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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 対日講和問題に関する周恩来中国外相の声明

[場所] 
[年月日] 1951年8月15日
[出典] 日本外交主要文書・年表(1),406ー411頁.外務省アジア局中国課監修「日中関係基本資料集」,19ー25頁.
[備考] 
[全文]

一九五一年七月十二日、アメリカ合衆国政府及び連合王国政府は、ワシントンとロンドンで同時に、対日平和条約草案を公表した。ついで、アメリカ合衆国政府は、同年七月二十日日本単独平和条約署名の準備として、サンフランシスコに会議を招集する旨通知を発した。このことに関して、中華人民共和国中央人民政府は、わたくしにつぎの声明を発表する権限を与えることを必要と考えている。

 中華人民共和国政府は、アメリカ、イギリス両国政府によって提案された対日平和条約草案は、国際協定に違反し、基本的に受諾できない草案であるとともに、アメリカ政府の強制で、九月四日からサンフランシスコで開かれる会議は、公然と中華人民共和国を除外している限り、これまた国際義務を反古にし、基本的に承認できない会議であると考える。

 対日平和条約アメリカ、イギリス案は、その準備された手続からみても、またその内容からいっても、一九四二年一月一日の連合国宣言、カイロ宣言、ヤルタ協定、ポツダム宣言及び協定、ならびに一九四七年六月十九日の極東委員会で採択された降伏後の対日基本政策など、アメリカ、イギリス両国政府が均しく署名しているこれら重要な国際協定にいちじるしく違反するものである。

 連合国宣言は、単独で講和してはならないと規定しているし、ポツダム協定は「平和条約準備事業」は、敵国の降伏条項に署名した委員会参加諸国によって行われねばならないと規定している。それと同時に、中華人民共和国中央人民政府は、武力を通じて対日作戦に加わった国のすべてが対日講和条約起草の準備事業に加わると主張するソヴィエト連邦政府の提案をこれまで全面的に支持した。ところが、アメリカは、対日平和条約の準備事業を遅らせるため、長期にわたりポツダム宣言の原則を実施するのを拒んだ揚句、現在出されている対日平和条約草案に関する準備事業をアメリカ一国だけで独占し、とりわけ中国とソヴィエト連邦を基幹とする対日戦に加わった国々のうち、大多数を平和条約の準備事業から除外したのである。更にアメリカ一国で強引に招集し、かつ中華人民共和国を除外する平和会議は、対日単独平和条約の署名を企てている。イギリス政府の支持のもとで、こういった国際協定に違反するアメリカ政府の動きは、明らかに日本及び日本との戦争状態にある国々の間で結ばれるべき真の全面的平和条約を破壊するものである。

 のみならず、アメリカ政府だけに有利で、日米両国の人民を含む各国の人民にとり不利な単独平和条約を受諾するよう、日本と対日作戦に加わった諸国に無理に押しつけようとしている。これは、実際には新たな戦争を準備する条約であり、真の意味での平和条約ではないのである。

 かような中華人民共和国中央人民政府の結論には、対日平和条約アメリカ、イギリス草案の基本内容からみて、もはや反論する余地がないのである。

 第一に、対日平和条約アメリカ、イギリス草案はアメリカ政府とその衛星国の対日単独平和条約を目指した産物であるので、この平和条約草案は、対日平和条約の主要目標に関して、声明のなかで中ソ両国政府がしばしば表明してきた意見を無視しているばかりではなく、この上もなく不合理なことに、対日作戦に加った連合国の系譜から公然と中華人民共和国をはずしているのである。第一次世界戦争後、日本帝国主義は一九三一年から一九三七年にかけて中国を武力で侵略し、更にたまたま太平洋戦争の勃発した一九四一年まで、全中国に向って侵略戦争をひきおこしたのである。

 日本帝国主義に抵抗しこれを打破する戦争で、最も長期間悪戦苦闘をつづけるうちに、中国人民は最大の犠牲をはらい、また最大の貢献をしてきた。したがって、中国人民と彼等がうちたてた中華人民共和国中央人民政府は、対日平和条約の問題において最も合法的権利をもつ発言者であり、また参加者である。ところが、平和条約アメリカ、イギリス草案は、戦争中日本にあった連合国及びその国民の財産と権益の処理に関する条項で、適用期間を規定して一九四一年十二月七日から一九四五年九月二日までとし、かつ一九四一年十二月七日以前における中国人民が自力で抗日戦争を行っていた期間を完全に無視しているのである。中華人民共和国を除外し中国人民を敵視するこういったアメリカ、イギリス両国政府におけるごうまんな不法措置は、中国人民の決して許さないところであり、断乎反対するところでである。

