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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 日米安保改定交渉に関する安保問題研究会の藤山愛一郎外相への質問書

[場所] 
[年月日] 1959年10月17日
[出典] 日本外交主要文書・年表(1),934−940頁.「世界」,1959年12月号,84−91頁.
[備考] 
[全文]

 現在すすめられている日米安全保障条約の改定交渉について,私たちは二月以来検討して参りましたが,その間に生じたいくつかの疑問について外務大臣のご意見をおきかせいただきたく存じます。

  一九五九年十月十七日

      安保問題研究会代表

          青 野 季 吉

  東京教育大学教授  家 永 三 郎

  一橋大学教授  上 原 専 禄

  東京大学教授  江 口 朴 郎

  東京都立大学教授  戒 能 通 孝

  中央大学教授  城 戸 幡太郎

  学習院大学教授   清 水 幾太郎

  慶応大学教授    務 台 理 作

 なお,事態は重大かつ緊急の性質のものでありますので,臨時国会開会日の十月二十六日までに御回答いただきたく存じます。

 外務大臣 藤 山 愛一郎 殿

一,私たちは,国際関係が緊張緩和にむかい「力による平和」の考えかたが「話しあいによる平和」の考えかたに席をゆずり,両体制の平和共存の原則が徐々にではあつても国際的にも承認されつつあるように思いますが,外務大臣は,日本国民の運命を長期にわたつて拘束する安保条約改定のような重大案件に手をつけられるにあたつては,国際情勢の展望について短期的にも長期的にも明確な見通しをもっておられると信じますので,この点について,大臣の見解をおきかせ下さい。

 米ソ首脳の交換訪問を契機として国際関係に平和共存の明るい展望がひらけてきたことは,当事国である米ソ両国の首脳はもとより英,仏,西ドイツ,インドなど主要諸国政府の一致してみとめたところで,ことに米ソ両首脳が「国際関係を力によらずに交渉による平和的方法で解決する」(両首脳共同コミュニケ)原則を確認しあったことは,平和共存への画期的第一歩としてこれら諸国政府によって公式にみとめられています。巨頭会談の開催が関係諸国政府によって「既定の事実」とされているのは,事態のこのような発展のあらわれと考えられます。ところが椎名官房長官は,米ソ首脳の共同コミュニケを論評して,「力によらず話あいによってあらゆる国際問題を解決していこうということは従来からいわれてきたところで,特別目新しいところはない」(一九五九年九月二十日,朝日新聞)とし,「具体的問題の解決はなんらはかられず相互の立場を説明しあった程度」(同上)という政府見解を発表して,交換訪問の歴史的意義をできるだけ小さく評価しようとし,外務省の「非公式見解」も,「本会談が有意義だったとしても,東西の冷戦が緩和されるかどうかは一応別個のものと考えなければならない」(一九五九年九月二十九日,読売新聞)とし,さらに自民党の川島幹事長にいたってはソ連が「平和をのぞむなら,まず共産体制を解体してくるべきだ」(同上)と,主要諸国政府によって公式に確認された両体制の平和的共存の原則にまっこうから挑戦するような言葉をはくなど,政府自民党はいずれも,東西関係の改善,国際緊張の緩和を否定もしくは嫌悪するかのような見解を表明しています。

 しかし,諸大国の政府がすでにひとしくみとめているように,交換訪問の大きな意義の第一の点は,個々の国際的懸案が解決しなければ,東西関係の全般的改善の努力には手をつけられないという従来固執されていた考えかたが却けられて,まず東西間の不信の「空気」をかえて国際間の信頼を回復し,そのうえで諸懸案を一つ一つ解きほぐしていこうという原則がみとめられたところにあり,したがって懸案の未解決を理由に国際関係の将来を暗くみようとするのは,古い「冷たい戦争」の論理にひきつづき執着しようとする態度というべきです。軍拡競争と冷戦の悪循環を断ちきるために,まず国際間の「不信」の空気をかえるという原則が大国政府によってみとめられたからこそ,個々の具体的な懸案を解決するために,巨頭会談や十カ国軍縮委が関係諸国政府によって準備されているのではないでしょうか。

 政府・自民党の責任者が緊張激化を予想ないし期待するような言明をあいついでおこなっているのは,このような世界の大勢を無視し,結果としては国際関係におけるわが国の立場をも悪くするような態度といえないでしょうか。

