データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 日米首脳会談後の共同記者会見(橋本龍太郎)

[場所] 
[年月日] 1997年4月25日
[出典] 橋本内閣総理大臣演説集(上),315−324頁.
[備考] 
[全文]

一、クリントン大統領の冒頭発言

 私はたった今、化学兵器禁止条約に署名を済ませたばかりである。私が橋本総理を招いていた昨晩に上院で同条約が可決され、今総理の目前で署名がなされたことは大変好ましいことである。なぜなら日本は一年以上前に同条約を批准し、世界に模範を示したからである。私はこの歴史的な日に総理をお招きすることが出来て大変喜んでいる。この二年間、龍太郎と私は何度も会い、世界の二大民主国家として価値観を共有する良好な友人関係を築いてきた。今日の会談も例外ではなく、総理と私は次世紀の挑戦に立ち向かう友好関係を構築するべく努力を続けた。

 我々の安保同盟関係はアジア太平洋地域の平和と安定の礎であり、去年の四月に日本で署名した共同声明をふまえ、我々は米軍基地が日本人の皆様にかけている負担を軽減する一方で、協力関係を強化している。本日、我々は、沖縄の人々の生活に与える影響に対して我々が引き続き持っている敏感さをもって、沖縄のいくつかの基地統合に向けた最近の進捗状況をレビューした。私は米軍が重要な基地・施設を引き続き使用できるようにするための特措法改正案成立に際して発揮された総理の指導力に特に感謝している。

 我々はまた、朝鮮半島の平和と安定を促進するという共通の利益を含む地域安全保障を討論した。米国と日本は北朝鮮に対して、四者協議の申し入れを受けるよう促すことで一致している。私はKEDOに関する日本の役割について総理に感謝したい。総理と私は中国との友好的な関係の決定的な重要性につき合意し、カンボディアの民主化を促進ずるために国際社会が団結することの必要性につき合意した。

 我々は二国間の経済関係を正しい方向に導くことの重要性を認識した。この四年間、我々は市場開放をすすめ、二国間の貿易、投資関係をよりよくバランスさせるため努力してきた。私は橋本総理に我が国の労働者と日本の消費者の幅広い利益のために重要な分野で新たな機会を創造するために、これまでの成果をよりどころとしていくと話をした。我々は共に、日本で内需主導の経済成長を促進し、日本の貿易黒字が大幅に増加することを避けたいと考えている。

 私は総理の広範な規制緩和を含む日本経済の構造改革に対するコミットメントを歓迎している。野心的な改革プログラムは日本に経済的な利益と、米国や他国の企業によりよい市場アクセスをもたらすに違いない。このため、我々は包括協議における合意の下で、規制緩和の話し合いを緊密にする旨合意した。

 グローバルな問題については、六月のデンバー・サミットの準備であり、国連改革の強化にっきどのように協力できるかということである。明日、副大統領と総理は疫病対策、環境問題といった共通の課題に立ち向かうコモン・アジェンダについて話し合う。

 最後に私は橋本総理に対して、両国の若者がより親密となるための日本の努力に感謝したい。新しいフルブライト・メモリアル・ファンド・プログラムは、これからの五年間で五千人のアメリカの高校の教師などを日本へ派遣するものである。我々は総理が沖縄の高校生をアメリカに留学させることにイニシャティブを発揮していることを歓迎すると同時に、我々としても、米国学生がそこで同じことができるよう支出を増加させる。これらの友情の絆は、我々の同盟の柱である共有の価値観の表れである。一つ俳句を引用したい。

 旧き友春 光まばゆき 皆ひとつ(注・・原典不明)

 この挑戦と変化の時代の中で一体となって動くこと−橋本総理と私が米国と日本がすべきこととしてコミットしていることである。

二、橋本総理の冒頭発言

 こうしてワシントンを正式訪問し、クリントン大統領とじっくりと意見交換ができたことを嬉しく思います。昨晩、大統領よりホワイト・ハウスにドリンクスにご招待いただき、愉快なひとときを過ごしました。その際、私はまず中西部おける洪水に対しお見舞を申し上げるとともに、化学兵器禁止条約が昨日上院を通過したことを喜び合いました。また、本日はビルと約三時間にわたり、友人として、また、それぞれの国の指導者として率直な意見交換を行いました。次の四つが主題であったと思います。