 第二に、領土条項における対日平和条約アメリカ、イギリス草案は、占領と侵略を拡げようというアメリカ政府の要求に全面的に合致するものである。一方では草案は、さきに国際連盟により日本の委任統治の下におかれていた太平洋諸島にたいする施政権の他、更に琉球諸島、小笠原群島、火山列島、西鳥島、沖之鳥島及び南鳥島など、その施政権まで保有することをアメリカ政府に保証し、これらの島嶼の日本分離につき過去のいかなる国際協定も規定していないにもかかわらず、事実上これらの島嶼をひきつづき占領しうる権力をもたせようとしているのである。

 他方では、カイロ宣言、ヤルタ協定及びポツダム宣言などの合意を破って、草案は、ただ日本が台湾と澎湖諸島及び千島列島、樺太南部とその付近のすべての島嶼にたいする一切の権利を放棄すると規定しているだけで、台湾と澎湖諸島を中華人民共和国へ返還すること、ならびに千島列島及び樺太南部とその付近の一切の島嶼をソヴィエト連邦に引渡すという合意に関してただの一言も触れていないのである。後者の目的は、アメリカによる占領継続をおおいかくすために、ソヴィエト連邦にたいする緊張した関係をつくりだそうと企てている点にある。前者の目的は、アメリカ政府が中国領土である台湾のアメリカ占領長期化をできるようにするにある{前5文字ママ}。しかし中国人民は、このような占領を絶対に許すことができないし、またいかなる場合でも、台湾と澎湖諸島を開放するという神聖な責務を放棄するものではないのである。

 同時にまた、草案は、故意に日本が西鳥島と西沙群島にたいする一切の権利を放棄すると規定し、その主権返還の問題について言及するところがない。実は、西沙群島と西鳥島とは、南沙群島、中沙群島及び東沙群島と全く同じように、これまでずっと中国領土であったし、日本帝国主義が侵略戦争をおこした際、一時手放されたが、日本が降伏してからは当時の中国政府により全部接収されたのである。中華人民共和国中央人民政府はここにつぎのとおり宣言する。すなわち中華人民共和国の西鳥島と西沙群島にたいする犯すことのできない主権は、対日平和条約アメリカ、イギリス案で規定の有無にかかわらず、またどのように規定されていようが、なんら影響を受けるものではない。

 第三に、周知のとおり、対日平和条約の最大の目的は、日本を平和を愛する民主的な独立国とすることであり、また日本軍国主義の復活を防ぐことにより、日本が再びアジアと世界の平和をおびやかす侵略国とならないよう保証することでなければならない。しかるに、対日平和条約アメリカ、イギリス草案は、この点につきいささかも保証していないばかりでなく、かえってポツダム宣言及び極東委員会の降伏後の対日基本政策に含まれているこういった問題についての規定にやはり違反している。草案の安全保障条項及び政治条項は、日本軍隊にたいしてなんら制限を加えていないし、温存され復活しつつある軍国主義的団体について取締る規定がないし、更に人民の民主的権利にたいするなんらの保障も約束もしていないのである。事実アメリカ占領当局は、ここ数年日本において採択してきた措置のすべてによって、日本の民主化をはばみ、日本の軍国主義を復活させるのに全力をつくしてきたのである。アメリカ占領当局は、日本の戦争遂行能力を潰滅させようと考えているのではなく、極東委員会の政策にそむき、日本の軍事基地を拡大し、日本の秘密兵力を訓練し、日本の軍国主義的団体を復活させ、日本の戦犯を釈放し、かつ多数の追放分子を解除している。とりわけ朝鮮にたいする戦争において、アメリカ占領当局は、これまで日本の人的資源を利用し、自己の軍事的侵略を支援するため日本の軍需工業を発展させ復活させてきた。アメリカが日本占領を長びかせ、その占領軍を撤退させず、また日本を東洋におけるアメリカの侵略の前哨地として日本を支配することを容易にするために、更に草案は、日本との取決めにより連合国占領軍が長期にわたり日本に駐留できるようにしている。明らかに国際協定に違反するこういったアメリカ政府の計画は、アメリカにとり日本占領の政治的支柱となっている吉田政府から支持されているものである。アメリカ政府と吉田政府とは互いに共謀して日本の再軍備をはかり、日本人民を奴隷化し、かつて日本を潰滅寸前までみちびいた侵略の道にもう一度追いやろうとしているのみならず、アメリカの侵略計画に奉仕し、かつアメリカ政府のため火中の栗を拾うという属国と植民地への道に陥しこもうとしている。このことは、平和、民主主義、独立及び幸福を目指すもう一つの道を日本人民が進むのを妨げようという魂胆にでたものである。前記の草案の規定にしたがって、日米軍事協定は、目下秘密裡に協議されている。協議中のこの軍事協定は、対日平和条約アメリカ、イギリス草案と同様、中ソ両国を敵視し、かつて日本の侵略を蒙ったアジア諸国とその人民の安全をおびやかすものである。

