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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 原子力安全モスクワ・サミットヘの出席における内外記者会見(橋本龍太郎)

[場所] 
[年月日] 1996年4月20日
[出典] 橋本内閣総理大臣演説集(上),182−190頁.
[備考] 
[全文]

(冒頭発言)

○総理 どうもありがとうございます。

 お陰様で今、原子力安全サミットも無事に終了しました。ちょうどチェルノブイリの事故から十周年、ロシアを含む私たち八か国首脳が集まって、原子力の安全と核物質の安全な管理の分野における国際協力の重要性を確認するこの会議が開かれたことは、私は大変意義の深いものがあったと思っております。

 そして、こうした国際協力が拡大していく、これはまさに東西冷戦終結のあと、ロシアの政治、経済の改革が非常な勢いで進展しているという事実をそのまま証明するものですし、また、これは大変意義の深いことですが、今回ウクライナの参加を得たこと、これもまた今後のチェルノブイリの問題について、国際協力を進めていく上で非常に有意義だったと思います。

 更に私たちはこの機会を利用して、レバノン情勢、またボスニァ情勢を含む国際問題についても有意義な意見交換を行いました。

 特に昨日の夕食会で議論されたレバノン情勢については、私からも敵対行為を直ちに終了すること。及び国際的な外交努力を結集すること。そして、具体的には現地に飛んでいただいている外相たちの努力に期待し、それを我々は支持していく。こうしたことが重要だということを訴えて、その趣旨の文書が八か国の首脳のコンセンサスということになりました。

 また、原子力安全サミットで私からは特に次の点を強調しました。

 まず、我々は核の被害がいかに悲惨なものか、自ら体験した唯一の国です。それだけに原子力安全、あるいは核軍縮、核不拡散の重要性については、誰よりも敏感な国民だと思います。

 そして、そうした立場から原子力安全のための国際協力の一環として、地域協力がいかに重要かということを訴え、特にアジアの国としての立場から、本年中を目途に東京でアジア諸国の原子力安全会議を開催することを明らかにしました。

 また、私たちが放射性廃棄物の海洋投棄の禁止に対してどれだけ真剣であるかを強調してきました。

 更に私は、非核兵器国としての立場から、核兵器の解体から生ずる核物質は、それぞれの核兵器国が自発的に

IAEAの保障措置の下に置くべきことを訴えてきました。

 同時にCTBTの早期署名を強く訴え、交渉促進のため日本としても努力していく、その考えを表明しました。

 そして、今回の原子力安全サミットの成果を踏まえて、私は原子力安全問題での国際協力の強化、及びCTBT交渉、軍縮の促進に、これまで以上に日本として積極的に取り組んでいきたいと思います。

 次に、この機会にエリツィン大統領とお目に掛かった点について報告をしたいと思います。

 私はロシアの改革路線、そして二国関係、国際問題について、幅広い忌憚のない非常に有意義な話し合いを持つことが出来ました。この会談を通じてエリツィン大統領と個人的によい友人関係を築くことが出来たと思っていますし、今後の日ロ関係全般をバランスよく前進させていくための政治的なはずみをつけることが出来たと思います。

 私自身にとっては七年ぶりのロシア訪問です。しかし、その七年間にロシアは本当に大きな変化を遂げてきました。そのロシアの改革は国際社会全体にとっても極めて重要でありましたし、今回会談でエリツィン大統領がこの改革路線を堅持していく決意を表明されたことを私は高く評価しています。

 そして、私はロシアの改革路線が継続される限り、引き続き日本はこれに協力していく、そう考えてきmした。

 今回、我々は本当に重要な隣国であるロシアと真の友好関係をつくりたいと願っています。今回会談で両国関係を、エリツィン大統領自身に努力していただいた東京宣言を基礎として、更に発展させていくことが確認され、外務大臣レベルの平和条約交渉を再活性化することが重要であるという点で互いの意見の一致があり、そのため、大統領選挙後に平和条約作業部会を再開することを合意することが出来ました。これは私は本当に大きな政治的意義を持つものと考えています。

