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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 沖縄民政問題に関する米極東軍司令部発表

[場所] 
[年月日] 1955年1月16日
[出典] 日本外交主要文書・年表(1),685−688頁.「朝日新聞」,1月17日.
[備考] 
[全文]

 ニューヨークの国際人権連盟議長ロジャー・N・ボールドウィン氏の要請で自由人権協会がとりあげた沖縄人権問題について,米極東軍司令部報道部は十六日午後,次のような発表をした。

 一月十三日付の一日本新聞に掲載された記事のため,極東軍司令部は沖縄の土地問題とこれに関連する同島の米国行政について,各新聞通信社から質問を受けた。最初の報道は日本の自由人権協会が国際人権連盟議長ロジャー・N・ボールドウィン氏の要請で十ヶ月間に渡る“調査”を行い,報告書を準備したと述べている。この研究期間に“調査員”は沖縄を訪れていないので,この徹底的調査なるものがどんなものであるのか当司令部は知らない。新聞報道によると,自由人権協会理事長もこの事実を認めており,米琉球軍司令部もそれを確認している。

 当司令部は“報告”を見ていないので,それについて直接論評することもできず,新聞で報道されるまで,そんな報告があることも知らなかった。当司令部は新聞に記事が掲載される数時間前,十ヶ月間も自由人権協会が持っていたボールドウィン氏の手紙について論評を求められた。このように広い内容の事柄については,報告を書いた人たちが知らないのか,または故意に無視した事実をとりあげないことには論評できない。

 人の話,うわさ,間違った情報,偏見などに基いた沖縄の報道は別に珍しいことではない。昨年十二月三十,三十一両日に,不思議にも同じような根拠のない論旨を述べた二回にわたる記事が日本共産党の機関紙「アカハタ」に出た。自由人権協会は十ヶ月間も考えていたと思われる問題について当司令部に対して何も連絡していないので,当司令部はいまのところ新聞報道に現れた誤解を解くよりほかに方法はない。

◇ 土地評価と補償

 共産侵略の脅威に対して,アジアの自由諸国を護るための基地建設に関連して,沖縄の米軍が使っている土地の評価と適正な補償額決定の問題は最も難しい問題である。終戦で米軍が琉球列島の統治を引き継いだ当時,沖縄はほとんど完全な破壊状態であった。戦時中,日本政府は民間人を耕地の多い島の南半分から,比較的荒地の多い北の丘りょう地帯に移した。官庁の建物はほとんど壊され,沖縄の土地所有者の原簿も全部なくなっていた。

 米軍が使用する土地の住民移動,評価,補償支払いのための計画をたてるには,これらの記録の再製,すなわち沖縄人に管理される司法,行政機関の設置を含む大事業が必要であった。地元当局によるこれら土地登記記録の再製は一九五二年まで完了しなかった。米政府当局は,琉球人の土地所有主が自己の土地使用の正当な補償を受ける権利と,これが実施に必要な司法機関を沖縄人土地所有者に許可するため利用できる委員会や,規則,制限を設けた。

◇二つの土地評価

 これに関連して土地評価の二つの主要な計画が始められた。第一の計画は一九五〇年に実施され,当時米軍に使用された沖縄人の土地は,日本勧業銀行による評価も含まれていた。同銀行の事業は琉球人の不動産評価に関して日本政府から前に依頼されたことがあった。勧業銀行による問題の不動産の全評価は約一千万ドルである。この評価の正確性について批判が行われ,その結果一九五三年引続いて米陸軍工兵隊により二回目の評価が行われた。

 再評価された価格は勧業銀行が決定した価格を約七〇%上回るもので全評価額は約千七百万ドルに達した。現在琉球人地主に支払われている地代は,この再評価された価格の六%であり,米国の農地に対する地代に匹敵するものである。米軍より土地を徴発された地主は,地代の全額として右地代の一〇〇%を受けてもよいし,または地代値上げのため土地徴発委員会へ提訴するまで,既得権を侵害されることなく七五%を受けることもできる。この委員会は土地価額を最終的に決定する機関として出来たものである。右の如く決定された現行の地代は“B円”によって支払われており,これは日本円と区別しなければならぬ。“B円”の現行交換レートは一ドル百二十B円である。

