[文書名] 沖繩訪問に際しての愛知揆一外相講演
祖国復帰と日米共同声明−沖縄の良識に期待する
一,(復帰への歩み)
私は今回が始めて沖繩を訪問したのではなく,以前にも当地を訪れたことはあります。しかし唯今外務大臣として始めて沖繩に参りましたのは,県民の皆様に直接触れて,復帰へ向っての御気持ちや御考えをじかに知りたいと思ったからであります。
顧れば昨年十一月の佐藤総理とニクソン大統領との会談の結果,沖繩県民の皆様をはじめとするわが国全国民の年来の念願でありました沖繩の祖国復帰が,一九七二年中に「核抜き,本土並み」という国民の総意にそった形で実現することになりましたが,当事者の一人としてその歴史的瞬間を親しく体験した私の感激は終生忘れ難いところであります。引き続いての総選挙において日本国民は圧倒的多数で総理以下政府の政策を支持し,この背景のもとに今年に入って国会は沖繩県民永年の宿願たる国政参加法案を可決しました。六月には日米安保条約も自然{前1文字ママとルビ}継続され,共同声明により磐石の基礎におかれた日米関係の進運{前2文字ママとルビ}に一層貢献することになりましたが,沖繩返還の実現の作業もその間着々進みました。すでに御承知のごとく,ここ那覇に復帰準備委員会がおかれて業績を挙げており,東京の沖繩北方対策庁及び沖繩事務局と共に復帰準備の推進に当っております。沖繩返還交渉も私とマイヤー駐日アメリカ大使の総括のもとに,(外交事務レベル及び防衛・大蔵両当局の専門レベルとも)きわめて着実に進んでおります。交渉事項としては,沖繩住民の請求権の取扱い,裁判等に関する諸問題等の取扱い,米国資産の処理,在沖繩米国外資系企業の取扱い等があり,このほか施政返還{前4文字ママとルビ}の日から沖繩に地位協定をそのまま適用するための話し合いも日米間で詰められています。この交渉は戦後二十五年沖繩の施政が本土から分離されていただけに,交渉事項に関連する実態が極めて複雑であります。従って今年から来年にかけて,じっくりと本腰を入れて交渉しなくてはなりませんが,われわれの交渉に臨む基本的態度は,沖繩県民の利益の擁護を最も大きな柱とするわが国益の護持であります。私どもは日夜心血をそそいで一つ一つ問題の解決に当っていますが,私の沖繩訪問を機に,是非県民の皆様の声をじかに伺って,この交渉に資したいと思っています。
二,(歴史的な共同声明)
さて,このような二,三年前ですら到底想像も出来なかった事態の進展をもたらした佐藤・ニクソン共同声明はまさに歴史的文書であります。ここで少しくこの共同声明について,外務大臣としてその交渉の責任の一端を負った私から,ここ沖繩の土を踏みつつ御説明申し上げるのも,県民の皆様の御参考になろうかと存じます。
まず,共同声明は交渉に当っての日本側の主張たる「核抜き,本土並み,七二年」の三つの基本原則をすべて貫いております。
共同声明の柱の一つである第八項では,総理がわが国の非核三原則に基づく政策を詳しく述べ,これに対し大統領は深い理解を示し,この日本政府の政策に反しないように沖繩の返還を実施する旨を確約しております。いいかえれば,沖繩の核抜き返還が明らかにされたものでありまして,米国政府の最高責任者である大統領の「確約」であるからには,返還時における核兵器の撤去についてこれ以上の明確な保証はないのであります。従って返還後の沖繩にひそかに核兵器を存置しておくというような,いわゆる「核隠し」などは到底問題となりえないことは,私から事新しく申上げるまでもありません。なお,事前協議制度のもとでは,核兵器の日本(本土及び返還後の沖繩)への導入は法的に禁止されるということではなく,ただ日本政府は,現在その政策たる非核三原則により,これを断るという方針をとっています。従って事前協議の対象となるべき性質の問題であることは変らず,米国政府の立場としてこれを確認したのが,「事前協議制度に関する米国政府の立場を害することなく」との表現であって,これによってわが方が「有事持込み」を認めるという保証を与えたものではありません。「緊急事態の際日本政府は核兵器の持込みに反対はしないのではないか」と不安がる向には,私はこの点ハッキリとくり返して,そういうことはないと申上げます。この項での「核抜き」の確約は,ニクソン大統領の一大英断であり,米国のステーツマンシップの歴史的な例として今後永く残るものであります。
