[文書名] 日米安保改定交渉に関する安保問題研究会の公開質問状に対する回答
安保問題研究会の方々による十月十七日付質問状を拝見しました。何分安保改正問題は,わが国の安全と平和を,如何にして守るかというわが国民にとつて最も重要な問題でありますので,皆様がこの問題を真剣に検討されることは当然であり,われわれの立場とは違いますが,その御努力に対して敬意を表します。御質問の各項目につき,別紙の通り,私の考え方を御回答します。皆様方が私のこの回答に対し,さらに疑問をもたれることも想像できますが,この問題は今後国会におきまして,充分審議されることでもあり,私としても国民の理解を得るために,できるだけ説明に努めたい所存でありますので,皆様方におかれても,私の今回の回答で意をつくせなかつた点等については,国会における私その他政府当局の説明を充分御検討願い,この問題に対する御理解を深めていただくよう切望します。
十一月七日
外務大臣 藤山愛一郎
安保問題研究会代表各位 殿
質問(一)答
過般フルシチョフ首相が米国を訪問して,アイゼンハウアー大統領と親しく意見の交換を行った結果,「国際問題を力によらずに交渉による平和的方法で解決する」という原則的了解に達しました。もつとも,国際問題の平和的解決ということは国連憲章の基本的原則であつて,その事自体新しいことではないのですが,この原則が米ソ両首脳によつて再確認されたこと,および戦後激化の途を辿つた東西対立を緩和しようとする双方の意思を表示したことに新しい意義を,私は認めるものであります。私としては,この両者の原則的了解が,世界のすべての地域に適用され,東西間の諸問題が,逐次具体的な形において解決されることを希望するものであります。
米ソ両首脳間の相互訪問によって,東西間の緊張緩和のために好ましい国際的雰囲気がかもし出されていることは事実でありますが,このような雰囲気に伴い,東西関係が現実に改善されていくかどうかは,今後双方の話し合いの具体的進展を通じて判断するほかはありません。私は,双方の忍耐強い努力が逐次結実することを希望し期待しておりますが,東西間の根強い不信感と戦後錯雑した利害関係の激しい対立を考えるとき,これは容易ならざることもまた認めないわけにはいきません。フルシチョフ首相も帰国後最初の演説において,一ぺんの訪米によつて東西間の諸問題がすべて解決されるだろうなどと考えるのは正しくないし,そのような考え方をするのは政治的に盲目な者のみであると述べているように,米ソ両首脳の間に平和解決の原則的了解ができたということのみをもつて,直ちに東西間の重要諸問題が解決されるであろうとか,国際的な対立関係が解消されるであろうとか,早急に判断することは避けねばなりません。私としても,東西間の緊張緩和による世界の平和と安全の樹立を希望することにおいて人後におちるものではありません。しかし,このような私の希望と現実の事態とを混同することは許されません。私は,このような希望を抱きながらも,今後の国際情勢の推移を注視して参りたいと思います。
質問(二)答
(1)軍備競争と国際緊張激化との悪循環を断ち切り,軍縮を通じて世界に平和と安定をもたらすことの必要については,世界の責任ある政治家がいずれもこれを認めているところであり,それ故に国際連合においても,長い間軍縮達成のための努力が重ねられ,わが国としても,国際連合のこの努力に対し積極的に協力してきたことは御承知のとおりであります。
今次国連総会において,ロイド英外相が提出した包括的軍縮案と,フルシチョフ首相の提案による全面的軍縮案は,いずれも究局{前1文字ママとルビ}において軍備の全面的撤廃を目的とするものであります。わが国の憲法の平和主義とこれに基くわが外交の基調たる平和外交の立場から,全面的軍縮をわが国としても究局{前1文字ママとルビ}の目的としていることはいうまでもありません。問題は,これを如何にして達成するかにあります。軍縮は,東西間において一方にのみ利益をもたらすようなものであつてはなりませんし,また,東西双方にとつてバランスのとれたものでなくてはなりません。また,軍縮実施に当つて,これが有効な管理の下に行われなくてはなりません。このような基本的要請を,いかに現実に処理するかに非常な困難があり,今迄の軍縮交渉が失敗したのはこのためであります。
