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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 退陣に当たっての竹下内閣総理大臣による記者会見

[場所] 
[年月日] 1989年4月25日
[出典] 竹下内閣総理大臣演説集,519−528頁.
[備考] 
[全文]

自らの決意実行

 総理 では、最初に簡単なものでございますが、「国民の皆様へ」という気持で書き下ろしたものを朗読させていただきます。

 リクルート問題に端を発する今日の深刻な政治不信の拡がりは、我が国の議会制民主主義にとり、極めて重大な危機であります。

 私は、このような事態を招いたことに関し、政府の最高責任者として、また、自由民主党総裁として、責任を痛感するとともに、とくに私の周辺をめぐる問題により、政治不信を強めてきたことについて、国民の皆様に深くお詫びを申し上げます。

 政治に対する国民の皆さまの信頼を取り戻すために、私は、自らの身を退く決意を固めることといたしました。しかしながら、国民生活にとって、極めて大きな意味を持つ、平成元年度予算は、今日に至るも尚、国会審議の見通しが立っておりません。私は全力を尽くして、新年度予算の成立を図り、その実現を俟って、自らの決意を実行に移す考えであります。

 国民の皆さまのご理解とご協力を心からお願い申し上げます。

 以上でございます。

 問 まず、幹事団の方から四点ほどお聞きをいたします。

 いま、退陣を決意された訳ですけれども、現在の率直な心境を、ちょっとお聞かせ願いたい。

 総理 いまの心境を率直に語れと、こういうことでございますが、先ほど読み上げたとおりの心境である、という以上のことはございません。

 問 総理が、退陣を決断された時期と、それから、いまの退陣表明の中にもありましたですけれども、退陣なさる時期ですが、正式に、予算の成立後と言われておりましたけれども、それを明確にもう一度お願いいたします。

 総理 いわゆる、いま申し上げました決意を実行に移すと、即ち、内閣総辞職の手続きをいつするかと、こういうお尋ねであると思います。

 いまも、申されましたように、平成元年度予算が成立した段階であると、こういうふうに思っております。

 その前のご質問は、決意した時期と、こういうことでございますが、これは、私がいつの場合でも申し上げておるとおり、進退は、ある日ある瞬間に突如として決するべきものである。経過はございましても、正に今朝決断をしたというふうにご理解をいただきたいと思います。

 問 総理が身を退かれることを表明なさったことによってですが、リクルート事件をきっかけにして国民の間に拡がっている政治不信ですね、これが払拭できる、というふうにお考えでしょうか。

 総理 私自身が身を退くことによって、その責任を明らかにした訳でございますので、それによって国民の皆様方の考え方がどう変化していくかというようなことは、私の方から予測すべきものではない、というふうに思っております。

 問 ちょっと気が早いかもしれませんが、総理の頭の中に後継者について、具体的にあるのか、どうか。お聞きしたいのですが。

 総理 これは、いつの場合もそうでございますが、自由民主党で、前総裁がその職を辞した場合、いろいろな手続きもございますので、辞めていく私がとやかくの予見を持つべきものではないというふうに思っております。

 問 率直に伺いますけれども、一年半という期間で、その座を去られる訳ですが、いま、胸中にはいろいろな思いが去来されていることと思います。率直に伺うんですけども、その気持の中で一番大きいのは何でしょう。やはり、無念ということでしょうか。

 総理 元来、自分の感情を出さないことを旨としてきましたから、無念とかいうようなものはございません。

 問 それでは何でしょう。

 総理 私の決断に従ってとった行動に対する平常心というふうに思っております。

 問 後継者の件なんですが、これについては、リクルートに端を発する政治不信の関係のない方とお考えでしょうか。

 総理 それも予見の内に入ると思いますので、やはり、総裁選びというものは、手続きもございますし、やはり、辞めていく者が、予見、条件、こういうことを申すべきものではないと思っております。

 問 二十九日からのASEAN歴訪はどのようにされるおつもりですか。

 総理 ASEANにつきましては、確かに私も熟慮をいたしました。

 関係者と協議をいたしました。外交の一貫性、継続性という観点から予定どおり実行させていただきます。

 問 ちょっと話が前後して恐縮ですが、後継問題についてですが、総理としては、どなたかに一任されるというお考えですか。総理、自らか後継者選びに口をはさむことは困難であるとすれば、どなたかに一任されるのですか、また、調整をしてもらうと、こういうことになるんですか。

 総理 いや、いま別にそういうことは考えておりません。

 問 リクルート問題ですけれど、先ほどは、国民の皆さんにお詫びを申し上げるとおっしゃいましたが、ご自分はこれでお辞めになるにしても、いろいろな世間の疑惑に対して、これはやはり、徹底的に究明すべきものというふうに引き続きお考えでしょうか。