次に共同声明の第七項は,沖繩の本土並み返還につき両首脳の意見が一致したことを明らかにしたもので,共同声明の中核的部分の一つであります。この項に明らかなように現行安保条約及び関連取決めはそのままなんの特別取決めなしに沖繩に適用されるという,わが国の基本的立場を米国が受入れたのであります。かくして返還後の沖繩に安保条約による事前協議制が全面的に適用されますので,いわゆる「自由使用」「自由発進」などは全くなくなります。これに関連して,総理は極東諸国の安全は日本の重大な関心事であるとの日本政府の認識を明らかにした上,かかる認識に照らせば,本土並みの態様による沖繩の返還は,米国が極東諸国の防衛のために負っている国際義務の効果的遂行の妨げとなるようなものではない旨の見解を表明し,大統領が同意見の旨述べております。このことは当然ながら個々の具体的事態につき事前協議の際の許諾をあらかじめ予約したり保証したことではございません。この点に関連して,共同声明の第四項は,現在の極東情勢の下において,わが国が韓国及び台湾の安全を,日本の安全確保との関連で,一般的にどのように認識しているかを明らかにしたものでありますが,韓国に対する武力攻撃が万一発生すれば,これは当然わが国の安全に重大な影響を及ぼすものであります。従って万一かかる事態が起った際,これに対処するため,仮に米国より安保条約上の事前協議が行なわれれば,政府はこの一般的認識を判断の重要な要因として,その態度を決定することは,もとより国益上当然のことと考えられます。また,台湾地域に対する武力攻撃発生という事態は,幸いにして現在予見されませんものの,これもわが国の安全にとって大変重要な要素であり,わが国はこのことを十分認識しておく必要がありましょう。もとより国際緊張の緩和は日米両国の大きな目的であり,共同声明にも両首脳が中共がより協調的・建設的な対外態度をとることを期待する点で一致していることを記していることに御留意願います。
かかる認識に立ちつつ,事前協議制度の運営に当っては,日本政府は極東の安全に関係する事態を常にわが国自身(復帰後は当然沖繩を含む)の安全との関連において判断し,わが国の安全に直接また極めて密接な関係を有するかどうかを基準にして諾否を決定するわけであります。従って,イエスというもノーというも米国が他国と防衛条約を望んでいるがゆえに当然に行なわれるものではない,ということを申し上げたいと思います。共同声明の表現もまさにかかる見地に立っているものであります。事前協議は,米軍の一方的行動によって日本が戦争にまき込まれることがないためのもので,日本の自主目的判断によって諾否が下されるのです。従って「沖繩の返還と引かえに日本以外の地の安全保障に軍事的に貢献することを約束したのではないか,これで日本は戦争にまき込まれて了うのではないか」と心配される向があれば,これは絶対にあり得ないとはっきり申し上げます。特に自衛隊の海外派兵など戦後二十五年営々と築き上げた民主的な日本の政治体制下では,「軍国主義の復活」同様到底考え得られないことをも申し添えます。いわゆる「安保変質論」も「アジア安保論」も,さきの「核安保論」同様,全く根拠を持たぬことは,ことさら申すまでもないと思います。
なお共同声明第四項でベトナム情勢について,万一沖繩返還予定時になっても平和が実現していないときは両国がそのときの情勢に照らして十分協議すると述べられていますが,これは度々国会等で私からも申上げているように,万々一の場合どのような選択があり得るか両国が一緒になって判断するということで,もとよりここにいう「協議」は安保条約に基づく「事前協議」ではなく,従って「イエスの予約」などではありえません。すでにB52も沖繩から撤去されることとなった現在,この問題についてあれこれと心配気に論ずることは卒直にいって何となくアカデミックな感じがすることは否めません。
