データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] シカゴ市長主催午餐会における田中内閣総理大臣演説

[場所] 
[年月日] 1973年8月3日
[出典] 田中内閣総理大臣演説集,198−202頁.
[備考] 
[全文]

 ディリー市長並びにご列席の皆様

 私は,この偉大なアメリカの中西部の中心地たる当市において,ディリー市長はじめ,シカゴ市民の代表の方々にお目にかかる機会にめぐまれましたことを幸せに思います。また,只今はシカゴ名誉市民の称号をいただき大変光栄に存じております。

 シカゴ市は,わが国第二の都市大阪との間で,今秋パートナー都市の関係を結ぶことになっていると聞いております。シカゴには,わが国の大阪にみられるような,固有の歴史と伝統に基づく独立独歩の気風があり,また,大きな経済力の背景となっている活力があります。さらに,その活力の背景にはシカゴ市民並びにディリー市長の市政があることは,ひろく日本において知られております。

 われわれ日本人にとり忘れられないことは,太平洋戦争中に,故郷を離れて当地にくることを余儀なくされた,何千人にものぼる日系アメリカ人が,シカゴ市民に暖かく迎えられ,アメリカの社会の中で建設的な地位を占めるに至ったことであります。私は,この点について一日本人として深い感謝の念を表したいと思います。

 最近日本とシカゴを結ぶ,もう一つの新しいきずなが出来たことを申し上げねばなりません。ロバート・インガル駐日大使は,シカゴ実業界を代表する誠実で精力的なアメリカ人であり,今や日米両国間に,必要かくべからざるパイプとしての役割を果たしておられます。ここで,私は,もう一人の友人 ディビッド・ケネディー元財務長官のことにふれないわけにはまいりません。日米間の三年ごしの懸案であった繊維問題を,一昨年,私か解決することが出来たのは,米側の交渉当事者であったケネディー氏との深い友情のきずながあったからであります。

 私がシカゴを訪問したいと願った理由は,以上につきるのではありません。この広大なアメリカ中西部と日本との経済的関係が日本にとって極めて大きな重要性を持ち,かつ,日本人の生活に直結した,身近なものであると考えたからであります。

 一億七百万人にのぼる日本の消費者は,昨年一年間で十五億ドルもの農産物をアメリカから輸入し,アメリカの農民にとって最大の顧客となっております。私どもの食卓に並ぶものの多くが,この中西部で生産されております。私どもが消費する大豆の九〇パーセント以上を中西部をはじめとする米国に依存しております。この事実から,私どもが,農産物の輸出を制限するのでなく,むしろその供給を拡大することを,衷心より望んでいる事情を,お分かりいたたけると思います。皆様と私どもは,いわば食卓をともにする友人なのであります。

 工業製品の面でも,日本製の部品が,シカゴの工場で使われており,日本製のカメラやカラーテレビも中西部で大いに人気を博しております。

 また,高度の技術と洗練されたデザインを持つシカゴ製の商品が,豊かになりつつある日本の消費者の間で人気を博しております。シカゴ製の冷蔵庫で冷やした中西部のビールを飲む日本人が急速に増えているのです。私は,シカゴ市民が「日本向け輸出週間」を十一月に開催され,シカゴと日本国民の距離を短縮しようとしていることを喜んでおります。

 このように,身近なつながりを持つ日米両国間の貿易の健全な発展のために,私たちは精力的な努力を続けております。米国の対日入超は数年来ふえ続け,昨年は四十億ドルに達しました。しかし,私どもは,昨年来の努力を通じて,この趨勢を変えることに成功しました。

 アメリカの対日貿易赤字は,本年は,昨年の半分にまで減少するものと思われます。今やわが国の市場はアメリカの市場に劣らず開放的なものになりました。

 日米両国は,自由世界において最も生産的,かつ,活力のある経済をもっております。両国のGNPは,世界のGNPの四〇パーセントを占め,貿易量は二〇パーセントに達しております。

 世界の国々は,このような活力を持つ日米両国の経済が,安定した成長と発展を遂げ,その利益を広く世界に及ぼすことを期待しているのであります。

 他方,日米両国は,ともに,環境汚染並びに都市過密等のさし迫った問題を抱えております。

 ディリー市長はじめ関係者が,シカゴ市の再開発をはじめ都市問題に真剣に取り組んでおられることは,よく承知しております。日本の場合,都市問題はもっと深刻であります。ミネソタとミズリー両州と同じ国土面積しかもたない日本の,わずか一パーセントにすぎない東京,大坂,名古屋の地域に日本の総人口の三二バーセソト,すなわち三千三百万人が集中しております。

 そこで,私は,日本列島改造論を提唱し,人と,ものと,文化の大都市の奔流を,ダイナミックに変え,すべての地域の人々が,自分たちの郷里に誇りをもって生活できる社会の実現を期しているのであります。このためには,工業の全国的再配置,高速鉄道,自動車道の整備,地方中核都市の建設などによって,日本中のどこに住んでいても同じ便益と発展の可能性を見出しうるようにしなければなりません。

 日本人が今後とも平和国家として生き抜き,日本経済の成長力を活用してゆく限り,この世紀の大事業は,必ず成就できるものと確信しております。私の最終目標とするところは,日本国民すべての生活を質的に向上させ,日本の持つ美しさと環境を守り,日本国民のみならず,全世界の人々に敬愛されるような新しい日本を建設することなのであります。

 私たちは,よりよい国内社会を建設するに際し,世界の経済成長及び開発に寄与すると同時に,国際社会のよき一員となることを喜びとするものであります。このような認識に立って,日本の国内目標の達成と国際的責任の遂行とを真に調和させてゆく所存であります。

 そして,このことこそ,日米協力関係をより安定させ,活力のある創造的な補完関係に定着させる基盤となるのであります。パートナー同士の間では,時おり問題に直面することもありますが,これらの問題は,相互の善意と信頼によって,解決できないはずがありません。私達のわかち合っている基本目標は,決してゆるがないのであります。

 もっと長い眼でみた場合,二つの国家の間,国民の間の友好関係は深い相互理解に基づかねばならないことはいうまでもありません。日米両国のように,歴史と伝統が異なる国の間においては,優れた研究家による相互の研究が,相互の深い理解のために大きな役割を果たしております。

 私は,数日前ワシントンで米国の大学における日本研究促進のために一千万ドルの基金を寄贈することを発表いたしましたが,この基金が中西部における対日理解の増進の一助ともなることを期待しております。

 私は,この偉大な都市シカゴの発展,その市政を担当されてきたディリー市長の御健康と,中西部全域の一層の繁栄を祈念して,この演説を終わりたいと思います。