(2)最近国連総会で採択された八十二カ国の軍縮共同決議(わが国もその共同提案国の一員であります)によつて,フルシチョフ提案,ロイド提案等が,明年一月から開催される予定の十カ国軍縮委員会に付議されます。私は,軍縮努力に協力することは,世界のすべての国の責任であると信じます。とくに強大な軍備をもつている国は重大な責任をもつているものであることを指摘したいと思います。この意味において,私は,十カ国委員会が,軍縮を要望する世界の与論に応えて具体的成果を挙げることを期待し,その審議の経過を重大な関心をもって見守りたいと思います。もちろん,わが国としても,国連において軍縮達成努力に今後も進んで協力してまいりたいと思いますが,以上のように十カ国軍縮委員会の審議が始められようとしている現段階において,わが国から独自の軍縮提案を行うことは考えておりません。
質問(三)答
(1)米ソ両首脳間で,国際問題の平和的解決と原則が了解され,また国際緊張を緩和するため,米ソ両首脳の会談においても,また今回の国連総会においても,軍縮の達成が緊要であることが認められたことは,今後の東西対立関係の改善のための大きな方向を示すものであります。しかしながら,さきに述べましたように,東西間に現存する諸般の政治問題にしても,また軍縮問題にしても,その具体的解決はすべて今後東西双方にかかつておるものであり,それが解決され,国際の平和と安全の維持について安心しうるようになるまでには,まだまだ幾多の迂余曲折があるでしよう。現にフルシチョフ首相も,米国訪問から帰国した後,十月九日クラスノヤルスクで行つた演説の中で,その訪米により国際緊張がある程度緩かになつたものの,なお警戒をゆるめてはならないと述べております。フルシチョフ首相の渡米により,東西話し合いの道が開かれたとはいえ,東西何れの指導者もそれをもつて東西間の諸問題について,実質的解決ができたとは考えておりません。したがつて,東西双方とも,それぞれの保持している安全保障体制をゆるめたり,あるいは解体しようという態度をいまだ示していないというのが事実であります。
われわれは,軍縮が達成され,東西間の軍事的政治的対立が改善され,さらに世界のいずれの地域においても,平和と安全が有効に確保されるような組織が形成されることを希望します。このようなわれわれの希望が,現実に達成されるまでの間は,世界の各国としてはそれぞれの国際的地位または立場に応じて自国の適当と認める安全保障措置をとらざるをえないのではないでしようか。現行の日米安全保障条約も,このような趣旨によつて結ばれたものであります。目下交渉中の新条約も,国連憲章の原則と精神の下にわが国の安全を守るという防衛的性格をなんら変更することなく,今日の日本の事態によりよく適合せしめるよう,わが国の自主的立場から合理的な改正を加えようとするものであります。このようなものである以上,他の何国にも脅威を与えるものではなく,御懸念のように「いたずらに極東に極めて危険な緊張状態をつくりだす」ものでは絶対にないと確信しております。
(2)条約期間については,現行条約が無期限であることを想起していただきたいと思います。この点は,現行条約が不平等であるとか,わが国の自由性がないとかいう点とともに,従来批判されてきたところであります。これを今回の改正により十年間に限るということについて,期間の長さをめぐり色々意見があるところでありますが,およそ国の安全を守るというこの種の条約には,ある程度の安定した期間があることが望ましいこと,そして今後の国際情勢が好ましい方向に向うにしても,私どもの判断では,国連による有効な集団的安全保障体制が確立され,個別的な安全保障体制の必要が全くなくなるまでには,まだまだ相当の年月がかかるということ等の理由から,十年間は妥当な期間であると考えております。もつとも,この十年の期間内でも,国連が日本の平和と安全のため充分な措置をとつたと認められるにいたつたときは,いつでもこの条約を終了させることができるよう,新しい条約に規定されるであろうことを付言したいと思います。
(3)安保改正により,わが国の自主性が失われるという御説につきましては,今回の改正が,日米対等の立場においてわが国の自主性を確保しようというのが,その主な目的の一つであることを申し上げたいと思いますし,その条約上の問題点については第七項の御質問に対する私の回答を御参照下さい。
また,私は,日本が政治経済上又は安全保障上米国と協力関係を維持させることが,わが国の自主権を阻害しているとは考えません。イギリスやフランスあるいは西独が,NATO条約に加盟していることによつて,これらの国の政策決定上の自主性がうばわれているでしようか。
質問(四)答
