データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 琉球列島の管理に関する米大統領の行政命令

[場所] 
[年月日] 1957年6月5日
[出典] 日本外交主要文書・年表(1),800−804頁.琉球政府立法院事務局庶務課編「琉球法令集(布告・布令・指令)」,1−3頁.
[備考] 
[全文]

◯行政命令第一万七百十三号

琉球列島の管理に関する行政命令

 合衆国は,対日平和条約の第三条によつて領水を含む琉球列島(この命令において,「琉球列島」とは,平和条約の同条による合衆国のすべての権利及び利益を日本国に譲渡した奄美群島を除く北緯二十九度以南の南西諸島を意味する。)の領域及び住民に対して,行政,立法及び司法上のすべての権力を行使しているので,

 よつて,憲法により,本官に与えられた権限に基づき,かつ,合衆国大統領及び合衆国軍隊の総指揮官として,ここに次の通り命令する。

 第一節

 合衆国議会が,琉球政府に関して,法律により別段の定めをしない限り,対日平和条約第三条によって合衆国に与えられたすべての行政,立法及び司法上の権力は,この令に従つて行使されなければならない。

 第二節

 前述の権力は,合衆国大統領の指揮監督に従つて国防長官が行使する。国防長官は,この権限を行使するに当たつては,民主主義の原理を基礎とし,かつ,健全な財政機構によつて維持される能率的な責任ある琉球政府の発展を助長し,琉球列島住民の福祉及び安寧の増進のために全力を尽し,住民の経済的及び文化的向上を絶えず促進しなければならない。国防長官は,この命令により与えられたいかなる権能をもその指定する国防省の職員又は機関に委任することができる。

 第三節

 国務長官は,琉球列島に関する外国及び国際機構との交渉について責任を負う。

 第四節

 国防長官の管轄の下に,琉球列島政府をおき,その長を琉球列島高等弁務官(以下「高等弁務官」という。)と呼称する。高等弁務官は,(a)国防長官が国務長官に諮り,大統領の承認を得て合衆国軍隊の現役軍人の中から選任し,(b)この命令の規定によつて与えられた権力を有し,かつ,この命令の規定によつて与えられた職務を行い,(c)自己に与えられたいかなる権能をもその指定する民政府職員に委任することができ,(d)この命令によって国防長官から委任され,若しくは与えられたいかなる権力又は職務をも遂行するものとする。

 第五節

 現に存在する琉球中央政府(以下「琉球政府」という。)は,この命令の規定に従つて存続する。

 第六節

 この命令に別段の定めがある場合を除いて,琉球政府の立法権は,琉球住民によつて直截に選挙された議員をもつて構成する立法府に属する。立法院は,単数代表選挙区から二年毎の偶数年に選挙される二十九人の議員からなる一員をもつて構成する。

 第七節

 立法府は,対内的に適用されるすべての立法事項についてのみ,立法権を行使することができる。立法府は,その議員の選任及び資格について審査する手続を定め,議員の中からその役員を選出し,立法府自体の規則及び手続を定める。地方公共団体の議会は,琉球政府の立法府が制定する手続に従つて当該地方公共団体の住民によつて選挙された議員で構成し,それぞれの地方公共団体の立法権を与えられ,かつ,これを行使する。高等弁務官は,琉球政府の立法府によつて制定されたすべての立法を国防長官に報告し,国防長官は,これを合衆国議会に報告しなければならない。

 第八節

 琉球政府の行政権は,高等弁務官が,立法府の代表者に諮つて任命する琉球住民である行政主席に属する。行政主席は,琉球政府のすべての行政機関に対して一般的指揮監督権を有するとともに,琉球列島に適用される法令を忠実に執行しなければならない。地方公共団体の長は,琉球政府の立法府が制定する手続に従つて,当該地方公共団体の住民がこれを選挙する。

