[文書名] 総合経済政策の決定に際して(福田内閣総理大臣)
政府は,本日,「総合経済対策」を決定いたしました。この機会に,今後の経済運営に関する私の考えを申し述べ,あわせて国民各位のご理解を得たいと思います。
<経済運営の基本姿勢>
当面の経済運営の課題は,何よりもまず景気の着実な回復を図ることにより,国民生活,特に,雇用の安定を確保するとともに,世界経済の均衡のとれた発展に貢献することにあります。
最近のわが国の経済情勢をみると,政府投資が増加し,個人消費も増加を続け,経済は緩かな拡大基調にあります。しかし,設備投資等の民間需要の盛り上がりが乏しく,雇用情勢の改善も遅れているほか,構造的な問題を抱えた産業があり業種間の景況に格差が見られます。
このような景気情勢が続きますと,わが国の経済社会の活力が弱まり,今後のわが国経済の安定的な発展に悪影響を生じかねないことを懸念するのであります。また,国際収支面でも,内外の経済動向を反映して,かなりの黒字基調を示しており,国際社会の一員として対外均衡を図るための努力が必要と考えられます。
政府は,年初来,公共事業等の施行促進,金利の大幅引下げ等,一連の景気対策を講じてきたところでありますが,このような経済情勢にかんがみ,今般さらに,財政金融政策をはじめ,公共,民間両部門を通ずる総合的な経済対策を策定し,五十二年度においてわれわれが目標としている実質六・七パーセント前後の経済成長の達成を目指して全力を尽すこととした次第であります。
<財政金融による景気対策>
今般の対策におきましては,このような観点から,まず第一に,公共投資等の追加を行い,国内需要の拡大を図ることといたしました。すなわち,需要拡大の効果が大きく,国民生活充実の基礎となる社会資本の整備を図るため,国,政府関係機関,地方公共団体等を通じて公共投資等を増額するとともに,住宅金融公庫の貸付枠を十万戸追加し,民間住宅金融の拡充と相まって,国民生活の安定に緊要な個人住宅等の建設を促進する方針であります。これらの施策の事業規模は総額二兆円に達します。
次に,金融面におきましては,金利全般にわたりその水準の引下げを促進し,企業経営の質的改善を通じて,民間経済の活力を強め,雇用の安定にも資する考えであります。
さらに,電力業等の民間設備投資の促進,消費者信用の条件改善等により,民間需要の増加に配慮いたしております。
また,いわゆる構造不況問題につきましては,既に民間経済において生産,企業設備の調整,経営の合理化,企業体質の強化に向かって真剣な努力が着実に続けられておりますが,政府と致しましても,経済構造の転換を円滑に進めるべく,構造対策にきめ細かく取り組むことといたします。
また,中小企業対策を促進するとともに,いやしくも雇用不安を生ずることのないよう各般の施策を推進して参りたいと存じます。
なお,これらの景気対策が,最近の物価の安定化傾向を損うようなことがあってはなりません。消費者物価は,本年度下期にはより安定的な基調を辿るものと見込まれますが,政府としては,年度内の上昇率を七パーセント台に抑制するため,円高による輸入品価格の低下を国内価格に反映させる等,引続き生活必需物資等の価格安定対策を推進して参りたいと存じます。
<対外均衡への調整努力>
先般のロンドンにおける主要国首脳会議において,わが国は,各国経済の相互依存関係が深まっている情勢の下において,世界経済のインフレなき持続的成長に資するため,六・七パーセント成長達成に努力する旨表明致しました。今回の対策は,わが国が主要先進国中最も高い経済成長を達成することをより確実にすることによって,世界経済の健全な発展に貢献する決意を改めて明らかにするものであります。対外均衡に配意しつつ国内経済の拡大を図ることにより,国際収支面における黒字幅も逐次縮小するものと信じます。
<わが国経済の新たな展望>
現在,わが国経済の先行きについていろいろな角度からさまざまな見方があります。
一方では,かつての「高度成長の夢よ再び」という考え方があり,他方では,わが国経済の前途を徒らに暗いとする見方もあります。しかし私は,そのいずれの見方をも妥当とは考えません。
人類始まって以来の「資源エネルギー有限時代」を迎え,世界は否応なく,曽つて経験したことのない大きな転換期に立たされております。四年前の石油ショックは,その象徴的な出来事でありました。これを契機に,世界経済は激しいインフレ,深刻なデフレと雇用不安,さらには大きな国際収支の赤字と,まさに,未曽有の大混乱に陥入り,今なお,その混乱から立ち直っておりません。
しかし,その世界経済の混乱の中で,わが国は,国民挙げての真しな努力によってこれらの困難をあらかた克服し,国際的にみても最も目ざましい立直りを示しつつあります。国際社会では,日本経済の二度目の奇蹟とまで言われるほどであります。
ただ,石油ショックが輸入石油に大きく依存するわが国経済に特に深刻な打撃を与えただけに,わが国経済は,なお,完全にはその傷跡を癒し切れず,つまり,新しい「資源エネルギー有限時代」への対応未だしという状況にあります。
この対応をやり遂げ得るか否かで,日本の将来は決まります。しかし,この対応は,家庭において,企業において逞しく進められつつあります。この対応が大方出来上がったとき新しい日本社会,日本経済の夜明けを迎えることとなります。今は夜明けまであと一息というところです。激動期の国民や企業,特に中小企業や不況産業の方々の苦悩は私にはよく分かっています。胸が痛むくらいです。この苦悩を少しでも和らげるため,また,勇気を持って戴きたいためとったのが今回の措置であります。
今回の措置では,現下の財政金融事情の下で可能な限りの政策手段を動員し,かつ,その規模も思い切ったものといたしました。この計画を実施に移すことにより,わが国経済は着実に回復をなし遂げ,私が,かねてから国民の皆様に訴えてきた安定成長路線がその真の基盤を固めることになるものと信じます。
政府は,国民の負託と信頼に応え,全力を傾注して経済運営の責任を果たしていく決意であります。
国民の皆様のご理解とご協力を願ってやみません。