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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 「グリーン・メコンに向けた10年」イニシアティブに関する行動計画

[場所] 
[年月日] 2010年10月29日
[出典] 外務省
[備考] 
[全文]

 2009年11月,第1回日メコン首脳会議において採択された東京宣言において,豊富な生物多様性,自然災害への強靱性を有する緑あふれるメコン,そして持続可能な水・森林に恵まれ,環境保護と経済成長を両立させるメコンを実現することを目標として,「緑あふれるメコン(グリーン・メコン)に向けた10年」イニシアティブを開始することが宣言された。本行動計画は,本年7月第3回日メコン外相会議において各国外相の賛同を得たコンセプトに基づき,メコン地域諸国と日本の具体的な取り組みを示すべく策定されたものである。

1.メコン地域の課題

 メコン地域の持続可能な成長は,日本及びメコン地域諸国双方にとって重要であり,豊かな自然に恵まれた同地域の特性を勘案すれば,環境・気候変動対策を十分に考慮に入れて開発を進めていくことが必要である。

 1.1メコン地域における環境・気候変動対策の重要性

  メコン地域は,豊富な天然資源や労働力を背景に近年著しい成長を遂げてきており,また,今後も大きな潜在力を有する地域である。同地域の経済成長を持続可能なものにすることは,地域の安定と発展のためのみならず,日本にとっても,またアジア全体の安定と発展のためにも重要であるとの認識を改めて共有する。また,同地域の持続的な発展は,ASEAN域内の格差を是正し,地域統合の促進,ひいては東アジア共同体の構築にもつながる重要性をも有することを確認する。

  ところが,メコン地域は,極めて豊かな森林や河川の生態系を有し,自然環境が豊かでありながらも,現在生態系が劣化の危機に瀕している地域として世界的に認識されている。また,急速な経済発展に伴って生じている,または,貧困等に起因する公害や自然破壊は,メコン地域の人々の生活に対する深刻な脅威と言い得る状況にあり,こうした課題を克服し,環境と調和した成長を進めることが必要不可欠となっている。同時に,多くの人口を抱え,今後も大きな経済成長が見込まれる上大きな森林面積を抱えるメコン地域が適切な環境・気候変動対策をとることは,地球規模の環境問題に対して大きな貢献となりうる。

 1.2問題の認識

  上記のような認識に基づき,今後,メコン地域においては,特に,(1)森林の減少・劣化,(2)生物多様性の損失,(3)自然災害(巨大台風,干ばつ,洪水等)の激甚化,(4)メコン河の水位低下,及び(5)都市における水・大気汚染,といった課題に真剣に対処していく必要がある。これらの課題を克服するために,メコン地域諸国は,環境・気候変動の問題を地域の問題としてとらえ,協力して対処していく。また,日本は,自らの知見を活用し,メコン地域諸国の取組を支援していく。

2.新たな支援アプローチ

 上記課題を克服し,環境とバランスの取れた開発を実現していくためには,メコン地域諸国,日本及び他の開発パートナーが幅広く協力していくことが重要である。このために以下のアプローチを一層強化していく。

 2.1 「地域ワイドのアプローチ」の強化

  環境・気候変動問題への対処には国境の枠を超えた対策が必要なものも少なくなく,メコン地域諸国及び日本は,国境を越える環境に関する課題への取組における協力と努力を一層促進していくことが必要である。また,メコン河を中心としてまとまる一つの地域が環境と開発の両立に向けた取組を地域として協力して進めていくことは,世界が持続的開発に向かう中でのパイロット・プロジェクトとなりうる。この意味で,メコン地域において,地域横断的なアプローチを強化していく。

 2.2「官民連携のアプローチ」の強化

 環境・気候変動問題への対応は多様な分野にわたり,そこでは先進的技術や知見が求められる。このため,取組を進めていくにあたっては,官のみならず民の技術や知見を活用し,きめ細かいニーズを吸い上げて対応していくことが不可欠である。

   日本は,環境・気候変動分野において特に優れた技術や知見を有しており,これらを「グリーン・メコン」の実現のため積極的に活用していく。そのためにも,官民の連携を強化し,両者の知見を動員しつつ,政府開発援助(ODA)やその他の公的資金(OOF)のみならず民間資金も活用し,メコン地域に対しより効果的な協力を推進していく。

