データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] ブッシュ大統領夫妻のための総理夫妻主催晩餐会における宮澤内閣総理大臣の挨拶

[場所] 東京
[年月日] 1992年1月8日
[出典] 宮沢内閣総理大臣演説集,147ー149頁.
[備考] 
[全文]

 ブッシュ大統領閣下,令夫人,並びに,御列席の皆様

 今宵,ブッシュ大統領閣下とそのご一行をお招きし,ここに晩餐を共にできますことは,私どもにとってこの上ない喜びです。

 日本では古くから,正月は清々しい心でその一年の計を立てる神聖な時とされてきました。私は,新たな出発を期する年のはじめに閣下をお迎えし,来るべき時代の姿をじっくりとお話しする機会を得ましたことを,たいへん幸運に思います。

 大統領閣下

 歴史の潮はその流れの向きを大きく変えつつあります。人類の頭上を重苦しく覆っていた恐怖の傘の切れ間から少しずつ青い空が見えるようになりました。専制と独裁の壁が崩れて,ひとびとが自分自身の声で語るのが聞こえるようになりました。冷たい戦いのはじまりから四十数年,人類は今ようやく,明るい時代が到来する可能性を予感しつつあります。この大きな変化への期待がもたらされたのは,なによりも,冷たい戦争のあいだ一貫してアメリ力合衆国がその強力なリーダーシップを発揮してこられたことによるものと思います。なかでもブッシュ閣下は,冷戦に終止符を打つという,特に歴史的な役割を引き受けられ,見事に成功されつつあります。

 しかし,地球上に平和な社会が実現するという大事業は,まだその緒についたばかりです。冷戦の重しがなくなるのにあわせて,民族対立をはじめとする対立や紛争が発生しています。大統領閣下は,この新たな情勢の中でも,引き続き卓越したリーダーシップを発揮され,世界の平和勢力の先頭に立って奮闘しておられます。 果敢に,しかし慎重に,厳格に,しかし温情をもって,閣下は近年の激変に対処してこられました。閣下のこのようなご努力にたいして,私は深い尊敬の念を禁じえません。

 大統領閣下

 今,私たちは,これまで経験したことのない新しい時代に踏み入ろうとしています。世界の平和と安定の一切を,強力な超大国に任しておけばよかった時代は過ぎ去りました。新しい国際秩序は,それから受益するすべての国がその国力や国情に応じた貢献を行うことを求めています。そして,我が国は貢献の幅を広げて,新たな分野への努力を強めようとしています。

 同時に,私たちは,アメリカが冷戦後の世界においても,引き続きリーダーの役割を果たしていくことを信じています。我が国は,世界に貢献するに当たり,アメリカと価値観を共にする国として,また,アメリカと相互依存関係の最も深い国の一つとして,アメリカとの協力を大切にして行きたいと思います。わたしはこのような世界のためのグローバル・パートナーシップについて,大統領閣下と語り合えることを心からうれしく思っています。

 振りかえってみますと,我が国は,敗戦後,長きにわたって,国際社会から様々な形での支援を得てきました。とくにアメリ力とアメリカ国民の善意に満ちた支援がなかったなら,我が国の今日はなかったと言っても過言ではありません。したがって,現在の日本の繁栄は,ひとり我が国民のみが私すべきものではなく,我が国が今世界から求められている貢献を自らの責任として積極的に果たしていくことこそ,アメリカをはじめ国際社会から受けたこれまでの恩義に報いる道だと考えます。私は,このことを,御列席の皆様だけでなく,日本の,特に若い人々に対しても強調したいと思います。

 閣下は,去る十二月八日の真珠湾五十周年式典の演説で,アメリカ国民に対し,かつての敵は今や最良の友人であると語られました。閣下のこの言葉は日本国民に強い感動を与えました。まさに今こそ建設の時であります。私は,プッシュ大統領閣下のこのたびのご訪日は,そのような建設的な日米関係の推進に最も必要な,互いに相手の喜びを喜びと感じ,苦しみを苦しみと感じられる,信頼と友情のあかしとなるものと信じます。さらにそれは,日米両国が真にグローバル・パートナーに向けて歩みだした画期的な里程標となるに違いありません。

 大統領閣下

 私がはじめてアメリカ合衆国を訪れたのは,一九三九年,まだ大学一年生の夏のことであります。この時私は南力リフォルニア大学で開かれた日米学生会議に参加しましたが,その旅行で,二つの貴重なものを手に入れました。一つは,ここに座っている私の妻であります。彼女も同じくこの会議の出席者の一人でありました。もう一つは自由という価値についてであります。日米関係が悪化しはじめた当時,米国の学生が,自国政府のアジア政策を平気で批判していたことは我々日本の学生にとって新鮮な驚きでした。そして自由で開放的な空気の味は,私の心にしっかりと刻み込まれました。それ以来,この経験は私にとってアメリカの偉大さを計る一つの重要な尺度となっています。

 大統領令夫人

 最後になりましたが,令夫人におかれては,長いご旅行でお疲れではないかと案じております。ご滞在は短期間ですが,どうかくつろいでお過ごしくださいますようお祈りいたします。

 それでは,御列席の皆様,ブッシュ大統領閣下と令夫人のご健康,ご一行の皆様とアメリカ国民の皆様の一層のご発展,そして,世界の平和と繁栄を祈って,ここに杯を上げたいと存じます。

 乾杯。