(1)われわれが,自由民主主義を保持し,わが国の独立と安全を守るためには,まず何よりもわれわれ自身これを守るという決意を持ち,応分の努力をする必要があります。国際平和維持機関としての国連の機能がさらに強化され,日本の安全が国連によつて保障される時代の来ることが早からんことを希望するものではありますが,近い将来にこれを期待し得ない以上,共通の主義信条をもつ友好国と協力して,安全の確保をはかることは,やむを得ないところであります。わが国が,自己の平和と安全を米国の協力によつて守ろうとする場合,日本自身もその憲法の規定の範囲内において,またその国力に応じて,自己の安全を守るという意志をもち,その努力をするということは独立国として当然なことであると思います。このような自国防衛の意志を示し,かつ応分の努力をしようというのがいわゆるヴァンデンバーグ決議の趣旨であり,このような規定を新しい条約におくことは,わが憲法の精神にも,また規定にも違反することではありません。また,このような規定によつて,わが国が防衛力増強について条約上新たな義務を負うことはありません。いかなる規模の防衛能力を保有するかは,わが国力や国際情勢に応じてわが国が自主的に決定しうることであります。また,この規定によって,わが国が憲法に規定する以上の義務を負わぬことを明らかにするために,新条約においてはとくに憲法の規定に従うことを明記することになつております。
(2)現行条約において日本が外部から攻撃された場合米国が日本防衛に協力する義務は規定されておらず,また在日米軍基地が攻撃された場合日本が協力する義務も規定されておりません。もちろん,現行条約の目的と精神からいつて,以上の場合防衛協力の義務が規定されていないからといつてそれぞれが防衛協力を行わないということではありません。ただ条約の規定上はつきりしていなかつたわけであります。なお,日本国内にある米軍基地が攻撃を受けた場合,それは日本自体への攻撃でありますから,わが国としては当然自衛権を行使し得るのであり,また,日本自身としても自衛の措置をとらざるをえないのでありますから,そこに米国との防衛協力が行われるわけであります。
御質問によると新条約においても,在日米軍が極東における国際の平和と安全に寄与するために行動しうることとなるので,米国の日本区域以外の場所における行動によつて,第三国からの在日米軍基地への攻撃を誘致することにより,わが国が自動的に戦争に巻き込まれる惧れがあるというこでありますが,そもそも米国が無責任に軍事行動をとると考える前提に誤りがあると思います。国連憲章の下においていかなる国も,国連の行動に参加する場合又は自衛権の行使の場合以外軍事行動はとれないのであります。したがつて,日米間の条約に極東の平和及び安全という字句を入れると,米国はその名の下に勝手な行動をとると考えるのは間違いでありますし,また新条約においては,日米両国が国連憲章の原則に従い国際紛争を平和的に解決すること及び国連の目的に違背するような武力の行使又は武力による威嚇を行わないことが明記されますので,そのようなことはあり得ないのであります。
在日米軍の「極東における国際の平和と安全に寄与」する役割を拒否したらどうかとの説もありますが,日本の周辺で違法な武力行使が行われた場合,これに対して有効適切な対抗措置をとれないようにするならば,却つて日本自体の安全を危険に陥入{前1文字ママとルビ}れると考えます。しかし,この場合において,米軍が日本の作戦基地として使用しようとする場合,日本自体の安全との関連等からこれを認めるべきか否かは,その時の情勢に応じて協議して決定することとなるわけであります。
(3)わが憲法第九条は国の固有の権利たる自衛権まで否定しておるものではありません。国連憲章では,自衛権を個別的及び集団的自衛の権利として規定し,国連加盟国が侵略に対抗するために武力を行使することを認めております。日本国憲法の解釈上は,日本は他の国が武力攻撃をうけているだけで,日本自身が攻撃されていない場合,他国と協力して自衛権を行使することはできないということになつております。日本には集団的自衛権の行使が認められないというのは,このような意味においてであります。新条約においても,米国が武力攻撃に対抗して自衛措置をとる場合でも,日本が攻撃されないかぎり,日本は米国と協力して自衛行動をとる義務を負わないのですから,憲法に違反するものではありません。御質問書では,日本以外の地域で侵略を開始した侵略国が,在日米軍基地の攻撃によつて日本自体にまでその侵略行動を拡大してきた結果,日本がこれに対抗して自衛行動をとる場合も,実質的{前3文字強調}に集団自衛権の発動と異ならないと述べていますが,集団的自衛権なる観念をそのような意味に用いることの当否は別として,日本国憲法は,日本が外部からの攻撃を受けた場合に自衛の手段を講じてはいけないというものでないことは明らかであります。
質問(五)答
