[文書名] 第2回佐藤総理大臣・ニクソン米大統領会談(要旨)
佐藤総理・ニクソン大統領会談
(第2回 11月20日午前)
昭和44.11.27
アメリカ局
本件会談は20日午前10時20分より同12時27分まで、ホワイト・ハウスにおいて行なわれたところ、上記会談要旨次のとおり。(通訳赤谷審議官)
別室にて待機した者次のとおり。
日本側 愛知外務大臣、木村官房副長官、下田駐米大使、森外務審議官、東郷アメリカ局長、中島条約課長、楠田、小杉両総理秘書官、渡辺書記官
米側 ロジャーズ国務長官、ジョンソン国務次官、マイヤー駐日大使、グリーン国務次官補、スナイダー公使、フィン日本部長
大統領: 本日は経済問題について話し合いたい。貴総理が沖縄問題について非常に困難な問題をかかえられていると同様に、自分としても政治問題としての繊維の問題についてまず申しあげたい。この問題は米国においてコントロヴァーシャルな問題であり、日本においてもそうであることを自分もよく承知している。この問題によつて日米双方が抜きさしならぬ対立関係に落ち入ることは絶対に回避したい(do not allow this problem to develop an impasse)。具体的に云うとご承知のとおり、米議会には繊維品の輸入枠設定の法案が提出されているが、若しこれが実現すると日米関係のみならず、米国とその他の諸国との関係にも悪影響を与えることとなる。米国政治において良く云われる言葉に「You cannot beat anything for nothing.」というのがあるが、繊維問題については、自分はさきの大統領選挙において work out a system of voluntary quota system と公約したことでもあり、繊維問題について政治問題的な責任を負わせられている次第である。日本に対し困難な問題を提起していることも自分はよく承知している。繊維問題と沖縄問題とが結びつくという印象を与えたくないとの貴総理の立場についても承知している。この問題については以上のような事情にも鑑み今ではなく、適当な時期にGATT等の場において comprehensive な合意に到達したい。今これを公表すると日本で誤解される可能性もあるので、これを公表する考えはない(no intention to have any disclosure of this discussion at this point, because it would be misunderstood in Japan)。したがつて、共同声明には本問題を含めることなく、貿易と資本の自由化等についての一般的な表現で十分であると考える。この点に関し、貴総理の感触如何。
総理: GATTの場で処理することは原則的には差し支えないが、これまでの国内の情況を説明すれば、繊維についての国会の決議があり、自分はこれに拘束されている。GATTの場で繊維の話を始めても、みとおしがはつきりしない以上実り多き結果は期待できない。政府としては見とおしがはつきりしていれば業界を指導することが出来る。日本の業界はこれまでは2国間であれ多数国間であれ交渉に反対してきている。今後の方針としてはまずジュネーヴでの2国間の予備的話し合いをして見とおしをつかんだ上で業界を指導する考えである。
大統領: 貴総理のおつしやる通りである。繊維問題が最終的にGATTでとりあげられるとしても、日米が対立しているとの印象を与えることは良くない。日米が共通の立場(common position)にたつて対処することが肝要である。
総理: 日米間である程度話し合いの下準備を念入りにやつておいて軌道にのせておくことが肝要である。繊維問題については韓国、台湾との関係もデリケートである。
大統領: かなり重要な問題として貿易制限の問題がある。米国の業界では、日本への輸出を増大したいとの考えが強まつており、日本が有利な国際収支を有しているにもかかわらず、制限がまだかなり大きく、この制限を緩和せよとの声が大きいのである。米国としては、具体的な要求を主張する訳ではないが、自由化問題はホット・イシューであるから日本政府においても今ひとつ積極的な姿勢を見せてくれることが望ましい。
総理: その問題については、日本政府も真剣に検討している。
また繊維の問題にもどるが、クォータ制を設けることは自由化とは反対の方向である。予備交渉が漸くジュネーヴで始まつたが、これを一層継続してゆくために政府は詳細な訓令をジュネーヴの日本代表に発出している。繊維問題は大きな政治問題に発展しそうなので、慎重に扱わなければならない。
大統領: 貴総理と自分とがお互いに考えをよく理解し合つていることが重要なことである。
総理: 勿論公的には日米友好関係維持の観点から最も密接な関係をもたなければならないが、個人的にも貴大統領とは何でも言える関係をもつことが望ましいと思う。自分も何でも言う。貴大統領も言いたいことを言つて欲しい。これが重要な factor である。
