[文書名] 羽田内閣総理大臣の記者会見
羽田内閣は、本日をもって総辞職することといたしました。
この内閣は、発足の残念な経緯から少数連立政権として船出を余儀なくされましたが、激動する内外の情勢の下において、私は「改革と協調」の政治を心がけ、一日一生の思いで、当面する最重要の課題に真正面から挑戦をしてまいりました。短い期間ではありましたが、遅れていた平成六年度予算、これにつきましても、これは与党、野党の皆様方のご協力をいただきながら正に最短時間でこれを成し遂げることができました。政治改革関連法案実施のための態勢づくりと、あるいは規制緩和などの行政あるいは経済改革、日米の包括協議の再開、北朝鮮核疑惑問題への対応などの難問を、率直に国民に提起し、誠心誠意これに取り組んでまいりました。非常に辛い、きつい問題でありましたけれども、税制等につきましても、これからの高齢化社会というものを迎えるに当たって、辛い選択をしなければならないということ。それと同時に中高年層の一番苦労をされておる教育費、あるいは、その他に費用が掛かります。そういった皆様方に対する基本的な税制の改革、こういった問題も率直に訴えてまいりました。この内閣のこうした取り組みは必ずや国民の皆様の支持を得てきたものと確信を致しております。この間に国民の皆様から賜ったご理解とご協力に改めて感謝申し上げたいと存じます。
現在、いわゆる区画法の早期制定による政治改革関連法の実施をはじめ、諸改革への取り組みを本格化すべき重要な時期を迎えております。また、景気の着実な回復を図るため、今般成立をみた平成六年度予算の一日も早い執行が求められていると思います。また、対外的にも、ナポリサミットへの対応を、これらは正に国際的にも雇用の問題、その他が非常に重要な課題となっております。そして大きく各国、各地域において転換している、こういった問題に対して、いわゆるG7といわれる先進国はどう対応するのか、そしてまたロシアも含めて、どう対応するのか、こういった問題があります。このナポリサミット、これも非常に重要な課題であろうと思っております。こういったことを考えました時にですね、前回、細川政権が退陣されてから二十日間、日を要したということ、そして今日も為替の動きですとか、あるいは、以上申し上げた問題に対応するのに、ここでまた空白をつくるということになってはいけないと、そういう思いが強くされたところでございます。政治がこれらの課題への取り組みに全力を挙げるべき時期に、政策の是非についての十分な議論をなすことなく、内閣不信任案が提出されたということは、私は誠に残念だと思っております。しかし、冷静に、この内閣の置かれている少数与党の上に乗る政権と言うことを私は考えました時に、なすべき課題の多さを考えるときに、できるだけ政策の多くの面において、同意する皆様方が集まって新しい安定した政権を創ることが大事であると考えたところでありまして、これこそ、正に現下の急務であると考えています。このような観点から、私は、この際、「改革」の筋道を通すために、総理の職を辞することによって新たな政権の樹立を国会の御意思に委ねたいといたしました。解散というような考え方もありましょう、しかし、もし解散があった時には、一か月以上の空白をつくってしまうと、これは現下の情勢から言って、私は避けなければならないと考えた訳であります。
内外の情勢が激動し、難問が山積する中で、新しい内閣においては、種々の困難を乗り越え、政治改革の完成をはじめ当面する課題に対して建設的な取り組みが行われるよう強く期待をいたしたいと思います。
私は今日までの政治活動の中におきまして、常に自らを捨て石にする、あるいは、自らの身を投ずる、そういう中で物事を打開してきた人間でございまして、私は、今、この時に確かに私たちの目標、あるいは私が掲げた課題というのは、幾多のものがありましたことですけれども、しかし、私はここでまた、再び身を投ずることによって、日本に新しい光をつくりだして行くことが出来るだろう、そんなつもりで、この決断をした訳であります。政権を離れることになった訳でありますけれども「心鉄石の如し」これは、政治改革を懸命に進めて下さった、稲葉シズオ先生が、私が就任に当たって書いてくださった言葉でありますけれども、この心境で政治改革をはじめとする改革に、また同志の皆様と共に全てを投げうって答えて行きたいと思っております。
終わりに、申し上げることは、もう政争というものは、私たちは、辞めなければいけない。こんなことを続けていたならば、間違いなく、政治不信が起きる。政治改革は、政治不信を払拭するために、始めたことであります。しかし、残念ですけれども国民の皆さんは、更にまた、政治から遠ざかっている、その意味でも全ての政争というものを捨てて、権力とか、そう言ったものの争いでなくて、本当に国家・国民、それから日本の今置かれているこの国状、また世界が日本に期待するもの。こういうものに、的確に答えるためにも、何と言っても、この国をどうするのか。世界の中で、この日本の国をどうして行くのか、この思いで私は、これからそれぞれの皆様に今日置かれた状況を打開するために取り組んでいただきたい。心から願うものであります。
