[文書名] アルフォンシン・アルゼンティン大統領の来日関連文書,歓迎午餐会におけるアルフォンシン大統領スピーチ
内閣総理大臣閣下
私を暖く迎えてくださった日本を訪問することができ,また閣下の公邸にお招きいただいたことは,この上ない喜びであり,閣下をはじめ,日本国政府の方々の歓迎とおもてなしに対し心からの謝意を表明いたします。
3千万人のアルゼンティン国民は再びその歴史の道をしっかりと見出し,民主主義と自由のもとに労力と熱意をもって失われた時間を取りもどし,十分に発展をとげた国として21世紀を迎えるため並々ならぬ努力を行っております。
深く地に根ざした伝統とゆるぎない希望を抱く我がアルゼンティン国民を代表し,日本の高貴な歴史,すばらしい現在,そして未来における大胆な使命に敬意と賞賛を捧げるために,この模範とする国家を訪問いたしました。また,この友邦国民とそのすぐれた為政者の方々に,アルゼンティン国民の兄弟としての御挨拶を運んでまいりました。
しかし,同時に,また,私共両国家の合意から生まれ,平和,尊敬,そして協力の枠の中で,両国のみならず,国際社会にとっても有益なるところの多くのプロジェクトを具体化するためにやってまいりました。
国際社会のためになる日本とアルゼンティンの共同事業の具体化の可能性について言及いたしましたが,これは単なる言葉だけ,その場かぎりのものではありません。実際のところ,国際関係とは,単に抽象的で非人間的な制度上の枠を提供するものでなく,生きた環境を構成するものであり,日常我々に影響を与える進歩や出来事が演じられ,また,我々自身の決定や願望がしばしば強く制約される重大な分野を構成するものであります。
この世界が,平和的環境のうちに生きるか,それとも緊張のもとに生きるかは、我々に大いに関心のあることであります。また,その財とサービスの流れが,自由なかたちで行われたり,保護されたかたちで行われたり,あるいは補助金を伴って行われている国際経済秩序が存在するという事実に,我々は同じく無関心でいられないのであります。また,緊張地域,人種差別が以前として行われている地域,独裁的支配,植民地的支配,又は飢餓にさらされた民衆の存在,は我々に対し実効的,且つ,明確な答を要求しているのであります。
我々は,かけがえのない生存の権利を持っております。人間で
ある限り我々は等しくこの権利を持っております。したがって,この譲渡不能の権利を危険にさらしたり侵害するような事態が生ずれば,それは我々すべてに影響を及ぼす問題であり,すべての国々は低開発,差別,全体主義,軍備競争などを意味する危険を避けつつ,尊厳をもって生存の権利を確保するために寄与しなければならないのであります。
今日の世界は人類の歴史においてかつて見られたことのないほど大量破壊兵器を蓄積しております。それ故にアルゼンティンは,1年以上前から平和と軍備縮小のキャンペーンを展開してきた元首及び政府首脳により構成される「6カ国グループ」において,積極的役割を果たすべく努力して参りました。この運動の目的は,国際関係において暴力にかわり対話と合理的な交渉を促進するという至上命令を暗黙のうちに含んでおります。
この意味において,紛争の平和的解決はラテン・アメリカ地域の諸制度の根本原則の一つをなしております。アルゼンティンは姉妹国チリの国民との長年にわたる係争に終止符を打ち,必要かつ有益な統合の可能性を切開いて,本原則の強化に貢献いたしました。
右と同様の姿勢に基づき私共は,マルビーナス諸島,南サンドウィッチ諸島及び南ジョージア諸島に関する主権問題を最終的に解決するために,連合王国と,無制限かつ全面的な交渉を開始することを提案しております。
同様に,我々は,中央アメリカの紛争地域においても,干渉主義を排し平和を達成する事が可能であると考えます。そのため,我々は対話に基づく解決方法を通じてこの深刻な危機を克服せんとするラテン・アメリカ諸国の努力にためらいなく参加し,またラ米の他の国々とともに,コンタドーラ・グループの和平のための作業を支援するグループを形成いたしました。
総理大臣閣下,
20世紀も終りに近づいている現在,発展を考慮せずして平和や安全保障を論ずることは不可能であります。
また同様に,国際的経済関係において存在する相互依存の仕組みを考慮せずして発展を論ずることも不可能であります。この相互依存は,北半球においては高度の発達をとげております。北半球においては,正確な計算,諸傾向の分析や見通しを行うことが可能でありますが,それは社会が進歩と福祉という一般的な条件下において発展しているからであります。
確かに,日本のような国の人々が得る富は,たゆみなき労働,貯蓄そして国内社会自体の能力に対する信頼の賜であり,それらが日本をして前世代が受け継いだ逆境と破壊を克服することを可能となさしめたのであります。
