データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 共同声明に関する愛知外務大臣説明要旨

[場所] 
[年月日] 1969年11月21日
[出典] 外交青書14号,376−384頁.
[備考] 
[全文]

1.(全般)

 この共同声明は,日米両国共通の関心事に関する佐藤総理とニクソン大統領の会談内容を盛つたものでありますが,なんといつても沖繩の平和的返還という,世界史上稀な出来事についての基本的合意が特筆大書されるべき点であります。しかもこの返還に当り総理も述べたごとく交渉に当つての日本側主張たるいわゆる「72年,核抜き,本土並み」の3つの基本原則をすべて実現することができたことも,沖繩県民をはじめとする日本国民の強い支援と,日米両国間の強い友好信頼関係の賜物であるとともに,わが国外交史上画期的な意義をもつております。今回の交渉を通じて米側は,当然ながら主に沖繩基地の抑止力維持に強い関心を示し,特に核については,ワシントンでの両首脳会談においてはじめて結論がでたことはご承知のとおりであります。日米双方の当事者は両国共通の利害をふまえつつ,それぞれの国益の命ずるところに従い,辛棒強く一つ一つ問題解決の努力を重ね,誠意をもつて交渉してまいりました。その結果,時を同じうして貿易経済面において困難な懸案を抱えつつも,領土問題といういわば国家・民族の存立の基盤にもかかわる超重要事項について,日米双方の満足する成果を挙げることができたのであります。かくて日米両国最高首脳の名において,双方の政策上の見解と方針を記録にとどめたこの共同声明ができ上りました。沖繩返還問題は,これから交渉される返還協定によつて,わが国においては国会の承認を,米国においても議会の支持をえて法的に,かつ,最終的に取決められますが,この共同声明に盛られた事柄は,両国最高首脳の考え方の一致点を示すものとして最も強い政治的,道義的な力を持つものであります。

 全国民の悲願の実現の軌道を敷きえたわが国と,不自然な沖繩の地位とのかかわりを断ちえた米国とは,ともにうるところ多大であり,これにより1970年代に向かつての日米関係は磐石の基礎の上におかれることとなりました。

2.(世界・アジアの平和と繁栄−第1,2項)

 第1項と第2項は,共同声明全体の基調を示したもので,総理と大統領は,自由世界第1および第2の経済的実力を持つ国同志にふさわしく,スケール大きく,かつ,70年代への長期展望に立つた話し合いにより,緊密な日米関係を出発点として,特に国際緩張の緩和,世界およびアジアの経済発展,民生安定への貢献を通じ,平和と繁栄に向かつて協力することを明らかにしたものであります。

3.(極東情勢についての意見交換−第3項)

 この項は安保条約でいうところの極東の安全,換言すれば戦争防止が,効果的な抑止力としての米軍の極東における存在によつて支えられているという現実に対する両首脳の考えを明らかにしたものであります。すなわち,総理は大統領が強調した極東の安全保障に対する米政府の基本的姿勢を支持しつつ,抑止力としての米軍の極東における存在を積極的に評価し,また効果的な抑止力の維持の必要という一般的見地から,米国が既存の防衛条約上の義務を,必ず守るという決意をいつでも実証しうるような態勢にあることが望ましいとの考え方を示したのであります。以上はいずれも米軍の極東における存在一般の評価を述べたもので,米軍の具体的な配備ぶりとか装備ぶりについて論じたものでないことはいうまでもありません。また共同声明のあとの部分に出てくる沖繩返還の態様,あるいは事前協議制の運用の問題と直接関係がないことも同様であります。

4.(地域別の情勢の検討−第4項)

 第4項は第3項を敷衍して,現に軍事的緊張または紛争が存する朝鮮,台湾およびインドシナ半島の各地域の情勢に関する両首脳の見解を記したものであります。韓国および台湾についての総理の見解は,現在の極東情勢の下において,わが国が韓国および台湾の安全を,日本の安全確保との関連で,一般的にどのように認識しているかを明らかにしたものであります。総理がすでに記者会見で述べたとおり,特に韓国に対する武力攻撃が万一発生すれば,これは当然わが国の安全に重大な影響を及ぼすものであります。従つて万一かかる事態が起つた際,これに対処するため,仮に米国より安保条約上の事前協議が行なわれれば,政府はこの一般的認識を判断の重要な要因として,その態度を決定することは,もとより国益上当然のことと考えられます。また,台湾地域に対する武力攻撃発生という事態は,幸いにして現在予見されませんものの,これもわが国の安全にとつて大変重要な要素であり,わが国はこのことを十分認識しておく必要がありましよう。もとより国際緊張の緩和は日米両国の大きな目的であり,共同声明にも両首脳が中共がより協調的・建設的な対外態度をとることを期待する点で一致していることを記していることにご留意願います。

