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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第百四十回国会終了における記者会見(橋本龍太郎)

[場所] 
[年月日] 1997年6月19日
[出典] 橋本内閣総理大臣演説集(下),1082−1097頁.
[備考] 
[全文]

○総理 昨日で第百四十回国会が閉会をいたしました。この国会を振り返りながら、今後の課題について冒頭私からしばらくお話をさせていただきたいと思います。

 まず、衆参両院におかれまして、政府が提出をいたしました平成九年度予算及び多くの法律案、条約について精力的にご審議をいただいて、予算が年度内に成立をしたほか、九十本の法律案が成立し、十六本の条約の承認をいただきました。この場を借りて厚くお礼を申し上げます。

 また、昨年末に発生をいたしました在ペルー日本大使公邸襲撃事件、これは三名の尊い犠牲者を出しながら、大部分の人質の方が無事解放され、解決をいたしました。犠牲者のご家族に対して改めて心から哀悼の意を申し上げますとともに、フジモリ大統領を始めとする、ペルー政府のご努力、そして国際世論、更に国民各位のご支持に対して心からお礼を申し上げます。

 また、この事件が発生して以来、衆参両院が国会開会直後の決議、及び事件解決に対する感謝決議をされましたこと、並びに党派を超えて政府の立場を支持していただいたことに、重ねてお礼を申し上げたいと思います。

 この事件については、先般調査報告書がまとまりましたが、政府は今回の事件を貴重な教訓として、今後とも最善の対応をしていくつもりです。

 また、今回成立をした法律案の中で、米軍の施設区域の使用を継続するための、いわゆる特措法改正は、私にとりましても、本当にぎりぎりの決断でありました。

 一方で沖縄の方々が背負っておられる負担、痛みに思いをいたしながらも、他方、日米安全保障条約に基づく米軍の施設区域の安定的な使用をどう確保するか。このことを悩み抜いた末に、最小限の法改正を行うこととし、両院において大多数のご賛成をいただいてこの法案が成立をいたしました。

 しかし、政府としても沖縄問題への取組みはこれからが実は正念場であります。本土復帰をして二十五周年となる今年、これが沖縄の新たな出発の年となりますように、米軍の施設区域の整理縮小、同時に沖縄の振興についての内閣の取組みを一層確かにものにしていく決意です。

 また、日米安保体制との関係では、その信頼性の向上にとって極めて重要な日米防衛協力のための指針の見直しに関するこれまでの作業の内容を、お約束どおり先日公表いたしました。平素からの協力、日本に対する武力攻撃に際しての協力、そして我が国周辺地域における事態で日本の平和と安全に重要な影響を与える場合の協力について、憲法の枠内でどのような協力が出来るのか。国民の皆様のご理解をいただきながら、開かれた形で検討を進める。この秋には見直し作業の結論を出したいと考えております。

 なお、中国、韓国を始めとする周辺諸国に対しても、この作業の透明性を確保していくつもりです。

 この国会は、私が今進めようとしている六つの改革の言わば出発点となる国会でありました。改革はそれぞれの分野で具体的な前進を見ておりますが、中でも財政構造改革に関しては、平成十年度からの集中改革期間における歳出の改革と縮減の具体的な姿について、財政構造改革会議において結論を得、直ちに閣議でその内容を決定しました。

 私たちは子供たち、孫たちにツケを残すことはしない。そうした決意の下で、破綻の危機に瀕している国と地方の財政を再建しなければなりません。今回の閣議決定の方針に基づいて、これから夏にかけて平成十年度予算の一般歳出をマイナスにすると同時に、めりはりの付いたものとする考えです。年末の予算編成に向けて概算要求の作業を精力的に行っていかなければなりません。

 同時に、財政構造改革のための法律案を作成をして、次の国会に提出をさせていただきたいと考えております。

 財政とも関係の深い社会保障構造改革、医療保険改革法案の成立によってその一歩を踏み出しました。次の国会においては、残念ながら今国会継続審議となりました介護保険法案の早期成立を期すると同時に、薬価基準の見直しなどの医療保険制度の抜本的改革を始めとして、医療、年金、福祉にわたる横断的な見直しを行い、質の高いサービスを効率的に提供出来る社会保障を目指した改革を前進させる決意です。