 第一は安保関係です。これは、日米友好同盟関係の礎であり、昨年四号の「日米安保共同宣言」に沿って安保関係を充実させることに完全な意見の一致がありました。私は、安保体制の基盤を確固たるものとするため、沖縄問題に国政の最も重要な課題として取り組んできたことを説明し、クリントン大統領も、SACO最終報告の着実な実施を含め沖縄問題には引き続き、敏感さをもって協力していく旨明言されました。

 また、「日米防衛協力のための指針」の見直しについては、今秋に向けて共同作業を促進します。この作業は国内外に対して十分な透明性をもって進めていきたいと思います。また、大統領と私は、国際的な安全保障環境において起こりうる変化に対応して、両国政府の必要性を最も良く満たすような防衛政策並びに日本における米軍の兵力構成を含む軍事態勢について、引き続き緊密に協議するという安保共同宣言のコミットメントを再確認しました。

 第二は経済関係です。私は、大統領に、現在、政府と党が一体となって取り組んでいる諸改革、特に財政構造改革、規制緩和及び金融システム改革を含む構造改革の進展状況をお伝えしました。

 これらの改革は、今日我々が享受している良好な二国間経済関係を維持・強化するためにも、深い関わりを有することを指摘しました。大統領は、抜本的な規制緩和を含む日本経済の構造改革に対する私の決意を歓迎されました。

 我々は、共に日本における力強い内需主導型の成長を促進すること、日本の対外黒字が大幅に増加することを回避するとの共通の目的を支持しております。

 また、我々は、包括協議の下で規制緩和に関する対話をいかにして強化できるかにつき両政府の事務レベルで協議を開始することといたしました。

 第三はアジア太平洋地域の平和と繁栄を日米が協力して指導していくことです。大統領と私は、この関連で中国との間で建設的な協力関係を築き上げていくことが特に重要であるとの認識で一致しました。朝鮮半島については、四者会合の早期実現やKEDOの事業の推進を含め、朝鮮半島の問題について引き続き日米韓が連携して取り組んでいくことを確認しました。また、大統領と私は、カンボディアについて、今後、国際社会が、民主主義の定着を通じた同国の安定を求める政治的メッセージを送る必要性について一致しました。このため、現在、高村外務政務次官を現地に派遣しています。

 第四はグローバルな課題への日米協力であります。大統領と私は、デンバー・サミット、テロ・犯罪対策、国連改革、ロシアとの協力、中東情勢等の幅広い課題について協力と政策協調を進めていくことを確認しました。特に、在ペルー日本大使公邸占拠事件については、先般、三名の犠牲者を出しつつも大部分の人質が無事解放され解決しましたが、本日の会談では、両国は、今後とも、国際社会と共に、テロリズムを非難し、これに屈することなく戦っていく決意を新たにしました。

 また、冒頭触れましたが、昨日上院で化学兵器禁止条約が承認されたことを歓迎します。大統領と私は、コモン・アジェンダについて、二十一世紀に向け、更に取組みを強化することで一致しました。特に、私からは、環境教育に積極的に取り組んでいくことを提案し、大統領の同意を得ました。また、大統領も述べておられましたが、日米間の国民交流が、例えばフルブライト・メモリアル計画による教師の交流や沖縄と米国の高校生の相互留学の形で一層拡大していることを喜びました。

 日米関係は、世界でも他に類を見ないほど幅広く、かつ基本的な重要性を有しています。今後とも、クリントン大統領との緊密な協力を軸に、珊米関係を日米両国民の利益、更にはアジア太平洋、国際社会全体のために発展させていきたいと考えます。