二,ソ連フルシチョフ首相の軍縮・軍備全廃案は,一切の軍備を放棄した日本国憲法の精神にそのまま合致するものですから,この機会に日本政府が卒先してすべての国の軍備撤廃を提案し,場合によってはわが国の政府がみずから具体的軍縮プランを提案することは,世界平和に貢献するばかりでなく,わが国の平和意志を世界にひろめ,ひいてはわが国の国際的信望をもたかめる結果になると思いますが,これについて外務大臣の見解をおきかせ下さい。

 ソ連フルシチョフ首相が国連総会で提案した軍縮計画(管理・監視機構と厳しい違反罰則をともなう段階式軍備縮小により,四年間で世界の軍備を全廃する計画)およびここ数年来の軍縮を支持する国際世論のたかまりは,「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して,われらの安全と生存を保持しようと決意」して,「国権の発動たる戦争と,武力による威嚇または武力の行使は,国際紛争を解決する手段としては,永久にこれを放棄」した日本国憲法の精神を具体化する又とない好機であると考えられます。この機会をとらえてわが国はすべての国の軍備全廃を提唱し,あるいはわが国自身が軍縮・軍備全廃の具体案を作成して,その実現のために国連をつうじてこのための努力をかたむけるべきだと思います。

 フルシチョフ提案について岸首相は「夢想にすぎない」(十月一日,NHK主催安保問題討論会)と発言されております。しかし,アメリカの軍縮委代表ワーズワース氏は「アメリカが海外基地の撤廃をふくむ全面軍縮をおこなうことは,明白に可能性のあることである」(十月五日UPI)として,さらに中国を軍縮協定に加える可能性についても肯定的な言明をおこなっています。外務大臣も十月五日,帰国後羽田空港での記者会見で,フルシチョフ提案が「ソ連もこんどこそは本気でやる気かという気持で〔国連では〕迎えられている」(一九五九年十月五日,朝日新聞)といっておられます。ワーズワース氏に代表されるアメリカ政府の見解,および外務大臣御自身の見解がこのようなものであるとすれば,イギリスその他の大国および国連総会の空気がフルシチョフ首相提案をまじめに検討しようとしている現在,わが国が日本国憲法および国連憲章の精神を具体化した軍備全廃プランの実現のために努力することは,たんに世界平和に貢献し,世界諸国民を軍備の重圧から解放するたすけになるだけでなく,わが国憲法の崇高な精神と国民の平和意志とを世界につたえ,国際関係におけるわが国の発言権と民族的威信をも向上させ,ひいてはわが国自身の自主性の回復のためにもきわめて大きい意義をもつと思われますが,外務大臣はどのように考えられますか。外務大臣は,軍縮・軍備撤廃について具体案を作成し,これを国連に提案する意志をおもちでしょうか。

三,国際情勢が平和共存と軍縮にむかいつつある現在,政府が安保条約の改定によって,日米の軍事同盟を今後十年にわたて{前3文字ママとルビ}固定しようとするのは,世界の大勢に全く逆行し,いたずらに極東にきわめて危険な緊張状態をつくりだす結果になると思いますが,外務大臣はこの点についてどうお考えですか。

 さきにものべたように,私たちは多くの証拠によって国際関係がこんご平和共存と軍縮(究局{前1文字ママとルビ}における軍備撤廃)にむかうと判断していますが,外務大臣はさきに引用した羽田での記者会見で,フルシチョフ首相の訪米が成功裡におわっても,「これからひらかれる外相会議あるいは巨頭会談,さらにアイゼンハワー大統領の訪ソが明年五,六月におわってみなければ,国際情勢はどうなるか分らない」として,「こんごこれらの動きを追っていきたい」と語っておられます。外務大臣ご自身こんごどうなるか「分らない」ほど流動的な現在の情勢のなかで,日米関係を軍事同盟によって十年間にわたって固定化することは,わが国から政策決定の自主性をうばうことになり,きわめて不得策であると思われます。「こんごの動きを追っていきたい」ということと「安保改定は既定方針でいく」ということとは,論理的にも明らかに矛盾しています。(十月五日 朝日新聞)それに,「こんごの動きを追っていきたい」のであるならば,すくなくとも現在の安保改定交渉は中止して,明年五,六月ごろに方針を再考慮するのが妥当ではないでしょうか。

四,外務大臣は,政府の改定構想について,条約文中にヴァンデンバーグ決議の趣旨をおりこむと言明しておられますが,このことは日本国憲法の精神および規定に違反しないでしょうか。

 伝えられる条約案(十月七日,朝日新聞)によれば,条約両当事国は「自助及び相互援助により」防衛能力を維持,発展させる(改定案第三条),日本の施政権下にある領域における「一方の締約国に対する武力攻撃」にたいしては「共通の危険に対処するため行動する」(第五条)と規定しています。