南に属する私共も,けっして犠牲や辛い労働や努力を惜しんで来たわけではありません。しかしその犠牲にもかかわらず到達せんとする目標は遠ざかる一方であります。なぜなら我々の生産物から得る収入は生産量を増大させても減じて行く一方であるからであります。更に,我々の獲得する外貨は,我々の手中にとどまらず流出して北の国々の商業金融の流れをさらに大きなものとするのであります。
かくて我々は問いかけます。このような状況が無限に続くものであろうか,と。さらにこの道は何処に向おうとしているのか,と。なぜなら私共の国民は,自分の払う犠牲の行方と目標を明らかにするよう我々に求めているからであります。
これにたいして私共が与えうる答は,労働の終わりには正当な報酬があるということであります。また社会が完全なものに到達するための民主主義の下の自由が答であります。さらに社会的合意の枠の中で維持される発展の結果への期待も答えであります。
しかし私共が忘れてはならないのは,決裂,孤立,及び暴力を含む別の答えも存在していることであります。こうした考えが明らかに誤っており,未来のないことを教えるのも私共の責任であります。なぜなら,我々の唱える答とは,我々の民衆の必要をほんとうに満足させるものであるべきだからであります。
我がラテン・アメリカ地域においては,すべての国が程度のちがいこそあれ,多くの問題と困難を分けあっております。我々の諸国民の中にはそうした諸問題を法と民主主義の諸制度の枠の中で克服しようとするあらたな勢力が存在します。長期にわたって権威主義が強要されたのち,今日我々は法治国家の再興につとめております。そこで私共にとっては,これを強化することを支援することが急務であります。人間の尊重に基づく社会・政治の規範は人間を目的化したり,単なる道具として扱う規範よりも,より良く,より効率的であることを示すことが必要なのであります。
我々の主張する規範が完全な発展を達成する事ができるためには,現在の社会的連帯の価値が,国際関係における協力の場面でも明らかにされる必要があります。
この意味において,その倍加する力の故に,発展のために不可欠な要素として国際社会及び各国の中で大きな重要性を持ってきた活動分野があります。すなわちそれは,通信・輸送・食糧,そして現実には現代生活のすべての分野にわたって応用される技術革新であります。
また,我々は,日本が達成した驚くべき変容を感嘆の眼をもって見るものであります。日本は,価値ある伝統を尊重しながらも,人間活動の多様な分野において,技術的進歩の先頭に立つことを知っているのであります。
私共の側でも人類の創意により獲得した科学技術的知識が人類に与えたものを全人類が益々その恩恵に浴することができるようにこれを吸収する努力を行わねばなりません。その努力を怠るならばそれらの知識は諸国家間の亀裂を深めるために利用される道具となり,その結果平和の建設には寄与せず,逆に,不満を醸成し,今日,我々の社会が享受している自由を危険にさらすおそれのある緊張状態を生むことになるでありましょう。
獲得された科学技術知識の普及と移転は,個々の技術革新が行われた分野のみでなく,さらに諸国民統合と進歩の機能も果すものであります。
もし,我々が人類の知恵が最近数十年間に科学技術の分野で蓄積してきたものを吸収することを拒むならば,それは自由で自主的な社会の中に生きるという我々の使命を事実上放棄することにほかなりません。しかし,これは,みずからの権利と運命を守る熱意に燃えるアルゼンティン国民が望んでいることではないのであります。
人間の生存の権利の防衛については,国際的な連帯があります。また経済活動が有効なものとなるよう最低限の富をも分ち合うことがなければ永続的な発展と繁栄はありえません。同様に今日においては,科学技術分野において全てを持つ国と持たざる国が和解できずに分裂したまま世界を考えることはできません。これは,人間の知識,いわんや叡知のあり方にそむくものであります。
内閣総理大臣閣下,
以上がアルゼンティン大統領である私に日本親善訪問をさせることとなった基本的な考えであります。私共が,具体的な計画を実行に移すために開発したいと思う有望な補完的分野がたしかに存在しています。今世紀に強化された我々相互の深い友情はこのためにこそ存在するのであります。
私共が東京に到着した時にお受けした歓待は,日本国民の友情がいかに深いものであるかを我々におしえるものでありました。
内閣総理大臣閣下,
改めて私の感謝の意を表明するとともにアルゼンティン共和国がこの偉大な国にいだいている尊敬を表明いたします。私は,日亜両国民は,世界の平和と協調及び両国の利益に役立つためのその相互関係を拡大するための新たなパイプを開き,また両国間の相互理解の基礎を強化することができることを確信しております。