三、質疑応答

 − ガイドラインの見直しは、いわゆる有事立法を必要とするのか。必要であるのならば憲法との整合性をいかに確保するのか。

○総理 まず、指針の見直しはあくまで憲法の枠内で行われるものであることを明確にしておきたい。その上で見直し作業の現状をご説明すると、指針の見直しは、新しい時代における日米防衛協力の在り方について検討し、過去においては考えられなかった新しい種々の事態に対し、日米間で円滑化・促進を図るためのものである。見直しが終了したこの際に、国内的にどのような手当が必要か、どのような法律が必要になるのか、ここで予断することはしたくないが、指針の見直しは我が国の安全保障の基本にかかわるものであり、内外に透明性を確保しながら行う必要がある。そして五月の適当な時期に、これまでの日米間の作業で提示された考え方や検討項目を整理して公表することを考えている。そうすることにより、他国のあらぬ懸念を払拭し、いたずらな混乱を避けることができると考えている。また参考にすべき知見などがあれば、そういうものも承っていきたいと考えている。

 − 中露共同宣言の背景についてどう考えるのか。この宣言は、米国や他の隣国を念頭においたものではないのか。

○大統領 露中両国が両国間で取り組まなければならないことはたくさんある。両国の歴史は古く、協力と対立双方の歴史がある。露中両国が将来的に協力することは、両国間のみならず近隣諸国も含めた安全保障、開かれた貿易、国境の相互尊重に向けたより大きな力のバランスの一部となるものである。露中両国が対話をし、共に努力することは非常によいことである。そして両国が隣国の安全や繁栄を損なうような合意をしない限りは、米国も両国と建設的な関係を保っていく。ロシアと中国が仲良くやっていくことがマイナスの意味を持つとする根拠はない。

○総理 大統領が模範回答を述べられたので、少しだけ補足するなら、国境を接した国が対立するのではなく協力と協調が継続する方が人間社会全体の利益となる。何か問題が起きれば当然二国間で協力すべきだし、我々も良い方向に進むよう手助けしていきたい。

 − 沖縄の海兵隊の削減は中長期的に見ていつ可能になるか。短期的には沖縄の負担を軽減するため、訓練の移転等は行われないのか。

○総理 まず第一に、在日米軍を含めアジア太平洋地域に存在する米軍の削減を求めるつもりはない。これら地域全体の安全と平和を維持するにあたり、我々は現在の米軍のコミットメントを重要と考えている。今日アジア太平洋において、多くの不確定要因があることは言うまでもない。我々は沖縄のみならず、アジア太平洋地域に駐留している米軍が故国に帰ることが出来るようなアジア太平洋地域の平和が来ることを望んでいる。沖縄の方々の負担を軽減するために、SACO最終報告の実施を着実に進めることは、その第一歩である。県道一〇四号線越え実弾実習の本土移転が行われる。岩国飛行場への航空機移転も行われる。

○大統領 一つだけ加えるが、私はSACOプロセスを強く支持している。米国は在日米軍の存在が米国・日本そしてアジア太平洋地域の平和と安全を強化して来つつあるも、沖縄の方々に負担を強いてきたと認識している。SACO最終報告を受けて、そのプロセスの成功のために努力していかねばならない。

 − 中国高官が米国政界に轟力を行使しようとしたとの証拠をFBIが有しているようであるが、日本の政治

も同じように中国から影響を受けることはあるか。

 また、大統領はFBIが上院委員会にブリーフした内容について聞いているか。

○総理 日中関係について申し上げれば、昨年の後半、日中関係が若干ぎくしゃくしたが、マニラでの江沢民国家主席との会談を経て、それを修復することができた。外相の訪中も行われた。私自身も今年秋に訪中することになりどうだ。そしてそれを受けて李鵬首相も訪日することになりそうだ。このようにして日中は双方が二国間関係の一層の改善に努めている。本年は日中国交二十五周年の都市であり、日中関係において実りある年としたいと考えている。

○大統領 (献金問題については適宜応答)

 − 首脳会談では対米黒字の増加を抑制するための措置について話し合われたのか。また、為替問題について話し合われたのか。

○総理 対外黒字が大幅に増えるのを回避したいと考えており、これについて話し合った。日本経済の状況は一部の方が懸念されるようなものではないということをご説明するよう努めた。平成八年度は二・五%の経済成長を達成した。もちろん消費税の引き上げと特別減税措置の中止が、今会計年度の初めに何らかの影響を及ぼすかもしれないが、平成九年度の実質的経済成長率は、一・九%程度と見込んでいる。日本経済が内需の力によって成長していくであろうということも大統領にお話しした。また為替レートの問題について我々がうんぬんするのはあまり好ましくないが、我々もそれに関心を持っていることを隠すつもりはない。為替レートの問題については、担当閣僚同士に任せることがより適当と思う。