 ここで1つ特に強調しておきたいことは,事前協議において政府がとるべき態度の決定は,あくまでわが国益,すなわち,日本の安全にとつて必要か否かの判断に立つて行なわれることで,米国が他国と防衛条約を結んでいるがゆえに当然に行なわれるものではない,ということです。共同声明の表現もまさにかかる見地に立つているものであります。

 次に,アジアにおける現下の最大の問題の1つとして両首脳が取り上げたヴィエトナム問題については,両首脳とも,沖繩返還までに戦争が終結していることを強く希望し,総理としてもインドシナの安定と復興に果しうべき日本の役割りの探求に言及しています。日本政府としては,米国が和平実現のため真剣な努力を払つている以上,北越側にこれに応ずる誠意がある限り,返還時になつても平和が実現していないという事態は,実際問題としてまず起りえないものと考えます。しかしながら,現在和平交渉中の米国としては,特定の時点までに戦争を必ず終結させると一方的にコミットしうる立場になく,可能性の問題としては,平和が実現していない事態が排除しえない事情も当然理解されます。よつて,万々一このような事態となつた場合,具体的にいかなる選択がありうるかは,その段階で両国政府が諸般の情勢を十分考慮に入れつつ協議して判断すればよい,というのが本項のこのくだりの意味であります。南ヴィエトナム人民の民族自決の権力が確保されるような公正な和平の達成を期するという米国の基本政策は,わが国も従来から支持してきたところであります。このための米国の努力に対し沖繩返還が具体的にいかなる影響を及ぼしうるか,影響ある場合にいかなる幾多の選択がありうるかは,現在の時点では判定しうるわけには行かないので,これを将来の万一の場合の協議にゆだねたのでありまして,ここにいう協議とは,安保条約に基づく「事前協議」ではありません。

 以上の各地域についての意見交換を通じて,いうまでもないことながら,日本側としてはいわゆる事前協議に関する「許諾の予約」を如何なる意味でも全く行なっていないという当然のことを,念のためつけ加えさせていただきます。

5.(安保条約堅持の意図表明−第5項)

 この項で両首脳は,わが国はじめ極東の平和と安全の維持に大きく貢献している安保条約の堅持を,相互に表明し合つたのであります。これはもとより両国それぞれの条約の廃棄権を制限して条約の有効期間を固定するがごとき法的合意でないことは多言を要しません。また両国政府が今後とも通常の外交経路や安全保障協議委員会等を通じて従来から行なつてきた意思の疎通のための,緊密な相互の接触を続けて行くことに一致しましたが,これは今までと同様,流動的な国際情勢の下にわが国の安全の権保に万全を期するためであります。

6.(沖繩返還の時期−第6項)

 この共同声明の1つの大きな柱ともいうべきこの項では,両首脳は,両国政府が沖繩の返還を1972年中に実現するため返還協定締結交渉を直ちに開始することに合意した旨明らかにされています。

 なお,協定案ができた上は,米側は,その締結に当つて,議会の何らかの支持をうる必要があるので,共同声明において,その点に言及しておりますがわが国においては国会の承認を必要とすることは申すまでもありません。なお総理が述べたように,いわゆる復帰ショックをなくして,沖繩県民の皆様に安心して日本に帰つて頂くことを考えれば,この程度の準備期間は必要であり,この点を考慮すれば,72年中の返還は,実質的には「即時返還」と同じであります。

 なお本項での文言は,お気付のことと思いますが,昭和42年の佐藤・ジョンソン共同声明のうちの小笠原返還に関する合意の部分と全く同じ表現が使われていることにご留意願います。

 同じく当然なことは,返還後わが国の領域に戻つた沖繩の局地防衛責任が日本に帰することで,政府は最善のペースで徐々にこれを実現して行く考えであります。現在のような極東情勢の下において,沖繩における米軍基地が重要な役割りを果していることは申すまでもなく,今後とも引き続きその機能を有効に発揮することはわが国の安全にとつて極めて必要であります。しかして,これらの基地は復帰後は,本土と同様に,すべて安保条約に基づく施設区域として地位協定に従い日米間の合意によつて使用を許されるのであります。従つて既存の米軍基地がそのまま既得権として存続するのではないことは自明の理であります。

7.(沖繩返還の態様−第7項)