 また、経済、国民生活が力強く発展していくために、健全な財政や質の高い福祉を実現するためにも、経済構造改革が不可欠です。今国会におきましては、NTTの再編、あるいは持株会社の解禁などの法律が成立をいたしましたが、経済活動の基盤となる物流、エネルギー・情報通信について、二〇〇一年までに国際的に遜色のないサービス水準を目指すとともに、我が国の経済の将来を担う十五の分野において、新規産業の創出を円滑化するなど、大胆な改革を進めていこうとしています。

 情報通信技術の進歩などを背景にして、世界のグローバリゼーシヨンが進んでいる。また、一九九九年は新しい通貨ユーロが誕生する。こうした大きな変化の見られる中で、金融システムの改革も急務であります。

 今国会ではこの分野における改革のフロントランナーと位置づけた外為法改正を終えましたし、また、ストックオプション制度についても改正が行われました。

 更に先週、銀行・証券・保険の各分野を通じた改革の全容、すなわち具体的な措置とスケジュールが明確になりました。例えば株式売買手数料の自由化については、第一弾として、来年四月に自由化部分を拡大し、再来年の末に自由化を完了します。私は昨年フリー、フェア、グローバルという三原則を示しましたけれども、今回今起きているような事態を考えましても、改革に当たってフェアという面を重視しながら、明確なルールの下でルール違反に対しては、厳正に対処することとし、市場の透明性、信頼性を高めてまいります。また、金融関係の税制についても、その望ましい在り方について検討していきます。

 教育につきましても、中央教育審議会から発表される答申を基としながら、国民の皆様の幅広いご意見をこれに加えて、二十一世紀にふさわしい制度改革を急ぎたいと考えています。

 行政改革に関しては、金融監督庁の設置や、日本銀行の開かれた独立性を実現するための法案が今国会で成立をいたしましたが、行政改革の中核とも言うべき中央省庁再編の作業はこれから始まります。現在、行政改革会議で各省庁からのヒアリングを行っておりますが、この機会に各省庁に対しては、我が国の将来を真剣に考え、省益にとらわれずに、国家全体の見地から前向きに知恵を絞ってくれるように強く求めます。

 ヒアリングの終了した後には、会長である私自身、先頭に立って集中的に議論をし、この国の将来のためになるような改革案を十一月末までにまとめる決意です。

 また、民間で出来ることは出来る限り民間に委ねるという原則に立って、官民の役割分担や特殊法人、規制緩和についても検討を進め、着実に成果を出していきたいと考えています。

 同時に地方分権の推進も、中央省庁の再編と並ぶ極めて重要な課題でありまして、地方公共団体の行財政改革に向けた努力を求めながら、今後、地方分権推進委員会から出される勧告を待ち、政府としての推進計画を出来るだけ早く作成し実行していきます。

 これらの成果は当然ながら中央省庁再編の成案づくりに反映させますし、また、させなければなりません。

 六つの改革、言い換えれば戦後五十年の間に我が国に深く根を下ろすに至った経済社会システム全体の改革の最も大きなねらいは、夢や希望をかなえようとする一人一人の方々の努力というのが正当に報われる、そんな社会をつくり上げることです。この改革は自己責任を大前提としております。厳しい側面があることも事実です。また、競争を最優先するのではなくて、家族や地域社会を重んじ、日本の伝統や文化を大切にしていくこともまた当然のことです。

 しかしながら、世界が今一体化している中で、規制による保護、あるいは国や地方の財政に頼る体質を換えていかなかったら、我が国の活力が低下してしまうこともまた間違いありません。

 同時に、いわゆるよい学校に入り、大きな組織に就職することが幸せ、多くの方々がそう考えてきたことが、画一的な教育、あるいは進学の過剰な負担というものを招いたことは否定出来ませんけれども、これからは広く幅の広い視野と先見性、あるいは行動力を持った人材が存分に活躍出来るようにしていくことがますます重要です。

