[文書名] 沖縄返還要請国民大会のダレス米国務長官あて陳情書
本日東京で開かれた国民大会の決議に基きわれわれは沖縄行政の日本返還を早期に実現せられるよう貴下に陳情いたします。
本土との行政分離の結果沖縄同抱が蒙った物心両面における苦痛と犠牲を黙視するに忍びないので敢えて苦衷を訴うる次第であります。
行政分離の結果沖縄同胞は次のような不利益を蒙っています。
一,輸入物資の七,八割を本土に依存し輸出物資の殆んど全部が本土向である沖縄が人為的障壁で本土と隔絶されたので人々の往来,物資の交流が妨げられて沖縄の同胞達は日常生活の上に非常な不便と苦痛をなめています。
二,資材,技術の自由交流がないため本土に比し産業復興が甚だ後れています。
三,本土には沖縄に親類縁者を有するものが十数万人もいますが彼等は親兄弟の病気見舞も自由に出来ず,その死目にも逢えない事がしばしばあります。
四,沖縄における軍用地に対する補償は本土に比し遙かに低く適正価格の一割にも達しないのみならず,平和条約発効前の使用料に対しては米軍に支払義務がないとして拒絶されたので沖縄の農民は本土と異り何等の補償も受けていません。
五,沖縄住民は本土内にある預,貯金其他の債権の取立送金に支障を来し数億の金が終戦以来無利子のまま本土に死蔵されています。
六,かつては他府県並であった沖縄の公務員,教職員の待遇は本土に比し甚だしく劣位に転落しています。最近本土視察から帰島した一教員は教育に関する施設につき両者を比較して「本土は全く天国である」と嘆声を洩しています。
七,軍労務者の待遇も本土に比し甚だ悪く殊に其賃金水準は上昇せる生活費に適応しないのみならず人権的差別待遇を受けています。
八,日本々土では地方行政に対する国庫補助額が地方予算の三分の一を占め貧弱府県になる程補助率が多く戦前沖縄と人口並に経済力が伯仲の間にあった鳥取県の如きは予算の四割に達し三十億円余り交付されています。この割合で計算すれば現在鳥取県より十七万人も人口の多い沖縄は少くともその程度の補助額が期待されます。一九五七年の沖縄に対する米国の援助額は約八億六千万円(二,三八八千弗)となっていますから行政分離のために沖縄は米国の援助額に数倍する損失を蒙ることになります。
更に行政分離による沖縄同胞の精神的苦痛もまた看過し得ないものがあります。即ち
一,同じ血のつながりを有する民族が不自然に隔離されたために生ずる精神的苦悩があります。
二,本土では民主憲法の下に基本的人権は尊重され,地方自治は拡大されたるに拘らず沖縄では今なほ占領時代の軍政が実質的に行われ琉球政府の上に君臨す絶対無限の権能を有する軍民政府の下では最近世界の注目をひいた人権問題も起り易く言論の自由,生命財産の安全に関する規定で,住民にとっては恰も風前の灯のような不安を感じない訳には参りません。
三,数週間前ワシントン電報は沖縄住民の知事公選要求に対し米国軍政当局者がヴァージニヤ諸島,グァム,アラスカ,サモアなどの米国領土の知事が任命制である事実を引用して沖縄の要求が之等の領土に与えていも{前1文字ママとルビ}のを求むるものとして暗に之に反対する事実を伝えた。この軍政当局の沖縄観は単に日本の領土権無視の嫌いがあるのみならず沖縄を植民地若しくは未開化地視するものとして非常な失望と屈辱観を住民に与えたのであります。
われわれと雖も沖縄住民の福利増進に対し米国が常に御努力なされて居る事実は之を諒承していますが住民の福祉は単なる物質的配慮だけで解決できるものではないことは申し上げるまでもないと存じます。日本の諺に「一寸の虫にも五分の魂」とあります。古来精神的価値により多く重きを置くわれわれ東洋人にとって精神的生活を軽視する福利施設には「籠の鳥」同然,真の幸福と満足を感じ得ないことは御了解下さることと存じます。
沖縄同胞の物心両面に亘る上述の苦痛と犠牲は沖縄行政の日本返還以外に解決の道はないと存じます。
われわれは極東で脅威と国際緊張が続く限り沖縄の軍事基地保持の必要を主張する米国の事情も了解し得ないわけではありません。しかし御承知の通り同地域の緊張も最近漸次緩和の曙光がきざしてきました。よしそれがまだ安心出来ないとしても現在日米安保条約で米国は日本国土内に七百以上も基地を有しています。沖縄の行政権を日本に返還しても同条約の適用により沖縄の基地存続になんらの支障もない筈です。行政権併有が多少の便利であることは想像されます。しかし八十万島民の物心両面にわたる甚大なる犠牲で友邦の国民感情に対してこの便利が果して権衡を得たるや否や利害得失は十分御賢察に値することと存じます。
最近キプロス島に対する英国の弾圧政策に関して英国に警告を発した米国の老将軍Van Flostの次の言は沖縄問題の解決にも何等かの示唆を与えるものではないかと存じます。「いかに堅固に且つ完全に武装された軍事基地でも狂瀾怒濤に囲まれた孤島のようになっては余り役立たない」
以上申述べた事由を十分の御同情を似て御考慮の上一日も早く沖縄行政権の日本返還につき善処せられんことを陳情致します。
昭和三十一年三月十八日
沖縄返還要請国民大会
ダレス米国務長官殿