 この項と次の第8項は,沖繩の本土並み返還につき両首脳の意見が一致したことを明らかにしたもので共に,共同声明の中核的部分の1つであります。両首脳の話し合いの結果はすべて,共同声明にもられており,秘密の了解というようなものは全然ありません。この項に明らかなように現行安保条約および関連取決めはそのままなんの特別取決めなしに沖繩に適用されるという,わが国の基本的立場を米国が受入れたことがはつきりしました。かくして返還後の沖繩に事前協議制が全面的に適用されますので,いわゆる「自由使用」「自由発進」などは全くなくなります。ここにいう「関連取決め」とは安保条約とともに国会の承認をえている条約第6条の実施に関する交換公文,すなわち事前協議の取決めとか,吉田・アチソン交換公文等に関する交換公文,相互防衛援助協定に関する交換公文および地位協定をさすのであります。これに関連して,総理は極東諸国の安全は日本の重大な関心事であるとの日本政府の認識を明らかにした上,かかる認識に照らせば,本土並みの態様による沖繩の返還は,米国が極東諸国の防衛のために負つている国際義務の効果的遂行の妨げとなるようなものではない旨の見解を表明し,大統領が同意見の旨述べております。このことは当然ながら個々の具体的事態につき事前協議の際の許諾をあらかじめ予約したり保証したことではございません。

 なお,地位協定の適用により,沖繩の米軍は本土と全く同様の立場におかれることになります。従つて沖繩の基地問題およびいわゆる「人権問題」はじめて本土と同じ立場に立つて処理されることとなり,沖繩県民の権利が十二分に守られることとなります。また,基地の整理統合についても,地位協定により本土同様に合理的に対処せられることとなります。

 以上を通じて,沖繩の返還は本土並みであり,沖繩が本土と差別されないことが明らかであります。

8.(核問題−第8項)

 この項も共同声明の柱の1つであつて,総理がわが国の非核3原則に基づく政策を詳しく述べ,これに対し大統領は深い理解を示し,この日本政府の政策に反しないように沖繩の返還を実施する旨を確約しております。すなわち,沖繩の核抜き返還が明らかにされたものであります。すなわち,米国政府の最高責任者である大統領の「確約」であるからには,返還時における核兵器の撤去についてこれ以上の明確な保証はないのであります。従つて返還後の沖繩にひそかに核兵器を存置しておくというような,いわゆる「核隠し」などは到底問題となりえないことは,わたくしから事新しく申上げるまでもありません。なお,事前協議制度のもとでは,核兵器の日本(本土および返還後の沖繩)への導入は法的に禁止されるということではなく,ただ日本政府は現在その政策たる非核3原則により,これを断るという方針をとつています。従つて事前協議の対象となるべき性質の問題であることは変らず,米国政府の立場としてこれを確認したのが,「事前協議制度に関する米国政府の立場を害することなく」との表現であつて,これによつてわが方が「有事持込み」を認めるという保証を与えたものではありません。

9.(財政経済問題−第9項)

 この項は,沖繩の返還に伴い現地米国資産の対日移転,通貨の交換,現地米国企業の事業活動の取扱等に関するものであります。その詳細はまだ明らかではありませんが,返還協定交渉の一環として日米間で具体的に話し合われることとなる旨を述べています。なお,わたくしとしては,現在沖繩で正当に従事している米国の企業等についても,復帰に際し衡平に取扱うことが必要であると考えており,そのような考え方は米国にも十分伝えてあります。

10.(復帰準備−第10項)

 戦後4半世紀にわたつて法律,政治,経済,社会等あらゆる分野で日本本土と異なつた諸制度のもとにおかれてきた沖繩の復帰に当つて,県民の生活に無用の摩擦と混乱を起さないことは最も大切であります。このためすでに政府は格差是正を含む一体化政策によつて多くの措置をとつてきましたが,いよいよ復帰が実現するこの段階においては,いつそう周到,かつ,十分にその準備を進め,万全を期するとともに,沖繩県民の民生福祉のいつそうの増進につとむべきであることは当然であります。他方,復帰実現の日までは米国は依然として沖繩の施政の責任を負つているのであります。このため両首脳は復帰準備に当つて,日米両国が緊密に協議し協力することに一致し,東京の既存の日米協議委員会がその全般的責任を負うとともに,現地において新に準備委員会を設置することに意見が一致しました。この委員会は従来の日米琉諮問委員会と異なり,日米両政府の現地での最高級代表者たる大使級の代表および高等弁務官をもつて構成され,かつ,全く対等に協議,調整することとなりますが,沖繩県民の意思が十分に反映されるため,琉球政府行政主席が顧問として参加する道が開けております。政府はこの委員会がなるべく早く発足して活動できるよう,その権限等の具体的事項を含め,必要な国内および外交上の手続をとるつもりであります。準備作業は沖繩県の再建,その他中央,地方行政の整備,基地問題,いわゆる人権問題等の解決を可能にする地位協定の適用,法律・経済・財政その他あらゆる制度の本土との整一化等々万般にわたつての準備を含みます。政府は,この間施政権者たる米国と十分に意思を疎通しつつ,政府の現地の出先が琉球政府,その他沖繩県民側と協力して,総理のいう「豊かな沖繩県造り」の基礎として行けるようにする所存であります。