 これはただ単に経済だけの問題ではありません。人々の感性を豊かにする芸術の分野、あるいは国際的な舞台で活躍するスポーツ選手、こうした一芸に打ち込むこともまた大切でありますし、伝統的な技術を保存していくため、そうした技術の習得に努力をしていただくことも、また、ボランティア活動を含め、それぞれの持ち場で地域社会に貢献することなど、自らが希望する分野で一人一人が努力する姿をお互いに尊敬し合うような社会をつくり上げていくことが、我が国を多様性に富んだ裾野の広い国家とする。我が国が隣人として親しみを持って付き合える国、そう言っていただく道だと思っています。

 六つの改革はそうした国を目指し、明るい将来を開こうとしているものではありますけれども、まだ緒についたばかりですし、殊に改革の過渡期は強い痛みを伴います。しかし、痛みを恐れて躊躇することは許されません。

 私は志を同じくするすべての方々とともに、六つの改革というものを一体として、一気呵成にやり抜いていきたいと考えています。

 今日この記者会見を終えますと、私は米国・欧州への訪問に旅立つことになります。デンバーで開催される主要国首脳会議、ここでは恐らく地球環境問題や、アフリカを始めとする開発問題、テロ対策、また、先進国が共通して直面している高齢化や失業問題など、幅広い問題が議論されることになるでしょう。返還を間近に控えた香港などの地域情勢も含めて、各国首脳との率直な意見交換を行い、有意義な成果を得るよう努力したいと思っています。

 また、それにすぐ続いて行われている国連環境開発特別総会、ここでは地球温暖化対策など、深刻な環境問題に対する国際的な取組みが一層推進されるよう努力をしたいと思います。殊に我が国はCOP3、気候変動枠組条約第三回締結国会議の今年は議長国です。十二月には京都でその会議を開かなければなりません。その点でも、この国連環境開発特別総会の場は非常に重要な場になりますし、先進国首脳同士の論議の中でも、環境問題の占めるウエートは従来に比べて飛躍的に大きいだろうと思っています。

 更にその後EUとの首脳会談、及び歴史上初めてだと言われてびっくりしているんですが、引き続いて北欧の首脳との対話を行って、我が国の外交の幅を少しでも広げていきたいと、そう考えております。

 通常国会が終わりました今、私の所感を率直に申し上げましたが、今国会の会期中、各党、各会派の議員各位、並びに国民の皆様からいただいたご理解やご協力に対して、重ねてお礼を申し上げるとともに、この国の改革を成し遂げるため、これからも内閣として全力を挙げて取り組んでまいりますので、どうか引き続き力強い支えを与えていただきますように、心からお願いを申し上げます。

 −それでは、幹事社のNHKですけれども、総理、百五十日間の通常国会ご苦労様でした。

 まず、幹事社の方から質問を始めたいと思いますが、今後の政治日程なんですけれども、先程総理からもお話がありました財政再建に向けた財政構造改革法案ですね。それから継続審議になっています介護保険法案、これらを懸案処理するための秋の臨時国会について、どのような日程をお考えなのか、その辺からお聞かせください。

○総理 昨日国会が終わったところで、とてもまだそこまで頭が回りません。今、本当に当面の政治日程というのであれば、まさに私にとってはデンバーサミットで全力投球しなければなりません。殊に昨年までと違って、新たにロシアが正式なメンバーとして、一部の問題を除いてはフル参加の初めての会合になります。

 そして、領土交渉を抱えている国はその中で日本だけです。ですから、このサミット以前の問題として、個別の首脳会談の中で、改めて日本とロシアとの間の全面的な友好状態をつくり出すためには、この北方領土の問題というのを解決しなければならない。これについての協力を求めなければなりませんし、これを踏まえて、このサミットで全力投球をして、その後まさに先程申し上げましたように、COP3を控えた今年、国連の環境特措、日・EUの首脳会談、北欧首脳との対話。そして、帰国するとすぐ東京都議選に臨まなければなりません。私自身、自由民主党の総裁として、先頭に立ってこの都議選は全力を尽くして闘うつもりです。