 外相は,国会答弁において,ヴァンデンバーグ決議の採用は「あるいは憲法上の問題も出てくるかもしれません」(第三一国会外務委,一九五九年四月二十七日)とのべながら,条約文中に「自国の憲法と範囲内において」あるいは「憲法上の規定と手続に従つて」などの表現を挿入することによって,憲法への抵触はさけられるという見解をとっております。

 しかし,外相も首相もともに「在日米軍基地への攻撃は,当然日本にたいする攻撃とみなす」

(第三二国会衆院外務委外相答弁,一九五九年三月十三日,および第三二国会同予算委首相答弁,同七月二日)とのべております。われわれが,もっとも憂慮するのは,このような解釈のもとに締結される条約が将来によびおこす危険であります。この改定案において在日米軍が「極東における国際の平和と安全に寄与する」行動の権限を保有するかぎり,日本領域外でおきた米軍と第三国とのあいだの軍事紛争に日本基地が使用される危険は強く残ります。(前文第四条,第六条)その際には首相・外相の解釈の必然的な帰結として,日本はみずからのぞまずに戦争にまきこまれることになります。

 政府は,憲法第九条を個別的自衛権の容認と解釈し,集団的自衛権はみとめられない,としばしば言明していますが,このようにして生ずる共同軍事行為は,実質的に集団的自衛権の発動と異なりません。政府の憲法解釈に立ってさえ,改定条約は憲法違反と判断せざるをえません。この点について外相の説明を得たいと思います。

五,私たちは,日本の中立化が日本の安全とアジアの平和を保障するもっとも確実な道であると信じ,かつそれは「理想論」ではなく,政府がそのつもりになれば,みずからの権限内でやれる現実的な政策であると考えますが,この点について外務大臣の見解をおしらせ下さい。

 岸首相は,日本中立化の構想を「日米離間の陰謀」(十月一日,NHK主催安保問題討論会)とよび,また自民党のPR文書「日米安保条約をなぜ改定するか 日本の平和と独立を守るために」(一九五九年)も,日本中立化の考えを「中ソの思うつぼであり,日本を自由陣営から引離して共産陣営の衛星国としようとする国際共産主義の企図からくるもの」と断じています。政府・自民党がこのように主張する一因は,たまたま中ソ両国から日本中立化の提案があったからだと思われますが,私たちは,日本の中立化をだれがいいだしたかという点から問題を立てるべきではなく(そういう問題の立てかたをするなら戦後,「日本は東洋のスイスとなれ」といって日本中立化を最初にすすめたのはマックアーサー占領軍司令官ですが《一九四九年年頭声明》),それが日本の安全保障,アジアの平和,日本国民の利益にやくだつかどうかという点から問題にすべきだと思います。

 私たちが日本の中立化を主張するのは,日本がいかなる軍事同盟からも離脱して軍事的中立の地位を確保し,現在アジアに存在する緊張状態をやわらげ,日本自身をも戦争の危険から遠のかせることができると同時に,中国と国交を回復し,ソ連と平和条約を締結することによって,両国と日本とのあいだに不動の平和共存の原則を確立することができると考えるからです。それが実現すれば,わが国は,日本の国民の利益を主眼とする自主性ある外交政策を追究していくことができるのではないでしょうか。安保条約のような軍事同盟によって拘束される日本が,自主性を回復しうるなどとは,とうてい考えられません。

 日本の中立化を「夢想」と主張する見解について一言すれば,現在,政府がみずからの権限内でやれることのうちでも,たとえば,政府が安保改定の対米交渉を中止し,現行安保条約の破棄のために努力し,中ソとの国際関係を改善すれば,それだけでも日本は中立化へのきわめて重要な手掛りを得られると考えます。それが実現すれば,安保改定後に当然予想される一段の緊張激化の危険も解消して,アジアと日本は,従来とは比較にならぬほど安定した平和の状態におかれることになるのではないでしょうか。

 私たちは,中立化すべき地域には日本本来の領土である沖縄県および東京都小笠原諸島をふくめるべきだと考えます。また,ソ連との領土問題の懸案および中ソ友好同盟相互援助条約の対日軍事条項の問題については,日本政府が中ソとの善隣関係をうちたて中立化の努力をつづけるなかで,円満な解決の道がみつけだされると思います。このことは,ソ連要人に会見した何人かの日本人およびタス通信(九月二十九日 モスクワ放送)によっても示唆されているところです。

