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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 広島平和祈念式典における記者会見(橋本龍太郎)

[場所] 
[年月日] 1997年8月6日
[出典] 橋本内閣総理大臣演説集(下),1121−1125頁.
[備考] 
[全文]

 −まず、被爆者団体からの要望についてお伺いします。国が広島市に建設する原爆死没者追悼平和記念館をめぐって、地元被爆者からは建設理念を明確にせよとの声が挙がっています。これまでの要望を聞く会でもこの問題が取り上げられましたが、誠意ある回答がないとして、今年は三団体が出席をとりやめました。このことについての見解をお願いします。

○総理 原爆死没者追悼平和記念館開設準備検討会、この中間報告ではもう既に皆さんもご承知のように、その設置の理念については、日本国憲法の前文並びに被爆者援護法の前文及び第四十一条の精神にのっとり設置するとされておりますし、具体的な内容については、現在厚生省の準備検討会で、地元や被爆者団体の皆さんの意見を伺いながら準備を進めている最中です。

 これは、我々として更にその設置の理念の問題も含めて、広く国民の共感が得られるような施設にしたいと、そういう思いで皆さんからのご要望を踏まえながら検討をしてきましたし、これからもしていくつもりです。今回、一部の方々が出席をしていただけないということは、私は大変残念ですけれども、私どもとしては被爆者団体を始めとして、地元の方々から実情あるいはご要望を聞くというのは大事なことだと思っておりますし、そういう機会は大変貴重なものですから、広くご意見を伺いたいという姿勢は、参加をしていただけない方々があった、それは残念だけれども、その姿勢を変えるつもりはありません。これからも耳を傾けていきたいと、そう思っています。

 −次に、広島における原爆関連施設についてお伺いします。日米共同出資で運営している放射線影響研究所の移転問題が持ち上がっています。広島市は、新しい研究所を建設して放影研側に賃貸する方法を提案していますが、政府としての今後の見通しをお願いします。また、被爆者の高齢化が進む中、広島県・広島市が新たな原爆養護ホームの建設を検討した場合、国として補助の考えがあるか、お願いします。

○総理 放影研の移転費用の圧縮のために、新たな研究施設を放射線影響研究所に賃貸するという方式を考えていただいていることも知っていますが、この移転問題というのは、実現に向けてこれまでも積極的に米国政府と協議を続けてきましたし、今後とも引き続き移転の実現に向けて努力をしていきたいと、そう考えていることに変わりはありません。

 また、原爆特別養護ホームあるいは原爆養護ホームといった被爆者を対象とする施設、これは地域の実情に則して考えられていくべきものですから、これから県や市とまたお話をする機会がありますけれども、その県や市のご意向を伺いながら、具体的にそのご要望が出てくれば、国としてどういうお手伝いが出来るか、検討していきたいと思っています。

 −アメリカの臨界前核実験についてお伺いします。今月中にも臨界前核実験の実施を明らかにしているアメリカに対し、地元からは政府の毅然たる態度を求める声が挙がっています。本日の平和宣言で、平岡広島市長は核の傘という言葉を使い、アメリカの核兵器に頼らない安全保障体制構築への努力を求めました。政府としての今後の対応をお願いします。

○総理 私は、被爆地広島の市長として、市長さんが核の傘という言葉を使われたお気持ちを理解出来ないと申し上げるつもりはありません。これは恐らく広島だけではなく、長崎でも同じような思いの方がおられるだろうと思います。そして、そういうお気持ちがあることを理解をしますけれども、同時にアジア・太平洋地域を振り返っていただくとき、いろいろ不安定な要素がある。そういう状況の中で、日米安全保障条約によって支えられている安全保障の仕組みというものが、私はこの国にとって必要なことだと考えています。

