データベース『世界と日本』(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] フォード大統領夫妻主催の歓迎晩餐会での昭和天皇の挨拶

[場所] ホワイト・ハウス
[年月日] 1975年10月2日
[出典] 宮内庁,昭和天皇実録 第十六 277-280頁
[備考] 
[全文]

 大統領閣下、令夫人並びに御列席の各位

 ただ今の大統領閣下の御懇切なお言葉に、私は心から感謝いたしますとともに、我が国及び我が国民に対する好意に満ちた御心情に接し、深く感動しております。

 昨秋、大統領閣下を我が国にお迎えできましたことは、百二十年余にわたる、日米両国の友好の歴史に、輝かしく喜ばしい一頁を加えました。その時以来、私と皇后は、閣下に再びお会いできます日を、また令夫人に初めてお目にかかれることを、楽しみにしてまいりました。

 本夕{ほんせきとルビあり}、私達は、貴国の偉大な指導者達が、建国の時代から、国政をつかさどり、米国と世界の歴史に、大きな足跡を残してこられた、このホワイト・ハウスにおいて、閣下の心温まるおもてなしに預りましたことを、厚く御礼申し上げます。

 私達は、ウィリアムズバーグで、貴国訪問の旅の第一夜を過しました。建国当時の面影を今に伝える、かの地の美しい街並みと、落ち着いた風情に触れて、旅の疲れを十分に癒すことができました。今宵{こよいとルビあり}、この歴史的なホワイト・ハウスで、閣下と席をともにしておりますと、貴国の建国当時のことに想いがめぐります。

 貴国初代のワシントン大統領が、一七九六年にその職を離れるに際して、「すべての国民に対して誠実と正義を尽し、すべての国との平和と協調に努めるように」と、貴国民に説かれた言葉を、私は想い起します。

 この遺訓は、現代に生きている真理であり、それはまた、国際社会において、平和と協調に努力している我が国民の心にも相通ずる理念でもあります。

 私は多年、貴国訪問を念願にしておりましたが、もしそのことが叶えられた時には、次のことを是非貴国民にお伝えしたいと思っておりました。と申しますのは、私が深く悲しみとする、あの不幸な戦争の直後、貴国が、我が国の再建のために、温かい好意と援助の手をさし延べられたことに対し、貴国民に直接感謝の言葉を申し述べることでありました。当時を知らない新しい世代が、今日、日米それぞれの社会において過半数を占めようとしております。しかし、たとえ今後、時代は移り変わろうとも、この貴国民の寛容と善意とは、日本国民の間に、永く語り継がれて行くものと信じます。

 貴国は過去二世紀にわたり、人類の福祉と進歩のために、多大な貢献をしてこられました。独立二百年を明年に控えた今日、貴国は、歴史の大きな変転の中にあって、建国当時の高い理想を掲げ続け、貴国民は、若々しく活力にあふれ、創造力に富む社会の発展と世界平和の建設のために、尽しておられます。

 今日、人類は、公正にして平和な国際社会の創造という、共同の事業に携わっています。私は、日米両国がさらに知り合い、話し合って、ともに、力強く安定した国として、おのおのの豊かな歴史と伝統を活かしつつ、この崇高な目的の達成に邁進することを期待します。

 御列席の各位、アメリカ合衆国大統領閣下並びに令夫人の御健康と、輝ける建国第三世紀へと前進しようとしている米国国民のために、乾杯いたしたいと思います。