得ないことを強調致したいと思います。このような人的貢献を行うにあたっては,我が国は正しい歴史認識に基づき過去の教訓を踏まえ,平和憲法を堅持し,二度と軍事大国の道を歩まないことを決意しており,このような基本方針を引き続き堅持していくという我々の決意をアジア諸国の友人に理解願いたいと思います。

 インドシナ情勢において忘れてならないのは依然として深刻な難民問題であります。関係諸国の負担軽減のため,我が国は従来より国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の関係予算に各国中最大の支援を行うことなどにより積極的に協力してきました。今後とも引き続き適切に対応していく所存です。

4.政治対話,安全保障のための方策

議長及び御列席の皆様

 ASEAN諸国の首脳は,シンガポール・サミットにおいて,拡大外相会議の場を利用して域外諸国との間で政治・安全保障対話を強化することに合意されました。これは,昨年の拡大外相会議において当時の中山外務大臣より行った「安心感を高めるための政治対話」提案に沿うものであり,我が国政府としても歓迎するところであります。我が国はかねてからこの地域における未解決の問題の解決にあたっては,個々の紛争や対立の状況に最適な,注意深く考慮されたサブ・リージョナルな協力が適切であると考えております。同時に,これと並行して,より広い範囲の域内諸国が参加する全域的な政治対話の促進も重要であると認識しております。このトゥー・トラック・アプローチについては,先般米国ワシントンにおけるスピーチで宮澤総理が述べたところであります。このうち,政治対話のためには,この地域には既に多様な国際協力の場が重層的に存在しているとの実態に照らせば,既存の枠組みを利用すべきと考えます。そして,そのような場としてはこの拡大外相会議を活用することが最も適切と考えており,今後,この会議の場で充実した政治対話が行われることを期待しております。

議長及び御列席の皆様

 変化する国際環境の中で,アジア・太平洋地域の平和と安定のためには,米国の存在,米国の関与が今後とも極めて重要であります。この地域における米軍のプレゼンスは,単に軍事的のみならず,政治的にも地域の安定要因であります。我が国としても,米国が今後ともこの地域における前方展開を維持していくことを強く期待しております。このため,我が国は,日米安保体制を堅持し,接受国支援の充実を含む種々の手段を通じその円滑な運用の確保と信頼性の向上のために一層の努力を払っていく方針であります。我が国の接受国支援は1992会計年度で40億ドルに達しており,1995会計年度には米軍人軍属の給与を除く在日米軍経費の7割を我が国政府が負担することが見込まれております。ASEAN諸国においても,米国の前方展開を維持するための協力を行っておりますが,我々としてもこれを歓迎しております。

 この地域では,先に述べたカンボディア以外にも,朝鮮半島,南シナ海等において,依然として紛争や対立が存在しております。朝鮮半島の緊張緩和を図ることは,今日のアジア・太平洋の安全保障に関わる最も重要な課題の一つであります。このための努力においては,南北の間の対話が基軸であり,このような対話を通じて和解への道が開けてくることを期待して止みません。同時に,かかる対話を周辺諸国が協力して支援していくことも重要であります。また,現在,北朝鮮による核兵器開発の可能性に関し深刻な懸念がもたれており,これが地域の大きな不安定要因となっております。同国によるIAEAの査察受入れは若干の前進を意味しておりますが,残念ながら南北相互査察の実施は未だ目途が立っておりません。これらの査察を通じこの疑念が完全に払拭されるように,アジア・太平洋諸国をはじめとして国際社会が協調して北朝鮮に対する働きかけを行っていかなくてはなりません。我が国も,日朝国交正常化交渉において,この問題の解決なくして北朝鮮との国交正常化は困難との立場にたって,この目的の達成のために努力する決意であります。

 南シナ海は北東アジアとインド洋とを結ぶ海上交通の要衝であります。同海域の群島の領有権をめぐり,最近当事国間の対立が強まっておりますが,関係当事国が,自制しつつ,話合いによる平和的な解決を図るとの観点から,同地域の緊張緩和を目指して,インドネシアのイニシアティヴにより非公式なワークショップが推進され,また,今般のASEAN外相会議において宣言が発出されたことを注目しております。このような努力の積み重ねを通じ,この地域の対立が緩和されていくことを強く期待しております。