 その後、来年度予算の概算要求の基本方針をつくらなければなりません。全く新しいルールですから、これをつくり上げることもひと仕事です。

 また、ガイドラインの見直しもありますし、財政再建に向けた財政構造改革法案をまとめること。

 更に多分八月の下旬には、行政改革会議全員で中央省庁の再編を始めとする問題について、集中的な議論をする、そんな作業も必要になるでしょう。

 重要な課題が山積みしています。こうした政策課題に毎日、一日一日を大事にしながら真正面から取り組んでいきたい。そこまで先のことを考える、そんな今は状況ではありません。

 −また政治日程で言いますと、昨日、加藤幹事長と自民党の総裁選挙では、総裁公選規定に基づいて九月に行うということで一致されたということです。党内では橋本総裁の再選を望む声がだんだん広がってきているわけですけれども、自らの再選問題については、どのようにお考えなのか。それから、執行部、党三役人事、内閣改造については現時点でどういうふうに考えられているのか。

○総理 総裁の任期は九月三十日まであります。その間の八月末くらいまでを考えても、今申し上げただけの大変なボリュームの仕事を毎日毎日やっていかなければなりません。これに精一杯で、とてもその先まで今考えるという状況ではありませんが、総裁の任期、すなわち総裁選自体について、私は党の規約にのっとって自然体で粛々と行われることが党員・党友の方々との関係においても大事だと思っています。そういう状況ですから、党役員とか内閣とか言われましたけれども、今のところそんなことを考えているゆとりもありませんし、今日、国会終了後最初の閣議をしましたが、国会は閉会したけれども、各省庁それぞれに問題を抱えている非常に大事な時期、全力を尽くしてそれぞれの職務を果たしていただきたいということを申し上げたばっかりです。

 −引き続き幹事社からお伺いします。西日本新聞です。

 今度の国会では沖縄の特措法の対応を巡って新進党が賛成をし、圧倒的多数で成立したわけですけれども、いわゆる自社さの今の政権の枠組み、それについて今後も今の枠組みで対応するのか。それとも、いわゆるガイドラインなどの政策課題によっては新進党も含め、あらゆる政党と政策的な連携をお考えでしょうか。

○総理 今の政権の枠組みが自民、社民、さきがけ三党で出来ていることはよくご承知のとおりですし、この枠組みの中で多くの政治課題を協力して解決出来た。これ自体を私は高く評価しています。

 同時に一方で、特措法改正という国政の重要課題、これを与野党の枠組みを超えて多数の支持を得て解決出来たということも、私は大変喜ばしいことだと思います。

 今後においてもということですが、現時点で我々はまさに自民、社民、さきがけという政権の枠組みを持っているわけです。これを基本にして与野党を問わず、政策課題ごとに幅広い支持を呼びかけていくという姿勢に変わりはありません。

 そういう意味では、先程冒頭にも申し上げましたけれども、例えば今回のペルーの問題の中で、今まで我々なかなか議論しても足並みがそろうことはめったになかったんですが、例えば共産党の皆さんもすごい積極的にこの問題は協力していただきました。そして、そういう点で本当に大切な問題が起きたときには、一致協力が出来るという体験は、この国会でお互いに積んだと思っています。

 −今、通常国会が終わりまして、しかも自民党内は橋本総裁の再選という方向でほぼかたまっておりますし、総理自身も今十一月末までに中央省庁の再編案をまとめたいというお考えを述べられたと思うんです。これから総理として国政を担う決意をこの場で表明してサミットに臨む、それも一つの筋の考え方ではないかと思うんですけれども、改めて総裁選へのお考えをお伺いしたいのですが、いかがでしょうか。

○総理 ですから、九月三十日まで私の任期はあります。まず私が申し上げたいというのか、あなたのご質問に答えるわけだから、上げたいというのではありませんね。私は与えられた任期に全力を尽くすというのはまず基本ですし、そして今申し上げたとおり、これだけの懸案を八月の末までの日程の中でもこなしていかなければなりません。

