データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 米国の対アジア政策に関するバンス国務長官の演説

[場所] ニューヨーク
[年月日] 1977年6月29日
[出典] 外交青書22号,419−426頁.
[備考] 仮訳
[全文]

 今晩皆さまと席を同じくすることは大きな光栄である。アジア協会は,20年の間,アジア人と米国人の理解のかけ橋を築いてきた。その功績の多くは,アジア協会の創設者であるジョン・D・ロックフェラー三世のものである。アジア文化に寄せる彼の関心は持続的なものであり,アジア・アメリカ関係に対する彼の関心は深く,彼が創設したアジア協会の貢献は限りないものがある。今晩,私は,皆さまにアジア−やつと平和が訪れた不確定性をまぬかれないアジア−における米国の役割について述べてみたい。

 私はまず,東アジア諸国との効果的な関係を維持し,かつ発展させるためのわれわれの展望は,第二次世界大戦以後のどの時期よりも明るいという基本的命題を提示したい。米国政府が直面している根本的挑戦は,過去数年間における積極的な進展−日本との平等でより緊密なパートナーシップの到来,中国と「門戸を開きあう」ための有望な見通し,太平洋地域経済の益々成長する繁栄,東南アジア諸国連合の強まりつつある団結−を強固なものにし,そして現在の好ましい同地域の環境を緊張させるようなよくない傾向を阻止ないし緩和することである。この挑戦に対処するわれわれの能力に多くがかかつている。なぜならば,われわれのアジアに対する関心は永続的かつ本質的なものであるからである。

 私は,次の了解事項について皆さまの判断を求めたい。

 −第1に,米国はアジア・太平洋の勢力であり,将来もそうあり続けるであろう。

 −第2に,米国はアジアと太平洋における平和と安定への貢献に重要な役割を果たし続けるであろう。

 −第3に,米国は互恵と相互尊重の基礎に立つて,同地域諸国との正常かつ友好的な関係を追求する。

 −第4に,米国は,米国と同地域の経済の相互依存の増大を認識し,太平洋諸国との貿易及び投資の相互拡大を追求するであろう。

 −第5に,われわれは,アジア諸国民の人間としての条件を改善するためにその影響力を行使するであろう。

 このすべてにおいて,わが国のアジア・太平洋諸国民との関係が永続的に生き続けることは疑いない。

 アジアの人々に対して,今晩私は,わが国が国内において自信を回復したということを又アジアに対する関心を放棄していないことを無条件で申し上げる。

 われわれは,われわれの地理的条件,歴史,通商,そして利害関係からして,太平洋国家であり,そして今後もそうあり続けるであろう。現在,われわれの全貿易の約1/4は東アジアと太平洋地域とのものであり,昨年われわれは同地域に220億ドルの米国産品を売つた。過去5年間,われわれは,欧州共同体を含む他のどの地域よりも多くの貿易をこの地域と行つた。

 アジアにおける平和と安定について語ることができることは,歓迎すべき変化である。しかし,深刻な諸問題が存続している。われわれの任務は,アジアに生まれつつある平和的均衡を強固にすることを助け,そしてアジア諸国民に希望を与える経済成長を促進することである。

 米国は,虚心坦懐にアジア諸国との関係を追求するであろう。われわれは同盟諸国及び友好諸国と緊密に協力し続けるであろう。そして,われわれは,相互に建設的な基礎に立つて,かつて敵国であつた国々との関係を正常化することを望んでいる。

 米国は,アジアの安全保障に対する継続的な貢献の重要性を認識している。われわれは同地域において強力な軍事的存在を維持するであろう。

 この存在は,科学技術の変化,われわれの友好諸国及び同盟諸国の安全保障能力の改善及び協調と平和を促進しようとするわれわれの努力によつて影響されるであろう。

 われわれの同盟諸国及び古くからの友好諸国のうち日本ほど重要な国はない。日米安全保障条約は東アジアにおける平和にとつて柱石である。日本の民主的諸制度はしつかりと根づいている。日本人より大きな政治的自由を享受している国民はどこにもいない。その平和に対する献身には疑問の余地はない。25年前,日本は戦争の荒廃から立ち直つてはいたが,その経済発展はちようど始まつたばかりであつた。今日,日本の1人当たりの国民総生産はほとんど5千ドルに達している。1953年には,それは,現在の貨幣価値で約7百ドルに過ぎず,今日の多くの発展途上諸国のそれよりも少なかつた。

 日本の成長は,東アジアにおける低開発諸国の経済発展に不可欠な要素であつた。日本の援助はこれら諸国の福祉に貢献するうえで重要であつた。われわれは,今後5年以内にその援助を倍増するとの日本の約束を歓迎する。