 なお国政参加については,すでに昨年日米間で原則的合意に達しており,この共同声明に特に言及されておりませんが,復帰までの大事な時期に当つて,1日も早く実現されるべきことはいうまでもなく,わたくしとしても,このため国内措置が速かにとられることを希望しております。

11.(沖繩返還の意義−第11項)

 第11項は,沖繩返還の意義をうたつたものでありまして,特に説明を要しないと思います。

12.(経済−第12項)

この項では,日米間の大きな問題となつている貿易および資本の自由化についての両首脳の考え方が記されています。この点を少しく補足して申し上げますとつぎのようになります。

 まず,日米貿易は,昨年は海洋をはさんだ二国貿易としては史上最大の70億ドルに達し,資本と技術の交流も増大しておりますが,このような日米経済関係の成長と緊密化が前提となつております。

 また,米国と日本は国民総生産において自由世界の1位と2位を占めていることに象徴されますように,両国は世界経済において重要な地位を占めており,このことから国際貿易通貨体制の強化に関する双方の責任が確認されたわけであります。

 これに関連して米国のインフレ抑制の決意が再確認されました。また米国の自由貿易堅持の姿勢が再確認されたことは喜ばしいことであります。すなわち,戦後の自由,かつ,開放された国際経済体制を創設し,この体制を維持,強化して行く上で常に原動力となつてきた米国が自由貿易政策を今後とも維持することを明らかにしたことは,世界経済の発展にとつても,わが国経済の拡大にとつてもきわめて重要なことであります。

 わが国は従来から貿易および資本の自由化を推進してきておりますが,国際社会の一員としての責任を果すとの観点からも,今後ともこの努力を続けて行くとの決意を表明いたしました。貿易の自由化については,去る10月の関係閣僚協議会の決定を再確認し,さらに,貿易の自由化を促進するとの見地から,今後とも自由化計画の検討を続けてゆく旨明らかにしました。

 以上のことは,日本政府が従来とつてきた政策の基本方針にそうものでありまして,沖繩返還と経済問題とを取引したということでないことは言うまでもありません。

13.(援助問題−第13項)

 この項で,両首脳は,発展途上国の経済開発は,先進国と発展途上国との共同の努力により進められるべきものであつて,いわゆる南北問題の解決なしには国際平和と安定はありえない,日米両国ともこういう共通の認識に立つて,開発援助に取り組もうということで,まず意見が一致しました。

 さらにアジアに対して,わが国経済の成長に応じ,経済援助の量を拡大し,その内容を改善して行く意向であることは政府としてすでに繰返し述べているところでありますが,総理はこのようなわが国の意向を大統領に対してあらためて表明したわけであります。

 他方,大統領は,米国としてもこれまでアジアに対して積極的に援助を行なつてきたが,今後もこれを続けて行く考えであることを確認し,今後とも両国がアジアの経済開発をできるだけ助けて行くことになりました。

 特に,ヴィエトナム戦争後においてヴィエトナムその他の東南アジアの地域の復興開発をはかることが極めて必要であることを認め,日本としても,これに対しての協力を惜しまないことを明らかにしました。

14.(宇宙協力−第14項)

 総理は目下行なわれているアポロ12号の壮挙につきお祝いと成功への期待を述べるとともに,科学の新しい分野であると同時に国際協力の重要な新分野となりつつある平和目的のための宇宙開発について,国際協力の推進は世界平和の推進につながるものであるとの共通の認識に基づき,大統領と意見の一致をみたのであります。

 日米宇宙協力協定は,直接的にはわが国の宇宙開発計画の実施を容易にすることを目的にしますが,これにとどまらず,このような積極的な面における日米間の協力が行なわれることにより,日米友好関係をいつそう増進することに意義があります。

15.(軍縮−第15項)

 「軍備管理」とは,軍備の質,量,開発,展開,使用などを含む軍備政策になんらかの規制を行なうことであり,核実験の停止とか核兵器の海底設置禁止がこの中に入り,「軍拡競争の抑制」とは軍拡のスピードを相互に落とそうというもので,米ソのヘルシンキ交渉はこれに入ります。わが国としても,この交渉の成功を強く望んでいますが,単なる軍備制限では満足できず,全面完全軍縮を目標として,効果的な軍縮措置(たとえば化学細菌兵器の禁止,核兵器の制限)を進めることに強い関心を持つている旨総理が述べたのであります。