 日本の中立化をどのようにして国際的に保障しうるかという点については,中ソ米印等による日本中立化の保障条約,アジアの集団安保体制の樹立,アジアの非核武装・中立地域の設置など,多くの構想がありますが,私たちは,何か特定の日本中立化保障の構想をいま提起することよりも,日本政府自身がまず日本中立化のための努力に着手し,政府みずから平和と中立の意志を周辺諸国によく認識してもらうことが先決だと思います。日本政府の意図が明らかになれば,米ソ中をふくむ日本周辺の諸国は,日本中立化の集団的保障のための交渉に応ずるでしょうし,そのための国際的諸条件は十分成熟しつつあると思います。この面で日本政府がイニシャティヴを発揮すれば,国際的諸条件が日本中立化にいっそう有利に傾くことはうたがいありません。

 なお,私たちは,安保改定に関連して,武装しなければ平和を守れないという考えかたのあることも知っております。外務大臣は,交換訪問による「国際緊張の緩和は自由陣営結束のたまもの」(羽田での記者会見,一九五九年十月五日,朝日新聞)といわれ,岸首相は,「話しあいには力が必要である。……共産主義にはどこまでも力で対決する」(十月十日,NHK主催安保問題討論会)と主張しています。岸首相の言明は,安保改定の当の相手国であるアメリカの元首によって,また岸首相のいう「日米英三位一体」の一翼をになうマクミラン英首相によっていまでははっきり却けられている考えかたですから,ここれは論外としても,力によらずに話しあいによって両体制間の不信をのぞき,そのうえで諸懸案を解決していこうという世界的気運がたかまり,軍縮・軍備撤廃の国際世論がたかまりつつある今日,力によって,軍事同盟の締結補強と軍事力の増強によって平和を確保しようなどというのは,時代錯誤も甚しいといわなければなりません。

 軍事科学が極限にまで発達した現在では,いかに軍事力を増強し,軍事同盟を強化しても,それで国防上十分という限度がないことはすでに常識であり,「話しあいによる平和」の気運が急速にたかまったのも,軍事力についてこのような認識が世界にひろくみとめられるにいたったからではないでしょうか。

 これらの理由から私たちは,日本国憲法の精神に合致する日本の中立化こそわが国に平和をもたらし,わが国の独立と自主性,民族的ほこりを向上させる最善の道であると信じますが,外務大臣はそのようにはお考えになりませんか。

六,安保条約の改定は,日中の国交回復をいちじるしく阻害するものと思います。私たちは,政府がいますぐにでもいわゆる「静観」の方針をすてて,平和共存の原則に立つ日中国交の打開をはかることが,アジアの平和と日本の安全,中国人民にたいする日本の過去の罪のつぐないのためにも,また日本国民自身の利益のためにもたいせつであると考えますが,外務大臣は日中国交打開についてどのような抱負をおもちでしょうか。

 日中の平和共存関係の確立は,中国人民にはかりしれぬ苦しみをあたえた日本としては,国際道義のうえからもまず第一に解決しなければならぬ最大の責務であります。また,アジア・アフリカの自主的な政府をもつ主要諸国が中華人民共和国を承認して中国とのあいだに共存関係を樹立している現在,日中の国交を回復することは,岸内閣の外交三原則の一つであるアジア・アフリカ諸国との協力という精神にも一致する政策であると思います。

 さらに,平和共存にもとづく日中国交の打開は,わが国が現在アジアでおかれているきわめて不自然な状態(安保改定はこうした不自然な状態をいっそう激しく,固定化するものですが)を根本的に是正して国民に少なからぬ利益をもたらすと信じます。アメリカにおいてさえ,日本の歴史的,経済的,経済地理的諸条件からして,「中立主義の強い訴え」,日中国交回復の運動が日本におこらざるをえない必然性が指摘されています。(アメリカ国務省の政策立案に影響力をもつアメリカの研究団体であるナショナル・プランニング・アソシエーション編「競争的共存の経済学 日本・中国・西方」)日中間にいまだにつづいている戦争状態を終結させ,日中に平和な関係を確立することは,日本政府のもっとも大きな責務ではないでしようか。

七,政府・自民党の言明やPR文書は,日本中立化の政策を「夢想」とか「国際共産主義の陰謀」とか断定するだけで,私たちがあげる中立化の具体的,積極的利益にたいしてはなんら反証をあげていません。一方外務大臣および政府・自民党は,安保改定による具体的利益については,「自主性の回復」ということをあげていますが,これは全く名目にすぎぬものであり,真の意味の自主性はこれによってむしろ失われるものと考えます。これについて外務大臣の見解をおきかせください。