 土地徴発委員会に対する地主の六グループの提訴については,法の正当な手続上の規則により地主が選定した弁護士の出席の下に聴聞会も行った。現地語の新聞は双方の主張に対して十分な報道を行った。沖縄人および米国の租税負担者の双方の見地から正当と考えられ得る地代を最終的に決定することが同委員会の責任であろう。

◇収用された土地

 沖縄の全耕地面積の四一%を米軍が取り上げたというのは正しくない。約二二%である。その上,耕地の損失は,最近八重山の土地の一万三千エーカー(千五百七十万坪以上)の開墾によって耕地補償が行われた。同記事はまた,米軍によって「とりあげられた」耕地の二二%の三分の一以上が,土地が建設に必要となるときまで沖縄人土地所有者によって続けて耕作されていることを見逃している。結局,も早や必要でなくなった土地は,絶えず使用解除されているのである。

 民政長官並びに副民政長官は影響を被る土地所有主の必要を完全に満足させるような土地所有問題の解決を図るため,全幅的な努力を払っている。

 ワシントンで行われた協議に関し,右の論文の中で言及されている計画は,土地所有者が新しい生活条件に適応できるよう土地所有者に対し地価の全額支払を行うよう考慮されたものである。しかしならがら,民政府は沖縄人が自己の土地に対し強い愛着を抱いていること,この人々が土地を手放すことを喜ばないことの結果として困難に直面している。また土地所有者は米国が沖縄の自由市場における地価より約四五%高い価格を基礎として借地料を払っているにも拘らず,非現実的な高価格を要求している。

◇ 地主たちの状態

 「沖縄人が抗議を行えば,共産主義呼ばわりされるといわれている」とのボールドウィン氏の言葉については,これがいかなる筋から出たものにせよ,そのような主張は真相をはなはだしく誇張した者であることを指摘したい。戦争の結果,また軍事建設計画の結果,土地を失った地主たちの困窮状態は,沖縄の共産分子によりうまく利用されていることは確実であり,それはこれ以外の状態がわい曲され,利用されているのと同様である。しかしながら,さまざまの論調をもった完全に自由な沖縄の新聞には,今回の問題を論じ,高い借地料の要求のみならず意見,批判を率直に表明している記事が充満している。地主たちのため,正義を保証するために,あらゆる努力を行った副民政長官は合同土地委員会の設置を勧告した。この委員会は各市町村長と副民政長官からある程度の権限を付与された土地問題勧告委員会をもって構成するものである。

◇ 労働者の賃金

 さらに同記事は,民政府は沖縄人労働者と米人,フィリピン人,日本人労働者とに対し賃金基準を異にして差別待遇を行っていると非難している。現行の相違をすべて差別待遇として非難し去るのは完全な誤りである。それには二つの基本的な理由がある。

一, 多数の外国人労働者はその特殊技能により要求されているのであって,その技能は琉球人労働者から得られないことがしばしばある。

二, 賃金は労働者の出身国の比較的な経済水準に基づき支払わるべきである。

 従って日本人労働者は,自国における同様の仕事に対してうける賃金と同じものを支払われている。このような組織をもってしなければ外国人労働者を沖縄にひき付けることは不可能となろう。それ故に賃金水準は他と比較し,競争すべきものではない。沖縄人に対する基本給は同島の歴史上最高のものである。

◇ 沖縄人民党問題

 最初「アカハタ」が行った「米国の沖縄における土地政策は,土地を奪われた地主たちを悲惨な状態におとしいれるに至った」という主旨の非難,及び最近の新聞記事でむし返えされた同様の非難は,事実と符合しない。在日米駐留軍によって,数千人の日本人が雇用されている日本と全く同様に,沖縄の米軍とその土建業者は,自営のものを除く沖縄の土着労働者の約八〇%に対し,正当にして有利な仕事を現実に提供している。かくして就職の機会が得られた結果,小島特に奄美から沖縄へ琉球人が流入するに至った。

