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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 広島平和記念式典における記者会見(橋本龍太郎)

[場所] 
[年月日] 1996年8月6日
[出典] 橋本内閣総理大臣演説集(下),1023−1029頁.
[備考] 
[全文]

 −最初の質問ですが、国が計画している平和祈念館の建設理念に、国の戦争責任を明確にした上で、核兵器廃絶に向けた国の決意をそこに明記する考えはありますでしょうか。

○総理 原爆死没者追悼平和祈念館について、国は原爆死没者全体に対する永続的な追悼を行う、そして、永遠の平和を祈念すると同時に、原爆に関する資料及び情報を幅広く収集、整理をし、後代に継承していく、これを目的として広島と長崎につくろうとしているものです。

 この設置に当たっては、昨年十一月、厚生省に設置しました原爆死没者追悼平和祈念館開設準備検討会において、この具体的な内容についての検討を行っていただいているところですが、本年の二月に公表されました「原爆死没者追悼平和祈念館基本設計に際して留意すべき事項について」という中で、祈念館の設置の理念については、日本国憲法の前文、被爆者援護法の前文及び第四十一条の精神とするとされております。

 これから先、なお具体的な内容について、検討会の中でご審議をいただきたいと考えているところです。

 −それでは次の質問に移ります。被爆者援護法について法の不備が指摘されていますが、今後、法改正の可能性はありますでしょうか。

○総理 平成六年に、被爆者援護法は制定されたわけですけれども、この法律は、被爆者の高齢化が進んでいること、そして、被爆者援護対策の充実・強化が喫緊の課題であることともに、被爆後五十年という節目の年を迎えることなどを考えて、国家補償という文言の取扱いを含めて政府与党内で精力的な調整を行いました。そして、国会で十分なご審議をいただいた上で成立をしたもので、今、見直すということを考えてはおりません。

 この法律は、従来の原爆二法と同様に、国内で被爆された方々を対象として立法されたものですから、国外の被爆者に対して、この法律を適用することは出来ないわけですが、国籍要件を設けていないというところに一つの特色があります。言い換えれば、在外被爆者の方々でありましても、日本国内に滞在しておられれば、この法律は適用されるわけです。また、国外に居住される被爆者の方々については、基本的には、その健康と福祉をあずかるそれぞれの国において対応していただくべきものだと思いますけれども、在韓国の被爆者の方々については、人道的な観点から、平成二年五月に、医療面で総額四十億円程度の支援を行うことを、日本側として意図表明をしてきました。そして、これを踏まえて、我が国政府から平成三年度及び平成四年度において合計約四十億円、これを韓国赤十字社に対して拠出をしております。これが今実態として申し上げられることです。

 −次ですが、被爆地と国では核兵器の違法性について異なった判断をしていますが、国際司法裁判所の判断に対する評価と、政府が海外で原爆展をしていく可能性があるかについてお尋ねします。

○総理 国際社会において、主要な司法機関ということになれば、国際司法裁判所、ICJということになるわけですが、そのICJの判断については、我々はこれを厳粛に受け止めておりますし、この勧告的な意見というものが核兵器の国際法上の評価に対して、今後いかなる影響を与えていくか、私どもとしては非常に注目をして見ているところです。

 政府としては、このICJにおける口頭陳述で述べたとおり、核兵器の使用というものがその絶大な破壊力、殺傷力のゆえに、国際法の思想的基盤にある人道主義の精神には合致しないと考えてきました。いずれにしても、政府としては、人類に多大な惨禍をもたらし得る核兵器、我が国だけが広島と長崎においてその被爆の体験を持つわけですけれども、こうした核兵器が将来二度と使用されるようなことがあってはならない、そして、核兵器のない世界に向けて我々は努力をしていかなければならない。核兵器のない世界を目指した、現実的かつ着実な核軍縮の努力を積み重ねていくことが重要だと考えています。