 したがって、アメリカ、イギリス両国政府が対日単独平和条約の署名を急ぐのは、決して日本における軍国主義の復活を防ぎ、日本の民主主義を助長し、アジアと世界の平和と安全を守るためではなく、日本を再武装させ、アメリカ政府とその衛星国のため新たな世界的な侵略戦争を準備するためであることは明らかである。中華人民共和国中央人民政府は、これにたいし断乎反対しないわけにゆかないのである。

 第四に、アメリカ政府は、新たな世界的侵略戦争の準備を促すため、必ずや日本経済にたいする支配を一段と強化するに違いない。かつて中華人民共和国中央人民政府は、日本の平和経済の発展及び日本の他国との間の正常な貿易関係に制限を加えたり、またこれを独占するようなことがあってはならないとしばしば声明してきた。しかしながら、対日平和条約アメリカ、イギリス草案は、中ソ両国を敵視し、アジアの諸国をおびやかすような対日単独平和条約であるので、その経済条項もまた、中ソ両国にとどまらず、この平和条約草案を受けいれることができない多くの国国を除外している。

 加えるに、アメリカ政府は更にアメリカの会社を通じ日本経済のなかで握ってしまった特権と、日本の平和経済に課した各種の制限とを利用して、これらの経済条項を一層自己の独占欲に適合させることができる。

 このようにして、もしこの対日単独平和条約が署名されることになれば、アメリカに依存する日本経済の植民地的地位は、いっそう深まるであろう。アメリカの世界戦争計画にもとづき日本の軍事工業が生産を行なうようになるばかりでなく、一般工業もまたアジアにおけるアメリカの経済侵略にかしづくこととなろうが、これに反して平和経済を発展させ、人民の生活を向上させるための日本と中国及び他の隣邦との間の正常な貿易関係は、いっそう不法、かつ不合理な制限を受けることとなろう。このことは、日本人民とアジアの人民にとって災いとなり、中華人民共和国中央人民政府は、断乎反対しなければならないと考える。

 第五に、賠償問題に関して中華人民共和国中央人民政府は、対日平和条約アメリカ、イギリス草案の中でアメリカ政府が故意に作りあげた混乱を整理しなければならないと考える。

 草案は、日本が戦争中にもたらした損害と苦痛とにたいし賠償を支払うべきことを一応原則上承認しながらも、他面、もし日本が健全な経済を維持しようと欲するとき、日本にはこういった賠償支払能力とその他の義務を果すだけの能力にかけているともいっている。表面上アメリカ政府が日本経済の健全性に最も大きな関心をもっているかのようにみえるけれども、しかし実際は、六ヵ年にわたる日本の占領と管理の期間中アメリカ政府は、さまざまの特権と制限を利用して、こっそり日本から賠償を取り立ててきたのであり、現に取り立てつつあり、また日本経済を痛めつけてきたとともに、今なお痛めつけつつあるのである。アメリカ政府は、日本の侵略を蒙った他の諸国が日本から賠償を請求するのを許さない。まさに絶対公表できないというアメリカの腹の底には、日本に賠償支払能力と他の義務を履行する能力を温存して、結局アメリカ独占資本のため、こんごも搾取できる余地を残しておこうという狙いがあるのである。主張されているように、もし日本に賠償支払能力とその他の義務を履行する能力がとっくにかけているならば、それは、アメリカ占領当局により過度に掠奪され、損害をうけた結果である。アメリカ政府が国際協定上の義務を守り、平和条約の署名後、早期に占領軍を引揚げ、直ちに軍事基地の建設をとりやめ、日本の再軍備と日本軍需工業の復活をめざす計画を放棄するとともに、日本経済におけるアメリカ商社の特権を取消し、日本の平和経済及び正常な外国貿易の上に課せられた制限を撤廃するならば、そのときこそ、日本の経済は、真に健全な状態に到達するであろう。中華人民共和国中央人民政府は、日本が健全にその平和経済を発展させ、中日両国間に正常な貿易関係を回復発展させることができ、その結果、日本人民が戦争の脅威と被害をこうむらずに、真に向上する道が開かれるよう希望するものでる。一方日本に占領されて大損害をこうむり、そして自力で再建することが困難である諸国は、賠償を請求する権利を留保すべきである。