 日本の偉大な業績は,それに相応する責任を日本人にもたらした。日本の行動は,われわれの行動と同じように,はるか国境を越えて影響力を持たないわけにはいかない。他の国々の製品のための日本市場の拡大は,高度の経済拡大が他の国々の経済を刺激するのに貢献するのと同様に,より健全な世界の経済的均衡に多大の貢献をするであろう。

 米国と日本は緊密な協議によつてやつて行かなければならない。とりわけ,われわれは,われわれ相互間のいかなる問題も真の友好と理解の精神でこれを解決しなければならない。

 われわれの日本とのきづなは,今後ともアジアにおけるわれわれの政策の柱石である。しかし,われわれには,中華人民共和国との新しい関係を樹立する大きな機会が見えている。

 25年間にわたる対決の後に,われわれは中華人民共和国と建設的な対話を続けている。

文化,社会制度,イデオロギー及び外交政策にわたる大きな相違がわれわれ両国をいまだに隔てている。しかし,米中両国民は,もはや,敵意や誤解をもつて,そしてまた20年間存在した実質的に完全な分離状態で対峙してはいない。

われわれは,中国との友好関係を外交政策の中心部分と考えている。世界平和の維持にとつて中国の役割は不可欠である。中国との建設的な関係は,地域的にのみでなく,全世界の均衡にとつて重要である。そのような関係は誰をも脅かさないであろう。それは平和にのみ役立つであろう。

 人類の4分の1が全世界の諸問題解決の探求に関与することは重要である。中国人との関係を築きあげるにあたり,われわれは中華人民共和国に敵対するようないかなる協定も他国と結ぶことはない。われわれは,中国が独立,統一及び自立を強く決意していることを認めかつこれを尊重する。

 中国に対するわれわれの政策は,引き続き上海コミュニケの精神によつて導かれるであろう。そして,その基礎に立つて,われわれは全面的な関係正常化に向かつて前進を図るであろう。われわれは,上海コミュニケの中に表明された「中国は一つである」という考え方を認める。われわれはまた,中国人自身による台湾問題の平和的解決が重要であると考える。

 7週間後に,私は中国指導者たちと話し合うために北京にいるであろう。世界の広範な諸問題が,われわれの注意を必要としている。そして,われわれは,中華人民共和国との双務的関係をより正常化するための方策を探究したい。この点に関する相互のかつ互恵的な努力が不可欠である。

 われわれが北京訪問を準備するに際し,前進は容易でないかもしれず,あるいはそれが直ちに明確にならないかもしれない,ということを認識している。しかし,わが政府は,前進を決意しており,それを念頭に置いて北京での会談に臨もうとしている。

 われわれは,このほかにアジア中の多くの国々と緊密かつ歴史的な関係にある。そして,われわれは,それを強化する新しい方策を追求するつもりである。

 韓国は,朝鮮半島の平和がもたらした機会をうまく利用して,益々自立かつ自給自足できるようになつてきた。その国民の生活水準は,過去10年間に著しく向上した。その貿易は著しく拡大した。その農業は大きな変革を遂げた。

韓国に対するわれわれの安全保障の約束とそれを維持しようとするわれわれの決意は,北東アジアの平和維持にとつて不可欠である。

韓国の成長と力は,在韓米地上軍の慎重な段階的撤退を進めるというカーター大統領の決定の基礎となつている。この撤退は,韓国の安全保障を損なわないような方法で実施されるであろう。われわれはまた,議会の同意を得て,韓国の防衛能力を強化する方針である。

 さらに,

 −米地上軍は,韓国の防衛任務についている全地上軍の約5%に過ぎない。

 −在韓米地上軍の4年から5年にかけての段階的撤退は,韓国軍の増大する力と自信によつて補われるであろう。

 −米空,海軍及びその他の支援部隊は残留するであろう。

 −われわれは,韓国人が自らの防衛能力を増強するのを助けるため,彼らと緊密に協力している。

 −米国と韓国は,朝鮮半島の平和と安定を維持するための永続的な枠組を築きたいとともに強く望んでいる。

 −われわれは,終局的な再統一を損なうことなく,南北両朝鮮の国連加盟を支持する。

 −われわれは,北朝鮮の同盟諸国が韓国との関係改善の措置をとるならば,北朝鮮との関係改善に向かう用意がある。

 −われわれは,現在の休戦協定をより恒久的な取極に代えるための交渉を提唱している。

 −われわれは,この目的のために,最も直接的な関係当事国である南北両朝鮮及び中華人民共和国と会談し,そこで拡大会議の可能性を探ることを提案している。われわれは,韓国の参加を唯一の条件に,朝鮮半島の将来についていかなる交渉にも応じる用意がある。