 第九節

 立法府によつて可決されたすべての立法案は,立法となる前に,行政主席に送付されなければならない。行政主席が立法案を承認するときは,これに署名し,承認しないときは,送付を受けた後,十五日以内に異議を添えて立法府に返送しなければならない。立法案が所定の十五日以内に返送されないときは,行政主席がこれを承認した場合と同様に立法となる。ただし,立法府の閉会によりその返送が妨げられたときは,この限りでない。この場合には,行政主席が立法案の送付を受けた後,承認しないときは立法とならない。行政主席が異議を添えて立法案を立法府に返送したときは,立法府は,これを再議することができる。再議の結果,立法府の三分の二の多数をもつて原案を可決したときは,これを高等弁務官に送付しなければならない。高等弁務官が,承認するときは,これに署名する。高等弁務官がこれを承認しないときは,その旨を述べて立法府に返送するものとし,この場合には,当該立法案は立法とならない。高等弁務官が立法府から立法案の送付を受けた日から四十五日以内にこれを承認もせず,否認もしないときは,これに署名した場合と同様に立法となる。立法府で可決された立法案が,数個の金銭支出項目を含むときは,行政主席は,その一項目若しくは数項目,その一部若しくは数部又はその中の一部分若しくは数部分について異議を述べ,当該立法案のその他の項目,部又は部分を承認することができる。行政主席は,この場合,立法案に署名するにあたり,当該立法案中の異議のある項目,部又は部分について,其の旨を附記しなければならない。このように異議の附された項目,部又は部分は効力を生じない。立法府が,行政主席のこのような異議をくつがえそうとするときは,先に定めた手続を適用する。前述の目的のための期間の計算については,日曜日及び法定休日を除く。

第十条

 琉球列島における司法権は,次のとおり行使されなければならない。

 a 琉球政府は,民事及び刑事の第一審及び上訴審を含む裁判所制度を運営しなければならない。これらの裁判所は,次の通り裁判権を行使する。

 (1) 次のb項(1)及び(2)に規定する場合を留保するすべての民事事件に対する裁判権

 (2) 次に規定するものを除くすべての人に対する刑事裁判権

  (イ) 合衆国軍隊の構成員又は軍属

  (ウ) 統一軍砲(一〇U・S・C・八〇一Et Seq)による軍法会議の審判の対象とならなくても合衆国国民で合衆国政府の被雇用者である者

  (エ) 上記の者の家族。ただし,C項に規定する場合には,琉球人である家族に対しては,琉球政府の裁判所は,刑事裁判権を行使することができる。

高等弁務官は,合衆国の安全,財産又は利害に影響を及ぼす事件で,自己の指定する事件については,琉球政府の裁判所から刑事裁判権を撤回することができる。

 b 民政府は民事及び刑事の第一審及び上訴審を含む裁判所制度を運営しなければならない。これらの裁判所は,次のとおり裁判権を行使する。

 (1) 高等弁務官が合衆国の安全,財産又は利害に影響を及ぼすと認める特に重大なすべての事件又は紛争に対する民事裁判権。このような事件が琉球政府の裁判所に提起された場合には,最終的決定,命令又は判決がなされる以前においては,最終的上訴審理を含む訴訟手続中,いつでも,高等弁務官の命令により,これを適当な民政府の裁判所に移送することができる。このようにして移送された事件は,民政府の裁判所の裁量により,改めて審理することができる。

 (2) 合衆国軍隊の構成員,軍属若しくは合衆国国民である合衆国政府の被雇用者又は以上の者の家族であつて琉球人でない者が当事者であるすべての事件又は紛争に対する民事裁判権。ただし,当事者のいずれかの訴願に基き,高等弁務官が琉球の安全,外交関係又は合衆国若しくは合衆国国民の安全,財産若しくは利害に直接間接に重大な影響を及ぼすと認め,民政府がその裁判権を行使すべきであると決定した場合に限る。このような事件が,琉球政府の裁判所に提起された場合には,最終的決定,命令又は判決がなされる以前においては,最終的上訴審理を含む訴訟手続中,いつでも,高等弁務官の命令により,これを適当な民政府の裁判所に移送することができる。このようにして移送された事件は,民政府の裁判所の裁量により,あらためて審理することができる。

 (3) 合衆国又は其の機関に雇用されている合衆国国民で統一軍法(一〇U・S・C・八〇一Et Seq)による軍法会議の対象とならないもの及びその家族で琉球人でない者に対する刑事裁判権

 (4) 高等弁務官が,合衆国の安全,財産又は利害に影響を及ぼすと認める特に重大な事件に対する刑事裁判権。このような事件が,琉球政府の裁判所に提起された場合には,最終的決定,命令又は判決がなされる以前においては,最終的上訴審理を含む訴訟手続中,いつでも,高等弁務官の命令により,これを適当な民政府の裁判所に移送することができる。このようにして移送された事件は,民政府の裁判所の裁量により,改めて審理することができる。

 c 統一統軍法(一〇U・S・C・八〇一Et Seq)による軍法会議の対象となるものに対する刑事裁判権は,関係軍司令官が統一軍法による軍の裁判権を行使しないことを決定し,高等弁務官に対し,他の裁判所に事件を移送することを承認する旨を特に通知した場合にのみ,軍法会議以外の裁判所によつて行使される。