 − 朝鮮半島の安定化のために米国が取っている方針はどうか。

○大統領 北朝鮮が四者協議への出席を中止したことは大変遺憾であった。北朝鮮は次に韓国との対立を解消し、我々に食糧支援を求めるだけではなく、我々が北朝鮮経済全体のリストラを助けることができるように自ら振る舞わなければならない。北朝鮮との対話が再開されることが重要である。

 − 総理は機上で、日本政府の立場として、食糧援助問題については非常に慎重な態度を維持すると発言されたようだが、実際日本の立場をどのように大統領に説明したか。また、大統領は日本の立場をどのように理解しているか。

○総理 確かに、北朝鮮は人道的食糧援助を必要としている。と同時に人道的見地から言うと、我々も北朝鮮に対し、要求したいことが何点かある。

 その一つが北朝鮮人と結婚した日本人女性に関する問題である。日本を訪れている北朝鮮人は日本と北朝鮮を自由に往復しているが、北朝鮮に嫁いでいった日本人女性たちは、日本に手紙を送ることも、日本に里帰りすることも許されていない。人道上の問題を言うのであれば、日本人妻たちが日本に手紙を書いたり、日本に里帰りできるような自由を認めるよう北朝鮮に対し要求したい。

 そしてまた、我々がこれまでに収集した情報によると、ある一定期間のうちに、中学生やカップルが日本海岸沿いから突然行方不明になるという不可解な事件が次々に起こっており、これらの人たちは誘拐された可能性が強いということが、後に韓国へ亡命した元北朝鮮工作員たちにより報告されている。従って、このように日本海岸沿いから失踪した人たちが北朝鮮により拉致されたというのはかなり信憑性の高いものであり、ほぼ間違いないと見られるケースもみられる。しかし、断定はできないというのが現状である。

 日朝国交正常化交渉において、我々は日本人であったのに間違いのない李恩恵(リ・ウネ)に関し、その消息を聞いた途端、話は打ち切りとなり、返事は戻ってこなかった。

 北朝鮮に人道問題が存在することは理解するも、同様に日本側にも人道問題は存在するのである。前に述べたように、北朝鮮へ嫁いでいった日本人女性が日本の家族に手紙を送り、日本に里帰りできるよう、北朝鮮がこうした人たちに対し人道的見地から考慮するよう望む。

 このようにクリントン大統領に説明した。

○大統領 北朝鮮の核問題及び世界のいたる所における人道問題に対する日本の努力に対し、首相に感謝する。これらの問題に対し、日本はその歳入からアメリカより高いパーセンテージで注ぎ込んでいることを認める。我々は北朝鮮の人々の食糧のために高額な資金を出しており、今後も続けるつもりである。

 しかし、本当の答えは世界が北朝鮮の人々を飢えから救う方法を見い出すことだけではなく、食糧その他についてもいまや明らかに失敗だったとされるそのシステム自体から救出することである。それが日本との間に存在する問題をも解決する手段となろう。

 従って、現在最も重要と思われることは、北朝鮮を再び会談の席に呼び戻すことである。我々は朝鮮戦争終結時の休戦協定に関わった中国も含め四者会談をセットアップし、北朝鮮が名誉をもって参加し、公平に扱われるようチャンスを与えた。今や、永く続いた分裂を解決し、多くの人々の苦難を解消する時期なのである。

 − アメリカはドル高を好み、対日貿易赤字が大幅に増加することを望んでいると思うが、ドル高が購買力を増加させたために、日米の貿易不均衡を助長し、その結果、対日赤字が増えているのではないか。貿易赤字を減らすためにドル安を望むか。

○大統領 単に貿易的見地からドル安を望むことが我々の経済政策ではない。我々の経済政策が好軌道にある以上、ドルが強い状態であることを望んでいる。しかし、国際貿易において利益を得るためだけに為替システムに大きな影響を与えるような行動はしたくない。四年にわたり私個人が世界中に訴えてきたことは、世界において強くバランスのとれた経済政策、そしてどの国にもより富を得る機会のある貿易システムである。長い目でみるとそれが最もよい政策であろう。