データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 福田内閣総理大臣による米国議会上・下両院議員との懇談概要

[場所] 
[年月日] 1978年5月2日
[出典] 福田内閣総理大臣演説集,141−148頁.
[備考] 
[全文]

 上院指導者との懇談会=スパークマン外交委員長,ロング財政委員長共催。日本側からは福田総理,園田外務大臣,牛場対外経済相,米側からは両委員長のほか,ベーカー,クランストン,グレン,リビコフ,ジャビッツ,パーシー,マクガバン,ケネディ,ロスら二十九人以上の上院議員が参加,マンスフィールド駐日大使も同席した。

 スパークマン外交委員長らの歓迎のあいさつのあと,総理はまず次のように発言した。

 総理 今回の訪米の目的はアジアを含め世界の平和と繁栄と政治的安定を増進すること,また,世界経済の不安定な状態の打開を図ることの二つであり,そのための日米協力を強化したい。二十一年前の岸・アイゼンハワー会談が日米首脳の第一回会談であったが,私はそのさい,首席随員として舞台裏で,当時の日本にとっては死活の問題であった三億ドルの借款を米国の好意によりまとめることができた。これをもとに日本経済はその後成長を続け,いまや自由世界第二位の経済規模をもつようになった。米国の協力により経済力を蓄えた日本としては,世界の平和と繁栄のために大いに責任を果たすべき地位にあり,このような責任を果たしていくというのが日本の基本方針である。

 世界経済は東西,南北の問題もあり,石油供給面での不安もあって不安の時代のさなかにあり,このような状況のもとでは過去五十年にわたり世界の政治,経済,安全保障の諸分野で責任を果たしてきた米国が今後とも強い指導力を維持していく必要があり,私はそうなることを強く望んでいる。

 このあとロング財政委員長より歓迎のあいさつがあり,質疑応答に入った(以下,問は米議員)。

<米国はインフレ対策に留意を>

 問 日本の生産性の伸び率は八パーセントであるのに対し,われわれは二・四パーセントにとどまっていることが米国の弱さの原因であることを十分認識している。貿易面での日米の不均衡は九十億ドルに達した。米国内にはこのような経済のひずみについて政治的,社会的,経済的な大きな圧力が高まっている。率直に言うと貿易不均衡を正すための措置が早急にとられる必要がある。両国の将来を考えると日本が輸入を増やすか輸出を減らすかのどちらかである。

 総理 具体的に言うと,鉄鋼ではトリガー・プライス制の導入もあり,数量ベースではかなり輸出が減ることになろう。自動車については米国消費者の要望は強いが,数量面では輸出を減少させるための行政指導をしている。テレビについては七六年の対米輸出数量の三割減程度の台数となろう。この三品目の輸出価格を合計すると,わが国の対米輸出数量の四三パーセントを占めることになり,その他の品目の輸出についても行政指導を行うので,量でみる限り,かなりのところまでいけると思っている。しかし,価格面の動向は不明確で,もし,米国のインフレが進むということになれば,わが国の対米輸出金額が大きくなる。それだけに米国はインフレ対策に十分,留意して欲しい。本年度の七パーセントの経済成長率の達成は何としても実現したい。その間のつなぎの措置としては濃縮ウラン,非鉄金属,航空機の購入等の緊急輸入を考えており,七八年にはかなりの変化を生じるとみている。

 問 総理の率直なお答えを多としたい。先進国市場はわれわれの生産能力に対して,もはや小さ過ぎる。このさい先進国は協力して共通の新しい市場開拓に努めるべきで,ボンの首脳会議がそのための良い機会になろう。そうでないとOPECの原油代金の支払いの重圧下にある開発途上国は危機に瀕し,世界経済上,重大な問題となる。

 総理 二,三千億ドルの規模の産油国資金について米政府が,先進国を介して途上国に流すことを実行に移すというなら大賛成で,協力する用意もある。先進国が協力して世界的規模で需要を喚起するグローバル・ニュー・ディールを考えるのも一案だ。開発途上国援助の五年間倍増を三年間に短縮すること,核融合や太陽エネルギーの研究開発について日米協力で大きな投資を行うことも考えている。

 問 日本経済の七パーセント成長のために日本政府は追加的措置を考えておられるのか。また,極東の軍事負担についてGNP比一パーセントの制約を課しているが,日米が真のパートナーとなるためにも,この面での日米の不均衡を是正することも必要だと思う。

 総理 昨年のサミットでの成長見込みは日本だけでなく米国,西ドイツも結果としては達成できなかった。私は六・七パーセントの成長に自信を持っていたが,昨年九月以降の急激な円高が制約要因となってしまった。本年度の七パーセント成長については日本国内でも悲観論があるが,何としてもこの目標に到達する固い決意をもっている。幸い生産動向は順調に回復軌道にあり,いわば七パーセント街道をばく進している。