 同時に大変難航しておりました北方四島の周辺水域における日本漁船の操業枠組み交渉についても、交渉を継続していくことが合意されまして、妥結に向けてお互いに努力していくことについて認識を一致させることが出来ました。これも私は有意義な成果の一つだと思います。

 特に私が日本を出る前から大変気になっていました放射性廃棄物の海洋投棄の問題について、これはお願いがあるんですがという言い方から、私はエリツィン大統領にお話をしたんですが、エリツィン大統領からロンドン条約付属議定書の改正を本年中に受諾する。更にそれまでの間も海洋投棄を行わないということを明言していただいたこと。そして、それを本日の原子力安全サミットの方でも確認をしていただいたことは、非常に高く私は評価したいと思います。

 また、私は安全保障の対話というものを強化していきたいと考えておりまして、今月末、臼井防衛庁長官を訪ロさせることについて、エリツィン大統領との間で合意することが出来ました。

 この訪問は、この分野における政治対話の幅を広げていき、両国間の信頼関係を一層醸成していくことに役立つものと信じています。

 更にわが国とロシアの極東地域の関係については、これを強化発展させていくことの重要性を、エリツィン大統領も私も共に認識し、この点でも一致をすることがありました。これは今後の日本と極東地域の関係強化に必ず資していくものと思います。

 今年は両国の国交回復四十周年に当たります。今回にエリツィン大統領大統領との会談でも、この十月十九日という日に、まさに閣僚レベルの平和条約の話し合いが再開されること、そして平和条約作業グループが再開されること、こうしたことを祝福するような両首脳のメッセージが交換出来ることをお互いに願う、そんな言葉で会談が終ることが出来ました。

 今回はカナダのクレツィエン首相とも会談をさせていただきました。けれども、これは前からの友人として特段の懸案を抱えるものではなく、非常によい関係で話し合いが行われたということのみご報告をしておきます。

(質疑)

 − 総理、お疲れのところありがとうございます。二点お伺いします。

 一点は、先ほど総理がこの訪ロの成果としてお挙げになった放射性廃棄物の件ですけれども、今後、ロシアでは不足している核廃棄物の貯蔵、及び処理施設の建設について、また、支援要請があるのではないかと思う訳ですけれども、これに対する日本の対応、これを一点お伺いします。

 もう一つは、朝鮮半島にかかわる問題ですけれども、先ほどの日ロ首脳会談で、先ほど総理はお触れにならなかったけれども、朝鮮半島についてどのような意見交換があったのか、特に十六日の米韓首脳が会談で提案した四者協議、これについてロシア側からどのような反応があったのか。それと、それを踏まえて四者協議の今後の実現、総理としてどのようにお感じになっているか、それをお伺いします。

○総理 まず第一点の放射性廃棄物の処理についてですが、既に極東においては、日本はロシアとの間に放射性廃棄物の海洋投棄を行わなくても済むように、貯蔵施設の建設に既に協力しています。これが出来るだけ早く完成することを願っていますし、うまくいけば、年末までには完成するでしょう。これが完成すれば、極東海域においてはそうした心配をしなくても済むようになるはずです。

 また、核兵器の解体に伴う核物質の処理、これは本当に一義的には私はそれぞれ核兵器をつくった国が、また、保有している国が自分の責任で処理していくべきものだと思いますけれども、その貯蔵については、既にアメリカとロシアの間で、その貯蔵の問題についての話し合いが持たれているはずです。日本もこれに対しての協力要請があれば、その貯蔵という問題について協力していくことになるでしょう。

 それから、二点目の朝鮮半島の問題について、これはエリツィンさんとの会談の中で、今、朝鮮半島の情勢をどう見ているのかというのは、エリツィンさんの方から問い掛けがありました。そして、このところの情勢を非常に心配し、注意深く見守り、当事者の自制を求めるという気持ちで今日までこの状態に対応している。そうした中で、先般、クリントン大統領とキム・ヨンサム大統領との会談の中から、いわゆる四者会談と言われる、何ら前提のない中国、北朝鮮とアメリカ、韓国の話し合いが提起された。私はこれに非常に期待をしている。実現可能性について、今、どうこう言えるほどの情報を持っていない。私は率直にそういう話しを申し上げ、しかし、そういう方向に行くことを期待するということを申し上げました。