さて沖繩県民にもわれわれ本土の者にも最も関心の深い返還の時期については,
共同声明の中でも一きわ大きい柱ともいえる第六項は,両首脳が,両国政府が沖繩の返還を一九七二年中に実現するため返還協定締結交渉を直ちに開始することに合意した旨明らかにしています。この交渉こそ,現在私どもが米側と取組んでいるものであります。この協定案ができた上は,米側は,その締結に当って,議会のなんらかの支持をうる必要があるので,共同声明において,その点に言及しておりますが,わが国においては国会の承認を必要とすることは申すまでもありません。交渉の進展ぶりからみて,一九七二年中なるべく早い復帰を実現したいとのわれわれのスケジュールは十分守られると確信します。
なお,共同声明はいわゆる復帰ショックをなくし円滑な復帰が実現するよう,その第十項で日米協議委員会にその全般的責任を負わせ,あわせて那覇に琉球政府首席を交えた準備委員会を設置して,沖繩県民の声が十分反映するよう規定しています。準備委員会では目下米民政機能の移管についても鋭意検討中であり,近く合意に達するものと期待しています。これらの一連の準備等を考えれば,七二年中の返還は,実質的には「即時返還」と同じであります。
以上核抜き,本土並み,七二年を貫いている共同声明について御説明申上げましたが,実は私は今回国連総会に出席したあとで米国,ラテン・アメリカ,イタリア,フランス等々の首脳をそれぞれの国に訪問し,また不幸亡くなられたアラブ連合の故ナセル大統領の葬儀にも参列して参りました。ワシントンでは旧知のロジャーズ国務長官やジョンソン国務次官と親しく沖繩問題について語り合ってきましたが,共同声明に挙げられた諸点については全く見解が一致しており,なんらの差違もないことをはっきりと再確認しました。このことはいわば当然のことでありまして,さきに米国の上院外交委員会のいわゆるサイミントン小委員会の聴聞会−これにはジョンソン次官が出席しましたが−その議事録が発表された際一部に日米間が意見が合っていないかのごとくに宣伝した向がありました。これは実はその内容を誤解または曲解したものであるとは,出席し発言した御本人のジョンソン次官自ら私に述べましたことを,ついでながらここでふれておきます。
三,(県民に奉仕する「共同声明路線による復帰」)
さて,これからこの共同声明に基づいて進められるいわゆる「共同声明路線による復帰」は,沖繩県民の皆様にいかに奉仕して行くものであるかについて触れてみたいと存じます。第一に米軍基地についてでありますが,現在のような極東情勢の下において,沖繩における米軍基地は本土の基地と同様わが国の安全に重要な役割を果していることは申すまでもなく,今後とも引続きその機能を有効に発揮することはわが国の国益にとって極めて必要であります。しかして,これらの基地は復帰後は,本土と同様に,すべて安保条約に基づく施設区域として地位協定に従い日米間の合意によって使用を許されるのであります。従って既存の米軍基地がそのまま既得権として存続するのではないことは自明の理であります。
特に沖繩県民の民生発展上の見地から問題のあるもの,不急不用のものなどはこれから地位協定適用準備の面で米側ともよく話し合って合理的な整理統合を図って行きたいと思います。米国政府は目下朝鮮戦争以来ベトナム戦争まで続いて来たアジアにおける米国の軍事的役割の大幅な再検討,再編成の時期に入っており,さらに国家的課題たる軍事費の節減の影響により,沖繩を含む海外基地のあり方を真剣に考え直していると聞いております。このような背景に立てば,沖繩の基地がこれまで以上に拡大強化されるとか,日本本土,韓国その他の基地縮少{前1文字ママとルビ}は沖繩の拡充で埋め合わされるという如きことは,一部の誤解ないし曲解による根拠のない杞憂としか考えられません。他方沖繩基地の極東防衛上の重要性は変らないので,急激な規模の縮少{前1文字ママとルビ}はないとみられます。これらの事実をふまえて,今後の沖繩の発展を如何なる方向に求めて行くかを考えて行くのが最も実際的であると申せましょう。かくてこそ沖繩の平和産業発展のための基礎が作られ,政府の援助や企業誘致などの施策と組合わされ,県民や皆様の御努力により,基地に依存しない将来性ある沖繩が築かれて行くものと信じて疑いません。