 2.3「開かれたアプローチ」の強化

  メコン地域の発展のためには,これまでも様々な開発パートナーが関与しており,それぞれ幅広い開発ニーズに応えた支援を実施してきている。こうした状況を踏まえ,日本とメコン地域諸国が協力を進めていくにあたっては,関連するパートナーとの情報共有や対話を行いながら,対外的に開かれたアプローチを強化していく。

3.「グリーン・メコン」の分野別行動計画

 3.1新たな取り組み

昨年11月に行われた第1回日本・メコン地域諸国首脳会議以降,日本とメコン地域諸国との間では,すでに環境・気候変動分野における具体的な協力や取り組みを進めてきている。今回,第2回日本・メコン地域諸国首脳会議の機会を捉え,「グリーン・メコン」の実現に向けた歩みを更に進めるべく,日本として下記の支援を実施していくことを確認した。

  (1)豊かな森林の実現及び持続可能な森林資源の活用に向けて,森林保全にかかる支援を行ったカンボジア,ラオス,ベトナムに加え,タイにもあわせて森林保全のための協力を実施することとした。

  (2)地域の共通財産たるメコン河の管理強化のため,メコン河委員会(MRC)による渇水,洪水対策に関するプロジェクトの実施を支援することとした。また,ベトナム,ラオスに対しても灌漑設備の整備や維持にかかる人材育成支援を行うとともに,災害対策の一環として,ミャンマーに対して第二期サイクロン予報・警報業務改善アドバイザーを派遣することとした。

  (3)クリーンな都市環境の実現のための施策として,循環型社会構築のために,ベトナムに対して3Rの取り組みの強化にかかる支援を行うこととした。

  (4)メコン河の生物多様性保全の一環として,メコン河淡水イルカ保護のため,カンボジア及びラオスにおける淡水イルカ保護監視活動の支援及び周辺漁民の代替生計手段創出に資する村落開発活動への支援を行うこととした。また,国際熱帯木材機関(ITTO)との協力の下,カンボジア・タイの森林における管理能力の向上及び地域住民の生計向上に関する支援を行うこととした。

  (5)日本の低炭素技術・製品を活用した温室効果ガスの排出削減のため,二国間オフセットメカニズム構築に向けた日本の支援による調査事業をラオス,ミャンマー,タイ及びベトナムで実施することとした。

 3.2各分野の行動

「緑豊かなメコン(グリーン・メコン)に向けた10年」イニシアティブ実施に当たっては,日本及びメコン地域諸国は,各国間の格差是正も視野に入れつつ,6つの分野において,以下の具体的な行動を執ることとする。

 (1)持続可能な森林経営

  森林状況に関するデータ収集を進めモニタリング体制を構築するため,必要なハード整備を進めながら,データ収集・分析等にかかる技術支援を行っていく。森林関連法令の制度整備や行政官の能力向上を図り,森林減少を抑制し包括的な森林経営を行うための体制を整備する。地域住民に対する森林保護意識の啓発,代替生計手段創出にかかる支援等を行いながら,住民参加型の持続的な森林管理・経営を進めていく。

  途上国における森林減少・劣化に由来する温室効果ガス排出の削減(REDD+)対策は,途上国の森林管理にとって大きな意義を有するものであるとの認識の下,REDD+に係る環境整備(国家戦略策定支援,制度整備やキャパシティ・ビルディング,モニタリングシステム整備,地域住民による森林管理を行うコミュニティフォレストの推進)を支援していく。また,環境整備の進捗に合わせて,国家戦略計画の実施支援,森林モニタリング,REDD+パイロット・プロジェクトの実施を支援する。国連気候変動枠組条約の下での交渉を注視しつつ,将来的な民間資金の一層の活用を念頭に置きながら,REDD+の完全実施に向けた協力を進めていく。

  メコン地域諸国は,各国における森林被覆率の目標達成等,森林管理の取組を継続する。

 (2)水資源管理

  メコン地域諸国の水資源管理に関する政策立案に係るキャパシティ・ビルディング及び制度整備を一層促進していく。洪水・渇水対策の効果的な実施にも資する地域の水資源管理データ収集システム,モニタリングシステム構築のための連携を強化する。灌漑施設の新設・改修整備に対するハード面の支援灌を実施するとともに,制度整備・改善,人材育成(水利技術者育成)や水利組合の設立・運営などのソフト面も強化していく。また,農民参加型の水資源管理の手法の導入を促進し,灌漑施設の維持管理のための体制整備を進めていくことで,安定的な食料供給と貧困削減を実現する。また,メコン河委員会を通じて総合水資源管理(IWRM)のアプローチを促進していく。

