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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 総務庁長官辞任に際しての記者会見(橋本龍太郎)

[場所] 
[年月日] 1997年9月22日
[出典] 橋本内閣総理大臣演説集(下),1126−1134頁.
[備考] 
[全文]

○総理 本日、佐藤孝行総務庁長官から職を辞したいという申し入れがあり、これを受理いたしました。後任の総務庁長官には小里貞利氏を充てることといたします。なお、認証式は本日十七時三十分からとり行われる予定です。

 まず最初に人事権者である私の判断で、国政にこのような混乱を招いたことに対し、国民の皆様に率直におわびを申し上げたいと思います。

 また、与党三党はじめ、関係者の方々にも多大なご迷惑をお掛けしたことを申し訳なく思っております。また、佐藤孝行氏ご本人にもご迷惑を掛けたことをおわびを申し上げます。

 私としては、先般の記者会見でも述べましたように、厳しいご批判があることは想定されましたものの、佐藤氏の自由民主党行革本部長としてふるわれた手腕、業績というものを、今度は政府の中で大いに発揮してもらい、その批判を吹き飛ばすような活躍をしていただきたい。それを通じて国民の皆様のご理解が得られるのではないか、そう考えて佐藤氏を総務庁長官に登用いたしました。

 しかし、その後の事態の推移を見ておりますと、予定をされておりました参議院内閣委員会の開催が中止となりますなど、国会運営に具体的な支障が出始めております。また、重要課題が山積する次期臨時国会の審議に重大な影響を及ぼす恐れもあります。

 更に行政改革の推進や、政府与党首脳連絡会議を始め、政府与党間の協議も円滑に進まないなど、国政運営の上にも支障を及ぼしつつあります。

 加えて今回の人事に対する各界、各層からの厳しい御叱責の声に、真剣に耳を傾けると、世論の重みに十分思いをいたさなかったことを深く反省しております。改めて自分自身の不明を恥じ、おわびを申し上げます。

 過ちは早急に正したい。同時に国政に一刻の停滞も許されない。これが本日決断をいたしました人事についての私の率直な思いであります。

 この思いは、これまでの間、人事の最終責任者として、その過程に言及すべきではないという考え方から私自身は明らかにはしてまいりませんでした。今後は今回の一連の事態に対する反省を胸にしながら、謙虚に国民の皆様の声に耳を傾け、与党との連携を密にしながら、小里総務庁長官ともどもに私自身が先頭に立って、内閣を挙げての重要課題でありますこの行政改革の断行に全力を傾けていきたい。国民の皆様の納得の出来る行政改革を成し遂げたい。その結果を見ていただきたい。今、そのような思いで一杯であります。

 大変ご迷惑を掛けました。

 −幹事社から何点かお聞きさせていただきたいと思います。

 −総理は前回の記者会見の際、私なりに考えに考え抜いた結論だというふうに、確かおっしゃいましたけれども、それはあのとき申し上げた総理の判断ミスだったと、そういうことでしょうか。

○総理 私の判断から、こうした事態を招いた。この点は先程申し上げたとおり、率直な気持ちです。

 −野党側は早速いろんな談話とか会見をしておりますが、その中にこれは佐藤長官の辞任だけで済む問題ではない。総理の政治責任の追及をするという声も聞かれますが、これについてはどのように対応されますか。

○総理 私自身が、今申し上げましたように、人事権者としての判断が国民の皆様の社会通念からして許されるものではなかったというその事実を率直、かつ謙虚に反省しなければなりませんし、その上で現在、審議中の中央省庁の再編を始めとする行政改革が、国民の皆様の納得のいくような形で仕上がるように、私自身が先頭に立ってやり抜きたい。それが私に課せられた責任だと、そのように考えております。その結果を含め、どういうご批判を受けることになるのか、今、私として申し上げたいことはそれに尽きています。