重ねて、これまでのご支援、ご協力に対しまして、国民の皆さん始め、皆様方にも心から感謝を申し上げたいと思います。
以上であります。
○記者 総辞職するということになれば、首相指名に向かうことになるんですが、総理はですね、その中で再び政権を目指されるというお気持ちがあるのかどうか。それから、そのこととは別に、総理が目指す新しい政権の枠組みというのは、先程、政策の一致ということを言われましたけれども、今の与党に社会党が復帰した形というものが一番望ましいとお考えなんですか。
○羽田総理 第一番目の問題については、私は、今、国会にこれからの問題は委ねることがよろしいということでございますから、国会のご判断に従っていくことが大事なことでありますから、私はすべてを投げ出して、そこから道が開けるものであろうということでありますから、そういった問題について、私は、今、一切考えておりません。
それから、政権につきましては、私は、やっぱり社会党がいわゆる、単なる野党でなくて、何としても野党から脱却して、責任ある政党になって、日本の政治の一端を担ってほしいと、そんな思いで、細川内閣発足の時以来、あるいはこの前の総選挙に臨むときにも、その思いで取り組んでまいりましたし、特に私の内閣になってから、この二か月間というものは表も裏もなくですね、私は正面から社会党が政権に復帰し、共にやっぱり政権を分かち合ってほしいということで訴えてまいりました。
しかし、今、私は正にこれを国会に委ねるということを申し上げた訳でございまして、これは正にみんなが虚心になって、この国というものを中心に考えて、私は臨んでいただきたいということだけであります。
○記者 日米首脳会談やサミットを控えまして、先程、総理から政治的空白ということがありましたけれども、首相の交代ということになれば、政治の停滞や渋滞というのは避けられないと、総理は一時、こういうことを避けるためにも解散ということを考えたという話も伝わっておりますけれども、この総辞職をすることによって、そういうことを招く責任というのはどう考えになりますか。
○羽田総理 しかし、一方では、昨年のサミットも解散した中で、しかも不信任を受けた中で臨まざるを得なかったということですね。それが、また、今、解散というものをしたならば、さてその帰趨はどうなるか分からないという中で、私は、臨むことは決して責任のあることでないであろうと最終的に判断した訳です。一つの思いは、そういうことで人心を一新するとか、あるいは国民のもう一度信を受けるとか、思いをした訳ですが、解散というのはその結果というのは分かりません。だから、そういう首相が二度やって来たっていうことになりますと、これは日本の信頼というのは、まさに地に落ちてしまう、そういう思いを持った時にこれを避けたいと思いました。
○記者 総理ご自身ですね、解散問題に触れられたんですけれども、昨夜から今朝にかけて、小沢さんとも長い間協議された訳ですけれども、解散の道を選ぼうとされた時はあったんですか。
○羽田総理 解散の道を選ぼうというよりは、私は常々、申し上げてきたことは、今、政治改革というものをする、そして、その政治改革の中心は選挙制度である。選挙制度は本当に議論が出来る政治の態勢を創るために、選挙制度というものを、改革するんだということを申し上げてまいった訳ですね。ということのためには、一般的な考え方としては、これは解散というものはすべきではないというのは私の考えでした。
それと同時に、今日この山積する問題、あるいは景気の状況、こういったものを考えた時にも解散を避けた方がいいんだろうと申し上げました。ただ、私は国会と内閣というものは、真正面から対決する時の解散権というものは、いかなることがあっても放棄いたしませんと、いうことを実は申し上げてまいった訳であります。しかし、私は諸般の事情というものを自らの中で自問自答し、これは小沢さんと協議したということよりは、各党の代表の方々、こういった皆さん方と話合ったり、正に安定した政権をつくるためにはどうしたらいいのか、それぞれあの部屋の中でお互いに作業をいたしておったという訳でありますけれども、そういう作業の過程を通じながらもですね、今、私は解散というものを避けることがいいだろうという結論に達したのです。
しかも、今度の場合には不信任案が通って、不信任案が提案されて、もう日にちを置かずにですね、その決断をしようということにいたしました。ともかく、空白だけはどうしても避けたいと思ったんです。
