[文書名] 講和問題に関する吉田茂首相とダレス米首相会談,日本側記録
一月二十九日午後四時三井本館で総理とダレス大使と会談せらる。会談の内容左のとおり(総理より伺ったところをメモにしたるもの)
ダレス大使いうには,三年前条約ができれば,日本にとって今日とはよほど悪条件のものができたろう。今日われわれは勝者の敗者に対する平和条約を作ろうとしているのではない。友邦として条約を考えている。
総理より,講和問題について自分の考えているところは昨年五月申したところと,今も変りない。日本は,アムール・プロプル(自尊心)を傷つけられずして承諾できるような条約を作ってもらいたい。平和条約によって独立を回復したい。日本の民主化を確立したい。セルフ・サポートの国になりたい。かようになった上で日本は自由世界の強化に協力したいのであり,また日本にとって一番大事な点である日米間の強固な交友関係の確立も可能になると思う。要するに,日本が自由世界の強化に寄与できる国となり,日米間に強固な友好関係を打ちたて得るような平和条約を締結したい。
占領中に日本が要請されて実施した各般の改革の如きも随分日本の実情を無視し,また,日本の自立を阻害しているものがある。(民法における家族制度の廃止の如き,事業者団体の活動や労働関係の法制の如き)。これらは占領軍が日本にいる間に占領軍の手で実情に即するよう改廃されることを希望するのも,上述のふたつの目的にでるものである。この要請をマ元帥にだして措置してもらうつもりである。
との趣旨を答えたるに,ダレス大使は
それはそうであろうが,日本は独立回復ばかりを口にする。独立を回復して自由世界の一員となろうとする以上,日本は,自由世界の強化にいかなる貢献をなそうとするのか,今米国は世界の自由のために戦っている。自由世界の一員たるべき日本は,この戦いにいかなる貢献をなさんとするか。
と反問す。
いかなる貢献をなすかといわれるが,日本に再軍備の意ありやを知られたいのであろう。今日の日本はまず独立を回復したい一心であって,どんな協力をいたすかの質問は過早である。自主独立の国になれるかどうかが,今,問題であって,それが実現をみた後で,初めて日本がどんな寄与をなせるか,なす心算であるかが答えられるのである。再軍備は日本の自主経済を不能にする。対外的にも,日本の再侵略に対する危惧がある。内部的にも軍閥再現の可能性が残っている。再軍備は問題である。二つの世界が対立抗争しておる世界において,米国は日本を広い意味で米国圏内のうちにインコーポレイトしてもらいたい。と答え,ダレス大使甚だ不興な気色を示す。マ元帥にふたりで挨拶にゆく時間となって,総司令部に行く。総理よりマ元帥に対し,
今,ダレス大使は甚だ困った質問をして予を苦しめておる。自主独立を実現するため平和条約を希望する日本に,いかなる寄与を自由世界に対し日本はなすつもりやと責めらる。
といえるに,マ元帥は微笑して,ダレス大使を顧み,
自由世界が今日,日本に求むるものは,軍事力であってはならない。そういうことは実際できない。日本は軍事生産力を有する。労働力を有する。これに資材を供給してフルにこの生産力を活用し,これを自由世界の力の増強に活用すべきである。
と大いにダレス大使説得につとめ
これから会談中意見対立して困難な場面に立ちいたる場合には,いつも仲介役をつとむべし。総理の考えはよく承知しおれり。
という。
なお三井本館での会談の際,総理よりダレス大使に,
先日受け取りし議題のうちには,技術的な事項も相当あり。これらは既に多少研究もいたしたり。わが方の見解を書き物にまとめて,明三十日午後六時のお手許のとどくべし。
(なお,この書き物は,その前にマ元帥にとどける必要あり)
また,国会開会の折にてもあり自分によんどころなき支障あるときは井口次官において代理としてお話しすることとすべし。
ということに打ち合わせおきたり。
(以上)