データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 日米協会における三木内閣総理大臣の講演

[場所] 
[年月日] 1975年10月8日
[出典] 三木内閣総理大臣演説集,375−378頁.
[備考] 
[全文]

 本日,こうして日米協会会員諸氏の前でお話できることは,私にとり光栄であり,大きな喜びとするところであります。私にとって,本日は,古くからの友人と親しく話し合える貴重な機会でもあります。

 私が日米協会会員となりましたのは昭和二十六年のことでありました。当時の日本国民は,サン・フランシスコ平和条約の発効を前にして,平和への誓いを新たにし,米国のあたたかい協力を得つつ,戦後の本格的復興への道を歩みはじめておりました。その後四半世紀を経て,今や,日本は,世界において大きな責任と役割を有する国となりました。また,日米両国の関係は,歴史的・文化的背景を異にする二国としては他に例をみないほどの深い友情と緊密な協力によって,固く結ばれているのであります。

 天皇,皇后両陛下の米国ご訪問はつつがなく進行しており,政治を抜きにした日米の友好親善に,多大の貢献をいたされておりますことは,まことに喜ばしいところであります。あと一週間,無事,ご日程を終えられて,お元気でご帰国になられることを皆様とともに祈るものであります。

 先に,私どもは,フォード大統領を日本で歓迎し,いま,両陛下が米国各地であたたかい歓迎を受けておられるという,この歴史的なる出来事こそは,日米両国民の間のゆるぎなき友情の最高の象徴として,深い感銘を覚えるものであります。多年,日米親善に尽くしてこられた日米協会の皆様も,必ずやご同感のことと信じます。

 私が初めて外国の土を踏んだのが米国でありました。一九二九年,私は明治大学の学生で,二十二才のときでありました。

 私はその足で,ヨーロッパに渡りました。ムッソリーニのイタリアを見ました。ヒットラーの台頭しつつあるドイツを見ました。革命後,未だ日の浅いソ連邦も見ました。

 しかし,若い私に一番感銘を与えたものは,アメリカの自由と民主主義の精神でありました。

 私は再びアメリカに渡り,四年間,ロス・アンジェルスに留学しました。世界不況の真っただなかの一九三二年から一九三六年のことであります。

 帰国後,明大卒業とともに,衆議院議員となり,今日まで三十八年にわたり,議会政治ひと筋に生きてまいりました。

 私のこの三十八年の政治活動を支え,かつ,導いてくれたものこそ,若き日に米国で体得した自由と民主主義の精神であります。

 私は,日本の議会制民主主義の健全なる発展と日米相互理解の増進とに最大の努力を傾けてまいりましたが,将来とも,その努力を続ける決意であります。

 私は,さきに,私のアメリカ留学期間が世界的大不況のさなかであったと申しました。

 以来,半世紀近くを経て,世界は再び深刻なる経済困難に見舞われています。しかし,今回の困難は単なる不況だけではなく,同時に,インフレにも悩まされるスタグフレーションであります。

 しかも,世界は一九三〇年代と異なり,地球はすっかり小さくなり,相互依存と相互影響はますます深まり,国際協力による以外に現在の経済困難を解決する道はないのであります。

 特に,自由世界のGNP四六%,貿易の二〇%を占めている日米両国が世界経済の早期回復と,健全なる発展のために果たすべき役割にはきわめて大なるものがあります。

 したがって,日米の相互理解と親善の増進は,ただ単に,日米相互のために必要なるばかりでなく,こうしたグローバルな貢献をするための協力体制確立のためにも求められているところであります。

 私は,去る八月,このような観点から日米両国のより深く,より広く,そしてより創造的な協力の可能性を探ろうとの意欲をもって米国を訪問いたしました。そして,フォード大統領との間で,本当に気心が通じあい,率直に話合える人間関係,相互信頼関係を打立てるとともに,次の四点ににつき誓い合ったのであります。

 第一に,自由と民主主義擁護のための協力を行うこと。

 第二に,アジア・太平洋地域の平和と安定のための積極的協力を行うこと。

 第三に,互いにイエスとノーとをはっきりさせて,率直なつきあいをする永遠の友人としての日米関係樹立のための協力を行うこと。

 第四に,立場,考え方,制度の差をこえて,世界人類の格差をなくして,平和と繁栄の基礎づくりをするための日米のグローバルな協力を行うこと。

 このような共通目標を目指すにあたり当面の課題として,私は次の諸点を挙げたいと思います。

 第一は,石油等の重要資源をもたず今日の世界経済で最も困窮している発展途上国に対し,先進工業諸国,なかんずく,日米両国は真剣な配慮を払わなければならないということであります。

 第二は,新しいエネルギー開発のための世界的規模での協同作業に日米両国が積極的に参加してゆくということであります。

 第三は,朝鮮半島の平和と安定のため,南北が相互に誤解をもたぬよう,不安感を軽減できるよう,また,お互いに相手の立場を尊重して話し合いに入れるよう,日米を始めとする関係諸国が心を配り,協力するということであります。

 最後に,これは基本的問題でありますが,民主主義の将来の問題であります。

 今,世界各地城で民主主義の危機がさけばれています。民主主義の問題処理能力,いわゆるガバナビリティが問われています。日本でも,議会制民主主義が重大な試練に直面しています。しかし,私は,日本には自由民主主義が最もかなっていると信じます。

 従って,私はフォード大統領と協力を約束した通り,自由と民主主義を守るため,最善の努力を傾ける覚悟でおります。