[文書名] 七月三日衆議院外務委員会における藤山外務大臣の外交問題に関する経過報告
本委員会の開催に際しまして私から第三十一回通常国会以降の主要な外交関係事項の経過について御報告いたします。
私は去る五月十三日サイゴンに赴き同地においてヴィェトナム共和国との賠償協定に調印いたしました。ヴィェトナム賠償に関しましては政府といたしましても既に屡々その所信を表明したところでありますが,元来ヴィェトナムは桑港平和条約の当事国としてこれを批准いたし,同条約に基いてわが国に対する賠償請求権を有するものであります。而してヴィェトナム共和国政府はヴィェトナム全体を代表する政府として自由諸国のほとんどすべてが承認している政府であり又わが国が正式の外交関係を維持しているものであります。今回同国政府との間に調印されました賠償協定は桑港条約に規定されたわが国の賠償義務を履行するための協定に他ならないのでありまして政府といたしましては右協定につき国会の十分な御審議を得る所存であります。
なお,先般ビルマ連邦政府より,日緬平和条約の再検討条項にもとづき,ビルマ連邦に対するわが国の賠償について再検討方を求めて参りました。政府といたしましては,ビルマに対する賠償額は,他と比較して均衡を失しているものとは考えておりませんが,何れにいたしましても先方のいい分をも十分聞いて見るという目的で最近ビルマ側と本件についての予備的話し合いを開始いたした次第であります。
私はヴィェトナムを訪問いたしました後カンボディア及びラオス政府の招きを受けてこれらの両国を訪れ,今後ともわが国との外交関係,経済関係を強化すべき方途につきまして,それぞれの政府首脳と懇談したのでありますが,特にカンボディアにおきましては,わが国と同国との間の経済協力協定の実施細目について合意に達しましたので,右に関する公文の交換を行いました。この結果さきに国会の御承認を得ました経済協力協定は近く東京で批准書の交換を行いました上で具体的実施の段階に入る次第であります。
五月末私は米国に赴いて世界各国の首相,外相等とともにダレス米国務長官の葬儀に参列いたしました。多年米国の国務長官として世界平和のために奔走された同長官の業績については敢て多言を要さぬところでありますが,私は特に同長官が今日の日米親善のために払われた絶大な努力と献身に対してここに敬意と追悼の念を新にするものであります。
次に在日朝鮮人の北鮮任意帰還問題につきましては,わが国といたしましては何人も自国に帰り,また,その欲するところに居住し移転しうるという国際的にも広く認められた基本的立場に基いてこれを行うとするものでありましてこの自由意思に基く任意帰還という原則は決して歪められてはならないのであります。この原則はさきに日本,北鮮両赤十字代表の間で妥結を見ました帰還取極の中に明確に規定せられているところであり,この規定の下に帰還業務が実施されることを期待し,かつ,確信いたすものであります。もとより,本件が実施されることはわが国の北鮮に対する従来の立場ないし関係に些かなりとも変更を齎すものではないのであります。
なお,韓国に抑留されております日本人漁夫の問題は,それが同胞の運命に関するものであり一日も忽にしえないことでありますので,政府は,その速かな釈放のためつとに赤十字国際委員会にあつせんを依頼いたしました。その後留守家族代表もジュネーヴに赴き,直接事情を委員会に訴え,その協力を求めた次第でありますが,政府は更に最近スイス駐在の奥村大使をしてわが政府及び国民が本件について抱いている強い希望と関心とを重ねて強調せしめ,その善処方申入れしめたのであります。幸い同委員会側におきましても本件に関し深い理解と同情とを示し,これら漁夫の早期釈放方に現在折角尽力中であります。
政府といたしましては,今後とも出来うる限り速かに釈放が実現されるよう内外世論の支持の下にあらゆる努力を続けてまいる所存であります。
次に安保条約改定問題について一言いたしたいと思います。本件改定の交渉は前回の国会終了後,米国側と更に約十回の会談を重ねました。改定新条約の構想中主要な点につきましては,既に過日総理大臣もその所信表明に際して明らかにされたところでありますが,今更にその要点を述べますれば,国連憲章との関係を規定すること,日米両国が政治的かつ経済的に共通の基盤に立ちその協力関係を促進すること,米国の日本防衛の義務を明かにすること,条約の運営に関してわが国の発言権を確立すること竝びに新条約においてわが国の負うべき義務は憲法の範囲内なることを明かにすること等であります。
更に行政協定に関しましても,その締結当時よりの情勢の変化にかんがみ,所要の調整を行うべく目下折衝中であります。
もとより現行条約といえども今日までわが国の平和を守るという点において重要な役割りを果してきたのは事実でありますが,条約締結当時わが国の置かれていた客観情勢にその後相当の変化が生じておりますので,右に応じた所要の改定を行いますとともに今後の国際情勢の下においてわが国の平和と独立を確保し得る現実的な方途としての安全保障体制を規定せんとするのが今次改定交渉の趣旨であり,新条約の目的及び性格はあくまで平和の擁護と侵略に対する防衛に存するものであることをここに重ねて明らかにしておきたいと思います。
右改定交渉は必ずしも容易なものではなく,目下のところ未だ条文を最終的に確定する段階には至つておりませんが,米国はわが政府の主張に対し十分理解ある態度を示しており,遠からず妥結を見るものと考えております。
第二次大戦後十余年にわたる冷厳な世界情勢特に今日なおわが国周辺における政治上,軍事上の極めて不安定な情勢を考えますれば,平和を守る道は決して容易なものでなく,世界的にも又局地的にもつねに現実に即した平和への保障措置を積極的に講ずる要があると考えるのであります。
先般来ジュネーヴで開催されております東西外相会議も約一ヵ月余の討議を経ながら独逸統一問題及び欧州安全保障の問題等について双方の主張は依然として根本的に対立し結局何等の進展をも示しませんでした。よつてまず対象をベルリン問題に局限いたしましたものの,遂に何らの合意に至らぬまま休会に入り,近く会談は再開される模様でありますが,果して外相会談自体が何らか建設的な結論をうるに至るか否かはなお予断を許さぬところであります。
外相会議がその行詰りを打開し巨頭会談の開催を可能ならしめるとともに大国間に平和促進の為の有効適切な合意が成立いたしますことは最も望ましいところであります。しかしながら現状における東西間の対立は根本的な政治的信条の対立に由来するものでありますので,巨頭会談が開催されましても緊張の緩和が一夜にしてもたらされることは望み難いのでありますが,問題の解決が困難であるが故にこそ大国の首脳者による平和促進による努力が真剣に続けられることを希望するものであります。
以上,前回の国会以後の外交問題に関しその経過を御報告いたした次第であります。