データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 平成十年度予算成立に伴う記者会見(橋本龍太郎)

[場所] 
[年月日] 1998年4月9日
[出典] 橋本内閣総理大臣演説集(下),1147−1157頁.
[備考] 
[全文]

○総理 平成十年度予算がお陰様で昨日成立をいたしました。衆参両院におかれましても、予算の問題に加えて、さまざまな問題に大変幅広く熱心な議論が行われましたこと、そして、予算成立のために大変なご努力をいただきました関係各位、そのご努力に心からまずお礼を申し上げたいと思います。

 バブル経済の生成及び崩壊の後に、我が国の経済は大きなダメージを受け、その後遺症からいまだに抜け切れていません。昨年はこの端的な表れとして大型金融機関の破綻が相次ぎました。

 また、アジアの幾つかの国の金融、経済の混乱など、内外の悪条件が一斉に重なって、我が国経済は極めて深刻な状況にあります。

 私は今、国民の皆様の景気をよくしてほしいという強いご要請とご期待にこたえるために、構造改革を推進しながら、我が国の経済及び経済運営に対する内外の信頼を回復するのに必要かつ十分な規模の経済対策を講じることを決意しました。

 去る三月二十七日には、与党三党から総合経済対策の基本方針をいただいております。これを基に、これから申し上げるような点を基本に、経済対策を編成していきたいと思います。

 まず第一に、私は四兆円を上回る大幅減税を行いたいと思います。所得税、住民税については、今年既に二兆円の減税を実施中ですけれども、更に今年中に二兆円の減税を上積みをし、来年も二兆円の特別減税を継続します。そのほか、国民生活や経済活動にとって、必要かつ有効な税制上の特別措置を講じたいと思います。いわゆる政策減税と言われるものです。福祉、教育、あるいは投資など、さまざまなお考えがありますけれども、このような考え方を念頭に置いて、よく検討していきたいと思います。

 また、税は国民や企業の意欲と活力を引き出すものでなくてはなりません。そうした考えから私は、個人の負担する所得税や住民税の在り方について、公正で透明な税制を目指して、幅広い観点から深みのある見直しを行いたいと考えています。

 同時に、法人に対する課税の在り方も極めて重要な問題です。今般、法人税率を三%引き下げましたけれども、私は今後三年のうちに出来るだけ早く、総合的な税率を国際的な水準に並べたい。国際水準並みにしたいと考えています。そして、こうした問題について、政府及び党の税制調査会に対して、早急な検討を開始するようにお願いしたいと思います。

 また、明日から私が議長をさせていただいている財政構造改革会議を開催して、財政構造改革法について議論を始めたいと思います。財政構造改革の必要性はいささかも変わるものではありません。しかしながら、今のような深刻な経済情勢にかんがみ、私は現在の財政構造改革の基本的な骨格は維持しながら、緊急避難的にどのような対応を取るべきかを早急に検討すべきだと考えます。そのような緊急対応としての性格を明確にして、特例国債発行額の弾力化を可能にする、そうした措置を導入するということが考えられてよいと思います。

 しかし、この場合でも安易に公債に頼るだけではなくて、さまざまな財源確保の道を政府自身の努力で求めなければならないことは言うまでもありません。

 いずれにせよ、財政構造改革法の基本は変更せず、緊急避難的に最小限の修正を行うことにとどめたいと思います。

 第二に、二十一世紀を見据えて、豊かで活力のある経済社会の構築に向け、真に必要となる社会資本などを整備することにしたいと思います、その際は将来の世代が整備しておいてくれてよかったと、そう言って感謝してもらえるような分野を重点にしたいと思います。

 例えばダイオキシンの問題、あるいは地球環境問題に対応するための投資。少子・高齢化社会に対応するために老人ホーム、あるいは育児施設の整備といった問題。更に将来の発展基盤となる科学技術の振興と情報通信の高度化、将来を担う人材の教育などです。

 いわゆる真水という議論がありますけれども、私は最も有効な経済対策は何かということを真剣に考え抜き、そのために必要な、本当に必要な財政負担は大胆に計上する決意です。その結果、国と地方の減税、あるいは社会資本整備の財政負担が合計で十兆円規模になることも当然あると予想していますし、総事業規模は十六兆円を超える過去最大のものとなります。また、そうしていかなきゃなりません。

 金融については既に安定化策を取りましたが、金融機関に対して不良債権の処理の促進、情報の開示、徹底したリストラを強く要請し、政府としても土地債権の流動化などの具体策を策定していかなければならないと思います。

