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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] アルフォンシン・アルゼンティン大統領の来日関連文書,歓迎午餐会における中曾根内閣総理大臣スピーチ

[場所] 
[年月日] 1986年7月15日
[出典] 外交青書31号,358−364頁.
[備考] 
[全文]

アルフォンシン大統領閣下,並びに御列席の皆様。

 このたびアルフォンシン大統領閣下とその御一行をお迎えし,本日ここに歓迎の宴を開催できますことは,私の大きな喜びであります。先ず,貴国が今回第13回サッカー・ワールド・カップ大会において,見事優勝を飾りましたことに対し,改めて心からの祝意を表明したいと思います。

 大統領閣下,

 私が内閣憲法調査会調査団の一員として貴国を訪れたのは,1961年のことであります。ブエノス・アイレスは,その名のごとく澄んだ空気,豊かな緑,そしてゆったりした街並みで,私を魅了しました。当時,フロンディシ大統領の政権が新しい国づくりのため苦闘しておられる最中でした。以来ちょうど4半世紀,さまざまな波風を経た貴国に,急進党の大統領として,民主主義の再生と国民経済再建をはかるため,身命を賭して努力しておられる貴閣下と,本日こうしてお目にかかれる機会を得ましたことに大いなる感慨を覚えるものであります。

 大統領閣下,

 私がとくに閣下に敬意と共感を覚えますのは,閣下が,長期的な経済安定の基礎構築のために,新経済政策,アウストラル・プランを断行され,その後着々とその成果を収められつつあることであります。

 我が国には,「良薬は口に苦し」という諺がありますが,大きな改革を行うには,国民に,一時は,この「苦さ」を我慢してもらわなければなりません。私も,総理就任以来,行政,財政,教育などにわたる諸改革に取り組んでまいりましたので,人々の気持ちの持ち方を変える,このいわば「意識改革」のため,閣下がどれほど御苦労なさっているか,痛いように理解できるのであります。

 また,大統領閣下は,法治国家の確立,人権の尊重に力を注ぐほか,永年隣国チリとの間での懸案であったビーグル海峡問題を平和的な話し合いで解決されることにより,国内政治の土台を確固たるものとされたばかりでなく,貴国の対外的威信を大きく回復されました。閣下のこれらの業績は,類似の環境にある近隣諸国の瞠目するところであり,世界はいまやアルフォンシン大統領閣下を中南米民主化の最大のリーダーの1人と目するに至っております。

 先般のサッカー・ワールド・カップ戦では,貴国の誇るマラドーナ選手が,多くのタックルを次々と巧みにかわしてゴールをかさね,ついにアルゼンティンを優勝に導きましたが,このようなマラドーナの活躍は大統領閣下が卓越した政治手腕をもって次々と難関を突破される姿を彷彿させるものであります。

 大統領閣下,

 我が国と貴国の関係は,遠く日亜修好通商条約が結ばれた1898年以来,今日まで88年にわたります。この間,我が国は,いくたびか貴国並びに貴国民の暖かい友情に接しました。両国の国交開始後間もなく勃発した日露戦争の際には,貴国は,「リバダビア」及び「モレノ」の2隻の軍艦を好意的に我が国に譲られ,両艦はそれぞれ「日進」,「春日」として我が海軍に編入されて,日本の勝利に大きく寄与しました。

 第2次大戦後の1949年,まだ日本国民が敗戦後の困窮で苦しんでいる時,貴国は我が国に,「リオ・イグアス号」を回航し,満載していた食糧を我が国民に贈与されました。

 また,私は,貴国の我が国に対する友誼を示すものとして,この首相官邸に掲げてある1枚の絵に言及したいと思います。それは,貴国の大画家キンケーラ・マルティンの筆になる「ラ・ボカ」と題する名画で,1940年,貴国が日亜親善の証として我が国に寄贈されたものであります。

 さらに,貴国で働き,生活している3万2千人に及ぶ在留邦人と日系アルゼンティン人は,両国の相互理解促進の重要な絆の一つでありますが,私はこの機会に,この日系社会に対する貴国官民の暖かい御理解と御配慮に心から謝意を表したいと思います。

 このように,両国間の交流は,着実に進展し,今日,経済,科学技術,文化,スポーツ等多岐に及んでいます。こうした発展が日本アルゼンティン友好議員連盟,日亜経済合同委員会などを太いパイプとして促進されていることは,御列席の皆様のよく御承知のところであります。

 大統領閣下,

 しかしながら,私は,両国関係の現状は,それぞれの役割と潜在力から見て、決して十分とは言えないと思います。すなわち,貴国は,豊かな資源と文化・教育水準の高い国民を有し,中南米全域の平和と発展のため大きな期待を抱かれている国であります。我が国もまた,アジア・太平洋地域に位置し,世界に対し有意義な貢献をなすべくつとめております。

 しかも,両国は,自由と民主主義を共通の価値観としているばかりか,多くの分野において相互補完的な関係にあり,力を合わせて,人類の繁栄に貢献すべき余地は多々あると言わねばなりません。

 この意味において,このたびアルフォンシン大統領閣下の御訪日を得,両国首脳が忌憚のない意見交換を行って,関係強化につき重要な合意を見るにいたりましたことは,ただ両国関係だけではなく,アジア・中南米関係,ひいては,世界の平和と繁栄にとって,極めて重要な意義を持つものであります。

 とりわけ,大統領閣下から提案のありました,両国関係を永続的に強化させるための方途を検討するいわゆる「賢人会議」設置の構想は誠に時宜を得たものであり,また,青年交流の強化,経済及び経済技術協力分野での協力の強化に関する合意も,まさしくこの目的に資するものと考えます。

 さらに,大統領閣下訪日直前,貴国において,亜日友好議員連盟が新たに結成され,また対日国際協力審議会のメンバーが任命され,その代表が今日この席に参列されていることも,両国関係の今後にとって心強い限りです。

 アルフォンシン大統領閣下,私は,国民から強い親愛感をもって支持され,アルゼンティンに新生の道を開いてこられた秘密が一体どこにあるのか,同じ政治家の一人としてぜひ知りたいものと思っておりましたが,この度の会談を通じて,その一端に触れたように感じました。あえて言わしていただければ,それは,閣下の率直さ,誠実さ,そして肥沃なパンパのような豊かな人間味であります。私は,ここに1人の心の友を得たことを,限りなくうれしく思っていることを告白したいと思います。

 それでは御列席の皆様,

 アルフォンシン大統領閣下のこれからの御旅行がつつがなきよう祈り,アルゼンティン共和国の繁栄,そして日本とアルゼンティンの友好協力関係の新しい門出を祝い,その発展のため乾杯したいと思います。