 仮にこの目標の達成が困難になればその時点で最も適当とみられる措置をとることにしている。その関連では基軸通貨であるドルが不安定では日本を含め他国への迷惑は大きく,ドル価値の安定が重要だ。また,このためには米国のエネルギー政策の行方が重要であり,早急な結論を望んでいる。

 わが国の防衛費についてはGNPの一パーセントたらずだが,GNPが大きいのでその額はかなりのものだ。また,米国よりF15(次期主力戦闘機),P3C(対潜しょう戒機)の購入を図るなど内容も充実しつつある。憲法上の制約の中で全力を尽くしている。

 問 農産物輸入が日本の国内政治上,困難な問題を起こすことは分かるが,米国も同様である。短期的措置として食糧不足国への援助用として日本政府が米政府から農産物を買い付けてもらいたい。このような方式なら日本の農民を傷つけないですむ。また,米国からの対日輸出で製品輸出が伸びれば米国民に職を与えることになる。

 牛場対外経済相 日本は年に千五百万トンの穀物輸入を行っており,米国の最大の顧客であることを米国農民も理解して欲しい。食料援助用に米国の農産物を買い付けるのも良い方法だが,タイなど東南アジアの伝統的な食糧輸出国についても留意する必要がある。製品分野においては米国の民間航空機産業は日本市場において独占的地位を保っている。また,コンピューターの日本市場でのシェアも増大しつつある。日本経済が停滞していたため,輸入は増えないのだが,内需の回復を通じて今後は高度技術集約製品の輸入も増大すると考えている。

 下院指導者との懇談会=ザブロッキー国際関係委員長,ウルマン歳入委員長共催。

 両委員長のほかオニール下院議長,マイケル院内副総務ら約五十人が出席した。

 ザブロッキー委員長が「日米の緊密な関係を維持することは米国にとっても外交政策の大原則であり,日米双方とも友情,相互理解によって問題を解決する能力を持っている。牛場・ストラウス会談に基づいて日本政府がとった措置に感謝するが,米国も同様の決意をもって問題に対処する方針だ。日米関係は相互依存の関係にあり,全世界的な問題について協力しているという事実が重要である。われわれは,日本が東南アジアにおいて果たしている役割を評価しており,昨年八月の福田総理のマニラ宣言を支持している」というスピーチのあと,総理が上院とほぼ同じ趣旨のあいさつをした。さらにオニール議長,ウルマン委員長の歓迎のあいさつのあと,“対話”に入った。

<農民を現在以上に衰微させない>

 問 最近の日米間の貿易不均衡は製品の赤字に大きな原因がある。最近,日本が農産物の輸入を増やしていることは評価するが,日米間のアンバランス是正について日本の協力を得たい。

 総理 私も昨年の黒字については心配していた。問題はその原因であるが,日米双方の景気動向のタイムラグによるところが大きい。今年はぜひ,貿易バランスを改善したい。まず輸出サイドであるが,鉄鋼,自動車,テレビ,船舶の輸出は昨年並みまたはそれよりかなり落ち込む見込みであり,少なくとも輸出量はかなり減少するだろう。しかし,輸出額がどのような結果になるかは米国のインフレ(対策)政策の成否いかんによる。輸入サイドについても日本の景気回復が必要であり,七パーセント成長をなんとしても実現したい。もし,七パーセントが危うくなれば適切な措置をとる。もっともこの点についても米国の協力が必要で,米国のドル安定のための努力を要請する。

 問 日米経済は相互補完性を持つべきであり,互いに生産性のすぐれたものを輸出しあうべきである。例えばグレープフルーツは米国の生産性は高く,日本は低い。米国からもっと日本に輸出すべきだと思うがどうお考えか。

 総理 難しい問題であるが,次の点をご理解願いたい。日本の農民人口は終戦直後五〇パーセントぐらいあったが,いまでは一一パーセントまで減少した。また,私が農相当時,小麦の自給率は三七パーセントだったが,現在は三パーセントまで減少している。日本としては健全な社会を支える農民の存在が必要であり,農民を現在以上に衰微させないことが必要である。

 問 日本がオレンジの輸入ワクを三倍に増やしたことは多とするが,低いベースから出発したのでまだ満足のいくものではない。一層の努力を期待する。

 総理 お話は頭に入れておくが,先般の牛場・ストラウス合意で満足していただくようお願いする。

 問 ワシントン州は漁業,木材に関心があるが,漁業については最近交渉がまとまった。木材については加工した製材の輸入を増やして欲しい。

 牛場対外経済相 先般カーター大統領はインフレ対策を発表したが,その中で住宅価格を下げるため,木材の供給を増やすことを指示された。また,国有林保護のため丸太を輸出することに反対する動きもある。私が駐米大使をしていた一九七三年当時は日本が一千万立方メートル以上輸入しないことを約束したが,現在の輸入はこの量に及ばない。一方,日本の製材輸入は上昇傾向にあり,丸太の国内生産は増加の傾向にある。こうした点から私は丸太の日本の輸入需要は増えないとの見通しをもっており,差し当たっては特別の措置をとるよりも様子を見守ることにしたい。