 エリツィンさんもそれが実ればいいが、もし、それがなかなかうまくいかない場合には、違ったことをお互いにまた工夫する必要が出るかもしれない。そんな言葉でこの問題はそれ以上深入りした議論にはなりませんでした。

 − 総理大臣、今のお話では、大変よい友好関係をエリツィン大統領と結ぶことが出来たというお話ですが、これが例えばレーガン=中曽根の、ロン=ヤス関係というほどの関係になるでしょうか。また、この関係を基にして、この両国の関係が改善されていくようでしょうか。

 今、アメリカとの交渉で竹刀を持って、命をかけても結果を解るというような、そういう覚悟をお示しになりましたが、ロシアとの交渉でそういう覚悟はおありでしょうか。

○総理 ゴアさんがどういう表現をされたのか、そして、それがアメリカとロシアの関係のことなのか、あるいは日本とロシアの関係を期待して番われたのか、その発言は私知りません。

 ちょうど数日前に東京でクリントン大統領と会談をしたとき、クリントンさんから私にアドバイスがありました。エリツィンさんと首脳会談をするのは君は始めてだけれども、本当に仲よくなること、いい友人になることが大事だよ。

 そして、会談をエリツィンさんと終わるときに、クリントンさんがそう言っていたけれども、今夜夕食会のときにクリントンさんに、我々、いい友人になったよと報告してよいかと。エリツィンさんは大きく笑って、その通り、その通りと言われました。念を入れて、エリツィンさんと二人でクリントンさんに、このとおり友人になったよと報告しました。

 そして、我々は本当にいい友人になったと思います。しかし、いい友人になったこと、それはお互いの間に議論がなくなったことではありません。ただ、お互いに自分たちの主張をきちんとしながら、お互いの妥協点を探していく努力が出来る、そういう関係は出来たと思います。そして漁業における枠組み交渉の引き続いての話し合い、あるいはこの放射性廃棄物の海洋投棄の停止、こういう話し合いはまさにそうした友好的な中から生まれてきました。

 − 現在のロシアと日本との間の関係を少し説明していただけますでしょうか。領土問題がこの関係にどのような影響を与えるか。

 また、防衛庁長官はロシアへ何をしにくるのか。その日付けが分かったら教えてください。

○総理 まず第一に領土問題、これはエリツィンさん自身がまとめてくださった、そして署名をされた東京宣言の中で、領土問題を解決することによって平和条約を早期に締結するように交渉を継続し、もって両国関係を完全に正常化する、そう合意されています。

 今回その東京宣言を大統領が確認されただけではなく、外務大臣レベルの平和条約交渉を再活性化する。そして、大統領選挙後に平和条約作業部会を再開する。非常に積極な合意をしていただいた。これは私は両国共にこの問題を出来るだけ早く解決をしていく、そのために協力して前進をしていく。そうした姿勢を表しているものだと思っています。

 それから、防衛庁長官の日程は、四月二十七、二十八、二十九日の三日間です。そして、この中で政治的な対話の幅が広がっていく。それがお互いの信頼醸成に役立ってくれることを私は期待しています。

 − 総理は午前中の首脳会談の中で、日本の「もんじゅ」の事故の問題を取り上げられまして、公開性と透明性の重要性を訴えられました。確かに「もんじゅ」の事故は、科学技術的な側面だけではなくて、原子力行政そのものに対する不信感を周囲の住民に植え付けたと思うんです。総理自身、「もんじゅ」の事故から、どのような教訓を学ばれたのか。その辺を総理ご自身の言葉でしゃべっていただけるとありがたいと思います。