 そして、行政改革会議で中央省庁の再編の最終的な考え方を公表出来るのは十一月の末ですけれども、恐らく八月の下旬に合宿のような格好で議論をする中に相当部分が浮かび上がってくるでしょう。まずやはりそういうものを一つずつ解決をしていくこと。そういう努力をまず私はしたいと思うし、また、先のことを考えていたら、気が散って集中出来ないですよ。

 そして、そのときに党員、また党友の方々がどうお考えになり、判断を示されるのか。それはまたその判断に当然従っていくものでしょう。

 −今、行革の案は八月にはほぼその骨格と言いますか、姿が見える形に仕事をしたいし、十一月末には成案を得たいとおっしゃっております。この二か月間なんですが、この二か月間でどういう流れを考えていらっしゃるのか。特に与党内、それから与野党の壁を超えた調整、そういったものが省庁の抵抗に対して必要になってくると予想されているんですが、そこら辺のお考えを。

○総理 八月以降の話。

 −はい。

○総理 そこへ行くまでに、今、既に各省庁ヒアリングの中で皆さんも知っておられるとおり、自分の役所にこういう無駄があるとか、自分の役所は再編統合の対象になっていいと言っている役所は一つもありません。みんな自分のところはすばらしい役所であり、すばらしい仕事をしている。こういう仕事は将来のためにも必要だと。果たして本当にそうだろうか。

 同時に、国・地方の関係一つを考えても、地方に委ねていくべき事業というものは、今言われている程度なんだろうか。いろんな問題を考えていくとき、もうそういう抵抗は出ていますし、その抵抗を抑え切っていかなければ、むしろ八月末の段階までに集中して議論をすること自体にも抵抗が出るかもしれません。

 要はそこでどんな案をつくっていけるか。考え方の骨格を整理出来るか。それについて我々は本当に今、全力投球をしようとしているときです。ですから、恐らく七月中、行革会議の中につくった二つの委員会を含めて、相当な回数、委員の方々には時間を割いていただくことになるでしょう。

 そして、その集大成を八月の末までにはある程度して、共通の意識を持ってそれをつくり上げていくわけですから、その集中してまとめあげたものを土台にしてそれから考える。

 そして、その場合に、皆さんを通じてその内容を知っていただく国民の方々が、それに対してどう対応していただけるのか。そういう支持がどれだけ得られるかということに成否はかかってくるだろうと思います。

 だから、例えば今までよくありました。規制緩和は必要だ。だけれども、私の商売に関するこの規制は残してくれ。それ式の議論が許される状況ではなくなっているということだけは、この機会に是非皆さんに分かっていただきたいと思うんです。

 −先程サミットの重要な課題として、日ロ間に横たわっている領土問題についてお触れになりましたが、これにつきましては、ロシアのエリツィン大統領とどのようなお話し合いをしていくお考えでしょうか。

○総理 これから会う相手に全部カードを広げて行けというのは、ちょっとひどいと思うよ。ただ、ちょうどヘルシンキの米ロ首脳会談の直前、クリントン大統領から電話があり、その議論の際に、今のサミットにロシアをメンバーとして迎え入れることに賛成してほしい。ほかの国はみんな賛成しているんだという話があったときに、私から確認した点が二つあります。

 一つは、国際金融の世界のように、ロシアを入れて本当に議論出来ますか。そういう分野はありませんかと。二人で勘定してみると幾つかの分野がありました。だから、そういう分野は今までのG7、サミットの構成で議論をしなければなりませんねと。これは確認の第一点です。

 もう一つは、我々は北方領土の問題を持っている。それだけにアメリカからもロシアに対して、この問題を早期に解決するように働きかけをしてもらいたいと。そういう問題を抱えた上でロシアの加盟に私はイエスと言うんだから、あなた方も協力をしてほしい。それは必ず自分からエリツィン大統領にも伝えましょうというクリントンさんの答えを受けて、私はそのときイエスと言いました。

 ワシントンで先般、クリントンさんと議論をしたときにも、きちんと北方領土問題を早期に解決することの必要性を自分からエリツィン大統領に指摘したということを言われましたけれども、ヨーロッパの首脳たちとそういう角度で議論をするのは、今まで余りしていませんから、むしろサミット本体が始まる前の個別会談の中で、そうした問題があることを、きちんともう一度、各国の首脳たちにデータをインプットしておく必要性がある。そういう問題をサミットそのものの中で議論するつもりはありませんけれども、そうした支援の体制は受けたい。