 総理 これは、いつも申し上げているとおりでございまして、特に、けじめのつけ方、刑法上の問題とか、証券取引法上の問題とか、そういう問題もございますが、いわば、政治的、道義的責任の問題につきましては、けじめをつけるべきであると思っております。

 刑事上の問題等については、検察が厳正適切な対応をしておるという立場を引き続き持っております。

 問 総理は政治改革を緒につけるということをかねてからおっしゃってましたけども、参議院での予算が成立するまでおやりになるということは、そこまで政治改革をお進めになっておやりになるのかどうか。そのへんの見通しを、あるいは、ご決意を含めて伺いたいのですが。

 総理 私がお願いして、内閣総理大臣として、有識者皆さま方のご意見が頂戴できる時期にきていると期待をいたしております。それに基づいて、適切な措置をとるべきであろうと思っております。が、法律改年を伴うもの等につきましては、その方針を党の方へもお願いいたしますと同時に、立法そのものは、新しい方の手によって行われることが良くはなかろうかというふうに思っております。

 行政府の長であります間に、できるものは私の手でやりたいというふうに思っております。

ふるさと創生の実現

 問 総理、同時にですが、ふるさと創生の実現ということも当初から言われていることだと思うんですけども、残された期間、この問題にどう取り組まれますか。

 総理 この問題につきましては、六十三年度補正予算から、その芽は政策上の問題としては出ております。

 それが継続して、平成元年度予算に組み込まれておりますので、まずは、これが成立することによって、その土台をはっきりさせたいというふうに思っております。

 政治家である私といたしましては、私が、内閣総理大臣の際に、唱えた政策課題でございますので、ふるさと創生の問題については私の生涯をかけての努力をすべき問題であるというふうに思っております。

 問 最近の内閣指示率の低下の一つの原因として、消費税の導入があった訳ですけど、昨年の暮れに消費税を通された訳ですが、現在の心境として消費税について、どのようなお考えをお持ちでしょうか。

 総理 いわゆる税制改革、おそらく、その中の新しい税制である消費税についての考え方を問われた訳でございますが、あれだけ私自身にとっても多年の懸案であった税制改革そのものでございますので、私は、この税制が国民の皆さん方の暮らしの中に溶け込んで、必ず所得税等の大幅減税とともに、税制改革はやってよかったと、言われる日がくることを確信して、これの定着のために、これからも努力をしなきゃならんと思っております。

 どのような立場にございましょうとも、最終的には、私、経理大臣が大蔵大臣を兼務して通させていただいた法律であるということは、しかと心に留めておるところでございます。

 問 政治不信の話で恐縮なんですけども、リクルート問題が表面化してからですね、今日、事ここに至るまでの間に、どうでしょうか、総理としては、この問題がこういうふうに発展してくるとお考えだったんでしょうか、それとも世論と言いますか、国民の気持と言いますか、そういうものを見誤ったというような点はありませんでしたか。

政治改革

 総理 リクルート問題が問題化してからとでも申しましょうか、今日のような政治不信を惹起する大きなうねりになるということは、いまのお言葉をお借りしますならば、そのように思っていなかったということを率直に申し上げるべきだというふうに私も思っております。

 問 どこが見誤った点でしょうか。

 総理 私、個人的な反省からいたしますと、いわば政治活動、私生活といかに遮断をいたしましても、その分野における金の問題と、個々の私生活の間にあまりにも間隔があったということであろうと思っております。

 問 それは、要するに国民一般の金銭感覚と、よく言われる政治家の金銭感覚との差ということですか。

 総理 いや、政治家と申しますよりも、私自身の金銭感覚もやはり一番大事なことだと思います。

 問 総理、政治不信に関連してですが、総理が身を挺して、予算案通過ということですね。この問題でやっぱり政治不信を取りもどすために、中曽根問題を決着させるべきだという声も強い訳ですけども、今後、総理の残された任期の間で、中曽根問題については、どう対応されていくのかお伺いしたい。

 総理 ただいまの問題は、幹事長、書記長会議で自由民主党の考え方が明らかになり、いま、物別れになっておるという状態でございますので、私から、それ以上の見解を申し上げる立場にはないと申すべきであろうと思っております。

 政治家そのものの進退というものは、個々の考え方に従って対処すべきものであるということは、いつも言っておる所でございます。

 問 政治改革の問題に戻りますけども、先ほど、退陣までに行政府の長としてできるものは手掛けたいということをおっしゃいましたけども、具体的に、どういうことを考えていますか。