 −それから、小里さんを次の新長官に指名されましたけれども、同氏を起用されたその基準というのは、どういうことだったんでしょうか。

○総理 これは恐らくここにおられる皆さんも、また、報道を通じてこの話を知っていただく皆さんもご記憶をいただいていると思うんですけれども、あの阪神・淡路大震災の折に急速担当大臣となられ、大変な活躍を、獅子奮迅の活躍をされた。これは皆さんがよくご承知のとおりです。その行動力、粘り強い交渉力、そして、本当の危機管理とは何かということを厳しく受け止めて対処をされた。その経験、言わば危機管理というものを本当に内閣が真剣に受け止めるに至った、これは一つの大きな大変な事件でした。その折に示された実績、手腕が、これからごく限られた時間の中で成案を得ていかなければならない行政改革にとって、私は最適任だと考えました。

 −総理は今最適任というお言葉を使われましたけれども、確か小里さんは現在、党の整備新幹線建設促進特別委員長という肩書きでいらっしゃいます。このことと、行革との関連はいかがでしょうか。行革に反する、あるいは逆行するということはあり得ませんか。

○総理 今、これは本当に小里さんにとって不意の指名でしたから、郷里に帰っておられたところに、しかも出先に電話を入れて急速上京していただくようにお願いをしました。そして、整備新幹線、ご承知のように非常に厳しい判断基準を設けて、その上で決断をする。内閣としての方針を既に決めていることもご承知のとおりです。

 そして、行政改革を担当するその中核となる総務庁長官として、私はその問題はその問題、言い換えればご自身の政党人としての、あるいは政治家としての一つの見識を持っておられることを承知しています。これとこの問題を重ね合わせるということはなさらないと信じています。

 −幹事社からは以上ですので、あとはフリーにご質問ください。

 −自民党の山崎政調会長が、組閣が終わった翌日、去年の十一月の橋本内閣組閣のときに、既に次の改造で佐藤さんを入閣させることで合意していたとおっしゃったんですが、これは事実でしょうか。

○総理 私は人事権者として人事の内幕をうんぬんすることは必ずしもいいことだと思いませんけれども、どういうふうに言われたのか、もう一回済みません。

 −去年の十一月の第二次橋本内閣の組閣のときに、次の改造では佐藤さんを入閣させるということで合意していたという言い方をしているんですけれども。

○総理 行政改革というテーマに取り組んでいただける、その行政改革への努力というものを国民が評価されれば、そういうときもあるだろうということは、当時から私は党の中にはあったと思います。その上で、そうした考え方自身が、言わば永田町の中だけでの論理ということを、今回私たちは国民から教えられた。私はそう思っています。改めて教えられたと、そう思っています。

 −今回の原因としては、そもそも首相の政治倫理に対する意識が甘かったということに尽きると思うんですが、一国のリーダーとしてご自身の資格、適格性について、この面からどのようにお考えになりますか。

○総理 私、政治倫理の問題というのは、本質的には政治家一人一人が自ら襟を正しながら、国民の中、日々を戒めながら政治活動をしていくということに尽きると思いますし、今回の人事で私自身の倫理感が問われているということも十分承知をしておりますし、これについて言い訳をするつもりはありません。批判は甘んじて受けるつもりですし、今後の戒めともしていきたいとも思います。

 その上で、先刻、与党三党首会談の中で、この臨時国会の招集の前にも、三党の党首が党首の直轄として、この政治倫理の問題、更に政治改革についての議論の場を持つということを社民、さきがけ両党との間で、三党の党首として合意をいたしました。そうした中でも、より議論は深められていくと考えています。

 −先程から総理の言葉で、社会通念からして許されないことをしてしまったとおっしゃったんですけれども、どうして今回こういう誤った判断を下してしまっと{ママ}総理はお考えですか。