○総理 今、質問者が述べられたように、私は昨年、日本で発生した高速増殖炉「もんじゅ」の事故について、今日のサミットの席上、その中から我々が学んだものを各国の首脳にも聞いていただきたいと問題を提起しました。

 ここには海外の皆さんもおられますから、簡単にご説明をしますと、今、まだ原因は確定されていませんけれども、二次冷却系のナトリウムが循環している中に、温度計が差し込まれていました。その温度計が振動によって、その外側のさやが折れたというのが原因ではないかと、今思われていますけれども、その折れた部分から中のナトリウムが大量に漏出したというのがこの事故の問題点です。放射性物質が外に漏出したものではありません。

 しかし、そのナトリウムが大量に漏出するという事故に対して、現場の対応、更にこれを管理する事業団の対応には、非常に信じられないような不適切な行動が積み重ねられました。

 まず第一に、事故発見までにかかった時間、そして、事故を発見した後の対応、そして、それを関係の機関に連絡するときの時間差、内容の不正確だったこと、更にそれが公表される段階になって一部映像に作為的な編集が加えられたこと。こうしたことが次々に重なって、どんどん事故の話題を大きくしました。そして、それは付近の住民にとっても、また、高速増殖炉「もんじゅ」が設置されている自治体にとっても、その関係者すべてにとって、不信感と不安を増幅する以外の何物でもありませんでした。

 そうした問題が発見されてから、政府は必死でその原因の究明と、そして、その間の情報を改めて開示をし直すこと。そして、再発防止のためにどういう対応策を用意すればよいのかということ。更にそのほかにも、この機会に点検しておくべきことはないかと。科学技術庁とは別の立場にある原子力安全委員会が非常に幅の広い専門家の知識を活用しながら、今、その原因の究明と再発防止策の策定に当たっています。

 人間の行動ですから、予測されなかった故障というものは、全くないと否定することは出来ません。問題はそれが起きたときに、いかに早く発見し拡大しないように対応し、併せてその内容を明らかにすることによってよけいな不信感、不安感を関係者の中に、ひいては住民の中に広げないかということが一番大切なことです。

 ところが、この対応の失敗というものは、ただ単に関係地域だけの問題ではなく、高速増殖炉そのもの、更には原子力行政全体への不安感を非常に大きなものにしてしまいました。この中から我々が学んだものは多くあります。しかし、一番その中で大事なものは、とにかく事故を早く発見すること。そして、対策を立てること。しかし、それ以上に情報の開示、透明性というものを確立することによって、少なくとも何かがあったときに、公表された事実を国民が不信感を持って聞くのではなく、その発表を信頼していただける状況をつくることによって、もう一度原子力行政への信頼を取り戻さなければならない。この事件から我々はそういう教訓を学びました。そして、その教訓は各国の首脳たちにも共有していただけたことと信じています。

 − 総理、エリツィン大統領に対しロンドン条約の付属議定書の受諾を認めさせたということですけれども、どうやってそんなにうまく出来たのですか。エリツィン大統領にそんなふうに影響を与える力が橋本総理におありになるんでしょうか。

○総理 大変難しいご質問なんですけれども、もしかすると、エリツィンさんは私の心の中を透視して、きっとそういうことを言いそうだな、そうしたら、こういう返事をしてやれば、橋本は喜ぶんじゃないかなと、自分でそう判断されたんかもしれませんよ。

 そして、より正確な答え方をするなら、ロンドン議定書に対して、もしかすれば、私が強いてお願いしなくても、近い将来ロシアとしては受諾する気持ちを持っておられた。そして、こういう気持ちを持っておられたところに、私からお願いをしたので、あるいは今年中に受諾するという決断をしてくださったのかもしれません。とすれば、これは日本国民に対してだけではなく、海洋投棄の対象となる海面に近いそれぞれの国に対し、更に私たちの子供や孫の時代に対し、エリツィン大統領の決断は非常に大きなプレゼントを、これから将来にわたって送っていただいたということになるんじゃないでしょうか。

 もし、そういう決断をしていただく上で、私のお願いしたことが多少でも役に立っているとすれば、とてもうれしいことです。