 総理 頭の中には整理しておりますが、私自身、有識者懇の見解に基づいて整理を最終的にはすべきであると、こう思っておりますので、有識者懇にお願いしておる限りにおいては、それがいただける段階でお答えするのが礼儀だと思っております。

 問 新しい方に、このあとのことなんですけども、第一の課題というのは、政治改革というふうに考えてよろしいんですね。

 総理 要するに新しい方に注文をつけるというような考え方はございませんが、どなたも私が政治改革というものを緒につけたいと申しておりましたし、皆さん方にもそれに対する異論はないと、最重要課題として取り組んでいただける課題であろうというふうには思っております。

 問 もう一つ、関連質問ですが、総理はこれまでの自民党の歴史の中で、世代交代という看板を背負って総理大臣になられたんですが、これが一期目の半ばにして退陣されると、このあと長期的にごらんになって、世代交代と政権と、いう点についてのお考え方はどういうふうに思っておられますか。

 総理 世代交代というのは、私自身か世代交代という言葉を掲げて、自由民主党の総裁選挙に立候補したとは思っておりません。

 しかし、いつの世でも、世代が交代していくということは、当然の姿であると思っております。

 問 退陣の決意に至った経緯に関することですが、退陣を決意されたきっかけというのは何なんでしょうか。例えば、世論調査の支持率とか、また、良心の呵責とか、内面的なものとか、どういうのがきっかけだったんですか。

 総理 これは最初申し上げましたように、すべて総合的に私自身が判断したことであって、その中身を詳細に分析するという性格のものではないと、このように思っております。

 問 どなたかにご相談されましたか。

 総理 私自身が決することでございますので、相談をすべきことではないと、これは、古くから申し上げておるとおりでございます。

 問 ある日、ある瞬間に決すべきものということで、今朝、決心されたということですけれども、辞任ということが念頭にのぼったのは一体いつ頃のことなんでしょうか。

 総理 それは総理になった途端から辞任の時機というものは考えるべきものだと。

 問 総理に就任したときからということですか。

 総理 はい。昔からそれは申し上げております。あるいは、こういう機会に申し上げたことはございませんけれども、先輩は、「ある日、あるとき、沛然として大地をうつ豪雨の音に心耳を澄まし、いま、自らがその職を辞することによって、政局の安定を図りたい」ということを私自身が朗読した記憶もございます。

 政治家の進退は、かくあるべきだと思っております。

外交の継続性

 問 ASEAN訪問なんですけれども、お辞めになるということが、明らかにされたいま、外国を訪問されることについて失礼に当たるという声もあるんですけども。

 総理 いまおっしゃったことは、私の熟慮の中にもあったことでございます。しかし、約束をした日程というものに対しましては、やはり、外交の一貫性と、継続性の立場から考えれば、自らが予定通りに実行することが適切であるという判断をした訳でございます。

 問 韓国大統領の訪日も予定されていますが、これも、当初の予定どおり行われることですか。

 総理 ちょっと、いまの質問はどのように・・・。

 問 外交日程は、当面、変わりはない、ということですか。

 総理 その考え方に立っておるべきだと思っております。

 問 自ら、外遊に出かける場合もあり、あるいは、日本に招く賓客の場合も特に、いまのところ予定の変更は考えられないとお考えですか。

 総理 私の方から、変更するとか、そういうようなことは考えるべきではないと思っております。

 問 身を退かれて成立を期された平成元年度予算案なんですけれども、成立の見通しの時期というのはいつ頃というお考えでしょうか。

 総理 それこそ、私は、まだ、内閣総理大臣でございます。で、したがって、いつも申し上げておりますように、国会で汗をかいていただいておる最中でございますので、それの見通し等を、行政府の長であることは事実でございますから、申し上げるということは、三権の建前からしても、非礼であるという考えはいつまでも持っておりますので、私から、いま、見通しを申し上げるというようなことはすべきでないと思っております。心から、期待をしておるところでございます。

 問 中曽根前総理の問題にまた戻りますけれども、そういった問題も、一つ、国会が停まっている要因だと思うんですが、竹下総理ご自身が、中曽根前総理にお会いになるとか、あるいは、野党の各党の党首の方にお会いになるようなお考えはありませんでしょうか。

 総理 今日、前・元総理のお三方には、ここに至ったことについて、訪問し、ご報告を申し上げようと思っております。

 それから、いまお話になりましたのは、おそらく収拾策の一つとしてのお考えでございましょうが、それこそ、党において、いま、汗をかいていらっしゃるときでございますから、収拾策を私が述べる立場にはないし、現段階においてということは、ご理解いただけることであろうと、いつも、そのへん、整理いたしまして申し上げて、三十年間、おる訳でございますから、ご理解をくださいますようにお願いをいたします。