 また、アジア諸国の金融、経済の安定化、更にはこれらの国々の経済構造改革に率先して貢献していく考えです。

 ここで特に申し上げたいこと、それは我が国の経済は世界有数の強力な経済です。我が国経済に対して、もはや成長する力を失ってしまったかのような危機説をことさら喧伝される方もあります。しかし、今までも申し上げてきたことですが、私はそのような日本経済の悲観論にはくみしません。我が国の優秀な人材、豊富な資金、そして新しい時代を創造する技術という世界に誇る財産を結集して、一致団結してチャレンジしていくことが出来れば、必ず明るい未来を展望することが可能になる、そう信じています。

 皆様の先頭に立って力強い景気回復に最大限の努力をしていきますので、国民各位のご協力、お力添えを心からお願いをする次第です。

 どうもありがとうございます。

 −幹事社の産経新聞です。余りお時間もないようですので、最初に幹事社から三問質問させていただいて、あとは時間の許す限りフリーの質疑としたいと思いますので、よろしくお願いします。

 総理はただいま景気対策の財政支出について、十兆円を超えるというふうにおっしゃいましたけれども、公共投資と減税の部分の配分はどの程度をお考えですか。

○総理 これは正確な数字はまだ分かりません。しかし、少なくとも今四兆円を上回る大幅減税という言葉を私は使ったはずです。そして、所得減税、所得税、住民税について、今、既に実施している減税に更に二兆円の上乗せをする。そして、来年も二兆円の特別減税を実施するということを継続するということを申し上げました。

 更に政策減税、これは考えると本当に福祉の分野でも教育の分野でも、あるいは投資という観点からも、いろんなものが考えられるわけですけれども、これはまだこれから議論していきます。いろんな方のご意見もあるでしょう。ですから、比率という意味では、少なくとも今の数字をベースに考えていただくということじゃないでしょうか。

 −引き続き幹事社の北海道新聞なんですが、減税の規模については、米国などから十兆円を求める声も出ていましたけれども、総理は今回の減税の効果をどのように見ていらっしゃるか。

 更に経済状況によっては、さらなる追加も考えておられるのか。

 それから、減税の実施の時期、方法についてはどのように考えていらっしゃるか。

 最後に、財政構造改革法については、弾力条項の導入というようなニュアンスに聞こえましたが、その場合、改正については、今国会での改正を考えていらっしゃるのか、その辺りをお聞きしたいんですが。

○総理 随分一問の中でたくさん聞いたね。

 まず第一が。

 −減税の効果とさらなる追加の可能性についてです。

○総理 私は減税の効果というのは、今までの議論にあったように、どれだけ国民が消費に回してくださるか。あるいは貯蓄に回していかれるか。これは正確に予測するわけにいかないことですから、必ずしも定量的には把握出来ないと思います。

 その上で、今、最近の経済動同を見ていると、昨年来厳しさを増した家計、あるいは企業の景況感が、個人消費などの実体経済全般に影響を及ぼしている。極めて厳しい状況にある。そういう中で、既に実施している特別減税、そして、今回取りまとめる総合経済対策の中で、所得課税の減税を行う、これはそれだけで効果をどれだけと判定出来ないけれども、社会資本整備などの各般の施策と相まって、消費者マインドを高めていく効果はあると考えています。

 もう一つは。

 −さらなる追加の可能性。

○総理 来年も二兆円の特別減税を継続しますと申し上げているし、それからその減税というのは政策減税を意味するものなら、先程申し上げたような考え方で、党の、また政府の税制調査会に検討を要請したいと考えていることで、政策減税でどういうものを取り上げていくか。福祉、あるいは教育、更に投資といったものがいろいろ今までの議論の中で出てきていますけれども、こういうものの中から選ばれることになるでしょう。これは私があれを、これをということは出来るだけ避けたいし、この四兆円という規模についてもいろんな議論があったところですから、これ以上私がこうということではなく、大きなテーマとすれば今申し上げたようなものがあるということだと思います。

 それから、財革法ですか。

 −その前に、実施の時期と方法について。

○総理 少なくともこの二兆円、先程私は本年中に二兆円の減税ということを申し上げました。これは実際実務の諸君が、どのタイミングまでならいつ出来るということを確かめているわけじゃありませんから、今、私も何月とは言い切れないんだけれども、これは出来るだけ早く、せっかく行う減税なら、皆さんのところにお戻しをしたいし、事務的な能力との兼ね合いで、出来るだけ早くしてもらおうと。少なくとも今年中にということを申し上げておきたいと思う。