(1)わが国の外交政策または安全保障政策を立てる場合,日本自らの国家的利益に基いて決定すべきことはいうまでもありません。この意味において,皆様方が日本の中立化を主張される場合,ソ連や中共が日本の中立化を呼びかけているからといつて,これに動かされて問題を取り上げているのではないといつておられますが,これは当然のことであると思います。
ソ連及び中共が日本の中立化を主張しているのは,それが彼等自身の利益になるからであります。フルシチョフ首相が最近のソ連最高会議で述べたように,東西間にはイデオロギー上の妥協はあり得ないというのが共産主義の基本的立場であり,この立場に立てば,共産世界と自由世界との対立において中立というものはあり得ないので,ただ共産主義の側が中立的立場を認めるとするならば,それは共産主義と対立する側の力を弱める限りにおいて便宜的手段としてであります。さきのハンガリー事件や,ユーゴー非難にみられたごとく,共産主義の側において中立が認められないのは,共産主義の基本的立場に背馳するからであり,自由世界との対立において共産主義の立場を弱めるからであります。その反面,日本に対して現在中立化をよびかけているのはそれによつて世界における共産主義勢力の発展にとり有利な条件を提供するからであり,究局{前1文字ママとルビ}的には共産主義の側に引摺り込むことを期待しているからであります。
私は,安保問題研究会の方々が共産主義の立場からする中立論に同調されているとは考えておりませんし,また皆様方が中立論を主張される場合,私が述べましたような共産主義の側からの中立論の実体を充分理解されての上であると信じます。
(2)軍事科学が発達した今日,米ソにしても,軍事力のみをもつてその安全を保障し得なくなつていることは,東西双方とも認めているところであり,それ故に軍縮問題が平和と安全を確保するための重要な措置の一つとして取り上げられていることからも明らかであります。しかしながら,われわれの理想とする完全軍縮の道には,いまだ幾多の困難があり,またこれと並行して行わるべき国際平和維持機構の確立も,今後多くの年月を要すると判断されるとき,共産側においても,自由世界の側においても,それぞれ安全保障措置を放棄し得ないでいることは現実の事実であります。わが国として他国に率先して一切の自衛力をもたず,かつ如何なる安全保障措置もとらず世界に範を示すべきであると主張することは,道徳的立場として可能でありましよう。しかしながら,今日話し合いによつて平和への道を探求しようとの努力がようやく始まつたとはいえ,現実に東西の対立がなお存在し,しかも如何なる国も不法な武力の行使や武力による脅威によつて,その安全と平和をあやうくされることがないという保障が現実にない段階において,わが国が政策としてこれを採用することはできないと思います。
(3)一国がいかなる国際的立場をとるかは,その国の国民自らが決定すべきことであります。その国民の支持する政治的信条やこれに基く社会的政治的体制に応じ,またその国の置かれている国際的環境に応じて中立的立場をとる国もあります。しかし,私は,自由民主主義を信奉する日本として,その置かれている国際環境と既に御説明したような国際情勢の推移を考慮するとき,わが国が自由世界の一員として,外交上又は安全保障上他の自由諸国と協力してゆくことが,わが国の国民的利益を確保し発展させる最善の道であると信じておりますし,また日本国民の大多数の良識は,わが国と自由諸国とのこのような協力関係の維持発展を支持していると考えます。しかし,このことは,わが国と共産諸国との国際関係改善の道を閉すものと考えません。われわれは,共産主義諸国との関係において,それぞれの主義及び体制を堅持しつつ,平和のうちに共に生きる途がありその具体的方途の探求に努力しようということが,過般の米ソ首脳会談の精神であると考えております。
(4)日米安全保障条約の存在とこれが改正が,極東における国際緊張を激化するものでないことは既に申し上げた通りであります。私は,日米安保条約が締結される以前に中ソ軍事同盟条約が存在した事実を指摘したいと思います。これらの安全保障体制は,戦後東西対立下のいわゆる冷戦の結果であつてその原因ではありません。極東における国際緊張の緩和は,東西対立下のの諸問題の解決や軍縮達成への努力を通じて行われるべきであり,これらの問題が逐次解決されることにより国際緊張が緩和され,これと並行して平和と安全を確保するための国際平和維持機関が強化されて始めて,現在とつている安全保障体制が再検討されるべきであると思います。