 10年前,インドシナにおいて戦争が行われていたのに,東南アジア5カ国は新たな平和のための機構−東南アジア諸国連合即ちASEAN−を創設した。その加盟国の1つであるフィリピンとわれわれの結び付きは,われわれ両国が共有する歴史に根差している。この結び付きの強さはわれわれ両国の相互防衛条約によつて強化されている。他のASEAN加盟4カ国−タイ,インドネシア,マレイシア及びシンガポール−は,それぞれわれわれの古くからの貴重な友好国である。

 われわれのASEAN諸国との経済関係は,益々重要になつてきている。われわれは,ASEAN地域から輸入原油の10分の1,そして,それより大きな割合のゴム,スズ,ココア,ボーキサイト及びその他の重要原料を輸入している。南アメリカの全人口より大きな人口を有するこれら5カ国は,1976年に37億ドルの米国品を輸入した。

 われわれは,ASEAN各国との緊密な双務的関係を維持するであろう。そしてわれわれは,彼らがそう望むなら,彼らの組織を通じて彼らと交渉する機会を歓迎する。われわれは,第1回米・ASEAN公式協議が2,3カ月以内にマニラで開催されることを特にうれしく思う。われわれは,この会談が東南アジアの地域的努力に対する米国のより強力な支援の基礎となるよう希望する。

 米国,オーストラリア,ニュー・ジーランド3国の緊密な関係は,ANZUS条約によりわれわれが正式に同盟を結んだずつと以前から存在していた。つい先週,カーター大統領は,オーストラリアのマルコム・フレイザー首相をワシントンに迎えた。彼らの広範にわたる会談において,アジア地域に特別の注意が払われた。オーストラリア,ニュー・ジーランド両国のこの地域に対する貢献は重要であり,われわれは彼らとあらゆる共通の関心事について緊密に協議するであろう。

 われわれは,古くからの友好諸国と行動する一方,ヴィエトナム社会主義共和国との関係正常化の手続きを開始した。

 東南アジア及び太平洋地域の古くからの友好諸国は,われわれとヴィエトナムとの交渉について絶えず説明を受けている。これら諸国は,ヴィエトナムと米国との平常な関係樹立がすべての国の利益になるであろうということを認めている。

 戦争の傷跡はなお米国,ヴィエトナム双方に残っている。両国とも,克服しなければならない敵意の残滓をもつている。しかし,若干の進展はみられる。

 −ヴィエトナム人とともに,われわれはヴィエトナムでの戦闘中行方不明になつた米国人の遺体を確認し送還する方法を考え出した。間もなく,さらに20名の米人パイロットの遺体が,あるものは10年も前に死んだ土地から,彼らが名誉とともに立派に奉仕した国に送還されてくるであろう。

 −われわれはヴィエトナムへの旅行制限を解除し,和解への過程を促進するための他の積極的な措置を講じた。

 −われわれは,外交関係を樹立する時には通商禁止措置を解除すると申し入れた。

 −そして,われわれは,もはやヴィエトナムの国連加盟に反対しないであろう。私は,次期国連総会にはヴィエトナム代表団が議席に着いているものと期待する。

 これらの措置は,われわわが新しい関係の樹立に向かつて努力していることを明らかにするものである。過去の教訓を忘れず,両国ともそれにとらわれたり,間違つた結論を引き出したりすべきでない。われわれは,根拠のない義務をわれわれに課す過去の解釈を受け入れることはできない。

 一方,インドシナ難民の新たな流れは,世界の緊急な人道的関心を集めている。難民の数は,1カ月1500人の割合で増大している。数カ国−タイ,フランス,カナダ,オーストラリア,そしてつい最近ではイスラエルを含め−は,それらの不幸な人々を援助するのに多大の努力を払つてきた。しかし,若干の国は,難民に背を向け,彼らが溺れ死んだり,病死したりするのを放置してきた。

 私は,これらの難民のためにより恒久的な定住の地が決められるまでの間,彼らに避難場所と援助を提供するよう強く要請する。

 今日,広大な太平洋を見渡せば,われわれをお互いに結んでいる関係の網の目とアジアの安全保障における米国の継続的役割が見える。この地域の平和はまた,ソ連との緊張を緩和しようとするわれわれの努力いかんにかかつている。現在の全般的均衡を変えようとするいかなる企ても,この地域の他のすべての国から不安の目で見られるであろう。

 平和は,米国とアジアが経済成長に注意を集中する自由を与えた。この経済成長こそ現代のアジアにおける極めて印象的な事実である。

 日本経済の奇跡はよく知られているが,アジアの他の国々の注目すべき経済実績はそれほど注意を引いていない。例えば,過去5年間の経済成長率は,韓国が11パーセント,シンガポール,インドネシア及びマレイシアが年率約8パーセント,フィリピンが年率約7パーセントとなつている。