ここで安保条約,地位協定の本土並み適用によって基地がどう変って行くかみてみたいと思います。一口にいって本土並み適用は基地の望ましくない面,すなわち県民にとって
の不利益ないし害悪を除いて行くのであります。この地位協定は一九六〇年に従前の日米行政協定を改正してできたものですが,世界で最も進んだ協定といわれ,NATOなどヨーロッパの国々と同じように,いわば国際間の標準ルート{前1文字ママとルビ}に則ったものであります。
この地位協定の適用のもとで,軍用地,基地公害,米兵等の犯罪,軍労務者等々あらゆる面で沖繩県民の方々の権利利益の擁護が改善されます。端的にいうと,地位協定もそのもととなった安保条約も,ともに沖繩のごとく巨大な軍事施設を抱えた地域の住民の利益に奉仕すものであります。一部にいう「県民を苦しめるもの」などという批判とは全く逆であります。さきにもいったように,基地の数や面積を合理的に減らすことは,地位協定の手続によってのみ可能であり,いわゆる「基地の密度」の問題の解決は地位協定に負うのであります。軍用地については,復帰後日本政府が地主の方々から賃借して米軍に提供する制度になりますが,日本政府が間に立つのと立たないこととの,地主の方々の利益擁護についての差は,ことさら多言しなくともお分りかと存じます。勿論只今の時点では地主の方々は現在の制度から本土の制度への切換えに当って実際上どういう措置がとられるか,種々不安もあることかと思います。この点問題の重要性にかんがみ,本土政府は目下慎重に検討中でありますが,ただ一つはっきり私から申し上げられるのは,政府の基本方針は,地主側の立場に十分配慮しつつ親身になって考えて行く,ということであります。すでに政府の調査・検討も開始されており,地主の方々に後安心願えるよう努力している次第であります。
次に爆音とか油もれのいわゆる基地公害問題は,残念ながら沖繩ではまだ解決されておりませんが,本土でも同じような体験を経て基地周辺整備法など一連の法制ができ上り,復帰後は沖繩に全面的に適用され,学校,病院をはじめ防音装置等が完備されます。また軍による県民の損害は,地位協定及びそれに基づく民事特別法によって日本政府の手により十分に手当てされるようになります。
米兵等の犯罪に関しては,さきに本土政府の側面的支援もあって,琉米間に捜査,逮捕等につき合意をみましたが,さらにこの面での協力を進めつつ復帰後のわが国の裁判権,警察権の全面適用について万全の準備を進めて行く所存であります。地位協定が適用されれば,単に制度上のみならず,関係者の意識の上にも好影響が現われてくることは,本土でも経験したところであります。ここでも地位協定が県民の権利擁護に大きな貢献をすることがはっきりしております。
次に地位協定適用によって,軍労務者は米軍の直接雇用から日本政府の雇用により米軍の職場で働くという間接雇用の形になります。これによって労働条件や労務管理等の面で日本政府の介在により,給与,退職金を含む労資{前1文字ママとルビ}関係のすべての面で本土と同じ制度のもとに立ちます。不幸にして復帰後も離職者がでた場合でも,転職や離職者保護対策は今より円滑に行なわれることとなります。ただし,復帰と同時に支障なく切換えるためには事前に周到な準備が必要であり,この点また本土政府,琉球政府はじめ米側各当局も十分に準備をととのえる要があり,今や着々と手が打たれつつあります。すでに二,三年前に比して軍労務の分野では本土政府の援助等大きな発展がみられ,これより復帰までの間においても右の準備と関連して進歩発展がみられるものと期待されます。
四,(復帰に当っての課題)