 −あと、財革法の改正の今国会での見通しについてです。

○総理 財革法については、明日、財政構造改革会議をお願いをしたいと思っていますし、そこで議論をしていただきたいと思っていますけれども、これは国会運営の上で、ただでさえ今国会、非常に大事な法律案をたくさん国会にご審議をお願いし、審議日程が窮屈なことはよく知っていますし、苦労をみんなにかけることになるんですが、私は出来れば今国会にお願いをしたいと思っています。

 −続いて幹事社のフジテレビです。総理の責任問題についてお伺いします。

 総理は昨日まで財政改革法に基づく九十八年度予算がベストのものであると述べられていたんですが、今日は追加景気対策を行うということなんで、この突然の転換についての政治責任をどうお考えになるか。

○総理 私、今まで予算を通していただきたい。一分一秒でも早く通していただきたい。それ以降のことに対して何も申し上げてきませんでした。そして、同時に、財政構造改革の必要性ということとともに、内外の経済情勢、金融情勢に対応して臨機応変の措置を取る、そういう必要性がある場合には、それが当然じゃないかということも申し上げてきました。

 今回のこの措置、財政構造改革路線の骨格を維持しながらの緊急避難的な対応だと、先程申し上げましたけれども、仮に政治責任の追及ということをおそれて、必要な政策を実施出来ないということだったら、私はその方が政治責任だと思うんです。

 そして、昨日お陰様で十年度予算を成立させていただいた。やはり暫定予算が長引くということは、私は国の経済のために決していいことだとは思いません。それだけに本予算を成立をさせていただいて、当年度予算が動き始めた。こうしたときには私は必要な政策を提起する。進めようとする、私はそれは大事なことじゃないかと思うんですよ。

 −この問題に関連して、総理は国会答弁の中で、自分の政治責任については、参議院で国民の審判を受けるとお答えになっていますが、この場合、問われるのは景気低迷というか、景気後退をもたらした責任なのか、それとも政策転換の責任なのか、その辺はどうですか。

○総理 まず第一に、そういう報道は私も確かに見ました。しかし、これよく調べていただくと、私は参議院選挙で審判を受けると申し上げていません。私が申し上げたのは、質問者に対して、国民の審判を受けるということが、その責任を明らかにする最大の道。それだけ国民の審判は重いということを申し上げたんです。だから、どうして全然私のしゃべっていない言葉が報道されるのか、むしろ逆にお尋ねしたいぐらいなんだけれども。

 これは誤解のないように、私は質問者の質問に対し、国民の審判を受けるということが、その責任を明らかにする最大の道、それだけ国民の審判というものは重い。そういう意味で議員のご質問のとおりです。議員が聞かれた質問はそういう質問でしたから、そういうお答えをしています。

 −客観状況としては、七月に参院選ということが間違いなくあるわけで、例えば昨日自民党の村上参議院幹事長は、この場合、議席の自民党の現状維持というところがその目安になるんじゃないか、というようなことをおっしゃっているんですが、そういったことについてはどうですか。

○総理 これは今、総理という立場でお答えするのがいいことかどうか分からないけれども、政党というのは本来、常に過半数を求めて闘うという本能的なものがありますね。そして、現状を上回れば増えたという評価。下回ればこれはまた批判がある。そういうものじゃないですか、ということしかないんじゃないかな。

 −幹事社の質問は以上で終わります。各社質問。

 −財革会議が明日から開かれるということですけれども、一回だけで終わらないと思いますが、スケジュールとしては、今月中に大体政府の対策をまとめて、補正予算をサミット前にまとめ上げるというスケジュールでよろしいんでしょうか。

○総理 そこまで言うのは少し早過ぎると思うけれども、財政構造改革会議は二十日の週の初めごろには大体議論を集約していただきたいと思っています。そして、それを受けて経済対策は取りまとめに入るわけですから、時間的な計算が大体見当つくと思うんですけれども。出来れば、二十日の週に財政構造改革会議は議論を集約していただきたい、少なくとも財革法については、と思っています。

 −それで、ここでまとまるものをサミットに持っていかれるということになりますか。

○総理 一度にそういうふうにくっ付けないで。ただ、結果的に、いずれにしても、私は今、私の考え方をこうした国民に申し上げた、その考え方自身がサミットに私が行くとすれば、私が持っていくものになる。