 そして、今原爆展についてお触れになりましたけれども、七月二十六日に広島市と長崎市から広島・長崎原爆展を国の事業とするご要望が外務大臣あてに提出をされたと報告を受けました。政府としては唯一の被爆国として、原爆の悲惨さ、そしてこれを繰り返してはならない、人類はそれほど愚かではないはずだという強い願いを後世に伝えていくことは本当に重要なことだと思います。

 その上に立って、実際に国の広報活動、海外広報活動としてこれを行おうとする場合には、相手国、すなわち受け入れ国との関係などがありますし、その開催の対応、規模、さまざまな要素を総合的に勘案しながら、具体的な案件ごとに検討していかなければならない性格のものだと、そのように思っています。

 −先日シーリングの方が決定いたしましたけれども、今後、財政再建にどう取り組んでいく考えか、また、景気の本格回復に向けて、補正予算を求める声が出ておりますけれども、財政再建と補正予算について、どういう認識で総理はおられるかということをお伺いしたいんですけれども。

○総理 これはマスコミの皆さんよくご承知になっていることですけれども、我が国の財政が平成八年度予算におきまして、償還財源の手当てもない特例公債を含めて、二十一兆円に上る公債を発行する必要に迫られる。それほど税収の動向も引き続き厳しい状況が続く中で、危機的と言っていいぐらいの財政状況にありますし、我々が財政構造改革に取り組むというのは喫緊の課題になっています。

 参考までに申し上げるなら、国債の残高約二百四十兆円、そして長期債務の残高が合わせますと約三百二十兆円、地方の債務残高は百三十六兆円、国と地方との債務を合計しますと約四百四十二兆円の債務を背負っている。そんな財政状況にあります。

 先般、平成九年度の予算の概算要求基準を閣議で了解をいたしましたが、今回、閣僚懇談会で繰り返し長い時間をかけて、大変活発な議論をしていただきました。そして、あらゆる経費について聖域を設けることなしに、厳しい抑制を図るという方針を貫いてきた。同時に、経済構造改革を実現するための特別措置を設けたところであり、財政構造の改革のための言わばスタート、財政構造改革元年、予算編成の出発点としては、それなりにふさわしい基準を設定することが出来たと思っております。

 これから各省が概算要求をして、査定をするという作業が始まるわけですけれども、これらの過程そのものの中で財政構造改革を進めていかなければなりませんし、内閣全体として勇気と創意工夫をもってこれに取り組んでいくことになります。

 特に、経済構造改革特別措置にかかる要求というものは、私の方から内政審議室に既に指示して、その内容などについて研究をさせ、私に報告をしてもらう、最終的には、個別の政策の優先度合を仕分けして、私から大蔵大臣に指示をすることになります。従来型の主計局が全部を取り仕切るというのではなく、内閣としての意思をここに加えることが出来る、そうしたルールのスタートを切ったことで、我々なりに努力していく方向が打ち出せたと、そのように思っています。

 そういう状況の中で、今補正という話にも触れられたんですが、補正予算そのものについては、一方でこのような財政状況を我々は考えなければならない、そして、今回復軌道にあるとは言いながら、もう一つ足元のしっかりしない景気を、順調な回復軌道にきちんと乗せていくために補正予算が必要であるのかないのか、これは我々はこれから先改めて真剣に閣内でも議論をする大事なテーマだと思っています。

 ただ、同時に、その補正予算を編成するということは、資金を市場から吸い上げるという要素もあるわけで、金利の問題等とも絡めて、慎重に考えなければならない、そんなふうに今考えているところです。いずれにしても、もう少し様子を見たいと思います。

 −与党内には、総理の衆議院解散・総選挙の時期について、年内という見方が広まりつつある一方で、年明けの通常国会冒頭など、巷間いろいろ推測されているんですけれども、総理の基準として国民に信を問うタイミングとしては、いつ頃を考えているかというのが一点です。