 そうしたものを背景としてエリツィン大統領と会談を持つ時点においても、お互いにそうした点で力を合わせてこの問題を解決しながら、全面的な平和というものを両国間につくり出せるように最善の努力をしようよということは当然のことながら言うつもりです。そして、その土台が東京宣言にあることも、また当然のことですけれども、改めて念を押して申し上げておきたいと思います。

 −ガイドラインの見直し問題ですけれども、先の中間報告では、非常に広範囲の日米協力の検討範囲が出ていますけれども、基本的に秋に向けて、総理はすべてこの中間報告が実施出来る、合意出来るというふうにご判断なのか、それとも、憲法解釈上難しくて、最終報告で落ちる項目があるのか、その辺の判断と、自民・社会・さきがけの与党の幹事長会談では、ガイドラインの内容で意見がたとえ不一致としても、与党三党体制は維持していこうという合意が出来ていますけれども、その合意については、どのようにご判断なのか、二点をお伺いしたいんですが。

○総理 まず第一に、内閣法制局の見解を盾に取ること自体が、今いろいろと面白おかしく言われていますけれども、法制局が憲法に抵触すると判断したものが、今、公表されている中にないということは既に国会等でも、法制局長官自身も表明しているはずです。

 そして、その意味で検討の対象となり公表したテーマ、これは我々は皆必要なもの、少なくとも検討するに値するもの、そう考えてここまでもやってきましたし、その議論を踏まえて、中間報告を公表しました。当然ながらその中には、新たな法律の仕組みを必要とするものもあるでしょうし、あるいは従来の考え方を、例えば、私有権と公というかかわりで整理をするようなものもあるかもしれません。そういう議論をきちんとして、国民的なコンセンサスを持ってこのガイドラインをまとめたいからこそ、中間公表に踏み切ったんです。

 ですから、すべて結論ありきではありませんが、少なくとも、内閣法制局が憲法に違反すると宣言をするようなものは、皆さんの前に提示をしていません。

 −改革の問題に取り組まれると決意を示されましたが、やはりこういう問題は市民が主体的に参加していかないと実効を上げないと思うんです。そういう観点で一つ伺いたいのは、一九四〇年の戦時体制としてつくられた、サラリーマンの所得税の源泉徴収制度ということなんですけれども、要するに、納税者の大多数はこういう源泉徴収されている形で、天引きで税を取られている。その結果、要するに、税金の使い道とか政治の在り方についての関心意識とか、主体的な意識が失われているのではないかという意見がかなりあって、実際に経済団体とかからそういう提言も出ているんですけれども、これから改革を進めていくに当たって、市民がきちんと参加するためにも、そういう古い制度を見直していくというようなお考えはないでしょうか。

○総理 その場合、あなた大変失礼だけれども、コスト計算してみたことがありますか。

 −実際その企業が、企業のコストで国のお金を集めているわけですよね。皆さん企業社会一連の不祥事に対して批判されているけれども、企業がその負担をしているんですよ。

 例えば、大きい企業になると何千万円年間にかかっていると、こういう仕組みはやはり、税収のコストの問題として挙げられているけれども、私が言っているのは、政治意識の問題として、市民社会にきちっと移行していくためには、こういう制度は見直した方がいいのではないかという考えはないかということです。

○総理 ですから、逆に、そのコストを計算されましたかと質問したいんです。

 例えば、国民年金の保険料、あるいは国保の保険料、それぞれの徴収の成績を、聞かれるからにはご承知だと思いますけれども、仮に、源泉徴収という仕組みを廃止して、我々だって今、源泉徴収を受けているわけですけれども、その源泉徴収という仕組みをやめて、それだけの税収を確保出来るだけの徴税の要員というものはどれぐらいになるんでしょう。そして、そのコストは税で賄うわけでしょう。