 「自主性の回復」のほかにも,政府がたとえば,「防衛分担金の廃止」「事前協議」等々の「利益」をあげていることを私たちは知っています。しかし,私たちはこれらの「利益」は実体のない空虚なものにすぎないと思います。たとえば,防衛分担金が廃止になっても,安保改定によって相互防衛同盟となる新条約の発効によって,日本側にきびしい防衛義務が当然発生することは,防衛分担金を上廻る第二次防衛計画の予算となってすでにあらわれているところからも明らかです。改定条約の交換公文にうたわれるといわれる「事前協議」条項も一片の空文にすぎぬことは,昨年の台湾水域への米第七艦隊の派遣,また最近の在日米軍のラオス軍需物資急送が,外務省当局によって「極東の平和と安全のため」あるいは「国連憲章にもとづいて」の行動と判定されているところからも明らかです。こういう事実が枚挙にいとまないくらいあることは,外務大臣ご自身がもっともよく御承知のことと思います。在日米軍と一体協力関係にある自衛隊の海外派遣についても,同じことがいえます。私たちは,米軍をなんら拘束する力のない「事前協議」条項を在日米軍が尊重するなどと,信ずることができるでしょうか。

八,改定安保条約の条文に米軍による日本への核兵器の持込み,自衛隊の核武装拒否を規定した条項を入れることができない理由をお示し下さい。

 私たちは,岸内閣が,わが国は憲法解釈のうえでは防禦用の核兵器をもつことができるが,「政策としては核兵器をもたない」(一九五七年五月十四日,岸首相の外務省における記者会見)といい,また米軍の核兵器持込みは「事前協議」にさいして拒否すると言明していることを知っています。しかし同時に,外務大臣が「米国は安保条約上,日本へ核兵器をもってくる権利をもっている」(一九五九年九月二十七日,衆院内閣委)といい,岸首相が「在日米軍は核武装できる。憲法第九条は在日米軍になんら関係をもたない。条約上,在日米軍の核武装を拒否する根拠はない」(一九五八年三月十九日,衆院内閣委員会)とのべていることも知っています。また伊能前防衛庁長官が「自衛隊のミサイル化は防衛庁の基本方針である」(一九五八年,防衛庁記者との会見)と言明し,自衛隊自身がミサイル・核戦争訓練を現に実施していること,さらに,フェルト米太平洋軍司令官が米上院外交委での証言(一九五八年六月二十日,UPI)で,名古屋の第五空軍および第七艦隊が核攻撃能力をもち,在日米空軍は戦争にさいしてSAC(戦略空軍司令部)とともに核攻撃をおこなうと言明していることをも,私たちは忘れることができません。日米責任者の口から出たこういう証拠ならば,まだいくらでもあげることができます。

 米軍による核兵器持込み,自衛隊の核武装を,解釈上疑問の余地ないかたちで禁止する保障を改定条約に入れるよう要求するのは,安保改定そのものには反対しない人びとをもふくめて,原水爆の惨禍を身をもって体験した日本国民全部の一致した要望であります。政府がこの国民的要望を無視して,交換公文の「事前協議」条項で事足りるとしているのは,いかなる理由によるものでしょうか。大臣の卒直な見解をうかがいたく存じます。

以上,私たちの疑問とするところを申述べました。ぜひ外務大臣の誠意ある回答をお願いしたいと存じます。

 最後に,この質問書を提出するまでの経過を若干説明し,大臣の参考に供したいと思います。

 私たちは,今年二月以来,日米安全保障条約についての研究を数回催してまいりました。そのいちおうの結論として,今年三月声明書を発表し,現行安保条約及びその予想される改定構想の危険性を指摘しましたが,その声明は全国の学術関係者約二千名の支持が得られています。

 その後署名者有志によって,安保問題研究会が生れ,その一部メンバーは国民の声を聞くために,全国諸地方に出向きました。おそらく政府当局者や自民党代議士諸氏以上に,私たちは直接に国民各階層に接触しているつもりでおります。そのさい私たちが気がつきましたのは,安保条約改定にたいする危懼感が,予想以上に,良識ある国民のあいだにひろがっているということであります。とくに日本の外交進路を日本の中立化に求める意見は,非常に強いように感じられたのであります。大臣はいたずらに改定を急ぐより,慎重に良識ある国民の声に耳を傾けるべきだと思います。事はきわめて重大であり,一党一派の利益を配慮する余地はありません。あらゆる行きがかりをなげうつて,国民の全体的利益を優先すべきであります。私たちがこの質問書をおとどけするのも,事態の進行が憂慮に堪えないからで,他意は全くありません。大臣の卒直な御回答を重ねてお願いする次第であります。