 以上述べてきた事実から、対日平和条約アメリカ、イギリス草案は、全面的に国際協定をくつがえすものであり、日本と戦争した連合国の利益を害し、中ソ両国に敵意を示し、アジア人民をおびやかし、世界の平和と安全を破壊し、かつ日本人民にとっても不利をもたらすものであることは、はっきり証明することができよう。この対日平和条約アメリカ、イギリス草案のなかで、アメリカ政府とその衛星国がいっしょになって追求している唯一の中心目標は、アジアにおける侵略戦争を持続して拡大し、かつ新たな世界戦争準備を強化するために、日本を再武装することである。それゆえ、この平和条約草案は、中国人民と、かつて日本の侵略をこうむつたアジアの人民の絶対に受けいれられないものである。

 対日平和条約署名の時期を早めようとして、アメリカ政府は、サンフランシスコ会議のなかで、対日戦を行った主要国である中華人民共和国を除外している。このようにして、アメリカ政府は、一九四二年一月一日の連合国宣言にいう単独不講和に関する規定を徹底的にくつがえしている。アメリカ政府が中華人民共和国を除外した上で、強制的にサンフランシスコで会議を招集する目的は、日本と戦争した連合国間に分裂をおこさせ、そして極東に新たな侵略ブロックを結成する点にあることは、きわめて歴然としている。アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドの間の所謂「三国安全保障条約」と目下極秘裡に話しあわれている日米軍事協定の両方とも、この会議の行われている間か、あるいは会議が終ってから成立することになっているが、これは、全太平洋とアジアに住む人民の平和と安全に脅威を与えるものである。中華人民共和国を参加させないこうしたサンフランシスコ会議では、共通の対日平和条約を署名することは不可能である。たとえアメリカとその衛星国が対日単独平和条約をじかに署名したとしても、中国人民は、絶対にこの会議を承認しないであろう。

 中華人民共和国中央人民政府は、連合国宣言、カイロ宣言、ヤルタ協定、ポツダム宣言及び協定ならびに極東委員会で採択された降伏後の対日基本政策などのような主要な国際文書にもとづいて、対日戦を行った主要国が準備し、かつ対日戦に加わった諸国の参加をえた上で、なるべくすみやかに、単独的ではない全面的な対日平和条約、つまり強制的でも独占的でもない公平かつ合理的な条約、また戦争に備えるためではなくて真に平和のための条約を日本と結ぶべきであるとかねがね主張してきた。この目的の実現をうながすために、中華人民共和国中央人民政府は、一九五〇年十二月四日わたくしに対日平和条約につき声明を発する権限を与え、また一九五一年五月二二日中国駐在ソヴィエト連邦大使エヌ・ヴェ・ロシチン氏に対日平和条約準備に関するソヴィエト連邦政府の具体的提案に全面的に支持する旨の覚書を送る権限を与えた。おおむねその声明と覚書に盛られている対日平和条約に関する具体的主張を、中央人民政府はひきつづき有効なものと考えている。

 ここに中華人民共和国中央人民政府は重ねてつぎのとおり声明するものである。すなわち、対日平和条約の準備、起草及び署名に中華人民共和国の参加がなければ、その内容と結果のいかんにかかわらず、中央人民政府はこれをすべて不法であり、それゆえ無効であると考えるものである。

 アジアの平和を回復し、極東問題を解決する上に真に貢献するために、中華人民共和国中央人民政府は、ソヴィエト連邦政府の提案を基礎に全面的な対日平和条約の問題を討議する目的で、対日戦に軍隊を派遣して参加したすべての国の代表からなる平和会議を招集すべきであると、強く主張するものである。同時に、連合国宣言、カイロ宣言、ポツダム宣言及び協定、ならびに極東委員会で採択された降伏後の対日基本政策を前提として、中華人民共和国中央人民政府は、対日戦に参加したすべての国々と全面的な対日平和条約問題につき、意見を交換する用意がある。