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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 米原潜の寄港に関する日米往復文書

[場所] 
[年月日] 1964年8月24日
[出典] 日本外交主要文書・年表(2),520−24頁.外務省情報文化局「外務省公表集」,昭和39年下半期,42−50頁.
[備考] エードメモワール1964年8月17日、米口上書・政府声明24日、外務省口上書・情報文化局発表28日
[全文]

1.米口上書要旨 8月24日

 米国大使館は,米国の通常の原子力潜水艦の日本への寄港の申し入れについての従来の討議に関し,すべての外国港及び外国領海における米国の原子力軍艦の運航についての米国政府の声明を,送付する。

 さらに,大使館は,外務省に対し,前記の通常の原子力潜水艦は,日本の港及び領海への寄港の場合には,別添の声明に述べられているところに従つて運航されることを保証する。

2.米政府声明

 外国の港における合衆国原子力軍艦の運航に関する合衆国政府の声明

一,合衆国政府は,合衆国原子力軍艦の原子力推進装置について,原子炉の設計上の安全性に関する諸点,乗組員の訓練及び操作手続が,合衆国原子力委員会および原子炉安全審査諮問委員会によつて審査されるものであり,かつ,正式に承認された執務要覧に定義されているとおりのものであることを保証する。合衆国政府は,また,合衆国の港における運航に関連してとられる安全上のすべての予防措置及び手続が,外国の港においても厳格に遵守されることを保証する。

二,外国の港における合衆国原子力軍艦の運航に関しては,

a 周辺の一般的なバックグラウンド放射能に測定し得る程度の増加をもたらすような放出水その他の廃棄物は,軍艦から排出されない。廃棄物の処理基準は,国際放射線防護委員会の勧告に適合している。

b 寄港期間中,原子力軍艦の乗組員は,同軍艦上の放射線管理及び同軍艦の直接の近傍における環境放射能のモニタリングについて責任を負う。もちろん,受入国政府は,寄港する軍艦に放射能汚染をもたらす危険がないことを確認するため,当該軍艦の近傍において,同政府の希望する測定を行なうことができる。

c 受入国政府の当局は,寄港中の軍艦の原子炉に係る事故が発生した場合には,直ちに通報される。

d 合衆国政府は,合衆国原子力軍艦が外国の港において航行不能となつた場合には,その軍艦をサルベージその他の方法により安全な状態とする責任を負う。

e 合衆国政府は,寄港に関連し,受入国政府に対し,原子力軍艦の設計又は運航に関する技術上の情報を提供しない。したがつて,合衆国政府は,原子力軍艦の原子力推進装置又は運航方法に関する技術上の情報を入手する目的で原子力軍艦に乗船することを許可することはできない。

f 合衆国海軍は,通常,受入国政府の当局に対し,少なくとも二四時間前に,その原子力軍艦の到着予定時刻に及びてい泊又は投錨の予定位置につき通報する。

g 合衆国政府は,もちろん,受入国政府の代表者による原子力軍艦への慣行的な儀礼訪問を歓迎する。

h 寄港している原子力軍艦に係る原子力事故から生ずる請求であつて,アメリカ合衆国と日本国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく協定(軍隊の地位に関する協定)の範囲外のものは,国際的な請求を一般に認められた法及び衡平の原則に基づいて解決することについての慣習的な手続に従い外交上の経路を通じて処理される。

3.エードメモワール 8月17日

 過去幾月にわたり,大使館及び外務省の代表者の間で,合衆国の通常の原子力潜水艦の日本国への寄港に関する情報交換が行なわれてきた。原子力潜水艦は,推進系統の相違を除き,現在日本国の港に寄港している合衆国海軍の他の艦船となんら異なるものではなく,したがつて,日米間の安全保障に関する諸取決めに基づく寄港の権利と同一の権利を享有するものである。それゆえ,これらの潜水艦の寄港は,相互協力及び安全保障条約に基づく事前協議の対象とはならないが,合衆国政府は,日本国民の懸念を承知しているので,この権利を行使するに先だつて,日本国政府とこの問題を討議することとした。事前協議にかかる事項については,合衆国政府は,一九六◯年一月十九日付けの日米共同コミュニケに述べられているとおり,日本国政府の意思に反して行動する意図を有しない。

 合衆国は,原子力軍艦に関する情報の提供に関する法令上及び秘密保護上の規約の範囲内において,全面的に協力する見地から,可能なあらゆる努力を払い,かつ,通常の原子力潜水艦の安全性,補償及び関連事項に関する質問に対して以下に述べられているとおりの回答を行なつた。