 −済みません、先程出ました参院選で審判を受けるという部分について、もう一度伺いたいんですが、総理の今のお話を聞いていますと、総理が今日発表されたような今後取っていかれる措置について、国民がどういう評価をするかということは、参議院で自民党が獲得する議席が何議席になるかということには直接的に関係がないという趣旨で、おっしゃったんでしょうか。

○総理 質問者の質問が、報道を前提にしてのご質問でしたから、私は正確にはそんな話はしていません。国会での質問に対して国民の審判を受けるというのが、その責任を明らかにする最大の道であり、それだけ国民の審判というものは重いということをお答えをしたと、事実をそのとおりに申し上げている。

 −その審判の重さは、当然、議席の多い少ないによって、総理とすれば、支持が得られたか支持が得られなかったかという判断を、議席によってされるということではないんでしょうか。

○総理 だから、その質問と、申し訳ないけれども、皆さんの原稿を書かれた元の議事録を見てくれませんか、そのやり取りを。質問者のご質問には、そういうニュアンスがありました、今、あなたの言われるような。ただ、私がお答えをしたのは今申し上げたようなお答え。

 −ということは、総理がおっしゃっている国民の審判というのは、どういうことを意味しているんでしょうか、ちょっと分かりにくいんですが。

○総理 だから、国民の審判というのは、我々にとって選挙なんですよ。最大の審判というのは選挙なんですよ。これ以上の国民の審判はありません。

 −あともう一点伺いたいんですけれども。

 アメリカ側からの減税の要求に対して、与党の中で内政干渉ではないかという厳しい声も、一方で出ているようですが、総理はアメリカ側からの要求と今回打ち出したものとの関係について、どういうふうに受け止めていらっしゃいますか、アメリカの要求についてどう受け止めているのか。

○総理 まず第一に、参議院選挙で審判を受けると言ったか、言わないかと同じように、私は報道を通じて一部だけを要約された意見に打ち返しのような形で、また、一部だけが報道されかねないことは、余り言うのは好きではありません。マスメディアを通じて行き来をする、その間に話はどこか一か所だけが一人歩きして増幅してしまうということがよくあります。

 その上で、ここしばらくの間に私は二回、ASEMに行く前とASEMの終わって帰ってきた後、日本におられるフォーリー大使にお目にかかりました。そして、フォーリー大使、一般的な日本の経済、しっかり頼みます、景気回復よろしくという話は、その一連の会話の中でありましたけれども、具体的にああしろ、こうしろといった内政干渉に当たるような発言は、大使は一切なさっておられません。

 −先程の質問の中でありましたが、総理の責任の問題で、野党側は今回、発表されたことに関連して、経済対策の失敗であるということを含めて、補正予算を提出した場合に内閣不信任案を出すことも検討しているということですけれども、そのことについては総理はどう思われますか。

○総理 仮に、では、私、こういう対策を本気で今必要だと思って皆さんに申し上げているんだけれども、出さなかったら、あるいはこういう対策を打ち出そうとしなかったら、言い換えれば、必要な政策を推し進めることを、その政治責任の追及といわれるようなことをおそれて、行わなかったとしたら、その方が私は政治責任だと思うんですよ。

 これは、国会を構成する各党、各会派、それぞれいろいろなお考えをお持ちであることは知っているし、既に今までも厳しい発言を繰り返しておられる方々もある。しかし、それと同時に、そういう、今、あなたの言われたような事態をおそれて、少なくとも今十年度予算というきちんとしたものが動かせる状態になった。このタイミングに必要と思うことを進めよう、私は政治責任を取るというのはそういうことであって、何もしないという選択肢はここではないと思うんだけれども。

 −減税の規模なんですけれども、九十八年度は二兆円上積みした結果、四兆円になりました。九十九年はなぜ四兆円ではなくて二兆円なんでしょうか。

○総理 まだだって、今、特別減税として申し上げている。そして、先程聞いていただいていたと思うんですが、将来に向かって私が申し上げたのは、税は国民の、また企業の意欲と活力を引き出すものでなくてはならない、そうした考え方から、私は個人の負担する所得税や住民税の在り方について、公正で透明な税制を目指し、幅広い観点から深みのある見直しをしたい、その後法人税の話をしました。こうした問題について政府及び党の税制調査会に対して早急な検討を開始するよう要請したいと申し上げておきます。

 どうもありがとう。