データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 池田特使・ロバートソン国務次官補会談(1953年10月5日−30日),十月一九日付池田特使覚書

[場所] 
[年月日] 1953年10月19日
[出典] 日米関係資料集 1945−97,234−238頁.外務省文書.
[備考] 
[全文]

十月一九日付池田特使覚書

 これまでの会議の進捗によつて,両国代表は議事日程に掲げられた諸問題について若干はつきりした諒解に近づいたことが示された。日本代表は到達せらるべき諒解が本国政府によつて承認をうけ,その使命を全うすることができると確信を深めるに至つた。この文書は従来までに達成された結果及び今後合意を要する事項を議事日程順に要約するものである。

 一,日本防衛隊と援助

(一)日本代表は充分な防衛隊をもつには四つの制限があることを強調した。その制限とは法的,政治的ないし社会的,経済的及び物理的なものである。

(イ)法的制限とは,憲法上の制限である。日本国憲法第九条は「日本国民は,正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し,国権の発動たる戦争と,武力による威嚇または武力の行使は国際紛争を解決する手段としては永久にこれを放棄する。

 前項の目的を達成するため,陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない。国の交戦権はこれを認めない。」と述べている。

憲法の起草者はまた改正手続を特に困難にすることに注意を払つた。国政指導者が

憲法改正を必要とすると確信しても,近い将来においてかかる改正は実行できないも

のと思われる。

(ロ)政治的ないし社会的制限とは,占領当局が憲法起草に当つて考慮した政策そのものに基くものである。すなわち日本人は占領八年間において何事が起ろうと銃をとるなと教えられた。かかる教育によつて最も影響をうけたのは,最初に徴募をうけるべき若者達である。その外に婦人,知識層,遺家族達がおり,これらの人達は右以外の説得は到底聞き入れないのである。

(ハ)経済的制限は自明である。国民所得中の防衛費の占めるパーセントとか,防衛費の人口当り負担額によつて他国との比較をすることは,日本の生活水準がそれらの国の生活水準と比べものにならない以上,なんらの意味がない。その兵隊が敗れ,自力で責任をとらねばならない国,その遺家族は独力で生計の資を得ねばならない国にとつては,国家防衛努力のための第一歩はこれらの人々の保護から始められねばならないのであるが,その最初の段階たる現在においても,その費用は日本にとつて少くないのである。また日本は天災に対して弱い。一度の災害はいつでも予算計画を覆してしまうのである。本会計年度においてこれまでの災害による被害は千五百億円に上るが,国家予算総額は一兆億円である。これらは今日の日本経済に固有な困難な点である。

(ニ)物理的制限とは,募兵に伴うものである。国民が自分の外に自分を守るものが何処にもないということを確信するのでなければ,‐日本の場合これは教育ないし方向転換の問題を意味し,従つて相当の時間を要するであろう‐多数の青年を早急に徴募することは単にモブ(群集)をつくるにすぎない。また共産主義者の浸透政策によつてこれらの青年がその銃を母国に向けないとは限らないのである。多数の青年を急激に募ることは日本においては不可能であるか,またはすこぶる危険なことであることを示している。日本においては憲法の禁止によつて徴兵はできない。

(二)本会議の参加者はこれらの制限を認識し,

(イ)日本にしかるべき防衛隊らしきものを創設するのみならず,維持するためにすら,かなりの額の軍事援助が来るべき何年間かの間必要であることに意見一致した。この点に関し日本代表より現状において実行可能な最大限と信ぜられる部隊の規模について提案がなされた。アメリカ側代表は提案中の数字と規模は低目であると述べたが,右提案はさしたる困難なく発展改善しうるべきものと考えた。日本代表は提案された計画の下において考慮せらるべき軍事援助の種類(タイプ)と額を知りたい,また右計画が基本的命題を変更せずしていかにして改善しうるかにつき承認をえたいと述べた。

(ロ)アメリカ政府は日本側の「相互防衛費」分担金は,日本自身の防衛計画費が増大するに従つて減少することを認め,また同意した。

(ハ)本会議参加者は,日本国民が自己の防衛に関しより多くの責任を感ずるような気分を国内につくることが最も重要であると意見一致した。愛国心と自己防衛の自発的精神が日本において成長する如き気分を啓蒙と啓発によつて発展することが日本政府の責任である。

(三)しかしながらかかる気分を促すには,外的援助もまた有用である。貧窮に陥りはしたが自尊心の高い国民にとつて最も有効な外的援助は寛容な友情を示すことである。日本人は雅量にこたえる道と弾圧にこたえる道を知つている国民である。

