[文書名] 円切り上げに際しての政府声明(佐藤内閣総理大臣)
政府は、本日多国間調整の一環として円の為替レートを一六・八八%切り上げ一米ドル=三〇八円にすることと決定いたしました。主要国の緊密な国際協調によつて、ここに当面する国際通貨問題が解決への軌道に乗つたことを歓迎したいと思います。これによつて、さる八月以来、国の内外にわたつて生じている不安感が解消し、景気が明るさを取り戻すきつかけとなり、「新しい発展の時代」が始まるものと期待いたします。わが国にとつては、二十数年間維持されてきた一米ドル=三六〇円の為替レートか変更されたことによつて、新たな事態になじむまでには、多少の時間がかかるかもしれませんが、国民のすぐれた適応能力によつて、このことにともなう困難は、必ずや克服し得るものと確信いたします。
今回、多国間の通貨調整が行なわれた背景には、いわゆる「戦後体制の終り」があつたということができます。戦後四分の一世紀を経過する中で、国際社会にあつては、欧州共同体の拡大強化、わが国の急速な発展など、国際関係の多極化が進むにつれてドルを中心に打ちたてられた体制が変更を迫られ、多元的な国際協調と競争的な共存の時代を迎えようとしているのであります。その間、わが国は、自由世界第二の経済規模をもつに至り、国際収支面においてもゆとりを生じ、その結果、内においては国民福祉をさらに向上させ、外においては国際社会にいつそう貢献すべき時期が到来したのであります。政府は、過渡期における摩擦を極力小さくし、通貨調整の効果が長期的にみて好ましい実を結ぶように、この機会につぎの諸対策を強力に推進する所存であります。
第一は、国民福祉の充実であります。わが国はこれまで経済の体質を改善するため、産業の生産性を高めるとともに輸出の振興を政策の重点として参りました。その結果、いまや、国際収支の面においてもゆとりをもつに至つたわけでありますから、これを契機に、国民福祉の充実のために経済資源の配分を再検討し、とくに、住宅、生活環境、公害、老人問題などの諸政策に格段の努力を払う所存であります。また、円の為替レートの切り上げにともなう輸入品価格の下落の効果が消費者価格に反映されるよう流通機構の改善、合理化をはかつて参りたいと思います。
第二は、当面の景気停滞を克服するための景気浮揚対策であります。このため思いきつた大型予算を編成することとし、とくに公共投資を中心にした支出の増大をはかり、その財源手当てのため積極的に国債を発行する予定であります。これによつて来年度の経済成長率は、七%を超える程度にまで回復させたいと思います。また、中小企業等において生ずるであろう切り上げの影響について調査し、必要に応じ財政、金融措置を講ずる考えであります。
さらに国際化という観点から産業構造の改革、産業の再配置が行なわれるよう新たな産業政策を展開するとともに、労使関係のいつそうの近代化を期待したいと思います。
第三は、総合的な対外経済政策の推進であります。政府は、さきに八項目の対策を発表し、順次実行に移して参りましたが、こんごこれをさらに積極的に推進する方針であります。わが国としては、この際先進諸国と相携え、率先して自由貿易を擁護するにない手になる心構えが必要であると思います。また、世界的な景気停滞の影響を受けて経済発展に悩む開発途上国に対しては、より積極的に経済協力の手を差しのべる必要があり、わが国としてもこの面において、いつそうの努力をいたしたいと思います。
第四は、沖縄における経済の振興開発と県民の福祉向上のための施策であります。ドル通貨圏におかれた沖縄県民の受ける影響は、本土におけるそれとは、全く異なるものがあります。さきに政府は、変動相場制への移行にともない、琉球政府の協力のもとに、県民のもつ通貨および預貯金に関する緊急措置を決定いたしましたが、復帰後すみやかにこの決定通り実施いたします。また、本土からの輸入物資に対する措置を今後引き続き実施するとともに、復帰後の沖縄経済の振興開発については、いつそう積極的に推進する所存であります。
円をふくむ国際通貨の多国間調整は、世界にとつて時代を画する一つの象徴ともいうべきものであります。いかなる場合でも、歴史の変動期にあつては調整のための試練を避けることはできません。しかしながら、円の為替レートの切り上げは、われわれが過去において怠惰であつたため生じたものではなく、国民の努力によつて、日本の経済力が充実したがゆえに、その実力にふさわしい行動をとるということであります。本格的な国際化時代を迎えた今日、政府は、民族の長い将来にわたる発展のため、今後とも全力を傾けて参る決意であります。
国民各位のご理解とご協力を切望してやみません。