 d 民政府の最高の上訴審裁判所は,次の事件を再審理する裁判権を有する。

  (1) 民政府の下級裁判所に提起された民事又は刑事事件で当事者によつて上訴された事件

  (2) 琉球政府の最高の裁判所が裁判権を有し,当該裁判所において,裁判がなされた民事及び刑事事件で次に該当する事件

 (I)琉球政府の最高の裁判所の裁判と民政府の最高の上訴審裁判所の裁判が相反する場合

 (II)条約,合衆国議会の法律,合衆国大統領の行政命令又は高等弁務官の発する布告,布令若しくは命令の解釈を含む合衆国法,外国法又は国際法の問題について当事者から上訴のあつたとき,又は上訴がない場合においても,民政府の主席法務官が,特に理由を示して裁判所に申請したとき。民政府の最高の上訴審裁判所は,其の再審理した判決,命令又は決定を確認し,変更し,無効にし,若しくは取り消し,又はあらたに裁判させ,若しくは判決登録を是正させるため,事件を差し戻す権限を有する。刑事事件については,上訴審裁判所は,有罪判決を取り消し,刑罰の種類を変更し,減刑し(刑の加重はしないものとする。),又は刑の執行を停止することができる。

 e 本節のいかなる規定も,合衆国議会が特に権限を与えない限り,合衆国政府又は其の機関に対する裁判権を,琉球政府の裁判所又は民政府の裁判所に与えるものと解釈してはならない。

 f この命令において,

  (1) 「合衆国軍隊の構成員」とは,,琉球列島にある間におけるアメリカ合衆国の陸軍,海軍又は空軍に属する人員で現に服役中の者をいう。

  (2) 「軍属」とは,琉球列島にある間における合衆国軍隊に雇用され,これに勤務し,又はこれに随伴する合衆国の国籍を有する文民をいう。

  (3) 「家族」とは,琉球列島にある間における配偶者及び婚姻,血縁若しくは養子縁組から生じた子又は親族であつて,生計費の半額を超える額を扶養者に依存している者をいう。

第十一節

 高等弁務官は,この命令に基く使命を達成するため,必要と認めるときは,第二節の規定に従い,法令を公布することができる。高等弁務官は,琉球列島の安全,琉球列島についての外国及び国際機構との関係,合衆国の対外関係又は合衆国若しくはその国民の安全,財産若しくは利害に関して,直接間接に重大な影響があると認めるときは,琉球の立法案,立法又は公務員に関し,それぞれ次のことをすることができる。(イ)すべての立法案,その一部又はその中の一部分を拒否し,(ロ)すべての立法,その一部またはその中の一部分を制定後,四十五日以内に無効にし,及び,(ハ)いかなる公務員でもその職から罷免すること。高等弁務官は,刑の執行を停止し,刑を変更し,および恩赦をなす権限を有する。高等弁務官は,安全保障のために欠くべからざる必要があるときは,琉球列島におけるすべての権限の全部又は一部を自ら行うことができる。高等弁務官は,本節によつて与えられた権限を行使した場合には,すみやかに国防長官に報告し,国防長官は,これを国務長官に通告しなければならない。

 第十二節

 高等弁務官は,第十一節を含むこの命令を実施するにあたつては,琉球列島にある人々に対し,民主主義国家の人民が享受している言論,集会,請願,宗教並びに報道の自由,法の定める手続きによらない不当な捜索並び押収及び生命,自由又は財産の剥奪からの保障を含む基本的自由を保障しなければならない。

 第十三節

 国防長官は,この命令を施行するために必要な命令を発することができる。

 第十四節

 現に存在する民政府及びその前身である軍政府諸機関によつてこれまでに発せられた布告,布令及び指令は,この命令に抵触するものを除き,この命令の権限に基いて,修正され,無効にされ,又は代替されない限り,その効力を有する。この命令の日付に琉球政府の裁判所又は琉球民政府の裁判所に係属中の民事又は刑事のいかなる手続も,この命令を理由として無効とされない。このような手続は,この命令の日付の直前に有効である法令に従つて行われ,且つ,終結されなければならない。

 第十五条

 この命令は,直ちに効力を発する。ただし,この命令の規定が,この命令の定めるところに従つてそれぞれ実施されるまでは,民政府及び琉球政府に現在与えられている立法,行政及び司法上の権能は,現行法令に従つて引き続き行使され,かつ,民政府又は琉球政府のすべての職員は,権限ある当局によつて解任されない限り,その後任者が任命又は選挙され,かつ権限を附与されるまでは,現職に留まるものとする。

一九五七年六月五日

 ホワイトハウス

 ドワイト・D・アイゼンハウア