 そういう中で、確かに市長さんの平和宣言の中に込められた思いというものは理解をしながら、逆に日米安全保障条約というもの、それを基盤とした日米関係、そして同時にこの日米安保体制の中で、米軍のプレゼンスがアジア・太平洋地域に確保されていくということが、この地域の安定の上で大きな役割を果たしているということも、是非ご理解をいただきたいなと、そんな思いも持っています。

 同時に、正確には未臨界構成の爆薬実験ですか、これは申し上げるまでもなく包括的核実験禁止条約において禁止されていないというのが国際的な認識だと思います。そして、我々は今CTBTそのものの発効のために努力をしています。そのCTBTの発効、発効前ということにかかわりなく、この条約で禁止されていない行動に対して抗議をするといった考え方は持っていません。

 むしろ我々としては、一日も早くこれが発効するように努力をしていくということが、我々にとって大事なことではないかと、それは本当にそう思います。

 −三点ご質問させていただきます。橋本総理の自民党総裁再選が確実視されていますけれども、党役員人事と、それから閣僚の改造人事の時期及び規模についてご見解を伺いたいと思います。

○総理 それは無理だと思いますよ。今日もこうして広島にお邪魔をして、そして自民党の総裁の任期は確かに九月三十日までですが、それまでの間にも行革会議の例えば集中審議なんかを考えれば、随分たくさんの仕事が残っています。そして、今そうした仕事を一つずつ着実にこなそうとして努力をしている最中で、正直それよりも先のことまでとても考える状況じゃありません。いわんや人事、いくら何でもそこまで言われても、僕にもちょっと考えがまだそこまでいっていない。

 −では、二点目なんですが、北朝鮮との審議官級の会議の開催が難航するという見方が一部報道では出ていますけれども、それについての見通しと、それから北朝鮮の食糧事情あるいは政治状況などについて、総理のご見解あるいは認識を伺いたいと思っております。

○総理 私は、北朝鮮の食糧事情がよくない、ということを認識していないという状況にはないと思います。これは、例えば昨日、明石さんが見えたときにも、明石さんからもそういう話はありました。その上で、これはある程度構造的に問題があるんじゃないかという指摘がされていることも事実です。それから、エネルギー問題はご承知のようにKEDOで我々自身がサポートをしようとしている状況です。

 そういう意味では、北朝鮮がさまざまな問題を抱えているということを、我々は無視をしているわけではありません。それだけに、政府間のレベルできちんとした話し合いをすることが必要だと思って、我々は審議官級の協議を申し入れて、そして従来必ずしも高いレベルの政府間の接触がなかった中で、きちんとレールに乗せた話し合いをしたいと思って、審議官級の話し合いを提起し、少なくとも一たんこれは受け入れられた、受け入れられる方向にあったと、私はそう思っています。

 ですから、これが進むことを期待していますけれども、それは北朝鮮の食糧問題とか、エネルギー問題というものだけではなくて、我々も問題を提起していく。同時に、やはり国交というのは、どこの国とであれ、正常になることが望ましいことは間違いがないので、そのためにも政府の実務者レベル、審議官レベルに上げて話し合いをしようとすることを北朝鮮が受け入れてくれること、それだけの積極姿勢を持ってくれることを私は願っています。

 −三点目ですが、日米防衛協力のための指針、いわゆるガイドラインなんですが、この見直しに絡んで、いわゆる日本周辺事態、日本周辺有事の範囲について、どう考えるかという論議が一部で盛り上がっていますけれども、それについて総理のご見解をお話しいただきたいと思います。

○総理 周辺事態と俗に言われる、日本の平和と安全に重大な影響を与えるというケースが、地図の上に線を引いてそれで全部収まるものだろうか。私は、そういう事態というのは起こらないことが一番望ましいけれども、そういう事態がもし起こると考えるとすれば、それは地図の上に線を引いて、ここからここまでは問題がないというふうな言い方の出来るものではないと思います。むしろ、そうした場合という方が正確であって、地図上の線引きの話ではないと、そう私は思うんですが。