 あと、予算編成と解散・総選挙の関係とか、総理は通産大臣の頃から解散を打てるような景気状況にすることが非常に大切なんだという言い回しをしてきたと思うんですけれども、年内解散、現時点では解散を打てるような景気状況にあるというふうに見ていらっしゃるのか、その辺のことも含めてお願いします。

○総理 これは常々申し上げてきていることですけれども、私は解散を考える場合に、政策課題の重要性、緊急性、あるいは外交日程といってものを基に決断したいと考えています。

 その場合、国内で考えるべき問題、それは沖縄の基地の整理統合に係るさまざまな問題を処理していくこと、同時に、先程の議論に出た、我が国の景気を考えた場合に補正予算が必要かどうかを見極めなければなりません。そして、私は沖縄の基地の問題を政争の具に供してはならないと思っています。整理統合、縮小という目標に向けて、着実に努力をしていく責任が我々にあるわけです。そして、同時に本土の皆が、沖縄県の方々の持つ重い荷物というものに、心からのいたわりの念を持ちながら、また、これまで背負ってきてくれたその努力に対して感謝をしながら、解決をしていくべき種類の問題だと、私はそう思っています。

 また、外交的に考えるなら、九月から十一月にかけて、例えばシラク大統領を始めとして多くの各国首脳が訪日をされることが既に決まっていますし、十一月の末にはAPECの首脳会合がある。これはアジア太平洋地域に言わば軸足をかけていく場所として日本が考えている以上、これには是非参加をしたいという会議です。

 同時に、予算編成を考えるなら、官邸主導によるシーリング段階で経済構造改革特別措置を設けた経緯などを考えるとき、その仕上げを自分でしたいという気持ちがないと言ったら、これはうそになります。

 そういうことが今申し上げられる私にとってぎりぎりのことだと思いますし、それだけ、解散、総選挙というものは重いものであると、この機会に私は申し上げておきたいと思います。

 −最後に質問させていただきます。今お話のありました沖縄問題なんですが、この解決に向けまして現在政府与党で進めております振興策の進捗状況は現在いかがなものかということと、更に、この問題について、内閣補佐官を置くことについて、橋本総理のお考えを聞かせてください。

○総理 沖縄振興策というものについては、今もちょっと申し上げたように、沖縄がこれまで歩んできた歴史、そして沖縄の思いというものに対して本土がそれを十分に理解をし、対応してきたかという視点に立つとき、我々は内心じくじたるものを隠すことは出来ません。そして、そうした視点に立って沖縄県、あるいは県の各団体のご要望なども踏まえながら、与党各党において今その検討作業は進められています。政府の立場でも、この与党各党の動きを踏まえ、同時にその普天間の飛行場など返還に係るさまざまな問題の解決に向けて、作業委員会の場も活用しながら対応を考えていきたいと考えておりますし、現実にさまざまな角度からさまざまな問題を検討していることを隠すつもりはありません。

 ただ、それが今具体化しているかと言われれば、具体化しているという状況にはなっていない。これはまだこれから議論を必要とする問題点を数多く含んでいるということは申し上げておくべきでしょう。

 同時に、その内閣補佐官というのは非常に私は大事な制度だと思いますし、今回初めて正式にこれを認めていただいたわけで、その内閣補佐官制度というものを考えるとき、まず必要なものは専門的知識であり、それに加えて豊かな経験、高い識見というものが大切な要素だと思っています。同時に、そうした方が担当される課題の相手側になる方々との間にも、それだけの対話の道を持っていただかなければなりません。私はそういう重要なあるいは緊急に対応する必要があると考える問題について、そうした人材が選べるということになれば、この内閣補佐官制度というのは私は大変意味のある制度になると思っております。

 そして、内閣補佐官に具体的にどのような問題を分担していただくのかということについては、今までも自分なりにいろいろ考え抜いてきました。今後の社会経済情勢、あるいは政策課題等を踏まえて、適切な人材が得られれば、その方にお願い申し上げたい、そんな気持ちです。