{約120字黒塗り}
大統領: 天皇陛下には53年にお目にかかつた。有難いお言葉を賜わり光栄である。天皇陛下にくれぐれも宜しく御伝声ねがいたい。
総理: 繊維問題については両国間のコミュニケーションを密接に保つことが重要である。今後一層連絡を密にしたい。
大統領: 米側においては、国務省、商務省に関係するので、この間の調整をホワイトハウスが行なう。調整役はキッシンジャーがこれに当たる。
総理: ワシントンにおいて日本側と連絡する必要があれば最も信頼の出来る下田大使に連絡してほしい。
大統領: 是非そうしたい。
総理: さき程の貿易・資本の自由化についての話を続けたい。
大統領: 先程述べたようにこの問題について日本側が積極的な姿勢を示すことが望まれ、ナショナル・プレス・クラブの演説において自由化についての積極的な意図を表明してもらえれば良いのである。
自由化はこれから10年、20年先を考えると日米双方にとつて良いことなのである。日米両国に保護主義的な主張をする者がいる。貴総理が自由化への意図を明らかにすることにより、米国内の保護主義の主張を封ずることが出来るので、この点是非お願いしたい。米国業界も日本の自由化の動向については大きな関心を寄せている。自分は日本が米国の貿易の最大の customer であると言うことをよく知つている。生産力の高い国同士の貿易は増大するものなのであり、この点で自由化は大切である。
総理 これに関し、日本の実業家の間で産業の国際化ということを唱えている。これはケンドールあたりの考え方を受けたものと思う。
ワシントンの後ニューヨークへ赴きロッタフェラー氏の招請により米国企業界の一流の人士と会うことになつているが、その際にこの問題が出されるものと思う。
大統領 彼等はみんな有力な人士であるから、十分意見交換して欲しい。
総理 共同コミュニケについては、科学協力、宇宙協力、軍縮と言つた問題も挿入して然るべしと考える。
大統領 昨日もふれたとおり、新時代における日米友好関係においては、両国はさらに大きな責任を負うことになる。世界の未来図、経済・政治的な institution といつたものを決定するに当つて、日米友好関係は不可欠である。
日本がアジアのみならず世界において大きな役割を果されることを期待したい。昨日も挨拶で述べたとおり、日本国民は常に前進する気持を有している。
ハーマン・カーンの言つている様に、日本国民は住宅等の個人生活の向上と言つた自分の良いことばかり考えていないで、もつと高次元の域に到達することを求めなければいけないのである。
日本はアジアに対する投資を増大することにより経済的繁栄のみならず、安全保障の分野でも(even the matter of security)貢献することが出来る。米国としてはこれを歓迎するし、自分がアジア諸国の指導者から知りえたことは、彼等もこれを歓迎するということであつた。
総理 ハーマン・カーンの意見には、にわかには同意し難く、世界第1位の米国と自由陣営第2位の日本の格差が依然大きいことに留意すべきである。
大統領 米国は、経済協力の分野においても日本の今後果し得る役割に期待をかけている。日本がメコン・デルタの開発によつて、 Viet-nam 戦争後においては両越を含めた経済協力を進めると聞いているが、米国は日本がかかるイニシアティヴをとられることは大変結構であると考えるが、例えばこの目的のために会議を招集するお考えありや。
総理 その問題については検討することとしたい。しかし当面は東南アジア開発閣僚会議、アジア開銀等既存の機構を利用することとしたい。
大統領 日米関係とは直接関係ないが、 a world leader としての貴総理に米ソ間の軍縮交渉について御参考までに説明したい。
正直にいつて就任以来9カ月間、SALTもふくめ中東、ヴィエトナムは進展せず、米ソ間の調整は進展していない。ソ連の主張は公式論でありレトリックはやわらかいが行動の内容はかたく、中東諸国、北越に対する説得についてもソ連は見るべき努力を払つていない。しかし、NPTについては来週月曜日(発表は同日となるのでこの点を含み置き願いたい)に米・ソ共同批准することとなるだろう。
新しいソ連の指導者は古い指導者とは違うが所詮共産主義者であることには変りなく、戦争は欲しなくとも、その他の手段による世界征覇を意図しているのである。米国の利益のみならず、核の枠の下にある友邦諸国のためにも警戒を要する。
総理 日本との関係でも、北方領土問題が残つている。日・ソ間の唯一の進展はシベリア上空通過の航空路開設である。
総理 (会談終了し立ちあがつた後で)繊維規制が鉄鋼規制にまで波及しない様御努力ねがいたい。日本政府も業界指導につとめることとしたい。
大統領 承知しました。
(外部に対する発表振りについて、引き続き経済問題を話し合つたとのみ述べ、内容には言及しないこととされた。)