5.経済

議長及び御列席の皆様

 アジア・太平洋の平和と安定を考えるにあたり,域内諸国の経済発展も不可欠な要素であります。ASEAN諸国はASEAN自由貿易地域(AFTA)創設に踏み切るなど,域内協力の強化を指向しておられます。我が国としては,ASEANが域内の経済関係を強化していくことは,この地域のみならず,世界経済の発展にも貢献し得るものと考えております。このような観点から第4回ASEANサミットで示されたASEAN各国首脳のリーダーシップを評価するとともに,シンガポール宣言が謳っているようにASEANがGATTの諸原則を引き続き遵守し,また,AFTAが多角的自由貿易体制の維持・強化に資するものとなることを期待するものであります。

 ウルグァイ・ラウンド交渉の早期の成功裡終結による多角的自由貿易体制の維持・強化は,世界はもとよりアジア・太平洋地域における経済の更なる発展の鍵であり,今次会合に出席されている交渉参加各国にとって極めて重要な協力課題であることは申すまでもありません。ミュンヘン・サミット経済宣言にも述べられているとおり,我が国はウルグァイ・ラウンドの合意が1992年末より前に達成され得ると期待しております。我が国としても,種々の困難はあるものの,相互の協力によるウルグァイ・ラウンドの早期終結に向け最大限の努力を傾注する決意であり,各国からも交渉の進展のため一層の努力を期待するものであります。

 我が国としては,アジア・太平洋地域の経済発展の重要性に鑑み,貿易,投資の面での関係発展に努めるとともに,二国間中心の政府開発援助(ODA)とAPECを中心とする多国間の経済協力を引き続き積極的に推進していく所存であります。特に,ODAに関してはこれまでその拡充に努めて参りましたが,今後それだけでなくその一層の効果的実施を図り,内外の理解を深めることを目的として,先般,政府開発援助大綱を閣議決定しました。その中で,我が国は,政府開発援助について,(1)環境と開発を両立させること,(2)軍事的用途及び国際紛争助長への使用を回避すること,(3)軍事支出等の動向に十分注意を払うこと,及び(4)民主化促進や基本的人権の保障状況に十分注意を払うという原則を踏まえるとともに,被援助国の経済社会状況,二国間関係等を総合的に判断して実施するとの考え方を明確にしました。右については,アジア・太平洋地域の諸国にも十分理解して頂きたいと思います。同大綱は,更に,アジア地域の我が国との密接な関係,また,とりわけASEAN諸国の経済発展の世界経済の発展にとっての重要性等をも踏まえるとともに,引き続き我が国ODAの重点をアジア地域に置くこととしております。

6.環境及び麻薬問題

議長及び御列席の皆様

 環境問題,麻薬問題等の人類共通の課題に対しまして,我が国は,引き続き各国と協力しつつ取り組んで行く所存です。先ず,我が国の環境問題に対する取り組みについては,先の国連環境開発会議(UNCED)において表明した通り,地球の緑,水,空気の保全及び途上国の環境問題対処能力の向上に貢献すべく,1992年度より5年間に亘り,環境分野に対する政府開発援助を9,000億円から1兆円を目途として大幅に拡充・強化することに努めることと致します。その際,被援助国との政策対話を通じ,優良な案件の発掘・形成・実施に努めて参ります。また,森林に関する原則声明につきましても,我が国はこれを行動に移していくよう努力します。また,麻薬問題は地球的規模の深刻な問題であり,国際社会が一丸となって取り組むべき重要な問題であります。東南アジア地域における麻薬の不正な生産,取引,乱用は深刻さを増しており,これら問題の解決に向けた各国の協力の強化が必要と認識しております。

7.結語

議長及び御列席の皆様

 現在,旧ソ連,東欧の民主化や経済改革に国際社会の焦点が当たっております。しかし,重大な変化はアジア・太平洋においても始まっております。こうした変化は欧米では見落とされがちですが,世界の平和と繁栄のためのアジア・太平洋地域らしい国際協力関係の構築が重要な意味を有しております。先般のミュンヘン・サミットの諸会合においてはこの地域についても相当の議論が行われ,また,政治宣言において,「アジア・太平洋地域においては,ASEAN拡大外相会議,アジア・太平洋経済協力(APEC)等の既存の地域的枠組みが平和と安定を促進する上で重要な役割を有する」ことについてサミット参加各国の認識が確認されました。次回のサミットは東京で開催されることもあり,同サミットでアジア・太平洋の視点が反映されるよう,参加各国と一層緊密に連絡・協議していきたいと考えております。

 今次拡大外相会議において有意義な議論が行われ,実りある成果が挙がらんことを期待して,私の発言を終わります。

 ありがどうございました。