 もし、徴税のコストということから考えるなら、これも昔からよくある議論ですけれども、国税と地方税の徴収を一本化するというのが、一番手間が省ける仕組みだということは以前から言われておりました。しかし、それは地方の徴税権を侵すものということで、現在の時点でも国税・地方税の徴収一本化は表に出てきた議論にはなりません。

 確かに、これは企業、我々の場合だとこれは政府組織、行政ということになるわけですが、そこで源泉徴収を行うということは、それだけの費用負担を、それぞれの場所にお願いをしている、負担をしていただいているということは、あなたの指摘のとおりです。

 そして、それが私、幸か不幸かサラリーマンのときに会計課に行かないで済んだので、あの計算をやらないで済んだんですが、結構大変な負担をかけるものであったことも知っています。

 今、コンピュータ社会になって、その辺も随分変わりましたね。そして、そのプログラムは毎回毎回変更しなければならないものではありません。参加してくださる皆さん、本当にご自身で計算し、納めていただく、そして、分からないところは、税務署がご相談を受ける、お答えをする。そういうコスト全体と、源泉徴収という仕組みのどちらがより負担が少なく効率的な組織かという視点でとらえたとき、私は源泉徴収という仕事を企業、我々の場合は政府組織でやるわけですが、その中で仕事をしていただくというのが、国民全体から市民参加の反対の行動だというお話には結び付かないと思います。

 むしろ、それによるコストの削減効果というか、逆に言えば源泉徴収を廃止して、それぞれ各個人が自らの税額の計算をしたり、あるいは足を税務署に運んだり、さまざまなそういうコストの方が国民にとって煩しいコストになるのではないでしょうか。これは二つの意見があって不思議はないところだけれども、私はそう思います。

 そして、この問題を市民参加という点から議論するのは、ちょっと私は違うような気がする。

 −行革に関連してお伺いしますが、行政改革会議が打ち出している外庁化、エージェンシー化の考え方に対して、自民党の中で郵政三事業については、現在の制度を守るべきだという意見が強いように思いますが、総理は郵貯など、郵政三事業についても、聖域なく見直すというお考えでしょうか、お伺いいたします。

○総理 聖域は最初から設けていません。その上で、私は質問された方に質問してはいけないのかもしれないんだけれども、郵政の話というと、どうして郵政三事業しか出ないんだろう。私はすごく不思議だと思うんだけれども、今、通信と放送、この境目はどんどん変化していますね。今、インターネットの果たしている役割、こういうものを考えたとき、通信、放送といった今の仕分け、これは郵政省の仕事だと思うんですけれども。

 −政策、立案の部分ですね。

○総理 そうそう。そういう問題の方は何でみんなの議論にならないんだろう。この中にはテレビやラジオの皆さんもいらっしゃるけれども、むしろ、放送というのが、今のような形でこれから先続くんだろうか。情報・通信、あるいは電気通信というもの、コンピュータ社会というものを組み合わせていったとき、政策官庁を目指したはずの郵政省の一番、これからの時代にあって議論をしていくべきものというのは何か。郵政省というと郵政三事業しかみんな議論の対象になさらないんだけれども、なぜなんだろう。

 実は行革会議でもその議論を私は一回出したんですが、大多数の委員の方は、なるほどと非常に興味を持たれましたが、一人だけ放送と通信は違うと、力説された委員がありました。だけれども、その委員もハードの部分は、ほとんど同じになるけれども、というところまで認められたんです。むしろ行政改革という、これから将来を見据えた改革をしようとするとき、放送と通信というものは、今と同じように分離した姿であり続けるんだろうかという問題提起はなぜ出てこないんでしょう。この機会に皆さんにも是非一緒に考えていただきたいと思います。

 何とな<、郵政というと郵政三事業という話で止まってしまって、そこから先の議論にふくらんでいかない。私はこれは大変残念なんです。

 だから、最初あなたが聞かれたから、聖域を設ける気はありません、当然ながら議論の対象として議論していきますし、既に行政改革会議では何回か議論の対象になっています。そういう事実を申し上げた上で、別な問題提起をさせていただきたい。

 −会見時間の四十分を過ぎていますので、これで終わりたいと思います。

○総理 どうもありがとう。