さて,以上申し上げた諸点との関連で,復帰を前にして皆様が関心をお持ちのことがらについてお話ししたいと思います。
まず,返還交渉に当っての重要事項ですが,沖繩県民の対米請求権問題−これは復元補償の問題も含みます−について申し上げますと,これはきわめて重要な問題として政府は慎重,かつ,綿密に検討中であります。この結果に基づき,公正妥当な解決をはかるべく,対米交渉も含め適切な措置をとりたいと考えています。
次に返還後わが国の領域に戻った沖繩の局地防衛責任が日本に帰することはきわめて自然のことであり,共同声明の第六項にあるとおり,政府は徐々にこれを実現して行く考えであります。沖繩が本土に復帰する以上,本土の一部たる沖繩に自衛隊が配備されるのは当然であります。このため純粋に防衛的,かつ,民生支援を大きな任務とする適正な規模の自衛隊の配備が目下検討されています。私は日本の自由を守り,国民に奉仕することを任務とする自衛隊員を,沖繩県民の方々が暖く迎えて下さることと信じて疑いません。
復帰に当って県民の方々の生活に最も密着しているものとしての電力,水道,その他いわゆる米国資産がどうなるかは,当然皆さんの御関心の深いところであります。これは大蔵省当局が中心になって米側と折衝していますが,その結果有償とすべきものは適正な対価を払うこととなっても,沖繩県及び県民には一切御迷惑をおかけしないというのが政府の基本方針であることを,この際申し上げたいと思います。
以上のほか県民の皆さんが重大な関心をもっておられることに言及しますと,さきほど一寸B52の撤去にもふれましたが,まだ残っている毒ガスも一日も早く搬出されることを期待しています。米側がこの問題につき誠意をもって国内政治上その他の問題に対処していることは,私も直接ロジャーズ国務長官等の米側要人から聞いているところであります。この上は搬出の際の安全措置に万全を期するよう米側にも常に申し入れているところであります。
尖閣諸島の問題もまた,沖繩,本土を問わず国民のひとしく大きな関心を抱いているところであります。尖閣諸島の領有権がわが国に属し,復帰とともにわが国の施政下に戻ってくることは一点の疑いも容れませんし,米国務省も先日この点を確認しました。従っていかなる外国の政府ともこの問題について交渉することはございません。他方石油開発問題を含む大陸棚の問題については,中華民国政府と話合いをする用意があります。国際法上,国際政治上種々複雑な問題が関連しているだけに,私どもとしましては,県民の深甚な関心にこたえて,わが方の利益を守りぬきつつできる限り冷静,かつ,合理的に解決して行きたいと考えております。
五,(沖縄の心・沖繩の良識)
以上長いこと御静聴をわずらわせましたが,ここで最後に一つ率直に申し上げたいことがございます。この話の冒頭に,私が今回沖繩に参りました目的は,県民のお気持ちをしっかりと受けとめて,沖繩返還交渉に当りたいことであると申し述べました。ここで私がいっております「沖繩の心」とは,まさに「沖繩の良識」のことであります。それは本日ここにお集りの皆様に代表される惨烈な戦争体験を経,四半世紀に及ぶ本土との分離に耐えた,しかも沖繩文化の伝統の火をたやさなかった真の意味での日本人たる皆様のお気持だと思っています。私は一部の左翼的イデオロギーやためにする反社会的態度や,いたずらに現実離れした恐怖心,不安感や疑惑や,被害者意識を煽る一部団体のスローガンを沖繩の心とも,正しい意味での沖繩の「県益」の主張とも思っていません。国と県とが渾然一体となり,県民の卓越したエネルギーが百パーセント生かされてはじめて豊かで洋々たる将来性に満ちた沖繩県造りが可能になると固く信じております。皆様,どうか胸を張って,日米共同声明路線による復帰こそ,真に沖繩県民の幸福をもたらすものであることを,私とともに高らかに唱えていただきたいと思います。そして,歴史的な国政参加に当っては,「沖縄の良識よ今こそ出でよ」。これが,佐藤総理以下関係者と伍して,沖繩の日本への復帰を可能とした,日米共同声明の誕生の一端を担った私の心からのお願いであります。
ありがとうございました。