 (3)災害予防及び災害への対処

  河川の堤防の補強や浸食対策,排水施設整備等による都市における洪水対策等のハード面の整備を進める。また,気象予警報能力を強化するため,観測・データ解析システムの整備や人材育成を行う。同時に,災害時の関係諸機関の対応能力の向上や,コミュニティ単位の防災の対処能力を強化していく。

 (4)都市環境の改善

  各国間の格差の是正に努めながら,都市の規模,発展段階に応じて,都市環境インフラ(上下水処理施設,廃棄物処理施設等)の整備を進めていく。また,環境影響評価システムを整備するとともに,都市鉄道等交通網の整備(物理的連結性)にもつなげて支援を行う。特に,各観点から,下記の取り組みを進めていく。

 ・「東アジア・スマート・コミュニティ・イニシアティブ」の下,技術の普及との観点から実現可能な都市については,官民一体となって,太陽光や風力といった自然エネルギー,廃熱や河川水等の未利用エネルギーを最大限活用するエネルギーマネージメントシステム,環境配慮型交通システム等をITを活用したネットワークで複合的に組み合わせた次世代のエネルギー・社会システムとする「スマートコミュニティ」について取り組んでいく。

 ・代替可能エネルギーの利用について,バイオマスタウン構想についての取り組みも進めていく。

 (5)生物多様性

  地域の森林管理の情報収集システム,モニタリングシステムやデータベースを構築するための連携を強化する。マングローブ沿岸生態系保全,メコン河淡水イルカの保護等の生物多様性保全のための既存の措置を着実に進めていくとともに,より広範にメコン河の生態系保全や地域の生物多様性保全に向けて取り組んで行く。

 (6)温室効果ガスの排出抑制・削減

  日本の優れた低炭素関連技術を活用し,再生可能エネルギーの導入推進や高効率なエネルギーインフラ整備を進める。また,REDD+対策についてキャパシティ・ビルディングを進めるとともに,将来的な民間資金の一層の活用を念頭に置きつつ対応を強化していく。当面の具体的措置は,以下のとおり。

 ・森林保全・低排出型交通網整備等の個別プロジェクトや気候変動にかかる分野横断的対策を一層促進する。

 ・途上国で実施されているREDD+実証活動の情報を整理し「REDD+データベース」を構築するとともに,メコン地域の政策決定者を含めた開発パートナーに対して情報発信を行う。

 ・世界的な温室効果ガス排出抑制・削減に貢献すべく,すべての主要国が参加した公平かつ実効性のある国際枠組み構築に向けて,国際交渉において協力する。

 ・日本の優れた技術・製品や再生可能エネルギーの取組を生かした排出削減プロジェクトの発掘・形成を促進するとともに,温室効果ガス排出削減量やその測定方法に関する調査を行い,二国間オフセットメカニズムの構築に向けた検討を進める。

 ・原子力を新規に導入しようとする国に対して,核不拡散・保障措置,原子力安全及び核セキュリティ並びに原子力損害賠償制度をIAEA基準及び関連国際条約に適合する形で確保するための基盤を整備する協力を行う。また,原子力等大型発電所の新設計画に伴う送電網の整備にあたり,大容量送電が可能な送電システムについて実施可能性検討調査を実施し,安定的かつ効率的電力供給の実現に協力する。送電のロス低減により,温室効果ガス排出削減の効果が期待される。

 ・2009年12月に承認された「日ASEAN交通分野における環境に関する行動計画」に基づき,計画的な環境対策を推進する。また,アジアEST地域フォーラムのイニシアティブに基づき,環境負荷が小さい交通機関の整備を推進していく。

4.フォローアップ・メカニズム

 本行動計画を中長期的に達成すべく,日本及びメコン地域諸国との間で具体的な取り組みの進捗状況をフォローアップし,必要な行動計画の見直しを行う場として,グリーンメコン・フォーラムを開催する。

 また,日ASEAN,ASEAN+3,EASにおける対話等の枠組みとも連携して,より広い地域における諸施策との協調をはかるとともに,アジア太平洋気候変動適応ネットワーク(気候変動)やアジア3R推進フォーラム(3R及び廃棄物管理),アジア水環境パートナーシップ(水環境管理),アジア環境的に持続可能な交通(EST)地域フォーラム,さらに新設する日ASEAN自動車の安全性及び環境性能の向上に関する官民フォーラム(温室効果ガス対策)等の分野別の協議の枠組みの場も利用し,随時フォローアップを行う。