 こうした経済成長が今後も当然継続すると思つてはならない。われわれは,経済発展が逆転しないように,そしてまた利益がより広く行き渡るように保障する諸政策を採用しなければならない。

 カーター大統領の主要国首脳会議における公約は,世界の他の地域に対してと同様,アジアにも当てはまるものである。

 −われわれは,インフレーションとの闘いを継続するであろう。

 −われわれは,引き続き新しいエネルギー資源を開発する方法を探求し,かつ安定した公正な燃料価格を確保するであろう。

 −われわれは,保護貿易主義的傾向に抵抗し,自由貿易体制を支持するであろう。

 −われわれは,生産国と消費国が出費し,かつ共通基金に与えられた,価格安定商品協定及び選定された商品のための緩衝在庫の設立を支持するであろう。

 さらに,アジアにおけるわれわれの政策は,同地域の経済的諸問題と諸機会に合致したものとなるであろう。

 アジア開発銀行の役割は特に重要である。米国政府は,アジア開発銀行の通常基金に対する2千5百万ドルの拠出及び同銀行の特別基金に対する今後3年間にわたる年間6千万ドルの出資を議会に提案した。

 われわれはまた,他の加盟国とともに同銀行の諸計画の多様化と強化に努力するであろう。われわれは,ASEAN諸国及び南太平洋の新しい国々による協同プロジェクトに対する同銀行の支援を奨励する。

 もちろん,政府資金は,資本,科学技術及び管理経営の必要を満たすのには決して十分でないであろう。さらに相当な民間資本もまた必要である。これに関連して,われわれは,政府の海外民間投資会社と米国の民間投資家との協力を通じて援助する機会をもつている。

 開発の分野において,米国は最近,人間の基本的必要の問題解決に全世界が一致して努力するよう率先して呼びかけた。

 アジア及び発展途上世界のその他の地域において,われわれが解決すべき人間の必要の問題には,パリにおけるOECD閣僚会議で先週私がその概要を述べた次の基本的要素が含まれなければならない。

 −最も貧しい人々の大多数が住んでいる第3世界の農村地域の開発。

 −これらの地域における食糧増産と栄養改善のための統合戦略。

 −最少限の費用による予防医学,家族計画及び胎児保護の強調。

 −初等・中等教育及び職場における技術訓練の計画拡大。

 −開発過程に女性を参加させるための新たな努力。

 これらの努力のすべてに対して,米国は強力な支援を約束する。しかし,多くの国において,急激な人口増加が経済発展に対する脅威となつている。土地に対する人口の圧力がすでに東アジアの自然環境を脅しているのに,東アジアのいくつかの国においては,その人口が今世紀末までに1970年の2倍になるであろう。

 私は,米国がこれらの困難な問題に取り組んでいる国々を援助しなければならないと信じている。

 われわれは,人権の他の諸局面−残酷で独断的で下劣な扱いから保護する法のルールのもとに生活し,政治とその決定に参加し,自由に意見を表明し,平和的な変革を求める権利−についても同様に関心を持たなければならない。

 われわれは,文化の違いを理解している。われわれの伝統は,個人の権利と福祉を重視する。アジアの伝統の中には集団の権利と福祉を大切にするものもある。われわれは,アジア諸国が大きな代償を払つて獲得した,彼ら自身の政策を決定し彼ら自身の制度を樹立する能力を保持しようとするその決意を称賛する。

 しかし,われわれは,私が今日述べたアジア−平和な大陸,天賦の才ある有能な人々がその国家の独立のもとに安んじて住んでいる所−には人間の条件を改善すべき新しい大きな機会が存在すると固く信じている。

 われわれは,用心と決意,友情と理解をもつて,アジアの友好諸国がその国民の人権を促進する機会をとらえるよう奨励する。

 そうすることは,いかなる国をも弱体化するものではない。

 それどころか,より底の深い力−すべての国民の全面的参加から生まれる力−は,人間の条件の改善のための献身的努力が長期にわたつて生み出すものであろう。

 すでにこの道を歩き始めているアジアの諸国は,それ故にそれだけ強くなつているであろうし,われわれは,彼らとより緊密に協力することができるであろう。

 私は,今晩,アジア地域全体に支配的となりつつある歓迎すべき平和の希望及び平和的変化について述べることからこの演説を始めた。私は,アジアと太平洋における新しい意味での共同体を強く希望してこの演説を終えたい。われわれは,次のことを追求する。

 −相互尊重の関係を樹立すること。

 −すでに達成された損なわれやすい安定を強固なものにすること。

 −より大きな自由及びより大きな人権尊重をもたらすこと。そして

 −存続している分裂を消滅させること。

 私は,これに向けての米政府の最善の努力を約束するとともに,アジアの友好諸国と米国民の支援をお願いする。