一,安全性及び運航に関する諸点

 原子力軍艦は,一◯◯回以上にわたり外国の港に寄港したが,いかなる種類の事故も生じたことはなく,また,これらの寄港は,すべて,当該軍艦の安全性についての合衆国の保証のみに基づいて,受入国により認められてきた。通常の原子力潜水艦の安全性を確保するために,それらの建造,維持,運航並びに乗組員の選抜及び訓練にあたつては,広範囲にわたる予防措置が執られている。通常の原子力潜水艦の原子炉は,原子爆弾のような爆発が起らないように建造されている。これらの原子炉に内装されている安全装置は,緊急の際には必らず原子炉を停止するようになつている。通常の原子力潜水艦のすべての乗組員は,高度に専門化された訓練を受けており,かつ,高度の安全基準を厳格に守つて作られた運航手続に厳密に従つてその任務を遂行している。海軍の原子力推進装置の安全運航の歴史は,これらの予防措置が成功であつたことを示している。通常の原子力潜水艦の運航は,それに適用される厳重な安全基準によつて,少なくとも陸上原子炉と同等に信頼することができる安全性を有するものとなつている。

 合衆国原子力潜水艦の運航の歴史を通じ,原子炉装置に損害を生じ,又は周辺の環境に何らかの放射能の危険をもたらした事故はなかつた。

 合衆国の通常の原子力潜水艦の外国の港への寄港については,合衆国の港に寄港する場合に適用される安全基準と同一の安全基準が適用される。この点に関し,日本国政府は通常の原子力潜水艦が寄港する日本国の港の周辺における安全性を考慮するにあたり適切と認めるすべての情報を提供するものと了解する。

 通常の原子力潜水艦は,合衆国公衆衛生局及び原子力委員会の両者により審査された合衆国海軍の放射線管理の手続及び基準に従い,その放射性排出物を安全な濃度水準及び分量に制限しなければならないこととなつている。通常の原子力潜水艦の液体排出物は,日本国の法律及び基準並びに国際基準に完全に適合するものである。多数の通常の原子力潜水艦が常時出入している港において合衆国公衆衛生局係官が行なつた広範囲にわたる調査の結果,通常の原子力潜水艦は海洋生物を含めて周辺の一般的なバックグラウンド放射能に対し,なんらの影響をも与えていないことが判明している。通常の原子力潜水艦が寄港したいずれの港においても,放射能汚染は,発生したことがない。

 使用済み汚染除去剤は,港内又は陸地の近くでは決して放出されることはなく,したがつて,寄港に関連して危惧するにあたらないものであり,また,既知の漁区の近傍ではいかなる所においても放出されることはない。固形廃棄物は,承認された手続に従い,通常の原子力潜水艦によつて合衆国の沿岸の施設又は専用の施設船に運ばれたのち,包装されかつ,合衆国内に埋められる。

 一九五九年一月に艦船局原子力推進部が作成した合衆国原子力軍艦の放射性廃棄物処理に関する報告(写し一部は,日本国政府に提供済みである。)は,通常の原子力潜水艦の廃棄物処理及びこれに関する合衆国海軍の指令についての公式のかつ権威ある資料である。

 合衆国海軍の指令は,前記の報告に述べられた諸原則によりつつも,同報告に掲げる合衆国標準局便覧第五二号ではなくて,国際放射線防護委員会及び合衆国標準局便覧第六九号による新たな一層厳格な勧告を反映したものに改訂されている。

 通常の原子力潜水艦の燃料交換及び動力装置の修理を日本国又はその領海内において行なうことは考えられていない。

 放射能にさらされた物質は,通常,外国の港にある間は,通常の原子力潜水艦から搬出されることはない。例外的な事情の下で,放射能にさらされた物質が搬出される場合においても,それは,危険を生ずることのない方法で,かつ合衆国の港においてとられる手続に従い行なわれる。

 通常の原子力潜水艦は,横須賀及び佐世保に寄港することが予定されている。日本国政府がこれらの港におけるバックグラウンド放射能の検査を行ないたい場合には合衆国の当局は,よろこんで協力する。

 入出港は,原子動力によつて行なわれる。補助動力の使用では,運航上の安全を確保するため十分な操縦性を発揮することができない。原子炉は,通常,てい泊後間もなく停止され,また,通常,出港の数時間前に始動される。

 合衆国軍艦の無害通行権を害することなく,通常の原子力潜水艦は,慣行に従い,通常は,港へ直接進入し又は港から直接出航する場合に限り日本国の領海を通過し,その際は,通常の航路及び航行補助施設を利用することが留意される。港への出入は,通常,日中に行なわれるが,例外的な運航上の必要により夜間に移動しなければならないことがあるかもしれない。通常の原子力潜水艦が港に出入する際に,通常の海上交通を止める必要はない。通常の原子力潜水艦の移動は,他の種類の潜水艦以上に,港の交通に影響を及ぼすものではなく,また,より大型の軍艦よりもその影響は少ない。

