データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 中東諸国訪問の際の内外記者会見における村山内閣総理大臣の冒頭発言

[場所] 
[年月日] 1995年9月18日
[出典] 村山演説集,161−164頁.
[備考] 
[全文]

一、私は、今月十二日よりサウディ・アラビア、エジプト、シリア、イスラエル、ガザ地区を訪問し、本日最後の訪問地として当地ジョルダンに到着いたしました。まず、これら各地における心温まる歓迎に対し、感謝申し上げたいと思います。

二、第二次大戦終了後、五十年を迎えたこの節目の年に、ここ中東地域を訪れることが出来ましたことは、私にとってひとしおの感慨をもたらすものであります。今日、我が国は、人類全体のより良き未来の実現のために、その政治的・経済的地位に相応しい国際貢献を主体的に進めていく考えであります。中東地域においても、この地域の平和と繁栄が、我が国を含む国際社会全体の利益であるという認識をあらたにしつつ、新しい国際関係の形成に主体的に係わっていくことが我が国の役割であると私は考えており、我が国よりの具体的な貢献を各首脳に直接伝えるべく、この地を訪れました。

三、今回の訪問において、私がまず第一に強調したのは、我が国は中東地域の平和と安定、そして繁栄のために積極的かつ建設的な貢献を行う用意があるという点です。

 九一年秋に開始された中東和平プロセスは、九三年秋のイスラエル・PLO間の相互承認及び「暫定自治に関する原則宣言」の署名により新たな段階に入って以来、パレスチナ人の暫定自治の開始、イスラエル・ジョルダン平和条約の締結等、着実な進展を生み出しています。和平に向けた強い決意に基づいた関係者のたゆまぬ真摯な努力に対し、深い敬意を表するとともに、我が国としても、包括的和平達成に向けた、この大きな歴史的流れを支援するため、以下の貢献を実施していきたいと思います。

 第一に、和平プロセスの最も重要な柱は当事者間の二国間直接交渉であるという認識の下、パレスチナ暫定自治の新たな章が開かれたこと、及びシリア・イスラエル交渉が重要な段階に差し掛かっていることを踏まえ、各指導者に対し、一層の交渉努力を傾注されるよう引き続き訴えていきます。

 この関連で、我が国は、シリア・イスラエル間の交渉努力を側面から支援するとの観点から、ゴラン高原に展開しているUNDOFに自衛隊部隊を来年二月を目処に派遣する方向で準備を開始したところです。

 第二に、パレスチナ人に対する支援として、九三年秋に約束した二年間二億ドルの支援をこれまで着実に実施してきましたが、引き続きこれまでと同様、積極的に支援を継続していきます。また、パレスチナ人に対する直接支援を実施することとしました。更に、パレスチナ評議会の選挙監視に対し、人的・物的両面から出来る限りの協力を行っていきます。

 第三に、二国間交渉を補完し地域協力の促進を目的とする多国間協議においては、長期間の紛争により地域協力に必要な共通の基盤がこれまで存在していないことに鑑み、我が国は、地域協力の基盤整備に対する貢献を行っていきたいと考えております。我が国が提唱し、昨年秋、環境作業部会で採択された「バハレーン環境行動規範」は、このような考えに基づいています。この「行動規範」の採択に象徴されるように、今や中東地域においては、かつて紛争と対立を基調として定義された域内の関係が、相互依存的繁栄と信頼関係を基調として再定義されつつあり、このような意味で、この地域は「新しい中東」に向け胎動を開始したと考えます。このような動きに対する協力・支援として、我が国は、地域の経済的繁栄に向けた官民のパートナーシップの構築を目的として、十月末、当地にて開催される「アンマン・サミット」に積極的に参加していく考えです。更に、経済開発作業部会の観光分野において、我が国主導の下に検討されてきた「地域観光機関」を、同サミットにおいて発足させるべく、域内関係者と引き続き協議を行っていきたいと考えます。

 このように、中東和平プロセスが進捗しつつある一方で、我が国がエネルギー供給先として大きく依存している湾岸地域においては、依然、永続的な平和と安定が確立されておらず、今回の訪問においても、湾岸の平和と安定について、サワディをはじめとする域内関係主要国と忌憚のない意見交換を行いました。

四、今回の訪問において、意見交換を行った訪問国の首脳に対して、強調した第二の点は、我が国と中東諸国との間で、より多重的・多面的なパートナーシップを醸成していくことが重要であるということです。

 政治面においては、中東地域においては首脳同士の直接交流が極めて重要であることに鑑み、要人の往来を今後とも積極的に実施し、政治対話を深化させていく考えです。

 経済面においては、中東諸国が行っている経済改革努力を支援するとともに、これら諸国の主要関心事項でもある我が国からの投資促進に向けて引き続き共に知恵を絞っていくことが重要であると考えます。和平に向けた努力を行っているパレスチナ人及びイスラエル周辺アラブ諸国に対しては、地域の人々が「平和の配当」を享受できるよう、経済協力を積極的に実施してまいりたいと考えます。

 また、我が国がエネルギー面で係わりの深い湾岸産油国との問では、経済面を含めてこれら諸国との相互依存関係を更に拡大するためにも、国民レベルの一層の相互理解の促進が必要であると考えています。今次訪問においては、そのための方途として、先に述べた要人の往来に加え、我が国においてサウディ展を開催することにつき、サウディ側のイニシアティブの発揮を促すとともに、我が国としてもできる限りの協力の用意がある旨を表明致しました。

 また、我が国は、中東地域との交流の裾野を拡大するべく、今回の訪問において、二千年までの今後五年間で中東地域から様々な分野で千人以上の人々を日本に招待する方針を表明しました。

 更に、文化交流が相互理解を深める重要な手段の一つであり、また、中東地域には多くの世界的文化遺産が存在し、その保存の重要性が高いことも踏まえ、今次訪問においても、文化交流・協力関係促進の必要性につき意見交換を行いました。

 我が国としては、今後とも中東諸国との幅と深みをもった交流の促進に意を用いるとともに、この地域が「平和と繁栄の地域」へと変貌を遂げていくよう、最大限の協力と貢献を行っていきます。そして、我が国と中東諸国とのこうした新しいパートナーシップに基づき、国際社会の平和と安定のために、一層の努力を傾けていく決意を新たにした次第です。

五、最後に、この地域の平和と繁栄のために顕著な役割を果たしておられるフセイン国王並びにジョルダン国民の皆様に、心からの敬意を表し、私の冒頭発言を終わりたいと思います。