○総理 率直に申し上げて、この数か月の間、特殊法人改革、この中には例えば雇用促進事業団を始め、今まで私自身が党の行政改革の責任者だったころには出来なかった、特殊法人の廃止を含めた作業がありました。あるいは、輸銀、開銀を含めた政府系金融機関の再編整理の問題、こういうものも仕上げて方向を付けていただきました。

 更に、公益法人の問題等にもメスが入りつつあること、ご承知のとおりです。私は率直にそういう、まさに行政改革という目標に向けて進んできている、その努力、業績というものを評価した。これは素直に私はそう思いましたということを、今も申し上げたつもりですし、この前会見をしたときにも申し上げたつもりです。

 −これまで総理が佐藤さんの入閣に対しておっしゃってきたことは、言わば総理の哲学というか、過去の罪は問わない、それから、有能な人たちは使っていきたいという総理ご自身の哲学のようなものを感じて、それが国民に対して投げ掛けられたと思うんです。その哲学を国民から厳しい批判を受けたからといって、総理自身がご撤回なさるのか。

 それから、総理のご自身の哲学であるならば、それを貫き通されて、もし国政がそれで行き詰まるのであるならば、そこで総理ご自身の責任を取るといったことも選択肢としてあるのではないか思うんですけれども、なぜこういう判断ミスということを認める選択肢を取られたのか、説明いただきたいと思います。

○総理 これは素直に、私は自分の判断が国民の示された反応から見て乖離していた。それを素直に認めたからこうしたという以上に申し上げるものはありません。同時に有能な方に働いていただきたい、国政の中で働いていただきたい。しかし、その働いていただく場所について、もっと考えておかなければいけなかったと、今、私はそんな気持ちを持っています。

 −総理、もともと内閣改造の必要性があったのかどうかというところが疑問なんですけれども、もともと六大改革その他の継続性から言って、改造をする必要が果たして本当にあったんでしょうか。それは、どうしてそういう改造が必要だと総理は判断されたのでしょうか。

○総理 大変恐縮ですけれども、では、皆さんはどうしてあんなに改造、必要だ必要だということを長々とお書きになったんでしょう。臨時国会がという以前に、通常国会の終わるころから随分そういう記事は出ていましたね。私が改造というものを何ら触れたことのない時期から、報道の中には既定の事実のように書いておられた皆さんもおられたのではないでしょうか。

 −しかし、それは。

○総理 ですから、そういうものはなかったでしょうか。そういう流れの中で生まれてくるものもあるのだということは申し上げておきたい。

 −流れの中というのはどういうことでしょうか。つまり、総理自身はその意思がなくても、そういうことが起こり得ると。

○総理 そうではありません。そういう流れというものがあったことを否定はされないでしょう。そして、その時期、そういう非常に早い時期にそういう問題が出てきた時期、私にとっては、例えば中国の訪問もありましたし、いろんな問題がありましたから、私自身がそこまで思いの至っていない時期からそういう話は始まっていました。そして、自民党の総裁選の候補者が私自身以外に出るか出ないかということも、そのころは分かりませんでした。そして、そういう自由民主党の総裁選に私以外の候補者がないという中で最終的に判断してきたことです。

 −佐藤長官の話に戻りますけれども、先程の質問もあったんですが、今、いろいろお話を聞いていると、総理が積極的に佐藤長官を起用したという幾つかの理由を述べられたんですが、それ以上に、国民の今回の人事に対する世論の受け止め方がこういったものであろうという予測は当然ついたと思うんです。その流れの中でなぜ総理がそういう説得をされたのかというところに、もうちょっと分かりやすく言ってほしい部分があるんです。

 その中で、先程も指摘があったんですが、一年前に要するに派閥との間で人事がある程度決まっていた。そういう約束があったんだという党三役からの明確な話があるので、それについて、果たしてそれがあったのかなかったのか。それで、もしかしたらそのやり取りの中で、派閥があるように受け止められてもしようがないような原理があったのかどうか、その辺を率直に話していただきたい。