○記者 普通、総辞職するといえば、野党第一党に政権を渡す、つまり、下野するのが憲政の常道ではないかと思うんですが、その点は如何なんでしょうか。
○羽田総理 野党第一党に政権を渡すということになりますと、この前私どもが批判を受けました少数政権ということになってしまいます。ですから私は、今、残念ですけれども、絶対の過半数を持った政党がないということです。ですから野党第一党に渡すとかそういった話ではない、むしろ、国会にこのことをお任せすることが、むしろ国民の皆さんにもよく見えてね、どうも我々の政治が見えないということが、いつも言われることなんでね、この機会に寧ろ見える方がいいだろうと。国民の皆さん方が本当に政治が一体どういうことの中で、煩悶しているのか。何の為に時を過ごしているのか、こう言ったことが見えたほうがいいだろうということの為に、私は国会に委ねるということ、委ねるという言葉はなかなか訳すのは難しいらしいんですけれども、国会で決めることがいいだろうと考えます。
○記者 不信任案が提出されていますけれども、それは採決する前に自主的にいわば総辞職するというのは、どういうお考えなんでしょうか。
○羽田総理 これは不信任案を私たちが受けて立つということになったら、これは不信任案を否決する、この力がなければいけない、また、否決するということでなければ、そのために努力するということでなければいけない、ということであります。
しかし、私たちは正に少数の与党というものが背景でありますから、残念ですけれども、真正面から取り組んだ時にこれは否決するということはなかなか難しいだろう。しかも、そういったことのために時間をも費やすということは、許されない。しかも、その後、またどうするんだ、政権をつくるためのいろんな動きというものは、また大変な時間を費やすということになってはいけない、ということでありますから、むしろ、私は不信任案の前に対応したほうがよろしいだろうという思いを持った訳であります。
○記者 総理が、こういう政争はやめたほうがいいと、おっしゃられた訳ですけれども、自民党時代にですね、散々政争をやって来られた総理が、今おっしゃられても、もう一つ説得力に欠けるような気がするんですが。
○羽田総理 私の二十五年間の政治の歴史というものを読み取って欲しい。ということは、私は常に、国というもの以外考えたことのない人間でした。
ですから、四十日抗争の時にも、あの当時は西村英一さんですとか、二階堂進先輩ですとか、金丸さん、竹下さんといった大先輩たち、この人たちに向かって、この抗争は何なんですかと、これは国民にはとても見えませんと。どうしても、あなた方がこれが出来ないんだったならば、私どもとしては新たな道を開きますよ、と迫ったことがあります、私個人で。それは多く知られているところであります。
また、長いこと政権の送り、これをやってはいかんよと、むしろ、主体性を持って動こうということで、私は個人の権力とか、あるいは個人のポスト、こんなものを求めて動いたことのない人間であります。それは私のずっと二十何年間の歴史というものを一つずつチェックしていただければ、そうか、この時にはこういうことで動いたんだなということ、ここで皆さんに細かく申し上げることが出来ないことは残念ですけれども、これは、是非、一つ振り返っていただきたいと思います。
○記者 総理は、社会党との連立政治にすべて進退を委ねられたわけですが、その結論はどうなったのかと、村山さんがおっしゃってた実質的に総辞職ということを、総理が全面的に受け入れたということと受け取ってよろしいですか。
○羽田総理 昨日の何時の時間でしたか、一寸私は記憶しておりませんけれども、政策の面ではそんな食い違いがなかったんじゃないかと思います。その後の問題についての話合いが成立しなかった。そういう中で我が連立与党としましては、一つの政策、提言というものを各党に申し上げ、各党にも一応その呼びかけをいたしました。
しかし、例えば、不信任案が提出されたけれど後のことについては、まだ明確になっていません。だったとすれば、こういったことで、いつまでも続けていると、それこそ国民の皆さんに見えない、こんなことをもう続けることは許されないということで、私は総辞職を決意した訳であります。これは、後はどう受け取られるかは、それぞれの皆さん方が真正面から、私のその真意というものを汲んで真正面からこの問題に対して対応していただきたいということで、誰々の意に沿ってどうこうしたということじゃなくて、私はいかなることがあっても政治の空白を避けたいということ、それから言葉の行き違いを何時までも、ただ追い回して、やってるということは、結局政治の空白に繋がってしまう。むしろスッキリと、そして、国会にお任せするということがよろしいだろうということで、こういう決断をいたしたということであります。
では終わります。どうもありがとうございました。