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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] ASEAN地域フォーラム(ARF)における河野副総理兼外務大臣発言

[場所] バンコク
[年月日] 1994年7月25日
[出典] 外交青書38号,178−181頁.
[備考] 
[全文]

(アジア太平洋地域の安全保障情勢に関する意見交換における発言)

1,ARFの意義

 今回初めて開催されたこのARFは,アジア太平洋地域における全域的な政治・安全保障対話の場として,国際社会から大きな注目を集めております。

 アジア太平洋地域は,経済面においては多様性と解放性を活かして,ダイナミックな発展を遂げ,一歩一歩相互依存関係を進めてまいりました。他方、安全保障面においては、アジア太平洋地域では民族も宗教もイデオロギーも多様であること、様々の脅威認識があることを理由に、例えばヨーロッパと異なり、全域的な対話を進めることは困難との議論をこれまで繰り返してまいりました。確かに、紛争や対立の続いていたこの地域において、数年前には、全域的な政治・安全保障対話を開始することは夢に過ぎませんでした。しかし、冷戦の終結後、この地域においても、各国の政策の透明性と、お互いの安心感を高めるための、全域的な政治・安全保障対話を行っていくことの重要性についての認識が高まってまいりました。ARFは、そのような認識の高まりの中で生まれた、歴史的な機会であります。冷戦終結後、時を経ずしてこのような会合の開催に至ったことは、来し方を振り返りますと感慨深いものがあります。タイ政府をはじめ、この準備に当たった関係者に対し、深い敬意を表したいと思います。

 はじめに、私はこの地域がどのような地域となることを目指すべきかについて一言したいと思います。軍事大国にならないという決意が我が国の経済発展の一つの要因であったことは広く知られています。我が国のかかる経験に基づいても、私は軍縮を促進し、それによって生じた人的、経済的資源を貧困の解消、民生の安定、教育の向上などの社会開発分野に振り向けて行くべきであると確信を持って言えると思います。アジア太平洋地域の目覚ましい経済的発展は人々の生活と価値観を豊かにすることにつながるべきであり、各国の軍事力の増強につながることがあってはなりません。私たちが将来の世代のために準備すべきは、軍事力によって強化されたアジア太平洋ではなく、世界に開かれた、誰もが平和と自由と尊厳の中に生活できるアジア太平洋であります。そして、そのようなアジア太平洋の実現にとって、米国のプレゼンスは引き続き大変重要な要因であり、また、ARFを通じて、我が国としては、アジア太平洋諸国間の相互理解、相互信頼の増進のための協力を進め、長期的な視点に立って安全保障面の環境の整備・向上を推進していくことが重要であります。

2、我が国の安全保障政策

 この機会に、我が国の安全保障政策についてご説明したいと思います。

 我が国は、過去の戦争の反省の上に自衛のためを除き武力行使を禁じた平和憲法の下、専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国にならないとの基本理念を有しております。かかる理念に従い、日米安全保障態勢を堅持するとともに、節度ある防衛力を保持しております。特に我が国は、核兵器の非人道性を知る被爆国として核兵器の究極的廃絶を願う国民感情の下、核兵器を作らず、持たず、持ち込みを認めないという非核三原則を国是としています。また、我が国はNPTの無期限延長を支持していることを改めて表明致します。

 更に、我が国の安全保障政策の一環として、国際的な不拡散態勢の強化があります。米露の核軍縮に大きな進展が見られる一方で、大量破壊兵器やミサイルの拡散の危険性は近年むしろ増大しており、不拡散の問題は緊急の課題となっております。NPTの無期限延長などNPT体制の強化、全面核実験禁止条約交渉の早期妥結、国連軍縮登録制度の完全実施等の推進、兵器及び関連物資の輸出管理体制の強化に、我が国は積極的に取り組んできております。

 北朝鮮の核問題は、このような国際的な不拡散体制にとって深刻な挑戦であります。しかしそれのみならず、アジア太平洋地域においては、地域の平和と安定に直接関わる問題であり、我が国として、韓国、米国、中国、その他の関係国と協力してこの問題を解決するための努力を引き続き行っていく考えであります。

(信頼醸成に関する意見交換における発言)

1、我が国のARFに対する基本姿勢

 ARFは、アジア太平洋諸国間の相互理解、相互信頼の増進のための協力を進め、長期的な視点に立って安全保障の環境の整備・向上を推進していく場とすべきであると認識しており、かかる認識については、すべての参加国によって共有されているものと確信いたしております。そのために、相互理解、相互信頼を高めるための措置、すなわちMRM(Mutual Reassurance Measures)の推進を目標とすべきであります。そのために事務レベルでの作業を開始すべきでありましょう。

2、相互の安心感を高めるための措置〔MRM〕

 私は本日ARFというこのテーブルに我々一同が着席していること自体重要なMRMであると考えます。我が国としては、このARFのプロセスを推進していくため、当面、次の三本柱、すなわち、

(1) 各国の政策の透明性を高めるための「情報の共有」

(2) 相互の理解と信頼を深めるための「人的交流」

(3) 「グローバルな活動の推進に向けての協力」

について検討していくことを提案します。

 疑惑や懸念は、しばしば相手についてよく理解していないことによって生じたり、増幅されるものであります。「情報の共有」は、お互いに国防政策や軍備政策や軍備状況について情報を共有することによって、お互いの安心感を高めることを目的とするものであります。各国が年次の国防白書を発行したり、国防政策に関する短いペーパーをARFやARF・SOMの場で紹介することを提案したいと思います。次に「人的交流」は、安全保障関係者が、相互理解、相互信頼を醸成するため一層の交流を行うことを主眼としています。また、「グローバルな活動の推進に向けての協力」は、国連等のグローバルな活動を通じて得られた経験を、お互いに分かち合い、こうした活動を一層効果的にまたきめ細かく行っていくことを目的とするものであり、PKOに関するセミナー等の開催についての協力が考えられます。

3、今後のARFの在り方

 これらのMRMを進めていくに当たっては、地域安全保障対話の推進に向けてのモメンタムを失わないように進めることが大事であります。他方勿論これらを進めていくに当たっては現実的視点を失ってはなりません。私はARFについては高い理想、そして着実な努力の二つが組み合わさるべきであると考えています。

 本7月25日はアジア太平洋地域にとってARFの誕生日という記念すべき日になるでしょう。せっかく生まれた、このARFという子供を立派な大人に育てるべく、皆で力を合わせて着実に努力していくことを確認しようではありませんか。