 もう一つ、これもまた人事の問題ですけれど、佐藤孝行さんは基本的には起用後については特段の問題はないということなので、基本的には辞めざるを得なくなったということは、ある意味では事実上の更迭といいますか罷免という人事だと思うんです。佐藤さんが辞めるに至るまでの間、党執行部ないし総裁として佐藤さんに対して将来的なポストとか選挙とか、そういう意味での約束をされたのかどうか。その二点についてお願いします。

○総理 順番をひっくり返して申し上げますけれども、今日、佐藤さんは十時に総理執務室を訪ねられたとき、一切そういう条件めいたことは口にしておられません。そして、これからも行政改革で自分の出来ることをやっていきたい、協力していきたいということを言われました。それに対して私の方からも後をどうするこうするといったことを佐藤さんに申し上げておりません。これがまず第一点です。

 それから、細かいやり取りの言葉まで私は覚えていませんけれども、行政改革に取り組んでいただき、その中で本当に努力をしていただいた。そう認められたら閣僚に登用してもおかしくないという空気があったことは事実ですけれど、細かいやり取りまで確認をされますと、私は正確を期さなければならないとすれば、今ちょっと申し上げようがありません。

 ただ、少なくとも党の中で議論をしていく中に、佐藤さんに行政改革推進本部の本部長としてその手腕を発揮していただく。そこで本当に努力をしていただけばという思いがあった人たちもたくさんおられたであろうことは、私は推察に難くありません。

 −総理、先程行政改革の基準というものをお出しになるとおっしゃいましたけれども、今回、総務庁長官を兼務されるというようなお考えは全くなかったんでしょうか。

○総理 総務庁長官の兼務までは正直私は考えませんでした。というのは総務庁の仕事は行政改革だけではなくて非常に幅の広いものがあります。ですから、行政改革担当を自分で兼務するかということを考えた時期はあります。しかし、総務庁長官の兼務というのは考えませんでした。同時に仮にこれから国会が始まりますと、なかなか私自身が行政改革会議の部会等々すべてをなかなかカバーしずらいという中で、最終的にやはり行革担当の総務庁長官を必要とすると判断をしました。ただ、行政改革会議において私の責任がより重くなったことは間違いがありません。

 −済みません。そろそろ時間ですので最後の質問でお願いします。

 −今後、佐藤長官をどのような立場で党の方で行革に働いてもらいたいと、総理ご自身はどうお考えになっているかをお聞かせください。

○総理 今の時点でそこまで思いは巡っておりません。これはまた党側とも相談をしていくことです。しかし、少なくとも皆さんも、特殊法人の整理あるいは公益法人の整理等々に努力をされてきたことは認めてくださると思います。佐藤さん自身の気持ちもおありでしょう。党として十分相談をした上で、一番よい働いていただける場所を考えていくだろうと思います。

 なお、今日、四役と、佐藤さんの辞任を受けて話をしましたときにも、先程出ましたような後をどうするといったことを含めて、そのような議論はいたしておりません。

 それでは、ありがとう。

 −最後に一つだけお願いいたします。国民の声として反発の声が多かったわけですけれども、今回そもそも自民党のおごりではないかとか、あるいは総理ご自身が贈収賄罪に対する認識が甘いのではないかという声もありましたが、こうした国民の声に対しては、どのようにお答えされますか。

○総理 ですから、先程申し上げたように、そうしたいろいろな声、ご批判、政治倫理に対する考え方についてのご批判は甘受いたしますと、私は申し上げました。

 −起用の基準なんですが、今回のことで有罪の確定を受けた人は、今後何年間か公民権を停止するという議論もありますが、閣僚起用の基準ということを、今回のことを踏まえてどうお考えになりますでしょうか。

○総理 先程も申し上げたように、政治倫理、政治改革を含め、今度の臨時国会の召集前に与党三党の党首が直接責任を持つ形で、こうした議論をこれから始めようとしています。

 −ありがとうございました。