話し合いによる平和の達成への努力が漸く始められたのは,勿論平和を求める世界の与論の声を反映したものであるにしても国際政治上の観点から申すならば,東西間の政治的軍事的対立が双方にとつて動きのとれない行詰りに逢着したからであり,これをそのまま放置すれば,一つの錯誤から全世界を陥し入{前1文字ママとルビ}れる危険を現実に感知したからであります。その結果話し合いが今後継続されるにしても,自由世界と共産世界との対立が根本的につづく限り,双方とも自己の基本的立場とこれを守る体制を保持しつつ他の側に一方的に有利な条件をつくり出さぬように留意して,話し合いを行うのでありましよう。つまり政治的にも軍事的にも双方のバランスをとりつつ,妥協の道を求めるでありましよう。このようなプロセスを考えるとき,世界の平和及び安全の維持のため有効な措置が現実にとられたと認めることのできるまでは,独りで先走つてわが国が日米安保条約を解消し,中立化することは,わが国自体の利益にもなりませんし,さらに自由世界の体制を弱めることになり,却つて世界政治に局部的にせよ不安定要素をつくりだすこととなりましよう。
(5)皆様方は,日本が自ら中立化への努力をすることこそ,ソ連及び中共にわが国の平和意図を示す所以であると主張されます。ソ連や中共もその平和的意図を他の国に認めてもらうために,中ソ軍事同盟条約等彼らの安全保障体制を解消し,両国とも中立化に努力するといつているでしようか。過般のワシントン会談の結果フルシチョフ首相は,アイゼンハウアー大統領の平和への意図を高く評価しております。しかし,その会談においてフルシチョフ首相は,アイゼンハウアー大統領に対して,NATO条約や日米安全保障条約を破棄しなければ,米国の平和意図を認めないと主張したでしようか。
第二次世界大戦の惨害と苦痛を体験したわが国民のすべてが戦争に反対し平和を求めていること,わが国の外交政策の基本も平和外交にあることを再言する必要はないと思います。私はこの平和外交とわが国がその平和と安全を守るため自衛的体制をとつていることが矛盾していると考えません。私は米国との安全保障体制を維持しながらも,共産諸国のみならず,世界の国々との友好関係を増進することが可能であると考え,これに努力するものであることを申し上げたいと思います。
質問(六)答
(1)異なつた主義信条に基く二つの体制が対立する今日の世界情勢において,世界の平和と安定を維持するためには,それぞれの体制に属する国が相互の立場を理解しかつ尊重した上で,国際問題の話し合いによる平和的解決に努めなくてはなりません。この原則が,米ソ両首脳の会談によつて認められたことは,国際緊張緩和への正しい道を開いたものであり,今後東西間の話し合いを通じ,この原則が具体的行動として現われることを希望していることを,私はすでに申し上げました。わが国が自由世界に属し,その立場から米国と政治経済上又は安全保障上協力関係を結んでいることは,この原則と矛盾するものではありません。私は,わが国のこのような立場を維持し,また固めつつ,共産諸国とも平和的関係を増進し得るのであり,このような基礎において共産諸国との間に安定し且つ合理的な関係を樹立することが可能であると考えるものであります。
(2)わが国が米国と安全保障条約を結んでいることが,共産諸国との関係を阻害するとの考え方につきましては,サンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約に反対し,サンフランシスコ平和条約に参加しなかつたソ連とも,またその他の共産諸国ポーランド,ハンガリー,ルーマニヤ,ブルガリヤ等とも正常な国交関係を回復し得た事実を想起していただきたいと思います。今回交渉中の安保改正は,すでに御説明したように,現存する日米安保条約の防衛的性格を変更しようとするものでなく,これによつて何人にも脅威を与えるものではありません。もちろん私としても,ソ連や中共が安保改定に反対していることはよく承知しています。同時に私は,ソ連や中共の反対の狙いは,安保改正を繞りわが国において共産側の呼びかけに同調する勢力が存在するのを利用して,できれば,この改正の阻止を通じて安保条約解消の方向に向かわせ,日本を中立化しようとすることにあること,そして日本の中立化が,東西対立下において中ソの立場を有利にすることであることを指摘したいと思います。共産主義国の現実外交からして,安保改正問題を繞り日本をゆさぶる可能性があると認めている間は,色々な形で働きかけをしましょう。しかし,一度わが国の国際的立場がゆるぎなく確定され,このような働きかけが無駄であると認めたときは,その態度を変更するでありましょう。
(3)私は,今回の国連総会の一般演説の中で,国際関係において,各国は他国の政治的立場を互いに尊重すること,及び自国の利益または勢力を伸張する目的をもつて,他国に対し直接間接に圧力を加え,干渉するような行為を慎しむことの必要を強調しました。私はソ連及び中共が,わが国との関係においてこのような原則の下に行動することを希望しますし,また米ソ両首脳会談の原則が世界のあらゆる地域に適用され,またそれが行動によつて示されることを期待しております。そして私は,わが国とソ連及び中共との関係は,このような基礎の上に立つてこそ,本当に改善されることができると信じます。