 同記事はハヤシ,ハタケ両氏(奄美人)の追放,沖縄人民党に対する待遇につき,民政府は市民の自由を侵したと非難している。右両氏は沖縄人民党で破壊活動を行ったため退去命令を受けたのであり,沖縄人民党の綱領,スローガン,宣伝技術は,全世界の共産党が使用しているところのものと酷似している。日本共産党創立三十一周年記念日に当っては,沖縄の報道によると,沖縄人民党はこれに祝辞を送り,日本共産党は「世界で最も優秀で進歩的な党の一つ」であり,心からなる敬意を「共産主義の信条のために犠牲となって亡くなった先輩同志」に表するとともに「われわれのあらゆる努力は,多くの他の人々を激励しつつ同じ目的のために捧げられるであろう」と沖縄人民党は誓いの言葉を述べている。

 琉球政府の立法部の中に,沖縄人民党を共産党として非合法化するための手始めとして同党を調査するため,特別調査委員会を設置した。一九五四年十一月に琉球政府立法部の使節団は日本を訪れ,その使命の一つそして共産主義対抗策を研究した。同使節に参加した立法官の一人トヤマ氏は沖縄に帰るや,破壊活動防止法制定の必要を強調し,同氏の日本における視察を基礎としてこう述べた。

 「沖縄人民党はアカハタを通じて日本共産党と共謀しており,沖縄人民党の闘争振りには,日共との類似点が非常に多い」

◇ 人民党員の裁判

 記事が言及している裁判については,四十三名のうち大半が沖縄人民党員でありーその中にはセナガ委員長も含まれているがー彼等は逃亡犯人に偽証するようけしかけ,あるいは破壊活動のパンフレットを配った容疑で起訴されたものである。二十五名は証拠不充分で不起訴となった。起訴された残り十八名については,四名は沖縄の弁護士が当ることになったが,十四名は日本から弁護士を呼びたいという口実で審問を絶えず引延そうとした。これが実現しなかったとき彼等は,裁判で弁護士を付けてもらう恩典があるけれども,沖縄の弁護士は御免だ,と言明した。ハタケ自身もきっぱりと沖縄人の弁護士を拒絶した。セナガは明白な証拠に基き偽証罪で起訴され,二年の禁固の判決を言渡しを受けた。

◇ 米民政庁の政策

 日本の各新聞紙上に掲載されたいくつかの記事に述べられているように, 対日平和条約第三条は,米国に対して琉球諸島における行政,立法及び司法上の権力の全部を行使する権利を与えている。従って琉球諸島米民政庁は同諸島の統治の責に任ずるものである。 この責務を完遂するため,同民政庁は自立経済の樹立と日本と比肩される生活水準の維持を目指す政策を採ってきた。

 一九四六年以来,米国は対琉球諸島経済援助費として約二億ドルを支出した。この金は主として食糧,材木,セメント,石油製品,肥料,機械設備その他多くの品目の購入費に使われた。またこれら米国基金は琉球諸島内の経済に使うため道路建設,発電所,港湾復興その他主要な建設に使用された。米国は目下,原住民の健康及び医療水準を向上させるため琉球諸島政府の援助に貢献している。その上,長期の復興計画が進行中である。例えば耕地用の土地をもっと多く得るために岸壁を構築するとか,増収並びに耕地拡張のためのカンガイ計画,農業発展に関連する排水事業等がこれである。現在,適切な教育計画を与えるため大幅な学校建築計画が着々進行中である。

 前述の遠大な計画の結果,琉球人民は着々と輸出の発展の道を歩みつつある。が貿易外収入が今後も彼等の主要外貨収入源となるであろう。

 当司令部としては,目下のところ,琉球が一九四五年以後にとげた発展を自由人権協会の調査員たちが認めたかどうか,あるいはそれが同協会の報告に反映されているかどうかは知らない。もし事実がそうでないとすれば,右の調査員たちは,琉球の米民政当局が発行した民政活動報告のデータを検討すべきであった。もし上記の事実が考慮に入れられておれば,彼らの報告は米琉球民政当局が一九四五年の終戦以来に成し遂げた輝やかしい記録に調査員たちは感銘し,その報告はこれを反映させていたろうと思われる。