(イ)防衛支持援助の問題が取上げられたのはかかる関係からであつた。日本にかかる援助を供与することが実行可能であるか否かについて情報の交換が行われた。両国がアメリカと欧洲諸国間に現在結ばれていると同様な双務協定を締結するならば,法律的には日本国民はかかる援助をうける資格があるということを日本代表は告げられた。かかる双務協定に必要な各種の条件は目下東京において交渉中のMSA協定中に定められるであろう。アメリカ政府の現行予算は日本に対するかかる援助を予定していない点が指摘せられた。しかしながら法的可能性の問題として(かかる援助は)行政府が現行支出予算の一○%までを経済援助費目相互間において,あるいは同一地域内の軍事援助費目から移用する権限が与えられていることが明らかにされた。日本代表はまた二千万ドルまでの金額がMSA法第五一三条(B)によつて利用可能であり,また同法第一○二条の適用はECA協定の締結なくも可能である旨が告げられた。この点に関し日本代表はアメリカ政府に対しこの法的可能性を現実化することを要請した。日本代表はアメリカ政府に対し日本政府との間に双務協定を締結し,かかる種類の援助に対し道を開いておきたいと要請した。

 欧洲諸国に与えられたこれらの援助は,軍事的性格のものではなかつたけれども,今日みられるようなこれらの国における強大な軍事力を形成するに大いに寄与したものとして一般に大成功であつたと認められている。日本代表はこの種の援助が減少しつつあることも充分承知している。しかしながら今日における日本の地位はECAの初期における欧洲諸国と全く同じであり,もしこれと同じような援助がたとえいかなる名目にせよ日本に与えられるならば,欧洲においてなし遂げられたと同じかもしくはそれ以上の成果があげられると信ずべき理由がある。

(ロ)会談者はより多くの域外買付が日本経済を助けることに見解の一致をみた。アメリカ代表はその実現に留意する意図を表明した。日本代表はかかる域外買付の規模を知ることを希望した。

(ハ)会談者はMSA法の第五五○条について討議した。日本代表は日本政府が五千万ドルまで余剰農産物を買付ける用意があると考えると述べ,そこから生ずる円貨は戦略上重要な道路の建設もしくは改良,または兵器製造工業を援助するために使用されることを希望した。

 二,東南アジアとの貿易及び賠償

 日本側代表は,東南アジア地域において市場を開拓することが日本経済の将来にとつて絶対必要であることを指摘した。しかしながらそのためには賠償問題を早期に解決することが極めて重要である。日本外務大臣岡崎氏は関係国の意向を打診するためにそれら地域へ派遣された。日本外務省は日本側代表に,岡崎大臣がそれらのすべての関係国において強硬な態度に合つた旨を伝えてきた。これら諸国の対アメリカ関係はそれぞれ異なつている。日本側代表は合衆国がそのうちある国に対しては影響を及ぼしうるものと考えている。アメリカの斡旋によりこれらの国々と賠償問題について合意をえ,その結果これら諸国がすでに署名した(平和)条約を批准することを日本側代表は望んでいる。会談の進行に従いもし賠償問題の解決及び条約の批准を促進するに役立つときにおいては,日本は対日平和条約十四条の規定の範囲を少しく逸脱することを必要とするに至るかも知れない。合衆国としてはかかる会談の時期と運用方法につき常に日本に勧告し,これを助力するものとする。

 賠償支払をこれらの諸国における天然資源の開発と関連せしめ得るような事業計画についても合衆国の援助が望ましい。未だはつきりした提案は行われていないが,日本政府としてはこれを具体的にするように努力し,将来に対する示唆を歓迎するものである。ある国における状態はさらに複雑であるかの如くみえる。日本代表は一度び一国の問題が片付けば他の諸国もこれにならうようになることを希望した。

 三,中共貿易

 これに関する日本政府の方針と実施に対して合衆国代表は謝意を表明した。

 日本代表は欧洲諸国と同一の扱いをうけることを希望し,合衆国は原則的にこれに同意した。

 四,ガリオア処理

 日本代表はこの問題を早期に解決するためこの問題一つだけを取り上げることはできない旨を強調した。

 この問題は,防衛費を含み,日本が現在及び将来において対内的及び対外的債務,並びに支出の一つであり,従つてこの問題の解決は他の問題との関連においてのみ可能であるというのが日本側の見解である。しかしながら日本代表は,本問題解決の意図をもつてこれをさらに討議するための時期と場所につき,合衆国政府との合意を行うよう日本政府に勧告することに同意し,かかる措置が同じく他の関連問題の早期及び同時解決を促進するものであることを希望した。

 五,借款を含む外国投資

 日本代表は六千万ドルにおよぶ棉花借款が合衆国において考慮されているが,離米前にさらに細目について情報を得たいと述べた。

 合衆国代表は,外資に関する日本の法令が緩和されるならば,外国投資は増加するであろうと述べた。

 日本代表もこれと同一の見解をもつものであり,ニューヨークに赴き業者から直接かれらがいかに考えているかを聞くこととしていると述べた。

 合衆国はかかる投資を保証する措置について現在交渉が行われており,合衆国政府は一般政策としてかかる投資,借款を奨励し,促進するものであることを明らかにした。

 六,日本の国内措置

 合衆国代表は日本経済が辿りつつあり,または辿るおそれのあるインフレ的傾向につき懸念を表明した。

 日本代表は公共財政についてはかかることはないと説明したが,日本の銀行制度の中にはこの種の危険があることを認めた。

 この点につき日本代表は,銀行及び信用政策を正常ならしめるための特別な一案を提案した。

(外交資料館所蔵外交記録)