 通常の原子力潜水艦の寄港目的は,(a)乗組員の休養及びレクリエーション並びに(b)兵たんの補給及び維持にある。

二,責任及び補償に関する諸点

 事故が発生した場合の補償については,地位協定の規定に従つて措置するものとする。地位協定第十八条第五項(a)の規定に基づいて,一九六一年六月十七日の日本国法律第一四七号は,同法が日本国の自衛隊の船舶に適用される限度において,通常の原子力潜水艦に係る原子力事故で,放射能汚染による疾病を含め負傷又は死亡をもたらしたものについての請求の処理に対しても,ひとしく適用される。同様に,小規模海事損害に関する一九六◯年八月二十二日付けの交換公文及び一九六一年九月五日付けの合同委員会合意も,また,通常の原子力潜水艦に適用される。

 前記の地位協定が適用されない場合には,合衆国原子力軍艦に係る原子力事故から生ずる請求を解決するための合衆国の法律として合衆国公船法,合衆国海事請求解決権限法及び合衆国外国請求法がある。公船法及び海事請求解決権限法においては,海事法上の法的責任を示すことが要求される。この点に関して,公船法の下では,合衆国は,合衆国の軍艦の行為については,私船の所有者がその船舶の行為に対して責任を負う限度において,責任を負うことが留意される。合衆国は対人的訴訟で訴えられることができ,また,合衆国行政府は,その軍艦の行為に対する公船法に基づく訴訟を,前記の制限以外の金額上の制限なしに,解決し又は示談にすることができる。

 海事請求解決権限法は,海事長官に対し,一◯◯万ドルの額を限度として,請求を承認し,かつ,これに対して支払う権限を与えており,一◯◯万ドルをこえる請求については,一件ごとに歳出承認を求めるため,議会に報告されることとなつている。外国請求法の下では,解決は,外国請求委員会により,法的責任の立証を必要とすることなく行なわれうるが,合衆国が当該損害を生ぜしめた旨の立証がなければならない。同法によれば,一・五万ドル以下の額の請求については,三軍の長官が支払うことができる。高額の請求については,必要な歳出承認を求めるため,議会に付託しうることとなつている。

 いかなる場合にも,前記の地位協定が適用されないときは,合衆国政府は,寄港している通常の原子力潜水艦に係る原子力事故から生ずる請求を,外交上の経路を通じて処理する用意があることを保証する。

 昭和三十九年八月十七日

4.外務省口上書要旨 8月28日

 外務省は,米国の通常の原子力潜水艦の日本への寄港に関し,日本の港及び領海における米国の通常の原子力潜水艦の運航に関する昭和三十九年八月二十四日付けの米国大使館の口上書を,米国政府の声明とともに,受領したことを確認する。

 さらに,外務省は,前記の通常の原子力潜水艦の寄港が前記の声明に述べられているところに従つて行なわれることに留意し,かつ,この寄港が日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約に基づくものであることを考慮して,この寄港に異議のない旨をここに確認する。

5.外務省情報文化局発表 8月28日

  米国原子力潜水艦の本邦寄港について

 政府は二十八日,米国の通常の原子力潜水艦がわが国に寄港することは差支えないと決定し,この旨を米国政府に通報した。これについて日米両国政府の間で交換された口上書は別添のとおりである。

 昨年一月,ライシャワー米国大使は,通常の米国原子力潜水艦の本邦寄港について,わが国の意向を打診して来た。それ以来,政府は原子力に対するわが国民の特殊な感情を考慮して,安全性の問題を中心に再三米国政府に照会を行ない,また,原子力委員会の見解も徴したうえ,慎重に検討を行なつて来た。その結果,その安全性について確信を得るに至つたので,寄港に同意することとしたものである。

 これにより日本に寄港することとなつた米国の原子力潜水艦は,いわゆるノーチラス型の通常の原子力潜水艦であつて,ポラリス型の潜水艦ではない。また,この種の原子力潜水艦の寄港は,核兵器の本邦持込みとも全く関係がない。米国政府は今回重ねて,安全保障条約の下における事前協議にかかる事項については日本政府の意向に反して行動することはないと保証している。

 わが国は日米安全保障条約により,日米共同してわが国の安全を守ることを国の基本方針としている。従つて,政府は,このような米国の原子力潜水艦についても,その安全性に確信を得た以上,日本の防衛に従事する米国の他の一般の軍艦と同じように,その寄港を認めることは当然であると信じ,今回の決定を行なつたものである。

 なお,今回の決定に先立ち米国政府は,わが国から種々の照会に対する回答を覚書にとりまとめ,あらかじめ日本政府に通報越している。