このような基本的立場に立つて,私は中共との関係の改善に努力したいと考えております。御指摘の中共との国交回復の問題は,わが国と国民政府との関係等諸般の条件を考慮せねばなりません。しかしながら,国交のあるなしにかかわらず日本と中共の間においてなし得べき他の分野があるのでありまして,私としては忍耐づよくその打開の機会を検討して参りたいと思うものであります。
質問(七)答
(1)現行の日米安全保障条約は,独立後わが国の平和と安全に寄与してきたのでありますが,現行条約はその締結以来,その不平等性とか自主性の欠如とか,色々批判されてまいりました。例えば,現行条約は,米国に日本に駐留する権利を認めているが,これに対し米国の日本防衛義務が明文化されていないから不平等であると批判されました。又現行条約の規定では,在日米軍は日本の意思如何にかかわりなく,日本を基地として日本以外の地域に作戦行動を自由にとれることとなつていること,また条約上は在日米軍は核兵器も含めていかなる装備も日本と相談なしに持ち込めるようになつていること,こういう点で日本の自主性が現行条約においては認められていないと非難されたわけであります。
(2)今回の改正交渉を通じて,新条約においては,米国の日本防衛義務は明記されることとなる外,在日米軍の対外作戦行動や核兵器の持込は,日米両国の協議事項となるのであります。すなわち,以上のような場合,米国は日本と事前に協議しなければならない。協議するということは日本の同意を求めるのであります。この場合わが国として自主的に同意するか否かを決定しうるわけで,この意味においてわが国は拒否する権利を当然もつているのであります。日本が拒否した場合,米国がわが国の意思を無視して行動することはあり得ません。いかなる条約や協定にせよ,その根底に締約国の相互信頼と信義とが存在することが前提であります。私は,米国が信義を守る国であり,日米両国間には強固な相互信頼が厳存していることを信ずるものであります。
(3)在日米軍の日本域外での作戦行動及び核兵器持込等を協議事項にすることに対し,皆様方は「一片の空文」にすぎぬと片づけておられますが,私は以上述べましたように「一片の空文」とは考えておりません。現行条約上,これらの問題がわが国の意思にかかわりなく米国の自由に決定せられるようになつておりますが,皆様方はそのままの方がよろしいとお考えでしようか。私はこの点,わが国の意思が加わるように改正することが,わが国の自主性を確保する所以であり,かつわが国民が今まで不安を感じていた点を解消させるものと信じておりますし,そうすることがわが国の自主性をむしろ失わせるものであるとの皆様方の御意見には賛成できません。
質問(八)答
(1)第二次世界大戦の苦痛と惨害とを身をもつて体験し,ことに原爆の洗礼を最初に受けたわが国として,原水爆戦争であろうがなかろうが,いかなる戦争にも反対する固い決意をもつていることはいうまでもないことであります。したがつて,政府が日本自らも核武装せず,また日本への核兵器持込みも認めないとの方針をとつておることは御承知の通りであります。
(2)御質問の中最初の在日米軍による核兵器持込みを協議事項とする場合,この協議の中には当然わが国が拒否する権利をもつていることが含まれておることは既に御説明した通りでありますので,条約にこの点を規定する必要を私は認めておりません。
(3)次に,自衛隊の核武装拒否を新条約において規定しろという御説でありますが,日本自らが核武装しないということは,日本自ら決定していることであり,とくに米国に対して約束する必要はないことであります。恐らく,核武装拒否を条約上規定すべしとの皆様方の御意見は,米国が日本を核武装させるために圧力をかけてくるであろうかという御懸念から,これを阻止するための措置として,このような規定を設けよといわれておることと推察します。しかし,米国としても核武装に反対するわが政府および国民の態度をよく知つておりますので,わが国に対し,いわれるような圧力を加えるようなことは絶対にありませんし,現に今までもそのような事実はございません。かりに百歩譲つて,万一そのような場合があるとしたとき,わが国としてこれを拒否すればいいのであつて,また拒否できるのであります。したがいまして,私といたしましては,お説のような規定は不必要であると考えます。
編注 外相の回答文中の質問文(一)〜(八)は省略